万年初心者のための世界史ブックガイド

2016年7月26日

和田春樹 『北朝鮮現代史』 (岩波新書)

Filed under: 朝鮮 — 万年初心者 @ 04:04

2012年刊。

金日成の満州での抗日運動から金正日の死までを記す。

私にとって、全世界史のあらゆる時代のあらゆる地域の中で、最も絶大な嫌悪を持つ国家の通史。

この著者については、2002年日朝首脳会談と拉致事件発覚以前は、相当の不信感を持っていたし、しかも岩波刊とくればかなり身構えてしまうが、それから10年経って、まあさすがにそうそう妙なことは書いてないだろうと思ったので、手に取ってみる。

 

金日成は1912年生まれ。

本名は金成柱。

父親の金亨稷は民族主義団体に関係し逮捕、出獄後満州に移住。

金日成も満州の中国人向け中学校で学び、マルクス主義に触れ、逮捕。

コミンテルンによる朝鮮独自の共産党分派解散方針もあり、1931年金日成は中国共産党に入党。

満州事変後、中国共産党配下で抗日武装闘争を展開。

日本軍の厳しい討伐を受け、1940年ソ連に越境避難。

1942年ソ連領内で金正日誕生。

1945年ソ連参戦と日本降伏で、米ソに分割占領された朝鮮に帰国。

ソ連占領下の朝鮮北部で、キリスト者曺晩植を中心とする民族主義勢力を抑圧、ソウルの朴憲永を代表とする朝鮮共産党中央に対抗する形で、朝鮮共産党北部朝鮮分局(45年10月)、北朝鮮臨時人民委員会(46年2月)が成立、金日成がトップに立てられるが、この時点では決して絶対的存在ではない。

さらに共産党と衛星政党の新民党を合併して、46年8月北朝鮮労働党結成(少し後に南朝鮮労働党も結成、朴憲永が委員長)。

統一をめぐる米ソ交渉は決裂、48年南での単独選挙を経て大韓民国建国、次いで朝鮮民主主義人民共和国成立。

首相は金日成だが、政権内には金日成直系の満州派、ソ連派、延安(中国)派、国内派(植民地時代朝鮮内で抗日運動を行っていた人々)、甲山派(国内派の中で金日成部隊と連携していたグループ、甲山は地名)、南労党派(朴憲永ら南での弾圧から逃れ合流した人々)などの派閥が存在。

満州派=金日成、崔庸健、金策、金一、崔賢、林春秋、崔光、朴成哲

ソ連派=許ガイ、朴昌玉、朴永彬

延安派=朴一禹、金枓奉、崔昌益、武亭、金昌満

国内派=呉琪燮、金鎔範、朱寧河

甲山派=朴金喆、李孝淳

南労党派=朴憲永、李承燁

スターリン、毛沢東の許可を得て、1950年韓国に侵攻、朝鮮戦争勃発。

よく知られているように戦線は半島の南北を往復し、事実上の米中戦争に発展、53年休戦。

金日成は軍事的には失敗したが、その責任を追及されること無く、国内では政治的には勝利、朴憲永らは逮捕、朴一禹は内相解任、許ガイは自殺、と南労党系、延安系、ソ連系のトップがそれぞれ失脚。

ただし南労党系を除いて、ソ連系、延安系は派としては存続。

戦後復興の中で、55年逮捕されていた朴憲永が処刑されると、さらに粛清が進み、主にソ連系が批判の対象となる。

だがここで、56年ソ連のスターリン批判が大きな衝撃をもって伝えられ、その個人崇拝批判に力づけられ、ソ連系と延安系が金日成排除の動きを見せるが、あえなく敗北。

ソ連および中国の介入で粛清は一時停止したが、58年には大量逮捕と処刑で反対派は一掃される。

満州派と甲山系が権力を独占する体制が完成、61年には中ソと友好協力相互援助条約を締結、中ソ等距離外交、自主路線を確立。

60年学生革命で李承晩が失脚、61年軍事クーデタと混乱が続く韓国に対しても優位を保っているように見られた。

以後の経緯を思うと、金日成以外なら誰でもよいと感じて、この一元的独裁体制確立を残念に思うが、しかしまあここまでは他の共産主義国と同様程度の状態と言える。

問題はここからである。

さらに異常な、史上類を見ないような徹底した全体主義体制、「遊撃隊国家」に突き進んでしまうことになる。

60年代中ソ対立では、当初より急進的な中国に傾斜するが、文化大革命が始まるとその秩序破壊傾向が自国の超スターリン主義的体制に及ぶのを恐れ、中国から距離を置きソ連と関係回復、「主体(チュチェ)思想」という奇怪なものを提唱しだして、自主独立路線(というか唯我独尊路線)を採用。

韓国は朴正煕政権下、65年日韓基本条約とヴェトナム派兵によって経済建設を軌道に乗せ、北の優位を抜き去る勢いを見せる。

韓国への武装ゲリラ派遣などで緊張が高まる中、北朝鮮国内では甲山系にも粛清の手が及び、またもや弾圧の嵐が吹き荒れる。

その結果出現したのは、(スターリン、毛沢東、ポル・ポト時代の最悪期を除けば)共産主義国家の基準に照らしても異常極まりない、首領絶対制の個人崇拝国家である。

結局、ここで打ち出された路線は、金日成と満州派がいて、党があって、大衆がいるというのではなく、金日成が唯一人の司令官で、国民全体が遊撃隊員であることを求める路線であった。満州派を脱実体化して、それを国家的に拡大し、全国民の満州派化、遊撃隊員化を進める、つまり、全国民を首領の戦士化するということである。「唯一思想体系」の中での核は唯一革命伝統ということである。満州派の革命伝統もいろいろあってはならない、革命伝統は金日成の伝統のみであるという考え方なのである。

北朝鮮のような国家で政治的に批判を受けることが、本人と家族にとって何を意味するのかを考えると、慄然とする。

漏れ伝わってくる情報は、もはや正気の沙汰ではない。

その残虐性、冷酷性は比喩で無しにナチと同等だ。

我々としてはそれを朝鮮民族の国民性に帰するような言動は決してすべきではないが、日本の過去を糾弾し続ける韓国人には、同胞が史上最悪の残忍な独裁制を生んだことをもっと深刻に受け止めるべきなんじゃないんですかと言いたくなる。

この時期、北朝鮮に駐在していた北ヴェトナム大使による批判的発言が本書で引用されている。

北ヴェトナム自身が民族統一を武力一本槍で成し遂げようとしており(よって北朝鮮にとっての刺激と模範になった)、南北統一後、教条的社会主義化で多数の難民を生んだことは事実だが、それでも今のヴェトナムと北朝鮮を比べれば、両国の政権党およびホー・チミンと金日成の人物には雲泥の差があると言わざるを得ない。

1972年米中接近に対応して、南北共同声明を発表、韓国との初の対話に乗り出す。

同年金日成は首相から国家主席に就任。

74年金正日が後継者に決定されるが、同じ頃、西側諸国からのプラント輸入による成長政策は石油危機で挫折、経済不振が外部の目にも隠せなくなる。

一方、高度経済成長を遂げた韓国では、79年朴正煕が暗殺、80年光州事件勃発。

朴政権と続く全斗煥政権は常に西側メディアでその「非民主性」「抑圧性」を批判されていたが、対峙する隣国の北朝鮮がどれほど異常な独裁国家かを考えれば、極めてバランスに欠けた不当な見方と思える。

北朝鮮は83年ラングーン事件、87年大韓航空機爆破などのテロを実行するも、韓国はますます国力を高め、盧泰愚政権は選挙による正統性を確保、88年ソウル五輪も開催、東欧共産圏崩壊と冷戦終了後、90年韓ソ国交樹立。

ソ連消滅と経済援助減少で北の経済は崩壊状態となり、91年かつては否定していた南北朝鮮国連同時加盟に同意、92年には中韓も国交樹立、同時期行われていた日朝国交交渉は進展せず、国際的孤立を深める。

この日朝交渉について、著者は日本政府の姿勢を批判的に述べつつも、

もちろん北朝鮮が金日成の部隊の戦闘を交戦国間の戦争と主張するのは無理であった。

とも書いており、「へえ、こういうことはきちんと認めているのか」と意外に感じた。

窮地の北朝鮮は核開発のカードを切り、瀬戸際外交を繰り広げる。

1993~94年に第一次朝鮮半島核危機。

私、この時、「これ本当に戦争になるんじゃないか、日本も本当に危ないんじゃないか」と思ったのをはっきり覚えています。

結局カーター元大統領訪朝をきっかけに妥協が成立、米朝枠組み合意成立。

同94年金日成死去。

やっと死んだか、という感じ。

後を継いだ金正日は軍の掌握維持に全力を投じる。

「国防委員会」が事実上国家の最高機関とされ、「先軍政治」を唱道、最悪の経済状態で軍のみは優遇。

フランス革命がナポレオン帝政に転化した経験から、通常、共産主義政党はボナパルティズムを警戒し、政治委員を通じて軍隊を徹底的に統制し、党優位を徹底するものだが、金正日は軍という暴力装置を把握することにのみ集中し、他の全てを犠牲にする。

その結果は、独裁体制の維持という一面のみを見るならば、残念ながら「成功」と言わざるを得ない。

国民が数十万人餓死するが、軍を中核にした抑圧体制は揺るぎを見せず、早期の体制崩壊を予想する意見に反し、現在に至るまで二十年以上続いてしまっている。

2000年韓国の金大中政権の「太陽(包容)政策」に応じて、南北首脳会談実現、

01年同時多発テロ後の米国に脅威を覚えた北は02年日朝首脳会談で拉致を認めたが、同年核問題が再燃、06年核実験実施。

2011年金正日死去、金正恩が後継。

 

共産主義という悪夢に等しい運動がようやく退潮した中、何の因果か、よりによって最も異常な国家が日本の隣で残ってしまった。

この北朝鮮という国家は、道義的には内政不干渉の原則を反故にして外部から武力で打倒しても許されるほど、劣悪極まりない国だと個人的には思っている。

だが現実的には、あの国の軍事力の蓄積と狂信性、それがもたらす被害を考えると、戦争という選択肢を取るのは不可能である。

残念ながら、人類史上最も徹底した全体主義体制は我々の常識を超えるほどの強靭性を持っているようだ。

とりあえず現政権を交渉相手と認め、妥協によって国際社会の最低限の行動規範を守らせる以外に道は無いでしょう。

それで事態が好転し、徐々に体制に綻びが見えるのを待つしか無い。

核凍結と拉致問題解決の為には、国民感情から言って受け入れ難いことではあるが、確実な検証を条件として、取引の代償として相手に経済援助という報償を与えることも、場合によってはやむを得ないでしょう。

無原則な譲歩はもちろん絶対にすべきではないが、冷静な交渉を阻害する(あるいは交渉の必要性自体を否定する)硬直した強硬論も同様に退けるべきです。

感情的になることを自戒しつつ、外交当局による交渉を冷静に見守る以外、我々一般国民にできることは無いでしょう。

 

 

思ったほど悪くない。

違和感を感じる記述は間違いなくあるが、「読むに耐えない」という部分はほぼ無かった。

史実がよく整理されて読みやすい形で叙述されているだけでも本書の利点はある。

普通に推薦できます。

2015年10月29日

木宮正史 『国際政治のなかの韓国現代史』 (山川出版社)

Filed under: 朝鮮 — 万年初心者 @ 04:47

東大・早大での講義テキストとして作成した書籍とのこと。

冒頭、「政治歴史学」と「歴史政治学」の区別について。

「政治歴史学」は一次史料に基く実証的研究。

「歴史政治学」は普遍的理論的歴史説明を重視するもので、歴史事例で理論を構築する。

本書は主に前者の立場を採りつつ、韓国現代史に三つの普遍的意義を認める。

1.冷戦体制(南北分断と国際的冷戦)の相互関係。

2.発展途上国からほぼ先進国水準となった韓国の経済発展。

3.民主主義体制への転換。

3について、「民主化第三の波」(ハンチントン)すなわち、1970年代半ばより起った南欧・中南米・東南アジア、特に1986年フィリピン革命の影響を重視。

ここで「権威主義体制」の定義が出てくる。

他の本でも極めて頻繁に出てくる用語なので、これは是非とも理解しておいた方が良い。

政治学者ファン・リンスがスペインのフランコ体制を分析するために提案し、広く使われるようになった概念。

「限定された、責任能力のない政治的多元主義をともなっているが、国家を統治する洗練されたイデオロギーはもたず、しかし独特のメンタリティーはもち、その発展のある時期を除いて政治動員は広範でも集中的でもなく、また指導者あるいは時に小グループが公式的には不明確ながら実際にはまったく予測可能な範囲のなかで権力を行使するような政治体制」

というのがその定義。

ごく単純かつ通俗的に言えば、「全体主義独裁体制ほどは悪くないが、民主主義体制ほど良くもない、その中間」の政治体制。

(個人的には全体主義と民主主義を単純な対立概念とすることに疑問を感じるし、むしろ両者は[伝統的意味での]権威主義に対して同様の性質を持つと私は考えるが。)

 

 

1945年解放直後、呂運亨ら「建国準備委員会」が中道左派および左派主導で「朝鮮人民共和国」建国を宣言。

要職には挙国一致的に左右両派を配していたが、本人の了承を必ずしも得ずに名簿に載せただけの例もあった。

この政府は米軍政によって否認され、雲散霧消。

当時の米軍占領下南朝鮮の政治構図。

まず右派から。

1.李承晩=亡命先だった米国との太いパイプ、独立運動家としての高い名声が利点。しかし国内支持基盤は弱体。南部の単独政府樹立路線。与党自由党結成。

2.金九=上海・重慶で中国国民党と行動を共にする。統一と南北協商を主張。

3.金性洙、宋鎮禹=韓国民主党(韓民党)結成勢力。過去に日本と妥協的で、カリスマ的指導者を欠くのがネック。李承晩派と一部対立しつつも連携。

 

左派。

朴憲永=朝鮮共産党。日本時代の地下活動経験。米軍政の弾圧で越北。46年10月大邱騒乱を起こす。直後、他の二党派と合併して南朝鮮労働党(南労党)を結成。

 

中間派。

1.呂運亨=中道左派。

2.金奎植=中道右派。

47年呂の暗殺と冷戦激化に伴う左右分極化で中道派は没落していく。

農地改革と「親日派」粛清問題で左派が当初優勢。

しかし即時独立ではない国連信託統治にソ連の指示を受けた左派が賛成、これを機に民族主義的主張のイニシアティヴを握った右派が盛り返す。

中道派主導による信託統治受け入れと南北分断回避という歴史のイフは、ソ連占領下の北も単独政府樹立に積極的だったことから、可能性は薄いと著者は指摘している。

米軍政は右派を支持する方向へ。

大邱騒乱で共産党幹部だった、朴正熙の実兄死亡。

48年4月済州島反乱。

8月には大韓民国が建国されるが(第一共和国)、10月には麗水・順天で軍反乱が起き朴もこの時逮捕されている。

単独政府樹立前に、金九・金奎植らが平壌に行き協議を行っているが、結果として金日成に利用された側面が強い。

 

 

ここで、韓国の歴代政治体制を整理。

第一共和国=48~60年。李承晩大統領時代。

第二共和国=60~61年。唯一大統領ではなく首相が実権を持った時期。

軍政=61~63年。左派から転向した軍人朴正熙によるクーデタで成立。

第三共和国=63~72年。朴正熙時代。

第四共和国=72~79年。通称「維新体制」。朴正熙時代後半。より抑圧的と言われたが、北朝鮮における最悪の独裁と対峙していたことも考慮する必要があるでしょう。

第五共和国=80~88年。朴暗殺後実権を握った全斗煥時代。

第六共和国=88年から現在まで。民主化以後。

 

 

続いて、北朝鮮の政治派閥。

曺晩植の朝鮮民主党が弾圧されて以後、非共産勢力が存在する余地は無くなっていった。

「満州派」=金日成、崔庸健ら。団結力が強いので本書では他系と違って「派」と表現。

「ソ連系」=許哥而(ホガイ)ら。ソ連極東朝鮮系住民と中央アジア強制移住者の中から選抜。

「延安系」=武亭、金枓奉ら。親中国共産党派。

「国内系」=植民地時代国内に留まっていた共産主義者。金日成と協力していたグループは「甲山派」と言われる。

「南労党系」=朴憲永ら。私は本書を読むまで、これと国内系を混同して理解していた。

朝鮮戦争後、南労党系が粛清、55年朴憲永処刑、56年スターリン批判に勢いを得た反対派が反金日成運動に乗り出すが、弾圧されソ連系・延安系排除、金日成の独裁体制が確立。

 

 

北に対して軍事的・経済的劣勢と見られていた韓国では李承晩政権が反政府運動で倒れた後、韓国史上唯一の議院内閣制時代の第二共和国が成立。

与党民主党のうち、旧韓民党出身の旧派(大統領尹潽善)と官僚出身などの新派(首相張勉)が対立、政治混迷と経済不振が続く中、61年朴正熙が軍事クーデタを起こす。

朴政権下で急速な経済発展に成功。

李承晩の評価について、保守的な朴派も反朴的左派も共に批判的、保守側では経済停滞と腐敗を指摘、進歩側では金九などと比較して李を南北分断の責任者とする。

しかし朴政権下での発展も、その基盤整備をしたのは(植民地近代化論の立場に立たなければ)李承晩政権であるし、現在の韓国の北に対する圧倒的優位を見れば単独政府の選択は間違っていなかったとする見方も強い。

一方、60年代の北朝鮮では満州派金日成の独裁確立、中ソ対立が深刻化すると主体思想を唱えて67年首領絶対性・唯一指導体制という共産主義国の基準でも異常な個人崇拝体制が固まっていき、74年には金正日への権力世襲内定。

経済面では大きく立ち遅れ、中ソ対立で自主性は高めたが、日米韓協力に比べると体制競争においてやはり極めて不利な立場になった。

米中接近に直面して国内引き締めのため、韓国は「維新体制」導入、より権威主義的政治制度に。

同じ朴政権でも、前半とこの維新体制の後半とでは大きな違いがあるとされている。

79年政権内の権力闘争から偶発的に朴暗殺、崔圭夏が大統領になるが、12・12クーデタで全斗煥に実権掌握。

軍部が一枚岩を保ったのに対し、民主化勢力は金大中派・金泳三派などに分裂していたため、第五共和国成立。

しかし正統性欠如は否めず。

60年代、体制競争で優位と思われていた北は南北二者間の対話枠組みを主張し、それに対し韓国は国連外交に依拠して反対。

70年代以降、両者の国力は均衡、72年の共同声明以来、南北対話も開始。

以後、北の「一つのコリア」政策が攻撃的なものから防御的なものに変化。

南北対話より米国との平和協定を主張するようになる。

韓国の(暫定的な)「二つのコリア」政策も攻撃的なものとまでは言えず、北と西側諸国の外交関係を阻止することに重点を置いていた。

その点では北が「一つのコリア」政策に固執してむしろ良かったとも言える。

南で反米急進化した民主化運動が、軍と理性的な在野勢力が米国を媒介に妥協することを促し、結果国論全体の穏健化に落ち着いた逆説を本書では指摘している。

88年ソウル五輪を盛大に開催、89年東欧共産圏崩壊。

90年南北高位会談、91年南北基本合意書(体制相互承認、交流拡大)、朝鮮半島非核化共同宣言。

94年核問題についてのジュネーヴ米朝枠組み合意。

韓国内政は金融危機の後、進歩派の金大中政権、盧武鉉政権でも新自由主義的政策と本来の支持基盤の社会民主主義的政策が同居する奇妙な状況。

イラク戦争派兵と米韓自由貿易協定、異常な社会格差拡大。

核問題では2003年第一回六者協議が開始されたが、06年北朝鮮は核実験実施、09年再実験。

韓国の対北包容政策が核開発を促したとの批判は必ずしも妥当ではない、北は米国向けの体制維持のため、韓国の態度如何に関わらず核開発を進めたと思われる、と本書には書かれている。

2011年金正日の死まで記しておしまい。

 

 

まあまあ良い。

木村幹『韓国現代史』(中公新書)と並ぶ良書。

2015年9月3日

姜在彦 『朝鮮儒教の二千年』 (講談社学術文庫)

Filed under: 朝鮮 — 万年初心者 @ 06:43

2001年朝日選書で出たものを2012年文庫化。

『歴史物語朝鮮半島』と同じ著者。

かなり分厚いので迷ったが、思い切って手に取ってみる。

古朝鮮・三国・統一新羅・高麗までは比較的簡略で、李氏朝鮮以後は割と詳しい。

一般的史実に触れながら叙述が進むので、「文化史が詳しい李朝史」といった趣きになっている。

適当に内容をピックアップすると、高麗は仏教立国と言われるが、儒教が排斥されたわけではなく、6代目成宗の頃から儒教を主とするような修正の動きが見られ、高麗末期には朱子学が流入する。

なお、本書では崔氏武臣政権への評価が高いのが印象的。

崔氏によるモンゴルへの抵抗が無ければこの時点で王朝自体が消滅していたとする。

確かに、西夏・ホラズム・アッバース朝・カラ=キタイ(間接的に)・金・南宋・大理国・パガン朝、と屍体累々といった感があるのに、高麗は属国化されたものの曲がりなりにも存続したのが不思議である。

後世の儒者によって「暗黒時代」と評された武臣政権だが、著者の評価は逆。

朱子学廃仏派として二人の学者を紹介。

鄭夢周と鄭道伝。

鄭夢周は李朝の易姓革命に反対し殺されるが、後に士林派によって追悼・崇拝の対象となる。

鄭道伝は対照的に李朝に仕え、現実的経世思想に立った宰相中心政治を進めたが、これも結局太宗によって殺害された。

太祖李成桂は生前に譲位、王子の叛乱が起り、定宗が引退し太宗即位。

同時期、明でも靖難の変あり。

永楽帝の冊封を受けるが、著者は「事大」は実質的な従属ではないと強調する。

訓民正音制定で有名な4代目世宗の後、文宗が短い在位で死去、端宗が位を継ぐが、叔父の首陽大君が簒奪を行い、世祖として即位。

これに反対した成三問ら「死六臣」が士林派の源流。

それに対し、世祖支持派は勲旧派と呼ばれる。

勲旧派は儒教一辺倒と事大主義の行き過ぎ是正を目指す現実派であり、経世済民志向の実用主義を特徴とする。

その意味で、あくまで君主中心政治を主張する点以外では、鄭道伝との共通性もある。

一方、士林派は性理学と道学政治を絶対視し、仏教を極端に排斥し、儒教でも朱子学以外の陽明学・考証学を弾圧し、実学を軽視・抑圧するといった具合で、著者の評価は甚だ低い。

四大士禍(士林派への弾圧)を経て、宣祖(1567~1608年)の頃には士林派政治が確立。

朱子学大家として有名な李滉(李退渓)と李珥(李栗谷)が現われるが、それぞれが東人派と西人派の祖となる。

しかしこの対立はあくまで党人が両者を担いだものであり、李珥は国の分裂を戒め、回避しようとしていた。

だが不幸にして、以後党争に歯止めがかからない状態となってしまう。

東人派が北人と南人に分かれ、北人が大北・小北に、西人が老論派と少論派に分裂、老論派が僻派と時派に分かれるという具合で、それぞれの分裂に具体的政治情勢が絡まるが、とてもじゃないがいちいち記憶できないでしょう。

清に服属した際、北京で李朝の使者とアダム・シャールとの交流が持たれるが、それが実際的思考を生むことは無かった。

それどころか、よりによって康熙帝治世の清朝全盛期に、宋時烈の「北伐論」のような非現実的考えが広がる。

18世紀英祖(1724~76年)、正祖(1776~1800年)時代の党争緩和策も成功せず。

一方、実学派がこの時期形成。

李瀷(李星湖)、丁若鏞、朴趾源ら。

キリスト教に入信し、弾圧された者もいる。

19世紀に入ると、外戚による「勢道政治」が蔓延り国政が乱れる。

面白いのが、これを断ち切った大院君に対する著者の評価が悪くないこと。

党派均衡策の巧みさも指摘されており、大院君が開化派と協力できていれば、とのifが語られている。

しかし、崔益鉉らの「衛正斥邪派」は反侵略的ではあるが、未来への展望はなく、「武」の欠落した攘夷思想であるとされて、やや評価が低い。

結局1884年甲申事変から1894年甲午改革までの改革事業不発があまりに重大で、朝鮮にとって致命的結果をもたらしたとされている。

なお、それ以前の福沢諭吉の李朝改革派支援も正当に評価されている。

最後の方で、崔益鉉の「棄信背義」という日本批判を引用しているが、これをより広く、近代化への警告として個人的には読みたいと思う。

本書の全体的感想を言うと、著者の実学志向がやや平板に感じられ、あまり説得的ではない。

では他の評価の仕方があるのかと問われると言葉に詰まるが、何かしっくりいかないものを感じる。

形式的にも、570ページ超の分量はきつい。

読みやすくはあるし、通史として使えないこともないが・・・・・。

評価しにくい本。

強いては薦めない。

気になる方は、一度図書館でご覧下さい。

2015年1月6日

片野次雄 『世宗大王のコリア史  ハングル創製と李朝文化』 (彩流社)

Filed under: 朝鮮 — 万年初心者 @ 16:33

韓流時代物ドラマの影響からか、ちょっと前まで雑学風の韓国史が雨後の筍の如く出ていた。

一般論として隣国の歴史を知ることは悪くないと思うが、あまり読みたいものはない。

これはその種の本とは違って、やや本格的なもので、著者は他に『戦乱三国のコリア史』『善隣友好のコリア史』『李朝滅亡』『日韓併合』などの通史物もあるが、あまり食指が動かないのは同様。

朝鮮史の人物についての単独の伝記は少ないので、これを読んでみた。

まずタイトルで、廟号に「大王」と付けるのに、すごい違和感あり。

韓国では普通の言い方らしいですが。

内容自体は特にどうということもない。

在位1418~1450年。

中国では明の永楽帝が在位、日本では室町幕府が安定期から動揺期に移り、ヨーロッパでは百年戦争など中世末期の混乱とルネサンスの始まりという時期。

世宗は太祖李成桂、2代定宗、3代太宗を継ぐ4代目。

この人は高校世界史でも名が出る。

と言うか、初代李成桂以外では、末期の高宗を除けば、出てくるのはこの人だけか。

教えられるのは訓民正音の制定者としてだが、他にも農業振興、天文学支援、銅活字作製、火砲改良の治績がある。

対外的には女真族を攻撃し北方国境を拡張、1419年には倭寇鎮圧を目的として対馬を襲撃(応永の外寇)。

応永と言えば、高校日本史で出てくる1399年の応永の乱もありますね。

この乱で敗死した大内義弘も朝鮮との交易で勢力を蓄えた。

日朝貿易は乃而[ないじ]浦(薺[せい]浦)・富山浦(釜山)・塩浦(蔚山)の三浦[さんぽ]で盛んに行われたが、1510年三浦の乱で衰える。

世宗の死後、子の文宗、孫の端宗が相次いで即位するが、文宗の弟世祖が端宗から位を奪う混乱があった。

 

 

ごく平凡な出来。

やや違和感を与えるトーンの記述もあり、特に読むべき本とも思えない。

2012年5月25日

木村幹 『高宗・閔妃  然らば致し方なし』 (ミネルヴァ日本評伝選)

Filed under: 朝鮮 — 万年初心者 @ 06:00

同じ著者の『韓国現代史』(中公新書)を読了済みで、同シリーズではディキンソン『大正天皇』が既読。

昔は「李太王」などと呼ばれていた李朝末期の君主とその妃。

高宗の生年は1852年なので明治天皇と同い年。

傍系から養子として王になる。

李氏朝鮮の国王をやや遡ると、21代英祖→孫の正祖→子の純祖(1800年ちょうどの即位)→孫の憲宗ときて、外戚の勢道政治がはびこるようになり、続いて哲宗が傍系より即位、その次に本書の主人公高宗が、6代遡って19代粛宗につながるという傍系から国王に登極。

傍系からの即位なので実父は国王ではない。

この存命中だった実父が有名な大院君。

「大院君」という名は固有名詞ではなく、このような、現国王の父であり、かつ前国王ではない人物を指す普通名詞らしく、正式には「興宣大院君」というそうです。

この大院君は後に高宗の妻閔妃一族と激しく対立することになるが、実は大院君自身の母と妻も閔妃と同じ驪興閔氏の出身。

高宗の即位は教科書や用語集では1863年のはずだが、本書では1864年と読める記述がある。

即位式を挙げたのが64年ということかなとも思うが、よくわからず。

1864年と言えば、中国では太平天国が滅亡し、日本では禁門の変、第一次長州征討、四国艦隊下関砲撃事件と近隣諸国で激動があった年です。

即位当初は大院君の執政。

よく知られているように攘夷鎖国政策を遂行、1866年のフランス艦隊による江華島攻撃を退け、同年大同江を遡上したアメリカ船シャーマン号を焼討ちするなど、一応の成果を挙げるが、それも列強の朝鮮への関心の薄さゆえに成り立つ当面の成功だったと評されている。

国内では免税と軍役免除特権のあった儒教「書院」の制限を進めたため、攘夷政策で一致するはずの崔益鉉ら「衛正斥邪派」との距離ができる。

土木事業と軍備拡大による財政悪化とインフレが深刻となり、1873年大院君は失脚。

以後何度か大院君は短期間復帰するが、本格的に政権を担ったのはこの最初の10年ほどだけ。

外戚閔氏が勢威を振るう高宗親政時代が始まるが、清銭の流通禁止という政策は大院君時代のインフレによる混乱とは全く逆に、深刻なデフレを引き起こす。

江華島中心の対外防備から王宮近衛兵重視の軍制改革を進める。

この江華島は近代日朝関係の出発点である江華島事件で有名ですが、それ以前から高麗がモンゴルの侵攻を避け遷都したことからもわかるように、開城と漢陽(ソウル)の海への出口を抑える地点にあるということで、非常に重要な地位を占めているようです。

1875年(この年号は当然暗記)、その江華島事件と翌76年日朝修好条規により、閔氏政権がなし崩し的に開国。

それに反発する衛正斥邪派が高宗より離反、かつての敵大院君派に接近。

この時期の閔氏政権が採っていたのは「親日近代化」政策と言われているが、本書の叙述ではその性格は必ずしも明確ではない。

1882年壬午軍乱勃発。

閔氏政権が育成していた新式軍への反発がきっかけとされるが、この定説にも本書はやや疑問を呈している。

いずれにせよ開国・近代化を進める閔氏政権に対する大院君派の攻撃であり、日本大使館が襲撃され、閔妃も殺害未遂の危機に陥る。

ここで清が一挙に介入、軍乱を鎮圧、大院君を清国に拉致。

日本とは済物浦条約が結ばれるが、以後清による、従来の朝貢関係のレベルを超えた、実質的属邦化工作が激しくなる。

なお、この壬午軍乱の前後で、閔氏政権の立場が「親日」から「親清」へと変化していることは(上記の通り、本書の記述によるとそう単純化できるものでもないようだが)重要ポイントなので意識しておく。

ここで中学以来お馴染みの、親日的独立党と親清的事大党の対立が出てくる。

普通これは、閔氏ら保守派が事大党で、金玉均・朴泳孝ら開化派が独立党だとされる。

しかし著者は、日本党=金玉均・朴泳孝・洪英植・徐光範、清国党=趙寧夏・金允植・魚允中・金弘集という人脈を示し、上記二派はともに開化派であり、壬午軍乱以後清国介入の深化に伴い、それへの対応について、かつて一つだった開化派が分裂したものだとする。

前者が清との一切の関係断絶を主張する急進開化派であるのに対し、後者は一定限度の宗属関係を是認する穏健開化派(岡本隆司『世界のなかの日清韓関係史』)。

この両者が1884年甲申事変で激突、清国派が勝利。

(この甲申事変は壬午軍乱からわずか2年しか経っていない時点で起こったこと、日清戦争のちょうど10年前であることをチェック。)

同年清仏戦争の敗北もあり、清が一部譲歩して、1885年日清間に天津条約が結ばれる。

(これに絡んで、85年には大井憲太郎ら自由民権派による大阪事件あり。)

高宗は清の影響力が絶対的になるのを避けるため、「背清引俄(ロシア)」策を採り、ロシアと接近。

大院君が清より帰国を許される。

89年防穀令による軋轢などがありつつも、この時期は概ね清国覇権下の安定した十年となり、閔泳駿・閔泳煥らが率いる閔氏政権全盛期。

そして運命の1894年東学党の乱と日清戦争勃発、金弘集「開化派」内閣成立、大院君も日本に担ぎ出されたものの面従腹背。

95年三国干渉で日本が後退すると、高宗および閔妃、大院君、内閣という、三つ巴の権力構造になる。

閔妃は、まず日本を利用して大院君を排除、次に内閣の分断に成功し、実権を掌握。

ここで、同95年乙未事変と呼ばれる、閔妃暗殺事件が起こる。

日本公使三浦梧楼らの陰謀。

これはいくら帝国主義時代とは言え、やり過ぎでしょう。

明治日本の汚点としか言いようが無いし、個人的には大逆事件よりも腹に堪える不快感がある。

日本によってまたもや大院君が担ぎ出されるが(これで四度目の大院君政権)、親露派・親米派のクーデタ未遂などの動揺が続いた挙句、1896年高宗がロシア公使館に避難(「露館播遷」)、金弘集・魚允中らが殺害され、大院君は軟禁、朴定陽・李完用・李範晋らの内閣が成立(ただし閔氏勢力は回復せず)。

1897年高宗が王宮に帰還、同年国号を大韓帝国とし、清との宗属関係を完全に清算、高宗は皇帝に即位。

1898年に大院君死去。

同年、96年に結成されていた独立協会などによる、下からの国政改革運動が巻き起こり、後の大韓民国初代大統領の李承晩も選出されていた中枢院を拠点にした議会主義運動が激化するが、結局鎮圧される。

なお、1898年という年号ですぐ思い浮かぶ史実があるでしょうか?

日本では第3次伊藤内閣から憲政党の隈板内閣、第2次山県内閣という目まぐるしい政変、清国ではドイツの膠州湾租借に始まる中国分割、変法自強運動挫折と戊戌の政変、というのがすぐ記憶の引き出しから取り出せることが望ましいです。

奇しくも、日清韓三国で国内政局に混乱が見られた年ということになります。

その他、世界では米国のハワイ併合と米西戦争、アフリカで英仏間のファショダ事件があったことも暗記事項。

この時期、閔妃も大院君も開化派も清国派もなく、即位以来はじめて高宗は君権第一主義を貫くことを得るが、大韓帝国は日露の狭間に立たされ、国の独立自体が風前の灯となっていた。

1904年日露戦争勃発。

併合への道標となった四つの外交協定のうち、最初の日韓議定書と第一次日韓協約は、開戦の年である04年に締結。

内容は、前者が日本の軍事行動への便宜提供、後者が財政・外交顧問の設置。

翌05年、ポーツマス条約後に第二次日韓協約。

内容は外交権剥奪と保護国化で、これがおそらく最も重要。

統監府設置、初代統監伊藤博文。

この役職に関する伊藤の企図については、伊藤博文についてのメモ その2を参照。

1907年、列強に独立回復を提訴しようとしたハーグ密使事件が起こり、高宗は退位させられ、純宗(閔妃の子)が即位。

他に厳妃の子である英親王李垠がいる。

昔の教科書や概説書で、少年時代に日本の軍服を着せられて伊藤博文と並んだ写真がよく載せられていたのは、たぶんこの人。

後に梨本宮方子(まさこ)妃と結婚することになる。

同07年第三次日韓協約、内政権も日本が掌握、韓国軍隊は解散。

1909年安重根による伊藤暗殺、1910年韓国併合。

併合後、純宗が「李王」、高宗が「李太王」と称せられる。

ああそうか、まず元皇帝の純宗に李王の称号をあてがって、その父だから李太王か、そりゃ近年そう呼ばないはずだ、と得心しました。

1919年高宗死去、日本による毒殺の噂が流れ、同年の三・一独立運動に影響を与えたのはご存知の通り。

かなり細部に亘る本だが、読みやすく面白い。

明らかな誤植と思えるものが2、3箇所あったが、大きな問題ではないでしょう。

類書の呉善花『韓国併合への道』(文春新書)よりかなり詳しく、読み応えがある。

その分、通読に骨が折れるが、見返りも大きい。

十分お勧めできる良書です。

2009年8月16日

金両基 『物語韓国史』 (中公新書)

Filed under: 朝鮮 — 万年初心者 @ 06:00

ソウル五輪の翌年、1989(平成元)年刊。

これは中公新書の『物語~の歴史』シリーズではない気がする。

後に出たシリーズと似たタイトルなので、結果的にその中に含まれるような扱いになっていると思われる。

存在自体には随分前から気付いていたが、これまで通読することはなかった。

立ち読みしたところ、皇国史観が韓国史を従属的に扱ったことを批判するのはいいにしても、逆に民族主義色が濃すぎるんじゃないですかとの感想を持ったので敬遠していた。

しかし、実際読んでみるとそうした点は意外に目立たない。

少なくとも読むに耐えないというほどではない。

(と言うか私の考え方が変わっただけか。)

内容は、古代史に非常な重点が置かれていて、300ページ弱の本文のうち、新羅の滅亡までで220ページ超を費やしている。

よって高麗、李氏朝鮮時代はかなり簡略だが、それでも最低限押さえるべき事項はきちんと記されていると思われる。

古代の諸国家については建国神話から筆を起こし、その起源にまつわる史話を述べた後、主要な国王の事績を拾っていくという形式。

かなり大胆に省略もされてますが、各国の全ての国王を紹介できるはずもないし、特筆すべき人だけ述べている方がいいでしょう。

本書に出てくる人名が、金素雲『三韓昔がたり』『朝鮮史譚』に載っているか調べて、該当するエピソードを読めば、相当的確に記憶できると思います。

さすがに近代史はスカスカですが、日韓間で一番歴史認識のぶつかりやすいところなので、あっさり済ませた方がいいのかもしれない。

なお、著者があとがきで書いている以下の文章には心から共感します。

学生やこどもたちに「歴史」の話をしようとすると、難しい話はご免だ、というような表情にかわる。学生時代のわたしにも、そのような体験がある。

歴史書の多くは、歴史的事実を学問的に整理しようとするためか、えてして表現が無味乾燥で遊びがほとんどない。歴史を、歴史教育の枠のなかに閉じこめると、そのようなことになる。本書は、歴史の専門家でないわたしが、その枠を打ち破り、歴史を生活の周辺に呼び戻しながら味わってみたい、という想いにかられて書いた。

日々の生活が、時を経て歴史になっていくのであるから、歴史そのものは、決して難しいものではない。難しくては困るのである。その想いをどのように読者に伝えるかを、わたしなりに苦心して書いた。父が子に語る韓国の歴史、そのような肩のこらない本になったと思う。物語を読むように、韓国の五千年の歴史を散遊してみた。

上で書いたような気になる点が無いでは無いが、それほど悪い本ではないです。

叙述範囲はかなりアンバランスなので、この一冊だけでは不十分ですが、最初に読む朝鮮史としてこれを選んでも、大きな問題は無いでしょう。

2009年6月20日

岡本隆司 『世界のなかの日清韓関係史 交隣と属国、自主と独立』 (講談社選書メチエ)

Filed under: 朝鮮 — 万年初心者 @ 06:00

16世紀から日露戦争までの日清韓三国の関係について考察する本。

叙述の中心は李氏朝鮮におかれているようなので、カテゴリはアジアではなく朝鮮にします。

清・韓間の宗属関係、日・韓間の交隣関係という、それなりに安定した国際秩序が、19世紀以降の西力東漸により変化を余儀なくされ、崩壊していく中で、日清韓がそれぞれどのような思惑を持って行動していったのかを巧みに描写している。

特に1880年代の状況に詳しい。

別にわかりにくいところも無く、論旨は明快だとは思うが、内容は豊富で多岐にわたるので、本書もメモを取りにくい。

それを考えるとレベルは少し高めなのかもしれない。

朝鮮開国後、清・韓間で伝統的な朝貢・冊封関係から生じた「属国自主」体制が形作られ、これは日本と欧米列強の脅威に対するものであるが、朝鮮側は清の保護を受けるための名目上の服属関係という意識を持っていたのに対し、清朝は「属国」を実質化する意図を示し、両国の思惑は必ずしも一致せず、1882年壬午軍乱後、清の干渉が露骨化する中で、清との一切の関係断絶を主張する急進開化派(独立党)と、一定限度の関係継続を是認する穏健開化派(事大党)との対立が生じ、1884年甲申事変で両者が激突し、1894年日清戦争に至って、朝鮮半島における微妙な勢力均衡が崩壊し、「属国と自主のあいだ」という李朝の国際法上曖昧な地位にも終止符が打たれる、といったことが書いてあると思うが、私にはうまくまとめられません。

誤読もあるかもしれませんので、以上は鵜呑みにはなさらないで下さい。

事実関係を学んで基礎を固めるためというより、俯瞰的視野からの歴史解釈を得るための本というべきか。

個人的には、本書を読んでいて、李朝末期の史実が、意外なほど頭に入っていないことを自覚して反省しました。

『韓国併合への道』か、他の本でも読んで復習すべきだなと思った。

良書だと思いますし、難解極まるというわけでは決してないが、全くの初心者向けではない。

基礎が身に付いた人が読めば、得るところ大でしょう。

2009年5月9日

姜在彦 『歴史物語 朝鮮半島』 (朝日選書)

Filed under: 朝鮮 — 万年初心者 @ 06:00

2006年刊。

檀君朝鮮から日韓併合までの通史。

あんまり面白くないです。

古代史の部分はやや中身が薄い印象がある。

仏教関係や日中両国との交流についての挿話はやや退屈。

制度史の説明も無味乾燥に思える。

物語性に乏しく、歴史の流れを記憶する助けになるエピソードや人物描写は少ない。

李朝時代になるとかなりマシになるが、特筆すべき長所は無い。

韓国通史としては、以前記事にした水野俊平『韓国の歴史』(河出書房新社)の方がやはり優れていると思う。

それに加えて、金素雲『三韓昔がたり』『朝鮮史譚』(講談社学術文庫)で史話・挿話の類いを補強すると良いでしょう。

2009年4月9日

木村幹 『韓国現代史 大統領たちの栄光と蹉跌』 (中公新書)

Filed under: 朝鮮 — 万年初心者 @ 06:00

08年8月刊。

日本の敗北から李明博現政権までの韓国政治史を叙述した本。

大統領の列伝をただ重ねた形式ではなく、年代で区切ってその時在任していた大統領だけでなく、将来の就任者の活動も記述している。

例えば、李承晩時代の朴正熙、金泳三、金大中といった具合。

これが非常に面白く、その試みは十分成功している。

全体的に史実の配列とその説明が適切で極めて理解しやすい。

巻末に置かれた「韓国政党変遷図」と「韓国の憲法制度変遷」という図も有益。

特に前者は極めて貴重なので、本文を読みながら常に参照すべき。

最後の年表も詳細でとても役に立つ。

これら図表も含めて丁寧な作りの本で、非常な好印象を受ける。

本書を読んでいく上で、大統領の任期はもちろん憶えるべきだが、それだけでなく建国から現在まで政体によって区分される六つの共和国と一つの軍政期の存続期間(多くは大統領任期と一致しますが)と、与野党の主要政治勢力が頭に浮かぶようにすべき。

与党系として、自由党、民主共和党、民主正義党、民主自由党・・・・・など。

なお野党勢力分立の系譜は類書が少ないだけに、本書の記述は極めて貴重。

その離合集散の過程を正確に記憶するのはちょっと苦しいかもしれませんが、民主党、民政党、民衆党、新民党、新韓民主党、統一民主党、平和民主党など、主要政党の名前はできれば指導者共々、大体頭に浮かぶくらいにはなった方がいいでしょう。

本書の欠点としては、尹潽善のような知名度の劣る大統領や、前職・現職の盧武鉉・李明博が取り上げられているのに、全斗煥・盧泰愚という重要性の高い大統領が背景説明としてしか記述されていないところ。

著者もあとがきでこの点に触れ、両者が退任後裁判にかけられたせいで客観的研究に乏しく、詳細な記述を断念したと書いている。

ただ、こういう啓蒙書レベルの本なら、著者自身の見解を基に、他の大統領と同様の形で書くことができたのではと思われてならないので、これはやはり残念。

また叙述の対象はほぼ内政に限られ、北朝鮮および諸外国との関係には最小限度触れられるだけである。

(これは紙数の問題もあるでしょうし、かえってコンパクトな通史になるという利点もあるでしょうが。)

以上を差し引いても、初心者にとって極めて有益な入門書であることに変わりありません。

予備知識はほとんど不要で、最後まで熟読すれば非常に力がつく。

強くお勧め致します。

借りてもいいですけど、買って手元に置いておく価値のある本だと思います。

2009年3月13日

徐大粛 『金日成と金正日 (現代アジアの肖像6)』 (岩波書店)

Filed under: 朝鮮 — 万年初心者 @ 06:00

金日成が死んで二年後、1996年に出たもの。

2002年の日朝首脳会談前で、岩波刊でこの人物とくれば、同じシリーズの『ホー・チ・ミン』以上に、何かとんでもなく偏った内容なのではと危惧したくなりますが、そのような心配は本書についても杞憂です。

著者は戦後米国に移住した韓国人学者でハワイ大学教授。

金日成の満州での抗日運動が戦後「革命神話」の域に達するまで誇張されたとしながらも、いわゆる「金日成偽者説」は採らず、独立闘争において確たる実績があったことを認めている。

また建国後の行動では、朝鮮戦争開戦という誤った判断をした責任を問いながら、中ソ対立の狭間で自主路線を確立したことは評価し、しかし硬直的な個人独裁体制と権力世襲は非難するといったスタンス。

批判的姿勢は保ちながらも、極端な罵倒や攻撃を避け、南北朝鮮を出来る限り公平な立場でみようとしている。

本来、こういう冷静なアプローチは、他の国や指導者に対してなら大いに共感するところなのだが、本書については頂けない。

この親子に対しては嫌悪と軽蔑以外の感情を持つことが極めて難しい。

彼らが作った体制もその異常性と残虐さにおいて、他の共産主義国からずば抜けている。

日本人拉致があったからというだけではなく、それ以外でも正気の沙汰とは思えない事実が洩れ聞えてくる。

90年代初頭、大学に入った辺りで、金元祚『凍土の共和国』(亜紀書房)とか全富億『金日成・正日の北朝鮮』(日新報道)、李佑泓『どん底の共和国』(亜紀書房)、月刊朝鮮編『北朝鮮その衝撃の実像』(講談社)、黄民基『金日成調書』(光文社)などを読んで、「一体何なんだ、この国は・・・・・」と唖然としたのを覚えている。

とにかく、同じ共産圏の指導者でも、周恩来、胡耀邦、ホー・チ・ミン、チトー、カストロなどと比べると人品に差があり過ぎる。

おまけに無駄に長生きし過ぎ。

1945年ソ連軍によって指導者に選ばれた時に若干33歳ですからねえ・・・・・。

スターリン批判と非毛沢東化を見た上で、死後も自己絶対化を永続させるために息子を後継者に準備するだけの時間的余裕を得てしまった。

中ソ対立も利用して自主路線を打ち立てたことは本書でも評価されているが、逆に言えばソ連の非スターリン化や中国の改革開放の流れに乗り遅れたとも言える。

朝鮮人の不幸と周辺国民の迷惑を考えると、こんなたわいもないことでも言いたくなる。

悪書だとか、読んでも無駄などとは決して言いませんが、特に勧めたくなる本でもありませんでした。

ちなみに、この岩波の「現代アジアの肖像」シリーズも結構読んでますが、全15巻のうち、李鍾元『7 李承晩と朴正熙』と藤原帰一『12 マルコス』は結局出なかったようですね。

特に後者は是非読んでみたかった気がする。

藤原先生もよくメディアでお見かけしますし、お忙しい方なんでしょうが、できれば刊行して頂きたかったなあと思いました。

2008年10月26日

岸本美緒 宮嶋博史 『明清と李朝の時代 (世界の歴史12)』 (中央公論社)

Filed under: 全集, 朝鮮, 中国 — 万年初心者 @ 06:00

この巻は、1部・2部に分かれてはおらず、明清時代の中国史と李朝時代の朝鮮史の章が交互に続く構成で、両者のページ配分はちょうど半分ずつ。

第7巻の10ページ未満の高麗史は一体何だったのかと改めて不審に思う・・・・・。

岸本氏執筆の中国史の章はごく平均的な記述。

驚くほどの面白さはないが、なかなかシャープで手際が良く読みやすい。

一方、宮嶋氏執筆の朝鮮史はやや戸惑う。

両班や親族構造に関する社会史的記述が多く、読むのに難儀する。

個人的にはもうちょっとレベルを落として、より基礎重視の通史を書いてもらいたかったところである。

よって、宮嶋氏著の『両班』(中公新書)も貴重な本だとは思いながら、未読のまま。

本巻の感想は・・・・・「普通」です。

内容は特に書くことも無いのですが、最後の「ヒトと社会 比較伝統社会論」の章は十分理解できたわけではないですが、それでもなかなか面白いと感じました。

陽明学の解説もごく平易でわかりやすく、役に立つ。

他は別に無し。

あっさり済ませて次に行きます。

2008年8月1日

礪波護 武田幸男 『隋唐帝国と古代朝鮮 (世界の歴史6)』 (中央公論社)

Filed under: 全集, 朝鮮, 中国 — 万年初心者 @ 06:00

この度少々思うところあり、中公新版「世界の歴史」の全巻通読に取り組むことにしました。

全30巻のうち、これまで読んだものが4巻だけで、なおかつ他の本も読みながらですから、そもそも挫折する可能性もありますが、少しずつこなしていくつもりです。

本書は第3回配本分。

十余年前の刊行時には、確かこの巻の途中で嫌気が差して読むのを止めたんだと思う。

自分の忍耐力の無さに改めて呆れます。

今回は3日間ほどで無事読了。

しかし評価は微妙です。

三国時代から唐滅亡までの中国史と、先史時代から新羅滅亡までの朝鮮史が叙述範囲。

全14章のうち、中国史の第1部が8章で、朝鮮史の第2部が6章と、朝鮮史の比重が比較的高めの構成。

その分、中国史の部分は概括的記述が続くだけで、突っ込んだ説明に乏しく、物足りなさを覚えた。

合間に挟まれるエピソードも、仏教関係の細々した話が多くてそれほど興味が持てず、他の話もどうも面白いと思えなかった。

同じ時代を扱った宮崎市定『大唐帝国』(中公文庫)が再三再四の味読に値するのに比べたら、正直かなり落ちるなと感じてしまいました。

個々の記述に関しては、五胡十六国の興亡が簡略ながら説明されており、民族系統別に色分けされたわかりやすい図表が載っている。

これはなかなかいいんですが、やはり全体像を覚えるのは相当苦しいです。

この図表は単行本では色分けがはっきり区別できますが、文庫本だとわかりにくいかもしれませんね。

コストの問題もあるんでしょうが、文庫化の際、オールカラーじゃなくなったのはやはりかなり残念です。

なお西晋末の八王の乱は細かな記述が一切無いのですが、宮崎市定『東洋における素朴主義の民族と文明主義の社会』(平凡社東洋文庫)に確か司馬氏一族内の政権移動を図示した系図付きで詳細な叙述があったと思います。

しかしこれも私には暗記不可能です。本当に複雑すぎる。

本書がそういう煩雑さを避けたのは結構なんですが、この厚さの全集本ならもうちょっと読み応えのある明解な政治史を読みたかったところです。

朝鮮史の第2部に入ると、こちらはページに余裕があるせいか、ごく標準的な通史といった感じでまずは良い。

しかし読み進めていくと、全くの初心者向けの朝鮮史としては、あまり整理されておらずまとまりに欠ける印象がある。

私の頭が悪いせいもあるんでしょうが、話が前後して流れが掴みにくいという感想を持った。

細かな官職名の考察なんかは省いて、高句麗・新羅・百済と加羅諸国の民族的起源などをもう少し丁寧に説いてくれればと思いました。

偏った意見かもしれませんが、本書はあんまり面白い良好な出来ではない気がします。

昔の世界史全集と違って、すべての地域をカバーする必要がある以上、中国史のように伝統的に重視されてきた分野に過度の紙数を費やすことはできないんでしょうが、しかし本書の記述を読むとこの先不安になる。

この後も『明清と李朝の時代』という巻があるように、本全集では中国史の巻中に朝鮮史を組み込む方針のようですが、できれば朝鮮史を独立させて一巻割り当てて欲しかったところです。

まあ、以上はあくまで私の個人的感想ですのである程度割り引いてお読み下さい。

悪い本だとまで断言する気はありませんので。

2008年7月23日

林建彦 『朴正熙の時代』 (悠思社)

Filed under: 朝鮮 — 万年初心者 @ 06:00

1991年刊。副題は「韓国『上からの革命』の十八年」。

1960~70年代の韓国史。

おそらく現代史上最も成功した権威主義政権である朴政権を高く評価する視点から書かれている。

個人的にはかなり前から朴正熙という人物に敬意を抱いていたので、素直に得心がいった。

この本も実は刊行当初何度か図書館で飛ばし読みしていたのだが、通読は今回が初めて。

特に難渋なところもなく、読みやすい。

できれば朴体制の前後も充実させて、より広い範囲をカバーした韓国現代史にして欲しかったところですが、紙数の問題もありますからまあこれでいいのかもしれません。

重要事件とその年代を確認しながら読み進むのが良いでしょう。

1948年大韓民国成立、50年朝鮮戦争、60年四・一九学生革命と李承晩退陣、61年五・一六軍事革命、63年民政移管と朴大統領就任、65年日韓基本条約とヴェトナム派兵、68年青瓦台武装ゲリラ事件、71年米中接近と南北赤十字会談、72年南北共同声明と「維新」体制への移行、73年金大中事件、74年文世光事件、77年カーター政権成立と「人権外交」・在韓地上米軍撤退をめぐる摩擦、79年側近による朴暗殺。

悪い本ではないですが、やや対象範囲が狭いので、神谷不二『朝鮮半島で起きたこと起きること』(PHP研究所)などと併読して下さい。

なお朴政権下の韓国については、岡崎久彦『隣の国で考えたこと』(中公文庫)という素晴らしい本がありますので、こちらも是非どうぞ。

ついでに歴史に限らず、韓国関係で面白かった本を挙げると、鄭大均『韓国のイメージ』『日本のイメージ』(共に中公新書)は非常に良いと思いました。

そこで紹介されている任文桓『愛と民族 ある韓国人の提言』(同成社)も出色の出来。

中公文庫に収録されていた『日韓理解への道』および『日韓ソウルの友情』という司馬遼太郎らの座談会も読めば参考になるところ大。

その参加者の一人である鮮于煇氏が両書で末尾に書いた文章が本当に素晴らしい。

最後にあまり知られていない本だと思いますが、吉岡忠雄『ソウル・ラプソディ』(草風館)。

紀行文の一種ですが、この本が醸し出す品位と哀切には強く心を動かされる。

気が向いたら以上の本も一度図書館で借りてみて下さい。

2007年10月22日

水野俊平 『韓国の歴史』 (河出書房新社)

Filed under: 朝鮮 — 万年初心者 @ 06:00

朝鮮史のカテゴリでごく一般的な体裁の通史が無いのは不恰好だなあと思っていたんですが、最近本書が出たのを知って、著者名とタイトルを見て即注文。

結果はやはり買って正解でした。

バランスの取れた叙述で、左右の妙なバイアスを感じることは少ない。

近現代史の記述は、右派的な人には異論もあるだろうが、この程度ならまだおとなしいほうで、読むに耐えないというほどではないと思う。

日本の大学教授の李景珉という人が監修者として名前が載っていて、著者とどういう役割分担なのか明確に書いていないのが気にかかるが、意見交換と記述へのアドバイスといったところだろうか。

李朝時代がなかなか詳しく、できればそれ以外の時代も同じ密度で叙述してくれればとも思ったが、初歩的な概説書としてはこの程度でいいのかもしれない。

類書として、金両基『物語韓国史』(中公新書)、姜在彦『歴史物語 朝鮮半島』(朝日新聞社)、武田幸男『朝鮮史 (新版世界各国史)』(山川出版社)などいろいろありますが、教科書レベルの次に読む韓国通史としては、現時点ではこれが一番良いと思います。

2007年5月13日

任文桓 『愛と民族 ある韓国人の提言』 (同成社)

Filed under: 朝鮮 — 万年初心者 @ 06:00

鄭大均氏の『日本のイメージ』(中公新書)で引用されているのを読んで古書店で購入。

これは非常に面白い。

著者は1907年生まれ。日本に留学し苦学の末朝鮮総督府に就職、独立運動には加わらず面従腹背のうちに密かに同胞の利益を少しでも図ろうとする。

戦後は「親日派」扱いされ、朝鮮戦争では人民軍に危うく拉致されかけ、死線を潜る体験をする。

その後李承晩政権の閣僚として国家の再建に尽力するまでを記した自伝。

鄭氏は別の著作で、本書の魅力を語ることによってどこかの出版社が復刊を決意してもらえないかと思っていると書いていたが、私も全く同感である。

日韓関係史として出色の出来。

本書が入手困難なのは非常に残念である。

2007年4月10日

金学俊 『北朝鮮五十年史』 (朝日新聞社)

Filed under: 朝鮮 — 万年初心者 @ 06:00

史上最悪の全体主義国家であり、他の共産主義国に比べてもその異常性が際立っている北朝鮮の歴史概説。

1997年刊。記述は詳細でオーソドックスな通史であり、初心者にも有益。

この国が朝鮮「民主主義」「人民」「共和国」を名乗っているのは必ずしも背理ではない。

以上のカッコの中のような価値観を極限まで追求した結果生まれた最も無残な成れの果てが北朝鮮であり、それが1789年以後の人類が味わった極めて苦い逆説なのだろう。

2007年1月2日

田村実造 責任編集 『世界の歴史 9 最後の東洋的社会』 (中公文庫)

Filed under: イスラム・中東, インド, 全集, 朝鮮, 中国 — 万年初心者 @ 06:24

前にも書きましたが、本シリーズでの中国史の完成度は極めて高い。

これまでの研究の蓄積から、素人にも読みやすく面白い要素を抽出して、それを達意の文章で表現してくれている。

その他インド史、西アジア史、朝鮮史の部分も簡略ながら非常に良い。

西アジア史の章では、「この分野の研究は日本ではまだまだ日が浅いので、以下の叙述も不十分なものとなる恐れがある、これから優れた研究者が多くでることを期待したい」みたいな楽屋話がいきなり出てきてちょっと驚くが、それでも十分面白い。

全般的に見て非常に優れた啓蒙書に仕上がっている。

残念ながらこれだけ手放しで賞賛できるのは本シリーズではこの巻が最後になるのだが。

2006年9月23日

神谷不二 『朝鮮半島で起きたこと起きること』 (PHP研究所)

Filed under: 朝鮮 — 万年初心者 @ 07:24

1960年代末から90年代初頭に書かれた論文を集めた本。

本書に90年代中盤までの文章を増補した『朝鮮半島論』というのも出ている。

特に朴政権の時代に書かれた論文の精密さと的確さに深く感心してしまう。

結果として韓国現代史の最良のテキストになっている。

2006年9月13日

金素雲 『朝鮮史譚』 (講談社学術文庫)

Filed under: 朝鮮 — 万年初心者 @ 18:43

『三韓昔がたり』の続編で、高麗・李朝の歴史。

前著よりやや対象読者年齢が上がり、一般の歴史書に近くなっている。

といってもあくまで読みやすい史話・挿話集であることに変わりない。

こういう体裁とレベルで、できるだけ詳しく通史を物語ってくれると嬉しいのだが、長大なものになるし、それは望みすぎか。

朝鮮史入門書というと、無味乾燥だったり、読むに耐えないイデオロギー的なものが多いが(例としては講談社現代新書の「新書東洋史」に収録されていたもの。疑いも無くあらゆる意味で「最悪」と断言させてもらう)、本書はかなり良質だと思う。

2006年9月12日

金素雲 『三韓昔がたり』 (講談社学術文庫)

Filed under: 朝鮮 — 万年初心者 @ 18:29

『三国史記』から題材を採った、高句麗、百済、新羅の史話・逸話集。

網羅的では全くない、少年向け歴史物語といったところだが、初心者としてはこのくらいのレベルから始めても良いのではなかろうか。

もともと戦時中著者が日本人名で出版したものをそのまま収録したものだが、解説で小堀桂一郎氏が言う如く、別に拘らなくてもよいであろう。

ただ日本との関係で、広開土王(好太王)についての記述が皆無であるのなら、それは残念ではある。

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