万年初心者のための世界史ブックガイド

2017年6月18日

ダンテ・アリギエリ 『神曲  地獄篇』 (講談社学術文庫)

Filed under: 文学 — 万年初心者 @ 01:22

誰もが知っている世界文学の名作だが、詩ということもあり、手に取るつもりも全く無く、最近まで放置していた。

だがたまたまこの版が目に入ったので、「地獄篇」「煉獄篇」「天国篇」のうち、最初だけ読むことにしました。

内容は周知の通り。

ダンテが古代ローマ最高の詩人ウェルギリウスに導かれて、死後の世界を訪れるという設定の詩。

翻訳が新しく、詳細な註が同ページに置かれていることもあって、この版でならすらすら普通に読める。

地獄の第一層では、現世で罪を犯さずに死んだが、洗礼を受けていないために天国に行けなかった乳幼児と、ソクラテスやプラトンなど、キリスト教誕生以前に世を去った哲人が存在しているが、さらに下の階層に行くに従って、歴史上の著名人物や、ダンテと同時代の教皇・聖職者・統治者・市民などがその犯した罪に応じて苦しみを受ける姿が、様々に描写されている。

その叙述は、まあ全く面白くないこともない。

私は、モンタネッリ『ルネサンスの歴史』上巻を読んで、ダンテの政治的立場は当時のイタリアでの皇帝党(ギベリン)だと考えていたが、本書の解説によると、そう単純なものでもないようだ。

そもそもフィレンツェが教皇党(ゲルフ)優位の状況となり、1300年頃その教皇党内部で、大銀行家など都市貴族を中心とする黒派と職人・小市民・農民層を中心とする白派が分裂し、ダンテは白派の中の穏健派に属するとのこと。

市政に関わったダンテは、黒白両派の調停を試みたが、教皇庁の支持を得た黒派のクーデタでダンテは追放・亡命、しばらく白派亡命勢力と行動を共にするが、やがてそれとも袂を分かったという。

よって、この『地獄篇』では、当時の教皇ボニファティウス8世が地獄に落とされているし、ダンテは教皇の世俗権を一切認めず、ルクセンブルク朝皇帝のハインリヒ7世に捧げた『帝政論』という著作も残している。

 

 

散文調の訳なので、普通には読める。

だが『煉獄篇』『天国篇』を続けて読む気には、やはりなれない。

私レベルではこの一冊で十分でしょう。

ちょうど三篇にきっちり分かれていることだし、その内の一つを選んでも恣意的とは言えんでしょう。

内容的には、私がどうこう言えることは無いが、やはりどんな宗教でも「死後の裁き」という観念は重要だとは感じた。

この世だけじゃ、どうしたって帳尻の合わないことってありますから。

現世でどれほど驕り高ぶり、好き放題している連中がいても、死だけは誰にも平等に訪れる。

今の「自由社会」の卑しい支配者も、何時かはそれを思い知ることになるでしょう。

 

著名古典では初心者が読めない部類に入る本だと思い込んでいたが、少なくともこの一部だけなら通読可能。

知的見栄のためだけでも読んでおいて良い。

ただ、末尾で訳者も触れているが、岩波文庫の文語調の訳だと挫折する可能性が極めて高いので、本書か河出文庫収録の版を用いるのが無難だと思います。

2017年6月12日

モリエール 『病は気から』 (岩波文庫)

Filed under: 文学 — 万年初心者 @ 02:09

健康ノイローゼに罹って、医術や薬に深く依存している男が、娘を医者の息子と結婚させようとするが、娘は忠実な召使の助けを借りて自らの想い人と結ばれる、という喜劇。

戯曲の中でもかなり短い方なので、楽に読める。

現代人が読んでも、普通に面白い。

いろいろなことを考えさせる重厚な内容ではないかもしれないが、著名作家の古典作品で面白さを感じさせてくれるのなら、それで十分でしょう。

読了リストの数を増やすことが出来て良かった、とします。

2017年6月3日

ディケンズ 『クリスマス・キャロル』 (光文社古典新訳文庫)

Filed under: 文学 — 万年初心者 @ 07:02

1843年刊。

内容は知ってる人も多いんじゃないでしょうか。

守銭奴のスクルージが、亡霊と精霊によって過去・現在・未来の姿を見せられ、改心する話。

他愛の無いおとぎ話と言えばそれまでだが、しかし私には、人類史上初の産業革命が進行する中、このような作品が書かれて広く受け入れられたことは、拝金主義的風潮に対するイギリス社会の抵抗力を象徴しているように思える。

それに引き換え、今の日本は・・・・・と思えるが、まあやめておきましょう。

 

『二都物語』に加えてこれを読んだが、ディケンズはこれで十分、という感じはしない。

ちょっと短いか。

高校教科書にも出てくる著名文学者は、代表作に加えてもう一作読むと、「打ち止め感」が出てくるんですが。

このブログではスタンダール、フロベール、ドストエフスキー、トルストイあたりはもういいかな、とも思っています(バルザックに関しては、何かもうちょっと読みたいし、ドストエフスキーは主要著作すべてを読破したい気持ちもある)。

ディケンズについては、やはり『デイヴィッド・コパーフィールド』を読むべきか?

でも長いしなあ・・・・・。

『オリバー・ツイスト』か『大いなる遺産』で済ますか?

まあ、このまま何も読まないという可能性の方が高いですね。

2017年5月14日

セルバンテス 『ドン・キホーテ 後篇 全3巻』 (岩波文庫)

Filed under: 文学 — 万年初心者 @ 00:26

前篇の読後感が非常に良かったので、この後篇にも取り組んだ。

同様に大変素晴らしい。

ドン・キホーテと従士サンチョ・パンサの軽妙なやり取りが実に面白い。

妄想に駆られて始終滑稽な振る舞いをするドン・キホーテが、しばしば機知と良識に満ちた言動も見せる。

なお、この後篇の中では、出版された前篇が読まれているというメタフィクション的設定になっており、当時実際に出回った贋作まで登場している。

物語自体も実に楽しい。

前篇を読んでドン・キホーテを知った、いたずら好きの公爵夫妻が、ドン・キホーテ主従を招き、「ドゥルシネーア姫」(実際には粗野な田舎娘)にかけられた魔法を解くためサンチョに鞭打ちを加えないといけないと思い込ませる話や、公爵に言い含められた侍女の一人がドン・キホーテに恋焦がれた振りをするが、ドン・キホーテがどこまでもそれを真に受けて「ドゥルシネーア姫」への操を立てていい気になるのに腹を立てて、しまいに侍女が罵倒の限りを尽くすところなどは、思わず吹き出してしまう。

最後のやや哀感に満ちた場面を読み終えると、欲得ずくの世の中で、滑稽ではあってもある種のすでに失われた理想を貫こうとした主人公の生き方が尊いものに思えてくる。

翻訳が流暢なこともあって、驚くほど容易に通読できる。

知名度と文学的価値、面白さと読みやすさの四者をすべて兼ね備えた稀有な古典。

真の傑作だ。

前後篇合わせて全6巻と相当の長さだが、この作品に関しては苦にならない。

是非とも薦める。

2017年4月28日

ゴーゴリ 『死せる魂 上・中』 (岩波文庫)

Filed under: 文学 — 万年初心者 @ 05:18

タイトルに下巻が無いのは間違いじゃありません。

上・中巻が第一部で、下巻が第二部。

第二部は未完で、草稿状態に近いものらしいので、今回読んでいません。

死んだ農奴の戸籍を買い集め、金を騙し取ろうとする詐欺漢チチコフを主人公に、帝政ロシアの腐敗を暴いた作品、ということになるんでしょうが、文章に何とも言えないユーモアがある。

読みやすくて、十分面白い。

名作と言われる理由がわかる。

初心者でも十分通読できる古典として、推奨します。

2017年4月18日

マーク・トウェイン 『アダムとイヴの日記』 (福武文庫)

Filed under: 文学 — 万年初心者 @ 06:48

神に造られた最初の人類、アダムとイヴの象形文字で書かれた日記を、著者が解読して記した、という設定の短編。

他愛もないユーモア、パロディ小説と言えばそれまでだが、最後は哀感を誘う。

挿絵が毎ページ入っているので、あっという間に読める。

『王子と乞食』と同じく、大いに薦めます。

2017年4月10日

ロマン・ロラン 『ピエールとリュース』 (みすず書房)

Filed under: 文学 — 万年初心者 @ 03:13

『ジャン・クリストフ』を読む気がどうしてもしない。

一度決心はしたんですが、やはり岩波文庫の分厚い分冊を見ると、手に取る気が失せました。

『戦争と平和』だって読んだんだろ、サボるんじゃないよ」という声が心の中から聞こえてきますが、いややっぱり19世紀の大長編小説と20世紀のそれとは違うんですよ。

文学全集でも『ジャン・クリストフ』や『魅せられたる魂』が、『戦争と平和』と同じ巻数を費やして収録されているのを見ると、「何かアンバランスだなあ」という気持ちを禁じ得ない。

しかしロランの作品が『愛と死との戯れ』だけなのも格好付かないと思ったので、短編のこれを選びました。

第一次世界大戦末期のパリを舞台に、偶然出会った若い男女の悲恋を描く。

ほんの小品だが、いかなる特権階級も存在しないはずの民主的共和国において、世論が絶対的な専制者となり、無力な個人が戦争の地獄に放り込まれていくメカニズムが読み取れる。

 

著名文学者の穴埋めのつもりで読んだが、悪くは無かったです。

私の感性では、それ以上の感想は持てません。

2017年4月2日

ブレヒト 『三文オペラ』 (光文社古典新訳文庫)

Filed under: 文学 — 万年初心者 @ 00:58

ロンドンを舞台にした、職業的物乞い団の「社長」の娘と窃盗団の首領の恋を主題にした演劇。

ワイマール共和国時代の1928年に初演され、大成功を収めたそうだが、表面的に読めば、訳のわからないドタバタ劇にしか見えない。

ブルジョワ社会の俗悪さへの批判などということが読み取れなくはないが。

これをブレヒトの代表作として高校教科書に載せるのは不適切に思える。

『肝っ玉おっ母とその子どもたち』の方が、はるかに心に染み入るものがあった。

 

まあ、つまらないです。

高校生の頃から名前を知っている名作が、私にとっては面白くなく、理解もできないと、わかったことが収穫です。

2017年3月23日

ゴンチャロフ 『オブローモフ 上・中・下』 (岩波文庫)

Filed under: 文学 — 万年初心者 @ 16:16

原著は1859年刊。

高校世界史では影も形も無い、少々詳しい文学史ではないと出てこない著者と作品名である。

ただ、非常にユニークな作品であるということは、仄聞していた。

あらゆることに無気力で、両親より受け継いだ領地から上がる年貢を糧に、従僕のザハールと共に無為徒食の日々を送る主人公オブローモフを描いた、「元祖ひきこもり小説」。

主人公唯一の親友であり、活発で有能なシュトルツは、オブローモフを社会活動に連れ出そうと、知的で清純な美少女オリガを彼に紹介する。

すると、彼もオリガも互いに愛し合うようになる、という都合の良すぎる展開に。

だが、オブローモフの生活上の無能力さに、さすがのオリガも愛想を尽かし、二人は別れる。

その後、オブローモフは性質の悪い知り合いに騙され、あやうく食い物にされそうになるが、再登場したシュトルツに救われる。

シュトルツとオリガは、オブローモフを何とか無気力な生活から連れ出そうとするが、それも実を結ぶことなく、彼はこの世を去る。

ほとんどの人は、主人公のあまりの駄目人間振りにあきれ果てるでしょうが、私自身は、間違いなく自分にも同様の性質があることがわかっているので、何とも言えない同情と共感の念を抱いてしまう。

それにオブローモフにも否定的な面しか無いわけでもなく、後半でシュトルツの身の上に起こったある事実を知って心から彼を祝福したり、自分を害そうとした人物に対し、自分以外の人への侮辱について激怒したり、と時には感動的なまでの振る舞いをすることもある。

シュトルツが作中で言うように、オブローモフはこれ以上ない駄目男ではあるが、善良で潔白な魂も持っている。

 

 

これは凄い・・・・・。

とんでもない怪作だ。

感想に窮するが、非常に印象的な作品であることに間違いはない。

普段あまり文学など読まないという方にも十分薦められる。

機会があれば、是非お読み下さい。

2016年12月3日

フランソワ・ラブレー 『ラブレー第一之書 ガルガンチュワ物語』 (岩波文庫)

Filed under: 文学 — 万年初心者 @ 06:23

巨人王ガルガンチュワとパンタグリュエルの親子を描いた物語の一巻。

全編、言葉遊びと糞尿譚と性的下ネタで埋め尽くされている。

「何だ、こりゃ」と言うのが正直な感想。

今となっては、この面白さは分からない。

教会を中心とする社会的権威への風刺も、それらの権威が粉々になってしまった現代においては、何の新鮮味も無い。

この一巻だけなら楽に読めるが、とてもじゃないが全巻通読する気にはなれない。

本格的な文学好きの人か、余程の好事家でない限り、その必要も無い。

ただ「ラブレーを読んだことがある」という箔が付く。

それだけ。

2016年11月25日

ドストエフスキー 『罪と罰 全3巻』 (光文社古典新訳文庫)

Filed under: 文学 — 万年初心者 @ 01:22

およそ20年振りの再読だが、初読の際と同様の感動がよみがえってきた。

今回気付いたのは、圧倒的な読みやすさ。

分量が全く気にならず、次から次へとページを手繰らせる力をこの作品は持っている。

表現法とストーリーの構成力、登場人物の個性描写など、小説技法の面がとにかく素晴らしい。

内容面の充実とあわせて、とにかく完璧な作品だと言うしかない。

以前読んだ時は今よりも大長編への耐性が乏しかったはずで、それでもほぼ一気に読んだ記憶があるが、その印象は間違ってなかった。

「30冊で読む世界文学」でこれを選んだのはやはり正解だった。

登場人物も極めて印象的。

自己犠牲を貫く気高いソーニャ、ラスコーリニコフの妹で美しく聡明なドゥーニャ、ドゥーニャの婚約者で低劣な俗物ルージン、主人公唯一の友人で高潔な好漢ラズミーヒン、主人公を追い詰める怜悧で鋭敏な予審判事ポルフィーリー、皮相で愚かな進歩派で戯画的に描かれてはいるがルージンの卑劣な行為に対して高潔な行動を採るレベジャートニコフなど。

ただ、得体の知れない奇怪な悪の化身という感じの人物、スヴィドリガイロフについては、初読の際ほど強い印象は受けなかった。

 

とにかくすごい。

世界文学に少しでも関心があって、これを読まないのはあり得ない。

再読の評価は「5」。

それ以外にあり得ない。

しかも通読難易度は、この長さにも関わらず、「易」を付けることができる。

どんな初心者にも勧めることができる稀有な古典。

2016年10月25日

チョーサー 『カンタベリー物語』 (角川文庫)

Filed under: 文学 — 万年初心者 @ 02:06

岩波文庫で全3巻の全訳が出ている。

中身を見ると、読めないことはないかと感じるが、ボッカチオ『デカメロン』を抄訳で済ませているのに、これの全訳を読むのは、ちょっとバランスに欠けるかとも考えた。

それでいろいろ検索すると、昔角川文庫でこの抄訳が出ていたことを知る。

序章を含め9章を訳出し、200ページ弱の文庫本にまとめてある。

だから省略部分はかなり多いと思われるが、初心者が雰囲気を感じ取るだけなら、これくらいでいいでしょう。

末尾の解説含め、本書でどこにも抄訳であることを明言していないのは、少し気にかかるが。

内容は取り立てて言うことは無い。

14世紀イギリス、カンタベリに巡礼に向かう29人の、様々な職業・社会階層の人々が、道中の徒然にそれぞれ物語を披露する、という『デカメロン』とよく似た形式。

話の中身も、やや卑猥なところを含む滑稽譚で、似ている。

初心者でも十分読める難易度。

古典的書名を読了リストに追加できただけでも良かった。

2016年10月17日

ウィリアム・シェイクスピア 『ヘンリー四世 第一部・第二部』 (白水社uブックス)

Filed under: イギリス, 文学 — 万年初心者 @ 04:47

この版では、一部・二部がそれぞれ一巻本になっているが、話は完全に繋がっているので一つの記事にした。

エドワード黒太子の子リチャード2世から王位を奪って、ランカスター朝を創始したのがいとこのヘンリ4世で、その簒奪行為に協力しつつも、やがて疎んじられたノーサンバランド伯パーシー家の反乱と鎮圧、ヘンリ4世の死去までを描いた史劇。

もっともヘンリ4世が主人公とは言いがたく、実質的にはその息子で皇太子のハル(ヘンリ)が物語の中心。

放蕩無頼の限りを尽くすドラ息子といった感じのハルが突如その英雄的資質を表わし、反乱を鎮定、父王死後ヘンリ5世として即位、後に百年戦争を再開して最も英国優位の情勢を作り出すことになる。

またこの作品では、ハルの取り巻きの一人で、道化じみた悪徳騎士フォールスタッフのキャラクターも極めて有名。

フォールスタッフらの毒舌・雑言の中に潜むウィットは、現代人が読んでも笑いを誘う。

権力の栄枯盛衰を背後から操る世論の問題というテーマが中心となっているように思える作品だが、その重苦しさを笑いで中和してくれている。

なかなか良い。

シェイクスピア史劇では、少なくとも『ヘンリー五世』よりは印象に残るし、『リチャード二世』と並んで良い。

 

「噂」登場、一面に舌の模様を描いた服をつけている。

さあ、耳を開いて聞きな、それがし、「噂」が大声で

しゃべろうってんだ、耳に蓋するわけにはいくまい?

日の昇る東のかたより日の沈む西の涯まで、

風を早馬に仕立てて乗りまわし、この地上に起こる

あらゆる出来事を伝えひろめるのがおれの役目だ。

悪口、中傷をひっきりなしにこの舌先にのせ、

それを世界各国のことばでしゃべりまくり、

人々の耳に偽情報を詰めこむのがおれの商売だ。

たとえばおれが天下泰平だと言うのは、かくれた敵意が

平和の微笑のかげに刃を秘めてこの世を傷つけてるときだ。

また、大きくふくれあがった世界の胎内から

いまにも暴虐な戦争が生み落とされると思わせ、

兵隊集めや防衛準備に狂奔させておいて、実は

なにごともなし、なんて騒ぎを起すのも、このおれ、

「噂」の仕業でなくてなんだ?「噂」とは

疑心暗鬼、揣摩憶測が吹き鳴らす笛だ、それも

穴をおさえて吹くだけでいとも簡単に音が出るので、

あっちへふらふらこっちへふらふらする大衆ってやつでも、

むやみに吹き立てることができるんだ。いや、いまさら

天下衆知のおれの実体をご説明する必要はなかったな、

あんたがたはおれの身内なんだから。・・・・・・

 

大司教

・・・・・・わが国民はいまやみずから選んだ王にいやけがさしている、

あまりにもむさぼるように愛したため食傷している。

うつろいやすい民衆の心を土台にして家を建てるものは、

ぐらついてあぶなっかしい住居に身をおくことになる。

ああ、愚かな大衆どもめ、おまえたちはかつて、

おまえたちの望みどおりボリングブルック[ヘンリ4世]が王座につく前は、

天を拍つ歓呼の声をもって彼に祝福を与えたものだった!

ところがいま、彼がおまえたちの望んだ栄光に包まれると、

なんという食い意地の汚さだ、もう彼に食い飽いて、

みずから胸をむかつかせて彼を吐き出そうとしている。

そう言えば、おまえたち野良犬は、その貪欲な胸から

故王リチャード二世を吐き出したくせに、いままた

その反吐の死体をもう一度食いたがり、捜し求めて

うるさく吠え立てている。こういう連中が信じられるか?

リチャード王在位中はその死を願っていたやつらが、

いま、その墓に熱い恋心を捧げているのだ。故王が、

世の賞賛を一身に集めたボリングブルックのあとに従い、

傲然とかまえたロンドン市中を溜息ながらに引きまわされた

あのとき、その頭上に汚物を投げつけたおまえたちが、

いま、「大地よ、あの王を返し、この王をのんでくれ!」

とわめいているのだ。人の心の、なんと呪わしいことか!

過去と未来は美しく見え、現在はもっとも醜いと思うのだ。

2016年9月2日

トゥルゲーネフ 『初恋』 (光文社古典新訳文庫)

Filed under: 文学 — 万年初心者 @ 03:28

短編なので読みやすい。

内容的には特にどうと言うこともないが、やや苦い思いを残す佳作。

『猟人日記』などには今のところ手が出ないが、代表作『父と子』の他にとりあえずもう一作追加できて、少しは格好がつきましたかね。

ただそれだけです。

2016年8月27日

ウィリアム・シェイクスピア 『アントニーとクレオパトラ』 (白水社uブックス)

Filed under: ローマ, 文学 — 万年初心者 @ 04:00

これも以前記事にしたものの再読だが『ジュリアス・シーザー』と違って、さして強い印象を受けない。

クレオパトラとの愛欲に溺れてオクタヴィアヌスとの闘争に敗れるアントニウスの姿が、史実通り淡々と描かれているだけという感じ。

面白くない。

こういう印象を持つのは残念であり、まず読み手である自分の資質の問題であることは間違いないが、嘘偽りの無い正直な感想を言えば以上の通りです。

2016年8月7日

ウィリアム・シェイクスピア 『ジュリアス・シーザー』 (光文社古典新訳文庫)

Filed under: ローマ, 文学 — 万年初心者 @ 03:16

学生時代読んだきりで、一度記事にしたものを、この新訳で再読した。

(訳者の言葉を借りれば)無知・無定見極まりない群衆の恣意がすべての決定者としてのさばり、英雄としての資質を持つシーザーや高潔の士ブルータスですらそれに依存して権力を得たり失ったりするに過ぎず、アントニーが発揮したような煽動の才が重きをなしてしまう現実を鋭くえぐった政治劇。

確かにそのような読み方ができる。

さすが傑作の名に恥じない。

史実に基くストーリーをなぞるだけだった初読時よりも深い感銘を受けた。

やはり一度は読んでおくべき作品と思われる。

2016年7月30日

郭沫若 『歴史小品』 (岩波文庫)

Filed under: 文学 — 万年初心者 @ 06:56

近代中国文学では魯迅の次くらいの知名度を誇る作者の短編歴史小説集。

1936年初版。

登場人物は、老子、荘子、孔子、孟子、始皇帝、項羽、司馬遷、賈誼(前漢文帝時代の文人政治家)の8人。

どれもごく短く読みやすい。

しかし内容は・・・・・。

結論を言うと、つまらないです。

思想家たちの編は性急な偶像破壊的記述がやや浅薄な印象を与えるし、それ以外の人物についても、言動が現代風にアレンジされ過ぎている感がして相当の違和感あり。

著者の本領は別の著作に表われているのかもしれないが、今のところ強いて読む気がしない。

2016年7月24日

トルストイ 『光あるうちに光の中を歩め』 (岩波文庫)

Filed under: 文学 — 万年初心者 @ 04:13

2世紀ローマ帝国治下、小アジアのキリキアを舞台にした、富裕な商人の息子ユリウスとその親友である解放奴隷の息子パンフィリウスの物語。

原始キリスト教を奉じるパンフィリウスと、それに魅かれながら世俗の論理に何度も押し留められるユリウスとの対話が主な内容。

最後にユリウスはすべてを投げ打ってキリスト教徒の共同体に参加することになるのだが、キリスト教的理想主義に対比される世俗的現実主義にもかなりの言い分を感じてしまう。

実際、この作品は作者の意図とは逆に、世俗的現実主義を主張する言葉に多くのページが費やされ説得力が感じられてしまうとして、トルストイ自身はお蔵入りにしようとしたという。

本当は理想と現実の双方を踏まえて、よりよき均衡を取ろうとするのが正しいんでしょうけどね。

理想主義一本槍のトルストイ主義にもついていけないが、かと言ってただのエゴイズムと物質主義を自由と効率の名の下に肯定するしか能がない現代社会は全くもって醜悪です。

原始キリスト教から進化したローマ・カトリックや(トルストイが強く批判した)ロシア正教会のような伝統的宗教は、実はそうした理想と現実のバランスを達成するために長い年月をかけて生まれたものであり、腐敗や形式主義など、たとえどれほどの表面的欠陥があろうとも、やはり基本的には守るべきものなんではないか、と思えてくる。

トルストイのように原始キリスト教のみを理想視するのはどうかと・・・・・。

 

短い上に読みやすく面白い。

良き佳作。

2016年7月18日

トオマス・マン 『トニオ・クレエゲル』 (岩波文庫)

Filed under: 文学 — 万年初心者 @ 02:36

内向的で気弱で繊細だが、知的な少年が、中年の文学者となり、少年時代に接した事物や人物に再会する描写を通じて、芸術・精神と日常・世俗性を対比し、そのどちらにも徹することができない人間の苦しみを指摘しつつ、それを否定せず受け入れるべきことを示した作品、なんてまとめは正しいのか。

短編であり、読むのは楽。

他にはどうということも無い。

確か再読だったか。

学生時代に読んだ感覚がある。

内容はほぼ忘れていたが。

強い感銘などは無い。

ただ読んだ事実を作っただけという、私の文学読書にはよくあるパターンだ。

2016年7月12日

エラスムス 『痴愚神礼讃』 (中公文庫)

Filed under: 文学 — 万年初心者 @ 04:17

2014年刊の新訳。

トマス・モアに捧げた序文とホルバインの挿画が付いている。

原文はラテン語で、エラスムスはその全作品をラテン語で書いているという。

こんなに短い作品だったのか、というのがまず第一印象。

一日で読める。

痴愚女神による自己弁護という形式を借りて、教会の腐敗・堕落を攻撃した作品と言われるが、それは後半部で、前半では社会の各層をギリシア・ローマの古典章句を多く散りばめながら辛辣に皮肉り批判している。

読んでいて、それらを痛快に感じる面も確かにあるが、その後エラスムス自身が宗教改革とカトリック教会の板挟みになって苦悩したことを思えば、やや性急で一方的な批判に感じられないこともない。

ただ、キリスト教の教えに背き、戦争という手段を採ることを厭わない教皇庁を批判した著者の平和主義には心を打たれる。

(以前ならこんな感想は抱かなかったでしょうが、世の中も自分も大きく変わりました。)

特に面白いわけではないが、これだけ著名な古典でありながら、通読難易度は極めて低いので、機会があれば手に取ってみるのも良いでしょう。

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