万年初心者のための世界史ブックガイド

2018年6月11日

バルザック 『知られざる傑作 他五篇』 (岩波文庫)

Filed under: 文学 — 万年初心者 @ 03:19

バルザックの短篇集翻訳としては、刊行が古い分、岩波文庫のこの本には定番感がある。

だが、いざ読んでみると、長篇の『ゴリオ爺さん』『従妹ベット』で得た感銘を受けることは無く、自分の文学的素養の無さを再確認した。

全6作のうち、私がまだしも良いと思ったのは、繊細な描写の美しさではなく、ストーリーの強烈で意外な展開を提供してくれる「恐怖時代の一挿話」と「エル・ベルデゥゴ」だった。

まあ、しょうがないですね。

これが私の限界です。

広告

2018年5月21日

ゴーゴリ 『死せる魂 下』 (岩波文庫)

Filed under: 文学 — 万年初心者 @ 01:50

上・中巻の第一部に続いて、この下巻は第二部となる。

上・中巻記事で、第二部は未完成の草稿状態と書いたが、読んでみるとそうでもない。

一応きちんとした話の筋は整っている。

ただ、一部で原稿が失われており、末尾は完全に断絶している。

深刻な社会矛盾を描写しながらも、教条的な告発調には陥っておらず、ユーモアとペーソス溢れる文体が全体を中和しているのは、本作全篇のみならず、ゴーゴリの作品全てに共通しているものと思われる。

有難いことに、通読難易度は低い。

高校教科書にも載っているこの代表作を読んだからには、ゴーゴリはもうこれ以上読まなくてもいいでしょう。

2018年5月8日

カレル・チャペック 『ロボット  (R.U.R)』 (岩波文庫)

Filed under: 文学 — 万年初心者 @ 05:46

チャペックはチェコスロヴァキアの作家で、1890年に生まれ、ミュンヘン会談の年、1938年に死去している。

代表作に『山椒魚戦争』もあるが、短い戯曲のこれを選んだ。

チェコ語の「賦役」を意味する「ロボタ」から造られた新語のロボットは、この作品によって世界中に広まることになった。

内容は大概の人の想像通りだが、通俗的なお説教と片付けられない迫力がある。

様々な種類の技術主義による(最近では特に情報通信技術の)進歩を称揚する人間が後から後から湧いて出る現代社会だが、ほとんど同意できる部分が無い。

とは言え、もう技術革新は何をもってしても制御できないんでしょうねえ。

ある種の諦観に浸るしかない。

深刻なテーマを扱いながら、非常に読みやすく、高校レベルの次に出てくるくらいの古典作家に触れるには適切な作品。

充分お薦め出来ます。

2018年4月22日

エドガー・アラン・ポー 『黒猫 モルグ街の殺人』 (光文社古典新訳文庫)

Filed under: 文学 — 万年初心者 @ 06:11

これも「高校生・大学生の頃、一読したきりで記事にした本を、別の版で再読する」シリーズです。

怪奇小説数篇と推理小説の祖とも言われる「モルグ街の殺人」を収録した短篇集。

感想は・・・・・同じです。

普通に読めて面白い。

「黄金虫」や「アッシャー家の崩壊」は、この版では未収録。

同じ古典新訳文庫で両作品の訳書が出ているはず。

あと、中公文庫の作品集が結構まとまった収録だった気がする。

訳者解説で、ポーを「研究としてはいざ知らず、現代人が楽しめる読書の対象としては、アメリカ文学史に現れた第一号と言って、そう間違いはないはずだ」と書いているが、確かにそう思える。

この訳書辺りをとりあえず押さえておけばいいんじゃないでしょうかね。

2018年4月3日

ラシーヌ 『フェードル アンドロマック』 (岩波文庫)

Filed under: 文学 — 万年初心者 @ 05:19

『ブリタニキュス ベレニス』に追加して、これも読んでおく。

収録順はタイトルとは逆になっている。

まず『アンドロマック』は、トロイヤ戦争の後日譚。

アキレウスに倒された、トロイヤ側のヘクトールの未亡人アンドロマック(アンドロマケ)が、アキレウスの子ピリュス(ピュロス)の捕虜となり、エペイロスに連れて来られる。

アンドロマックの美しさに心を奪われたピリュスは、遺児の命を助けることを条件に自身と再婚することを迫るが、アンドロマックは頑として受け入れない。

ピリュスにはエルミオーヌ(ヘルミオネ。スパルタ王メネラオスとヘレネの娘)という婚約者がおり、そのエルミオーヌにオレスト(オレステス。アルゴス王アガメムノンとクリュタイムネストラの息子)が恋をしている(メネラオスとアガメムノンは兄弟、ヘレネとクリュタイムネストラも姉妹)。

この片思いの連鎖が、破滅的な悲劇を招く様を描写する。

次の『フェードル』は、アテネ王テゼー(テセウス)の妻フェードル(クレタ王ミノスの娘、姉妹のアリアーヌ[アリアドネ]はアテネに戻る途中に棄てられた)が、義理の息子イポリット(ヒッポリュトス。テセウスとアマゾン族の女王の子)に恋をして破滅する話。

どちらも、ストーリーの構成、台詞を通じた心理描写が非常に精巧で完成度が高い、と素人でも感じ取ることが出来た。

ローマ史を題材にした『ブリタニキュス ベレニス』に比べて、ギリシア神話に取材したこちらは、ちょっと取っ付きにくいかと思っていたが、読み終えてみると、それはほとんど杞憂でした。

普通に楽しめる良作。

翻訳も比較的新しいし、初心者が古典主義文学の巨匠に触れるには、非常に適切な本です。

2018年3月1日

桑原武夫 『文学入門』 (岩波新書)

Filed under: 文学 — 万年初心者 @ 02:43

これもかなり古い本だ。

初版は1950年。

当然、時代の違いを感じさせる部分も多いが、末尾の文学必読書リストは参考になる。

以下、関連する文章の引用とリストを挙げる。

以上のべてきた意味において、文学における基準的な必読書のリストの作成は、こんにちきわめて重要な仕事といわねばならない。先進国ではそういう試みは、つとになされているが、日本ではさきに指摘したような文学観から、いっこうに不熱心だった。しかし、こういう基本的な仕事をほっておいて、ただ世界文学に目をひらけ、とだけ叫んでいるのはコッケイというのほかはない。それでは、せっかく開いた目がキョロキョロするばかりである。また、そういうものが現実につよく要求されていることは、私などのところへ来る新制高校や労働組合あたりからのアンケートの大多数が、何を読めばよいか、という問合せであることをもっても知れるのである。

そこで私は、そうした試みの一つとして、友人諸君の協力をえて、世界近代小説五十選というリストを作ってみた(巻末、附録)。急ぎの仕事だから不完全な点もあろうが、それは諸方面からの批判をえて、漸次あらためてゆくことにしたい。このリスト作成の根本方針は、私がこの本で説いてきたところによるが、もう少し説明を加えると、第一に、近代小説を味わうためには、まず西洋の近代小説の傑作を読むべきだと考えたことである。事実、全世界の近代小説は、中国のものも、日本のものも、すべてヨーロッパの近代小説の影響のもとに生まれたものである。ヨーロッパ以外にも、『千一夜物語』とか、『水滸伝』『三国志』とか、『源氏物語』、西鶴とか、すぐれたものがあるが、これらは近代小説とは根本的にその性格を異にしており、たとえこれらのものの影響下に書かれた小説があるとしても、もしその作者が西洋近代小説の精神の洗礼をうけていないとするならば、その作品は現代の小説としてはつまらぬものだ、といって恐らく間違いはないだろう。そういう意味から、まず近代小説とはどういうものか、を捉えようとするならば、西洋近代小説の傑作を読まねばならない。

ところで、そうした傑作がヨーロッパ精神のあらわれである以上、その根源をなしている『聖書』やギリシヤ神話、ホメロスなどについての知識が必要だというのは正しいし、またそれらに接することは、もとより望ましい。しかし、だからといって、まずソフォクレス、プラトン、プルタルコス、タキトゥス、アウグスチヌス、等々、古代中世の思想と文学を十分通過しておかねばダメだ、などという大学の先生の意見に盲従する必要はなかろう。(文学のみでなく、学問でも、古代から現代へという勉強法のみに執着してはならない。現代ないし近代をやって、その必要から時代をさかのぼるという行き方も大切で、むしろその方が効果的なことがある。)それに、そうした古典は、そう簡単に読めるものでもなく、また近代小説はそんなに高級なところから誕生したものでないことは、さきに述べた。文学研究の専門家を志す人でないかぎり、近代小説の系譜をたどるにしても、古いところで、ボッカチオの『デカメロン』、そして近代告白文学の先祖という意味で、小説ではないが、ルソーの『告白』あたりから始めれば十分だろう。この二つは、そういう歴史的意義のいかんにかかわらず、無類に面白いものだから、一読をすすめたい。

さきに述べた理由によって、戯曲と詩はのぞき、近代小説のみにかぎったにせよ、五十種ではあまりに少ない、といわれるかも知れない。それは一おうもっともな意見である。しかし、私はヘルマン・ヘッセが選んだ世界文学の書目のようなものは、あまりに冊数が多すぎて、かえって実用に適しないと考える。あの本を全部読んでいるものは、ヨーロッパの知識人にも少ないであろう。どうせ全部は読まないとなると、その中からさらに第二次的に必読書のリストを作らねばならないことになる。それでは国民教育の共通地盤ということでなくなる。それに本の高いこんにち、読者の経済力ということも考慮に入れなければならない。そこで私は一まず五十にかぎり、その代りこれだけは、教養ある日本人なら必ず読んでいるというふうにしたいものだと思う。私のリストでは、全部を買うと、その代価は、およそ二万円となる。学校や労組の図書館などなら一度に買うことはできようが(そして大きな図書館では、こうした名作は同じものを何冊も買っておく必要を忘れてはならない)、個人にとっては大きな金額である。しかし、なにも一挙に手に入れねばならぬ訳はない。一つ読みおえたらつぎのを、というふうにぽつぽつ買っていって、何年後かに揃えるということにすればよい。

小説を読むことの楽しみの一つは、名作を時をへだてて反読することにある。大小説というものは、一つの客観的な複雑な深い世界であるから、読者の思想や生活と結びついたインタレストが変化するにつれて、その世界で行なわれる読者の経験もさまざまに変わりうる。だから読みかえすたびごとに、すでに大筋は知っているから落着いた気持はありながら、やはり新しい経験を与えてくれるものである。その楽しさは、昔なじみの立派な人に時おり出会ったとき、ああ昔のとおりだなと思いつつも、同時に、いままで気づかなかったその人の立派さに改めて打たれる、そういう喜びに比べることができよう。アランが、あのぼう大なトルストイの『戦争と平和』を十ぺんも読みかえしたというのは、そうした楽しみがあればこそである。この五十冊の本を自分の手許にそろえて、もっているということは、その人の人生を計りがたく豊かに、楽しくするにちがいないのだ。

こうしたリストによって小説を読むことは、なにか自由が少なく、個性の発展をさまたげられるように思う人があるかも知れないが、それが間違いであることは、くりかえし述べた。普遍的な客観性を通らない個性などというものはないのであって、世界的に認められ、客観的価値の定まった名作を通ったあとで、はじめて個性的な独創的な鑑賞の自由が、すこやかに成長することを知らねばならない。それに、これらの名作をまず読むことはすすめるが、それ以外を読むなとは誰もいいはしない、だいいち、そんなことは不可能である。

なお、このような名作といえども、すべてが必ずたのしく読めるとはかぎらない。そういう場合には、無理をして読まずに一おう中止した方がよい。しかし、そのためにその作品をすててしまうべきではなかろう。それはきっと大きな楽しみを一つとり逃がしたことになるだろうから。世界中の人々が楽しく読んで名作とみなしている以上、その作品には必ずすぐれた点があるにちがいない。また別の時期に改めて読みなおす労を惜しんではならない。どうしてこんな面白いものが、前にはわからなかったのだろう、といぶかることがあるに違いない。また、こうした名作を味わっておくことは、そのこと自体が楽しみであるばかりでなく、上等の料理を食べなれると、まずい食事がいやになるのと同じように、眼がこえて、低俗な小説がおのずといやで読めなくなる、というありがたい副作用をともなう。しかし、このたとえは本当は正確でない。料理で口がおごると家庭経済はつぶれるが、小説のほうはトルストイでも駄小説でも本の値段に変りはなく、いなむしろ名作ほど安いくらいで、料理のような危険はさらにないからである。

しかし、さきにもいったように、こうしたリストによって小説史上の名作を読むということは、それ以外の作品を読むなということでは決してない。このリストでは一人一作のたてまえをとっているが、それはもともと無理をふくんでいる。バルザックの『人間喜劇』九十余篇を全部よめということは不可能にしても、『従妹ベット』『ゴリオ爺さん』『ユージェニ・グランデ』『絶対の探究』などの傑作のうちから、一つだけを選んで他をすてねばならぬということは、つらいことなのである。しかし、それらをすべて採用すればリストはむやみに多くなるから、けっきょく私自身の好みによって、そしてジッドが、『人間喜劇』はすべてを読まねばならぬが、しいて一つをとるとすれば『従妹ベット』を、といった言葉を思い出して、これを取ったのである。同じことは他の偉大な小説家についてもいえることである。したがって、読者は一つの作品に感動したならば、その作家の他の作品を読まれるがよい。なお、文学の研究を志す人にとっては、一人の偉大な芸術家の全作品を知るということは、その作家個人のみでなく、文学一般を理解する上の、もっともすぐれた方法の一つであることを、申しそえておきたい。

 

 

 

以下、リストの転載に当たって、年代と翻訳の版を省略、一部表記を変更。

 

 

イタリア

1. ボッカチオ『デカメロン』

 

 

スペイン

2. セルバンテス『ドン・キホーテ』

 

 

イギリス

3. デフォー『ロビンソン・クルーソー』

4. スウィフト『ガリヴァー旅行記』

5. フィールディング『トム・ジョーンズ』

6. ジェイン・オースティン『高慢と偏見』

7. スコット『アイヴァンホー』

8. エミリ・ブロンテ『嵐が丘』

9. ディケンズ『デイヴィッド・コパーフィールド』

10. スティーヴンソン『宝島』

11. トマス・ハーディ『テス』

12. サマセット・モーム『人間の絆』

 

 

フランス

13. ラファイエット夫人『クレーヴの奥方』

14. プレヴォー『マノン・レスコー』

15. ルソー『告白』

16. スタンダール『赤と黒』

17. バルザック『従妹ベット』

18. フロベール『ボヴァリー夫人』

19. ユゴー『レ・ミゼラブル』

20. モーパッサン『女の一生』

21. ゾラ『ジェルミナール』

22. ロラン『ジャン・クリストフ』

23. マルタン・デュ・ガール『チボー家の人々』

24. ジイド『贋金つくり』

25. マルロー『人間の条件』

 

 

ドイツ

26. ゲーテ『若きウェルテルの悩み』

27. ノヴァーリス『青い花』

28. ホフマン『黄金の壺』

29. ケラー『緑のハインリヒ』

30. ニーチェ『ツァラトゥストラはかく語りき』

31. リルケ『マルテの日記』

32. トーマス・マン『魔の山』

 

 

スカンジナヴィア

33. ヤコブセン『死と愛』

34. ビョルンソン『アルネ』

 

 

ロシア

35. プーシキン『大尉の娘』

36. レールモントフ『現代の英雄』

37. ゴーゴリ『死せる魂』

38. ツルゲーネフ『父と子』

39. ドストエフスキー『罪と罰』

40. トルストイ『アンナ・カレーニナ』

41. ゴーリキー『母』

42. ショーロホフ『静かなドン』

 

 

アメリカ

43. ポー『黒猫 モルグ街の殺人事件 盗まれた手紙 他』

44. ホーソン『緋文字』

45. メルヴィル『白鯨』

46. マーク・トウェイン『ハックルベリー・フィンの冒険』

47. ミッチェル『風と共に去りぬ』

48. ヘミングウェイ『武器よさらば』

49. スタインベック『怒りのぶどう』

 

 

中国

50. 魯迅『阿Q正伝 狂人日記 他』

 

 

 

 

ざあっと見ると、「うん?」と思うのもありますけどね。

自分の読後感からすると、ノヴァーリス『青い花』が必読とは思えないなあ・・・・・。

ケラーも要らないと思うし、スカンジナヴィアでイプセンとストリンドベリの代わりにこの二人を挙げる意味がわからない(と思ったら、戯曲は外して小説のみを選んだからだと気付いた)。

ゴーリキーとショーロホフも今なら外すか?

ミッチェル『風と共に去りぬ』も読む気しないなあ・・・・・。

通俗作品のイメージが強いが、なぜか高校レベルでもちょっとだけ出てくる。

女性の方で好きな人は多いんでしょうが、あの長編を読む労力がその本当の文学的価値に値するのか、正直疑問に思えてしまう(パール・バック『大地』も同じく)。

しかし、こういう冊数を絞った必読書リストというのは、どんな分野にしても貴重ではある。

相当古いものだが、本書も初心者にとっては、それなりに役立つ部分もあるでしょう。

2018年2月18日

アンドレ・ジイド 『法王庁の抜け穴』 (岩波文庫)

Filed under: 文学 — 万年初心者 @ 02:57

1914年刊。

反教権主義・世俗主義の隆盛に対し、守勢に立たされたカトリック教会、という時代状況を背景にして、無償の英雄的行為と無意味な殺人の双方を為す者、無神論から改宗したが生活に困窮し家庭不和に陥る者、教皇幽閉という虚偽の噂を流して詐欺を働こうとする者、など様々な人間群像を描いた作品。

よくわからん・・・・・。

第一編はまだ良かったが、以後はさして面白くも無ければ、感銘を受ける点も無い。

さらに、訳文が古いせいか、読みにくい。

後半、ストーリーの展開に意外性があることは認めるが、何を言いたいのか、私の頭では理解できない。

『狭き門』のあと、ジイドの二作目として、昔学生時代に『田園交響楽』を挫折したことがあったので(短い作品なのに)、世評が高いと思われるこれを選んだのだが、見事に失敗だった。

私の知性と感性では良さが分からない作品だった。

ヘッセに比べればジイドはまだ自分の感覚に合いそうだと思い込んでいたが、それは錯覚でした。

それが理解できたことだけが収穫です。

2018年2月6日

ジョージ・バーナード・ショー 『ピグマリオン』 (光文社古典新訳文庫)

Filed under: 文学 — 万年初心者 @ 02:36

「こんな作品名、知らんなあ」と思われるかもしれないが、要は映画『マイ・フェア・レディ』の原作である。

ということで、音声学のヒギンズ教授とピカリング大佐が、下層階級のロンドン訛り(コクニー)丸出しで喋る花売り娘イライザに上流階級の言葉と立ち振る舞いを教え込んで、淑女に仕立て上げる、というお話になる。

作者自身が付け加えた「後日譚」も読むと、映画とはやや異なるラストの模様。

読みやすく、十分面白い。

教科書に載っている代表作だからといって、極めて古い訳本で『人と超人』を読むより、こっちに取り組んだ方が、はるかに良いでしょう。

双方をとりあえず読んだ上で、確信を持ってそう勧めます。

2018年1月5日

ウィリアム・シェイクスピア 『ヘンリー六世 全三部』 (ちくま文庫)

Filed under: イギリス, 文学 — 万年初心者 @ 02:19

この本では、シェイクスピア史劇の大作を一巻本にして収録してある。

百年戦争をイギリス優位に導き、英仏両王国を統合するかとすら思われたランカスター朝の名君ヘンリ5世が急逝、幼少のヘンリ6世が即位したことから、イングランド王国の歯車が狂い出す。

王の叔父(ヘンリ5世の兄弟)グロスター公ハンフリー、ベッドフォード公ジョンと、王の大叔父(ヘンリ4世の異母弟)ウィンチェスター司教およびその甥サマセット公のボーフォート家一族との対立が激化。

さらにヘンリ6世の妃でフランス王家出身のマーガレットとその協力者サフォーク公、ヘンリ4世の父ジョン・オヴ・ゴーント(ランカスター家の祖)の兄弟エドマンド・オヴ・ラングレーから発する、孫のヨーク公リチャード(とその子で後に王位に就くエドワード4世、リチャード3世)、ヨーク家派の最有力貴族ながら後にランカスター派に転ずる「キング・メイカー」ウォリック伯リチャード・ネヴィルなどが入り乱れて、国家はバラ戦争という内乱の泥沼に沈んでいく。

他に背景として、仏王シャルル7世とジャンヌ・ダルク、ワット・タイラーの再来のような反乱者ジャック・ケイドなどが登場。

ジャンヌ・ダルクの扱いには相当の国民的偏見が感じられないこともないが、まあこの辺で収まっていれば、まだマシな方か。

シェイクスピア史劇については「史実に忠実でもないし、さして面白くもない」という批評があるようだが、私は必ずしもそうは思わない。

史上の著名人物が発する生き生きとした台詞回しを楽しみながら、歴史の流れが無理なく頭に入るようになっており、初心者には十分有益である。

史実との乖離も、本書の訳注で頻繁に触れられているが、はっきり言ってこの時代のイギリス史にさしたる予備知識がない日本人読者が気にするようなレベルではない。

戯曲にしては相当長大な作品なので読むのを躊躇していたが、本書も十分面白く、効用も高かった。

初心者でも取り組んでみることをお薦めします。

2017年12月12日

ジョナサン・スウィフト 『ガリヴァー旅行記』 (ワイド版岩波文庫)

Filed under: 文学 — 万年初心者 @ 04:21

これも大学時代に読んだきり、ウン十年振りの再読だ。

小人国リリパット、巨人国ブロブディンナグ、浮遊島ラピュタに統治されたバルニバービ、魔術師の島グラブダブドリブ、不死の人間が惨め極まりない形で存在しているラグナグ、「踏み絵」をヨーロッパ人に強要する日本(!)を経て、馬が支配者として君臨し、人間がヤフーという家畜になっているフウイヌムに至る奇譚が実に生き生きと面白可笑しく記されている。

全編にみなぎる社会風刺と人間性批判の徹底振りは本当に凄いの一言。

文学的関心以外の観点からでも必読の本と言える。

未読の方には是非勧める。

なお関連書として、高坂正堯『近代文明への反逆』があるので、併せて手に取ると有益でしょう。

2017年12月6日

モリエール 『いやいやながら医者にされ』 (岩波文庫)

Filed under: 文学 — 万年初心者 @ 04:09

飲んだくれの木こりが、仲の悪い妻の企みで、医者に間違えられることから始まる喜劇。

軽妙なやり取りが愉快だ。

わずか80ページほどで、あっという間に読める。

これも、書名一覧でモリエールの数を増やせたし、それで十分。

2017年11月28日

桑原武夫 監修 『西洋文学事典』 (ちくま学芸文庫)

Filed under: 教科書・年表・事典, 文学 — 万年初心者 @ 02:32

1954年福音館書店から出版された文学事典を2012年復刻文庫化したもの。

巻末の沼野充義氏の解説によると、本書の特徴として、

(1)当時の常識に従い、「西洋文学」=「世界文学」として捉えられていること

(2)重点を近現代、特に20世紀に置く、革新的方針を採っていること(刊行当時はカミュもヘミングウェイも存命中の同時代作家だった)

(3)作家事典だけでなく、作品事典も兼ねており、あらすじと鑑賞について、明快で説得力のある記述が盛り込まれていること

(4)記述スタイルに明快さと一貫性があること

(5)当時の「カノン(正典)」に縛られた側面(アジア・アフリカ・ラテンアメリカ文学の欠如)と当時としては斬新な側面の両方があること

が挙げられている。

このうち、沼野氏は(3)の作品解説が本書最大の「売り」になっていると書いているが、私も同感です。

簡潔ながら要領が良く、未読作品の場合、読書意欲をかき立て、既読作品の場合でも、鑑賞・評価を再考させてくれる。

もちろん、刊行が古い分、首を傾げる記述もある。

例えば、ゴーリキーの項などは、時代背景を考慮しても、ちょっと眩暈がしてくる代物ではある。

また戦後間もなくの漢字制限・簡略化の風潮からか、「ヒニク」「タイハイ」「ドレイ」「ガイセン」「ダラク」「ボクトツ」「ギセイ」など、妙なカタカナ表記が散見される。

そうした瑕疵はありつつも、文学初心者にとっては、貴重で有益なツールとして今でも通用する本だと思われる。

大部の文学事典などを買うのは躊躇するが、コンパクトなこれなら、買って手元に置いておいても良い。

一度手に取ることをお勧めします。

2017年11月20日

ヘルマン・ヘッセ 『デミアン』 (岩波文庫)

Filed under: 文学 — 万年初心者 @ 04:14

ヘッセ、苦手なんですよねえ・・・・・。

『車輪の下』はまあ分かりやすかったが、学生時代に『知と愛』(『ナルチスとゴルトムント』)を読もうとして、余りの晦渋さに挫折したのが、軽くトラウマになっている。

これは比較的短いし、第一次大戦後に書かれた重要な作品らしいので、手に取った。

しかし、やはり分からない。

主人公ジンクレエルと謎めいた友人デミアンとの交流を通じて、伝統的価値観の衰微と善悪の混淆が語られ、ニーチェのような未来志向の超人思想を肯定するような話が展開するのだが、過去の価値観と切り離されたニーチェ的近代批判が暴走して、極右的な最悪の大衆運動の道具に成り下がったことを思うと、何か妙な違和感を覚える。

というのが私が持った表面的感想なんですが、多分こんな解釈は完全に誤読なんでしょう。

かといって、どういう解釈が正しいのかも分からない。

まあ、普通には読めた。

通読難易度は低い。

もう、それしか書くことが無い。

『車輪の下』以外のヘッセの作品は(本書だけでなく、恐らく他の作品も)分からないし、面白さも感じられません、というのが私の結論です。

2017年10月31日

ウィリアム・フォークナー 『サンクチュアリ』 (新潮文庫)

Filed under: 文学 — 万年初心者 @ 05:24

20世紀前半を代表するアメリカの文学者ではあるが、高校教科書ではほぼ名前が出ないので、私のレベルでは取り上げるかどうか微妙な作家である。

アメリカ南部の黒人差別など深刻なテーマを扱い、難解な作風で知られるそうだが、とりあえずこれを選んだ。

酒の密造者のアジトに迷い込んだ女子大生が陰惨な事件に巻き込まれる話。

読みにくい・・・・・。

登場人物や話の筋を確認するのにも苦労する。

当然、面白いと感じることもない。

どこまでも暗い雰囲気の中、どうしようもない下層階級と、同様にどうしようもない中流・上流階級の行動を淡々と描写して、物語は終わる。

何だこりゃ、というのが正直な感想。

全く分からない。

相当粗く読み進めたが、そうでなければ絶対挫折してた。

評価は「1」を付けるしかない。

私の能力では、この作品から何かを感じ取ることは無理でした。

『アブサロム、アブサロム!』『響きと怒り』『八月の光』など他の作品を読む気にも当然なれない。

「フォークナーは、私には分からない、向いていない」ということを理解したことだけが収穫です。

2017年9月13日

ストリンドベリ 『恋の火遊び 令嬢ジュリー』 (中央公論事業出版)

Filed under: 文学 — 万年初心者 @ 01:24

高校教科書ではゾラ、モーパッサン、イプセンと並んで自然主義文学者として名前が出てくるストリンドベリだが、文学全集への収録を除けば古い訳本しか無いと思っていた。

だが、調べてみると、2005年にこの本が出ていたことを知る。

ストリンドベリはスウェーデンの作家で、19世紀末から20世紀初頭にかけて活動。

本書の訳者は文学関係の人ではなく、元駐スウェーデン大使とのことで、ちょっと「うん?」となったが、訳文自体は極端に不自然だったり、全く意味の通らないところは無かった(たぶん)。

収録作のうち、「恋の火遊び」は、ある夫婦と友人を中心とするいくつかの三角関係の連鎖を描いたもので、特にどうと言うこともない。

だが、「令嬢ジュリー」の方は、極めて印象深い。

伯爵令嬢と使用人、料理女という、たった三人の登場人物で、男女の愛憎、身分・階級をめぐる葛藤を、これでもかというくらい鮮やかに描き出している。

さすが高校教科書にも代表作として載っているだけのことはある。

二作あわせても150ページ足らずなので、あっという間に読める。

「令嬢ジュリー」単独の新しい翻訳が見当たらないので、この本の価値は十分ある。

これだけでも読んで、著名文学者の名を読了リストに増やすのもいいでしょう。

2017年9月2日

アルベール・カミュ 『ペスト』 (新潮文庫)

Filed under: 文学 — 万年初心者 @ 05:40

アルジェリアのオラン市がペストの流行に襲われ、市全体が閉鎖・隔離される。

次々と病魔に斃れる市民を前に、奮闘する医師とその仲間たちを描く。

その事態を、かつてのように神による懲罰として受動的に受け入れるのはもはや不適切であり、信仰の有無に関わらず、狭いイデオロギーに拘ることもなく、全ての人々の連帯によって立ち向かわなければならないことを示した作品。

「ペスト」というのは様々な社会悪の象徴なんでしょうが、それが外部からもたらされた害悪という印象を受けるのがやや不満だなと思っていたら、医師の盟友がそれに関することを話すシーンが出てきた。

私ごときが思いつくことを、この偉大な作家が考えない訳がない、とやや赤面しました。

登場人物の思想についてよくわからない部分もあったが、解説を読むと、ああそういうことか、と思えないでもない。

これは『異邦人』に比べて、まだ初心者でも分かりやすいか。

少なくとも私はそう感じた。

もちろん私の能力では十分にその真価を理解したとは言えないが。

まあ、教科書にも載っている代表作を読めて良かった。

しかし、カミュもこれで「打ち止め」です。

『転落』『追放と王国』『シーシュポスの神話』等、他の作品を読むことは、この先まず無いでしょう。

でも戯曲の『カリギュラ』はひょっとしたら読むかなあ。

2017年8月27日

O・ヘンリー 『1ドルの価値 賢者の贈り物  他21編』 (光文社古典新訳文庫)

Filed under: 文学 — 万年初心者 @ 00:58

岩波文庫の作品集を読んだのが学生時代で、かなり記憶も薄れていると思ったので、これを読んだ。

しかし、読んでいてすぐ筋を思い出す作品もあるし、オチが予想できるものもある。

ではあるが、やはり「千ドル」や「甦った改心」はしみじみと来るし、「赤い族長の身代金」は楽しい。

文学的価値云々を言うのは野暮でしょう。

しかし、私にとっては、こうした作品が心から楽しめるものであることに間違いないです。

2017年8月20日

モーパッサン 『脂肪のかたまり』 (岩波文庫)

Filed under: 文学 — 万年初心者 @ 04:21

モーパッサンの処女作。

ゾラを中心とする自然主義作家たちが、1880年に刊行した小説集に載せられたもの。

師のフロベールに激賞されたという(フロベールは同年死去)。

普仏戦争中、プロイセン軍占領下で、「脂肪のかたまり」と綽名される娼婦と馬車に居合わせた人々を題材に、人間の卑小極まりないエゴイズムを痛烈に描いた短編小説。

楽に読めて、面白い。

と言っても、後味はかなり悪いが。

モーパッサンは短編小説の名手と言われているが、とりあえずデビュー作のこれを読むだけにしておきます。

2017年8月8日

サマセット・モーム 『読書案内  世界文学』 (岩波文庫)

Filed under: 読書論, 文学 — 万年初心者 @ 03:58

モームが1940年に出した短いエッセイの翻訳。

最初岩波新書で出て、その後文庫入り。

イギリス文学、ヨーロッパ文学、アメリカ文学の三部構成。

 

まず「はしがき」で、楽しく読める作品を選んだ、文学史上、研究者や批評家にとっていかに重要でも、今日ではもう読む必要の無い書物はたくさんある、ただし「楽しく読める」と言っても、注意力や想像力を働かせることはもちろん必要だ、と述べている。

 

 

第一部イギリス文学。

読書は楽しくあらねばならないという主張。

ところで、だれにせよ、楽しみは不道徳なものだと考えてはならない。楽しみそれ自体は、大きな善である。すべての楽しみがそうなのである。ただ、それからおこる結果を考え、思慮深いひとはある種の楽しみを避けようとする。また、楽しみはすべて下品で官能的であるとはかぎらない。知的な楽しみほど、長持ちがし、また満足がえられる楽しみはほかにないことを悟った者は、英知にとんだひとだといえよう。読書の習慣を身につけるがよい。人生の盛りをすぎてから、それをこころみて、しかも満足のえられるスポーツといっては、読書をおいてそうたくさんはない。トランプの独り占い、詰将棋、クロスワード・パズルをのぞいて、読書のように、相手がなくても楽しめる遊びはほかに何もない。読書には、ほかのスポーツや遊びに見られる不都合は、少しもない。いつでも気の向いたときにはじめ、好きなだけつづけ、他の用事がおこったら、直ちにやめることのできる仕事は、ただ読書だけである。あるいは針仕事がそうであるかもしれない。だが、この針仕事という奴は、手先ばかりはたらいて、落着きのない精神のほうはさらに束縛をうけない。公共図書館が利用でき、廉価版が手にはいる、今日のようなめぐまれた時代に、読書くらい、わずかな元手で楽しめる娯楽はほかにない。読書の習慣を身につけることは、人生のほとんどすべての不幸からあなたを守る、避難所ができることである。いまわたくしは、「ほとんどすべての」といったが、それは、書物をよめば、飢えの苦しみがいやされるとか、失恋の悲しみを忘れるとか、そこまでは主張しようと思わないからである。もっともよみごたえのある探偵小説五、六冊と、それに湯たんぽの用意がありさえすれば、どんな悪性の鼻かぜにかかっても、わたくしたちは、鼻かぜくらいなんだといって、平然としていることができるだろう。だが、もし退屈な書物までもよめというのであると、読書のための読書の習慣など、はたしてだれが身につけようとするであろうか。

 

以下、取り上げられている作品。

デフォー『モル・フランダーズ』

スウィフト『ガリヴァー旅行記』

フィールディング『トム・ジョーンズ』

スターン『トリストラム・シャンディー』

ボズウェル『サミュエル・ジョンソン伝』

ジョンソン『詩人伝』

ギボン『自叙伝』

ディケンズ『デイヴィッド・コパーフィールド』

バトラー『万人の道』

オースティン『マンスフィールド・パーク』

ハズリット『卓上閑話』

サッカレー『虚栄の市』

エミリー・ブロンテ『嵐が丘』

あと、詩人選に加え、もちろんシェイクスピアの偉大な悲劇を読まねばならない、として終えている。

自国文学だけあって、ここでは、一般の日本人にはあまり馴染みの無い作品がいくつか挙げられている。

 

 

 

第二部ヨーロッパ文学。

セルバンテス『ドン・キホーテ』

(なお、この作品中の挿話を、「ミルトンの『失楽園』をよんだジョンソン博士と同様、楽しんでというよりは、むしろ義務の気持からよんだ」と書かれている。同国人の著名文士にしてそうなのだから、やはり『失楽園』は、特に文学好きでもない普通の日本人読者が無理して読むようなものではない、と改めて思った。)

モンテーニュ『エセー』(特に第三巻)

ゲーテ『ヴィルヘルム・マイステルの徒弟(修行)時代』

ツルゲーネフ『父と子』

トルストイ『戦争と平和』

ドストエフスキー『カラマーゾフの兄弟』

ラ・ファイエット夫人『クレーヴの奥方』

プレヴォー『マノン・レスコー』

ヴォルテール『カンディード』

ルソー『懺悔録(告白)』

バルザック『ゴリオ爺さん』

スタンダール『赤と黒』『パルムの僧院』

フローベール『ボヴァリー夫人』

コンスタン『アドルフ』

デュマ『三銃士』

アナトール・フランス『螺鈿の手箱』(短篇集)

プルースト『失われた時を求めて』

 

 

 

第三部アメリカ文学。

フランクリン『自叙伝』

ホーソーン『緋文字』

ソーロー『ウォールデン』

エマソン『エセイ集』

エドガー・アラン・ポー『黄金虫』などの短篇小説集

ヘンリー・ジェイムズ『アメリカ人』

メルヴィル『モービー・ディック(白鯨)』

マーク・トウェイン『ハックルベリ・フィン』

パークマン『オレゴン街道』

ディキンソンの詩

ホイットマン『草の葉』

パークマンやディキンソンなんて名前は聞いたこともない。

それ以外は定番の著者が並んでます。

 

 

 

なお本書の付録で触れられているように、モームは『世界の十大小説』という本も書いていて、これも岩波文庫に収録されているが、その10作品は以下の通りである。

バルザック『ゴリオ爺さん』

フィールディング『トム・ジョーンズ』

ディケンズ『デイヴィッド・コパフィールド』

トルストイ『戦争と平和』

メルヴィル『白鯨』

エミリー・ブロンテ『嵐が丘』

スタンダール『赤と黒』

ドストエフスキー『カラマーゾフの兄弟』

フローベール『ボヴァリー夫人』

オースティン『高慢と偏見』

私は、一応8冊は読んでますね。

 

 

 

文学専門家や研究者でもない、普通の日本人読者からすると、ちょっと知名度が無さ過ぎる本が紹介されているところもあるが、たまに手に取って読書意欲をかき立てるのには役立つ本。

ここに載せられている作品を最優先に読む、というのでもいいでしょう。

2017年8月2日

ジョージ・オーウェル 『動物農場』 (岩波文庫)

Filed under: 思想・哲学, 文学 — 万年初心者 @ 06:17

角川文庫版を読んで以来、20年振りの再読。

この翻訳は2009年初版だが、これが岩波文庫に収録されるんだから、やはり時代は変わりました。

鮮やかな読後感は全く変わらず。

真の傑作だ。

未読の方には強く薦める。

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