万年初心者のための世界史ブックガイド

2016年10月1日

中野剛志 『レジーム・チェンジ  恐慌を突破する逆転の発想』 (NHK出版新書)

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2012年刊。

長年続くデフレ不況の中、リーマン・ショックと東日本大震災の直撃を受けた日本の現状を直視し、そこからの回復の道を示す本。

1930年代の典型的デフレ不況である世界恐慌の経験から、デフレだけは回避しなければならないというコンセンサスにも関わらず、日本は十数年間デフレに陥ってしまっている。

我々は、財政ではなく経済を健全化しなければならない。

そもそも1990年代からの、「小さな政府」「民営化」「規制緩和」「自由化」「グローバル化」を内容とする新自由主義的構造改革の推進から、デフレは始まっている。

しかし、80年代初頭、レーガン米政権やサッチャー英政権が新自由主義的改革を断行したのは、悪性のインフレを収束させるために人為的にデフレを起こすことを目的にしたもの。

それに対し、日本はバブル崩壊でまさにデフレに転落しようかというときに、構造改革路線を採用してしまった。

ここで「政策レジーム」という概念を提示。

政府や中央銀行といった政策当局が実施する政策の大系を指す。

人々は個別の施策というよりはこの政策レジームに反応して行動し、政策レジームに反する施策には、それを例外と見なして反応せず、その施策は効果を発揮しない。

今求められているのはインフレ抑制を目指す「デフレ・レジーム」から、デフレ脱却を目指す「インフレ・レジーム」への転換である。

政策レジームが変わらない限り、「政策通」や「改革派」のエリートの活動はデフレを深刻化させるだけであり、政権交代すら無意味。

「問題を発生させたのと同じ考え方では、その問題を解決することはできない」(アインシュタイン)のである。

以下、本文の内容。

 

 

第一章、デフレのメカニズム。

デフレとは国民経済全体で「需要不足・供給過剰」の状態が続き、物価が持続的に下落する現象。

ハイパーインフレは貨幣価値が下落しお金の意味を失わせるので、その弊害は直感的にも明らかだが、デフレの悪影響もそれに勝るとも劣らない。

それは「債務デフレ」というメカニズムで説明され得る。

将来の貨幣価値上昇を見越して、企業は借り入れを減らし投資を抑制、消費者もローンを組むような大型支出を控えるようになる。

経済主体のこうした「予想」や「期待」に基づく行動によって、消費と投資は減少し、需要は縮小、それを受けてさらに供給過剰の将来予想が形成され、悪循環が続く。

通常の景気循環における不況と異なり、放置すればデフレはほぼ底無しに続く。

なお、原材料価格の上昇による「コスト・プッシュのインフレ」や消費税増税による物価上昇は貨幣現象だけ見ればインフレだが、実体経済での実情はデフレであり、実体面での「需要不足・供給過剰」の状態を直視すべきである。

デフレ経済下で賃金が下がっても、物価も下がるのなら問題ないと一部で思われているが、将来への悲観から「投資」という資本主義の根幹を成す行為が停滞してしまう。

また、供給が縮小するスピードより需要が縮小するスピードの方がはるかに速いので、自然にデフレが終息することはない。

製品の価格が即座に変化する一方、企業や労働者は長期的契約に基づいて経済活動を行っているし、「賃金の下方硬直性」と言われるように、人々は慣習的に形成された「公正賃金」以下の対価では働こうとはしない。

ここで、新自由主義的経済学者は、「労働市場の流動化」を行い、解雇条件緩和や「公正賃金」以下への賃下げを可能にすることを主張する。

だが他業種・他職種への転職コストの存在などにより労働市場の調整は、経済学者が想定するようには行われない。

それに職業という人生の根幹をなす部分を不安定化することは、人間の存在そのものを否定することに繋がる。

さらに労働者が労働力の供給者であると同時に需要の担い手である以上、雇用の不安定化は供給能力削減であると同時に消費需要の減退でもあり、結局需給バランス均衡には至らない。

そもそも、なぜデフレが発生するのか。

その最大のきっかけは、バブル崩壊による金融危機。

経済学者ミンスキーの研究によれば、それは個別的偶発的事情に基づくものではなく、資本主義経済システムに内在する欠陥によるもの。

好景気時には人々は将来に楽観的になる。

実物市場では「現在」得られる商品やサービスに対して支出を行うので、その取引は比較的確実だが、投融資という金融は「将来」の利益を問題にするため、どうしても「予想」や「期待」という主観的で不確実な要素が入り込む。

直近の好調な経済状況だけに動かされ、高リスクの投資が行われ、経済全体の債務比率が高まり、それが借金で手元資金を膨らませる「レバレッジ」と金融商品のイノベーションでさらに増幅されるが、そうした根拠無き熱狂がちょっとしたきっかけで反転し、「予想」や「期待」は一気に悲観的になり、金融市場は崩壊し、巨大な債務とデフレが発生する。

主流派経済学者は、市場を、「現在の利益」と「現在の支出」の取引であり、比較的安定している実物市場のイメージで捉え、それを安定的・自動均衡的なものとみなすが、ミンスキーは「将来の利益」と「現在の支出」の取引である金融市場は人々の主観によって激変する極めて不安定なものであるとする。

そして、19世紀後半の第二次産業革命以降、重工業が中心となった資本主義は金融市場無しには存続できず、それが機能しないデフレ不況は、(単なる市場経済ではない)資本主義の心肺停止状態とすら言える。

金融面だけでなく、実体経済でもデフレ圧力を加える要因はある。

成熟経済化による消費や投資の飽和、技術進歩や生産性向上による(正常なインフレ下なら経済成長の要因となるはずの)供給能力向上、コスト・プッシュ・インフレ、政情不安・社会保障制度不備による将来への悲観論、グローバル化がもたらす労働条件の「底辺への競争」、株主の利益を最重視し偽りの「トリクル・ダウン」論で富裕層擁護を正当化し労働分配率を押し下げる金融資本主義の跋扈、等々。

これらの要因が日本と世界各国を襲っている。

 

 

第二章、デフレがもたらす恐るべき弊害。

まず第一に失業の増加。

これは経済的困窮以上に人間性に深刻なダメージを与え、社会不安の最大の原因ともなる。

人々に効用をもたらすのは消費であり、労働は苦痛をもたらすだけという経済学の教科書的理解は誤りである。

ネオリベ的経済学者がよく主張する「非効率部門の淘汰」は、企業倒産と失業者増加を人為的に促進しようとするのだから、その反道徳的姿勢は明らかだが、道義面をひとまず措き、経済的観点から見てもその主張は誤りである。

非効率的部門の淘汰はさらなる供給過剰をもたらし、失業した労働者は同時に消費者でもあるのだから需要不足は加速し、需給ギャップはさらに拡大する。

非効率的な企業や人材が多く存在するから、国民経済全体が非効率なのではなく、デフレだから非効率なのです。言い換えれば、企業や労働者が効率的であるかどうかは、彼らの生産能力が高いか否かではなく、十分な需要があるか否かによって決まるというわけです。「非効率部門を淘汰せよ」と言う論者は、原因と結果を取り違えているのです。

小泉政権による不良債権処理も、輸出主導による一時的景気回復で不良債権が減ったのであって、不良債権が減ったから景気が回復したのではない、と評されている。

デフレは短期的に国民経済を非効率化するだけでなく、長期的には供給能力の破壊を通じ潜在的成長率と国際競争力を低下させ、「デフレ→通貨高→デフレ」の悪循環をもたらし、寡占・独占状態の業種を増やし経済構造を硬直化させてしまう。

さらに将来のための投資も阻害する。

投資は現在においては「需要」だが、将来においては「供給」であるという、異時点の経済行動である。

ここで重要な論点として、著者は、これまで批判してきた新自由主義的「右派」経済学者だけでなく、リベラル・左翼的な「需要抑制」「低成長(ゼロ成長)容認」論も批判する。

確かに成熟経済において無理に消費を拡大する必要は無いが、インフラ・教育・環境・文化の維持継承と低成長論者が望むエコロジカルで幸福な経済と社会のためには、様々な将来への投資は絶対に必要である、とする。

デフレによる将来悲観は少子高齢化も加速するが、実は将来の少子高齢化社会においては労働力不足からインフレになると予想される。

それから著者の予想する日本の将来は、あくまで暗い。

デフレによる供給力破壊と少子高齢化が進行、将来の供給力不足を解消するために必要な投資は行われず。

おそらくいずれかの時点でデフレは終息するだろうが、その後には慢性的な悪性のインフレが起こると予想される。

経済学者や経済政策担当者の多くは、特にわが国においては、デフレ以上にインフレを警戒する傾向が強くあります。彼らは、デフレ脱却のための財政出動や金融緩和といった議論に対しては、「それらはインフレを引き起こす懸念がある」と言って抵抗します。しかし、デフレの放置は、これまで述べてきたような経路をたどって、長期的には、低成長社会と少子高齢化をもたらし、そして彼らが最も恐れる慢性的・構造的なインフレを発生させる可能性すらあるのです。

デフレは圧倒的多数の国民には耐え難い苦痛をもたらすが、債権者とすでに資産を築いた富裕層、輸出志向の大企業にとっては有利である。

もう完全に良心を捨てて、自分の富を権力に転化してくれるデフレを続けることを念願し、情報産業をカネで操って実質的にかなりの程度動かしている富裕層は間違いなく存在しているでしょう。

国内での様々な格差が拡大するだけでなく、国際社会でも外需獲得競争、失業の輸出、近隣窮乏化政策をめぐって国家間対立が激化、全体主義が台頭する。

その1930年代の歴史が21世紀に繰り返されるのではないか、と著者の懸念は深い。

 

 

第三章、デフレ・レジームの致命的錯誤。

デフレ・レジームとは新自由主義的改革である。

「小さな政府」「健全財政」「規制緩和」「自由化」「民営化」「グローバル化」「金融引き締め」「労働市場の自由化(雇用の流動化)」「構造改革論」「効率市場仮説」「株主(金融)資本主義」「障壁なき自由貿易」「資本移動の自由化」、と並べていくと、心底うんざりするようなものがその内容。

1990年代からそれらを実施した日本は、改革が不十分だったからではなく、改革が進んだために、深刻なデフレ不況に落ち込むことになった。

その象徴が「公共投資悪玉論」。

自然災害が多く、高度成長期に大規模整備したインフラの更新が控える日本では他国より多くの公共投資が必要とされるのが当然なのに、国民の生命を守ることに直結する事業すらが削減される事態になってしまっている。

デフレ・レジームは、政治による経済への介入を、本来効率的安定的であるはずの市場の役割を歪めるものと考える反民主主義的なものである。

だが、第二次世界大戦後の西側諸国に生まれた「民主資本主義」は、大恐慌と左右の全体主義、世界大戦という悪夢を経て、ようやく資本主義を飼いならすことに成功した何より貴重な存在だったはずである。

それを捨て去り、経済運営を「非政治化」しようとするのは、実質的には「政治の無責任化」である。

(著者は保守派として民主主義を絶対視するような立場であるはずがないし、私も同様だが、全体主義との相対比較では民主主義を擁護するのが当然であるように、自由放任的資本主義に対してはその民主的統制を支持するべきであるのは言うまでもない。ただ根底では後者が前者の基盤になっていることを忘れるべきではないと思う。[資本主義自体が個人主義的平等主義を基盤にしているという意味で])

 

 

第四章、デフレ克服のための政策レジームについて。

第二次大戦後、(最近までは日本を不名誉な例外として)デフレが回避されてきた原因は、中央銀行の機能と政府支出の拡大によるもの。

国民経済がデフレに陥ると、企業や消費者にとって投資や消費を控えるのは間違いなく経済合理的行動だが、その結果デフレ不況は底無しに悪化し続ける。

政府が経済合理性を超越した「愚か者」になって支出を拡大する以外にデフレ脱却の道は無い。

公共事業に「無駄遣い」というレッテルが貼られて久しいが、需給ギャップを埋めるためには、たとえ「無駄な」事業でも有効であることに変わりない。

もちろん、誤解を避けるために言えば、無駄な施設を造るよりも、必要な施設を造った方が良いのは間違いありません。それでも、デフレ時には、穴を掘って埋めるだけの公共投資であっても、全くやらないよりははるかにましなのです。そのような一見非常識なことが正しくなるのは、デフレがそれだけ異常な経済状況だからなのです。

しかも、日本では防災対策、インフラ更新などいくらでも必要性の高い事業があり、これらはたとえインフレの状況下でも遂行しなければならないはずのものである。

ミンスキーは、本質的に不安定な資本主義の存続のためには、それを「再政治化」し、「大きな政府」と規制の拡大、社会保障の整備と所得格差の縮小が必要だ、と結論付けている。

財政出動は長期的には効果が無く、財政赤字を生み出すだけだとする主張があるが、日本経済は1980年代後半好景気でインフレを懸念すべき時に米国からの内需拡大要求の圧力に屈して公共投資を拡大させバブルを生み、90年代後半不景気でデフレを懸念すべき時に公共投資を減額させ金融緩和も不十分だった。

不況ならば財政出動を行い、好況ならば財政支出を削減するといった、政府の裁量による経済運営は「ケインズ主義」と呼ばれていますが、八〇年代以降、このケインズ主義はもはや有効ではないと言われてきました。九〇年代後半以降の構造改革論は、まさに「ケインズ主義的な財政政策では景気回復はできない」という信念に基づいていました。しかし、実際には、日本が長期の不況に陥ったのは、ケインズ主義が無効だからではなく、ケインズ主義とは逆のことを二度もやったからだったのです。

そのケインズ主義の「原資」は、増税ではなく国債発行で賄うべき。

増税の場合、民間の可処分所得から強制的に吸い上げる形になるので、そのデフレ効果によって、財政出動の効果が相殺されてしまう。

国債の方が、滞留する民間貯蓄からスムーズに資金を吸い上げることができる。

このような対策を説くと、必ず「日本の国が借金漬けになり、財政破綻してしまう」という反対論が生まれる。

これは、本来政府による所得再分配に賛成して当然のはずの左翼・リベラル系の人々すら、新自由主義的構造改革に反対できなくなる最大の理由と思われるので、極めて重要である。

しかし、著者はデフレ下の日本の財政破綻説は全く杞憂だと強調する。

個人や企業の債務と国債は全く性質が異なる。

政府は通貨発行権という特権を持っているので、最終的には自国通貨を発行して返済に充てることができる。

これまで財政破綻した国家は自国通貨ではなく外貨建てで国債を発行して返済不能になった国である。

そのため、対GDP比で、日本よりはるかに政府債務の割合が小さかった国が破綻している。

ただし、これは通貨発行権を持つ中央政府の場合で、地方自治体はその特権を持っていないので、財政破綻の危険ははるかに高い。

その意味で、「地方分権」「地域主権」の掛け声も、地方自治体が中央政府よりも財政への懸念から支出拡大に慎重にならざるを得ないことを考えると、デフレ下では不適切なものである。

日本は世界最大の貯蓄超過国であり、国債がほとんど国内で極めて低金利で安定的に消化され、経常黒字・債権国であることを考慮すれば、財政破綻説には根拠が無い。

国債乱発によるハイパーインフレも、戦争等の異常事態で供給力が破壊された時にのみ起こるもので、今の日本では考えられない。

日本国債の大部分が日本国内で消費される「内国債」である以上、国債発行を拡大しても富は日本国内を還流するだけである。

公共投資や政府債務の是非は、その絶対額ではなく、それが国民経済に与える影響によって判断すべきであるとする「機能的財政論」に著者は立ち、収支均衡を金科玉条視する「健全財政論」を強く否定する。

経済学者の中には、財政出動ではなく「インフレ・ターゲティング」という金融政策を主張する者も多い。

しかし、インフレ目標の提示だけで人々のデフレ・マインドが転換するとは考えがたく、ルーズヴェルト米政権や日本の高橋是清蔵相などの成功者も、金本位制離脱だけでなく、財政出動と政権交代が与えるインパクトなど、あらゆる手段を講じてデフレを脱却している。

さらに金融緩和は、国内の投資や消費を増やさず、国内外の投機マネーを活発化させ、コスト・プッシュ・インフレや新興国バブル(とその後に続くデフレ深刻化)を引き起こすし、中央銀行が物価の動向だけに着目する経済運営自体がデフレ・レジームであり、グリーンスパンFRB(連邦準備銀行)議長はそれで資産バブルを見落とし、リーマン・ショックを招くことになった。

 

 

 

第五章、議論のまとめとあるべき資本主義の姿。

主にルーズヴェルト政権下で、1934~48年FRB議長となったマリナー・エクルズの功績を紹介。

本書の内容は、この四半世紀、日本で「改革」と称されてきたものの、ほぼ逆を主張するものである。

「大きな政府」による財政出動と規制強化、投機的活動の自由制限、インフラ整備、社会保障拡充、労働者保護等々。

新自由主義的構造改革によって、雇用が不安定化し、非正規雇用者が激増し、勤労所得が減少し続け、様々な社会保障制度が後退し、国民生活が困窮の一途をたどっているのに、そこから生まれた閉塞感がメディアの煽動でさらなるネオリベ的「改革」支持に向かわされ、さらに事態が悪化する、という目も眩むような欺瞞が20年以上、終わることなく続いている。

そんなものに易々と騙される我々国民は、もう馬鹿としか言いようがない。

私自身は本書の主張全てに賛成である。

だが著者の構想がまとまった政治勢力の綱領となり、それが政策的に実現されるかどうかを考えると、答えは絶望的と言うしかない。

このままごく一部の成金的富裕層の実質的支配下に置かれながら、ますます荒廃する一方の社会で暮らしつつ、その流れに積極的に加担することだけは避け、著者のように流れに抗する真の識者を陰ながら応援しつつ、国が滅びるのを静かに待つ、ということしか、多少ともまともな人間の生き方は無いでしょう。

 

 

『国力とは何か』『グローバル恐慌の真相』『保守とは何だろうか』と中野氏の本を紹介してきたが、この方の著作には全くハズレが無い。

どれも強くお薦め出来るものばかりです。

2016年4月22日

中野剛志 『保守とは何だろうか』 (NHK出版新書)

Filed under: 史論・評論 — 万年初心者 @ 05:27

1980年代、日米英など先進各国で、レーガン・サッチャー・中曽根など「新保守主義」と称される政権が誕生し、民営化の推進・市場原理の尊重・個人主義の擁護をその政策の中心に置き、すでにその惨状が明らかであった共産主義体制のみならず、戦後資本主義体制において主流を占めた社会民主主義的・ケインズ主義的な経済への国家介入に対する「新自由主義」の巻き返しとして、注目された。

だが、通常「保守主義の復興」と見なされる、この新自由主義との結託によって、実は真の保守主義の死がもたらされたとの評価があることを本書では指摘。

伝統的共同体、持続的人間関係、安定した社会秩序、固有の生活様式、歴史的に継承されてきた文化があってこその個人の自由だが、自由放任市場はそれらの諸前提を破壊する。

過当競争による雇用不安定化、労働条件悪化、選択の自由拡大による人間関係の希薄化、移動拡大による地域共同体弱化、グローバル化による文化破壊など、

「要するに、無制限の市場制度が伝統的な生活様式に与える破壊的な効果によって、自由市場保守主義は本質的に不安定なものとなり、そして長期的には、自己破壊的な政治プロジェクトとなるのである」。

そして何より強調すべきなのは、新自由主義はその存在理由たる資本主義の繁栄にも実は失敗しているということ。

それどころか、資本主義を極度に不安定化し破壊してしまった。

定期的に繰り返されるバブルとその後の大不況、低成長と異常な格差拡大で、資本主義体制の維持すら危うくしている。

本書では、19世紀英国のサミュエル・テイラー・コールリッジの思想を取り上げる。

コールリッジはワーズワースと並ぶイギリス・ロマン派の詩人として知られているが、政治経済学的著作を著しており、著者によれば天才的な保守思想家でもあったという。

産業革命進行中の初期資本主義がもたらした恐るべき社会荒廃を直視し、リカード、マルサスなど古典派経済学者と新興ブルジョワ起業家が唱える自由放任主義を徹底的に批判し、オーウェンら「空想的」社会主義者と共通点を持つ解決策を模索したコールリッジの思想が各方面について検討されている。

 

 

素晴らしい出来。

品性下劣なネオリベ的経済学者とIT関連の起業家が「識者」面でのうのうと、ごく少数の富裕層にだけ有利で、圧倒的多数の国民には有害無益な市場原理主義的デマゴギーを撒き散らしている中、政治経済学関連の論者としては、私が知る限り、著者が最も信頼できる。

本書を読むと、もはや在りもしない「社会主義の脅威」を煽られ、市場原理主義的政策とセットになった「反左翼」勢力を支持することが、「保守」ないし「右翼」だと錯覚する愚を悟ることになる。

強く薦める。

 

一九八〇年代以降、保守の立場は、経済面においては、新自由主義とほぼ同一視されてきた。だが、歴史をたどってみると、保守は、市場原理主義的な考え方と常に親和的であったわけでは必ずしもない。むしろ、十九世紀においては、保守の最大の敵は、自由市場と個人主義的な価値観を唱道する古典的な自由主義者であった。この古典的な自由主義こそ、今日の新自由主義のルーツである。

保守は、急進的な変化や革命による破壊という敵から、伝統的な生活様式や価値観を守ることを使命としてきたが、保守にとっての敵は、時代とともに変化してきた。十八世紀末から十九世紀初頭にかけては、エドマンド・バークの『フランス革命の省察』に代表されるように、フランス革命とそれを支える革命イデオロギーが、保守にとっての最大の脅威であった。だが、十九世紀から第一次世界大戦頃までは、保守の主たる懸念は、自由主義の台頭にあったのである。

例えば、十九世紀のイギリスの保守は、社会的な権威や伝統的な秩序、人々の生活、そして自由そのものまでもが、自由主義の名の下に破壊され、しかも放置されるのを憂慮していた。当時の保守は、自由放任の資本主義が貧富の格差を拡大させ、労働者を疎外すると考え、政府による介入や規制の必要性を説いていたのであり、その意味では、自由主義者よりもむしろ社会主義者の立場に近かったのである。

 

二〇世紀に入ると、全体主義や共産主義が台頭し、保守にとっての新たな脅威となった。そこで、保守と自由主義者とは、全体主義者や共産主義という共通の敵を前にして、手を結ぶようになった。しかし、保守は、自由市場に対する警戒を怠ったわけではなかった。

第二次世界大戦後の保守は、ハイエクやフリードマンのような新自由主義者とは異なり、ケインズ主義的な経済運営や福祉国家までも全体主義への道であるとして否定することはなかった。一九七〇年代のスタグフレーションの中で、ケインズ主義に対する信頼が揺らぎ、七〇年代後半から、新自由主義が影響力を強めていったのは先述の通りだが、それでもなお、その当時においては、保守の中には、新自由主義の台頭を懸念する声があったのである。

例えば、アメリカの代表的な保守派論客であるアーヴィング・クリストルは、一九七七年の『パブリック・インタレスト』誌において、フリードマンを批判して、次のように論じていた。

フリードマンは、「個人の自由な選択によるコンセンサス以外に、国家目的などは存在しないと認識するのが、自由な人間である」と主張する。しかし、フリードマンの言うコンセンサスとは、利己的な目的の総計に過ぎない。利己的個人の目的を単に足し合わせたところで、そこから正統性をもった社会秩序が自動的に発生するようなことはない。公的な社会目的との関係を一切もたないような孤立した私的人生の目的など、無意味で虚しいものに過ぎない。個人の私的自由ばかりが尊重される資本主義は、道徳観を欠き、刹那的な衝動だけで動く虚無主義的な人間を大量に発生させるだけである。

イギリスでも、保守党の政治家であるイアン・ギルモアが、保守の立場から、ハイエクの主著『自由の条件』を批判していた。ハイエクの自由主義は、理性に対する懐疑や、歴史的に形成された制度や慣習の尊重という点において、たしかに保守的な側面を多々有しているのは事実である。しかし、その「自由主義は、金科玉条と化し、したがって歪められた保守主義」だとギルモアは言う。

例えば、経済的平等と累進課税についてのハイエクの見解は、保守には受け入れ難い。ハイエクは所得再分配の必要性を一切認めず、累進課税を不公正なものとみなす。しかし、保守は、調整を要するような耐えがたい所得格差がありうることを想定している。そして、その格差を是正するためには、ある程度の累進性をもった税制が必要であることも認めるのである。

・・・・・ハイエクは、経済的な自由と政治的な自由を同一視していた。しかし、ギルモアは、ハイエクとは異なり、国家が一切干渉しない経済的自由は、政治的な自由を保障するものではなく、むしろ脅かすものだと論じた。経済的な自由主義が理想とする競争社会は殺伐としたものであり、そこから社会の連帯感は生まれない。社会の一体感や連帯感がなければ、自由な社会というものもありえないというのが、保守の考えである。「この点は、おそらく、自由主義と保守主義の間の根本的な相違点である」。

 

十九世紀において、保守は、自由市場による格差の拡大が国民統合に与える悪影響を懸念して、自由主義と対立し、その点で社会主義と多くを共有していた。そして、二十一世紀、グローバルな自由市場が国民を二つに引き裂いていく中、保守は、再び新自由主義と対決し、そして社会主義に近づきつつあるようである。

 

 

すべてを市場価値で評価するような風潮が社会を覆うようになった。そして、経済的な実用性や快楽のみが、価値あるものとされた。「価値という言葉は、有用性という言葉のつまらない類語の一つに格下げとなり、感覚を満足させるもののみが、有用であるとされたのです」。すべての価値が市場の価格で評価され、市場における取引の対象にならないもの、カネにならないものは価値がないものとみなされるようになった。

伝統的な階級秩序が崩壊した平等な社会では、社会的な認知は、伝統的な階級や家柄ではなく、富の多寡によって獲得しなければならなくなる。人々は、社会的な認知を求めて、富の飽くなき追求に走るようになり、営利精神が過剰になっていく。そういう社会では、あらゆる高貴な価値が崩壊し、思想は堕落し、文化は俗悪化していく。

「あらゆる仕事が、目の前の利益や快楽のために利用され、にわかに富を得る欲望にとらわれ、感覚を刺激し、醜聞や中傷を求める劣情を満たすものとなり、循環するという陥穽に落ちています。しかし、言葉の厳密な意味における哲学も神学も、わたしたちの間に存在しているとは言えません。」

営利精神が過剰になることで、あらゆる活動が、即物的な刺激に対する欲求に基づくものとなり、快楽主義が蔓延し、下劣なゴシップやスキャンダルばかりが好まれるようになる。学問の世界においても、功利的な目的の役に立つ「手段」としての知識ばかりが重用され、真理の探究を目的とするような学問は軽蔑されるようになる。

この営利精神の過剰による社会の堕落や文化の俗悪化は、現代の資本主義社会を、今もなお蝕んでいるものであろう。それどころか、悪化しつつあるのではないか。

 

 

要するに、オーウェンは、『新社会観』の中で、需要不足による失業とデフレの問題に対して、政府の公共事業による需要創出というケインズ主義的な処方箋を提示しているのである。そして、オーウェンもまた、コールリッジと同様、経済学的な需要管理よりはむしろ、社会環境の改善とそれを通じた国民精神の健全化を重視していたのである。

オーウェンは社会主義の祖の一人とみなされている。これに対して、コールリッジは保守主義者に列せられてきた。だが「大転換」の只中におけるイギリスの危機に対して、オーウェンとコールリッジは、ほぼ同時期に、労働者の保護と教育による社会防衛と公共投資による需要創出という、ほぼ同じ処方箋を導き出した。市場メカニズムによる社会の破壊という問題に対し、保守主義と社会主義は、同じ結論に達したのである。

 

 

イギリスの政体は、歴史的に、貴族階級が君主の権力を制限する立憲君主制であり、それによって、最も純粋な民主政治よりもはるかに自由な国家を実現してきた。絶対的な権力を有する主体が存在せず、階級や団体など、さまざまな勢力が「潜在権力」として多元的に存在し、国家の「活動権力」と拮抗してきたことが、イギリスに自由をもたらしたのだ。その逆に、「民主的共和国と絶対君主制は、両方とも、国民から全権力を委ねられているという点で合意するのです」。

現代的な誤解を避けるために付言するならば、コールリッジは、民主政治それ自体を一切、否定しているわけではない。民主政治だけでは、健全な国家は成り立ちえないと述べているのである。ただし、民主政治は、健全な国家を維持する上で不可欠な要素の一つではある。コールリッジは、民主政治について、身体の生命を維持するために体内を循環する血液のようなものであると表現している。

しかし、完全に平等な社会における純粋な民主政治では、選出された国家指導者に権力が集中してしまう。それは、独裁政治と同じである。フランス革命は、貴族や教会といった階級や団体を排除し、完全に平等な民主政治を実現したが、結局、ジャコバン派の恐怖政治やナポレオンの独裁という結果に終わった。中間勢力のない無制限の民主政治は、必ず全体主義へと堕する。これは、エドマンド・バークやアレクシス・ド・トクヴィルなども強調した点であり、保守主義の政治思想を特徴づける重要な特徴の一つである。

独裁政治を生み出すのは、純粋な民主政治だけではない。フランスの経済学者たちは、自由放任を唱え、あらゆる規制や政府介入から自由な、完全な市場を実現すれば、均衡ある秩序が自動的に形成されると主張していた。だが、そのような自由市場は、野蛮と抑圧につながり、最終的には、必然的に軍事独裁を招来するであろうとコールリッジは警告している。

この警告も予言的である。

最小国家を唱え、自由を尊重し、個人主義を信奉する新自由主義者が、なぜ、よりにもよって独裁権力や恐怖政治と結託するのか。その理由は簡単である。新自由主義者は、抽象的な理論から導き出されたに過ぎない自由市場を実現しようとする。だが、現実の経済においては、数々の規制、制度あるいは既得権益が存在しており、完全に自由な個人が競争する市場などというものは存在しない。完全なる自由競争市場を実現するためには、その障害となっている規制、制度、既得権益を破壊しなければならない。その破壊のためには、強大な権力が必要となる。こうして新自由主義者は、独裁権力と結託するのである。

 

 

コールリッジは、社会科学の理論あるいは理性が、社会全体の秩序に関する一般原則を示すのみであるという点に関してはハイエクに同意するだろう。しかし、コールリッジは、次の二点において、ハイエクとはまったく立場を逆にする。

第一に、コールリッジは、自由な活動が自生的秩序を形成するというハイエクの理論を拒否する。・・・・・自由市場は、決して自動的には均衡に向かわず、放置すれば経済全体を不安定化させてしまうものであった。そして、ハイエクの自生的秩序の市場理論は、十九世紀の金融循環や世界恐慌といった歴史、そして現在の世界経済危機という事実によって、反証されている。

第二に、コールリッジは、社会科学は抽象的な一般原則しか示せないことを認めるが、だからこそ、個別具体的な状況を扱う政治の世界には直接適用すべきではないとするのである。この点で、保守主義は、ハイエク的な新自由主義とは決定的に袂を分かつ。マイケル・オークショットが強調したように、理性が示した抽象的な原則を政治に適用すべきであるという「政治における合理主義」を拒否し、実践的な政治を重視することこそ、保守主義の政治哲学の要諦である。

もっとも、ハイエクもまた、合理主義を批判してきたことで知られている。彼は、共産主義の計画経済の基礎にある合理主義の認識論的な誤謬を激しく攻撃してきたのであり、その点でオークショットなど保守主義者と共闘しうるのは事実である。また、そのことは、ハイエクの思想が保守主義とみなされてきた理由のひとつでもあろう。

だが、実際には、ハイエクもまた、理論が導き出した一般原則に忠実に従って統治を行うべきだと考えていたのである。ハイエクの自由主義とは、共産主義とは別種の「政治における合理主義」であったのだ。そのことに気づいていたオークショットは、ハイエクの主著『隷従の道』を、こう評している。「あらゆる計画に抵抗する計画というのは、その反対のものよりもましかもしれないが、結局、同じ政治のスタイルに属しているのである」。

 

 

今日の世界は、このコールリッジの保守主義の叡智を必要としているようだ。

一九九〇年代前半、ルワンダとブルンジは、人権擁護団体による国際的な圧力によって、民主化と自由化を急進的に推し進めた。これは、自由民主的な制度さえ設ければ、自由で民主的な社会ができるという原則に立った改革であった。しかし、その急進的な自由化と民主化は、原理主義的な言論や政治運動をも促進し、国内の民族対立を深刻化させた。そして、ルワンダでの五〇万人以上の虐殺をはじめとする陰惨な結果を招いたのである。

アメリカの政治学者ジャック・シュナイダーは、このルワンダとブルンジの事例などを挙げつつ、急進的な民主化や自由化を警戒してきた保守主義の叡智をあらためて評価している。イギリスの自由化や民主化の歴史が、暴力や混乱を引き起こすことが比較的少なかったのは、エドマンド・バークに代表される保守のエリート層が、急進的な自由化・民主化の運動に抵抗し、伝統的な制度や階級秩序を保守し、漸進的な改革を重んじたためだったのである。

ニ一世紀初頭には、アメリカのジョージ・W・ブッシュ政権が、民主主義という原則を掲げ、中東の民主化を企ててイラクを攻撃した。しかし、これもまた、民主化どころかイラク国内および中東情勢の混乱を招いただけに終わった。

アメリカという国には、各国の歴史や文化の多様性を一切顧みずに、自由や民主主義といった原理原則を世界に画一的に広めようとする一極主義(unilateralism)の傾向が色濃くある。ブッシュの企てたイラク戦争は、まさにアメリカ一極主義の典型であった。政治学者デイヴィッド・カレオは、このアメリカ一極主義を一貫して批判し続け、多様な国民国家から構成される多元的な世界を目指すべきだと主張してきた。そのカレオは、コールリッジの政治思想の研究においては、パイオニア的存在でもある。彼のアメリカ一極主義批判は、コールリッジの保守主義を継承しているのである。

理性が発見した抽象的な原理原則を掲げた急進的・抜本的改革に対しては、徹底的に抵抗する。これこそ、保守主義の最大の特徴である。政治哲学者マイケル・オークショットや、アンソニー・クイントン、あるいはノエル・オサリヴァンは、そのような保守主義の政治思想を「不完全性の政治学(The Politics of Imperfection)と呼ぶ。

政治における人間の理性は、完全なものではない。それゆえ、理性による政治秩序の構築を企てるのは危険である。したがって、伝統的な制度や慣習、あるいは権威など、理性では論証できないようなものであっても、それらが秩序の基礎になっているのであれば、それを便宜的に保守したほうが賢明である。かりに既存の制度の改革を行う場合であっても、理性の限界を肝に銘じて、慎重に、漸進的に進めるのが望ましい。そうした秩序に対する保守的な姿勢の方が、かえって自由を守ることができる。これが保守主義の「不完全性の政治学」である。

だから保守主義者は、フランス革命における急進的な民主化に反対した。それがルソーの「一般意志」という抽象的原理によって、合理主義的に世界を改造しようとするものだからである。共産主義革命に反対したのも、それがマルクス主義という理論による合理主義的改造だからである。そしてコールリッジは、同じ理由から、古典派経済学者の自由主義に反対した。ならば、保守主義の「不完全性の政治学」は、現代においては、新自由主義に基づく抜本的な構造改革やグローバル化を推し進める新自由主義、そして世界を画一化しようとするアメリカの一極主義に対して、叛旗を翻さなければならないはずである。

だが、現代日本の「保守」を称する政治家や知識人たちは、それとは逆のことをやり続けている。なぜか。

理由は簡単である。それは、彼らが、真の保守ではないからである。

2015年12月15日

佐藤優 『紳士協定  私のイギリス物語』 (新潮社)

Filed under: 史論・評論 — 万年初心者 @ 07:19

鈴木宗男事件で逮捕され外交官から評論家に転じた著者の自伝的作品。

外交官試験合格後のロシアでの研修とイギリスでの留学とホームステイ先の家族との交流が主な内容。

この人には極めて多数の著作があり、斜め読みではあるが相当数に目を通してはいる。

著者の論調には深く共感する部分もあれば、やや首を傾げる所もあるが、本書は非常に面白く読める。

『国家の罠』『獄中記』『インテリジェンス人間論』『先生と私』などと並んでお勧めします。

2015年11月6日

福田紀一 『おやじの国史とむすこの日本史』 (中公文庫)

Filed under: 史論・評論 — 万年初心者 @ 07:15

1977年中公新書で刊行、2012年文庫化。

1979年第一回サントリー学芸賞受賞。

戦後30年を経た時点での歴史教育をめぐる随想。

戦前の「国史」教育では、皇国史観と抵触する、崇峻天皇弑逆や聖徳太子の豪族対策などは教えられていなかった。

そういえば別の本でも、戦前の教科書では壬申の乱が載っていなかったと読んで驚いた記憶がある。

ただ、高坂正堯氏がどこかで、戦前も教育に制約はあっても歴史研究は比較的自由だった、歴史は制限が無ければ無条件で真実が見えてくるというものではない、と書いており、それに共感したのを覚えているが、やはり問題はあったんでしょう。

北条氏や足利氏を頭から否定的に評価するなど。

なお、1970年代の受験日本史についての章で、当時の難問奇問が紹介されているが、これがすごい。

司馬江漢の銅版画代表作は何か?(不忍池図[しのばずのいけず])、東大寺大仏の造仏技術者は誰か?(国中連公麻呂[くになかのむらじきみまろ])、民法典論争で穂積八束と対立したのは誰か?(梅謙次郎)とか、正気とは思えない例がどんどん出てくる。

一方、こうしたクイズ式問題への反動で、論文形式問題への信仰も批判している。

あと戦争体験と歴史、郷土史(地域史)の重要性などが内容。

気軽に読めてあっという間に読了できる。

図書館にあったら借りてみて下さい。

2015年9月9日

野口雅弘 『官僚制批判の論理と心理  デモクラシーの友と敵』 (中公新書)

Filed under: 史論・評論 — 万年初心者 @ 06:04

行政学ではなく、政治思想史的アプローチの官僚制批判の研究。

近代官僚制は絶対王政以降に該当する概念。

しかし実際は、支配者の恣意性と選好に依存する、前近代の家産的官僚制との差は相対的なもの。

近代官僚制への批判者としては、カール・フライヘル・シュタイン、ノヴァーリス、そして何よりも「鉄の檻」という比喩で知られる、マックス・ウェーバーがいる。

しかし中にはロベルト・ミヘルスのような存在もいる。

「寡頭支配の鉄則」で有名なミヘルスは、社会民主党員として出発し、「鉄則」も党官僚の非民主性への批判的観察から生まれたものだったが、のちにはムッソリーニ支持者に行き着いてしまった。

なぜ、こんなことが起り得たのか。

ウェーバーは官僚制とデモクラシーを単純な対立関係とは捉えなかった。

トクヴィルによれば、近代において格差・特権への憎悪が中央権力による平等的画一的行政への支持へと向かい、それが官僚制の整備に繋がる。

しかしジョン・ステュアート・ミルの指摘では、官僚制下の平凡な日常業務の繰り返しが内外の不満を生み、それが粗雑で突飛な非合理的提案を行う強引なリーダーを出現させる危険を孕むことになる。

それを防ぐために、市場原理という形式合理性でなく、格差是正・国益実現など実質合理性が必要であり、その手段としての官僚制も必要不可欠である。

そうした実質合理性達成のためには、複雑な調整や議論が必要なのだが、新自由主義者はそれが醸成する不平不満につけ込み、市場原理という単純・明確な方針だけを掲げ、強い姿勢を演出し、官僚制を批判する。

実際には現在の官僚制はすでに「鉄の檻」というメタファーで理解できる強固なものではなくなっているのに、それを打ち破るカリスマ的リーダーの期待がネオリベ勢力によって煽り立てられており、そのような煽動世論は暴走しかねない。

ウェーバーのバランスの取れた官僚制論は、現在では新自由主義とグローバリズムへの防壁として読むことができる。

結語で内容を極めて簡略・的確に要約してくれているのが助かる。

コメント付きの文献案内も有益(私の場合、それを次々読むという感じにはならないが)。

150ページほどですぐ読めるのも長所。

ここ二十年ばかり繰り返されてきた感情的な官僚バッシングと品性下劣なネオリベ言説への解毒剤としてどうぞ。

2015年8月26日

トニー・ジャット 『失われた二〇世紀 下』 (NTT出版)

Filed under: 史論・評論 — 万年初心者 @ 07:18

上巻の続き。

この下巻は第三部ヨーロッパ史とイスラエル論、第四部アメリカ論を収める。

 

 

11章「破局―1940年フランスの敗北」。

アーネスト・メイ『奇妙な勝利 ヒトラーのフランス征服』という著作への書評。

この本は、マジノ線の陰に隠れる退嬰主義と国内の分裂、戦力不備によって半ば必然的に敗北したフランスというイメージを修正するもの。

ヒトラーの勝利は偶然と幸運に因るところが大きい。

当初ドイツ軍は第一次大戦同様ベルギー通過ルートでの攻撃を予定していたが、この地域でフランス軍には逆に積極攻勢に出るプランを擁しており、これは可能な限り国境から離れて北東に突出する作戦計画。

もしこれが実現していたら英仏蘭ベルギー軍が勝利したはず。

ところが独側の作戦計画が偶然ベルギーに漏洩したため、ドイツは作戦を変更、実際にはルクセンブルクとアルデンヌの森を突破して大攻勢を仕掛け、そこから英仏軍を海峡沿いに追い詰め、ダンケルクの撤退に至る。

フランスの諜報の弱さが致命的となった。

以上のことから、メイはフランス勝利の可能性を示唆するが、著者によれば、それは極めて実現性の少ない歴史のイフを積み重ねなければ成り立たないものであり、ヒトラー政権と軍部間のドイツの国内対立を過大視し、フランスのそれを過小評価しているとする。

フランスの国内分裂の例として、ブルムに対するピエール・ガクソットの罵倒、ヴィシー政権によるブルムへの見せしめ的裁判によりにもよって協力を申し出る共産党、カグール団(『記憶の中のファシズム』参照)の存在、ムッソリーニへの強迫的な哀願と支援要請などが挙げられている。

ガクソットはその著『フランス人の歴史』における筆致は喩えようも無く品格高いものなのだが、ややそのイメージを損なう記述であった。

結局、フランスの自信喪失と自己不信という背景は決して無視できない、マイケル・ハワードの普仏戦争への考察が1940年にも当てはまる、フランスの敗北は単に戦術的レベルでの失敗からもたらされた偶発的なものではなく、軍システムそして社会システムの欠陥に由来するという主張に著者は同意している。

 

 

12章「失われた時を求めて フランスとその過去」。

ピエール・ノラ編集『記憶の場』への書評。

この章は内容を捉えることが難しい。

最後の部分からのみ抜粋。

学校制度のカリキュラムから叙述史が消滅しつつある。

「正典」としての普遍的権威を主張する歴史が。

もちろんそれへの批判も必要不可欠だが、国民が共有できる歴史が無ければ、批判的視点があっても約に立たず、過去の大半が忘却されてしまう、国民国家の物語の恣意性を非難するだけでは済まない、というようなことを言っているのか?

ノラ編著も結局そうした国民歴史物語になっているが、それを全面否定はしないということ?

完全な誤読かもしれません・・・・・。

私の能力ではこれ以上読み取れません。

 

 

13章「庭に置かれたノーム像 トニー・ブレアとイギリスの『遺産』」。

「ニュー・レイバー」「第三の道」の美名の下に、実際はサッチャリズムを温存した英国のブレア政権(1997~2007年)への徹底批判。

貧富の格差拡大、鉄道インフラ・医療・教育の荒廃など新自由主義的「改革」がもたらした負の面を強調している。

 

 

14章「国家なき国家 なぜベルギーが重要なのか」。

北部オランダ語圏フラマンと南部フランス語圏ワロンに分裂寸前のベルギー国家についての章。

EU本部のあるヨーロッパの中枢で、首都ブリュッセルは両語地域になっている。

経済的にはかつてとは逆転して、現在は北部が豊かになっている。

フラマンはカトリック信仰から同じ言語のオランダと歴史を分かれた。

移民を含めれば、国内の分裂が究極の域に達している。

やはりそれをまとめるのは中央政府しかない、民間活動の自発性からは国家の統合は保証されない、国家が軽すぎることが問題だというのが著者の結論。

 

 

15章「ルーマニア 歴史とヨーロッパのあいだで」。

チャウシェスク政権崩壊後、特権を巧みに保持した元共産党員イリエスクと排外主義的ナショナリストが争う大統領選の描写から始まる、ルーマニアへの悲観的考察。

歴史をさかのぼり、アントネスク元帥の独裁政権が1942年時点で同盟国ドイツから「ユダヤ人を救った」ことは事実だが、独ソ戦でルーマニア軍は虐殺に手を染めている、戦後共産化した後、ゲオルギウ・デジおよびチャウシェスクの対ソ自立路線を西側諸国は歓迎し支援したが、国内体制は余りにも抑圧的だった、そして現在ではヨーロッパで最も排外的な国になってしまっていると指摘している。

 

 

16章「暗い勝利 イスラエルの六日間戦争」。

1967年第三次中東戦争時、イスラエルのキブツ(自給自足的農業共同体)に筆者はいた。

イスラエル政治は左派労働党と右派リクードの二大政党が中心。

国民はドイツ・東欧系ユダヤ人のアシュケナジとスペイン・地中海・イスラム圏出身ユダヤ人のセファラディに大別。

建国から現在にかけて、優位性が前者から後者に移るにつれて、政策は右傾化し、パレスチナ人と周辺諸国への強硬姿勢を強めている。

著者は第三次中東戦争での圧倒的勝利を過信せず、占領下のアラブ人との共存に心を悩ませた首相エシュコルを評価している。

その他の人名として、ベン・グリオン、ゴルダ・メイア、ダヤン、ベギン、ラビン、ペレス、シャロンなどをチェックして目に慣らしておくとよい。

1967年以後のイスラエルは自信過剰となり、国際世論から犠牲者ではなく抑圧者と見られるようになったと著者は批判的に記している。

 

 

17章「成長を知らない国」。

前章に続くイスラエル批判。

自国への批判者に対する反ユダヤ主義のレッテル貼りが、逆に実際上のそれを招いていると述べる。

 

 

18章「アメリカの悲劇? ウィテカー・チェンバース事件」。

ここから第四部。

アメリカでのソ連スパイ活動について。

「赤狩り」のマッカーシズム時代には多くの冤罪があったが、アルジャー・ヒスとチェンバースがスパイだったのは事実。

転向しヒス告発者となってリベラルには嫌悪されるチェンバースだが、彼はマッカーシーの見境の無いヒステリックな言動は反共主義にとって最悪の敵であると述べ、リバタニアンが聖典視するアイン・ランド『肩をすくめるアトラス』を独裁的な教条主義と批判していたなどの点を挙げ、著者はチェンバースを同情的に評している。

 

 

19章「危機 ケネディ、フルシチョフ、キューバ」。

キューバ危機での米政権内の執行委員会(エクスコム)の録音を文字起こししたものに基く考察。

キューバ危機の経緯は、キューバへの中距離弾道ミサイル搬入→海上封鎖→キューバからのミサイル撤去およびキューバへの不侵攻とトルコの米軍基地からの旧式ミサイル撤去という米ソ間の暗黙の合意。

まずフルシチョフの意図から。

キューバへのミサイル配備はベルリン問題解決の「てこ」ではない。

前年1961年ベルリンの壁が構築されて状況は一応安定化し、ベルリン問題が果たした役割は副次的。

またクレムリン内での権力闘争が原因とも言えない。

戦略的劣勢の挽回とキューバ侵攻阻止が目的。

スプートニク打ち上げ後に騒がれた「ミサイル・ギャップ」は実際には存在せず、ICBM(大陸間弾道弾)の数で当時米ソは実に17:1の圧倒的格差があった。

米側では、空軍参謀総長カーティス・ルメイが対独宥和政策の誤りを引き合いに出して軍事行動を進言(これは大統領ケネディの父が宥和派だったことの当てこすりも含まれる)。

ディーン・アチソン、財務長官ディロン、ウィリアム・フルブライトも同様(最後の名前には本当か?と目を疑った)。

一方、マクスウェル・テイラー参謀総長は反対、マクジョージ・バンディ、ロバート・マクナマラ、ディーン・ラスク、リンドン・ジョンソンらも同様で、数年後にはヴェトナム介入で大失敗を犯す面々が穏健な選択肢を支持しているのは興味深い。

それに対して大統領の実弟ロバート・ケネディに対する著者の評価は低い。

強硬派に近い発言をしており、その著『十三日間』(中公文庫)は主観的産物かとも思われる。

この本の新版での解説ではロバート・ケネディの強硬姿勢は議論が軍部のペースで進むのを避けるためにあえて取ったもので、ロバートの意図はその逆だったと書かれているようだが、この辺私には判断不能だ。

ケネディ、フルシチョフともに核戦争の壊滅的リスクは十分認識していたので、全面核戦争は危機がやや違うコースをたどったとしても恐らく避けられただろう、として両指導者を評価している。

この章で出てくる人名を、ハルバースタム『ベスト・アンド・ブライテスト』の人物評と比較してみても面白い。

 

 

20章「幻影に憑かれた男 ヘンリー・キッシンジャーとアメリカの外交政策」。

ウィリアム・バンディが書いたニクソン政権時代の外交についての本への書評。

バンディ自身がジョンソン前政権でのヴェトナム介入主導者の一人。

それに対してニクソン政権大統領特別補佐官のキッシンジャーはヴェトナム撤兵、米中接近、米ソデタントという顕著な成果を収めた。

だが著者のキッシンジャーへの批判は厳しい。

秘密主義、個人スタッフへの権力集中、通常の国務省ルート軽視による失敗を列挙している。

(キッシンジャー自身の『秘録』を見ると、国務省官僚は惰性と事なかれ主義で創造的外交を邪魔するだけの存在で、国務長官ロジャースへの蔑視も見て取れ、キッシンジャーだけが勢力均衡という揺るぎない原則で国益を見定めているという、ほぼ全ての回顧録に共通するであろう自己弁護的色彩の物語が記されている。)

頭越しの米中接近による日本の対米不信、石油危機対応の失敗、西独ブラント政権東方外交への冷淡さ、カンボジア侵攻がクメール・ルージュの過激化を促したことなど。

1971年第三次印パ戦争でのパキスタンのヤヒア・カーン政権への肩入れも。

『キッシンジャー秘録』では、インド首相インディラ・ガンディーの傲慢さと対ソ接近を描き、インドの意図は東パキスタン(現バングラデシュ)の解放ではなくパキスタン国家の完全崩壊だったと述べ、米中による仲介とパキスタン支援を正当化している。

それに対して著者は、パキスタンは軍事政権下にあるのに対し、インドは民主主義国であると強調、「地政学的戦略の機械的援用」を批判する。

1972年北爆再開後も米ソ首脳会談が流会しなかったのは前年の米中カードのせいだとキッシンジャーは自賛するが、それもソ連が東ドイツの状況を安定化させることを最重要視していたからだと著者は主張。

しかし、第四次中東戦争でイスラエル首相ゴルダ・メイアとエジプト大統領サダト間を行き来したシャトル外交で停戦を実現したこと、在任中全般的に軍部の見解に流されず独自に手綱を取ったことは評価している。

結論として、キッシンジャーのメッテルニヒ外交礼賛は時代錯誤、もはや秘密外交の時代ではない、大国間関係のみを重視することで「辺境」のカンボジア・チリ(アジェンデ政権成立と崩壊)・イラン(親米的シャーの没落)などで失敗してきた、「現実主義」で法の支配と立憲主義を内外で疎かにするのは間違いだとしている。

この章はやや公式主義的見解が多く、正直あまり面白いとは思わなかった。

 

 

21章「それは誰の物語なのか? 冷戦を回顧する」。

ジョン・ルイス・ギャディス『冷戦 その歴史と問題点』への書評。

米国の自己賛美的傾向の記述を批判。

米ソのみに集中して第三世界を無視する傾向も。

「南部の田舎風の決まり文句」のような、政治理論についての粗雑で拙劣な記述も指摘(上記リンク先記事で私も似たようなことを書いてます)。

小ブッシュとイラク戦争を支持したことについてもギャディスを批判している(これは外交史家として批判されて当然だ)。

 

 

22章「羊たちの沈黙 リベラルなアメリカの奇妙な死について」。

1980年代以降総崩れになったリベラル派が「イスラム・ファシズム」という単純化によって易々とイラク戦争支持へと取り込まれたことを徹底的に批判している。

「人権」が集団的行動の基盤として従来の政治的忠誠にとって代わった。対抗的な政治のレトリックがこのように変貌したことでもたらされた利益は、相当なものであった。しかしそれでも、代償は払われた。「権利」という抽象的な普遍主義の立場をとり、悪しき政権にたいして、「権利」の名のもとにとられる妥協のない倫理的姿勢を保持することは、あらゆる政治的選択を二項対立的な道徳用語の鋳型へと流しこむという習慣に易々とつながってしまうだろう。

これはもっともだが、著者が非難するネオコンだけでなく、旧来のリベラル派にもそういう傾向はあっただろうし、20章のキッシンジャー批判と矛盾する点もこの言葉には含まれているように思える。

ただ、普遍的立場に立とうとする努力を最初から放棄し、自らの国・階級・宗教・人種・ジェンダー・性的志向に奉仕する知識人を批判して記された以下の言葉が持つ意味はとてつもなく重い。

知識人は平和をかき乱すべきなのだ―――とりわけ自分たち自身の平和を。

 

 

23章「良き社会 ヨーロッパ対アメリカ」。

グローバリゼーションの流れに乗り、高い経済成長率を誇るアメリカだが肝心の国民生活は苛酷。

医療・社会保険の貧弱、異常な格差、長時間労働・・・・・。

対外行動でも軍事力への過信と国際協調からの逸脱が顕著。

 

 

結び「よみがえった社会問題」。

米英流のグローバル市場拡大が不況・失業・社会不安・極右台頭を招き、それへの適応策を世界各国が迫られているが、実はこれは19世紀にもあったこと。

そこから介入主義的国家が誕生。

それは全体主義への傾向と非効率という非難が向けられ、実際一部で共産主義国家という史上最悪の暴走例を生んだ。

しかし、それが新自由主義という単一の原則を貫く理由には決してならない。

1989年の教訓が誤認され、それが現在の惨状に繋がっている。

数々の利害・要求を調停できるのは国家だけである。

今日では国家介入の支持者は自己懐疑と人間の不完全性ゆえの制約の必要を認めているのに対し、自由市場を理想化する人々の方がうぬぼれたユートピア的野望を持つ最新の近代主義の幻想家だ。

この指摘は極めて重要に思える(ハジュン・チャン『世界経済を破綻させる23の嘘』)。

だとすれば、真の保守派が現在どちらを支持すべきなのかは余りにも明白だ。

さらに

かつて全体主義において国家が中間組織を破壊して孤立した個人を支配したが、グローバル市場の時代においては国家自体が中間組織となり保護すべきものになっている

との主張には目の冴える思いがした(コーンハウザー『大衆社会の政治』)。

福祉国家の解体と規制なき市場は歴史上多くの例があるようにそれ自身の正統性を掘り崩して自壊する。

左翼は非正規雇用者など「排除された者たち」を包含し、存続不可能な制度に固執することも、自由市場主義に屈服することも避け、共産主義という「国家への偶像崇拝」への残滓を清算し、積極行動主義的国家を再び擁護することが必要である。

たとえどんな意味でも自分を「左翼」と認めない私もこの結論には完全に賛成します。

面白い。

書評を中心にした雑多な内容だが、効用の高い文章が多い。

11章、19章など具体性の強い史実が記されている部分もある。

機会があれば手に取って下さい。

何かしら得るところがあるでしょう。

2015年8月20日

トニー・ジャット 『失われた二〇世紀 上』 (NTT出版)

Filed under: 史論・評論 — 万年初心者 @ 06:14

『荒廃する世界のなかで』と同じ著者。

イギリス生まれのユダヤ人で、一時左派シオニズムに惹かれイスラエルに移住、しかし1967年第三次中東戦争後のイスラエルに幻滅し、アメリカで活動、2010年死去。

本書は史的エッセイと書評集。

この上巻は知識人論。

アーサー・ケストラー、プリーモ・レーヴィ、ハンナ・アーレント、アルベール・カミュ、ルイ・アルチュセール、エリック・ホブズボーム、エドワード・サイードらが扱われている。

個人的には、名前と若干の著作名と大雑把な政治的立場しか知らない人々だ。

加えて、元教皇ヨハネ・パウロ2世の章もある。

まず序章で現在の世界についての著者の解釈が述べられる。

現代を前例の無い特別な時代として、過去の歴史を学ぶことで得られる教訓は大して益が無い、それに囚われず我々は前進できるという考えが蔓延している。

歴史への拘りがあっても、それはある集団の受苦を強調し、被害者としての立場を独断的に主張するもの。

それに対し、「古い国民的物語」には様々な偏りや欠点があっても、国民全体に過去を参照させ経験を認識させる利点があった。

だが現在の対立する個別的関心事からのみ過去を参照する態度が余りに普遍的になってしまった。

断片化された情報が氾濫し、人々の立場は極端に分裂・多様化・分極化した。

20世紀の戦争と革命を経て、ヨーロッパは自省的態度に導かれたが、米国は「勝利」の記憶が強調され過ぎている。

そうした心情から、国家機能の縮減と公共部門後退が金貨玉条視され、経済中心主義の弊害が放置されている。

それに対抗するはずの批判的知識人もほぼ消滅した。

マルクス主義のドグマを否定するのは当然だが、そのために自由市場を絶対視する必要はないはず。

政治的課題の語り口そのものを放棄していると言わざるを得ない。

一方、「悪」を単純化し、歴史に学ばず、現状を前例の無いものとして極端な対応を(「イスラム・ファシスト」などという言説を用いて)採る傾向が瀰漫している。

実際には20世紀にもグローバリゼーションやテロの経験はあった。

昨日の左翼と今日の右翼が、とりわけ、過去の経験が現在の問題に深くかかわっていることを否定するという、自信過剰の傾向を共有している。

例えば、戦後ヨーロッパの福祉国家は社会民主主義者だけでなく、保守的なキリスト教民主主義者によっても主導されたものであり、超党派的コンセンサスの下に築かれた、それは1930年代の恐るべきカオスへの回帰を避けるためであった、この重大な歴史の教訓をネオリベは忘れている、と著者は述べる。

ファシストと共産主義者もまた、明確に国家の支配的役割を追求したという事実それ自体は、自由社会における公的セクターの突出した地位を否定する根拠とはならないし、共産主義の崩壊が、自由と効率との最適のバランスの問題に、統制なき市場という解決を与えたわけでもない。

このことは、北欧の社会民主主義国を訪れた者なら、だれでも認めうることである。前世紀の歴史がいやというほど証明しているように、国家には得手不得手というものがあるのだ。民間セクターもしくは市場にまかせたほうがうまくいく事柄もあれば、それではまったくうまくいかないこともある。

わたしたちは、西洋の冷戦の勝利に酔いしれた余波のうちに身につけてしまった国家に対する偏見から自由になって、ふたたび「国家を思い描く」ことができるようになる必要がある。わたしたちは、国家の欠点を認め、それと同時に、国家をなんのうしろめたさもなく弁護する方法を学ばねばならない。・・・・・

わたしたちは、二〇世紀の終わりにあたって、国家が重すぎる、という場合もあることを知っている。しかし、である。国家が軽すぎる、という可能性もあることを忘れてはならないのだ。

非政治的な時代には、経済的にものを考え、語る政治家には大いに価値がある。というのも結局、経済的なものというのは、現代のほとんどの人々が自分たちの生活機会や利害を思い描く際の視点なのであり、この真実をみすごした公共政策は、たした成功をおさめることはできないだろう。

しかし、それは今の物事のあり方にすぎない。物事はずっとこのように見えてきたわけではないし、未来にもそのように見えるだろうと想定する正当な根拠はない。真空を嫌うのは自然だけではない。・・・・・とるべき重要な政治的選択肢のない民主主義国家、本当に重要なのは経済政策のみであり、さらには経済政策の大部分が非政治的アクター(中央銀行、国際機関、多国籍企業)によって決定されるような民主主義国家は、民主主義国家として機能するのをやめてしまうか、ふたたび不満の政治を、ポピュリズム的ルサンチマンの政治を呼びこむだろう。

最後に故ヨハネ・パウロ2世について、以下の文章を引用。

この教皇のなかでポーランド人と神秘主義者が混ざりあっていることは、彼がなぜこれほどまでに「西洋の物質主義と個人主義」に対して、またそれゆえ現代の資本主義の大部分に対して攻撃的であるのかを説明してくれるかもしれない。もちろん、物質主義的偶像や傲慢の罪を批判するのはカトリック教会の仕事である。しかしカロル・ヴォイティワ[教皇の本名]は、さらにその先へと進んでいる。彼が教皇になる三年前の1975年、ヴァチカンでの四旬節の儀式において、彼は消費主義と迫害という教会にとっての二つの脅威のうち、前者がはるかに危険なものであり、より大きな敵であると明確に述べた。

事実、思想のシステムとしての、そして政治的実践としてのマルクス主義への彼の批判は、物資的進歩、資本主義的利益、世俗的な放縦の崇拝に対する彼のより広い非難に由来している。ヴァーツラフ・ハヴェルやほかの1970年代から80年代の反コミュニストたちと同様に、近代・現代性こそが、そして信仰を失った現代の西欧こそが、わたしたちの現在の危機の源なのであると彼は信じていた。コミュニズムとそれに付随する悪は、環境汚染も含め、二次的な徴候にすぎず、いずれにせよ西側の源から東側にむかって輸出されたのである。

著者はこれに続けて、教義の保守性、教会の自由化拒否、「解放の神学」など社会進歩的勢力への冷淡さなどを批判的に記すのだが、私は以前から漠然と持っていたヨハネ・パウロ2世への敬意がさらに強く増した。

なぜなら上記の認識は正しいとしか思えないから。

共産主義と自由民主主義は近代主義の派生形態であるという意味では同根である(服部龍二『日中国交正常化』)。

私は、著者による市場原理主義批判には満腔の賛意を示したいが、それがより広く民主主義・近代主義批判として展開されていればより説得力のあるものになったのにと思えてならない。

下巻も読んでますので、また記事にするつもりです。

2015年3月14日

中野剛志 柴山桂太 『グローバル恐慌の真相』 (集英社新書)

Filed under: 史論・評論 — 万年初心者 @ 06:49

著者の一人、中野氏の『国力とは何か』(講談社現代新書)が素晴らしかったので、本書も手に取る。

 

第一章、グローバル化の問題点とその欠陥に嵌まった米国と世界について考察。

まず、新自由主義的構造改革とばらまき的福祉政策という両極端の、しかし共に最もレベルの低い経済思想に振り回される愚を説く。

リーマンショック後の経済危機の根本的原因の一つは世界的な経常収支不均衡、グローバル・インバランスである。

米国の住宅バブルによる過剰消費と輸入激増が危機直前までの表面的好景気を支えていた。

それが可能になったのは、1971年ニクソン・ショック以後の金融自由化によって、アメリカへの資本移動があれば経常収支の赤字を埋め合わせられる体制を米国主導で構築したから。

「1.国際的な資本移動の自由」、「2.為替の安定化」、「3.各国の金融政策の自律性」の三つ全てを同時に満たすことは出来ないという、国際金融システムのトリレンマ理論があるが、戦前の第一次グローバル化時代ともいうべき金本位制時代は1と2が満たされ、戦後ブレトンウッズ体制下では2と3が、そしてポスト・ブレトンウッズ期で第二次グローバル化時代の現在までは1と3が満たされている。

金本位制下においては貿易赤字の国は必然的に金融引き締めとデフレ政策を取らざるを得なくなり、国民生活は極めて不安定になる。

その反省から生まれたブレトンウッズ体制下では安定した経済成長が可能であったが、米国の国力低下からその体制は崩壊。

その代わりに米国主導で推進された金融と資本移動の自由化は、米国の貿易赤字をカバーしたが、必然的にバブルの発生と崩壊、その後遺症としてのデフレを生み出す。

本来なら米国は製造業復興による格差是正と輸入縮小、日独・新興国は内需拡大を目指すべきだが、富裕層に政治を牛耳された米国は格差是正の政策に取り組めず、他国は自由貿易とグローバル化による過当競争とデフレ圧力で賃金は伸びず内需は一向に拡大しない状態になっている。

結局全ての国がゼロ・サム的な外需獲得競争に走り、それが国際対立を激化させている。

 

第二章、デフレで苦しむ日本について。

根本的な不確実性の中で投資を行い、時間的にかけ離れた将来の収益に期待をかけるのが資本主義の本質。

ところがデフレ下においては、経済合理的に考えて誰も投資や消費を増やすことをしない。

資本主義の心肺停止とも言うべき異常事態である。

インフレ抑制のための金融引き締めは有効だが、「紐では押せない」という例えの通り、デフレ解消のためには金融政策は無力である。

民間以外の経済主体、すなわち政府が強力な財政出動を行わない限り、デフレからの脱出は絶対に不可能。

かつてジェームズ・ブキャナンら新自由主義的な経済学者は、民主主義体制でのケインズ政策は必ず放漫財政がはびこらせ、過度のインフレを引き起こす、と主張した。

ところが、現在日米欧の多くの先進国では有権者の多数によって、緊縮財政と「小さな政府」が支持され、一層のデフレ化と格差拡大が進んでいる。

なぜこんな事態が生じるのか。

圧倒的多数の国民を煽動しその利益に反する政策に同意させ、国際経済をバブルとデフレで不安定化して利益を得ているのは誰か。

それは実体経済と密接に関係する産業資本とは異なる、金融資本以外にあり得ない。

金融資本とその支配下にある情報産業が国家の統制に服さず、野放しになっているのが、現代世界の危機の根本的原因である。

内需縮小に苦しむ各国は海外進出と外需獲得競争に乗り出し、国際対立を激化させ、結果新自由主義的政策は先祖帰りして、世界を重商主義的競争に引きずり落としてしまった。

 

第三章、中国とヨーロッパの危機について。

中国の高度成長は低賃金と外資導入によって成し遂げられたもので、内需主導型で社会格差を縮小させつつ進んだ日本の高度成長とは異なる。

国民統合が未成熟な中国では、国内格差拡大を是正するための政策には漢民族と非漢民族だけでなく、漢民族同士の間にも同意が得られない。

現在EUで起こっているような国際対立が、中国では一国の地方間で起こっている。

表面的なGDP成長率の高さにも関わらず、中国は常に分裂と破綻の危機と隣り合わせにいる。

 

中野  ・・・・・結論から言えば、ケインズ主義的な不況対策というのは、国民統合された福祉国家でないと機能しないんですね。・・・・・マクロ経済管理ができない国はグローバル化してはいけなかった。中国やロシアなど、日本人が羨ましがっていた「成長する新興国」は、マクロ経済運営に必要な条件もないのに、グローバル経済に接続されてしまった。防波堤なしで荒波にさらされているという状況なのに、日本人はそのことを全然知らないんですよね。

 

柴山  明治以降の戦前の日本も、ほとんど準備もないままにグローバル経済に接続されて、大混乱に陥りましたからね。経済格差は広がるわ、戦争はしなきゃいけないわ、財政は常にピンチだわという状況のなかで、結局、国はもたなかったですからね。

経済発展が大事ってみんな言いますが、その前にまずしっかりとした国家が形成されるプロセスが必要なんです。政治学でも、最近ようやくネイション・ビルディングとかステイト・ビルディングという概念が注目を集めている。日本語で言えば「国づくり」ですね。

経済の発展以前に、きちっとした信頼できる政府が存在すること、市民社会で一定の法の秩序やルールが守られていること、また政府と市民社会の間に企業や地方自治体、あるいはメディアや業界団体などの中間集団があって、それらが複雑に連携して秩序を形成している。そういう条件が整ってこそ国家は安定するし、政府の経済政策も、社会政策も有効になるということなんですね。

 

中国の発展を必然視し、対中宥和を説く左派も(こんな連中もほとんどいなくなったが)、同じく中国の高度成長を既成事実として(秘かに嫉視しつつ)脅威とみなし、対中強硬論と日米同盟を絶対視する右派も(こちらは腐るほどいる)、どちらもどうかしてますよ。

私は、日本が近い将来危機に陥った中国に対して、かつての円借款のような経済援助を(「日中友好」などという空疎なお題目ではなく、隣国の大混乱の影響が及ぶのを防ぐという、日本自身の国益のために)行う必要が出てくるのではないかとさえ思っている。

(南北統一後、莫大な負債を背負い込み、現在のいびつな外需主導型経済発展が破綻することが確実な韓国に対しても同様。)

 

 

第四章、経済ナショナリズムの思想について。

歴史学派経済学のリストが唱えた保護主義は正統派経済学からは異端視されているが、それへの再評価を述べる。

この章で最も重要な主張は、保護主義と重商主義とは違うということ。

重商主義はある特化した分野に資源と保護を与えて外需を獲得することを目指すもの。

保護主義は鎖国主義でも自給自足主義でもなく、国民国家の長期的で安定した繁栄のためにバランスの取れた経済発展を主張するもの。

貿易自由化と国際競争力強化を金科玉条とする新自由主義は、むしろアダム・スミスが批判した重商主義に近い。

労働、農業、環境など本来馴染まないものにまで市場化が強行された結果、社会に甚大な弊害が及んでいる。

歴史的に見ても、アメリカが世界一の工業国になるまでは世界で最も保護主義的な国であったし、帝国主義の背景を成す大不況は第一次グローバル化時代とでもいうべき時期に起こった。

さらに保護主義が1930年代の大恐慌をより悪化させ、世界大戦の原因になったという定説は根拠が薄い。

財政出動と内需拡大によって、帝国主義的対外進出と市場獲得競争を避けようとするケインズ政策は、むしろ一定の保護主義とセットになっていなければ効力が弱まる。

グローバル化で貿易と資本の自由化が進みすぎて、ケインズ政策の効果が薄まり、そのうち財政難に陥る危機が、日本を含め世界を苦境に導いている。

 

 

 

素晴らしい。

時事的なテーマについての対談本というと、いい加減なものも多いが、本書は全く隔絶した内容を持っている。

2011年刊行だが、中身はいささかも古びていない。

この記事で触れなかった部分でも様々な叡智に満ちた知見を得られる。

是非お勧め致します。

2015年2月23日

西部邁 『文明の敵・民主主義  危機の政治哲学』 (時事通信社)

Filed under: 史論・評論 — 万年初心者 @ 06:49

単独で記事にしたことは今まで無かったが、すでに他の記事の中で本書の記述からは頻繁に引用しています。

『ローマ人の物語』最終巻ではローマ帝政の民主的性格とその評価について、木崎喜代治『幻想としての自由と民主主義』では「知性に適用された平等理論」と多数決制の欺瞞について、ユーゴー『レ・ミゼラブル』では「共和政」の真の意味について、引用文10では保守主義者にとってのケインズとハイエクへの評価について。

著者の思想全般が平明に述べられているだけでなく、表現はますます研ぎ澄まされており、具体的な史実や人物への言及が多いのも長所。

私が引用しなかった部分でも、メディア論・大衆論・総力戦論・近代論・天皇論について貴重な知見に満ちています。

出来れば手元に置いて、じっくり読み込むのが望ましい。

それだけの価値は間違いなくある良書です。

 

ピープル(民衆)の健全さをそのコモンマン(庶民)としての性質に見出すなら、民「主」とか、それをさらに「主義」にまで昇格させて民主「主義」とか言い表すのは、いかにも異常だというほかありません。

民衆「主権」というのは「民衆を大事にする」という一般的な姿勢の誇張した表現だ、というのはわかります。民主「主義」というのも、強い意味ではなく、態度の一般的方向を強調するための誇張だというのもわからぬではないのです。しかし、現代日本で民主主義というと、ほとんどイムペラティヴ(命令的)であり、民主主義という言葉は政治言語の世界におけるイムペリアリスト(帝国主義者)のように我が物顔なのです。

デモクラシー(民衆政治あるいは民衆支配)はあくまで「多数参加と多数決」という政治の「制度」としてとらえるべきです。その制度が価値として肯定されるについては、民衆が庶民の常識を手放してはいない、という条件がなければなりません。その条件があれば、経験知・実践知という人間にとって最も質の高い精神のはたらきにおいて、民衆はいわばアリストス(貴族つまり最優等の者たち)になります。

誇張を恐れずにいうと、民衆政治を礼賛できるのは、「民衆という貴族」の存在を想定できる場合に限られます。精神のアリストクラシー(貴族政治)だというのなら、民衆政治に異を唱えることなどできる相談ではありません。それを民「主主義」としてもてはやすのは当然だ、ということになるかもしれません。

しかし、自分らは主権者だ、だから自分らの主権を政治の「主義」(イデオロギー)とするのは当たり前だ、といいつのることそれ自体が、すでにして常識を逸脱しております。

それは、民衆がみずからをオムニッシェント(全知)ととらえるという意味で、アロガンス(傲慢)の咎に当たります。アリストクラシーつまり貴族政治が失敗したのも、たかだか「財産と地位」を持っているだけのことで、自分らを「アリストス」(最優等)とみなす「カキストス」(最劣等)の振る舞いをしたからです。「財産と地位」をすら持たぬ民衆が最優等者を自称するのは、まさに烏滸[おこ]の沙汰という以外に表現が見当たりません。

そういう愚行をなすことをデモクラティズム(民主主義)と名づけ、デモクラシーと一線を画すべきだと思われます。第二次欧州大戦の覇者ウィンストン・チャーチルは、民衆政治への信と疑の両方を込めて、「デモクラシーは最悪のものより少しよい政治制度にすぎない」といいました。しかし、それとて曖昧にすぎる言い方です。民衆政治にかんする制度論がデモクラティズムという価値論になってしまえば、最劣等の政治がもたらされるかもしれないのです。

それは、単に、民主主義が民衆の傲慢の咎ゆえにオクロクラシー(衆愚政治)やモボクラシー(暴民政治)をもたらす、というにとどまりません。すでに・・・・・[帝政ローマやフランス革命において――引用者註]みたように、衆愚や暴民がみずから進んで民主主義を独裁主義に転化させたという事例に、世界の政治史は事欠かないのです。

2014年11月22日

中谷巌 『資本主義はなぜ自壊したのか』 (集英社文庫)

Filed under: 史論・評論 — 万年初心者 @ 07:40

直接的には世界史に全く関係無いが、いつものことですのでご容赦を。

構造改革、規制緩和政策の旗振り役だった経済学者が、リーマン・ショック後に書いた転向の書。

前半三分の一ほどのみ精読。

内容は、新自由主義とグローバル資本主義批判。

情報の不完全性を利用し、社会的強者が情報を自ら創り出し、自己実現的予言を成就させ、私的利益を欲しい侭にする。

財力による政治の支配と言論の自由の形骸化が進行し、手続き上は民主的だが、ごく少数の富裕層優遇政治が続く。

(個人的には、それは真の民主主義が損なわれているというより、所詮民主主義とはそのようなもので、不可避な成り行きに思える。)

IT革命による情報の共有といっても、それで広まるのは、データ的な形式知のみで文脈的な暗黙知はネットには載らない。

政治による規制・監督を逃れるグローバル資本は、バブル破裂後の恐慌と格差拡大、環境破壊をもたらす「悪魔のひき臼」(ポランニー)だ。

こうした前半部の論調自体には全く違和感無し。

ただ、後半の文明論は少々感心するところもあれば、やや首を傾げる部分もあり。

経済学批判としては、西部邁氏や佐伯啓思氏、中野剛志氏の本の方がいいと思います。

2014年7月8日

山崎正和 『世界文明史の試み  神話と舞踏』 (中央公論新社)

Filed under: 史論・評論 — 万年初心者 @ 16:06

「アステイオン」誌で、副題の方をタイトルにして連載されていた文明論。

連載中から斜め読みはしていた。

著者は『鴎外 戦う家長』『不機嫌の時代』等の著書を持つ評論家・劇作家として有名。

本書では、シュペングラー、トインビーハンチントンらとは異なり、地域・民族ごと別個に成立し、盛衰を繰り広げる有機体としての文明という考え方を否定している。

独立した複数の「文明の衝突」ではなく、統一的な世界文明誕生が現在の状況でありそれが先史時代からの一貫した趨勢だとされている。

例えるなら、文明は様々な要素の束のようなもので、言語のみやや例外だが、他の要素はすべて切り替え可能なもの。

ここで二つの概念が登場する。

「する」身体=目的連鎖・画一化・集団性・「世界開豁」。

「ある」身体=自己目的・異質化・個別性・「世界洞窟(閉塞)」。

(前者が仕事や産業、後者が芸術・スポーツ・宗教を含むと書かれていた気がするが、こう単純化するのは誤読かもしれない。)

人権思想の淵源は、天賦人権説では説明がつかず、“「ある」身体”という概念の発見にあるとされる。

そしてそれは王権の世襲が契機となっており、「至高至尊の王」という考えから、それ自体尊重されるべき「ある」身体というイメージが生まれ、それが人権思想に繋がる。

王権神授説と天賦人権説は表面上正反対だが、「ある」身体という考えから見ると同種類のもの。

前近代における政治的抑圧は、「する」身体の王が、「ある」身体の臣民を抑圧していたという解釈を著者は採る。

貴族特権が普遍化して国民の権利となったという説明は聞いたことがあったが、この考えは新鮮である。

本書前半はこの両概念を使って、ベルクソン、デュルケーム、カントなどを引用しながら、意識・言語・神話・宗教・道徳・文字・国家・技術の起源を考察する。

全く訳がわからないということはなく、とりあえず文脈は追えるが、私の知的レベルを超える話なので、ひとまずあー、そうですか、と言っておくしかない。

メモするのも面倒なので、省略(すみません)。

後半部は、やや具体性を増した比較文明論。

本書では、いわゆる近代西洋文明の制覇にそれなりの理由を認める。

これを西洋中心主義・近代主義の偏見であるということに著者は同意しない。

5万年の人類史から見れば、近代化の期間を極限まで長く取り、前5世紀のギリシアから19世紀の英国までとしたとしても、全人類史の20分の1の期間に過ぎないとしている。

なお、後半で一番参照されている本は、中央公論社「世界の歴史」シリーズ旧版なので、前半よりレベルが急に下がった感がして、非常に読みやすい。

ここでのキーワードは「文明の『雑種強勢』」。

ヘレニズムとヘブライズムの複雑な混交と融合がヨーロッパ優位の根源。

それに対して、エジプト古代宗教、ゾロアスター教、ヒンドゥー教、儒教、道教は、「雑種交配」せず。

仏教はやや微妙だが、迫害による聖俗両権の分離などは起こさず、権力者の支持次第に盛衰を繰り返した。

世界文明にとって残念だったのは、中国とインドの世界観の雑種交配が生じなかったことであり、とくにせっかく母胎の民族を離れた仏教がたとえば儒教と化学反応を起こさなかったことであった。仏教の深遠な世界像と儒教の現世的な倫理学がもし結びついていたら、あるいはその結合の困難さに多くの知性が深く懊悩していたら、アジアはたんに地理的な単位に終わることなく、ヨーロッパと並ぶもう一つの文明世界になっていたかもしれない。そんな妄想を誘うのは、ユーラシア大陸の東辺に日本という小国があって、そこでささやかな実験がおこなわれていたからである。

日本では神道・仏教・儒教の混合宗教が生じ、小規模ながら雑種強勢の歴史があった。

しかし、アジアの中心・中核である中国にはそれが生じなかった。

ついでながら世界文明史にとって惜しまれるのは、中華帝国が唐代に世界文明を育む空前絶後の機会を迎え、しかし結局はこの好機を永遠に逃したことである。

シルク・ロードと首都長安の繁栄、風俗文物の東西交流、儒教・仏教・道教・マニ教・景教(ネストリウス派キリスト教)・ゾロアスター教・イスラム教の並存があったものの、しかし官製の儒教教義固定化が起こり、仏教・道教との争いも思想上ではなく朝廷の恣意によって決着がつけられ、「夷教」の漢人への布教は進行しなかった。

ユーラシアの東端(中国・日本)と西端(ヨーロッパ)では、巨視的に見て、東は連続性、西は流転と混乱・再生が顕著である。

ユーラシア中央部の騎馬民族による攻撃が西へは過酷、東へは穏和だったという偶然も作用し、さらに西にはイスラムというもう一つのライバルが近隣に生まれたことも大きかった。

西洋文明は、ギリシア合理主義とヘブライ一神教の本格的融合による雑種強勢を得て、ロシアや南北アメリカにも広まる。

イスラムと中国では、科学について過度の技術実用志向と無関心の間を揺れ動いたのに対し、キリスト教的ヨーロッパでは宗教教義による科学への抑圧と同時に、(根本的原因である神意を前提とした上での)「近接原因」への関心があり、それが近代を導くことになった。

極めて巨視的な解釈として、西洋文明の優位を認め、近代の擁護に傾く著者であるが、もちろんその問題点も見逃されていない。

私は啓蒙主義者の楽天主義に与する者ではないし、神を否認する人間中心主義者でもないが、現実に生きる人間を尊重し、そのために適切な社会を守りたいと祈念する一点で、自分が啓蒙主義者の末裔と呼ばれることを避けるものではない。

しかしそれと同時に私が懼れるのは啓蒙主義の倫理的な傲慢さであって、正義の根拠を人間の理性が与えうると信じる迷妄である。

トドロフもいうように、正義の理念は神のみが与えうるという思想も独善的だったが、それを人間の理性が決めうるという思想はさらに根拠を欠いている。トドロフは理性が善のみならず悪にも奉仕するという理由でこれに反論しているが、私は正義の観念が現に歴史的に変遷し、しかも真に有効に働くためにはいわば人間の身につき、慣習にならなければならないという点を注意しておきたい。

「殺すな」「盗むな」という正義がかくも強力になったのは、それが神話時代から人類によって引き継がれ、さらに個人が幼少時からの教育によって身体に植えつけられているからだろう。これにたいしてフランス革命、ロシア革命、中国革命があれほど凄惨な流血を見たのは、一時期の理性が極端に独善的になり、長年の「ある」身体の慣習を麻痺させたからだと考えられる。理性は無時間的に働くのにたいして、正義の観念は共同体の慣習、身体の慣習という二重の意味で時間のなかでのみ熟成する。このずれは進歩の速さを尊んだ啓蒙の時代、さらにそれを継承して変化を急ぐ現代においてすでに深刻であり、二十一世紀の社会でさらに重大さを増すと思われる。

道徳をめぐって、神に代わって理性を崇め、それに行動の基準と第一原因を求める、ルソー、カント、ロールズらの試みは破綻している。

理念的原初状態で一切の他律を排した個人から出発するという通念ではなく、最初から共同体に組み込まれた個人、物語と慣習に根ざす道徳を主張する意味で、著者はマイケル・サンデルなどの共同体主義、啓蒙主義以前のアリストテレスにまで遡る伝統的人間観を肯定している。

しかし、現代社会では、利益目的の細分化された「物語」が人為的に大量生産され、道徳の基盤を揺るがし、個人がアトム化され、慣習の規範を脱した非道徳な群衆と化している。

そして現在の「高度情報化社会」が、実際には史上最悪の衆愚社会と化す危険性を以下のように鋭く指摘。

電子媒体のより深刻な文明上の問題は、こうした感情的、断片的な情報の氾濫に人びとが慣れ、結果として論理的、体系的な思考法を面倒がるようになることである。すでに多くの先進国でいわゆる「活字離れ」が進み、書物や雑誌はもちろん、新聞でさえ売れ行きを減らしているといわれる。そこにはたんに長文を読むことを億劫がる風潮も見られるが、同時に疑われるのは長文を書くような職業的著者への不信、広く古典や専門的知識人の権威にたいする反感が潜んでいることである。控えめにいっても、選ばれた個人の思索の跡を受動的に読まされるよりは、知的に同等の仲間とブログの広場で喋りあうほうが楽しい、という漠然たる気分が人びとを書店から遠ざけているのではないだろうか。

ここに現代の商業主義が加わり、広告料という経済問題がはいりこむと事態は決定的に悪化する。・・・・・今日、大きな報道機関に期待される最重要の役割は、それが自己の責任において情報に署名をつけるということである。情報の真偽についてはもちろん、無数の情報のあいだの重要性の価値づけ、いいかえれば社会が何を知るべきかという指針を、日々みずからの名前を賭けて明示することである。自由な社会では報道機関の選択にも競争が生じ、そのなかでやがて情報は淘汰されて一つの漠然とした統一像を結ぶ。一般市民はこの世界像にもとづいてそれぞれの価値判断をくだし、自己の社会的、政治的な態度を決めるところから民主政治への参加を始めるのである。

したがってもしこの社会において情報選択の専門機関が衰え、署名つきの編集された情報が乏しくなるとすれば、人類は流言蜚語の氾濫に飲みこまれるだろう。人びとは地域や自分の嗜好にしたがって偏った情報にのみ耳を傾け、世界全体の状況について感覚麻痺(アパシー)の状態に陥るかもしれない。逆にまったくの偶然から共有された不確実な情報を妄信して、政治的なポピュリズムやファシズムへと暴走するかもしれない。現実にこれが2011年以前の中東の置かれていた状況だが、情報媒体の変化という一点だけを見れば、これは先進国を含めた全世界の将来像であるかもしれないのである。

内容豊富なので、全体をノートするのは放棄しました。

特に芸術論などの記述は完全に省略した。

全く何を言っているのかすらわからないという部分は少ないが、やはり難しいところがある。

しかし、上でメモしたような興味深い部分もあり、そこそこ面白く読める文明論。

初心者でも挑戦する価値有りです。

2014年6月26日

西部邁 『昔、言葉は思想であった  語源からみた現代』 (時事通信社)

Filed under: 史論・評論 — 万年初心者 @ 16:01

政治、経済、社会、文化の四分野について108の術語を取り上げ、副題の通り、その語源から本来の意味を論じていく本。

非常に豊かな内容を持ち、様々な場合でのものの考え方の基本を築いてくれる作品となっている。

じっくり取り組む価値のある良書。

 

 

大衆(mass)

「マス」(mass)という英語に「大衆」という日本語を当てたのは、返すがえすも残念な成り行きでありました。マスというのは、砂山や穀物山のような「ばらばらな個の巨大な集積」のことです。現代社会はマス・ソサイアティ(mass society)とよばれます。それは、デヴィド・リースマンの「孤独な群衆」という表現に端的に示されているように、大量[マス]ではあるが団塊としてくっつき合ってはいない人々の群れ、というイメージなのです。

しかも社会学の用語としてのマスには価値論的な含意が、といっても負価値が、込められています。「財産と教養を持たない」貧弱で粗雑な連中、あるいは「自立心を持たずに世論の人気に流される」弱気で甘ったれた手合、といった人々の群れがマスなのです。もう少し理屈っぽくいえば、その時代のイデオロギーに、近代でいえば技術主義のごとき観念体系に、何一つ「懐疑[スケプティシズム]」を差し向けずに、それに馴れ親しんでいる自分についていささかも「考え深く[スケプティコン]」はないこと、それが「マスマン」(大衆人、mass man)の特徴なのです。

ところが日本語で「大衆」というと、単に民衆の代替語であり、要するに、漢語に従って、「手足を広げた」(大)人々が国家という「家の屋根」(「血」)の下に「三人も」(・・・つまり「多数」も)いるということを意味します。要するに、通常人[コモンマン]の群れ、それが大衆なのです。だから、それには価値論的な意味が付されていません。いや、民主主義における人間礼賛[ヒューマニズム]のイデオロギーが支配するこの時代では、大衆は正価値を担っております。それゆえに、「大衆の声を聞け」などという口上が到る処で聞かれるのです。

ホセ・オルテガの『大衆の反逆』という本の題名だけをみて、「悪しき権力に良き大衆が反逆している」という光景を思い描く者が少なくありません。笑止千万の話です。彼が論及したのは「社会を統治する能力を持たない大衆が、自分らの限界に反逆して、社会の統治に乗り出す」という蛮行についてでした。

ともかく、負価値のマスが(この列島で)正価値の大衆に変じる、というのは文化における東西交流の嗤うべき行き違いではあります。

 

 

民衆政治(democracy)

ギリシャ語の「デーモス」(民衆、demos)は、英語として残っているだけでなく、「民衆的」ということを意味するものとして「デモ」が接頭語としてつかわれています。「デモクラシー」(democracy)がまさにそれで、「民衆の支配」を意味します。いえ、「クラシー」(cracy)は接頭語で、クラトス(力、kratos)がクラティア(制度的支配、kratia)となり、それが英語で「政治」や「制度」にかかわる接尾語としての「クラシー」(cracy)になったわけです。

いずれにせよ、デモクラシーは「民衆政治」に対応します。それを「民主主義」と訳したのは誤訳に近い、ということに留意しておかなければなりません。「主義」という日本語の接尾語が強すぎる、といいたいのではありません。「イズム」は何らかの「強い態度」のことといえましょうが、その程度は教義から慣例までの広範囲にわたっています。民主主義という訳語で問題になるのは、民主における「主」であります。それは「サヴリンティ」(sovereignty)あるいは「サヴリン・パワー」(sovereign power)のことで、日本語では「主権」と訳されています。そして主権とは何かとなると、サヴリンティつまり「崇高性」のことで、サヴリン・パワーならば「崇高な権力」のことだとなるのです。崇高は何を意味するのかと問われたら、誰しも絶大、絶対、超越といった類の言葉をつかって説明するほかないでしょう。

民衆が「崇高、絶大、絶対、超越」の存在であると聞いて首をかしげないとしたら、その人は愚か者もしくは嘘吐きです。

民衆にかぎらず、人間はすべて真に達しようと努めても偽を克服できず、善に満たされたいと願っても悪から脱出できず、美を表したいと望んでも醜を伴ってしまいます。その意味で人間は不完全[イムパーフェクト]です。

十八世紀、啓蒙主義の時代に、知識人たちは人間の「パーフェクティビリティ」(完成可能性、perfectibility)のことを頻繁に口にしました。それがヒューマニズム(人間礼賛の思想、humanism)です。しかしそれは、人間性を神に代位させようとする迷妄であったとしかいえません。「崇高」の観念は必要でしょうが、「崇高な物や者が実存する」と考えるのは軽率の咎というべきでしょう。

古代ギリシャでは、デーモスはオクロス(衆愚、ochlos)になっていくのではないか、さらにアリストス(最優等者としての「貴族」、aristos)とは反対の者、つまりカキストス(最劣等者、kakistos)になってしまうのではないか、と懸念されていました。だから、ソクラテスとプラトンによって始められた(といってよい)政治学は、古代アテネにおける民衆政治にたいする疑念を表明したものだったのです。それが、現代政治学では民衆政治への礼賛のほぼ一色で塗り固められています。こういうのを歴史の皮肉というのではないでしょうか。ギルバート・チェスタトンの警句に倣えば、「無知は、物を知っていると思っている人間を襲う、病気だ」ということになりましょう。

漢語の「民」もまた、原義としては、「目を潰された人」つまり「物事のわからぬ人」ということです。「衆」は「家の下にたくさんの人々がいる」ということの象形ですから、「民衆」とはまさに「衆愚」のことをさす、ということになります。

古代のギリシャ人や中国人の民衆観が正しかったと断言したいのではありません。

民衆の振る舞いに疑惑を抱かずに、彼ら(つまり我々)を主権者とみなして皆で拍手しているというのは、それ自体として、最劣等の証拠だといっているだけのことです。

デモクラシーを民衆政治と素直に訳していたなら、主権という余計な規定が排されているため、それは第一に「民衆という名の多数者が集団の意思決定に参加する」ことであり、第二に「その決定を多数決で行う」ことである、と明解に定義されたでしょう。つまり、政治における「民衆制」は「多数参加と多数決制」という一個の決定方式にすぎないのです。方法にすぎないものを理念にまで昇格させるのに、民「主」主義という日本語が大いに寄与した、と認めざるをえません。そのせいもあって、戦後日本では、民衆政治への懐疑を表明するのが禁句になってしまいました。

いえ、日本における以上にそれをタブーとしてきたのはアメリカです。日本のいわゆる「戦後民主主義」とて、占領軍からいわゆる「アメリカン・デモクラシー」を有り難くも授けられた、という敗戦国にありがちの従属・属国の姿勢によって強化されたものです。アメリカにおいて、なぜ、デモクラシーが「デモクラティズム」(民主主義、democratism)となったのか、問われるべきはそのことです。

その答えは、壮大な社会実験として建国されたアメリカでは、三百五十年近くの自然時間が経過していようとも、歴史時間の意識が乏しいという点に求められます。つまり、その間に貯えられた過去の国民的な英知を大事にしようという意味での歴史の感覚が貧しいということです。そうであればこそ、アメリカでは、「トラディショナリズム」(伝統主義、traditionalism)は、あくまで、因循姑息という悪い意味の言葉としてつかわれています。とくに、1830年代の(アンドリュウ・ジャクソンの)「ジャクソニアン・デモクラシー」のあと、トックヴィルが見抜いたように、アメリカは西欧の伝統からみずからを切り離しました。で、アメリカは近代で最初の大衆社会となりました。マスとは「デモクラティズムを信奉するデーモスのことだ」と定義したくなるくらいのものです。

前章の「伝統」および「処方箋」の項で示したようにトラディッションが国民の認識と実践のプレスクリプション(予規定、prescription)となるとわきまえているなら、主権の概念に新たな光を当てることができます。つまり、「崇高な権力を宿すのは伝統である」という見方です。伝統がその国の死者たちが残した歴史の「ウィズダム」(智慧、wisdom)であることをさして、チェスタトンは、大事なのは「死者の民衆政治」なのだ、と比喩しました。この感覚が乏しい先進国の代表、それが太平洋両岸の日米両国だ、といって間違いありません。

 

 

 

民衆煽動(demagogy)

大衆政治が大量(情報)媒体によって膨張と破裂を繰り返すようになると、そこに「デマゴギー」(民衆煽動、demagogy)が強く作用していることに多少とも気づかされます。

・・・・・・

ほとんど確認されることがないのは、「デマ」とは何か、それはデマゴギーのデマである、つまり「民衆的」ということである、という一事です。まとめていうと、「民衆政治[デモクラシー]にあって民衆[デーモス]は嘘話[デマ]による煽動[デマゴギー]に誑らかされやすい」という真実が、古代ギリシャにおいてすでに明瞭であったにもかかわらず、忘れられているのです。逆にいうと、そのことが広く知られていたなら、民主主義を礼賛する声がこうまで広くこうまで高くならなかったに違いありません。

民衆自身が、民衆的であることに主権までをも与えよと要求しながら、民衆的であることの証拠ともいうべきデマを楽しんだあと、デマはよくないと触れて回る、これが民主主義の偽らざる姿なのです。

・・・・・・

民「主」政治とは、大衆政治のことにほかなりません。

おのれらに主権ありと僭称することそれ自体が、民衆が堕落したことの証左です。

そして大衆は、伝統を足蹴にしつつ、自分らの欲求と意見を世論の運動として展望しつづけております。社会のあらゆる権力の座に自分らの代理人を送り込むのに成功したという意味で、「大衆[マス]の支配[クラシー]」はきわめて高度の段階に到達したとみるしかないのです。

2014年5月1日

西部邁 『14歳からの戦争論』 (ジョルダンブックス)

Filed under: 史論・評論 — 万年初心者 @ 09:09

2009年刊。

著者が持つ、先の戦争観、日本近代史観をわかりやすい形で述べた本。

以下、重要と思われる文章とその感想。

日米両国の太平洋決戦は大東亜戦争の一環でしたが、大東亜戦争そのものが、(林房雄という作家のいった)「百年戦争」の最終局面なのでした。欧米諸列強(とくにイギリス、フランス、オランダ、アメリカ、ロシア)のアジア植民政策が、徳川幕府時代の末期から日本列島にも触手をのばしはじめていたのです。それにたいして日本がいかに防衛体制を敷くか、という百年史のなかで、大東亜戦争は解釈されなければなりません。

その軍事体制が、終始一貫、自衛的なものであったと断言してはならぬでしょう。とくに、大正四年に出された「対支(中国)二十一ヶ条要求」の前後から、その軍略に「覇権的な武力発動」(としての「侵略」)の要素が少しずつ強まってきたことは否定できないでしょう。少なくとも、中国をはじめとするアジア諸国からみれば、その侵略性を打ち消すことはできません。ただし、そうしたアジア侵略(その側面)も、日本がわからすると、欧米のアジア植民地化が進めばその被害が日本にも及ぶ、という判断に立っての(当時の言葉でいえば)「自存自衛」の戦争であったという見方もあるのです。そのぶんを割引いて考えると、大東亜戦争を中心とする「百年戦争」において、日本の侵略度は、世間でいわれているほど大きくはないとみるべきです。私ならば、自衛度と侵略度の割合は七対三だ、というくらいで、この話を御仕舞にします。

たとえその割合であっても、侵略を受けたアジアの国々は、日本の過去にたいして、批判を逞しくしています。ましてや、その批判を強くすると日本の対アジア外交が(政治的姿勢のみならず経済的援助という点でも)いっそう妥協的になるとなれば、日本に「歴史認識」を正しくせよ、とアジア諸国(とくに中国と韓国)は迫ってきます。つまり「謝罪外交」を続行せよ、と要求してくるのです。

その要求に(ある程度)応じるのは、バランス・オブ・パワー・ポリティクス(勢力均衡政治)たらざるをえない外交の、必然というものでしょう。しかし限度を超えると、それは「国辱」であり、国辱の態度を続けるのでは日本の国益が害されます。

時間と努力を投入しながら、あの百年戦争が(基本的には)日本の自衛戦争であったのだ、とアジア諸国を説得していかねばなりません。それこそ歴史認識として、近代日本の戦争史における自衛的な色合はきわめて明瞭なのです。日本占領のGHQ(ジェネラル・ヘッド・クウォーター、総司令部)司令官のダグラス・マッカーサーですら(アメリカ議会の外交委員会で)そう証言しております。

また、対米戦争にしても、それがアメリカの策謀によって成り立った、日本にたいするいわゆる「ABCD包囲陣」(アメリカ、ブリテンつまり英国、チャイナつまり中国そしてダッチつまりオランダの四国による日本への輸出停止政策)への反発として起こったことは明らかです。1905年(明治三十八年)に終わった日露戦争で日本がアジアで頭角を現した直後から、アメリカが日本を仮想敵国とみなしはじめた、という歴史認識も正しいものだといわざるをえないでしょう。

このように整理してくると、百年戦争は「義戦」(「政治的正義の戦争」)であった、大東亜戦争もその義戦の流れにおいて戦われたものである、といってかまいません。その過程で生じた日本の軍略における軽率や傲慢は幾重にも批評されるべきでしょうが、それを延長させて、大東亜戦争が全体として侵略戦争であったとみるのは、はなはだしい間違いです。

さらに、日本人自身が日本国家の過去における軽率や傲慢を(批判を超えて)断罪するというのは、それ自体として、軽率にして傲慢な言動です。自分が当時の歴史的状況の中のただなかにいると想像してみたとき、自分はけっしてそのような軽率・傲慢を起こさなかったはずだ、と断言できる者がどれだけいるでしょう。人間の認識(および感情)は、自分のおかれている歴史的状況にかなり依存するのです。その状況から頭一つ抜け出ようと努力するのも人間ではありますが、その努力も虚しく、大概の人間は状況に大きく左右されるものなのです。

その意味での人間における「完成不可能と可謬性(間違いを犯す可能性)」を認めてかかると、現在の歴史的状況に立って過去の歴史的状況を断罪するのは論外というほかありません。その論外の議論ばかりがあふれてはや六十余年なのです。「戦後日本人よ、汝みずからの軽率・傲慢を知れ」といいたくなって当然です。

極めて巨視的な観点からすれば、以上のような史観に異論は無いが、現在の浅薄・矯激・単純・愚劣な世論状況を考えると、赤字で記したような部分はもっと強調されてしかるべきだし、国際的情勢から見れば上記の通りでも、国内的には、日本が先の大戦に向かう過程において、大衆民主主義の醜い弊害に押し流された側面が余りにも強いのではないかとの感は否めない気がする(言うまでも無く、こうした「民衆世論の暴走の結果としての軍国主義」を、自身も衆愚民主主義に冒されていることを自覚すらせず、よりによって民主主義の名の下に断罪した米国など戦勝国の史観にも、私は何の正当性も認めません)。

戦争責任のことをいうなら、あの戦争の始め方、進め方、終え方における日本の軍事関係者の政治的および軍事的な稚拙さや乱暴さを、日本国民みずからが追及するのが先決です。とはいえ、当時の日本国民の多数派は、その軍事について、歓迎したり容認したりしていたのですから、この追及の鉾先は鈍くならざるをえません。敗戦直後に「一億総懺悔」という言葉が流行りました。つまり、すべての日本人に「無謀もしくは拙劣な戦争をやった」責任があったということです。そう反省するのは、おそらく間違っていない態度でしょう。

とはいうものの、指導者はいわゆる「結果責任」をとらなければならない、といわれております。予想から大きく離れた甚大な不利益を国民が結果として被るなら、そんな指導を行った者たちは責任を免れないということです。この結果責任を国民自身が追及せずに、戦勝国に(東京裁判という似非の法律的審判で)肩代わりしてもらうというのは、たしかに不甲斐ない所業だ、と思っている日本人が少なからずいるのです。

私は、この種の戦争責任論にも半分くらい違和感を覚えます。政治家であれ軍人であれ、「与えられた状況」の中で、「限られた能力」によって、「何らかの動機」に駆られて、「結果の予測」を組み立てようと「努力」した上で、指導という「行為」をなします。その結果が失敗となったとき、責任を持つべき側面があるとしたら、「動機において不純」であるか「努力において怠慢」であるかの、いずれかもしくは両方、ということになるでしょう。少なくともその努力が最大限のものであったとしたら、そうとしか考えられません。

良き動機にもとづいて最善の努力をなした上での悪い結果ということなら、それを咎めることはできないのではないでしょうか。それを咎めるのは、政治家や軍人に完全な人間であれ、と無理な要求をするに等しいのです。完全性からあまりにも遠かったことについて自省するかどうかは、指導者本人の自由ということになりましょう。あの戦争の指導者の多くに不純な動機(たとえば地位や個人的名誉への執着)や怠慢な行い(たとえば情報の収集や解析における杜撰)があったことは否定できないでしょう。しかし同時に、苦しい状況のなかで能力一杯の予測をなした上での大敗北、というのがあの戦争指導者たちの普段の姿であったといえるのかもしれないのです。事前には指導者に喝采をあびせておきながら、事後には敗北せる指導者に石礫を投げるというのは、あまり褒められた振る舞いとはいえません。

明治期における対中国の日清戦争や対ロシアの日露戦争は立派であったが、昭和期の大東亜戦争は狂気の沙汰であった、というのはあまりにも単純な歴史観です。世界に帝国主義の嵐が吹き荒れている時代における「百年戦争」の最終段階、それが大東亜戦争でした。それゆえ、まずもって必要なのは、「時代の悲劇的な宿命」という観点です。自分が指導者であったら何をなしえたかと想像してみれば、自分もその世界規模の悲劇のなかであがくしかなかったのではないか、という思いを深くするはずです。

要するに、現在の状況に立ち現在の能力にもとづいて過去の歴史を裁断するのには、それ自体として不道徳の傾きがあります。言い換えれば、人は歴史のなかでしか生きられぬ、ということを軽んじているということです。指導者もまた戦争の犠牲者(生け贄)であったとみる心の余裕がほしいものだと私は思います。

この文章にはほとんど違和感無し。悲惨な敗北に終わった戦争に日本を押し流した「主犯」は、社会的上層部ではなく、民衆(の世論)だと私は確信しているので。そして形が変わっただけで戦前と同様に卑劣な衆愚世論で国家を脅迫・破壊する一般国民が(自らの世論の低劣さとそれがもたらす恐るべき危険には完全に無自覚のまま、上は天皇から下は一般軍人までの)「戦争責任」を偉そうに喋々するのを見ると、本当に穢いものを見たなという嫌悪感を抑えきれない。

「欧米の植民地であることからアジアを解放する」というのが大東亜戦争の大義名分でした。そして、実際に、インドネシアやビルマに典型をみるように、大東亜戦争が切っ掛けになって、アジア解放が進んだのです。

しかし大東亜戦争における「八紘一宇」(『八方』の諸民族が『一つの家』のなかで暮らすこと」)の理念は、かならずしもアジア諸国のナショナリズム(国民主義)を尊重するものでありませんでした。つまり、アジア解放のあとにアジア地域はいかなる国際関係におかれるべきかについて、日本帝国は十全な配慮をしていたとは考えられないのです。アジアを資源供給地なり市場開拓地として位置づける、という日本の自民族中心主義が露骨であった、次第にそうなっていった、とみざるをえません。

それにたいしアメリカは「自由民主」の理念をアジアに与えようとしました。簡略化していうと、「八紘一宇」と「自由民主」の理念の闘争において日本は敗れた、ということになります。もっというと、「自由民主」は植民地主義からの「民族独立」とアジア国際社会における「民族自決」といううるわしい未来観につながっていったのです。それで、日本の掲げた「アジア解放」も色あせたものになり、さらに「自由民主」が「解放後のアジア」に何らかの理念を与えてくれる、という錯覚が広まっていきました。

そもそも、人種的、言語的、宗教的、習俗的にこうまで異なったアジア諸民族を「一宇」に、いいかえるとアジア共同体(感情的な一体感につらぬかれた集団)に、まとめ上げるのは無理といわなければなりません。アジアはコミュニティ(共同体)になりえず、せいぜいのところ、緩やかなアソシエーション(連合体)になれるだけのことでしょう。この点における楽観が、日本が理念においても敗北したことの最大因ではないかと思われます。

もちろん、自由民主「それ自体」はかなりに空疎な観念です。国民の歴史にもとづく秩序がなければ、自由なんかは単に無秩序を招くだけに終わるでしょう。また国民の歴史感覚にもとづく(流行の世論ではなく)歴史的な常識としての輿論がなければ、民主(という名の多数決制)は人民の野放図な欲望や行動を正当化するだけのことになりましょう。つまり、自由民主主義を健全なものにする基礎的な条件、それはナショナリズム(国民主義)にあるということです。

アメリカのいう自由民主はあくまでアメリカ流の生活と国家の押しつけで、すぐそのことが、二十世紀後半の時代が進むにつれ少しずつ明らかになってきました。今でいえば、アメリカの自由民主は「アメリカニズムをグローバル化させること」つまり「アメリカ流儀による世界画一化」にすぎません。

しかしそのことが、六十余年前には広く知られてはいませんでした。ヒストリカル・イフ(歴史がもしそうであったならという仮想)を語ってみれば、日本がアジア諸国にたいしてもはっきりと国民主義(にもとづく自由民主)を提示していれば、日本はアジアをもっと強くリードすることができたでしょう。たとえ武力においてアメリカに敗れても、理念においてアメリカよりも優位に立つことができたに違いありません。

だが、自由民主は日本国内にあってすら、まだ理想の段階にあると思われていたのです。そうであればこそ、敗戦日本人の多くはアメリカ占領軍を「解放軍」とみなしたのでした。つまり日本人民をいわゆる「天皇主義」の抑圧から解放してくれる軍隊と誤認する、という愚かしい意見と行動が敗戦直後のこの列島に広がったのです。

日本を含めアジア諸国の解放と(それに続く)自立の道はナショナリズムのほかにはありません。ただし、そのナショナリズムは、自国についてのみのことではないのです。他国のナショナリズムをも認めてかかる以上、それは安定した国際環境をアジア地域に作り出す、ということを意味します。

前半にある、この程度の自省すら「自虐的」として悪罵を投げかけるような連中は、保守派でも何でもなくただの愚かな右派的ポピュリストだ。

そしてそんな連中に限って、後半のような自由民主主義に対する懐疑など全く持ち合わせていないのだから、もう心底からの軽蔑を込めて嗤うしか無い。

第二次世界大戦は、アメリカとドイツがそれを主導したことによって、自由主義と全体主義との戦いというイデオロギー戦争となりました。ここでイデオロギーというのは疑われることのない「固定された考え方」ということです。アメリカは建国以来、そしてドイツはナチズムの勃興を通じて、国家や国際関係を「特定理念(アメリカは「自由民主」、ドイツは「民族の団結」)をめざす合理的設計」の対象としてとらえました。それらの単純思考がイデオロギー戦争をもたらしたといってよいでしょう。政治的主張のために何千万名もの人命が損傷されたのですから、その狂気の度合たるや、まことに大きいというほかありません。

それは一部の軍国主義者の策謀によるものなんかではありませんでした。各国の世論が戦争を熱烈に支持したのです。民主主義は世論に根差す政治で、世論は人気によって煽り立てられやすいものです。そのことを忘れてはなりません。そして戦争にあっては、「生と死」そして「友と敵」を明確に区別しなければならないのです。そういう状況が「人気」の火に熱狂の油を注ぐことについては、多弁を要しないでしょう。

そういう因果のなかで、近代の戦争は政治宣伝の体制を異様に発達させます。第二次世界大戦では、「ラジオと映画」の影響が社会の隅々にまで浸透したのでした。今ではテレビとインターネットが、つまりテレ(遠方から)のビジョン(映像)が、そこに登場する「識者」や「専門家」のたわいのないお喋りの音響とともに、民衆の脳髄にまで突き刺さってくる始末です。その宣伝において、戦争にかんするデマ(集団的な嘘話)が流布されます。つまり「デマ」ゴギー(「民衆」への煽動)が情報メディアを通じてばらまかれるのです。銘記すべきは、デマ(嘘話)は「民衆」という意味だということです。古代ギリシャの昔(二千六百年ほど前)から、デモクラシーは、デマをたっぷりと含むデマゴギーによって熱狂させられることが多い、とみられていました。現代人はそれをすっかり忘れてしまいました。民主主義に疑念を抱くことを暗黙のタブー(禁忌)としている、それが現代人だからです。正確には、西欧社会にはデモクラシーへの懐疑が少しは残っているようですが、アメリカはそれを信仰しております。アメリカに屈従した戦後日本はその信仰を習慣にまで仕立て上げているのです。

フリードリッヒ・ニーチェという哲学者が、十九世紀の終わりに、「現代は“三つのM”によって動かされている」と喝破しました。「三つのM」とは「モーメント(束の間)のモーデ(気分)のマイヌンゲン(世論)」ということです。

戦争では「三つのM」が盛大に動員されます。その意味でなら、戦争期においてこそ、人間というものの本質が剥き出しにされます。つまり公心では、国家の行く末をめぐって、(正義の過剰としての)横暴、(勇気の過剰としての)野蛮が目立つといってさしつかえありません。そして私心では、生命のことをめぐる(思慮の過剰としての)臆病と(慎重の過剰としての)卑怯が高まるのです。

まことに矛盾多き厄介な動物、それが人間だと絶望したくなって当然です。そんな代物が戦争をやれば、大いなる可能性で酷い事態になると予想できます。その意味でなら、「戦争反対」の決まり文句にも言い分がありましょう。

しかし、現代における戦争反対の声は、人間を厄介な代物とはみておりません。それは、「素晴らしき性質を有した人間たち」の生命を守れ、という偽善・欺瞞の科白だときています。人間性に称えられて然るべき性質がないわけではありません。しかし、人間はけっしてサヴリン(崇高)なものではないのです。それゆえ民衆にサヴリン・パワー(主権)を授けるとする「民主」の人間観は根本的に間違っています。主権を授けるに値するものがあるとしても、それは民衆それ自体ではなく、民衆が背負っているかもしれない歴史な知恵のほうなのだと考えなければなりません。

「多数参加の上での多数決」という政治制度を排せよといっているのではありません。戦争にかんして熱狂を逞しくするほどに危険なものだ、とわきまえている人々によってその制度が運営されなければならないといっているだけのことです。

かつての空想的平和主義の裏返しのような、軽薄・低俗・卑劣な好戦論が跋扈している現状では、上で赤字にしたような、保守的な非戦論(というか厭戦論)に自分がますます近づくのを感じる。

戦後日本人は、まだ、「冷戦」のなかにいるつもりのようです。つまり、世界は自由民主主義圏と全体主義圏とに分かれていて、両者のあいだに(「熱戦」への傾きを秘めた)冷戦が繰り広げられている、とみるふしだらな思考習慣から脱け出せないままでいます。

違うのです。すでに指摘したように、自由はその国家の歴史的秩序のなかでのみ意義あるものとなります。民主の意味も、その国家の歴史的な輿論に支えられていなければ、失われていきます。なお、ここで「輿論」というのは、社会の輿[こし](台)をなしている庶民に伝えられてきた常識のことです。それはマスメディアに煽られる流行の「世論[せろん]」とは異なるものだということをおさえておきましょう。

自由民主主義の代表国たるアメリカに追随しているのが反社会主義的だ[引用者註――初版本原文には「反」の文字が無いが、ここはそれが無いと意味が通らない]、という冷戦期の考えは迷妄の一種にほかなりません。どだい、アメリカは、国民において歴史意識が乏しく、社会主義国と同じく壮大な社会実験として国家を建設してきました。したがってアメリカは、むしろレフティズム(左翼主義)の代表国なのです。

ここで思い起こさなければならないことがあります。「左翼」とは、フランス革命時に「自由・平等・博愛」のためにアンシャン・レジーム(旧体制)をすべてぶっこわせと叫んだいわゆるジャコバン派の連中のことだったのです。ついでにいうと、社会主義が世間を騒がせはじめたのは、それから五、六十年後のことでした。社会主義だけが左翼なのではありません。アメリカにおけるような(歴史意識の貧国な)個人主義も左翼に属します。というよりも、左翼のむしろ見本なのです。

我が国の歴史は長く連続しております。少なくとも半世紀ほど前まではそうでした。そこに歴史的秩序はいかにあるべきか、歴史的常識の何たるべきかが示されている、少なくとも示唆されている、と考えられます。そのことを大事にするという意味でのナショナリズム(国民主義)が今後の指針とならなければなりません。私たちは、単なるピープル(人民)ではなくナショナル・ピープル(国民)でなければなりません。国民ならば、個人(を大切にする)主義と社会(を重要ととらえる)主義のあいだで平衡をとる意識を強く持つはずです。

本当に保守的な立場から「価値観外交」を行うならば、まず自由民主主義を教条とする米国から距離を置いて、自立に向かってほんのわずかでも歩を進める努力をしてもらいたい。

・・・・・延命のためとあらば、どんな横暴も野蛮も、いかなる臆病も卑怯も、すべて許されるという、ごく卑俗な意味でのニヒリズム(虚無主義)に、人はみずからの精神を浸す破目に陥ります。ニヒリズムというのは、人間の生の拠るべき価値なんかニヒル(ない)と公言する態度のことをさします。そんなことでは、死ぬ甲斐もなくなろうというものではありませんか。

もちろん、「生き延びることそれ自体」に意味なんかありはしないのさ、と大声で断定してはなりません。というのも、生き延びているうちに、生きることの意味がみつかる、ということがあるからです。

「どういう死に方を選ぶか」ということも「生の意味」に含まれます。ともかく死に方のことをはじめとして、生きることの目的・意味・価値といったものはそう簡単にみつかりません。生きていなければ生きる目的も見出せないのです。そう考えれば、何はともあれ生き長らえてみよう、とかまえるのが大事な場合もあるのです。

もっというと、「ここが死に場所だ」、「この崇高な目的のために死を恐れるな」と声高に呼号する連中には気をつけたほうがよいということです。生命を犠牲に供してもよいような立派な価値をみつけるのは、なかなかにむずかしいのです。一生かけても本当に確かな生の意味を発見できない、それが人生の通り相場だ、といって大して過言ではないでしょう。

この方は、ごく表面的に最近の単純・粗暴・矯激な自称右派と同じ主張をしているように見えるときがあるが(本書もそのように受け取られる危険がある)、実際には底無しに卑しいそれら「ネット右翼」的心性とは、根本的に次元の違う位置にいる人だと思う。

そのことが上記の文章を読んでもわかります。

「14歳からの」とタイトルにあるが、特に青少年向きとは感じない。

一般読者が読んでも有益。

少なくとも私は、ほとんどの主張に共感することができました。

2014年3月19日

中野剛志 『国力とは何か  経済ナショナリズムの理論と政策』 (講談社現代新書)

Filed under: 史論・評論 — 万年初心者 @ 10:43

中野氏は『TPP亡国論』の著者としても有名。

本書では、まず、ナショナリズムの重要性、共同体意識の必要を説く。

それが攻撃的排外主義、近隣窮乏化政策、極端な資源ナショナリズムに結びつく危険性は確かにあるものの、ナショナリズムの重要性は変わらないとみる。

他の重要な論点として、グローバリズムにおける金融資本・巨大企業と国民との利益が乖離していることを指摘する。

これは著者のような伝統的保守派のみならず、リベラル派の内田樹氏もしばしば主張しているところである。

(なおブックマークにある内田氏のブログとツイッターは是非お読みになることをお勧めします。ネットを主な意見発信の手段としている言論人では、ほとんど唯一内田氏にだけ耳を傾ける気になります。現下のように卑しい新自由主義者と醜い排外的民族主義者の狂った連合が跋扈している世の中では、かつては毛嫌いしていた内田氏のようなリベラルな言説が清涼剤のように心に染み透る感を覚えます。)

一国資本主義では、賃上げが購買力の増大と企業収益の拡大に繋がる好循環をもたらしていたが、今や貿易障壁が限りなく低くなり、安価な労働力を求め資本が世界中を自由に移動するようになると、資本は規制と保護のある国を避けるようになり、結果として労働条件の果てしない切り下げが始まる。

グローバルに展開する資本と企業にとってデフレは利益だが、国家と国民にとっては最悪である。

需要不足が供給力の破壊をもたらし、失業・社会不安・分裂と秩序崩壊を経て、ついには大衆煽動による全体主義確立という破滅にまで至る。

この四半世紀、どれほどの弊害があってもしぶとく理想化されてきた「構造改革」こそがまさにデフレ政策である。

それによって、積極財政は無条件に罪悪視されてしまってきた。

だが、リーマン・ショック以前の米国など一部の国ではグローバル化による賃下げ圧力にも関わらず、長期間にわたって好景気を謳歌しているように見えた。

実は、これは民間債務の膨張による過剰消費によってデフレが表面化しなかっただけであり(「民営化されたケインズ主義」)、それがサブプライム問題によって一気に破綻したもの。

加えてグローバル・インバランス(世界レベルの経常収支不均衡)によって、国際資本市場の自動調節が効かない。

EUや新興国も危機にあり、あわや世界恐慌の再来かと思われるほどの危険が続発している。

民間の資本と企業が暴走し、それを抑えるべき国家の経済統治能力と危機管理能力が弱体化していることが世界的経済危機の根本原因にも関わらず、貿易と資本の自由化が相も変わらず金科玉条視されている。

ワシントンの政治がウォール街によって支配されている。

ニュースを見ても、米国の「小さな政府」へのこだわりは異常です。

大資本が「ティーパーティ」など都合の良い民衆運動を背後から組織し、実質的に社会を支配し、言論の自由をほぼ完全に形骸化しているのではないかとさえ思えてくる。

著者は自らの経済ナショナリズムに対して、経済自由主義を対置。

経済自由主義は、主流派の新古典派経済学であり、合理的で原子的に孤立し自律的な個人という想定をその基礎に据え、国民という概念すら無い。

それに対する経済ナショナリズムは決して偏狭で硬直した国家主義などではなく、ネイション(国民)とステイト(国家)において、ネイションを重視し、ステイトは手段と捉え、保護貿易や産業政策もプラグマティックな手段に過ぎない。

自律した個人が国家を創設したという社会契約説は歴史的にも理論的にも間違いであり、前近代的共同体秩序が排除された結果生まれたものこそ近代国家権力。

個人主義を保障するにも国家は必要。

加えて、最も強力な(時に暴走する)国家とは実は民主主義国家。

「絶対王政」はその名称に反して、教会・都市・ギルドの特権を改廃できず。

権威主義体制を持つ国が民主国家に敗れてきたのは、民主国家が「正しい」からというより単純に国民の力を動員できる体制だったから。

その民主国家の国民主権成立のためには誰が国民かを決めなければならないが、それを民主的に決めるのは不可能。

なぜなら「何者にも制限されない至高の権力」と定義される主権を持つ国民の範囲を決定する、「至高」以上のものとは一体何なのかというパラドクスが生じるから(ということだと思う)。

そこから非民主的な権威とその象徴の必要が生まれる。

日本国憲法にも、第一条において、天皇は国民統合の「象徴」であると書いてある。それは、天皇が実体のない単なるお飾りだということではない。国民を統合する力の源泉が「象徴」であり、それが日本の場合は天皇であるということである。・・・・・・護憲派が何と言おうと、日本国憲法の根幹にはナショナリズムがあるのである。

「民主的伝統」を持つとされる、アメリカでもピューリタニズム・独立革命・憲法・建国の父たちなどの歴史的象徴がナショナル・アイデンティティを成し、フランスでは自由・平等・博愛理念がそのままナショナル・シンボルとなっている(個人的にはそれらは国家神話としては決して出来が良くないと思えるが。独立後最初の半世紀でアメリカ建国理念は変質したと思われるし[引用文(西部邁9)]、社会の分裂と歴史の断絶をもたらした事件を国家の起源に置くことに根本的疑問を感じる。)

社会の出発点として個人を据えるのではなく、「はじめに国家ありき」との考え方。

それは通常想像されるような国家主義的極論ではない。

英国の法哲学者ハートは、法制度はその権威を受け入れる諸個人が共通の理解・慣習・文化・常識を共有している場合にのみ有効に機能するとしている。

そうでなければ解釈の違いなどで無限の対立が生じ、法がその役割をほとんど果たせず、社会自体が成り立たない。

(表面的な成文法のみを過大評価し、それのみをもって社会秩序の維持に充分だと高を括る「法化社会」の問題点については荒井一博『自由だけではなぜいけないのか』参照。)

何の背景も持たない、原子的個人が合理的契約で社会を作り上げたという観念は真っ向から否定される。

共同体に帰属しているときのみ人間は道徳的になりうるのであり、近代においては、国家という大きな共同体だけでなく、家族・地域社会・協同組合・産業組織・社交クラブ・政治団体などの「中間組織」が重要性を持つ。

そうしたものを豊かに含んだ社会が「市民社会」である。

決して、平等な個人がバラバラに存在するだけの社会ではない。

それはコーンハウザーの分類では(「市民社会」としての「多元的社会」ではなく)「大衆社会」だ。

市民社会を内包した国家では、民主政治においても、大衆が直接的に国家の意志決定過程に参加するのではない。人々は、孤独な個人ではなく、中間組織に属し、道徳規範をもって自らを律することができる。国家と民衆の間には、様々な政治団体や政党があり、そういった政治的中間組織の代表が国政に参画する。また、国家は、議会や行政機関をもち、民衆の意志は、政治組織、議会、行政組織における議論や検討のスクリーニングを経て、レベルを高められる。このため、こうした国家の意志決定は、大衆の生の欲望のままに行われるのではなく、世論から一定の距離を置いて、ある程度自律的に行われる。間接民主制とは、国家と個人との間に市民社会を挟むことによって、より賢明で理性的な民主国家を実現するための制度なのである。

中間組織の活動保障のために、国家が積極的役割を果たす必要があり、国家と市民社会は対立関係にあるのではなく、むしろ相互依存的なもの。

経済面でも、大規模な近代的市場は、共同体・ギルド・宗教的戒律の撤廃などによる、近代国家の意図的創造によるものであり、それを考えれば、国家の介入を「市場の失敗」時のみに行われる例外事と扱うことは出来ず、より恒常的に必要とされるものと捉える必要がある。

「利己的個人」という想定では長期的経済活動があり得なくなり、「非契約的関係」(デュルケイム)が無ければ近代経済法も成り立たない。

技術革新も国家だけが支援できる部分が多い。

そして、改めて直接民主制の恐るべき危険性と、間接民主制の必要を説く。

近代民主国家が健全であるためには、それが市民社会を内包している必要がある。市民社会とは、国家と個人との間の共同体や中間組織の分厚い層のことである。個人のモラルや賢明な判断は、複数の共同体や中間組織に帰属することによって得られるからである。

国家の意志決定は、確かに国民の意志に依存している。しかし、その国民の意志は、政党や議会における議論というフィルターによって濾過される必要がある。それによって、国民の意志は、大衆の生の欲望や気紛れな世論とは異なる、思慮深い判断として国政に反映されるのである。行政組織と議会をもつ民主国家は、結果として、ある程度、世論とは自律的な意志決定を行うことができる。市民社会を基礎にもつ健全な民主国家だからこそ、世論調査とは異なる政治判断を行うのだと言ってよい。

国家と民衆との間に、議会、政党、行政組織、政治団体そして市民社会が介在することによって、民衆のナショナリスティックな情念は穏健化し、正常なものとなる。しかし、もし、こういった政治機関や市民社会が堅固に存在しなければ、どうなるか。民衆のナショナリスティックな欲求が、そのまま直接国政を左右してしまうであろう。あるいは、逆に、国家権力がナショナリズムを悪用して、民衆を意のままに操作することを可能にしてしまうであろう。

これこそが全体主義である。全体主義とは、民主国家と個人が、直接接触し、大衆の意志がそのまま国家に反映されることによって発生するのだ。言い換えれば、全体主義は民主主義に対立するものではない。直接的に民主的になりすぎた結果が全体主義なのである。

何度強調してもし過ぎることがないほど、重要な認識である。

いかなる意味においても、直接民主制は文明の破壊と野蛮への転落へと直結する。

党派の別を問わず、「直接的な民意の反映」を善とする考えが蔓延しているが、根本的に狂っているとしか言い様が無い。

誰もが「政治と経済と社会の運営に、いかに大衆の世論と選好を効率的に反映するか」を憑かれたように論じているが、その世論と選好が本当に尊重するに足るものなのか、何の資質も問われない多数者の意見が反映されることは真に良いことなのか、という根本的な問いは誰も考えようとしない。

中間組織無き民主主義こそが全体主義と自己破壊的ナショナリズムをもたらすことは、フランス革命以来、バークトクヴィルが指摘しているところである。

また、ポランニーによると、規制なき市場経済の破壊力も全体主義の原因である。

1879~1914年、大西洋のグローバリゼーションは今日よりも活発であった。

経済自由主義は全体主義を防ぐどころかその原因である。

市場経済への社会防衛運動が大衆民主主義と結びつき全体主義を生んだ。

その反省から、戦後の国際経済秩序は、自由貿易主義の建前にも関わらず、国家間の調整と妥協を重視するもの。

GATTにも国家による社会保護規定あり。

戦前のブロック経済と保護貿易から戦後の自由化というイメージは表面的である。

国内の社会と経済の安定に責任を持つ国民国家の能力発展があってこその話である。

著者は、ケインズ主義を経済ナショナリズムに近いものとして評価する。

ここで、ラーナーの機能的財政論が紹介される。

国債は、内国債の場合には、その金利はネイションの負担にならず、企業負債や家計借金と同じではない。

外国債でない限り、財政破綻のリスクは少ない。

よって債務の絶対額ではなく、財政が国民経済に好影響を与えよく機能しているかを見るのが、機能的財政論の考え方。

この場合、財政を民間のマネー保有量の調整手段と見なす。

これに対して健全財政論はステイトの状態のみを重視する、(国家を君主所有のものと見なす)国民国家以前の考え方。

国民通貨と内国債こそが経済的国民自決を実現する。

戦前の金本位制時代には、国際経済ルールが国民経済の独立よりも上位に置かれていた。

戦後のブレトン・ウッズ体制ではその両立が図られたが、1971年金・ドル交換停止、73年変動相場制移行以後、徐々に「国際」状況の重みが増し、「国民」の独立が低下してしまった。

各国の協調が重要であり、長く見れば通貨制度はナショナリゼーション化している。

結局国民国家は乗り越え不可能な制度である。

中国など新興国の国家資本主義はステイトに重点を置きすぎたものであり、米国も「財務省・ウォール街複合体」による巨大金融機関の支配が政治と社会を歪めている。

それに対して、日本はネイションの力で対抗すべきだと著者は主張する。

素晴らしい。

目の冴える様な知見と端正な文体。

重要な指摘があちこちに見つかる。

新書とは思えない程、異様に内容が濃い。

是非お勧めします。

2013年3月8日

ハジュン・チャン 『世界経済を破綻させる23の嘘』 (徳間書店)

Filed under: 史論・評論 — 万年初心者 @ 21:34

どう考えても「世界史ブックガイド」を名乗るブログで紹介する本ではないが、いつもの事ですので気にしないで下さい。

個人的に「自由放任・市場非介入を貫くのが保守」という考えを、徹頭徹尾、最終的に、絶大な嫌悪と軽蔑を込めて、唾棄することが必要だと思ったので、手に取る。

著者は韓国出身の英ケンブリッジ大学准教授。

全く知らない名だが、ノーベル経済学賞学者のスティグリッツの推薦文があったので、それほど妙な本でもなかろうと判断。

著者はまず、「経済学の95%は複雑にされただけの常識であり、残りの5%にしても、その基本となる考えかたは平易な言葉で説明できる。」と述べ、表面上の難解な数理的説明で常識に反する結論を押し付けようとする主流派経済学者の主張を排している。

続いて、

「市場は自由でないといけない」

「株主の利益を第一に考えて企業経営せよ」

「市場がうまく動くのは人間が最悪(利己的)だからだ」

「インフレを抑えれば経済は安定し、成長する」

「インターネットは世界を根本的に変えた」

「世界は脱工業化時代に突入した」

「富者をさらに富ませれば他の者たちも潤う」

「経営者への高額報酬は必要であり正当でもある」

「すべて市場に任せるべきだ」

「経済を発展させるには小さな政府のほうがよい」

といった、誰もが一度は聞いたことのある主張を実にわかりやすく反駁している。

市場の境界はあいまいで客観的な方法で決められないとわかると、経済学は物理や化学のような科学ではなくて政治的営為であることに気づかざるをえない。・・・・・となると、新たな規制に反対するのは「ある人々からどれほど不当だと思われようと、現状を変えるべきではない」と言うのと同じことになる。そして、既存の規制を廃止すべきだと主張するのは「市場の範囲を拡大すべきだ」と言うのと同じことであり、それはとりもなおさず「金のある者にその領域でより大きな力を与えるべきだ」と言うのと同じことになる。市場というのは「金こそ力」の世界なのだから。だから「これこれの規制は、これこれの市場の『自由』を制限するので導入すべきでない」と言う自由市場主義のエコノミストたちは、「その規制法によってまもられる権利を認めない」という政治的意見を表明しているにすぎない。彼らは「自分たちの主張は政治的なものではなく、客観的な経済学的真実であり、反対者の主張こそがほんとうの政治的なものなのだ」という理屈をこねて、ごまかそうとするが、実は彼らの動機も対立する人々に負けず劣らず政治的なのである。

サイモンによれば、わたしたちは合理的になろうとするが、人間が合理的になる能力は大幅に制限されている。世界は複雑すぎて、わたしたちの知性では充分に理解できない、とサイモンは主張する。だから、わたしたちが良い決定をしようとするさいに直面する最大の問題は、情報の欠如ではなく、人間の情報処理能力の限界である。いまわたしたちが経験している大混乱を見ても、それは明らかである。華々しいインターネット時代が到来しても、人間の判断力が向上したということはないようだ。・・・・・自由市場主義者たちは、政府は行動を規制される者たちよりも市場のことを知らないという(筋が通っているように思える)理由で、政府の規制に反対してきた。・・・・・しかしサイモンの理論によれば、多くの規制が効果を発揮するのは、必ずしも政府が規制される者たちよりもよく知っているからではない。規制によって活動の複雑さが制限されるために、規制される者たちがより良い決定を下せるようになるからなのである。2008年の世界金融危機は、これが正しいことをはっきり証明した。・・・・・ルールをつくって選択の自由を意図的に制限して、対処すべき環境を単純化しなければ、人間の〈限定合理性〉では世界の複雑さに立ち向かうことはできない。わたしたちが規制を必要とするのは、政府のほうがつねに市場をよく知っているからではない。人間の知的能力の限界を謙虚に認識すれば、当然、規制が必要だとわかるのである。

この人間の知的不完全性・限定合理性という概念は、共産主義や国家社会主義を批判する文脈では、指令(計画)経済に対する市場経済の優位性を説く根拠になり得るが、それがいつの間にか、自由市場における人々の集団的選択は長期的には決して誤らないという異常な信仰となり、最も低劣で悪質な放縦と利己主義の正当化に使われてしまっている。

フリードマンは嘆く。「人びとは、強力な政府が自由にとってどんなに危険な存在かということを忘れてしまった。それどころか、“もしも政府の権力が『正しい』手にあれば”という条件つきではあったが、強い政府によってだけ達成できる良いことに心を奪われてしまうことになった」と。私も一緒に大衆の無知を嘆いたって構わない。しかし、そんなふうに大事なことを忘却し、危険な短絡を犯すのが大衆というものだとしたら、大衆の自発的に営む市場行動の成果をなぜ手放しで楽観できるのか。ケインズが大衆を騙かしたのだとしても、そう易々と騙されるのが大衆の社会ならば、市場の中心にもしケインズのような利口者が出てきたら、いったいどうするのか。

・・・・・「自由市場体制とより広い社会的・文化的諸目標の追求との間には、どんな矛盾も存在していない。また、自由市場体制と不幸な人への同情との間にも何の矛盾もない」などと極楽トンボでおられるためには、完全無欠な合理的人間を仮想しなければなるまい。再び問い質したい。そんな完全無欠な人々がなにゆえかくも巨大かつ危険な政府を容認したのかと。

・・・・・スミスは「公平で事情に通じた観察者の同感」が社会に安定性を与えるだろうと展望したのであるが、事態はスミスの思ったようにはうまく進まなかった。・・・・・自分たちこそ公平な観察者だとまかり出てくる社会主義的あるいはケインズ主義的な計画者たちの傲慢はすでに明瞭である。しかしだからといって、大衆をジュピターの地位に祭り上げるわけにはいかない。そんなふうにいうのは「利害関係がからんだ詭弁」というものであろう。「能力に応じて開かれている人生」を私も歓迎するが、いったい私のどんな能力がと、大衆人たる私は自問しないわけにはいかない。かりに自己懐疑の能力を失った人間を大衆人とよぶのなら、私は大衆人でありたくない。そしてフリードマンの言辞にはたしかに大衆社会のノーベル賞にふさわしく懐疑のかけらも見られないのである。

引用文(西部邁4)より)

「自分の仕事をそれ自体完結したものとみる技術者の見解を多かれ少なかれ幻想とみなすことが大切である」とハイエクはいう。「かれ(技術者)は自分には無意味と思える膨大な事柄に注意を払う必要性にたいし腹を立てる」と技術者を揶揄しもする。しかし真に冷酷な理論家ならば、そして真正の自由主義者ならば、自由の名において創造された事柄の負の側面にもっと注意を払う理論を、そしてそういう理論をつくるための認識の自由を、もつべきではないのか。自由がその反対物たる抑圧を産み落とすのは、可能どころか現実ではないか。英国の経験論が産み出した最も上質な政治思想は、いわゆる積極的自由にたいする懐疑としての保守主義だったのではないのか。自由の発揚がなにか善き事態を結果するであろうという進歩主義にたいする懐疑はとうぜん市場的自由にもむけられなければならない。その懐疑を避けようとすれば、民衆の自由を手放しで賛美するという大衆迎合に陥るほかない。しかもおそらく、舞台裏では、冷酷な理論家として、中央ヨーロッパ人にいかにもふさわしく、冷ややかな孤独の牢獄の中で大衆蔑視の思想を傲岸に鍛えながらである。このようなかれにおける憂鬱質の欠如を私はあまり好まない。

引用文(西部邁5)より)

新自由主義の思想は、政治の標語として利用されることばかり多くて、人々の習俗のうちにまだ根づいていないわけである。現に進行中の計画から自由への復古にあっては、人間の不完全性のために伝統の保守が必要とされること、そして伝統を維持するのが困難であることが少しも自覚されていない。たとえば、個人の全知全能を仮設するにひとしいような経済模型によって大きな政府の無効なることが証明されたりしている。また、市場における選択の自由を称揚する様々の言論は、市場志向の活動が過度に及ぶとき社会の慣習体系がつきくずされるかもしれぬという危険について、ひたすら楽観している。

顕著なのは進歩主義のイデオロギーである。個人や集団による自由の発動が、必ずや、個人の人格的発展と社会の調和的前進をもたらすであろうという思込みである。人間の不完全性を自覚すれば、つまり「無知の知」を知れば、社会全体を合理的に設計することが不可能だと分り、したがって社会主義やケインズ主義の間違いもわかる。しかし同時に、その人間の不完全性にかんする自覚は自由にかんする自己懐疑をも促すはずではないのか。とりわけ市場的自由によってもたらされる生活の変化をつうじて、慣習的な規則がどんどん形骸化し、ますます動揺するかもしれぬという懐疑がわいて当然ではないのか。この懐疑を封じるものこそ進歩主義の思想である。実は、新自由主義もその思想から自由だというわけではない。新自由主義が実際の経済活動に指針を与える際にレッセ・フェールに与しがちであるのは、それが自由への懐疑を失って進歩を信仰している点にあると思われる。またそれの主張する法と秩序がエスタブリッシュメントのための法制定を弁護するのに終わりがちなのも同じ理由による。つまり、政治の場面におけるレッセ・フェールを支持する結果、強者の論理がまかり通るのである。自由主義は、その新旧を問わず、自由の内包する自己破壊的な性質について、つまり自由の依って立つ基盤である慣習的な普通法が自由によって掘り崩されるという可能性について、無頓着である。

西部邁『経済倫理学序説』より)

さらに市場における経済活動に加えて、言論空間における政治活動についても、ありとあらゆるタブーや制約を徹底して排除し、言論の自由を完璧かつ無制限に保障しさえすれば、自動的により良き多数意見が形成され、予定調和的な進歩がもたらされる、と考えるのも狂った妄想以外の何ものでもないです。

もし、そんな19世紀の凡庸な進歩主義の想定が事実だったのなら、20世紀における全体主義と人類史上最悪の大量殺戮が生じたわけがない。

保守主義者による自由主義批判の核心は、自由主義は要するに全体主義のための「おとりのヤギ」であるという点にある。近代人のなかではとりわけバークからドーソン、エリオット、カークに至る人々がそのように考えてきた。社会内の伝統的権威や役割から人々を解放するという不断の努力を通じて、自由主義は社会構造を弱体化し、「大衆型」人間の増加をうながし、そしてこれによって、出番を伺っていた全体主義者たちを招き入れたというわけだ。エリオットによれば、「人々の社会慣習を破壊することによって」、「彼らの自然な集団意識を個々の構成要素に解消することによって、・・・・・自由主義はそれ自身を否定するものへの道を準備することになる。」またクリストファー・ドーソンも、ムッソリーニの全盛期に、イタリア・ファシズムは基本的には近代自由主義が生みだしたものだと断定している。

ニスベット『保守主義』より)

・・・・・群集は、起源においても、またそのほかの諸特性においても、きわめてさまざまだけれども、いくつかの点ではまったく似かよっている。すなわち、おどろくべき不寛容。グロテスクな高慢。病的な神経過敏。みずからの全能という錯覚から生れる狂的なほどの無責任ぶり。たがいに興奮させあった度はずれの動揺から生ずる、節度感の完全な喪失など。憎悪と賞讃とのあいだにも、嫌悪と熱中とのあいだにも、ばんざいという叫びとくたばれの叫びとのあいだにも、群集にとっては中間がない。ばんざいといえば、ばんざい千代に八千代にというわけだ。そこには神にも似た不死への願望と、なにかを神に祭りあげようとするきざしがある。しかもこの神格化を、永遠の呪いに変ずることも朝めしまえである。

・・・・・群集は最悪の指導者たちをむしろ選んで服従するというだけでなくて、最悪の指導者たちから発するいろいろの暗示のうちの、最悪の暗示をこそ選びかねない。なぜか?ちょうど、いちばん遠くまで音の響く鐘が、けっしていちばん甲高い鐘でもいちばん音色の澄んだ鐘でもなくて、要するにいちばん大きい鐘であるのに似て、いちばん伝染しやすい感情や思想は、いちばん強烈なやつだからである。さらに、いちばん強烈な思想とは、判断力よりは感覚に訴えるような、いちばん偏狭で、いちばん不正なやつだし、いちばん強烈な感情とはいちばん利己的なやつだからである。真実の抽象的概念よりも子供っぽい夢物語が、また推論よりは直喩が、先入主の放棄よりは一人物への盲信が、群集のあいだでずっとひろがりやすい理由はここにある。尊敬の念を捧げて楽しむよりは中傷する喜びに専念し、義務観念よりはおしゃべり好きの傾向が強く、歓呼よりは嘲笑のほうがずっとたやすくひろがり、勇気から飛びだすより恐慌におびえて暴発することが多いのも、みんな理由はここにある。

タルド『世論と群集』より)

あらゆるひとに自由に考え自由に行動することを許す民主的方法は、政治的にいえば、市民は理性的存在であって何事も知っており、明確な判断力をもち、本質的には慈悲深く寛容で共同の善を欲するのだという、十八世紀的信念のうえにたっていた。しかし、さらに悪いことには、利己的な目的の追求が個人的利害と公共の利益との完全な調和にみちびくという、仮説を信奉していたことである。民主主義は、市民というものが、自由主義制度を利用しさえすれば、だれでもそのうえに自由に書き込むことのできるいわば一枚の白紙であるということを悟らなかった。

レーデラー『大衆の国家』より)

群衆の強烈な感情は、特に、異なった分子から成る異質の群衆において、責任観念を欠いているために、さらに極端となる。罰をまぬかれるという確信、群衆が多人数になればなるほど強まるこの確信、また多数のために生ずる一時的ではあるが強大な力の観念、それらが、単独の個人の場合にはあり得ない感情や行為をも、集団には可能ならしめるのである。群衆のなかにいれば、愚か者も無学者もねたみ深い人間も、おのれの無能無力の感じを脱し、その感じにとってかわるのが、一時的ではあるが絶大な暴力の観念なのである。

群衆における誇張癖は、不幸にもしばしば悪質の感情にも及ぶことがある。この悪質の感情は、原始人の本能の遺物であって、単独の、責任観念を持つ個人ならば、罰を恐れるがゆえに、これを抑制せざるを得ないのである。こうして、群衆が最も悪質の過激行為に走りやすい理由も説明される。

ル・ボン『群衆心理』より)

教養があるなしにかかわらず、じつに多くの人のばあい、生に対する構えは、いぜんとして、あそびと人生とに対する少年の心そのままである。さきにわたしはたまたま、永遠の青年期と呼んでしかるべき、あのひろくみとめられる精神状況について語った。それを特徴づけるのは、適切なことと適切でないことをみわける感情の欠落、他人および他人の意見を尊重する配慮の欠如、個人の尊厳の無視、自分じしんのことに対する過大の関心である。判断力と批判意欲の衰弱がその基礎にある。このなかばみずからえらびとった昏迷の状態に、大衆はひじょうな居心地のよさを感じている。ひとたび倫理的確信のブレーキがゆるむや、いついかなる瞬間にも危険きわまりないものとなりうる状況がここにある。

このような精神状態は、ただたんに、自分じしんの判断を下す意欲に欠けるところがあり、集団組織の画一化作用が、できあいのワンセットの考えかたを押しつけ、つねに思考が皮相に流れてしまうところからもたらされたというにとどまるものではなく、じつに憂慮すべくも注目すべきことに、おどろくべき技術の発展それじたいが、じつはこのような精神状態をひきおこし、これにたっぷり餌を与えているところのものなのである。人間は、この驚異の世界にあって、文字どおり子供のようだ。お伽噺の世界のなかの子供のようだ。飛ぶ機械で旅することができる、いながらにして地球の反対側と話をすることができる、自動機械を使ってちょっとつまむことができる、ラジオを通じてひとつの大陸全部を自分のものにすることができる。ボタンを押せばそれでよい。生がかれのほうにやってくるのだ。このような生は、かれを成熟させるだろうか。まさに逆だ。世界はかれのおもちゃになってしまったのだ。おもちゃを手にしたかれが子供のようにふるまうからといって、それになんのふしぎがあろう。

いたるところに妄想と妄語がはびこる。かつてないまでに、人びとは、ことばの、合言葉の奴隷となって、たがいに殺しあう、相手を議論で屈服させるのである。世界は、憎しみと誤解を負わされている。愚かなものがどのくらいおおぜいいるか、過去にくらべて、どのくらい多いか、その比率を測ろうにも尺度はない。だが、愚かさは、以前にもまして旺盛に害毒を流し、高く君臨している。生半可な教養を身につけた、にぶい精神に対しては、伝統、形式、礼拝といったことへの敬意も、しだいに歯止めとしてはたらかなくなってきた。最悪の事態は、いたるところにみとめられる「真理ということについての無関心」であって、これは、政治的欺瞞の推賞ということのうちに、その極みにまで達している。

引用文(ホイジンガ1)より)

集団秩序の現存在においては、すべての人の教養が、平均的人間の要求に接近する。単なる悟性にとって無造作に、たちどころに判明するところまで持っていく合理化の働きが、知識のあらゆるあり方を零落させる過程を持ちだすとき、精神性は大衆のなかに広まることによって頽廃する。水平化する集団秩序と共に、教養のある人の層が消滅してしまう――その訓練にもとづいて彼らが精神的創造物の反響でありうることにもなろうという、考えることや感じることの訓練を、継続的な稽古の基礎の上で発達させてきたところの教養のある人の層が。大衆的人間は、ほとんど時間を持たず、全体にもとづく生活を生きるわけではなく、それを利益にしてくれる具体的な目的がなければもはや準備も努力もしようとはしない。彼は待って熟させることを欲しない。すべてが、即座に、現在的な満足でなければならない。そして、精神的なものは、そのときどきの瞬間的な楽しみになってしまっているのである。エッセイがすべてのことをあらわすのに好適な文学形式であり、書物の位置には新聞がとってかわり、生涯の伴侶になる作品にかわって不断に別のものになる際物的な読みものが登場するのは、このことに由来する。ひとは迅速に読む。ひとは短いものを欲し、しかもそれは、心に刻みこむ瞑想の対象になりうるものではなくて、ひとが知りたがってすぐにまた忘れても差し支えないようなものを迅速に取り次いでくれるものである。ひとは、内容と精神的に一致して本来の意味で読むことはもはやできないのである。

あの場合この場合と、しばしば場合が生まれてくるために、人々がもはや互いに理解し合うことができなくなるほどの、ひとが取る立場の無際限さは、もっぱら、誰もがせめて何かを意味したいと粒粒辛苦してつくった自分の意見を無責任にも語ろうとあえてすることの結果なのである。ひとは、いま思いついたばかりのものを「単に討議にかける」あつかましさを持っている。無数の印刷された合理性が、多くの領域で、遂には、かつて一度は生命ある思索であったものの今ではもはや本来の意味では理解されなくなっている残骸の、混沌たる乱雑な流れを、大衆的人間の頭脳のなかで陳列することになる。

・・・・・単なる現存在秩序が相対的で自由が超越的存在の前では無であるという真なる意識が、一切のものを否定することに変化させられてしまう。現存在によっては中和されえない<固有現存在>の不満のひそかな毒が、行動し労働することとしての生活の代わりに、否定的に罵ることとしての生活を産み出す。この毒におかされると、私は本来的には、いつでも一切がいま現にあるのとは別であってくれることばかり欲し、いつでもかかわりになることだけはしなくてもよいように脱走することばかり欲するのである。時代や情勢についての正当といえる批判が、それらのなかで人間が脅かされているがために、ひとつの楽しい懐疑的滅却になる――あたかも「否」を言うことが無能力者たちにとって、れっきとした生活であるかのように。世界を粉砕する――そのとき生ずるものは、これまた価値ある何ものかであろうが、どのみちそれも粉砕される羽目にならざるをえない――それがこの「否」の気楽な態度なのである。しかし、本能的な生命衝動のために、ひとは無としてでもとにかくその人自身でありつづけたいと欲する。ひとは、その根において所詮は嘘であるところの、仮借ない真実性を装う。時代意識において百年このかた考えられてきたすべてのものが、この否認的に思ったり言ったりすることの箔として役立つに相違ない。

彼[詭弁家]が優勢になり確固たる地位を獲得すると、いましがたまで卑屈であったその彼が、存在である一切のものに対して、俄然、攻撃的になる。憤怒の衣服をまとって、彼は人間の高貴さに彼の憎悪を向ける。なぜならば、彼の身に何が起ころうとも、彼はそれを無のなかに止揚するのだから。無の可能性の前に立つ代わりに、彼は無を信じているのである。彼に迫るものは、どんな存在に直面しても、それが無であることを彼流に確信することである。彼がすべてをわきまえていようとも、畏敬とか羞恥とか忠誠とかが彼に無縁なのは、このことに由来する。

決してまともな相手ではなく、彼は名乗って出ることはないし、すべてを忘れ、口ではいつも責任を言うくせに内的責任というものはまるで知らない。彼には無条件的なものの自主性が欠けており、しかも彼には非存在の無拘束性が残っていて、その点に、瞬間的で任意に取りかえる主張の強引さがある。

ヤスパース『現代の精神的状況』引用文(ヤスパース1)同(2)より)

出版の自由は毒物販売の許可のようなものとみるべきだ。毒物といっても精神と気分に対する毒物だ。というのは、知識も判断ももたない大衆の頭にどんなことが浮かぶか、わからないではないか。とりわけ目先に利益や儲けといったことをちらつかせる場合、なにを考えだすかわかったものではないからだ。いったんなにかをこの頭に吹きこんでしまえば、どんな非行・犯罪もできないことはないではないか。だからわたしは、出版の自由は危険のほうがその利点をうわまわることになりはしまいかと、非常におそれるものである。とりわけどんな苦情でも法的に訴える道が開かれているから、なおさらである。いずれにしても出版の自由は、いっさいの匿名を厳に禁止することを条件にすべきであろう。

引用文(ショーペンハウアー1)より)

きりが無いので止めますが、思想・哲学史論・評論引用文カテゴリを見て頂ければ、他にも多くの類似した文章が見つかると思います。

近代化で自由を得た大衆の集団的狂気に対する懐疑心を持っているかどうかが決定的に重要であって、右とか左とかの表面的事象をあれこれやかましく言い立てることは、もはや馬鹿馬鹿しく、全く無意味に思える。

同じ流儀の口実や同じ態様の害悪を二つの時代が持つことは滅多にありません。人間の邪悪さはもう少し発明の才に長けていて、人が流儀を論じ合っている間にもその流儀は過ぎ去ってしまいます。まさに同一の悪徳が新しい姿を装うのです。悪徳の精は生れ変り、外見の変化によってその生命の原動力を喪失するどころか、新しい器官を得て、新たに青年の行動の如き新鮮な活力を恢復するのです。人が死体を晒し者にし、墓を発いている間にも、それは大手を振って歩み、破壊を続けるのです。家が盗賊どもの棲家になっているというのに、人は幽霊やお化けを勝手に恐がっています。歴史の貝殻や外皮にだけ目を奪われながら、しかも自分は非寛容や高慢や残酷さと戦っているのだ、と思っている人間は皆このようなものです。彼らはその一方で、時代遅れな徒党の悪しき原理に対する憎悪という彩の下に、同じ唾棄すべき悪徳を別の―しかも恐らくはより一層悪い―徒党の中に是認し涵養していることになるのです。

引用文(バーク1)より)

近年異常繁殖している、いかなるルールもマナーもエチケットも無視し、ありとあらゆる罵詈雑言と誹謗中傷と揶揄嘲笑を平然と用い、「左翼」を集団で口汚く攻撃して自己陶酔している(ほんの数年前の私を含む)人々を見ると、上記の引用文を思い起こしますし、数十年前なら全く同じ人々が全く同じように「右翼」「反動」を集団リンチにかける快感に酔っていたんだろうなと思います。

無制限の言論の自由と単純多数決原理の民主主義と自由放任的市場経済を絶対視し墨守するのが「保守」で、それに反対する奴等は全員「左翼」だと片付ける人間とは、もう口もききたくないです。

読みやすく、有益な本。

機会があれば、是非手に取って下さい。

参考文献としては、ポラニー『大転換』(東洋経済新報社)荒井一博『自由だけではなぜいけないのか』(講談社選書メチエ)間宮陽介『ケインズとハイエク』(ちくま学芸文庫)およびトニー・ジャット『荒廃する世界のなかで』(みすず書房)等をどうぞ。

2012年4月28日

西部邁 『大衆への反逆』 (文芸春秋)

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1983年刊。

西部氏の最初の評論集。

本書は、結局、高坂正堯氏の『外交感覚』(中央公論社)と並んで、大学時代に一番頻繁にページを手繰った本だと思う。

全体が五部に分かれていて、第1部は「状況」。

最初にロッキード事件で逮捕された田中角栄元首相の裁判という時事的話題に民主主義(批判)論を絡めた文章がある。

これも含蓄があるが、素晴らしいのがそれに続く、十数編の短い思想的エッセイ。

何度も何度も読み返して、今に至るまで自分の物の考え方に強い影響を受けていると思う。

第2部「知識人」では、「“高度大衆社会”批判」と題された、冒頭のオルテガ論が圧巻。

本書の核心とも言える文章。

オルテガの著作を縦横に引用しながらの、精緻かつ迫力ある力強い文体にひたすら圧倒される。

続くマルクス、レヴィ=ストロース、ハイエク、ケインズらについてのエッセイも高尚かつ実に有益。

この記事で一部を引用済み。)

第三部「体験」で、大平正芳首相のブレーン機構で著者が報告したテキストに加えて、著者の人生の興味深い断片がいくつか記されている。

その中でも、在日朝鮮人の親友との交友を語った、特に印象深い「不良少年U君」という文章については、別に、『友情 ある半チョッパリとの四十五年』(ちくま文庫)という、これまた素晴らしく感動的な本があります。

第四部「書籍」では、三つの書評が載せられているが、最後の、新自由主義者ミルトン・フリードマンの著『選択の自由』を強く批判した文章が最も面白い。

こちらで一部を引用済み。)

最後の第五部「文明」では、まず「文明比較の構造  ひとつの日本主義批判」という硬い論文がある。

西部氏の著作は、『知性の構造』(角川春樹事務所)という、私程度では絶対に手に負えない、完全に別レベルの抽象性を持つ作品を別にすれば、ほとんどが明晰かつ平明であり、(素直に読み取り学ぶ気持ちさえあれば)容易に理解できるものばかりなのですが、この論文は、T・パーソンズのAGIL図式がどうこうというような文章が出てきてやや難解。

とは言え、日本・米国・西欧・ソ連の各社会を比較・分析し、経済大国としての絶頂期にあった日本を大衆社会論の観点から批判する論文は、わからなければわからないなりに読み通せば、それなりに有益です。

末尾の「反進歩への旅」と題された紀行文もずしりと胸にこたえるものがある。

その中盤、自らの思想的立場を説明した文章は、7、8ページに亘りますが、可能ならば全文を引用したいくらい、あまりにも深い内容に満ちています。

久しぶりに、一字一句飛ばすことなく再読してみたんですが、やはり素晴らしい。

この方は、表面的に、野卑で粗暴な単細胞・脊髄反射的右派と同じ主張をしているように見える時があったとしても、実際には、この十年で異常繁殖した、群集心理と市場原理に対する警戒を最初から放棄した自称「保守」派とは、根本的に全く異なった次元にいる。

最初に強い違和感や拒否反応を覚える人でも(私もそうでした)、機会があれば是非本書を含め、その著作を手に取ってみて下さい。

 

 

 

保守化の意味するもの

名は体を表すとはいうものの、保守および革新という名称くらい虚なるものも少ない。エスタブリッシュメントを守護するか打倒するかという対立が両者を分け隔てるとはいわれるものの、肝心の確立された体制なるものが何を意味するかということになると、その答えはたいして分明ではない。私思うに、枝葉を切り落としていえば、既成の体制とは進歩のイデオロギーを中心にして構成された価値世界のことである。資本主義と社会主義、競争と統制、自由と平等、効率と公正などの組み合わせ方において種々の差異はあるけれども、新しき変化の創造が善き事態へむけて進むであろうと楽観する点において、洋の東西(または南北)をとわず、そして党派の左右(または大小)をとわず、価値世界は単色である。

進歩と革新とはたがいに同義なのであるから、保守派とは革新体制を守る人々であり、革新派とは革新体制に逆らう人々であるということになろうか。このなんとも珍妙な語義にもとづいて、私たちは隣人を分類しあっているわけなのである。近年にわかに迸(ほとばし)り出した保守化の潮流においても、その底層をみれば、進歩のイデオロギーが動かず澱んだままでいる。ただ表層において、平和主義から軍国主義への、防衛的態度から攻撃的態度への、母性的心性から男性的心性への移行などがやかましく波立っているにすぎない。

この移行は人間理解を性善説から性悪説へ乗り換える企てなのであろう。説というほどに体系だてられた見解は少ないから、それはむしろ気分の問題なのかもしれない。時代の閉塞につれて気分が愉快から不快へ転落しているということである。いずれにせよ、これら両極端の説や気分が「すべてを単純化する恐ろしい人間」ブルクハルト)から発せられるものであることに間違いはない。

事態の不穏な成り行きを懸念する人々は、善悪あわせのむべく、現実主義の方向において気分を中和しようとする。レアリズムとは、その本来の語義が示すように、事態を「モノのようにとらえる」やり方である。もっといえば、現実をモノのごとき固さをもって肯定することである。しかし私たちの気分の落ち着きのなさが、進歩のイデオロギーによって醸成された幸福や平等やなにやかやといった幻影にたいする嫌悪であり不安であるのだとしたら、レアリズムのもつ肯定的な響きは私たちの気分と共鳴しない。他方、理想主義がユートピアを、つまり「何処にもない国」を、あれこれ提出してくれたとてどうにかなるものでもない。それら仮想世界と現実世界との距離が大きすぎるからではない。それだけならば、仮想世界へ一歩一歩と気長に進めばよいのだから。どこにもないような立派な国を構想し、ましてやそこに向かって着実に前進していくに必要な資質を決定的に欠いているのではないかという思い、それが私たちを不安にしているのであろう。

自分たちが知的にも道徳的にも不完全であることを知る苦痛はすでにして進歩主義にたいする疑惑である。その意味でならば、いま進行している保守化の流れは首肯されるべき自己覚醒の可能性をはらんだものといえる。しかし見渡すところ、その疑惑は深められずに、不安ゆえの勇気、疑惑ゆえの確信をポーズする回路へ短絡しているようである。

保守主義の本来の含意は進歩にたいする徹底した懐疑ということにあったはずである。革新にもとづいて進歩していくということを信じるには、それをつくり出す当の本人たちが余りにも不完全なのではないかという自己懐疑が、保守主義の真髄だったはずである。変化にたいする消極性と裏腹になって、保守主義者の積極性はまずもって自分および自分たちへのひたすらな懐疑として示されるのである。懐疑とは、この場合、優柔不断とか自己憐憫とはおよそかけはなれた態度のことである。スケプティシズムの元来の語義そのままに、それは「考察すること、探究すること」を意味する。

したがって、保守的懐疑主義は右翼の党派にありがちな復古主義とも異なっている。不完全な自分たちがかろうじてみつけうる住み処は歴史の大地のなかにしかないと見当をつけた上で、次にその大地の中から保守すべき耐久の足場を、つまり伝統を、いかに発見するかという努力を持続させうるか否かによって、保守における反動主義と懐疑主義が区別される。また懐疑の真偽は、懐疑の努力じたいにたいしても懐疑をそそぐかどうかにかかっている。懐疑にこめられる知識や気分や利害の総体についても考察し探究するということである。

こういう努力がやすやすと実行されるとは思えないが、その予想される困難の前にすっかりたじろぎ、ついに懐疑することを放棄してしまった人々が大衆とよばれるのであろう。この大衆の定義はド・トックヴィルやミルやオルテガによる最も良質な大衆論の意を汲みとるものだと思われる。大衆とは資産を持たぬ人々のことでもないし指導される人々のことでもないし、教育をうけぬ人々のことでもない。懐疑の心性を失った人々の支配が進んで受容されるような価値世界、あるいは価値喪失の方向に止むことなく進みつづける世界が大衆社会である。かれらの信奉する進歩のイデオロギーの司祭たちが、たとえば有名な政治家が、高名な学者が、著名な経営者が大衆であってむしろ自然なのである。

現在の保守化にたいして、私が強い抵抗を感じるのは、福祉削減や軍備拡張や憲法改正やについて私の代案があるからなのではない。様々の自称改善策がいとも手軽に自信ありげ主張されるという、いわば保守主義の大衆化が、率直にいって、怖いのである。マイネッケによれば、ヒットラーはいったそうである。「宗教だって? 神だって? 恐怖政治こそ最上の神だ。このことは、現在ロシア人においてみられる。さもなければ、ロシア人はこんなに戦うことはないだろう」と。美しいパンドーラの運んできた手匣を不注意に開いてしまえば、数限りない災厄が飛び出し、あわてて蓋をしても、あとには希望だけが空しく封じこめられてしまったという神話のことが思い出される。人間はいつまでもパンドーラに惚れたエピメーテウスのごときもの、つまり「後から思うもの」にすぎないのか。兄のプロメテウスには、つまり「先に思うもの」にはなれないのか。

おおいにそうなのかもしれない。しかし、たとえ後知恵であっても考えないよりはましであろう。それに、私たち大衆人にそれしか能力がないのだとしたら仕方のないことでもある。エスタブリッシュされた制度の、人間の、言説の意味をしつこく解釈し直す営みのなかから自分自身を再発見するという媒介項を経るのでなければ、今の保守化にみられるような国家の再発見はいずれ人間不在の国家を産み落とさずにはいないであろう。

(毎日新聞 昭和五十六年一月十九日号)

上記引用の文章は、それが書かれた1981年におけるよりも、三十余年を経た現在の方が、はるかに切実かつ深刻な意味を持っていると思います。

2012年1月1日

トニー・ジャット 『荒廃する世界のなかで  これからの「社会民主主義」を語ろう』 (みすず書房)

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2010年死去した歴史家の遺著。

他の著作に『ヨーロッパ戦後史 上・下』(みすず書房)があるが、分厚さに気おされて未読。

本書は市場原理主義への批判と社会民主主義の再評価を述べた評論。

副題がマイケル・サンデル『これからの「正義」の話をしよう』(早川書房)を意識して真似たみたいで、みすず書房らしくない安っぽさ(違ってたら御免なさい)。

冒頭、本書の論旨をよく表わしている以下の文章あり。

今日のわたしたちの生き方には、何か途方もない間違いがあります。わたしたちはこの三十年間、物質的な自己利益の追求をよしとしてきました。実を言えば、今のわたしたちに共通の目標らしきものが残っているとすれば、この追求を措いて他にありません。何にいくらかかるか、わたしたちはよく分かっていますが、それが真に値打ちあるものなのかどうか、皆目見当がつかないのです。わたしたちはもはや、司法的な規制や立法的な措置の必要など意に介さなくなっています。それは善いことか? それは公平であるか? それは正義に反しないか? それは間違っていないか? それが果たして社会を改善し、世界を良くすることに役立つのか? 答えは容易に見つかるわけではありませんでしたが、まさにこうした政治的問いというものが、かつては確かに存在していました。わたしたちはここでふたたび、こうした問いを提起し直さなくてはならないのです。

今日日(きょうび)の生活の特質である実利主義・自分本位主義は、人間の条件そのものに内在しているのではありません。今どき「自然」のように見えていることの大部分――富の創造に取り憑かれること、民営化・民間セクターを金科玉条とすること、貧富の格差が弥(いや)増すこと――は、1980年代以後に起こったのです。そして何といってもこれらの現象に付随して、暴走する市場への無批判な礼賛や、公共セクターに対する謂われなき侮蔑や、限りなき成長というたわいない妄想が、レトリックとして一世を風靡してしまったのです。こんな生き方をつづけてゆくことはできません。2008年に起こった暴落は、規制なしの資本主義は資本主義自体にとって最悪の敵であることを思い起こさせてくれました。放っておけば遅かれ早かれ、資本主義は自らのご乱行が仇となって、国家による救済を求めざるを得なくなるに違いありません。しかし小手先でごまかすだけでこれまで通りをつづけるなら、来るべき将来にはもっと深刻な激動を招く可能性があるのです。

日本でも世界でも、現状を見ると、残念ながら、財力にものをいわせたロビー活動と固定観念を利用したデマゴギーによって、「小手先でごまかすだけでこれまで通りをつづける」ことになっているようです。

その後、80年代以降の新自由主義政策の弊害を述べるために、所得格差と健康・社会問題インデックス、殺人数、精神疾患罹患率などの相関関係を示す表が掲げられているのですが、本文中では記述が無いものの、この表において日本は殆どの場合、圧倒的に優秀な位置に存在している。

悲しいかな、これも今は変わってしまったか、変わりつつあるんでしょうね。

1960年代の新左翼による画一主義打破、個人主義最重視の活動が、結果として旧左翼没落後の新自由主義台頭を準備する皮肉な逆説を指摘。

その新自由主義の「教祖」フリードリヒ・ハイエクについて。

「ハイエキズム」自体が一つの教義だと言ったのは、マイケル・オークショットでした――「あらゆる計画化に抵抗しようという計画は、その逆よりは良いかもしれないが、それと同じスタイルの政治に属している。」

ハイエクの別の一面(引用文(西部邁2)「マスメディアの構造と空気」)を考慮しない自称ハイエク主義者とエピゴーネンたちが我が物顔で横行し、以下のような所業を行うのが常態となってしまっている。

シニカルな(あるいは単に無能なだけの)銀行役員やトレーダーの背後には、必ず経済学者が控えていて、彼らに(そしてわたしたちに)知的権威という絶対的立場から、彼らの仕事が公益にかなうこと、したがっていかなる場合でも集合体からの監督など受けるべきものではないことを確言してくれるのです。

ここで、具体的な顔を思い浮かべる方もいるかもしれませんね。

さらに、資本主義を長期的、安定的に存続させるための条件は、決して市場自体からは出てこないことを指摘。

わたしたちが信頼なしではやっていけないことは明らかです。お互いに信頼し合わないのであれば、相互扶助のための税金など、わたしたちは支払わないでしょう。あるいはまた、信頼のおけない仲間市民の手にかかって暴力や騙しの憂き目に遭う恐れから、遠くへの外出は避けるようになるでしょう。さらに加えれば、信頼とは抽象的な美徳ではありません。資本主義は今日多くの批判に晒されていますが、その批判者のすべてが左翼というわけでは決してないのです。なぜかというと、市場と自由競争にも信頼と協力が必要だからです。銀行は誠実にやってくれる、不動産屋は物件に抵当権が付いていないかどうか本当のことを言ってくれる、公的規制機関は不正取引を取り締まってくれる――こうした信頼がなければ資本主義自体が動かなくなってしまうでしょう。

信頼や、協力や、共通の善のための集合的行動は、市場から自動的に発生してくるのではありません。まったく正反対です。ルール破りの競争参加者は倫理的に敏感な競争者に対して――少なくとも短期の勝負では――勝つ、というのが経済競争の本質なのです。しかし資本主義は、そうした徹底して利己的な行動を長期にわたって耐え抜いて生き残ることなど、できないでしょう。それならなぜ、この潜在的には自己破滅的な経済活動のシステムが今まで持続してきているのでしょうか?おそらく、資本主義の出現時からそこに寄り添っていた節度、正直、穏健といった習慣のおかげでしょう。

しかしながら、長年つづいてきた宗教の、あるいは共同体の諸慣習に由来するこうした諸価値は、資本主義それ自体の本質として備わっているわけでは毛頭ないのです。伝統社会がもつ抑制力や、世俗エリートおよび教会エリートの持続的権威に支えられたことで、資本主義実践者の道徳的欠点は間違いなく補正されているという結構至極な幻想が生まれ、資本主義の「見えざる手」はそこから大きな恩恵をこうむったのでした。

出発当初の、こうした幸福な条件は、もはや存在しません。契約というものに基盤を置く市場経済が、自らの内部からそうした条件を生み出せるはずもなく、それだからこそ、規制なしの経済市場と見境のない極端な貧富の差が社会を蝕んでゆく脅威については、社会主義の立場の批判者のみならず宗教の立場からも懸念が表明されたのです(特筆に価するのは、20世紀初頭の改革派教皇レオ13世です)。

1970年代までであれば、人生の核心は金もうけにあり、それを奨励するために政府がある、などという考えは、資本主義に対する伝統的な批判者のみならず、その最強の擁護者の多くからも、嘲笑されていたことでしょう。第二次世界大戦後の数十年間は、他の時期と比べて、富のための富という考え方が大きな関心を得ることがなかったのです。

上記引用は、村上泰亮『産業社会の病理』(中公クラシックス)を思い起こさせます。

また、以下のように、原子的個人主義を媒介にする、新自由主義と全体主義の親和性を指摘しているのは非常に鋭い(コーンハウザー『大衆社会の政治』(東京創元社)参照)。

こうして「社会」を、私的個人同士の相互活動で出来上がる薄い膜のようなものへと縮小することは、今日、リバタリアンや自由市場主義者の野望として提示されています。しかし、わたしたちが忘れてはならないのは、それが何よりもまずジャコバン派、ボリシェヴィキ、そしてナチスの夢であったということです――もしわたしたちを、共同体あるいは社会として結び合わせるものがないならば、わたしたちは完全に国家に依存するしかない、というわけです。・・・・・

こうしたプロセスに、不可解な部分などまったくありません。それはエドマンド・バークのフランス革命批判のなかで、十分に述べられています。彼が『フランス革命についての省察』のなかで書いているのですが、国家の骨組みというものを破壊してしまうような社会は、すぐにも「個人性という粉塵へと空中分解してしまう」に違いありません。公共サービスを骨抜きにし、それらを民間供給者のネットワーク委託という形にまで縮小することで、わたしたちは国家の骨組みの解体に手をつけたのです。「個人性という粉塵」について言えば、それこそ正にホッブズのいう、万人の万人に対する戦争にそっくりで、そこでは多くの人びとの生活が孤独で、貧しくて、少なからず不快なものになってしまうのです。

こうした現状に対して、著者は「世論を鍛え直す」ことを主張するが、以下のように直接民主制への警戒を持っていることからして、決して凡庸な左派ではない。

直接民主主義は、小規模の政治単位においては、参加の度合いを高めます――と言っても、そこには画一化や多数派による圧迫という危険がつきまといます。異論や異説に対して潜在的な抑圧性をもっているのは、タウンホール・ミーティングやキブツを措いて他にありません。どこか遠くで行われる集会において自分の代わりに発言してくれる人を選ぶというのは、大規模で複雑な共同体のさまざまな利害関係のバランスをとるメカニズムとして、理に適っています。・・・・・

本質的な議論を、こうして抑え込んでしまうことの悪い結果は、わたしたちの身の回りにいっぱいです。今日のアメリカでのタウンホール・ミーティングと「ティーパーティー」は、18世紀に創始された原物の、模造品でなければパロディーにすぎません。議論を捲き起こすどころか、閉じ込めてしまうのです。デマゴーグが群集に向かって何を考えるべきかを告げ、その言葉がこだまとなってもどってくると、デマゴーグたちは大胆にも、自分は一般国民の心情を中継しているだけだと宣(のたま)うのです。イギリスでは、テレビが驚くほど効果的に使われていて、国民の不満の安全弁となっています。プロの政治家たちは今や、移民政策から小児性愛までのあらゆる問題に関する、即時テレフォン投票や人気調査という形の「民の声」に耳を傾けていると言っています。自分が抱いている恐怖感や偏見を、ツイッターで視聴者へと返信することで、彼ら政治家たちは、自分が果たすべきリーダーシップやイニシアチブの重荷を免除されてしまうのです。

結論として、著者は今こそ、社会民主主義の遺産を継承することが必要だとする。

もしもわたしたちが国家を持ちつづけようとするのなら、そして国家が人間の営みのなかで重要な意味を持ちつづけるのなら、社会民主主義の遺産には存在価値があります。過去はわたしたちに、教えることがあるのです。エドマンド・バークは、当時彼が行なったフランス革命に対する悲観的な批判のなかで、未来の名の下に過去と絶縁してしまう未成熟な傾向に警告を発しました。彼は書いています――社会というものは、「・・・・・生きている者同士の協力関係に止まらず、生きている者と、死んだ者と、これから生まれてくる者との協力関係である」と。

この見解は、保守派の典型として読まれています。しかし、バークは正しいのです。すべての政治論議は、未来を改善する夢だけではなく、過去の業績――自分たちがやり遂げたことと先輩たちがやり遂げたこと――との、わたしたちの関係を深く認識することから出発する必要があります。左翼は余りにも長きにわたって、この要請に無頓着でした。わたしたちには19世紀ロマン派の呪縛があり、古い世界に別れを告げて、既存のものすべてに根源的批判を加えることに躍起になってきたのです。そうした批判は、重大な変革のための必要条件ではあるでしょうが、わたしたちを迷走させる危険な可能性があるのです。

通俗的なイメージとは異なる意味で、左派と右派の違いを述べた以下の文章も、特に今世紀に入ってからの、日本の現状を考える上で示唆的である。

わたしたちは通常、「左翼」から用心深さを連想することはありません。欧米文化の政治的想像空間において、「左」が象徴しているのは急進的、破壊的、刷新的ということです。ところが本当は、進歩的な諸制度と深慮の精神とのあいだには、密接な関係があるのです。民主主義的な左翼は、これまでしばしば喪失感に突き動かされてきました――時には理想化された過去の喪失感、時には私的利益によって無残に蹂躙された道徳的心情の喪失感です。この二世紀のあいだ、経済的な変化はすべて良いほうに向かっているという、飽くなき楽観的な考えを抱きつづけてきたのは、空想的市場主義リベラルでした。

全世界向けプロジェクトの名において、破壊と刷新という近代的野心を継承したのは、右翼のほうでした。イラクにおける戦争から始まって、公費教育や医療サービスの解体というゴリ押し的な欲望、さらには数十年にわたる金融の規制緩和プロジェクトに至るまで、サッチャーとレーガンからブッシュとブレアまでの政治的「右」は、政治的保守主義と社会的穏健主義との結びつきを断ち切ってしまったのです。

一部異議のあるところがないではないが、総合的には全然気にならない。

共産主義が人類史上最も邪悪な思想だという認識にはいささかも変わりないが、(経済体制としての)社会民主主義に対するアレルギーはここ5、6年で自分でも驚くほど雲散霧消してしまった。

むしろ最近では、資本主義批判の視点を持たないような「保守」は醜悪な偽物だ、とますます確信するようになっているので、本書の主張にも全く違和感無し。

お勧めします。

参考文献としては、荒井一博『自由だけではなぜいけないのか』(講談社選書メチエ)カール・ポラニー『大転換』(東洋経済新報社)西部邁『経済倫理学序説』(中央公論社)などをどうぞ。

2011年5月15日

小田中直樹 『歴史学ってなんだ?』 (PHP新書)

Filed under: 史論・評論 — 万年初心者 @ 06:00

お久しぶりです。

大震災という不慮の事態が生じたので、だいぶ間が空きましたが、とりあえず今日から再開します。

おそらく週一くらいの更新頻度になるかと思いますが、1000記事目まであと20弱ですので、そこまでは何とか続けたいと思います。

さて本書ですが、ちょっと前に出た本という感覚だったが、2004年刊だからもう7年前になるのか・・・・・・。

読もう読もうと思っていたが、今まで放ったらかし。

本書だけでなく、そんな調子で放置していた本で、このブログの記事にするために手に取った本が少なくない。

たとえ訪問者がゼロでも、それだけでブログを作った価値があるというもの。

また、感想文なり要約なりを書くつもりで読書に挑むと、集中して読めることに加え、重要な部分とそうでない部分を区別して主要な論旨を掴もうと意識するようになり、読解力と内容理解・内容記憶にも良い影響があるように思われます。

本筋から外れた枝葉の部分は飛ばし読みにするなど、メリハリを付けた読み方をするようにもなり、途中で通読を断念する確率も随分下がりました。

閑話休題。

本書は歴史学の根底的課題を考察する本。

(1)「史実」を本当に明らかにできるか、(2)歴史学は社会の役に立つのか、(3)歴史家は何をしているかという、三つの問題設定を行なって話を進めていく構成。

こう書くと大仰な感じがするが、中身は「です・ます」体で話し言葉に近い文体なので、非常に読みやすい。

(1)については、構造主義の言語論的転回からくる批判にも関わらず、史料批判を通じて根拠を問い続け、絶対的真実ではないが「コニュニケーショナルに正しい認識」に至り、そこから「より正しい解釈」に達することは可能であるとしている。

(2)従軍慰安婦問題というややキナ臭い例を用いて、歴史学は、集団的アイデンティティや記憶に介入する形で(直接的にで)はなく、あくまで真実性を経由して個人への知識の供給に努めることによって社会の役に立つことができるとする。

(3)は、世界史教科書の行間に見い出される歴史観の変遷、日本の戦後史学の簡略な概観、歴史家のメッセージの重要性など。

砂糖の世界史』、『茶の世界史』、『ローマ人の物語』、『ローマ五賢帝』、『フランス革命 歴史における劇薬』、『新書アフリカ史』、『繁栄と衰退と』など、平易かつポピュラーな啓蒙史書を引用しながらの叙述は親しみやすい。

しかし、200ページ弱の短さで読みやすいのはいいものの、出来れば倍ほどの分量でより詳しく説明して欲しかったところではある。

期待が大き過ぎた分、少々物足りなさが残った。

とは言え、比較的高度な内容をよく噛み砕いて説明してくれている本なので、初心者は読んで損は無いでしょう。

2010年12月12日

ハインツ・ゴルヴィツァー 『黄禍論とは何か  その不安の正体』 (中公文庫)

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1999年草思社から単行本で出たのを2010年文庫化したもの。

著者はドイツ人史家で、原著は1962年刊。

1870年代から第一次世界大戦までの帝国主義時代の欧米における、黄色人種脅威論に関する書。

まず総論があって、その後、英・米・露・仏・独の順番に各国ごとの分析。

多くの知識人、ジャーナリスト、政治家の言説を採り上げている。

その固有名詞は一部を除いて特に憶えなくてもいいでしょう。

抽象的理論ではなく、具体的事例を次々挙げていく構成なので、面白くスラスラ読める。

帝国主義時代、地球上のほとんどすべてが欧米列強によって分割され、表面上西洋が圧倒的優位を誇っていた時期の、欧米人の心の底に潜む不安感を描き出している。

「黄禍」といっても、その中心対象は、ほぼ中国と日本に尽きる。

日本は主に日清・日露の戦争後について。

中国はアヘン戦争で国を開いてから「眠れる獅子」と呼ばれていた時期だけでなく、日清戦争敗北後においても、その膨大な人口が与える圧迫感から脅威視されることが多かった。

低賃金労働による輸出洪水、移民の氾濫、近代技術の模倣・習得による軍事力整備と膨張政策についての懸念が西洋人の脳裏に付き纏う。

本書に挙げられている様々な言説を読み進んでいくと、一部を除きアジアへの蔑視というよりその潜在的能力に対する不安からくるものなので、別に不愉快な感じは受けない。

人種・民族・文化に関する偏見の話でも、日本人読者にとっては、こちらが「被害者」なので、気楽である。

とはいえ、我々としては本書を読んで自らの鏡とし、例えば硬直して偏執狂的な反中反韓感情の虜にならないよう自省すべきなんでしょう。

興味深いサブテキスト。

読みやすいし、分量も多くないので、通読は大した手間でない。

気が向いたら読んでおいても損はないです。

2010年11月1日

J・M・ケインズ 『ケインズ説得論集』 (日本経済新聞出版社)

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今年4月に出たもの。

既訳があるが、ケインズ死後60年余りが過ぎて著作権切れとなったのを機に訳したと、巻末の山岡洋一氏による訳者あとがきに書いてある。

ケインズの著作のうち、専門的論文ではなく一般読者でも読めるものというと、ニュートンなどを描写した『人物評伝』でも手に取るべきかとも思ったが、たまたまこれが目に付いたので読んでみた。

インフレとデフレ、金本位制への復帰、自由放任の終わり、「孫の世代の経済的可能性」、繁栄への道、の四部構成。

この訳書では原著から一部を取捨選択して現在の読者の関心に応えるような構成にしているとのこと。

「自由放任の終わり」を全編収録してくれたのは有難いと思う。

内容はまあ、完全な経済学門外漢の私でも何とか読めるかなあといったレベル。

真ん中の金本位制についての文章は相当苦しい部分があったが、わからない所は飛ばせばいいと思います。

たまにはこういう本を読むのもいいんじゃないでしょうか。

さまざまな時期に自由放任の教義を基礎づけてきた形而上学の原理や一般的な原理を、ここで一掃しようではないか。個人が経済活動に関して、慣行として「自然な自由」を与えられているというのは、事実ではない。もてるもの、取得せるものに恒久的な権利を与える「社会契約」は、実際には存在しない。世の中が、私益と公益がつねに一致するように天上から統治されているというのは、事実ではない。現実に私益と公益が一致するように地上で管理されているというのも、事実ではない。洗練された自己利益がつねに公共の利益となるように作用するというのは、経済学の原則からの推論として、正しくはない。自己利益がつねに洗練されているというのは、事実ではない。個人が独立して自分の目標を追求するとき、あまりに無知かあまりに無力なために、自分の目標すら達成できない場合の方が多い。事実をみていけば、個人が社会的な組織の一員として行動しているときには、個々人がばらばらに行動しているときより先を見通せてはいないとはいえない。

したがって、バークがいう「立法にあたってとくに微妙な問題の一つ、つまり、国が公共の英知を使って指揮を引き受けるべき点は何で、干渉を最小限に抑えて、個人の努力に任せるべき点は何なのかを判断する問題」は、抽象的な理論によって解決することはできず、その是非を詳細にわたって検討していかなければならない。ベンサムがいう「なすべきこと」と「なさざるべきこと」を区別すべきであり(いまでは忘れ去られているが、有益な用語だ)、その際には、政府の干渉は「一般に不必要で」、しかも「一般に有害だ」とするベンサム流の予断をもたないようにするべきである。・・・・・

考えと感情が混乱しているため、語ることも混乱している。多くの人が、実際には生活様式としての資本主義そのものに反対しているのに、資本主義自体の目標を達成する点で効率が悪いことを根拠に反対しているかのように語っている。逆に資本主義の熱心な支持者は往々にして極端なまでに保守的になっており、実際には資本主義を強化し、維持するのに役立つ可能性があっても、資本主義から離れる第一歩になりかねないと恐れて、技術的な改革を拒否している。とはいえ、いずれ時期がくれば、資本主義を効率的かどうかという技術的な観点での議論と、資本主義そのものが望ましいか望ましくないかという観点での議論とを、現在よりはっきりと区別できるようになるだろう。わたし自身の見方をいうなら、資本主義は賢明に管理すれば、現時点で知られているかぎりのどの制度よりも、経済的な目標を達成する点で効率的になりうるが、それ自体としてみた場合、さまざまな点で極端に嫌悪すべき性格をもっていると思う。いまの時代に課題となるのは、効率性を最大限に確保しながら、満足できる生活様式に関する見方とぶつからない社会組織を作り上げることである。

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