万年初心者のための世界史ブックガイド

2011年11月6日

杉山正明 『クビライの挑戦  モンゴルによる世界史の大転回』 (講談社学術文庫)

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もとは1995年朝日選書刊。

2010年版元を変えて文庫化。

三部構成で、第1部はモンゴルの世界制覇の実像とイメージのズレを再検討、第2部はクビライ(フビライ)の権力確立プロセスの確認、第3部はクビライ時代の統治と通商・交通の描写。

まず第1部、モンゴルに付きまとう破壊・虐殺・野蛮・蒙昧といったマイナスイメージを史料に即して否認。

中国・杭州(キンザイ)の繁栄を記すマルコ・ポーロ(この「マルコ」は本書では複数人の証言の合わさったものとされている)の言葉が、南宋ではなくまさに元代のものであることを改めて指摘。

科挙が事実上停止され士大夫・読書人の不満がつのったとされるが、実務能力に応じた柔軟な人材登用が行われており、「官界から締め出された士大夫が元曲を作った」という高校世界史でお馴染みの定説も否定している。

中央アジア・イランでのオアシス都市破壊の描写も誇張であり、モンゴル以後の15世紀ティムール時代に中央アジアが史上最盛期を迎えたことをその証拠としている。

ロシアの「タタールのくびき」については、史上有名な1241年ワールシュタット(リーグニッツ)の戦いと、翌1242年にアレクサンドル・ネフスキーがドイツ騎士団を破ったチュード湖氷上の戦い(山内進『北の十字軍』参照)という、ほぼ同時に生じた二つの史実を挙げ、ロシア諸侯とモンゴル勢力の両者が暗黙の了解で事実上協力していたのではないかと推測している。

あと、ウォーラーステインの「世界システム論」とモンゴル制覇についてあれこれ書いているが、著者の意見がはっきり読み取れないのでパス。

1206年がチンギス・ハン即位の年。

その少し前、1204年に第四回十字軍がコンスタンティノープルを攻略。

教科書では全くバラバラに出てくるが、この二つの超重要史実は極めて接近した時点に存在している。

モンゴル侵攻と後期十字軍は同時代で、この時期イスラム世界は東西から挟撃されていたことになる。

ルイ9世による第六回十字軍が1248~54年、そして1258年フラグのバグダード入城とアッバース朝滅亡を挟んで、同じくルイ9世の第七回十字軍が1270年。

(ここでルブルック派遣[1253~55年]を想起。)

用語について。

トルコ語・モンゴル語では人間集団の長をカン、君長たちの上に立つ至高の存在をカアンと呼ぶので、(高校教科書のように)すべてをハンまたはハーンと表記するのは不適切だとしている。

なおモンゴル時代には「ハン」より「カン」に近い発音だったはずだとして、よって本書ではフビライ、ハイドゥはそれぞれクビライ、カイドゥと表記されている。

ちなみに確かこの第1部では以下の文章がある。

反対に、モンゴルとなると、やたらとほめる動きがある。その傾向は最近になって特にはげしい。・・・・・歴史において、不当な過小評価や曲解、理不尽な非難や断罪はよくない。しかし、かといって、いきすぎた評価や美化、わけのわからない賛美や称揚も、おそろしい。どちらも、おもいこみであったり、ためにするものであったり、ときにはそれと承知の嘘であったりするからである。

一瞬、「これは・・・・・先生ご自身のことでは?」と思ってしまったのは、私の無知蒙昧が成せる業だと申しておきます。

第2部。

西アジア征服に出たフラグがモンケ・ハン死去により帰還、その途中でフレグ・ウルス(イル・ハン国)建国。

残留軍が1260年アイン・ジャールートの戦いでマムルーク朝(1250年成立)のバイバルスに大敗、この後バイバルスが即位することになる。

(このアイン・ジャールートの戦いってそろそろ高校教科書に載りそうな気がしないでもない。)

ジョチ・ウルス(キプチャク・ハン国)とフレグ・ウルスが激しく対立したため、ジョチ・ウルスとマムルーク朝が同盟関係に。

1261年ラテン帝国を滅ぼし、ニケーア帝国からビザンツ帝国を再興させたパラエオロゴス朝が使節通過を許可することによってこの両者を取り持つ。

本書ではジョチ・ウルス配下のトルコ系遊牧民とマムルークの共通性が指摘されている。

東方では、クビライよりも、都のカラコルムで即位した弟アリク・ブケの方が正統的と言えるが、クビライが奪権。

教科書にも太字で出てくる「カイドゥの乱」は誇張であり、ユーラシアの交流・通商は途切れることは無かったと指摘。

第3部。

上記の通り、クビライ即位の事情はやや非正統的だったとは言え、「フビライの不完全な君主即位→四ハン国の分裂」という高校世界史のイメージは否定。

まず、クビライ政権は中華王朝「元朝」ではなく、「大元ウルス」と呼ぶべきと強調。

中国は重要ではあるが、あくまで領土の一部であり、大元ウルスは編成し直したモンゴル帝国だとする。

草原の軍事力・中華の経済力・ムスリムの商業力を結合し、政治的分権体制を容認しつつ、ユーラシア全土の通商・流通活動を整備・活発化させることによって大元ウルスの覇権を維持するというのがクビライの構想。

あとは交鈔の問題。

帝位争い、ラマ教盲信と並んで、交鈔によるインフレーションが「元朝」の三大衰退原因として教科書に載っている。

しかし著者はこれを否定、実用に供された交鈔は実は高額紙幣ではなく、少額通貨の銅銭の代わりに使用された低額面のものであり(この点で今の紙幣と通貨の関係の逆)、そこで余った銅銭が日本に輸出されており、日本での宋銭の大量出土は通説のように日宋貿易の繁栄を物語るものではなく、むしろ日元貿易の殷賑振りを示すものだとしている。

こうしたモンゴルのユーラシア統治システムが崩壊したのは14世紀後半の黒死病蔓延という天災が襲ったことが原因だと著者は主張。

つまり「モンゴルの大征服活動によって黒死病が広まった」という説に対して、著者は全く逆に捉えている。(このことは杉山氏の『大モンゴルの時代』の記事でも少し触れています。)

モンゴルが去った中国では15世紀永楽帝没後の明朝が大きな方向転換を成し、海禁政策を採用することで、海洋貿易活動が衰退、これが大航海時代以後の東洋と西洋の運命を分けることになったとして本書を終えている。

そこそこ面白いですけど、まあ普通ですね。

上にメモした通り、いくつか興味深い論点はあるが、一冊でも杉山氏の本を読んでいれば、特に読む必要は無いかも。

この記事を見て、気になった方だけどうぞ。

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2009年6月5日

間野英二 中見立夫 堀直 小松久男 『内陸アジア (地域からの世界史6)』 (朝日新聞社)

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苦手分野の補強に勤しむため、これを読む。

このシリーズが1990年代初頭に刊行されたときには、全く無視していた。

タイトル通り、時代ではなく地域で各巻を区切る全21巻のシリーズだが、かなり薄い本だし、特筆すべき部分もないような気がしてこれまで読まなかった。

他の巻は何とも言えませんが、今回この巻を読んでみた限りでは、意外なほど良い。

まず、遊牧国家と定住オアシス都市の成立、9・10世紀の遊牧民の定住化開始(東の契丹による遼建国、西のウイグル族西進とトルキスタン成立、イスラム化)、15・16世紀の遊牧社会の軍事的優越退潮、18・19世紀のロシアと清による支配と世界史の中での独立性喪失という時代区分を提示し、それから本文の記述に入る。

個々の記述は高校教科書にやや肉付けした程度の質量だが、初学者が無理なく消化できるという点では反って良い。

ごく大まかな見取り図を得るという目的に絞ると、相当使える本。

巨視的な流れを常に意識して叙述されているので、200ページ程の本文にしては極めて効用が大きい。

個別の細かな史実に関しては別の本を探せばよい。

巻末にかなり詳しい文献案内が載っているのも非常な好印象。

コメントこそ付されていないが、難易度によってA・B・Cのランク付けがなされている。

これだけでも、ただ書名がズラッと並べられているリストより、はるかに有益である。

こういうところは、中公新版「世界の歴史」にも見習って欲しかった。

かなりの完成度の入門書と言える。

中央アジア史最初の一冊として十分勧められる。

2009年5月17日

加藤九祚 『中央アジア歴史群像』 (岩波新書)

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中央アジア史も非常な苦手分野なので、目に付いたものは何でも読んでみるかと、前から気になってたこれを読みました。

伝記と通常の時代概説を組み合わせた形式の通史。

取り上げられている人物は、イブン・シーナー、ティムール、バーブルという有名人と、ルダキー、ナワイー、マハトゥム・クリという聞いたこともない詩人・文学者と、侵入してきた征服者に抵抗したほぼ無名の地方支配者。

最初の方はかなりたるいですね。

内容自体面白くないし、章と章の時代の間が空き過ぎて、物足りない。

イブン・シーナーがサーマーン朝統治下に生まれたことは知っていたが、999年カラ・ハン朝がサーマーン朝を滅ぼした時にはまだ存命中で、ガズナ朝に招かれるが応じず、最後はブワイフ朝に仕えたことは本書で初めて知った。

チャガタイ・ハン国の分裂とティムールの台頭の過程は本当に複雑で訳がわからない。

最初メモしようと思って読み返したんですが、あまりのややこしさにやる気が失せました。

この辺、何かいい本ないですかね・・・・・。

バーブルがティムール朝滅亡後の中央アジア支配を断念して、アフガンのカーブルで勢力を蓄え、インドへ入るまでの経緯も同様。

ウズベク族を率いて南下し、バーブルを破ったシャイバニ・ハンが、バーブルと同盟していたサファヴィー朝創始者イスマイル1世と戦って敗死したことだけ覚えた。

後にムガル朝第二代皇帝フマーユーンがインド支配を失って亡命した先もサファヴィー朝だが、この初期のムガル朝とサファヴィー朝の密接な関係は年代比較の上からも便利なので、覚えておいた方が良い。

本書ではシャイバニ朝から、ブハラ・ヒヴァ(ヒワ)・コーカンドの三ハン国支配にどう繋がったのかが読み取れない。

せめて地理的なことを頭に入れるようにする。

まずアラル海に注ぐ二つの大河、アム(ダリヤ)川・シル(ダリヤ)川を覚える。

(アム川が南、シル川が北側。)

アム川上流にサマルカンド、ブハラがあり、下流にヒヴァのあるホラズム地方がある。

南西、イラン方面に向うと、ヘラト、メルヴなどのホラサン地方があり、東北方面がコーカンドのあるフェルガナ地方。

これら三ハン国はブハラ、ヒヴァはロシアの保護国になり、コーカンドは1876年に完全に滅亡させられた。

ついでに、現在の中央アジア諸国の位置も確認すると、まずロシアのすぐ南にある一番バカでかい国がカザフスタン。

そのさらに南に4か国がある。

東側で中国に接する二国がキルギスとタジキスタン。

北がキルギス、南がタジキスタン。上下(北南)の位置関係は「キ」ルギスと「タ」ジキスタンで五十音順だと覚えればよい。

(これはバルト三国の位置関係を覚えるのにも使える。北から順に「エ」ストニア、「ラ」トヴィア、「リ」トアニア。)

その西側にウズベキスタンがあり、この国に中央アジアの歴史的都市が多く存在しており、ブハラ・サマルカンド・コーカンド・タシケント・ウルゲンチなどが含まれる。

そのさらに西隣、イランに接するのがトルクメニスタン。

これらの国々はソ連崩壊による独立後、国名の末尾に「~スタン」と付けるようになりましたが、キルギスだけは元の名前に戻ったようです。

あんまり面白くないです。

複雑な内容を手際よく整理してくれるという感じの本ではない。

通読しても苦手意識を払拭することはできなかった。

中央アジア史もこのまま放置するのも気分が良くないので、また何か別の本を探してみます。

2008年10月6日

杉山正明 北川誠一 『大モンゴルの時代 (世界の歴史9)』 (中央公論社)

Filed under: 全集, 中央アジア — 万年初心者 @ 06:00

「モンゴル大好き」杉山正明先生の巻。

『遊牧民から見た世界史』を途中で投げ出して以来、杉山先生がどういう主張をお持ちなのかよく知っているので、かなり覚悟して読み始める。

これが、意外や意外、かなり面白い。

第1部が杉山氏執筆で、モンゴル史全般と元朝(大元ウルス)の興亡が範囲。

第2部が北川氏執筆で、イスラム世界のモンゴル史。

第1部では、スケールの大きな歴史の捉え方が叙述され、大いに興味を持たせる。

その過程で、これまでの通念を覆す説明が多くなされる。

モンゴル帝国と同時期のペルシア語史料では君主号としての「カアン」と「カン」は明確に区別されており、それを無視して何でも「ハーン」と記述する研究者は自らの無知を暴露しているとか、「蒙古・色目・漢人・南人」の階層制を特徴とする「モンゴル人第一主義」などは誇張もいいところだとか、バトゥの西征はロシア・東欧遠征というより、その手前のキプチャク草原を支配していたトルコ系遊牧民キプチャク族(クマン族)を標的にしていたのであって、ワールシュタットの戦いをさも大事件のように歴史教科書の中で特筆大書するのは悪しきヨーロッパ中心主義だとか、モンゴル帝国は世界規模のゆるやかな連邦的存在であり、「四ハーン国への分裂」という言い方は実態に即していないとか、等々。

チマチマした社会史的記述にややウンザリしていたので、こういう斬新な視点が非常に楽しく、知らず知らずページをめくるスピードが速くなる。

しかし、気になる点もやはり残る。

中華思想の裏返しのような、モンゴルおよび遊牧民勢力の美化・理想化、漢民族王朝敵視と感じられるような記述がちらほら。

南宋や前期の明王朝などは極めて批判的に叙述され、一部の口調はほとんど罵倒に近いといっても過言ではなく、「ここまで断言して大丈夫か」と思うほど。

具体的な名前を出しているのではないですが、漢文史料しか読まない中国史研究者をはじめとする他の歴史学者への嘲笑的批判も多い。

一箇所だけ名を挙げて批判している相手がブローデルとマクニールなのに驚く。

マクニールが、黒死病(ペスト)はモンゴルの活動によって広まったと書いている(私自身は未読ですが、『疫病と世界史 上・下』(中公文庫)にたぶんそういう記述があるんでしょう)ことに根拠が無いと反論して、えらく手厳しくその歴史家としての欠点を指摘している。

第1部は、まあ良くも悪くも躍動感があって思い切った叙述。

第2部に入ると、かなりダレる。

まず最初に、チンギス・ハンの征服があまりに大きな衝撃であったので、以後の中央アジア遊牧民の最高統治者の条件としてチンギス家の男系子孫であることを最重視する観念が形成されたことが述べられる。(これは宮脇淳子『最後の遊牧帝国ジューンガル部の興亡』(講談社選書メチエ)でも繰り返し論じられるテーマである。)

最初は「テングリ(天)」崇拝とシャーマニズム信仰、後にはイスラム教によって、その観念が支えられた事実を、ラシード・ウッディーンの『集史』や『元朝秘史』、各種の伝承の翻訳を交えて長々語られるのだが、正直これに一章費やされると辛い。

次に、キプチャク・ハン国とチャガタイ・ハン国のイスラムへの改宗を叙述。

イル・ハン国がガザン・ハンの治世に改宗したというのは高校世界史でも必ず暗記しなければならない重要事項だが、他のハン国の改宗過程というのは全く未知であり、その意味で興味はある。

しかしゴチャゴチャと煩瑣な記述で、どうにも面白くない。

キプチャク・ハン国のイスラム化の画期となったのが、ウズベク・ハンの治世であり、後にティムール朝を滅ぼすウズベク人は彼に因んで名付けられたという説があることだけ頭に入った。

驚いたことに、2002年版の『世界史B用語集』(山川出版社)で確認したら、このウズベク・ハンって載ってますね。

私の頃の高校世界史では全く聞かない人名でしたが。

しかし、イル・ハン国自体の記述がほとんどゼロなのは、どうした訳でしょう・・・・・?

教科書的記述ではティムール自身がチンギス・ハンの子孫を名乗ったということになっているが(←今の教科書だと違うかもしれません)、本書ではティムールがチンギス家の男系子孫を名目上のハンに立て、自らはアミール(将軍)とキュレゲン(婿)とだけ称した史実を記して、上記の「チンギス家への王権神授説」の根強さを説明している。

モンゴル勢力が膨張するにつれ、そのイスラム化、トルコ化が著しいが、モンゴルとトルコの関係についての記述が続く。

もともとモンゴル人とトルコ人は同じアルタイ語族であり、チンギス・ハンの配下にあった部族のうち、ケレイト、ナイマン、オングトはトルコ系である。

それでチンギス・ハンの大征服の後、被征服者のトルコ系遊牧民が自らの祖先伝承の中にモンゴルとの関係を加えて支配民族への加入や独立の根拠にしたりした。

そういう視点から、イル・ハン国滅亡後に出現したトルコ系王朝である、イラン西部とイラクのカラ・コユンル朝とイラク北部とアナトリア西部のアク・コユンル朝の父祖伝承を検討しているのだが、ややこしいだけで面白くない。

ジョチ・ウルス(キプチャク・ハン国)を源流として、シャイバーニー朝(それから分離したカザフ族)、クリム・ハン国、カザン・ハン国、アストラハン・ハン国、シベリア・ハン国、ボハラ・ハン国、ヒヴァ・ハン国が生まれ、これらの国は後にほとんどロシアに併合されることになるが、この辺も説明不足気味。

そもそもこれらの王朝は高校レベルでは名前すら出ないものもあるのに、父祖伝承の翻訳や検討に紙数を割きすぎて、基本的史実の説明が疎かになっている。

あまりにもバランスが悪い。

こういうのは編集者が「いや先生、これはちょっと困ります」とキチンと止めてもらいたい。

自分の研究分野や興味のあるテーマについて少々噛み砕いて書くだけでいいだろうと構えて、該当地域・時代の歴史の網羅性を無視するのは如何なもんでしょうか。

もう少し初心者の目線に立って、基礎重視の親切な叙述に徹してもらいたいもんです。

結論。第1部は異様にクセがあるが、まあ面白い。第2部は記述の形式に偏りがあって到底初心者向けとは言い難い。

前にも書きましたが、著者間での意思の統一と編集権の貫徹によって、平易で面白い物語的史書の全集ができないもんかなと考えてしまいます。

2008年9月28日

伊原弘 梅村坦 『宋と中央ユーラシア (世界の歴史7)』 (中央公論社)

Filed under: 全集, 中国, 中央アジア — 万年初心者 @ 06:00

北宋・南宋および遼・金・西夏史の巻。

タイトルには現れないが、高麗時代の朝鮮史と雲南の大理国の歴史にも一章が割り当てられている。

第1部の宋史では、冒頭の中国史における宋王朝の意義などに触れた部分が非常に面白く、大きな期待を持たせたが、それも一瞬だけ。

やはりこの巻でも、社会史・経済史・生活史の比重が極めて高く、どうにも爽快感の無い記述。

昔ながらの物語的歴史などは書くつもりはないので別の本で済ませて下さいという事なのかもしれないが、別の本といってもそれほど適切な本が多くあるわけではない。

結局、旧版の宮崎市定『宋と元』でも引っ張り出してくるしかなかったりする。

本書の社会史的記述が全然興味が持てないとか面白くないということはない。

この時代の農民が、地主や王朝に一方的に搾取されて食うや食わずの貧困状態だったというのは実態とはかけ離れているとか、意外な見解を知る部分もある。

しかし、果たしてこれが初心者が最初に読むべき本でしょうか。

「向こう岸にはこういう豊かで面白い世界がありますよ」と言われながら、その間の川に架かっている橋は落とされているといった感がしないでもない。

(下手な喩えですみませんが。)

なお、第1部の終章が高麗・大理国史なのだが、大理国はともかく高麗史が10ページに満たないのは如何なもんでしょうか・・・・・・。

配分がかなりおかしくないですか・・・・・?

前にも書きましたが、やっぱり朝鮮史は独立の一巻を立てるべきだったんじゃないでしょうか。

北アジア・中央アジア史の第2部に入ってもあまり叙述の質は変わりませんねえ。

840年にウイグルがキルギスに破れて、モンゴル高原の覇権を失い、西走して中央アジアに定住し、この地域のトルコ化が進んで「トルキスタン」が成立したということは教科書にも書いてあります。

高校教科書には出ていませんが、そのウイグル人が建てた国が「天山ウイグル王国」であり、この国は、東は遼・西夏のちに金、西はカラ・ハン朝、カラ・キタイ(西遼)に接し、最後はチンギス・ハンに服属する。

本書ではこの国を詳しく取り上げて、その社会、通商、文化に関してかなりのページを割いている。

これも悪いとは言いませんけど、遼・金・西夏の記述量と比べると、やはりアンバランスさは否めない。

この巻も、通読は容易だが不完全燃焼といった感じ。

今風の概説と、自分が求めている初心者向け基本書とのギャップを改めて思い知らされた。

これまで読んだ巻では、イスラム史やインド史など、そもそも出回っている本が少なく、自分自身も知識が特に乏しい分野はかなり面白いと感じたが、中国史やヨーロッパ史などの伝統的分野はやはり厳しい。

私の好き嫌いが激しすぎるのかもしれませんが、この種の社会史中心の概説はどうしても合いません。

私ほど偏った嗜好を持っていない方にとっては良質な入門書と言えるのかもしれませんが。

2008年8月19日

岡田英弘 神田信夫 松村潤 『紫禁城の栄光 明・清全史』 (講談社学術文庫)

Filed under: 中国, 中央アジア — 万年初心者 @ 06:00

これも文芸春秋「大世界史」シリーズの中の一巻の文庫化。

いつもの悪い癖でタイトルだけ見て、「ああ、腐るほどある凡庸な中国史概説だな、読む価値無し」と決め付けて全く手に取ることが無かったが、たまたま前書きだけを読んでユニークさを感じたので通読。

はっきり言って通常の中国史の記述はさして興味深いものではないが、全巻のおよそ三分の一が北アジアの遊牧民勢力の歴史に当てられており、それが滅法面白い。

宮脇淳子『最後の遊牧帝国ジューンガル部の興亡』(講談社選書メチエ)と同じような内容を含みながら、表現ははるかに平易で読みやすく、極めて有益。

本書の基本的視座として、まず漢民族が居住する「シナ」と、シナに満州・モンゴル・新疆・チベットを加えた五つの地域からなる歴史的世界の「中国」を区別している。

「中国」的帝国としての元朝崩壊後、明は洪武帝・永楽帝時代にその継承を目指し対外積極策を採るが、遊牧民勢力の根強い抵抗の前に挫折し、以後「シナ」的帝国としての存在に甘んじ、モンゴルと明の抗争が続くが、結局満州から出た清朝が大膨張を遂げ、「中国」全土を支配下に入れるというのが全体の構図。

なお、元および北元滅亡後の北アジアでは西部(西北モンゴル)のオイラートと東部(内モンゴル)の韃靼(タタール)が交互に興亡したというのが教科書的記述だが、本書ではモンゴル勢力は東部で元朝の伝統の継続性を強く保ったまま存続しているとする立場から韃靼(タタール)という言葉は一切使われていない。

1388年北元が一族の内紛で滅んだ後、臣下筋のオイラット(オイラート)が勢力を得る。

このオイラートはモンゴル系ではあるが、チンギス一族直系を戴く部族ではないようだ。

テムジン時代のチンギスによって併合されたナイマンとかケレイト、メルキト、タイチュウトなどの部族と同格の存在ということでしょうか(前2者はトルコ系らしいですが)。

その最盛期の首領は教科書の記述ではエセン・ハンではなく単にエセンとなっている場合があるが、それは土木の変(1449年)の際にはまだハンに即位していなかったからだと思われる。

また結局ハン即位後わずか一年で部下に暗殺されたが、それはハンとなるにはチンギス一族直系でなければならないとするモンゴル民族の観念からすると正統性に疑義があると当時は考えられていたことも一因だと上記の宮脇氏著には書かれていた(通婚関係で女系ではチンギス一族と繋がっているが)。

エセンは北元皇族の多くを殺したが、エセンの娘を祖母に、北元皇族の一人を祖父に持つダヤン・ハンが1487年帝位に就き、内モンゴルと外モンゴル東部に君臨する(これが普通韃靼の興隆とされるもの)。

ダヤン死後、孫のアルタン・ハンが指導権を握り、1550年明に侵入し北京を包囲、黄帽派チベット仏教に帰依しダライ・ラマの称号付与。

なおダヤンの子孫のうち、アルタンと別系統がそれぞれチャハル部、ハルハ部の祖となる。

内モンゴルのチャハル部は清の太宗ホンタイジによって併合。

17世紀後半エセン以後200年ぶりにオイラート系勢力が復興、その一員のジュンガル部のガルダン・ハンが台頭、外モンゴルのハルハ部の内紛に介入し結局外モンゴル全土を支配。

これに脅威を覚えた清の康熙帝が親征、苦戦するが別働隊がガルダンの軍を壊滅させ、ガルダンは逃亡後まもなく病死、ジュンガル部ハン位はガルダンと対立した甥が継承し、清との関係はしばらく小康状態に入る。

その後チベットにオイラート系ホシュート部とジュンガル部が相次いで侵入、康熙帝は1720年軍を派遣しダライ・ラマを保護、以後チベットは清朝の保護下に入る。

乾隆帝時代に継承争いの渦中にあったジュンガル部は清朝に滅ぼされ新疆として併合された。

これはかなり良いです。

中国史の本としてより、元朝崩壊後の中央アジア史として非常に面白いし役に立つ。

今も新刊として手に入りますし、是非一読しておきたいものであります。

2008年5月2日

羽田明 他 『西域 (世界の歴史10)』 (河出文庫)

Filed under: 中央アジア — 万年初心者 @ 06:00

中央アジア史も個人的に非常に苦手な分野です。

北アジア史に関しては、中谷臣『世界史A・Bの基本演習』(駿台文庫)に、1.民族系統不明時代(匈奴・鮮卑・柔然)、2.トルコ時代(6~9世紀 突厥・ウイグル・キルギス)、3.三民族抗争時代(10世紀以降 漢人の宋・明 蒙古人の遼・元 女真人の金・清)という大まかな時代区分が載っており、受験時代から「これは便利だ」と思って覚えていた。

しかし内陸アジア史全体を把握するのはなかなか困難。

何が難しいといって、まず地名に馴染みが無い。

同じく『世界史A・Bの基本演習』に、「地名については教科書に北アジア・中央アジアの地図が載っているから必ずその位置を確認せよ。地名が直接問われることは少ないとしても、地名の位置がわからなかったら問題文を理解できない、すると空欄の歴史用語も正確にあてはめられない、という結果になる。」と書かれている。

受験時代を過ぎてもう問題を解く必要は無いのだが、概説書を読む上で地名がわからないと全く五里霧中の状態で、頭に入らないというは事実である。

モンゴル高原、陰山山脈、オルドス、ゴビ砂漠、甘粛、アルタイ山脈、ジュンガル草原、天山山脈、タリム盆地、タクラマカン砂漠、崑崙(クンルン)山脈、チベット高原、ヒマラヤ山脈、パミール高原、アム川、シル川、ソグディアナ、カラコルム山脈、ヒンドゥークシュ山脈といった地名の大体の位置関係を地図で確認しておきましょう。

特に天山山脈の北側が「草原の道」、南側が「オアシスの道(シルク・ロード)」(の主要幹線)だということ、パミール高原が東西トルキスタンの境目で近世において中国勢力とロシア勢力の境目にもなったことなどは押さえておく。

都市名では、敦煌・トゥルファン・クチャ・ホータン・カシュガル・ホーカンド・サマルカンド・ブハラ・メルヴ・ヘラートあたりが大体どこにあるのか言えるようになれば宜しいかと。(私もいまだあやふやですが。)

例によって話が逸れますが、中央アジア史だけでなく、世界史関係全般の本を読み続けていてつくづく思うのが、中学校の社会科で学んだ地理の重要性。

様々な人物や国家が興亡した歴史の舞台装置の地形や地名、民族・宗教の分布、気候・産業のあらましなど、これらの基盤をたとえ大雑把にでも理解しておかないと高校レベルの世界史を学ぶのにも支障がでる。

この手のことが覚束ない人は、阿呆らしいと思わず中学生向けの地理参考書でも買ってきて眺めるといいかもしれない。

閑話休題。

標準的概説を読んで苦手分野を補強しようと、本書を買う。

だが最初の方の先史時代の記述と西域探検史が、はっきり言ってタルい。

その後の記述も悪いとは思わないが、いろんなことが頭の中でピッタリ整理されて、「よくわかった」と実感できるような感じではなかった。

まあ対象となる時代そのものが複雑煩瑣であまり面白くないのと、読み手の私にも問題あるでしょうが。

後半部分からは面白くなってきて読むペースも上がりました。

全般的にみて、内容はまあまあといったところでしょうか。

特にお勧めしたいという本でもないです。

私みたいな初心者はウダウダ文句ばかり言わず、どんどん読んでいけと言われそうですが。

2008年1月28日

宮脇淳子 『最後の遊牧帝国 ジューンガル部の興亡』 (講談社選書メチエ)

Filed under: 中央アジア — 万年初心者 @ 06:00

最近は以前にも増して堪え性が無くなって、これも三分の二くらい読んだ時点で放棄しました。

内容としてはモンゴル帝国成立と元朝の崩壊および北元を経てオイラートとタタール(韃靼)の興亡へと進む。(著者によると後者は単にモンゴルと呼ぶべきであり、前者の正しい発音は「オイラト」または「オイラット」というそうです。)

この辺りの君主の系譜が細かすぎて初心者は頭が混乱する。

以後清朝によるチャハル部・ハルハ部制圧、康熙帝のジュンガル部ガルダン・ハーン攻撃と乾隆帝によるジュンガル部滅亡まで。

史実の意外な解釈が面白いところもあったし、悪い本ではないと思うが、初心者にとっては複雑すぎて厳しい部分がある。

一般向け啓蒙書としては、もうちょっと枝葉を省いて平易な内容にして欲しかったところ。

一度図書館で中身をご確認下さい。

2007年6月24日

田中克彦 『草原の革命家たち』 (中公新書)

Filed under: 中央アジア — 万年初心者 @ 06:00

20世紀前半のモンゴル現代史。

駄目。異様に読みにくい。

初心者向きでは全く無い。

この分野もなかなかいい本が無いですね。

マイナー分野だからしょうがないんでしょうが。

同じ中公新書の磯野富士子『モンゴル革命』も基本書として手元に置きたいと思えるようなものではなかった。

穏当な歴史解釈で詳しい史実がわかりやすく叙述されたモンゴル史の本が欲しいところです。

(なお、これ以上カテゴリを作るのもアレなので、本書は「中国」カテゴリに入れました。)

(07年9月14日追記 「中国」からは外して、「中央アジア」のカテゴリに入れることにしました。)

2007年5月17日

井上靖 岩村忍 共著 『西域 人物と歴史』 (社会思想社 教養文庫)

Filed under: 中央アジア — 万年初心者 @ 06:00

とにかく中央アジア史の本をほとんど読んでいなかったので、少しでも手当てしようと、数年前古書店の100円コーナーに転がっていた本書を手に取り購入・読了。

前半が井上氏の西域史に関係する数人の人物の評伝で、後半が岩村氏の中央アジア史の簡略な概説。

まあまあ面白かった記憶があるが、あまり充実感はなく内容も頭にほとんど残っていない。

以前ラテン・アメリカについても書きましたが、こういうマイナー分野はずば抜けた良書を無駄に探し求めるより、そこそこの内容でいいから各社各種の世界史全集の該当巻を素直に読んだほうがいいんでしょうかねえ。

何も読まないよりその方が遥かにいいとわかってはいるんですが。

2007年3月14日

井上靖 『敦煌』 (新潮文庫)

Filed under: 中国, 中央アジア — 万年初心者 @ 06:00

これは佐藤浩市と西田敏行主演の映画を先に見た。

それがかなり面白かったので、原作を読む。

まあまあ面白いです。

宋と西夏の対立を背景にした歴史小説。

著名な政治的史実を扱ったものではないですが、当時の社会の雰囲気を描いたものとしては非常に良いのではないでしょうか。

2006年12月19日

岩村忍 責任編集 『世界の歴史 5 西域とイスラム』 (中公文庫)

Filed under: イスラム・中東, 全集, 中央アジア — 万年初心者 @ 06:48

イスラムの勃興と中央アジア史と東西交渉が主題なのだが、何やら雑然とした印象。

他地域との研究の蓄積の差か、どうもいまいち面白くない。

読み通せないと思うほどではなかったが・・・・・。

贅沢言い過ぎか。

基本書としてしっかり取り組みましょう。

2006年9月14日

間野英二 『中央アジアの歴史 (新書東洋史8)』 (講談社現代新書)

Filed under: 中央アジア — 万年初心者 @ 18:51

内陸・中央アジアもこの一冊だけでお茶を濁しておく。

東西交渉史の舞台としてだけではなく、中央アジアの主体性を重視した通史。

標準的叙述で手ごろ。

2006年6月27日

井上靖 『蒼き狼』 (新潮文庫)

Filed under: 中国, 中央アジア — 万年初心者 @ 20:42

チンギス・ハンを対象にした、かなり著名な歴史小説。

大岡昇平に絡まれたり、批判もいろいろあったようだが、素人は別に気にしなくていいでしょう。

『元朝秘史』に基づいて流暢に記された文章で、チンギス・ハン一代の事績についてかなり詳細に知ることができる。

今年はモンゴル帝国建国800年ということで、日経新聞に堺屋太一がチンギス・ハンを主人公にした小説を連載したり、他にも何点か関連書が出ているようだが、初心者はとりあえずこの一冊を読んでおけばいいんじゃないでしょうか。

(なおモンゴル史関係で著名な研究者に杉山正明氏がいる。モンゴルをはじめとする遊牧民に染み付いた「野蛮」「未開」「破壊勢力」のイメージを強く否定し、定住農耕民中心史観や西欧中心史観を強く排撃する人なのだが、どうも定説を攻撃するときのエキセントリックさについて行けず、著作を途中で放り出してしまったことがある。よってこのブログで紹介することは無いと思うが、一般向けにわかりやすい著作を多数出している方なので、書店や図書館で一度手にとってみることをお勧めします)

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