万年初心者のための世界史ブックガイド

2018年12月2日

細谷広美 編著 『ペルーを知るための66章  第2版』 (明石書店)

Filed under: ラテン・アメリカ — 万年初心者 @ 06:17

いつも通り、マイナー国(失礼)の歴史を一覧するためのこのシリーズだが、本書は一章が先住民の文明と国家、二章がスペイン植民地時代と独立から第二次世界大戦までの歴史、三章が戦後史と、歴史と政治の章が冒頭から固まっている。

その分量は200ページ余りで、これは結構読みでがある。

そして、2章の著者は中公新版世界史全集『ラテンアメリカ文明の興亡』の著者である高橋均氏であり、叙述が非常に巧み。

 

 

ペルーはインカ帝国の故地であることで有名。

しかし、その繁栄は15世紀後半から16世紀前半までの短期間に過ぎず、実はスペイン人到着の少し前に成立した国家であった。

それ以前のチャビン文化とか地上絵で有名なナスカ文化とかワリ文化とかチムー王国とかは面倒なので、名前を目に慣らしておくくらいで省略。

クスコを都とするインカ帝国が成立するが、1534年フランシスコ・ピサロによって征服される。

ピサロは太平洋発見者バルボアの配下として頭角を現し、バルボアが反逆罪で処刑された後に国王と交渉してペルー征服の許可を得る。

ピサロと副官役のアルマグロが対立、両者とも非業の死を遂げる。

第五代ペルー副王トレドは、インカ残存勢力を滅ぼし、ボリビア地域にあるポトシ銀山を開発。

植民地体制の拠点としてリマ市が建設。

18世紀末、先住民のトゥパク・アマルの反乱が起こるが鎮圧。

1810年以降ラテン・アメリカ独立運動が起こるが、ペルーはスペイン植民地体制の最も強固な基盤であり最後の牙城としてその後10年間存続。

アルゼンチン、チリを独立させていたサン・マルティンが20年ペルーに上陸、同年スペイン本国での自由主義革命の影響もあり、リマは陥落、21年ペルー共和国独立宣言。

この21年が現在でもペルー独立年代とされていて、それで間違いではないが、副王軍の反撃とリマ支配層の変節で、サン・マルティン軍は大敗を喫している。

ここで大コロンビア共和国を成立させていたシモン・ボリバルが北から到来、エクアドルを大コロンビアに併合、サン・マルティンはグアヤキルでシモン・ボリバルと会談するが、エクアドル帰属問題やペルー副王軍討伐への共同行動で同意に達せず、サン・マルティンはヨーロッパへ去る。

その後、ボリバルはリマに入城、その副官スクレが1824年アヤクチョの戦いで副王軍を撃破、スペイン植民地軍の組織的戦闘力は消滅し、この戦いをもって南米全体の独立が確定した、と評されている。

ペルーのラマル、ボリビアのサンタクルス両大統領がそれぞれ自国優位のペルー・ボリビア国家統合を目論んだが、両者とも失敗、ペルーとボリビアは別国家としての道を歩む。

アヤクチョの戦いに参加した最後の世代であるカスティリャが1845~67年政権担当、鳥の糞が石化したもので肥料として使われるグアノの採掘による経済ブームが起こり、ペルーは独立以来最初の安定期を迎える。

しかし、1879~83年硝石産出地帯をめぐってボリビアと同盟してチリと戦った「太平洋戦争」に敗北、領土を喪失。

戦後は文民政治による比較的順調な復興に成功、レギーアが1908~12年、1919~30年大統領となり長期政権を樹立。

しかし、世界恐慌の襲来で30年軍部の反乱が発生、レギーア政権は倒壊。

輸出経済期の経済成長は、ラテンアメリカの主要国すべてにおいて、組織労働者とホワイトカラー中間層という新しい政治勢力をはぐくんだ。かれらが伝統的支配層に挑戦してきたことから、各国の政治に変化が生じた。チリでは左翼政党として社会党と共産党が力をつけ、保守・中道と並んで全国政治の一翼を担うにいたった。ところがこういう、ヨーロッパ諸国に似ているという意味で「ノーマル」な発展が見られたのは、ラテンアメリカではチリだけであった。アルゼンチンではヨーロッパ移民を中核とする強力な労働運動が社共には見向きもせずにペロニズムを支持した。ブラジルでは軍部内に生まれた急進的な青年将校運動を背景にヴァルガス独裁が成立した。メキシコ革命から生まれたPRI(制度的革命党)が、いわば管理された急進化を梃子として一党支配を確立した。ペルーにおいてこれに対応する現象はアプラ党の発足とマリアテギの特異な社会主義思想の出現であった。しかし上に挙げた主要4カ国と違うのは、アプラもマリアテギもいかにも力不足で、国政を担当するにはいたらなかった。現状打破勢力の非力は煎じ詰めれば、ペルーの輸出経済期の経済成長が、それ以前と比べれば面目を一新したとはいえ、同時代のこれら主要国に比べるとやや見劣りがした、という事情の政治的反映だといえる。

1924年アヤが「アメリカ人民革命連合」、略してアプラを結成、社会主義的綱領を掲げ、コミンテルン大会にも出席したが、社会民主主義および民族主義勢力と共闘せず、むしろこれらを敵視する「社会ファシズム論」を取るようになったコミンテルンは、アプラを非難攻撃するようになり、アヤと訣別したマリアテギが28年結成したペルー社会党を支持、さらにマリアテギも独自色が強すぎるとしてこれを批判、マリアテギ死後、コミンテルンに盲従する社会党はペルー共産党に改称したが、ペルー急進主義陣営の主導権はアプラ党が保持。

30年のクーデタでレギーア政権が崩壊した後、既成政党は没落、軍人主導の政権樹立、アヤとアプラ党は合法手段と武装闘争両面で政権奪取を試みるが、軍部の弾圧を受け失敗、アプラは一時非合法化される。

経済恐慌からの回復、アプラと競合する共産党がコミンテルンの人民戦線路線に従い穏健化したこと、第二次世界大戦に伴う挙国一致ムードにより、アプラも穏健化し、当時成立した文民首班のプラド、ブスタマンテ両政権を支持、その代償として合法政党となり、議会で過半数を獲得。

以後戦後史では、アプラの政権奪取を軍部が阻止する為に行動する展開となる。

1948~56年東西冷戦の中、クーデタを経てオドリア将軍が大統領就任、アプラと共産党は非合法化され弾圧。

その後再度合法政党となったアプラは急進主義を放棄し、仇敵オドリアを含む軍内の一部勢力とも妥協して政権を目指すが、競合勢力である人民行動党なども台頭、結局「永遠の大統領候補」アヤは政権を担当することはなかった。

60年代、武装左翼ゲリラが活動、対米従属の実態が国民各層を不満を買う中、68年ベラスコ軍事革命政権が成立。

軍政と言ってもこの政権は右派権威主義ではなく左派民族主義の性格を持ち、この変革がペルー革命と呼ばれることもある。

産業国有化と農地改革、非同盟中立外交路線などを推進したが、石油ショック、対外債務増大、投資減退などで経済状況が悪化、75年無血クーデタを経て路線転換に踏み切り、緊縮財政と経済自由化政策を進める。

80年以降民政に移管したが、結党以来初めてアプラ党が単独で樹立したガルシア政権を含め、いずれの政権も経済運営に失敗。

センデロ・ルミノソやトゥパク・アマル革命運動などの極左武装ゲリラの活動で治安が大きく悪化、多数の犠牲者が出る。

特に前者は最悪の存在である。

中ソ対立の影響でペルー共産党から中国派が分離、さらにそこから毛沢東主義派がアビマエル・グスマンを指導者に分離、「センデロ・ルミノソ(輝ける道)」を名乗る。

中国自身が改革開放路線に転ずると、グスマンはこれを修正主義と批判、狂信的な暴力革命路線を展開し、残忍極まりない無差別テロを繰り広げ、多くの犠牲者を出し、人々に恐怖を植え付け、農村部で支配領域を広げていった。

1990年日系人のアルベルト・フジモリが著名な文学者バルガス・リョサを決選投票で下して大統領に就任、経済再建に着手、92年自主クーデタによる権威主義体制を確立してグスマンなど指導者を逮捕し左翼ゲリラ鎮圧に成功、95年選挙でも元国連事務総長デクエヤルを破り再選。

96年末、トゥパク・アマル革命運動の残党部隊が日本大使館を占拠し人質と立てこもったが、翌年初頭特殊部隊が突入し、犯行グループを射殺、人質を解放。

これらの成果を挙げたフジモリ政権だが、政治腐敗と強権的手法による市民迫害に強い批判が上がるようになり、2000年フジモリは国外で辞任、日本に亡命、後にペルーで収監された。

90年以前の状況が悪すぎたし、その頃跋扈していた残忍極まるセンデロ・ルミノソを根絶したことはフジモリ政権の大きな功績として認めるべきだとは思うが、今の時代、それに伴う冤罪などによる市民殺害を看過するわけにはいかないんでしょう。

本書でもフジモリ政権後半への評価は厳しい。

2期目のフジモリ政権への日本の対応は、変質したフジモリ体制の軌道修正を促す要因とはならず、むしろ支援は体制との一体化を強める結果をもたらし、最終的には日本国籍を主張するフジモリにうまく利用されたという側面が強かったといえよう。フジモリは選挙でも勤勉や正直、「サムライ」など日本文化を受け継ぐものと評価されたが、実際には日系社会から最も遠いところにいた存在であり、何でも利用して巧みに立ち回り利得を稼ぐことをよしとするクリオリョ文化が深く染みついており、それが日本への逃亡や日本国籍の主張へとつながった。その結果、日本はドロをかぶり、国際的なイメージを汚し、ペルーとの間に「フジモリ問題」という難問を背負い込むことになったのである。

以後は、初の先住民系のトレド政権、二度目のガルシア政権、元はベネズエラのチャベス政権を信奉する反米急進左派だったが、ブラジルのルラ穏健左派政権を目標と明言して中道左派寄りに路線修正して当選したウマラ政権などが続いている。

 

 

本書の後半部分を一切無視して、冒頭から200ページまでの簡略なペルー史の本だと頭の中で変換して読みましょう。

内容はしっかりしており、信頼できる気がする。

簡略ながら、バランスの取れた充実した通史として利用できる。

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2018年11月7日

眞鍋周三 編著 『ボリビアを知るための68章』 (明石書店)

Filed under: ラテン・アメリカ — 万年初心者 @ 02:45

この国も当シリーズで済ませていいか。

南米諸国で初心者が単独の一国通史を読む必要があるのは、ブラジルはまあ別格にしても、あとはアルゼンチンと、あえて付け加えてもチリまでのような気がする。

本書では、第5章が歴史で、第3章が政治・外交なので、5章から3章に戻る読み方をして、他の章はほぼ無視することにする。

 

 

ボリビアは、ブラジル、ペルー、チリ、アルゼンチン、パラグアイに囲まれた内陸国。

当初は太平洋岸の領土も持っていたが、後述の事情で海への出口を失った。

西部、ペルーとの国境沿いに太湖ティティカカ湖が存在。

人口は800万人ほど、首都は西部にあるラパス、南西部に銀山で有名なポトシがある。

銀、錫という鉱物資源の他に、現在では天然ガスを産出し、天然資源には恵まれている。

スペイン語の他、先住民語であるケチュア語、アイマラ語が常用語として使用されている。

 

現在のボリビア西部はインカ帝国の版図内にあった。

インカ帝国滅亡後、後のボリビア地域も征服され、ラパス市など支配拠点が建設、アルト・ペルーと呼ばれるようになる。

1545年ポトシ銀山が発見され、スペインに莫大な富をもたらす。

サン・マルティンとシモン・ボリバルによるペルー占領に続いて、ボリバルの副官スクレがアルト・ペルーに進撃、スペイン軍を撃破。

1825年アルト・ペルーは独立を宣言、「ボリバル共和国」を名乗る(後にボリビア共和国に変更)。

大統領にはスクレが就任したが、27年には国外に追放され、後任にサンタ・クルス将軍が就任(1829~39年)、保護関税と鉱業復興、政府機能拡充と法整備、教育・厚生の充実と、独立国家の基礎を築く。

サンタ・クルスはペルーに干渉して、ペルー・ボリビア連合国を樹立、自らが終身護民官として最高統治者に君臨したが、それを警戒したチリとの戦争となり、連合国は崩壊、サンタ・クルスは欧州に亡命。

太平洋沿岸の硝石・銀を産出する領土をめぐる紛争から、1879~83年「太平洋戦争」が、再びボリビア・ペルー対チリで戦われ、またもチリが勝利、ボリビアは太平洋に面する領土を割譲し、海への出口を喪失、内陸国に転落した。

敗戦により軍人カウディーリョの時代は終焉し、政党政治時代に突入。

当初は銀鉱山所有者を基盤とする保守党が長期支配。

1899年新興錫財閥に支持された自由党が政権を奪取するが、寡頭的支配は継続。

1903年分離運動が起こっていた広大なアクレ地方をブラジルに割譲。

パラグアイとのチャコ戦争(1932~35年)にも敗れ、ボリビアは天然資源が原因となった領土紛争にことごとく敗北し、独立以後領土を奪われっぱなしとなっている。

だが、この敗北の中から「国民革命運動」という組織が生まれ、1952年市街戦蜂起を経て保守体制を倒し政権獲得、これがボリビア革命と呼ばれる。

パスらが大統領となり、鉱山国有化、農地改革、インディオへの差別撤廃を実行したが、国家組織の肥大化、経営の非効率化、急激なインフレが進行、中間層が離反。

この間、アメリカは、革命政権が民族主義の枠内に収まり、共産主義に向かわないよう、圧力をかけるのではなくむしろ手厚い援助を与えていた。

64年パスが三度目の大統領に就任するが、革命運動は完全に分裂、同年軍事クーデタが勃発、革命政権は崩壊し、以後82年まで続く長い軍政時代に入る。

しかし、この軍事政権内部でも右派と左派の抗争があり、左派が実権を握った時期には石油企業国有化が実行されている。

その後、右派の経済開放政策に転じ、外資導入と外国借款による開発、天然ガス輸出振興により一時的に好況がもたらされたが、累積債務が問題化、経済情勢は暗転する。

なお、軍政時代の1967年キューバを離れてゲリラ活動を行っていたチェ・ゲバラがボリビア政府軍によって捕らわれて銃殺されている。

ゲバラに何かロマンティックな思い入れを持つ人には悪いが、ゲバラが日記で農民大衆の支持を得られず、むしろ彼らが政府への密告者となっていることを嘆いている、という記述を読むと、私はむしろほっとする感情を持つ。

米国カーター政権の「人権外交」の圧力で徐々に民政移管が進み、1982年にそれを実現。

以後、パスの「国民革命運動」、左派のシレスの「左翼革命運動」、軍政時代の元大統領で右派バンセルの「民族民主行動党」の三勢力に政治地図は収斂し、政党間協定によって政治は安定化したものの、結局経済危機克服の為、左派を含めて緊縮財政的な構造改革を進めざるを得なくなり、露骨な猟官運動が相俟って、国民の不満が高まる。

2003年大規模な抗議運動で大統領が国外に逃亡、2006年には新興左派勢力の「社会主義運動」に支持されて、初の先住民系としてモラレスが大統領に就任、既成政党はいずれも没落。

モラレス政権は、ベネズエラのチャベス政権と同じく、ラテン・アメリカにおける21世紀初頭からの急進反米左派路線の代表格と言える存在になったが、これはどうなんですかねえ。

アメリカの覇権主義に抵抗すること自体はもちろん正当でしょうし、市場主義を金科玉条にする構造改革路線の経済政策は国民を貧しくかつ不幸にするだけだというのにも完全に同意しますが、逆の極端に走ればいいというものではない。

チャベス死後のベネズエラも、報道で見る限り、何だか悲惨なことになりそうです。

対米従属的で無制限の資本主義と市場原理主義がもたらす害悪を無視する「右派」と、硬直した教条左派の二者択一以外の政治的選択肢を、この地域の人々が持つことを願います、とやや偉そうに書くところだったが、まず日本がそれを持てるようになれよ、という話ですね。

 

 

もう、これでいいや。

ボリビア史については、以上のようなことが、細かな人名を除いて、わかっていれは十分だ。

終わり、終わり。

ハーバート・クライン『ボリビアの歴史 (ケンブリッジ版世界各国史)』(創土社)とか、さして強い興味も無いのに読まなくていい。

2018年10月4日

田中高 編著 『エルサルバドル、ホンジュラス、ニカラグアを知るための45章』 (明石書店)

Filed under: ラテン・アメリカ — 万年初心者 @ 03:30

中米諸国のうち、三ヵ国をまとめて、しかもこのシリーズでは少な目の45章でまとめている。

しかし、これで充分でしょう。

その後、本書の他に、なぜか同じシリーズで各国単独の巻が出たようだが、無視する。

 

 

まず、エルサルバドル。

グアテマラの南に位置する小国(中米全部が小国だが、その中でも国土が特に狭い)。

地理的に重要なのが、太平洋岸の領土のみを有し、カリブ海には面していないこと。

首都はサンサルバドル。

グアテマラと同様、征服者の一人アルバラードが侵攻。

中米地域にはスペインが求める貴金属が無かったので、植民地時代に社会投資も行われず、その「後進性」の一因となる。

独立は1821年、ホンジュラス、ニカラグアと同じ。

中米連邦共和国を経て、その有力政治家フランシスコ・モラサン没落後、各国が分離独立。

時代がざあっと飛んで、1931~34、35~44年マルティネスが大統領を務め、独裁的統治を敷き、マルクス・レーニン主義者ファラブンド・マルティの反政府運動を武力で鎮圧。

コーヒー栽培が発展し、富裕層に富が集中するが、グアテマラ、ホンジュラスなど近隣のバナナ栽培諸国のように、外国資本に国を支配されるような状況には陥らず。

マルティネス政権成立から1982年まで、半世紀にわたり軍事政権が続く。

ラテン・アメリカでの権威主義政権は、軍部官僚型、軍部派閥型、個人独裁型の三つに分類されるが、エルサルバドルは軍部派閥型に入るとされている。

軍部内の進歩派と保守派による疑似政権交替が行われてきたが、左派ゲリラ「ファラブンド・マルティ民族解放戦線」と政府軍との内戦で多くの死傷者が出ており、遅くとも60年代に民政移管できていれば、より国の発展が見込まれたはずだ、と評されている。

1992年に和平合意締結、内戦終結、コーヒー輸出が減少する中、経済復興に努めている。

 

 

続いて、ホンジュラス。

人種構成はメスティソが九割以上。

首都はテグシガルパ(全く聞いたことないな・・・・)。

ユナイテッド・フルーツ社など国外大資本によって事実上支配される「バナナ共和国」の汚名を着る。

1969年国境紛争や移民問題を抱えていた隣国エルサルバドルと、サッカー・ワールドカップの予選を切っ掛けに短期間戦闘状態に入る「サッカー戦争」が起こる。

しかし、この国の政治は(コスタリカと並んで)なぜか安定している。

御多分に漏れず、1933年成立のカリアス独裁政権はじめ、軍政が長期間続いたが、盛んな労働運動に対応するため、軍事政権も比較的穏健な社会改良政策を採ることが多く、メスティソが圧倒的多数派を占めるので人種対立も目立たず、エルサルバドルのような強固で貪欲な富裕層も形成されず、ニカラグアのソモサ一族(後述)のような怨嗟の的となる存在も出なかった。

加えて、保守的で穏和な国民性もあって、ついに武装ゲリラが政治勢力になりえず、中米諸国を苦しめた内戦の禍を避け得たし、現在も1880年代創設の自由党とそこから1902年に分離した国民党の、安定した二大政党制が続いている。

 

 

最後にニカラグア。

首都はマナグア。

中米諸国では最も大きな面積を持つ。

独立後、保守派と自由派の激しい対立と内戦の中で、招かれたアメリカ人傭兵隊長のウォーカーが、1856年どさくさ紛れに大統領になるという滅茶苦茶な事態が起こっている。

1920~30年代メキシコ革命とマルクス・レーニン主義の影響を受けた自由派内急進派のサンディーノが、介入してきたアメリカ海兵隊と戦うが、34年殺害される。

1937年から79年にかけて、父、長男、次男のソモサ一家が断続的に大統領となり、アメリカの支持・黙認の下、長期独裁政権を維持。

これに対し、左派ゲリラ「サンディニスタ民族解放戦線」が武力で抵抗、1979年遂にソモサ政権を打倒し、オルテガ革命政権を樹立。

このニカラグア革命は、キューバ革命と共にマルクス・レーニン主義に近い勢力が自力で達成した革命として重要。

折からの冷戦最終段階での米ソ関係緊張の中、81年成立の米国レーガン政権はオルテガ政権を敵視、右派反政府ゲリラ「コントラ」を支援する。

サンディニスタも一枚岩ではなく、彼らが総体として「共産主義者」と言い得るか微妙な点はあるとされているが、硬直した教条的な社会主義的経済政策の失敗はあり、米国の制裁も相俟って、経済状況は大きく落ち込む。

一方、アメリカ国内では、これに絡んで「イラン・コントラ事件」というスキャンダルが発覚。

同じく79年に起こったイスラム革命後、敵対関係にあったイランに秘密裡に武器を売却し、その代金をコントラへの援助にあてていたという違法行為に関するもの。

冷戦後、ニカラグア内戦も終結、1990年自由選挙でサンディニスタは敗北し、下野。

以後の選挙ではサンディニスタが政権に返り咲いているようだ。

 

 

まあ、こんなもんかな。

この三ヵ国で一番重要な史実は、1979年のニカラグア革命だ。

それだけは年号と共にしっかり押さえておく。

それ以外は軽く流そう。

2018年9月17日

桜井三枝子 編著 『グアテマラを知るための65章』 (明石書店)

Filed under: ラテン・アメリカ — 万年初心者 @ 04:18

労力を使わずに記事を書くには、このシリーズが一番だ。

(次いで山川出版社の世界史リブレットになる。)

歴史と政治に関する記述だけ読んで、後は全く無視しているんだから、そりゃ楽ですわ。

安易と言えば安易だが、しかしそれくらいで済ますしかない分野も確かにある。

中米諸国のグアテマラ、ベリーズ、ホンジュラス、エルサルバドル、ニカラグア、コスタリカ、パナマについてそれぞれ通史1冊ずつ読め、と初心者に強いるのは無理と言うもんです。

かと言って、ラテン・アメリカ通史の中の断片的な記述では不充分だし、結局本書のようなものを飛ばし読みするのが一番適切になってしまう訳です。

 

 

グアテマラはメキシコのすぐ南にあり、東隣のベリーズと並んで中米諸国では最も北にある国(もちろんメキシコ自体は除いて)。

首都は国名と同じくグアテマラ市。

マヤ文明の中南部が現グアテマラの地に存在。

現在も混血のメスティーソではなく、先住民マヤ族が人口の6割を占め、多数派を形成。

アステカ帝国を滅ぼしたコルテスの部下アルバラードがグアテマラの先住民を征服、総督に就任。

先住民の保護と改宗を条件に貢納と労働力の使用を許すエンコミエンダ制が敷かれた後、賦役を割り当てるレパルティミエント制に移行したが、先住民保護は徹底せず。

1821年中米連合の一員として独立。

一時メキシコとの併合を目指す動きがあったが、皇帝イトゥルビデ失脚によって破綻、その後の1823年の完全独立宣言の方が現在では重視されているという。

1838年中米連邦共和国は分解、グアテマラも分離独立。

保守派と自由主義派が対立し、軍の頭領カウディーリョがしばしば専制的支配を敷くのは、他国と同様。

東隣ベリーゼにイギリスが入植、グアテマラは協定で同地を割譲、ベリーゼは中米唯一のイギリス領となり、他地域から大きく遅れて1981年ベリーズとして独立。

コーヒー栽培が発展、中米再統合主義が生まれたが、他の中米諸国とアメリカ、メキシコの反対で挫折。

1898~1920年大統領のカブレラが独裁者として君臨、ユナイテッド・フルーツ社にバナナ栽培プランテーションの為に広大な土地を譲渡、自国の中に外資企業国家の飛び地領が存在するような状態になってしまう。

1931~44年にはウビコも独裁的統治を敷くが、対外債務減少と経済発展では功績を残す。

1944年ウビコ失脚後も続いた軍人政権に対するアルベンス・グスマンら若手将校の蜂起が成功、大統領アレバロを長とする進歩派政権が成立。

続いて51年大統領となったアルベンスが、ユナイテッド・フルーツ社はじめとする外国資本大企業の経済支配を排し、土地改革を行おうとするが、冷戦激化時代の反共政策を採り、自国の覇権下にある地域での左派政権に過敏になっていた米国および国内保守派と軍の反対で、54年アルベンス政権はクーデタで崩壊。

以後旧体制に逆転、長期間軍政が敷かれ、60年代から左派ゲリラとの内戦が勃発、1996年の和平協定締結まで多くの犠牲者を出す。

80年代半ばからは文民大統領が就任、とりあえず民主体制が続いている。

同国では、ノーベル文学賞受賞作家アストゥリアスが一番の有名人か。

 

 

まあ、こんなもんでいいでしょ。

これだけ読み取れば十分。

グアテマラと聞いて、国の位置と以上のようなことさえ頭に浮かべば、社会人の一般常識として恥ずかしくない。

これで終わりにしますが、このシリーズ、書名一覧で難易度を付けるときに悩むんだよなあ。

歴史と政治の章だけを、しかも精読せず飛ばし読みするだけなら「易」に決まってるんだが、自分がやってない全編通読なら少なくとも「中」にはなる。

最近は「中」を付けてるし、本書もそうしますか。

2018年8月23日

加茂雄三 『ラテンアメリカの独立  (世界の歴史23)』 (講談社)

Filed under: ラテン・アメリカ — 万年初心者 @ 03:43

ラテン・アメリカ史を追加する為の本を探していたのだが、最近のものでは適切な本が見つからない。

なかなか読もうと思える本が無い。

それで、少々古いが、講談社旧版世界史全集のこれを選んだ。

まず目次を見て、「うん?」と思う。

18世紀のスペイン領アメリカ、ポルトガル領ブラジル、カリブ海地域の英仏領など、植民地体制の状況から話が始まっている。

ああ、そうだ、講談社旧版だと、この巻の前に『インディオ文明の興亡』があるんだった。

講談社旧版の特徴である第三世界重視の表われとして、ラテン・アメリカ史が二巻もあると、自分で書いておきながら忘れていた。

しかし、先住民文明と植民地化だけで一巻費やすって、改めて考えるとやはりすごいな。

 

本書は18世紀半ば、スペイン王カルロス3世時代の改革から始まる。

七年戦争でスペインはフロリダを失い、その代償にミシシッピ川以西のルイジアナをフランスから得た。

その広大な領土を保全するために、それまでの重商主義的政策を改め、貿易自由化と行政機構改革が行われた。

イギリスを中心とした他国の貿易参入によって、現地白人のクリオーリョ有力者が台頭、民兵制によって植民地の軍事力もクリオーリョの寄与が大きくなる。

ここでラテン・アメリカ史の基本事項である、人種にまつわる分類を再確認。

クリオーリョがスペイン人と区別される植民地生まれの白人、社会の最下層に置かれたのが黒人の奴隷、混血の総称はパルド、白人と先住民のそれはメスティーソ、白人と黒人のそれはムラート、先住民と黒人のそれはサンボ。

植民地時代末期、三つの大衆蜂起が発生。

ペルー、ボリビアでのトゥパク・アマルの反乱、仏領サン・ドマングでの黒人奴隷反乱とハイチ革命、メキシコでのイダルゴの蜂起である。

これらはラテン・アメリカ独立の先駆けと見なされることもあるが、先住民・黒人中心の急進的暴動であり、クリオーリョの支持を得ることは出来ず。

むしろ、先住民・黒人の多いカリブ海などの地域では、恐れをなしたクリオーリョたちの独立志向を冷ます役割を果たした。

長年にわたる虐待と差別を考えれば、こうした蜂起が起こるのも無理はなかったのだろうが、それでも暴力の全面肯定は出来かねる。

メキシコで先住民を率いて蜂起したイダルゴに、部下の一人が反乱軍のあまりに残虐なやり方や略奪を見て「これらのゆきすぎに対して処罰せねば、われわれの大義は失われる」と直言したことや、後に奴隷制廃止を認めたシモン・ボリバルすら「黒人の反乱はスペイン人の侵入よりも一千倍も悪いことだ」と語ったというエピソードを読むと、そう思う。

高校世界史では、ラテン・アメリカの独立はウィーン体制崩壊の一現象として扱われるので(今の教科書では違う配置もあるようです)、独立運動はナポレオンが完全に没落した1815年以降の出来事だという印象があるが、本書で独立の画期とされているのは、1810年スペイン本国でナポレオンに反抗してカディスに中央臨時政府が樹立されたことである。

カディスは本国の重商主義政策の中心だった都市で、中央臨時政府が本国の特権商人たちに取り込まれるのではないかと考えた植民地クリオーリョが、自由貿易を求めて自立に向け動くことになった。

戦後スペインではブルボン朝が復位したが、1820年自由主義者の反乱勃発、これで進歩的な1812年憲法が一時復活したので、それまでスペイン支配が強固で独立志向が薄かったメキシコ、ペルーなどの保守的クリオーリョも独立派に転向。

ここで、誰でも知ってるサン・マルティンとシモン・ボリバルの登場となる。

細かな経緯はさすがに面倒なので省略。

サン・マルティンが南部のラプラタ諸邦連合(アルゼンチン)、チリなど主に大陸南部を、シモン・ボリバルがベネズエラ、コロンビア、エクアドル、ペルー、ボリビアなど大陸北部をその軍事的才能で独立に導く。

メキシコでは、イダルゴより穏健なメスティーソ出身のモレロス率いる蜂起が起こったが、これにも保守的クリオーリョは反応せず、モレロスは処刑、結局独立は本国の自由主義運動の波及を恐れて1821年イトゥルビデという人物を皇帝に選出する帝国成立の形で成されたが、その帝政も23年には廃され共和制に移行。

1823年中央アメリカ連合が独立したが、38年には現在の中米各国が分離独立、ボリバルによって創設された大コロンビア共和国も結局分解、植民地時代の行政区分に概ね基づく国家が分立する形勢となり、ボリバルの南米統一の理想は実現せず。

しかし、国家にはやはり適正サイズというものがあり、あれだけの広大な地域が単独の国民国家はもちろん、連邦国家としても機能するとは思えないので、これは嘆くには当たらないと個人的には思える(本書でも各国の領域はそれなりの自律性を持っており、全く便宜的なものであったわけではない、とされている)。

ラテン・アメリカの独立には海軍力などイギリスによる暗黙の援助が寄与、実際その目論見通り経済的にはイギリスが最大の影響力を持つことになった。

1823年のモンロー宣言は、長期的に見ればアメリカ合衆国の西半球での覇権確立の意図を示したという意義はあるが、当時のアメリカの国力では実効性はほぼ無く、実際に独立を促進したのは、イギリスの海軍力とスペイン・フランスへの政治的圧力だった。

南米大陸で広大な領域を占めるブラジルはスペイン領ではなく、ポルトガル領。

18世紀の金鉱・ダイヤモンド鉱発見で経済は大きく発展、黒人奴隷が大量流入。

1807年ナポレオンの侵入を受け、ポルトガル王室はイギリス海軍に保護され、ブラジルへ避難。

国王は本国に帰国したが、ブラジルを本国と対等の王領とする政策が撤回されそうになると、1822年国王の息子がペドロ1世として皇帝に担ぎ上げられ、ブラジル帝国が独立。

1840年ペドロ1世は議会との対立で退位、続くペドロ2世は安定した治世を実現、コーヒー栽培が盛んとなり、多くの移民が流入、88年奴隷制が廃止されたが、翌89年共和主義的な軍部のクーデタで帝政は倒壊、共和制に移行。

1870年代以来皇帝と教会が対立していたこと、奴隷制廃止によって寡頭支配階級が帝政を奴隷制維持の為の必要な支えと見なさなくなったこと、ペドロ2世の老弱化と後継者が娘しかおらず帝政の将来に不安が持たれたことなどがその原因とされている。

一方、スペイン領アメリカでは、あまり触れられることはないが、独立戦争の過程で極めて大きな人的・物的損害が出た。

さらにその過程で、政治・社会が軍事化し、独立後には多くの国で軍が大きな地位を占め、その領袖である最有力者がカウディーリョと呼ばれ、大統領となり国政を壟断するようになってしまう。

中南米では、ブラジルを除いて長期間存続した君主制国家は無く、最終的には全ての国家が共和制を採用したが、実は独立闘争初期には、サン・マルティンを含む多くの指導者は君主制論者であった。

スペイン、ポルトガルのような絶対君主制は否認しつつ、立憲君主制の下で社会的動乱や政治的アナーキーを防止しようとの意図から。

当時のヨーロッパで、フランス革命後、ナポレオンの独裁が誕生したことへの幻滅感も強かった。

しかし、ヨーロッパの諸王室で、スペイン王室を裏切ってまで危険な中南米で即位しようとするメンバーはおらず、シモン・ボリバルがサン・マルティンとは異なり強固な共和制論者だったことも与って、短期間だけのイトゥルビデのメキシコ帝国以外に君主国は成立せず。

共和制論者のシモン・ボリバルにしても、大衆の政治参加による混乱と破壊的傾向には大いに警戒心を持っており、彼が構想していたのは、有産者による寡頭的共和制だった。

ボリバルやサン・マルティンは先住民の地位向上に理解を持っていたが、それは必ずしも徹底せず、奴隷制は独立後廃止されていったが、黒人の境遇にも目立った変化は見られなかった。

独立後のラテン・アメリカ諸国史では、メキシコ史だけは高校世界史でも簡略な通史を学ぶ感がある。

イトゥルビデ帝政の崩壊とサンタ・アナの独裁(この両者は範囲外だが)、テキサス独立と米墨戦争、ナポレオン3世の介入とマクシミリアン皇帝、フアレスの自由主義政権、ディアス独裁体制、メキシコ革命とマデロ、カランサ政権成立、といった具合に。

しかし、他の諸国すべてについて、これくらいの簡略なものであっても通史を知るというのは正直難しい。

断片的な史実と指導者を記憶していくくらいでやむを得ないでしょう。

ラプラタ連邦ではロサスの独裁の後、アルゼンチン連邦が形成され、牧畜業が盛んとなり比較的順調な発展の道を歩み、パラグアイではフランシア政権の独特な鎖国政策の後、ロペス父子が大統領となるが、アルゼンチン、ブラジル、ウルグアイを相手とする無謀なパラグアイ戦争で人口が控えめに見ても半減する被害を受け、社会が大きく停滞したこと、チリでは寡頭支配層が軍部を統制下に置くことに成功し、銅鉱業が発展、ボリビア・ペルー相手の「太平洋戦争」で硝石産出地帯を併合し(これでボリビアは内陸国となった)、国力を伸ばしたこと等々。

1870~80年代以降、各国の国内政治は比較的安定し、ヨーロッパ諸国の武力干渉は例外的となり、近隣諸国との大きな戦争も見られなくなり、輸出志向型の経済発展が起きたが、同時にその経済の従属的構造とアメリカ合衆国の覇権的支配も強まる。

それへの大衆の反抗に直面した支配層は極端な独裁的統治による抑圧を選択する場合もあれば、階級協調的で大衆の国民国家への包摂を目的とする人民主義的政治を展開する場合もあった。

後者の代表がメキシコのカルデナス政権、ペルーのアプラ運動、ブラジルのヴァルガス政権、アルゼンチンのペロン政権、チリの人民戦線内閣である。

一方、キューバ革命はそれとは異なる急進主義的な解決策を提示し、この地域を大きく揺さぶることになった。

 

 

前半はまあまあ面白いし、各国別の細かな史実も割と紹介されているので、役に立つ感じではある。

現代史の部分はやや左派色の強い記述のような感があり、ひっかかる点もないではないが、超大国アメリカの専横やむき出しの資本主義がもたらす弊害などは、左右の政治的立場に関わらず、公平に見て存在するのは間違いないであろうから、あえて気にしないことにする。

なお、講談社旧版「世界の歴史」についての記事で書くのを忘れていたが、このシリーズは参考文献欄が充実しているのが長所であった。

ただ書名を並べてあるのではなく、簡単なコメントを付けているのだが、それだけでも効用がグンとアップする。

これは他の世界史全集にも見習って欲しかったところではあります。

刊行年代は古いが、普通の通史として充分使えます。

2018年6月19日

国本伊代 『メキシコ革命』 (山川出版社世界史リブレット)

Filed under: ラテン・アメリカ — 万年初心者 @ 03:15

ラテン・アメリカ史も長いこと追加してないなあ。

冊数自体少ないし。

しかし、全般的な通史の傑作として高橋均 網野徹哉『ラテンアメリカ文明の興亡 (世界の歴史18)』(中央公論社)を紹介してる。

その序盤での叙述範囲の偏りを補うためには増田義郎『古代アステカ王国』(中公新書)があるでしょう。

ついでに面白いから増田義郎『インカ帝国探検記』(中公文庫)も読むでしょう。

中米と南米の最重要国家についてはそれぞれ大垣貴志郎『物語メキシコの歴史』(中公新書)金七紀男『ブラジル史』(東洋書店)があるでしょう。

現代史限定だがカリブ海諸国の重要国としては宮本信生『カストロ』(中公新書)があるでしょう。

この6冊をしっかり読んで、内容を概ね頭に入れておけば、日本の社会人の一般常識としてのラテン・アメリカ史では十分じゃないでしょうか。

初心者だったら、これだけ読んだらラテン・アメリカ史は「あがり」としてもいいでしょう、と開き直りたい気持ちもある。

しかし、最後の更新が上記『ブラジル史』の2010年というのはさすがに酷いので、何でもいいから追加しようと、これを選択。

とにかく困った時には、薄くてすぐ読めるこのレーベルだ。

このシリーズは人物を扱ったものの他に、事件ないしテーマ的なタイトルの本もあり、これもそのうちの一冊。

同じ著者が同シリーズで内容がもろに被る『ビリャとサパタ』も書いているが、こっちを選んだ。

 

20世紀前半の民族主義的・反教権主義的革命を扱う。

19世紀初頭に独立したメキシコは、米墨戦争でテキサス・カリフォルニアを奪われ、ナポレオン3世の干渉を受けた後、1876~1911年の間、ディアス独裁体制が支配。

外国資本の流入で経済発展を遂げるが、一部富裕層、中間層、農民、労働者の広範な反対勢力が拡大。

1910年自由主義者マデロが率いる反乱が勃発、翌11年ディアスは国外に亡命。

マデロ政権が成立したが、穏健派とサパタおよびビリャを指導者とする農民軍などの急進派が対立する形勢となり、13年マデロは暗殺、ウエルタ将軍が反革命政権を樹立。

このウエルタ政権に対して、1857年の自由主義憲法を尊重する穏健改革派の「護憲派」が反抗、14年にはウエルタ打倒に成功、穏健派のカランサ政権成立。

ところが、その後また穏健派と急進派が対立する情勢となる。

15年には穏健派が軍事的に勝利、アメリカ合衆国など諸外国の政府承認も得る。

その過程で、穏健派は労働者・農民の支持を急進派から奪うために、進歩的主張を大幅に取り入れ、1917年憲法制定、私有財産不可侵を定めつつ、土地と水の公共性を確認、外国人の土地所有を制限、八時間労働制、最低賃金、団結権、スト権、カトリック教会の活動制限を定める。

米国ウィルソン政権はウエルタ政権を承認しなかったが、その政権への武器・弾薬供給を阻止するための海兵隊上陸、国境地帯を荒らしていたビリャを捕えるための派兵は、メキシコ各勢力の反米感情を強め、その民族主義を高揚させる結果となった。

ちょうど第一次世界大戦が進行中で、ドイツは「ツィンメルマン電報事件」でメキシコ・ドイツ・日本の三国同盟を提案、米墨戦争で失った領土の回復を代償に参戦を慫慂したが、カランサは拒否、この経緯はアメリカの対独参戦の一因となる。

20年クーデタでカランサ大統領が暗殺され、一時内乱に陥ったが、オブレゴン(20~24年)、カリェス(24~28年)、カルデナス(34~40年)ら強力なリーダーシップを発揮した大統領の下、諸勢力が統合され、革命が「制度化」された。

29年革命国民党が結成、38年メキシコ革命党に改称、47年には制度的革命党(PRI)に発展し、労働者・農民・中間層・軍部など広範な利害を代表しつつ、実に2000年の大統領選挙に敗れるまで、71年間の一党支配を確立。

中南米諸国で頻発するクーデタが起きることも無く、軍部の政治介入阻止に成功。

世界恐慌による甚大な困難に見舞われ、カルデナス政権時代に石油産業および鉄道国有化と農地改革を断行、国家主導型の混合経済体制を取りつつ、社会主義体制への移行は回避。

26~29年保守的カトリック教徒の反乱を鎮圧、政教分離を確立。

なお、この辺の著者の筆致が、カトリック側を批判する、やや一方的なものに感じられ、少々不信感を持った。

メキシコ革命への評価について、メキシコに依然存在する貧困と不平等から革命を失敗とする立場もあるが、植民地時代からの封建的旧体制を変革しラテン・アメリカ諸国の改革のモデルとなったという点でその意義は大きい、とされている。

一党支配に因る問題は抱えつつも、政治の安定と軍部の非政治化を達成し、市場経済の歪みを国家介入で是正する道を開いた点では、確かに革命の成果はあったとの見方にも一理あると思えるが、死者100万人を超すと書かれると、それだけの犠牲に見合う成果なのか、それを漸進的に実現する道は本当に無かったのか、という個人的感想も持ってしまう。

しかし、著者の見解に多少の疑念を感じても、それを完全に否定するだけの知識が私にあるはずもなく、結局よく分からないという結論になります。

 

 

とりあえずラテン・アメリカ史で何か更新するために読んだ本なので、そんなに面白くはない。

楽に読めるのは長所だが、上記『物語メキシコの歴史』を読んだ上で、さらにこれに取り組む必要があるのかは疑問。

気が向いた人だけ、どうぞ。

2010年4月12日

ブラジル史についてのメモ その2

Filed under: おしらせ・雑記, ラテン・アメリカ — 万年初心者 @ 06:00

金七紀男『ブラジル史』(東洋書店)より。

1945年から64年の軍政開始まで、右派の全国民主同盟と左派の社会民主党・ブラジル労働党が対峙する政治情勢の模様。

1946~51年クーデタを起こしたドゥトラ将軍が大統領。

保守的で全国民主同盟寄り。

51年ヴァルガスが大統領復帰、左派的ポピュリズム政策を取るが行き詰まり54年に自殺。

暫定的なフィーリョ政権を経て、56~61年クビシェッキ政権(社会民主党・労働党)。

野心的経済開発計画を推進、60年ブラジリア遷都を行うが、インフレ進行。

以後も経済の調子が良くなるとインフレが進み失速するというパターンの繰り返しとなる。

61年小政党出身のクアドロス政権、全国民主同盟の支持を受け国内政策では左派から批判を受けるが、容共的な外交政策では右派からも反発され、政権運営が行き詰まり8ヶ月で辞任。

61~64年ゴラール政権(労働党)、経済危機と党派対立が続く。

64年軍事クーデタ勃発、軍政が開始(85年まで)。

大統領間接選挙導入、既成政党廃止。

与党として「国家革新同盟」(元全国民主同盟、社会民主党)、官製野党として「ブラジル民主運動」(元労働党)結成。

64~67年カステロ・ブランコ政権、67~69年コスタ・エ・シルヴァ政権を経て、69~74年最も抑圧的なメディシ政権が続くが、経済的には躍進を遂げ、「ブラジルの奇跡」と呼ばれる。

74~79年軍内穏健派のガイゼル政権を経て、79~85年フィゲイレード政権。

79年政党結成が自由化され国家革新同盟は民主社会党に、ブラジル民主運動はブラジル民主運動党になり、民主社会党から自由戦線党が分離、他に野党として労働者党、民主労働党などが結成。

軍政終了後、85~90年サルネイ政権、元民主社会党出身で軍政とも深い関わりを持つが、権威主義体制からの脱却に成功、しかし経済は混乱。

90~92年コーロル政権、経済政策の失敗と汚職で辞任。

92~95年イタマール・フランコ政権、蔵相カルドゾが新通貨レアル導入。

95~2002年カルドゾ政権、ハイパーインフレ収束、経済自由化を進め、高成長達成。

このカルドゾは中道右派のブラジル社会民主党所属と書いてあるが、上記民主社会党が改名でもしたのか?、それとも軍政以前の社会民主党が復活したのか?

残念ながら不明。

2003年以後労働者党出身のルラ現政権。

左派政権ながらインフレ抑制策と経済安定化策は前政権を継承、ただし所得格差是正に力を入れる。

最後に政党の勢力分布が載っているが、多党分立の上、名前だけだとどれが左派・右派でどんな立場かわからない。

新聞の国際面でたまにブラジル政治に関する記事が載っていても、わかりずらいのはこれが原因。

有力四政党のうち、ブラジル民主運動党と労働者党が与党、ブラジル社会民主党と民主党(自由戦線党から改称)が野党。

他に進歩党、共和党、ブラジル社会党、ブラジル労働党、共産党、(共産党から分かれた)社会民衆党など。

多すぎてよくわからん・・・・・・。

思ったより短くて読みやすい。

マイナー分野でこれくらいなら充分使える。

しかしやはり中公新書で『物語ブラジルの歴史』を期待したいものです。

2010年4月10日

ブラジル史についてのメモ その1

Filed under: おしらせ・雑記, ラテン・アメリカ — 万年初心者 @ 06:00

金七紀男『ブラジル史』(東洋書店)より。

ペドロ1世統治時代が第一帝政。

君主権の強い欽定憲法制定。

新大陸では長年唯一の君主制国家。

メキシコとハイチがごく短期間帝政だったと書いてあったと思うが、メキシコは思い出せるが、ハイチがどういう状況だったのかは忘れた。

広大な領土が旧スペイン領地域のように分裂せず一体性を保ったのは帝政の求心力によると『ラテンアメリカ文明の興亡』で書かれていたが、本書ではそれを認めながらも、各地で分離独立の武装反乱が多く起こったことを挙げ、中央政府による軍事鎮圧で統一を維持したことも事実だとしている。

連合王国時代に併合していた最南部のスペイン系住民地域がアルゼンチンの支援を得て、ブラジルから分離、1828年ウルグアイとして独立。

この時の戦費負担増大から財政破綻・経済危機が起こり、1831年ペドロ1世退位、息子のペドロ2世即位。

9年間の摂政期を経て、1840年から第二帝政、これが1889年まで約半世紀続く。

1850年奴隷貿易廃止(国内の奴隷制度は維持)。

実証主義の影響を受けた革新的軍人台頭。

帝政の支持基盤で奴隷制を必要としていたリオデジャネイロの「コーヒー男爵」から、賃金労働者を使用して奴隷制維持に関心を持たないサンパウロのコーヒー・ブルジョワジーへ経済力が移動。

共和主義運動と奴隷制廃止運動が連動し始める。

1888年奴隷制が廃止されると、リオのコーヒー男爵も反君主制へ。

1889年フォンセッカ将軍のクーデタ、帝政崩壊、共和政移行。

以後の大統領名などは細かいのでパス。

要は、コーヒー生産州であるサンパウロ州とミナスジェライス州が連携して寡頭政治体制を確立。

この体制が1930年まで続く。

この年、前年の世界恐慌以後の混乱と軍事反乱の中でヴァルガスが政権を握り、ブラジルは新時代に入る。

このヴァルガスは高校世界史では名前の出る唯一のブラジル大統領、というか唯一のブラジル史の人物か。

なお細かいことですが、スペイン語の「V」音は「ヴ」とは発音しないそうで、例えばセルバンテス、ベラスケス、ベネズエラはこの日本語表記が適切らしいです。

ポルトガル語の場合は、「ヴァルガス」の表記でいいようです。

30~34年臨時大統領、34~37年正規大統領、37年に独裁色の濃い新国家体制に移行、以後45年まで、実に15年にわたって政権維持。

ファッショ的インテグラリズモ(統合主義)党と共産党の、極右・極左両党を弾圧した後、全政党を廃止して権威主義的支配体制確立。

ヴァルガスの権威主義は、ファシズムの影響を受けたが現状打破を目的に大衆を動員するファシズムそのものではなく、陸軍を後ろ盾に独裁政治を行ったが軍事独裁でもなかった。新国家体制の支持基盤は一枚岩ではなく、軍部のほかに工業ブルジョワジー、都市の中産階級と労働者に支えられていた。工業ブルジョワジーは工業化重視政策によってさまざまな恩恵を受け、中産階級は官僚組織の肥大化によるポストの増大や工業化による雇用の拡大で新体制を歓迎した。そして労働者階級は共産党の壊滅で牙を抜かれ、ヴァルガスの提示する労働者保護策を受け入れて新国家体制を容認し、体制のなかに組み込まれてしまった。世界の全体主義的な傾向も国民に独裁体制を抵抗なく受け入れさせる要因となった。

44年保守的反ヴァルガス派が「全国民主同盟」結成。

ヴァルガス派は「社会民主党」、「ブラジル労働党」結成。

ヴァルガスが子飼いの労組幹部らに作らせた労働党など左派勢力に軸足を置いて政権延命を計ると、社会民主党が反ヴァルガス派軍部に接近したとかなんとか、そんなことが書いてあった気がするが、ここのところはっきり読み取れない。

45年軍事クーデタでヴァルガス退陣。

まだ終わらないので、戦後史は続きで。

2010年4月8日

金七紀男 『ブラジル史』 (東洋書店)

Filed under: ラテン・アメリカ — 万年初心者 @ 06:00

09年7月刊。

この国でまず押さえておくべきことは、中南米諸国のほとんどがスペイン語圏なのに対し、最大の国家ブラジルがポルトガル語圏であるということ。

(著者には『ポルトガル史』も有り。)

ハンチントン『文明の衝突』で、ブラジルの言語的な孤立がラテン・アメリカの地域大国の座を阻むと書いてあった。

本書ではまず地理的知識の確認をしてくれている。

南米大陸の約半分の面積を占めると書いてあって、そんなにもなるのかと思った。

隣国は北の方から、ギアナ三国(という言い方はしないのか)、西からガイアナ、スリナム、仏領ギアナ。

続いてベネズエラ、コロンビア、ペルー、ボリビア、パラグアイ、アルゼンチン、ウルグアイ。

南米諸国で国境を接していないのはエクアドルとチリのみ。

自然環境では、北からアマゾン川、サンフランシスコ川、ラプラタ川の三水系があることを確認。

地理的区分として、北部、北東部、南東部、南部、中西部。

それぞれの州名は憶えなくてもいいでしょう。

ただ最重要都市のリオデジャネイロとサンパウロおよびその北にあるミナスジェライス州が南東部に属することと、1960年に現首都ブラジリアが中西部に建設されたことだけは暗記。

あと暗記の必要は無くとも、本文中に州名が出てきた時は、面倒臭がらずその都度巻頭地図で位置を確認した方が良い。

歴史部分に入って、まず1493年アレクサンドル6世の教皇子午線でスペイン・ポルトガルの新世界分割。

翌1494年トルデシリャス条約で境界が西方に移動、これで南米大陸の出っ張った部分がポルトガル領に。

この変更が、ポルトガル国王ジョアン2世がブラジルの存在に気付いていたが故の意図的行為なのか、それとも単なる偶然なのかは現在も不明。

1498年ヴァスコ・ダ・ガマのカリカット到着に続いて、1500年ちょうど、カブラルのブラジル「発見」。

カ「ブラ」ルから「ブラ」ジルを連想するのは、高校世界史で定番の語呂合わせ。

以後のポルトガル植民地時代は主要産品で時代区分。

1500~50年代  パウ・ブラジルの時代(国名の由来にもなった赤色の染料剤に利用する樹木)

1570~1670年  砂糖の時代

1690~1760年  金の時代

(独立後)1830~1930年  コーヒーの時代

ここで最初の目次に戻ると、大きく分けて第1部が植民地ブラジル、第2部が独立以後の近代ブラジル、そして第3部現代ブラジルの最初は帝政から共和政への移行ではなく、1930年後述のヴァルガス政権成立に置かれているのが特徴。

植民地時代の経済・社会史は軽く流します。

独立の前段階として、ナポレオンの圧迫を受けたポルトガル王室が英海軍に護衛されながらブラジルへ1807年に避難(本書で評されている通り、独立のいきさつもそうですが、このこと自体前代未聞で非常に特異な経緯を辿っています)。

ナポレオン没落後も王室はヨーロッパに帰らず、ブラジルを植民地から昇格させ、ポルトガル・ブラジル連合王国を形成。

1820年本国ポルトガルで自由主義革命が勃発、国王は新政府の要請を受け帰国。

自由主義新政府がブラジルを再び実質植民地の境遇に落とすことを通達すると、ブラジル社会各層が反発。

残留していた国王の長子ドン・ペドロを担ぎ、1822年ブラジル帝国として独立。

初代皇帝ペドロ1世、首都はリオデジャネイロ。

人口は400万近く、この時点ですでに宗主国のポルトガルを上回っていたという。

あるところで、ポルトガルとブラジルの関係について、旧植民地の方が旧宗主国よりもはるかに重要になってしまった珍しい例だと書かれていて、そう言えばそうかと思ったが、独立当初からかなりの程度当てはまることだったのかもしれない。

また長くなりそうなので、独立後は後日。

(追記:続きは以下

ブラジル史についてのメモ その1

ブラジル史についてのメモ その2

2008年11月10日

高橋均 網野徹哉 『ラテンアメリカ文明の興亡 (世界の歴史18)』 (中央公論社)

Filed under: ラテン・アメリカ, 全集 — 万年初心者 @ 06:00

まず目次を見て、何か「あれっ」と思う。

読み始めると、その違和感の正体がわかった。

前半部に書かれている、スペイン人侵攻以前と植民地時代の歴史を通じて、メソアメリカ文明とアステカ王国は極めて簡略に済まされており、叙述の重点は常にアンデス文明とインカ帝国に置かれている。

執筆者である網野氏の専攻分野の関係なんでしょうが、これはちょっとアンバランスではないかと・・・・・。

しかし、本文の内容自体はかなり良い。

以前記事にした『インカ帝国の虚像と実像』よりも相当わかりやすい記述。

スペイン人の侵攻後は、一方的に虐待・搾取され、全く為す術なく衰亡していったという、アメリカ先住民の一般的イメージに反し、様々な手段を通じて植民者への抵抗・妥協を行い生き延びていった賢明な人々といった面でインディオを捉えている。

例えば、有名なポトシ銀山も、初期の段階ではインディオが主導権を持って開発されていたなんていう意外な事実が紹介されている。

後半部、高橋氏執筆の独立以後の章も非常に良くできている。

最初に大まかな時代区分を設定し、その根拠を説明した後、個々の史実のうち重要なものを拾っていくというわかりやすい形式。

それもただ事実を漫然と並べるだけでなく、必ず背景説明を伴って叙述されるのですが、これが非常に明解ですっきりと理解できる。

史実の意味付けがしっかりしており、記憶に残りやすい絶妙な叙述で、本当に感心させられました。

この巻は当たりです。

大当たり。

全集を読んでいくと、私の場合のラテン・アメリカのような手薄な分野にも自動的に補充されていくのが良いですね。

特に、この巻は全集を通読しようと決意した人でなくても、単独でラテン・アメリカ史の標準的概説として手に取る価値有りです。

最初に書いた対象地域の偏りだけが瑕疵ですが、それ以外は何の欠点も無い。

強くお勧め致します。

2008年8月27日

染田秀藤 『インカ帝国の虚像と実像』 (講談社選書メチエ)

Filed under: ラテン・アメリカ — 万年初心者 @ 06:00

タイトルが実に面白そうなので、取り寄せて読み始める。

しかし冒頭からスペイン人が書いた数々の記録文書の紹介が続く。

それぞれの著者の立場がその記述にどう反映しているかや、そうした文書が描き出すインカ文明像を検討しているのだが、では現実のインカ帝国の実像はどうだったのかという話は最後の第四章まで出てこないので、ちょっと辛い。

通常の形式のインカ帝国史またはインカ征服史とは言い難く、使いにくい本。

増田義郎『インカ帝国探検記』(中公文庫)をまず読むべき。

上記の本を読んで、余裕があればどうぞといった感じ。

特に面白くもなく、強くはお勧めしません。

2008年3月3日

大垣貴志郎 『物語メキシコの歴史』 (中公新書)

Filed under: ラテン・アメリカ — 万年初心者 @ 06:00

先月下旬に出たばかりの新刊。

このシリーズで中南米地域では『物語ラテン・アメリカの歴史』は出ていたが、各国別の本はこれが初めて。

あとキューバ・ブラジル・アルゼンチン・ペルー・チリあたりは出そうですね。

気長に待ちましょう。

本書はまずスペイン侵入以前のメソアメリカ文明の記述から始まる。

ちなみにこのメソアメリカ文明という言葉は中米地域の諸文明のみを指し、インカ帝国に代表される南米大陸の諸文明はアンデス文明として区別されるようです。

似たような名前が多くて、少々面倒ですが確認しながら読むと、まず東部メキシコ湾岸地域にオルメカ文明が前1200年から前400年ごろまで栄える。

ユカタン半島では、誰でも知ってるマヤ文明が前500年ごろからスペイン人による征服まで盛衰を経ながらも存続。

メキシコ高原地域ではテオティワカン文明が紀元前後から7世紀まで、その滅亡後トルテカ文明が11世紀まで繁栄。

その後チチメカ人が侵入してきて、その一派のアステカ族が15世紀にアステカ王国を建国、首都テノチティトランを築く。(上記のテオティワカンと混同しやすい。テノチティトランはテオティワカンのやや南西部にあり現首都メキシコシティ。)

アステカ人は別名メシカ人ともいい、これがメキシコという国名の由来となる。

1521年コルテスによる征服の後、約300年間スペインの植民地統治を受ける。

1810年神父イダルゴの蜂起が起こり、モレーロスが続く。

両者は共に捕らえられ刑死したが、スペイン王党軍指揮官のイトゥルビデが考えを変えて反乱派と妥協したことによって1821年独立達成。

最初スペイン王室の誰かを国王に迎える動きがあったが、スペイン側に拒否されたため、独立の翌年イトゥルビデが皇帝として即位した。

ブラジルがポルトガル王室の一員を戴いて帝国として独立したのは高校世界史の範囲内ですし、よく知られていますが、メキシコもごく短期間ながら帝国だったんですね。

結局即位直後から議会との対立が深まり、イトゥルビデは一年で追放。

その後は混乱が続き、実力者サンタ・アナが断続的に大統領となる。

その治世下、1836年テキサス共和国分離独立(45年アメリカが併合)、1846~48年米墨(アメリカ・メキシコ)戦争敗北とカリフォルニア割譲で国土の半分を失う。

高校世界史ではラテン・アメリカ諸国の中でこの国の歴史が一番詳しく教えられるようで、以後の歴史における主要指導者である、フアレス、マクシミリアン、ディアス、マデロ、ウェルタ、サパタ、パンチョ・ビージャ(ビリャ)、カランサ、カルデナスといった名前は、私も高校生の頃から知っていました。

それぞれの政治的立場と主要事件とその年代を確認しながら一歩一歩読めば、非常に有益でしょう。

メキシコ革命後も権力闘争が長年続く中、1946年広範な勢力を結集した制度的革命党が結成され、それが日本の自民党のような一党単独政権を2000年まで続ける。

コンパクトに要領よく叙述されたおり、読みやすくて良い入門書だと思います。

ただ前半部の面白さが後半になるとかなり落ちるように感じたのは気のせいでしょうか。

いずれにせよこのシリーズの平均は十分クリアしていると思いますので、お勧めします。

2007年8月29日

宮本信生 『カストロ』 (中公新書)

Filed under: ラテン・アメリカ — 万年初心者 @ 06:00

カストロ、ゲバラの礼賛本など全く読みたくはないのだが、本書は元キューバ駐在大使の著者が共産圏崩壊後の1996年に、多くの点で批判しながらも基本的には擁護するというスタンスで書いた本なので、読んでみた。

なかなか良いです。

すごく面白いということもないが、基本的な史実を押さえながらわかりやすくキューバ現代史を叙述している。

偏りのない良質の入門書としてお勧めします。

2007年8月10日

中屋健一 『ラテン・アメリカ史』 (中公新書)

Filed under: ラテン・アメリカ — 万年初心者 @ 06:00

1964年刊。こちらもアメリカ史研究の長老格の人が書いた中南米史。

古い本ばかりで恐縮ですが、どうもそういった著作の方が私には合っているようです。

19世紀初頭の独立運動以後を叙述対象にしており、それ以前は省略されています。

比較的最近の増田義郎『物語ラテン・アメリカの歴史』(中公新書)とやや内容が重複するところもありますが、2冊とも読めばそれなりに得るところがあるでしょう。

冒頭は著者の中南米紀行と(本書刊行時点での)政治情勢の描写ですが、それはそれで面白いです。

ボリバル、サン・マルティンらが主導した独立運動の経過は比較的詳しくて良い。

中盤以降、独立達成後の各国の歴史を点描する章になりますが、新書版の厚さで多数の国の概略を記していくので、少々まとまりがないように感じる。

しかし細かな内容は無理に頭に入れようとせず、19世紀を通じて自由主義派と保守派の対立で多くの国で国内が混乱し、しばしば専制支配者が現れた中南米の歴史の概要を捉えられれば良いと割り切りましょう。

最後の20世紀を扱った章は、メキシコ・キューバ・ブラジル・アルゼンチンの歴史を重点的に叙述している。

これはこの地域での四ヶ国の重みを考えると理解できます。

個人的に非常に苦手な分野なので、この程度の薄い本でも結構役に立ちました。

各国の政権担当者名などの、やや詳しいデータをメモする機会があれば、かなり使える本のような気がします。

2007年6月28日

増田義郎 『古代アステカ王国』 (中公新書)

Filed under: ラテン・アメリカ — 万年初心者 @ 06:00

同じ著者の『インカ帝国探検記』の姉妹編。

コルテスによるアステカ王国征服を叙述した作品。

上記の本と同じく非常に良い。

特異な史実の展開が極めて面白いだけでなく、歴史評価についてもバランスが取れている。

スペイン人征服者の狡猾・残忍・強欲・独善に触れる一方、必ずしもそうとは言えない一面にも言及している。

またアステカ族についても、「無垢な犠牲者」という面だけで捉えてはいない。

孤立した文明圏で暮らしてきたがゆえにやむを得ない側面があったとはいえ、彼らが奇怪で恐ろしい宗教観・宇宙観を持っており、それゆえ残忍な人身御供の風習を続けていたこと、領土拡張や貢納要求のためでなく生贄として虐殺するための捕虜を得るため近隣部族に戦争をしかけ、そのため大きな恨みをかっていたことなどにも触れている。

(それら近隣部族はコルテスの征服行為においてスペイン人の有力な同盟者となる。)

話の展開が非常に面白い。初心者向けの本としては最高。

中公新書の創刊まもない1963年初版という古さだが、今読んでも極めて興味深い本。

これも重版再開して常時手に入れられるようにしてもらいたいもんです。

2007年6月7日

増田義郎 『インカ帝国探検記』 (中公文庫)

Filed under: ラテン・アメリカ — 万年初心者 @ 06:00

フランシスコ・ピサロによるインカ帝国征服を叙述した本。

コンパクトにまとまっていながら、なおかつ内容は濃い。

インカ帝国史の概略からピサロの探検と遭遇、皇帝アタワルパを虜囚にした後の首都クスコ占領、インカの反乱と少人数ゆえのスペイン人の苦戦、征服者内部の対立と紛争およびインカ残存勢力との目まぐるしい妥協・対立、トゥパク・アマルを首長とするインカ勢力の最後の反乱とその鎮圧までが詳しく記述されている。

総合的に見て、これは非常に良いです。

史実の細かな経緯自体が興味深いだけでなく、評価のバランスも取れている。

スペイン人征服者の暴虐にももちろん触れているが、時にはそれと相反する事実も書き留めているし、インカ人を全く悪意の無い、無垢なユートピアに暮らしていた人々であるといった単純化された捉え方もしていない。

行間に侵略者への憎悪を漲らせて、終始糾弾口調で記された歴史はどうも読む気にならないので、個人的にはこのくらいの叙述がちょうど良かった。

本書のように淡々と史実を記した上で、結果としてスペイン人との遭遇は先住民にとって大きな悲劇をもたらしたと評価するのなら素直に受け入れられる。

同じ著者の『古代アステカ王国』(中公新書)も読みたくなった。ただ『メキシコ革命』(中公新書)はパラパラ見たところ、是非通読したいとは思えない出来でした。

2007年4月15日

増田義郎 『物語ラテン・アメリカの歴史』 (中公新書)

Filed under: ラテン・アメリカ — 万年初心者 @ 06:00

「ラテン・アメリカ」のカテゴリで一般的通史が単著でゼロというのはいくらなんでも恥ずかしいなと思い本書を読む。

内容はまあまあ面白いが、やはり簡略すぎる。

そもそも独立運動がはじまるまでで三分の二の紙数を使ってしまっている。

ただポイントはよく突かれており、説明はわかりやすく、教科書の次に読むレベルの通史として十分使える。

短いながらもコルテス、ピサロ、シモン・ボリバル、サン・マルティンなどの人物描写は印象的であり、一貫した物語としてきちんと成り立っている。

これで独立後(特に二十世紀以後)が大幅に補強されていれば一層良かったのだろうが、そもそもこれだけ広範囲の分野について新書一冊読んで済まそうとするこちらの了見が間違っているのだろう。

講談社旧版か中公新版の「世界の歴史」のラテン・アメリカの巻にでも取り組むべきなんでしょうが、どうもやる気出ないんですよねえ。

2007年1月5日

中屋健一 責任編集 『世界の歴史 11 新大陸と太平洋』 (中公文庫)

Filed under: アメリカ, オセアニア, ラテン・アメリカ, 全集 — 万年初心者 @ 06:30

前巻をやっとこさ乗り超えてアメリカ史です。

変な偏りもない、ごく普通の通史。

それは結構なんですが、何と言うか、焦点が定まらないというかどうもまとまりのない記述が淡々と進むといった感じでもう一つである。

初心者向けアメリカ史入門書としてはやはりアンドレ・モロワ『アメリカ史』に勝るものはないのかなと思ってしまう。

最後の2章くらいはオーストラリア史。

このシリーズではアフリカ史はもちろん、東南アジア史も完全に抜け落ちてるんですが、この辺に時代を感じますね。

さほど面白くもないが、そこそこの内容を持つ本と思います。

2006年12月12日

ラス・カサス 『インディアスの破壊についての簡潔な報告』 (岩波文庫)

Filed under: ラテン・アメリカ — 万年初心者 @ 06:45

ラテン・アメリカのカテゴリが無いのは不恰好だなあと思っていたが、大学時代本書を読んでいたのを思い出した。

しょっぱながこれですみませんね。

スペイン人征服者が新大陸で行った蛮行がこれでもかというほど記されている。

最後まで読むと鬱気味になります。

この本はスペインの国力が衰えた後、イギリス・フランス・オランダ等の反対陣営の諸国によって、散々反スペイン宣伝の材料として使われたそうである。

本書は、極めて格差の大きかった二つの文明の遭遇に伴って起こった恐るべき悲劇への告発として読むべきであって、その種の政治的利用に対しては常に警戒すべきであろう。

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