万年初心者のための世界史ブックガイド

2017年1月1日

J・M・ロバーツ 『図説世界の歴史 1 「歴史の始まり」と古代文明』 (創元社)

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全10巻と巻数が少な目で、一巻の厚みもさほどでもないとは言え、新たに世界史全集通読に取り組むのには、相当の決意が要るが、下読みの結果、まあたぶん途中で挫折はしないだろうと思ったので、この第1巻から始めましょう。

イギリスの練達の歴史家が一人で書いた世界史全集。

著者のファースト・ネームが、ジョンなのかジェームズなのか何なのかが、本書のどこにも書いていないのが気になる。

叙述における史実の取捨選択の基準を著者は以下のように述べる。

・・・・・私は、いったいどのような視点でこの本を書き、どのような基準で歴史的事実の取捨選択を行ったのか。そのことについてご説明しておきましょう。ひとつは、ある意味で非常に「民主的な」視点です。というのも私の基準は、「その出来事がいかに多くの人間に影響をおよぼしたか」という点を重視しているからです。もちろん別の基準を選択する人もいるでしょう。しかし私は、長期的に見てその出来事が人間の社会にどれだけ広く大きな影響をあたえたかという点にもとづいて、歴史的事実の取捨選択を行いました。その結果、本書ではできるだけ多くの国や支配者たちをとりあげようとするのではなく、「とくに偉大な」いくつかの文明に焦点をあてることになりました。何世紀にもわたって、思想や宗教、社会制度など、さまざまな面で人間社会に影響をあたえた「偉大な文明」の数々。こまごまとした事実の羅列は百科事典や歴史事典にまかせることにして、そうした文明を軸に歴史を「物語る」ことに主眼をおいたのです。

この「物語る」という言葉が、私の歴史に対する考えを知っていただくためのもうひとつの鍵となります。私は以前から、歴史の基礎は物語(年代記)にあること、そして歴史家の仕事とは、からみあった無数の事実のなかから、そうした物語をつむぎだすところにあるということを確信しているのです。

網羅的に全ての文明を取り上げるのではなく、主要な文明を特に重視すること、物語という叙述形式にこだわること、という面では賛同できる。

しかし、以下のような楽観的見解は、巨視的に見れば理解できなくも無いが、やはり同意する気にはなれない。

この長い長い物語をひもとくと、人間という生き物のもつ特異性がよくわかります。人間は非常に古くから、自然を支配しようとしてさまざまな試みを行なってきました。ほかの生物には類を見ない、そうした試みの軌跡をたどることこそ、すなわち人類の歴史をたどることだといえるかもしれません。最近よく「人類はもはやとり返しのつかない失敗をおかしてしまった」とか、「人類の歴史は愚行のカタログにすぎない」などといった意見を耳にすることがあります。その結果が今日の人口過剰であり、自然環境の破壊であり、絶えることのない戦争や暴力だというのです。たしかにそうした意見にも、一面の真実はあるでしょう。しかしそれは客観的に見て、あまりにも大げさで極端すぎる考えです。人類がこれまでになしとげてきた偉業を素直にふり返れば、そうした悲観的すぎる意見が、どれほどまとはずれなものであるかがよくわかります。歴史は私たち人類が、これまでいかに多くの障害を克服し、その意志と能力によって、みずからをとりまく環境にいかに大きな変化を起こしてきたかを教えてくれているのです。

本章に入ると、まず先史時代の途方もない長さとネアンデルタール人(旧人)とホモ・サピエンス(新人)との一時共存を述べた後、人類史の一大転機として、新石器時代の到来を挙げる。

先史時代の終焉をつげる一連の変化をさして、ある学者が「新石器革命」という言葉をもちいたことがあります。しかし、この言葉には少し解説がいるかもしれません。前にもふれたように、考古学者たちは旧石器時代のあとに中石器時代と新石器時代という時代区分をつくりました(金石併用時代という四番目の時代をつけ加える学者もいます。石器と銅器が同時に使用された時代のことです)。

このなかで、旧石器時代と中石器時代の区別は専門家にしか必要のないものですが、「新石器時代」という時代区分は重要です。

厳密な定義によれば、石を砕いただけの打製石器に代わって、表面をなめらかに加工した磨製石器・・・・がもちいられるようになった時代を新石器時代といいます(さらに別の基準をつけ加えることもありますが)。

打製石器から磨製石器への移行は、研究者を夢中にさせるほどの大変化ではなく、「新石器時代」などとよぶのは大げさすぎると考える人もいるでしょう。しかしこの時代に、各地でさまざまな、複雑でしかも重要な変化が起こったことは事実です。「新石器革命」とは、そうした変化をなんとか統一的に表現しようとした名称ということなのです。

・・・・・・

文明の誕生を可能にしたのは農耕と牧畜の開始です。それを「食料生産革命」とよぶ人もいますが、この場合は「革命」という表現も決して大げさではありません。こうした言葉を聞いただけで、なぜ新石器時代に文明が誕生するための環境が整ったかすぐにわかるからです。新石器時代に一部の社会に広まった冶金技術さえ、食料生産の開始ほど重大な意味はもちませんでした。農耕と牧畜は人間の暮らしに、まさに革命をもたらしたのです。

新石器時代の意義を考えるうえでも、真っ先に考えなくてはならないのがこの食料生産(農耕と牧畜)の開始です。ある著名な考古学者は、新石器時代の定義をこんなふうにまとめています。「正確な年代は確定できないが(略)狩猟生活の終焉と完全な金属使用のあいだに位置する時代、この時代に農耕と牧畜が始まり、ヨーロッパ、アジア、北米にゆっくりと広まっていった」。

本書では、代表的な古代文明として、「メソポタミア」「エジプト」「クレタ」「インド」「中国」「メソアメリカ」「アンデス」の七つを挙げている。

ただし、その中でメソポタミア文明のみを特別に重要なものとして扱っている。

しばしば、メソポタミア文明と並び称されるエジプト文明について、以下のような評価を記しているのが極めて印象的である。

エジプト文明の衰退の原因は、古代世界全体を揺るがした大きな歴史の流れの中で考えるべきでしょう。

しかし新王国時代末期の混乱をみると、私にはエジプト文明が最初からもっていた弱点があらわになったにすぎないという気もするのです。

みなさんの中には、そうした意見を意外に感じる方もいらっしゃるかもしれません。数々の壮大な建造物や、数千年にもおよぶ歴史をもつエジプト文明が、なぜ宿命的な「弱点」をもっていたのかと。

しかし私には、エジプト文明がもつ創造力は、真の意味での結実をみなかったように思えます。とほうもない数の労働力が集められ、今日の基準から見てもきわめて有能な役人たちが指揮をとり、その結果完成したのは「世界最大の墓」でした。すぐれた職人たちの手で数々の工芸品がつくりだされたものの、それらが収められたのもまた、墓の中でした。優秀なエリートたちが複雑な文字をあやつり、大発明であるパピルス紙に大量の文書を記録しましたが、ついに彼らはギリシア人やユダヤ人に匹敵するような哲学や宗教思想を生み出すことはありませんでした。私には古代エジプトの壮麗な遺産の奥底に、根源的な「不毛」が横たわっていたような気がしてならないのです。

もっとも古代エジプト文明がまれにみる長期にわたって存続したという事実については、別の角度から評価する必要があるでしょう。これだけ長いあいだつづいた文明はほかになく、その点ではまさに驚異的といえます。少なくとも二度大きな危機がおとずれたものの、エジプトはそうした危機を乗りこえて存続しました。それはもちろん世界史的なレベルでみても偉大なる成功物語といえるのでしょうが、よくわからないのは、なぜ彼らの進歩が早い段階で止まってしまったのかという点なのです。エジプトは結局、軍事面でも経済面でも後世にほとんど影響をあたえませんでした。エジプトの文化が国境を越え、外の世界に根づくこともありませんでした。エジプト文明が長期間存続した原因は、おそらくその自然環境にあったのでしょう。エジプト人の暮らすナイル両岸の外側には、広大な砂漠が広がっていました。同じくらい外界から遮断された環境にあったなら、どんな古代文明でもエジプト文明に匹敵する期間存続することができたかもしれません。

たしかに先史時代とくらべれば、古代エジプトの歴史は非常に速いペースで進みました。しかしメネス王の時代からトトメス三世の時代までの約一五〇〇年間に、エジプト人の日常生活がほとんど変化しなかったのは、やはり「停滞」といってもよいでしょう。古代社会において大きな変化が起こるのは、大規模な自然災害が起こったときか、外敵に侵入されたり征服されたりしたときだけでした。ところがナイル川はつねに安定した「恵みの川」でありつづけ、さらにエジプトは長期にわたってオリエントの紛争地域の外側に位置し、ほんのときおり侵入者に対峙するだけでよかったのです。現在とはちがって、技術も経済もごくゆっくりとしか変化を起こしませんでした。さらに伝統を継承することが何よりも重んじられた社会では、知的な刺激によって変化が起こることはほとんどありませんでした。

古代エジプト文明を考えるとき、どうしても忘れられないのがナイル川です。人びとの目の前にはつねにナイル川が流れつづけていました。その存在があまりにも大きすぎたため、この川のもつ特異性に古代エジプト人は気づかなかったのかもしれません。実際、彼らにとってはナイルの両岸こそが全世界だったのです。「肥沃な三日月地帯」が絶えず戦乱の舞台であったのとは対照的に、エジプトではナイル川に支えられて数千年も文明がつづき、人びとはナイルがもたらしてくれる恵みに感謝しながら伝統的な暮らしをつづけました。このような暮らしの中でエジプト人が生きる目的と考えたのが、死後の世界への準備をすることだったのかもしれません。

この評価には異議が無い。

エジプト文明は、紀元前3000年に誕生し、ペルシアによる征服まででも2500年間、プトレマイオス朝滅亡までを数えたら3000年も続いている。

西暦元年から現在まで2000年余り、日本も含めほとんどの国の歴史がその中に収まってしまうが、それよりも遥かに長く存続しているわけである。

だが、ピラミッドにミイラ、「死者の書」などのパピルス文書、華麗な工芸品と、後世に極めて強い印象を与える遺産を残したにも関わらず、「ギリシア人やユダヤ人に匹敵するような哲学や宗教思想を生み出すことは」なく、「軍事面でも経済面でも後世にほとんど影響をあたえ」なかったのは、先入見を捨て、冷静に考えると、やはり事実としか言い様がない。

ペルシア帝国成立によって、オリエントは新時代を迎えることになる。

 

 

図表も多いし、文章も少な目なので、通読に困難は無い。

これなら続けられそうです。

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2015年10月22日

大城道則 『古代エジプト文明  世界史の源流』 (講談社選書メチエ)

Filed under: オリエント — 万年初心者 @ 06:47

苦手・手薄分野の補強、というほどの殊勝な気持ちも無く、たまたま目に付いたので読んでみた。

以下、適当な内容抜き書き。

 

 

最初のファラオは、ギリシア・ローマ文献史料ではメネス、考古史料ではナルメル。

オシリス神話=兄オシリスを弟セトが殺害、オシリスの妻イシスが遺体を探しエジプトへ、子のホルスがセトと戦い勝利、結果オシリスは冥界、ホルスはこの世、セトは砂漠の王となった。

最初は王のみが死後オシリス神になると考えられたが、中王国時代は誰もがそうなるとされ、「オシリス神の庶民化」が起こり、新王国時代の「死者の書」に繋がる。

ピラミッドで王のミイラが発見された例はなく、そもそも墓ではないとの説もある。

 

 

第二中間期(前1650~1539年頃)ヒクソス(セム系?)の支配。

前17世紀前半にはヒッタイト、ミタンニ、カッシートの活動。

プトレマイオス朝時代のマネト『エジプト史』では、ヒクソスの急激な侵入を記しているが、実際には徐々に定着しエジプト文化も尊重しており、デルタ地帯の都アヴァリスは国際的都市となった。

 

 

アメンホテプ4世(アクエンアテン)のアマルナ時代。

太陽神ラーとテーベ主神アムンの習合、アムン・ラー信仰により新王国時代有力神官団が形成。

多神教内でも神々の序列はあり、天上はラー、地上はホルス(=ファラオ)、冥界はオシリスが支配すると考えられた。

王位はアクエンアテン(妃はネフェルトイティ)→スメンクカラー→トゥトアンクアテン(「アテン神の生ける似姿」)と移り、トゥトアンクアテンがトゥトアンクアムンと改名するが、これがいわゆるツタンカーメン王。

アメンホテプ4世は「一神教の祖」というより、アムン神官団排除のためにアテン信仰を興した、ラー神は認めていたし、ヒクソス時代にはセト神一神教が行われていたので、4世だけが唯一特殊例ではない、またモーセがこのファラオに近しい立場にあり、そこからヘブライ人の一神教が生まれたとするフロイトの推論は、時期的に合わず難があり、現在では認められていない、とのこと。

セト神は悪神化され、ホルス王権と対照的に位置付けられたが、それゆえにかえってアテン神のような忘却化を免れた。

 

 

アマルナ時代の外交を物語るアマルナ文書。

バビロニア・アッシリア・ミタンニ・ヒッタイトによる均衡状態。

文書はほぼすべて当時の国際共通語アッカド語(アッシリア・バビロニアの母語)で書かれている。

ヒッタイトの南下とアッシリアの台頭という平和から動乱への時代の変化が読み取れる。

ヒッタイトとのカデシュの戦い。

前1479~25年トトメス3世(第18王朝)が領土を拡張したが、アマルナ時代にシリア・パレスチナでの影響力を喪失、その後前1279~1213年頃ラメセス2世(第19王朝)が再拡張。

ライバルのヒッタイトはインド・ヨーロッパ語族系だが、実際は多民族国家。

古バビロニアとミタンニを滅ぼすが、カデシュではエジプトと引き分け、アッシリアへの懸念から講和締結。

 

 

前13世紀末から12世紀初頭、「海の民」の侵入。

ヒッタイトやミケーネが滅亡させられたなか、第19王朝メルエンプタハ王のエジプトは、イスラエルと並んで、その撃退に成功。

「海の民」について、碑文では「サルディニア・シチリア・アカイア・エトルリア・リュキア・ペリシテ人」などの名があるが、的確な表現なのかが不明で、それぞれの民族名の最後に「海の」という形容詞が付くため、普通「海の民」と呼ばれる。

「海の民」は滅ぼした王国の民を組み込んで膨張、固有の文化を持たず。

ここで著者は飛躍的かもしれないがと断った上で、全く別種の、驚くべき推論をあげているのだが、実は「海の民」とは津波災害の擬人化された表現である可能性があると書いている。

 

 

アレクサンドロス大王の侵入、ギリシア文明の拡大と人類同胞理念を強調するのはギリシア・ローマ的見方で、現在では西洋中心主義と言われても仕方ない、東方が西方に与えた影響の方が大きいはずとしている。

また大王が「東征」ではなく「西征」に向かっていれば、ローマもカルタゴも滅ぼされていただろうと書かれていて、そうなれば世界史は全く変わったものになった可能性があるわけである。

ヘレニズム時代、アレクサンドリアの繁栄もエジプトによる周辺文化の消化という面は変えられず、一方的ギリシア化が進んだとは言えない、ただクレオパトラはその死後もエジプトの象徴として強いイメージを残すことになった。

ローマ時代もエジプト文化は拡散し続け、英国ヨークにもセラピス神殿遺跡が存在し、ハドリアヌス帝のエジプト趣味も有名である。

 

 

 

タイトルと目次を眺めていた時は実に面白そうだったのだが、実際読んでみるとそうでもなかった。

もう一つ食い足りない。

章ごとに「はじめに」と「おわりに」とがあり、読み易く丁寧な叙述ではあるが、内容はいまいちでした。

2009年11月28日

杉勇 『古代オリエント (世界の歴史1)』 (講談社)

Filed under: オリエント — 万年初心者 @ 06:00

次に何を読もうかと迷う。

手薄なカテゴリを補強しようと書名一覧を見渡して、やはりオリエントが弱いなと認識。

といって、特にいい本も見当たらず(見つけられず)、講談社旧版世界史全集の中のこれを適当に選んだ。

中公旧版の『古代文明の発見』、中公新版の『人類の起源と古代オリエント』および『オリエント世界の発展』、文春大世界史の『ここに歴史はじまる』、河出版の『古代オリエント』などは読了済み。

講談社旧版では他に『ペルシア帝国』の巻があるので、本書の叙述範囲はアケメネス朝の統一直前まで。

読み始めてみると、やはり先史時代の記述は砂を噛むようで辛い・・・・・・。

これは個人的趣味の問題なので、余程優れた特徴のあるもの以外、どの本読んでも同じだと思います。

だが、歴史時代に入っても大して変わらない。

歴史的人物の個性が発揮される物語が展開されるのではなく、考古学的研究に基づいた推測で都市名と王名がズラズラ羅列されるだけという印象。

全然面白くないが、これも時代の性質上仕方ないか。

しかし時代が進んだ、後半部に入っても同じ。

民族名と君主名の洪水が大量に押し寄せてくるような記述で相当苦しい。

はっきり言うと挫折しそうになったので、途中から精読するのを止めて、飛ばし読みに変更した。

折角なので、以下のような高校レベルの事項のみを確認(赤字は暗記した方が良いと思われる年代)。

まず、前3000年ごろという年代をチェック。

大雑把に言って、この頃エジプトのメネス王による統一国家とシュメールの都市国家が成立、これが一番最初の区切りになる。

古代エジプト人はハム語族、シュメール人は民族系統不明。

エジプトでは、前21世紀に古王国から中王国へ、前16世紀に中王国から新王国へ移行。

ヒクソスの侵入は、古・中王国間の第一中間期ではなく、中・新王国間の第二中間期。

シュメールの都市国家では、最初覇権を握った都市として本書の記述で頻繁に出てくるのはウルではなく、ラガシュ。

次いでウルクが少し出て来るだけで、ウルはアッカド王国滅亡後シュメール支配を復興させたウルナンム王のウル第三王朝時代まで目立たない。

私の誤読かもしれないが、上記河出版の『古代オリエント』でも似たような印象を持った記憶がうっすらとだがある。

前24世紀セム系アッカド王国(サルゴン1世)繁栄、一時ウル第三王朝でシュメールが復興した後、セム系アムル人の古バビロニア王国成立。

(ちなみにこれをバビロン第一王朝と呼ぶのは、個人的には馴染みが無くて嫌です。後述のカッシートのことをバビロン第三王朝と言うのも慣れない。)

古バビロニアでは有名なハンムラビ王の治世が前18世紀であるのを暗記。

前2000年ごろからインド・ヨーロッパ語族侵入、前18世紀にヒッタイト建国、前16世紀には古バビロニアを滅ぼし、他にミタンニ、カッシートも成立。

(この時期移動した印欧語族の一派がギリシア人で、前16世紀頃エーゲ文明のうちのクレタ文明を滅ぼし、代わってミケーネ文明を興す。)

この時期エジプトに侵入したヒクソスも印欧語族だと話は簡単なんですが、彼らは「アジア系遊牧民」とだけ教科書では書かれている。

ところで、本書の297ページにはこのヒクソスをミタンニ王国の多数派を構成していたフルリ人と見做す説があると書いてあって、「ええっ!?」と思った。

これは他の本で読んだ覚えがない(か忘れている)ので、本書の記述だけで鵜呑みにするのは危険な気がします。

前12世紀に民族系統不明の「海の民」が侵入、ヒッタイトが滅亡、エジプトも衰退。

(「海の民」とは妙な名前だが、固有名詞が無く他に通称も無いので、これ以外呼び様がない。)

この「海の民」はギリシアではミケーネ文明も滅亡させている(ギリシア史とオリエント史の対比のためこれは要記憶)。

高校時代ははっきり理解していなかったが、以後前9・8世紀にアッシリアが領土を拡大するまで指導的国家が無く、オリエントは小国分立時代と考えていい模様。

前13世紀末に地中海岸を震駭し情勢を大いに変化させた大民族移動は、政治や文化の状態を前後の時代とのあいだにはっきりと区別させることになった。内部的にはすでに衰えていたクレタ・ミケーネの文化も、ハッティ文化の向上した状態もこの大暴風雨のまえにまったく崩壊してしまった。ハッティの大帝国は滅亡し、ハッティ、バビロニアとの抗争を利用してその基礎をきずこうとするアッシリアの努力もたいした効果をあげるにいたらず、オリエント世界で四百年間政治上指導的地位を占めていたエジプトは、海上からの被害はデルタ地帯にとどまったけれども、文化的にはもえのこりの様相を呈し、しかも、このような激動のうちに新たに優位を占めようとする国もなく、前9世紀から前8世紀の半ばにかけてアッシリアがメソポタミア地方を統一するまでオリエントにはしっかりした体制は作られなかった。各地間の交易と戦争はないではなかったが、一般に各民族は約一世紀にわたり、いずれも孤立してしまい、諸国の歴史は疲弊しきった単調の中に経過した。それは小国家および地方にとっては平静なる生活の時期であって、こうした特質はアッシリア人が時々活動したにもかかわらず、根本的には変わらなかった。・・・・・・

しかしながら、大国の無力化によって小民族、小国家は自己の体制を固めながら、自由に発展しえたようで、フェニキアの商業と、民族の発展は航路の発見と開拓と植民地の建設をもたらし、またアラム人のシリア、メソポタミアへの伝播が可能となり、一方イスラエル人ならびにギリシア人は各々独立した精神文化を完成し各民族独得の宗教の勃興もこの時代の一つの特徴であった。

こうして前代とは異なった、個々民族の分立という点が前9世紀までの特徴となった。しかし、前8世紀の終わりにティグラートピレセル3世およびその子孫がアッシリア帝国を建設し、オリエントの世界の情勢はいちじるしく変わった。アッシリアは仮借するところなき峻厳な手段で、政治的に孤立した各民族をいたるところで滅ぼして一つの中央集権国家を完成した。

上記引用文の通り、この時期フェニキア・アラムの海・陸通商民族とヘブライ人という三つのセム系民族が間隙を縫って活発に活動。

前1000年頃という極めて切りのいい年代にヘブライ王国のダヴィデ王が即位したことを記憶しておくと便利(ちなみに中国では同じ頃殷周革命)。

なお本書の276ページには後に新バビロニアを建てたカルデア人は、メソポタミアに進出したアラム人であると書いてある。

確かに同じセム系民族だが、これも聞いたことが無かったので「本当かな」と思う。

セム系民族のアッシリアは前2000年頃北メソポタミアに建国してから細々と続いて、ハンムラビ王の服属国としても名が出てくるし、次いでミタンニにも服属。

前8世紀ティグラトピレセル3世時代から大膨張を開始。

新王朝を始めたサルゴン2世が前721年(教科書では722年)イスラエル王国を滅ぼす。

子のセンナヘリブを経て、孫のエサルハドンが前671年エジプトも征服。

その子が図書館(文書館)で有名なアッシュールバニパル(アッシュールバーンアプ)王で、この王の死後アッシリアは急速に衰退、前612年に都ニネヴェが新バビロニア・メディア連合軍によって陥落。

アッシリアによる史上初のオリエント統一が前7世紀前半、しかしその世紀の末にはもう滅亡と憶える。

その後の、印欧系のメディアおよびリディア、セム系の新バビロニア、ハム語族(ですよね?この時期も)のエジプトの四国分立の形成となるが、教科書で必ず載っている割には、この情勢は極めて短い期間存続しただけで100年も続いていない。

アケメネス朝のキュロス2世が、前550年メディアを、前546年リディアを、前539年(538としている本もあり)新バビロニアを滅ぼし、カンビュセス2世が前525年エジプト征服。

前500年とこれまた極めて憶えやすい年代にペルシア戦争が起こっているので、前612年のアッシリア滅亡から100年余りしか経っておらず、それを考えると歴史の展開が非常に速く感じる。

この四国対立時代のエジプトは昔、新王国だと思っていたが、前11世紀以降は普通「末期王朝」と分類するそうです。

なお、セム系新バビロニアの滅亡後はアケメネス朝ペルシア→ヘレニズム時代→パルティアおよびササン朝ペルシアとローマの対立という流れになるので、7世紀イスラムの誕生とアラブ民族の大膨張までの約一千年間、セム系民族は支配民族としては歴史の表舞台に出なくなると考えていいんだろうか。

(ユダヤ人はもちろん活動しているが。)

まとめ。

前3000年くらいに文明が成立して前2000年以後エジプト中王国と古バビロニア王国で(本書の表現では)オリエント古典文化の盛期を迎えるが、やがて印欧語族の侵入で分裂時代となり前1500年以降はヒッタイトとエジプト新王国が対立する形勢となるが、そこへ前12世紀「海の民」という民族大移動が重なってさらに混乱が数百年継続した後、7世紀にアッシリアのオリエント統一、短期間の四国分立を経て、6世紀にアケメネス朝ペルシアの再統一、前500年ペルシア戦争というのが、オリエント史の一番単純化された大きな流れ。

前3000年から、うまい具合に500年・1000年ごと区切って情勢を把握することが可能(特にエジプト史は)。

後は前24世紀アッカド、前18世紀ハンムラビ王などをイレギュラーで覚える。

前半はセム系、後半は印欧系の活躍が目立つ。

セム系民族は、アッシリアが大きな花火を打ち上げた後は舞台裏に退くようなイメージ。

以上、高校世界史の復習のためにいろいろメモしましたが、本書の出来自体は、はっきり言ってよくありません。

やる気の出ない時にダラダラ読んだからかもしれませんが、一週間かけて飛ばし読みしながら、ようやく通読できた。

所々、上記引用文のような役に立つ視点が記されているものの、煩瑣な事実が工夫無く書き連ねてあるだけという部分が多過ぎる。

もともと苦手分野であることを差し引いても、初心者向けの平易で明解な入門書とはお世辞にも言い難い。

他の世界史全集に比べて、これを優先して読む理由はほとんど無いです。

2009年11月20日

青木健 『アーリア人』 (講談社選書メチエ)

Filed under: オリエント — 万年初心者 @ 06:00

カテゴリをどこにしようか迷ったんですが、とりあえずオリエントで。

西アジア史を非常に巨視的に見ると、まずアッカド・バビロニアなどセム系民族が王朝を建て、前二千年紀にヒッタイトなどインド・ヨーロッパ語族が侵入、以後セム系アッシリアがオリエントを統一するが長続きせず、印欧系ペルシア人がアケメネス朝世界帝国建設、印欧系ギリシア人のヘレニズム時代とローマ人の進出、印欧系イラン人のパルティアとササン朝を経て、セム系アラブ人がイスラム信仰の下大膨張を遂げて地域を覆い尽くすが、ペルシア人は独自性を保ち、アルタイ語族のトルコ人・モンゴル人の侵攻を迎えるという流れになります。

本書は、古代オリエントとイスラムとの中間で活躍した印欧語族を概観したもの。

まずインド・ヨーロッパ語族を大きくヨーロッパ系とイラン・インド系に分けて、後者をアーリア人と呼び、そのうちイラン系の各民族を叙述対象にしている。

(ヒッタイト[および異説があるがミタンニとカッシート]という最初に登場した印欧語族は対象外。)

そしてイラン系アーリア人をさらに騎馬遊牧民と定住民に分類している。

遊牧民としてはキンメリア人、スキタイ人、サルマタイ人、アラン人、オセット人、パルティア人、サカ人、大月氏、エフタル、インド・サカ人、インド・パルティア人。

定住民としてはメディア人、ペルシア人、バクトリア人、マルギアナ人、ソグド人、ホラズム人、ホータン・サカ人。

以上のうち、前7世紀から前2世紀ごろまでウクライナ平原で活動し、高校世界史で史上最初の遊牧騎馬民族として教えられるスキタイ人は、中央アジアのサカ人と類縁民族で、スキタイとは単にギリシア語の他称であるとの説明あり。

アケメネス朝キュロス2世と戦った中央アジアのマッサゲタイ族と、パルティア人も同じくサカ人の一派らしい。

また、騎馬遊牧という生活様式を始めたのは、正確にはスキタイ人ではなくキンメリア人とのこと。

ウクライナ平原の覇権は前9世紀キンメリア→前7世紀スキタイ→前3世紀サルマタイ→前2世紀アランと移動し、以後モンゴル系あるいはトルコ系の匈奴が侵入してきて、イラン系アーリア人遊牧民の時代は完全に終わる。

大月氏の名前が出てくることに「ええっ!?」と驚いてしまうが、『新世界史』(山川出版社)では確かに「イラン系といわれる月氏は」と書いてある。

バクトリア人というのはもちろんセレウコス朝から自立したギリシア人のことではなく、その配下の土着民族を指す。

ギリシア人のバクトリア王国がトハラ(大夏)に滅ぼされ、トハラを大月氏が征服し、クシャーナ族が大月氏から自立しクシャーナ朝建国という流れになるそうだが、バクトリア人とトハラ人と大月氏の相互の関係は実際には不明であると本書には書かれてある。

クシャーナ族も月氏の一派なのか、バクトリア土着民族なのか、両説ある。

『詳説世界史』(山川出版社)本文では「月氏のクシャーナ族」、『新世界史』では「イラン系のクシャーナ族」。

エフタルについて教科書ではイラン系またはトルコ系としているが、本書ではササン朝の文献史料でエフタルをテュルク系蛮族とは別種の敵と記していることから、彼らもイラン系アーリア人に属するのではないかと推測している。

なお、この辺は民族・王朝名が錯綜して非常にわかりにくいが、「クシャーナ朝がササン朝に圧迫されて衰退」、「グプタ朝がエフタルの侵入で衰退」、「ササン朝と突厥が同盟してエフタルを滅ぼす」といった史実は大まかな流れを把握する手掛かりになるので暗記しておいた方が良い。

定住民のうち、メディア人・ペルシア人は教科書でも詳しく触れられているから特に理解しにくい所は無い。

中央アジアでアラル海に注ぐ二つの大河があり、北がシル川、南がアム川。

アム川上流域がバクトリア、アム川下流域がホラズム、アム川中流域とシル川に挟まれた両河地域をソグディアナと呼ぶ。

そこからパミール高原を東に越えると、北の天山山脈、南のクンルン(崑崙)山脈に挟まれたタリム盆地がある。

シルクロードのオアシス都市定住民を占めていたのはイラン系ソグド人だったが、840年トルコ系ウイグル族が同じトルコ系のキルギスに滅ぼされると、ウイグル人が大挙して移住してきて、パミール高原の東西にあるこの地域はトルキスタンと呼ばれるようになる。

875年ソグディアナにサーマーン朝が成立、イラン系アーリア人意識を高揚させ、イブン・シーナーなどの文化人を輩出するが、999年トルコ系のカラ・ハン朝に滅ぼされ、この地域のトルコ化がますます進行する。

イスラム化以後も独自性を保ったアーリア系民族としては、ペルシア人はもちろんとして、後は現在アフガニスタンの多数派民族であるパシュトゥン人にも注意を払っておく。

かなり良いです。

高校教科書で、オリエント史、中央アジア史、インド史、イスラム史に分かれてバラバラに出て来る諸民族を一望の下に俯瞰するような記述なので、頭の中がすっきり整理される気分になる。

同じ講談社選書メチエで『ゾロアスター教』を出している著者らしく、各民族の概観の後、その宗教についてかなりの紙数を割いているが、それもじっくり読めば初心者でもそれなりに有益。

アケメネス朝、キュロス2世、パルティアなど、慣用となっているギリシア語形をほぼ使わず、「ハカーマニシュ朝」、「クル大王」、「アルシャク朝」(アルサケス[安息]朝)などの呼称を採用しているのが、やや読みにくい印象を与えるが、大きな欠点ではないでしょう。

ユーモアと遊び心のある文体も親しみやすい。

着実に押さえておくべき良書と言えます。

2009年2月5日

小林登志子 『シュメル 人類最古の文明』 (中公新書)

Filed under: オリエント — 万年初心者 @ 06:00

2005年刊。

オリエント史全般でなく、高校世界史で最初に出てくる歴史的民族シュメールのみに焦点を絞った本。

ただし、初期王朝時代とウル第三王朝に挟まれたアッカド王朝時代も詳しく扱われている。

本書では、シュメール人とアッカド人の間には深刻な民族的対立は無く、周辺の蛮族(東方のエラム人・北方のグティ人・西方のアモリ人など)と比較して、両者が文明の共有者としての意識を持っていたとされている。

まず序章でメソポタミア・オリエント史の概略をざっと復習してくれるのが親切。

その後、楔形文字・農業・印章・王碑文・立法・学校・文学・神々などのテーマごとに章立てされるが、その合間に通史的な説明もさりげなくなされるという、なかなか巧みな構成。

ちょっと事項の羅列で退屈かなあという部分もあるし、個人的にはアマゾンのレビューにあるような高い評価は持てなかったが、当時の社会の雰囲気を知ることが出来ればそれで十分なのかもしれない。

悪い本ではないと思います。

必読とまでは言いませんが、一度手にとってみるのも良いでしょう。

なお、タイトルが「シュメール」ではなく、「シュメル」になっている理由として、本書「はじめに」の終わりに「ええっ!?」と思うようなことが書いてあります。

2008年9月24日

吉成薫 『エジプト王国三千年』 (講談社選書メチエ)

Filed under: オリエント — 万年初心者 @ 06:00

統一国家形成からプトレマイオス朝までの古代エジプト史。

図書館でたまたま見かけて立ち読みしたところ、かなり面白そうだったので買ってみました。

冒頭から三分の二が通常の通史であり、残り三分の一が文化史に当てられており、なかなかバランスの取れた構成。

しかし、読んだ感想は、「決して悪くはないが期待した程でもなかった」といったところ。

前半の政治史の部分に、やや省略と粗さを感じる。

中公新版第1巻『人類の起源と古代オリエント』のエジプト史の章に比べるとやや落ちる気がする。

大部の本ではないが、一応エジプトだけを対象としているのだから、もう少し細かなところまでフォローしてくれればもっと良かったのにと思いました。

しかし、42ページから44ページにある年表は良く出来ている。

主要な王朝名と王名を組み込んだ年表で非常にわかりやすい。

本文を読みながら参照したり、後で眺めて復習したりすれば、極めて有益。

文化史の章では、私の苦手な暦の話があって理解しにくかったり、文芸作品のタイトルとあらすじがズラズラ並べられていたりと、やや苦しい部分もありましたが、古代エジプト人の生活を知る上で、読めばそれなりに役立つでしょう。

必読とまでは言いませんが、まあまあの内容を持つ本ではないでしょうか。

以下、私的備忘録。

前3000年頃 初期王朝時代 第1王朝メネス(ナルメル)王エジプト統一

前2650年頃 古王国時代

前2550年頃 第4王朝 クフ、カフラー、メンカウラー王の三大ピラミッド

前2200年頃 第一中間期 州侯割拠 ヘラクレオポリス侯とテーベ侯の対立

前2040年頃 中王国時代 第11王朝 メンチュヘテプ2世による全国統一

前1991年頃 宰相のクーデタにより第12王朝成立 アメンエムハト1世

前1780年頃 第二中間期

前1650年頃 ヒクソスの第15王朝

(本書ではヒクソスは突発的な侵入・征服ではなく、傭兵などとして徐々にエジプト社会に浸透した末にクーデタで王権を奪取したという解釈がなされている。)

前1540年頃 新王国時代 第18王朝イアフメス王がヒクソス放逐

前1500年頃 トトメス1世、ユーフラテス河畔まで進出

前1470年頃 トトメス3世、義母ハトシェプスト女王に代わって単独統治開始 アジア遠征 ミタンニと戦う

前1360年頃 アメンヘテプ4世(アクエンアテン)によるアマルナ宗教改革

前1345年頃 トゥトアンクアメン(ツタンカーメン)王によるアメン信仰復興

前1305年頃 ラメセス1世 第19王朝開始

前1285年頃 ラメセス2世 カデシュでヒッタイトと戦う

前1070年頃 末期王朝時代

前950年頃 リビア系のシェションク1世、第22王朝樹立

前730年頃 ピイ王率いるクシュ人侵入、第25王朝成立

前671年 アッシリア王エサルハドン侵入 その後アッシュル・バニパル王も侵入

前655年 プサメティコス1世、第26王朝樹立 アッシリアから独立

前525年 アケメネス朝カンビュセス2世侵入

前404年 第28王朝のアミュルタイオス王、ペルシアから独立

前341年 ペルシア王アルタクセルクセス3世、エジプト再征服。

前332年 アレクサンドロス大王、エジプトを占領。

2008年9月13日

小川英雄 山本由美子 『オリエント世界の発展 (世界の歴史4)』 (中央公論社)

Filed under: オリエント, 全集 — 万年初心者 @ 06:00

第1巻『人類の起源と古代オリエント』の続き。

メソポタミアとエジプト中心の前巻に対して、アナトリアとシリア・パレスチナを併せた「地中海アジア」とイラン高原が本書の地理的叙述範囲。

時代的にはヒッタイトの興亡からアケメネス朝の統一、アレクサンドロス大王の東征とヘレニズム時代を経て、パルティア・ササン朝とローマ東方領の抗争まで。

教科書ではオリエント史の章は大抵アケメネス朝までで区切られているが、このようにイスラムによる征服まで一気に通した方がわかりやすい。

全体的に読みやすいので、これも二日で読めた。

面白さの面ではまあまあじゃないですかね。

以下例によって大雑把な感想や私的備忘録を箇条書きに記します。

第1巻とは異なり、ミタンニ王国は原住フリ(フルリ)人の上にインド・ヨーロッパ語族系の支配層が重なった国という標準的記述になってる。

ヒッタイトはハットゥシリ1世(在位前1650~1620)によって古王国成立。混乱期の後再統一に成功したシュッピルリウマ1世(前1345~)即位によって新王国が成立するが、それはフルリ人の血が濃い古王国とは別系統の王朝で実質的にはフルリ人が支配層となっていた、と前項に比べると教科書的記述とは大いに異なり、「ええっ」と思うようなことが書かれている。

ヒッタイト王ムワタリ2世が前1286年カデシュでエジプト王ラムセス2世と戦う。ハットゥシリ3世はアッシリアからの脅威を受け、ラムセス2世との間に講和条約を結ぶ。

(以上のような古代オリエントの君主名は細かいですが、少しずつ憶えていきたいと思います。)

アラム語が内陸商業の発展につれて広範囲に普及し、イエス・キリストが日常使っていた言語もアラム語だというのは受験時代から教えられていましたが、これがどういう状況なのかいまいちうまくつかめない。ヘブライ語はもう(インドのサンスクリット語のように)旧約聖書という聖典を記した言葉であり、当時のユダヤ人の話し言葉としては使われていなかったということでしょうか。

メディア王プラオルテスの子キュアクサレスが新バビロニアのナボポラッサル王と同盟し前612年アッシリアを滅ぼし、ギュゲスを祖とするリディア王国のアリュアッテス王と国境を定める。

キュアクサレスの子アステュアゲスはアケメネス朝のキュロス2世に地位を奪われる。

本書でも少し触れられているが、以上の君主のうちギュゲスやアステュアゲス、キュロスそしてリディア最後の王クロイソスについてはヘロドトス『歴史』の冒頭の、極めて印象的で面白い挿話に出てきます。

別にこういう王名をいちいち憶えなくても、と思われる方も多いでしょうし、私もそう感じないではありません。

しかし様々な概説書を読んでいく上で、名前を丸暗記しただけの人物であっても、その知識が全体を理解するための足掛かりになるという経験を私自身は何度もしています。

不思議なもので、全く未知の歴史に関する文章のうち、知っている人名や事件が少数あるだけで通読や全体像の把握、経緯の記憶が格段に容易となることが多いのです。

高校世界史が暗記に偏っているとの批判をよく聞きますし、当たっている所も大いにあるでしょうが、通常の歴史書を読む準備段階として避けられないという面もあるのではないかと思います。

話が大きく逸れましたが、よって以下もその種のメモを続けます。

クセルクセス1世後のアケメネス朝の系図として、まず息子のアルタクセルクセス1世。アテネの使節カリアスと交渉し、「カリアスの平和」と呼ばれる平和条約締結。

クセルクセス2世の短期間在位を経て、その弟のダレイオス2世即位。ペロポネソス戦争に介入。

次はアルタクセルクセス2世。弟の小キュロスの反乱を鎮圧。これはクセノフォン『アナバシス』に詳しい。穏和な内外政策を取り四十余年の在位中安定した統治を実現。

アルタクセルクセス3世。前王時代に独立したエジプトを再征服するが、その司令官の宦官バゴアスに暗殺される。

息子のアルセスが即位するが、これもバゴアスに殺される。

傍系のダレイオス3世がバゴアスに擁立されるが、彼がバゴアスを殺し王朝の再建を図る。しかしまもなくアレクサンドロスの東征に遭い、アケメネス朝は滅亡。

疲れました・・・・・。パルティアとササン朝については細かな系図は避け、全体的なことだけ。

詳しくは、講談社旧版の足利惇氏『ペルシア帝国』を見たほうがいいかもしれない。

パルティアは東北部の遊牧系イラン人が建てた国家で、ササン朝はアケメネス朝の故地である南部ファールス地方の農耕系イラン人国家。

そのせいか、ササン朝は自らをアケメネス朝の正統を継ぐ国家と見做し、それに対してパルティアはヘレニズム文化の影響を受けた非イラン的な、アレクサンドロス帝国の後継国家と主張した。

著者によるとそれにはかなりの誇張があり、ササン朝によってペルシア的伝統とされた文化も実はパルティア時代に形成されたものが多かったそうで、パルティア時代とその前後とのはっきりとした断絶を認めない立場を取っている模様。

本書ではパルティアを「アルサケス朝」と記すことが多いのは、同王朝をアケメネス朝・ササン朝と同列に扱うという理由からだろうか。

他には、後に突厥と同盟してエフタルを滅ぼすホスロー1世が、最初は父王共々エフタルの援助を得て王位に就いていたとかの意外な史実が興味深い。

最後のローマ東方領についての記述は平凡。あまり面白くない。

総合的評価を点数にすると・・・・・・50点か60点ですかね。

可もなく不可もなくといった感じ。

挫折するほど悪くはないですから、さらっと済ませて次行きましょう。

2008年8月15日

大貫良夫 他 『人類の起源と古代オリエント (世界の歴史1)』 (中央公論社)

Filed under: オリエント, 全集 — 万年初心者 @ 06:00

中公新版「世界の歴史」第1巻がこれ。ただし配本順はかなり後の方。

河出版「世界の歴史」だと第1巻がまるごと『人類の誕生』に当てられてますが、本書は先史時代とアケメネス朝ペルシアの統一直前までのオリエント史がセットになってる。

(ただしオリエントではフェニキア、アラム、ヘブライの地中海沿岸の諸民族は範囲外。)

さて第1部「人類文明の誕生」ですが、しょっぱなの原人やら新人の話辺りはまあまあ快調だったんですが、そもそも自分が先史時代への関心がはなはだ薄いので、「○○文化」とか「○○期」とか「○○伝統」とか、世界各地の新・旧石器文化が次々出てくる部分になると、いかんいかんと思いながらも、「あー早く終わんねーかなー」という気持ちを抑えることができない。

石器がどうとか、土器がどうとか、住居跡がどうとかいう話はどうにも退屈でしょうがない。

それが終わってやれやれと思い、第2部のオリエント史に入るのだが、こちらもどうも宜しくない。

まずごく大まかな概観を提示し、それから細部を論じてくれればいいのだが、やたら細かい都市国家の歴史を工夫無く書き連ねたといった記述が続くので、少々辛い。

それでもアッシリアの章くらいからは割と面白くなってくるのだが、高校世界史レベルからより高度な段階を橋渡しして、初心者が押さえるべき知識の一応の目安となるレベルをはっきりと提示してくれるような叙述ではない。

そもそも自分の苦手分野だということを差し引いても、どうもまとまりに欠けるという印象があり、読んでもすっきりしない。

初心者向け概説としては、河出文庫の『古代オリエント』や文春大世界史の『ここに歴史はじまる』のような古い本にも劣る気がする。

だが、第3部のエジプト史になると一転してわかりやすくなる。

オーソドックスな通史という感じで良好。

(ただそれは単にエジプト史という対象自体がアジアのオリエント史ほど複雑ではないというだけかもしれない。)

新王国第18王朝のファラオたちの治績に詳しく、暗記すれば効用大。

他に個々の記述では、カッシートとミタンニの民族系統について、帝国書院『新詳世界史B』での記述と同じく、どちらもインド・ヨーロッパ語族ではなく、ミタンニの被支配民族のフリ(フルリ)人は言語系統不明であり、また支配層だけが印欧系であるとの説も認めがたく、支配層含めフルリ人の国家であったとの説が有力と書かれている。

高校時代、古バビロニアが滅ぼされた後の印欧語族国家として、ヒッタイト・ミタンニ・カッシートとセットにして覚えていたのが、確実に印欧語系なのはヒッタイトだけということらしく、せっかく覚えたことが訂正されて何となく残念というか妙な気分です。

通読してみましたが、あまり面白いと思いませんでした。

500ページを超え、このシリーズでもかなり分厚い方ですが、読む手間の割に得られるものは少ない。

頭が鈍く根気もないのに文句だけは一人前という私ですから、無いものねだりの悪口もいい加減にしろと言われるかもしれませんが・・・・・強いてお勧めしたいという本でもないです。

ただ、それほど酷いというわけでもないので、このシリーズを全巻読むつもりなら避ける理由はないでしょう。

2008年2月8日

高橋正男 『物語イスラエルの歴史』 (中公新書)

Filed under: イスラム・中東, オリエント — 万年初心者 @ 06:00

先月下旬刊行の新刊。

伝説上の始祖アブラハムから第二次大戦後のイスラエル独立と中東戦争までを扱ったユダヤ民族通史。

新書一冊で収まるテーマかなと不安を持っていたが、読んでみるとわりとよく出来ている。

ただ、アブラハム・イサク(イツハク。同じくアブラハム[イブラヒム]の子で兄弟のイシュマエル[イスマーイール]がアラブ人の祖とされる)・ヤコブ・ヨセフを経て、モーセの出エジプト、サウル・ダヴィデ・ソロモンの古代ヘブライ王国までの部分はゴチャゴチャしていて、やや読みにくい。

この辺りの歴史については、阿刀田高『旧約聖書を知っていますか』(新潮文庫)が一番初歩的なレベルからこれ以上ないほど平易に説明してくれているので、初心者はこちらを先に読んだ方がいいかもしれない。

ダヴィデ王以後ネブカドネザル2世によるバビロン捕囚までの第一神殿時代、キュロス2世による解放から帝政ローマによるユダヤ属州反乱鎮圧までの第二神殿時代と、本書の記述は続きますが、ここでもやや煩瑣な部分がある。

ただ、アレクサンドロス大王の占領の後、セレウコス朝によるヘレニズム化政策に抵抗して、パレスチナに反乱が起こり、その指導層からハスモン朝が成立、それが前1世紀にポンペイウスによってローマに服属した辺りからの叙述は少しずつ面白くなってきて、読むペースも上がった。

ヴェスパシアヌスおよびティトゥスによる第1次反乱鎮圧、ハドリアヌス帝による第2次反乱鎮圧とユダヤ人追放を経て、ビザンツ・イスラム・十字軍・オスマン朝と支配者が変遷していく部分の記述はなかなか手堅い。

近代に入って1896年テオドール・ヘルツェルが始めたシオニズム運動、第一次大戦時のフサイン・マクマホン協定とサイクス・ピコ協定とバルフォア宣言の間の矛盾と1948年イスラエル建国もそれぞれ適切に述べられている。

終章は独立以後の中東紛争の概説だが、短いページでありながら非常に要領良く説明されており、初心者にとっての効用は大きい。

まず理屈抜きで四度の中東戦争の年代(1948年、56年、67年、73年)を覚えましょう。

たまには問答無用の丸暗記も必要です。

そして47年国連パレスチナ分割案と第1次・第3次中東戦争とその後の和平におけるイスラエルの領土の収縮は地図を見て必ず確認しておきましょう。

東・西イェルサレム、ヨルダン川西岸、ガザ地区、ゴラン高原、シナイ半島がそれぞれどんな経緯をたどってどの国の領土となったのかを頭の中で再現できるようになればよいでしょう。

77年エジプトのサダト大統領のイスラエル訪問、79年エジプト・イスラエル平和条約、91年湾岸戦争、93年オスロ合意(イスラエル・PLO相互承認、パレスチナ暫定自治)、94年イスラエル・ヨルダン平和条約、2000年以後の和平プロセス挫折なども押さえておけば、新聞の国際面の記事を理解するのもたやすくなります。

結論としては、前半部分はやや冗長だが、後半はよく出来ている。

初心者向けの良質な入門書と思われます。

2007年12月17日

足利惇氏 『ペルシア帝国 (世界の歴史6)』 (講談社)

Filed under: オリエント — 万年初心者 @ 06:00

1970年代後半に刊行されたこの講談社旧版「世界の歴史」は、アフリカ史の巻があったり東南アジアが島嶼部と大陸部に別れてたりといった特徴があるんですが、ペルシア史の巻がオリエント史から独立しているのもその一つ。

これを英断と見るか、それともバランスが悪いと言うべきか。

読んでみないことには始まらないので、手に取ってみました。

結論を言うと微妙な出来。

アケメネス朝・パルティア・ササン朝の三つの政権についての本なんですが、歴代君主の記述などは確かに貴重ではある。

覚えるのは相当厳しいですが。

各王朝の宗教・美術・建築など文化面にも多くの紙数が割かれ、社会制度にも軽く触れられているが、何となく間延びした印象。

(これは単にそういう記述を好まない私の性向がそう思わせてるだけかもしれませんが。)

アケメネス朝とパルティアに挟まれたヘレニズム時代の章もあるが、私が最も知りたいアレクサンドロス大王死後のディアドコイ戦争と後継三王朝樹立の過程はごく簡略に済まされていて期待外れ。

その三国家のうち、東方領域を支配したセレウコス朝シリアだけ詳しい記述があり、歴代の王の系譜と彼らがバクトリア・パルティアの独立とローマの進出に対していかに対処したかが述べられている。

この部分も日本語で読める類書が少ないので貴重ではあるが、それほど面白くはない。

全般的につまらないとは言わないが、特に良いとも思えない。

まあ読んで損したとは思わないので、できれば講談社学術文庫にでも入れて欲しいです。

(ちなみに著者は名前を見てお分かりのように室町将軍家の子孫です。戦前、ある教師から「君は逆賊の子孫だから」と言われて非常に不愉快だったと別の本で述懐していたのを読んだ記憶があります。)

2007年6月30日

三笠宮崇仁親王 『ここに歴史はじまる (大世界史1)』 (文芸春秋)

Filed under: オリエント — 万年初心者 @ 06:00

文春「大世界史」シリーズの古代オリエント史。

ごく平易な作りで読みやすい。

私のような初心者向き。

ただ紙数が少なめなので河出文庫版『古代オリエント』と比べるとやや物足りなく感じてしまう。

教科書で大まかな史実を掴んだ後読む本としては、河出版よりこちらを先に読んだ方がいいかもしれない。

なお本書は『文明のあけぼの』と改題されて集英社から2002年に再版されている。

まだ新刊として手に入るのは有難いのですが、値段はかなり高め。

他の「大世界史」シリーズのように講談社学術文庫に入ればより良かったんですが。

2007年6月26日

岸本通夫 他 『古代オリエント (世界の歴史2)』 (河出文庫)

Filed under: オリエント — 万年初心者 @ 06:00

読んでない本も多いとはいえ、これまで曲りなりにも400冊余り紹介してきて、オリエント史が専著でゼロとは酷いというか何というか・・・・・。

緊急補強のつもりで、気軽に手に入るこれを読みました。

なかなか良いです。

教科書の鶏ガラみたいな枠組みに、様々な史実や人物像やイメージを肉付けしていく上で、非常に有益。

文章が読みやすく、遅読もいいとこの私でもかなりのスピードで通読できた。

初心者向け入門書としてはかなり高得点。

オリエント史については高校教科書レベルの知識をうろ覚えしているだけという、私のような人間に適した本です。

2006年12月7日

貝塚茂樹 責任編集 『世界の歴史 1 古代文明の発見』 (中公文庫)

Filed under: インド, オリエント, 全集, 中国 — 万年初心者 @ 06:53

いわゆる中公旧版の世界史全集第1巻。

白状すると各社各種の「世界の歴史」で全巻通読したのはこのシリーズだけである。

刊行年代は1960年代初期という古さだが、中身は他のシリーズに勝るとも劣らない。

まず初心者が物語として読んで面白いという点を何より重視して、最後までそれに徹しているのが素晴らしい。

図式的で平板な記述はできるだけ避け、豊富な挿話やエピソードを交え、魅力的な人物描写に力を注ぎ、時に学界の内輪話で息継ぎをするという感じ。

著者の努力はもちろんだが、本シリーズについては中公側の編集者がよほど優秀だったのだなと思う。

以上の方針を徹底させるため、著者にビシバシ意見したであろうことは容易に推察できる。

最初の巻である本書においても、貝塚氏ら著者のサービス精神がよく発揮され、北京原人から始まり、いわゆる四大文明の盛衰を描いた、面白い通史に仕上がっている。

後漢以後とオリエント末期がやや駆け足なのは残念だが、入門書としては十分の出来。

以後の巻を記していくにつれて、かなり腐すこともあるかと思いますが、初学者向けの本として基本的には非常に優れた面があることを認めた上の批判であることをご考慮ください。

2006年7月2日

阿刀田高 『旧約聖書を知っていますか』 (新潮文庫)

Filed under: オリエント — 万年初心者 @ 09:08

ユダヤ民族史としても読めるということで、無理やり「オリエント」にカテゴリ。

『新約聖書~』と同じく、本当に何も知らない読者向けに、最低限の知識だけを供給することを目標にしているのが良い。

天地創造からアブラハム、モーセ、ダヴィデ、ソロモンまでをざっと概観できる。

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