万年初心者のための世界史ブックガイド

2014年12月14日

呉智英 『つぎはぎ仏教入門』 (筑摩書房)

Filed under: インド — 万年初心者 @ 05:49

インド史のカテゴリで、全体数の少なさに対して、不釣合いに多い仏教入門書に、またこれを加える。

以下、ものすごく適当な(所々自分でも意味不明な)箇条書きメモ。

人間の有限性の自覚と死への対抗として宗教が誕生。

仏教が「覚りの宗教」であるのに対し、キリスト教は「救いへの宗教」。

釈迦、孔子、ソクラテス、ゾロアスターの時代近似性(ヤスパースが「軸の時代」と呼んだことでも有名)。

初期仏教(原始仏教)が前283年頃、第二回仏典結集時に「根本分裂」。

上座部と大衆(だいじゅ)部に。

それぞれが小乗、大乗の源流。

ブッダの中に双方の傾向があった。

著者は、富永仲基以来定説の「大乗非仏説論」を肯定し、小乗仏教(これを蔑称として避けることはしない)を評価。

「金口直説(こんくじきせつ)」≒阿含経典⇒小乗の経典、「釈迦一仏論」。

ウパニシャッド哲学の梵我一如(大我と小我の合一)に対する仏教の無我。

大乗系の中で密教は梵我一如への指向あり。

ブッダ本人の思想は以下4つのみ。

縁起論、輪廻からの離脱、諸行無常・諸法無我(法=存在、我=本質)、不苦不楽の中道。

浄土教とキリスト教との類似性(密教・浄土教ともに大乗の中での変容)。

以上、メモ終了。

奇を衒っているようで、基礎知識を巧みに配列しているのは良い。

ただ著者のシニカルな筆致を痛快に思えなくなって久しいです。

結局この人の論説は、硬直した左翼的・進歩的な建前論が健在だったときには面白くて有益なものだったが、ここ十数年ほどの低俗・下劣な「本音主義」のような風潮下だと、ややありきたりに感じられる部分がある。

本書自体はいい方だと思いますが、著者の本を次々読んで他人にも薦めるという気には余りなりません。

2011年3月11日

『ブッダの真理のことば 感興のことば』 (岩波文庫)

Filed under: インド — 万年初心者 @ 06:00

『ブッダのことば』に続けてこれを読む。

『ダンマパダ』と『ウダーナヴァルガ』の訳。

漢訳では、前者は『法句経』、後者は音訳して『憂陀那』などか『無問自説』などとされる。

内容・形式の平易さ、訳注の多さで通読が極めて楽なのは、上記『ブッダのことば』と同じく。

初期の仏典ってこんな感じなのかあ、と感じるだけでも良いでしょう。

 

旅に出て、もしも自分よりもすぐれた者か、または自分にひとしい者に出会わなかったら、むしろきっぱりと独りで行け。愚かな者を道伴れにしてはならぬ。

 

もしも愚者がみずから愚であると考えれば、すなわち賢者である。愚者でありながら、しかもみずから賢者だと思う者こそ、「愚者」だと言われる。

 

まだ悪の報いが熟しないあいだは、悪人でも幸運に遇うことがある。しかし悪の報いが熟したときには、悪人はわざわいに遇う。

 

「その報いはわたしには来ないだろう」とおもって、悪を軽んずるな。水が一滴ずつ滴りおちるならば、水瓶でもみたされるのである。愚かな者は、水を少しずつでも集めるように悪を積むならば、やがてわざわいにみたされる。

 

たとえ貨幣の雨を降らすとも、欲望の満足されることはない。「快楽の味は短くて苦痛である」と知るのが賢者である。

 

戦場の象が、射られた矢にあたっても堪え忍ぶように、われはひとのそしりを忍ぼう。多くの人は実に性質が悪いからである。

 

いつわりを語る人は地獄に堕ちる。またこの世で自分が言ったのとは異なった行ないをなす人も地獄に堕ちる。この両者は死後にひとしくなると説かれている、――来世ではともに下劣な業をもった人々なのであるから。

 

明らかな知慧のある人が友達としてつき合ってはならないのは、信仰心なく、ものおしみして、二枚舌をつかい、他人の破滅を喜ぶ人々である。悪人たちと交わるのは悪いことである。

 

悪い友と交わるな。卑しい人と交わるな。善い友と交われ。尊い人と交われ。

 

(友となって)同情してくれる愚者よりも、敵である賢者のほうがすぐれている。同情してくれる愚者は、(悪いことを教えて)ひとを地獄にひきずり下す。

 

称讃してくれる愚者と、非難してくれる賢者とでは、愚者の発する称讃よりも、賢者の発する非難のほうがすぐれている。

 

愚かな者を見るな。そのことばを聞くな。またかれとともに住むな。愚人らとともに住むのは、全くつらいことである。仇敵とともに住むようなものだからである。思慮ある人々と共に住むのは楽しい。――親族と出会うようなものである。

 

他人の過失は見やすいけれど、自分の過失は見がたい。ひとは他人の過失を籾殻のように吹き散らす。しかしこの人も自分の過失は隠してしまう。――狡猾な賭博師が不利な骰子の目をかくしてしまうように。

 

他人の過失を探し求め、つねに他人を見下して思う人は、卑しい性質が増大する。かれは実に真理を見ることから遠く隔っている。

 

恥を知らず、烏の首魁のようにがやがや叫び、厚かましく、図々しい人は、生活し易い。この世では、心が汚れたまま生きて行く。

 

恥を知り、常に清きをもとめ、よく仕事に専念していて、つつしみ深く、真理を見て、清く暮す人は、生活し難い。

 

この世の中は暗黒である。ここではっきりと(ことわりを)見分ける人は稀である。網から脱れた鳥のように、天に至って楽しむ人は少ない。

2010年12月14日

『ブッダのことば  スッタニパータ』 (岩波文庫)

Filed under: インド — 万年初心者 @ 06:00

中央公論の「世界の名著」シリーズで『孔子 孟子』『聖書』を読んだので(前者は「論語」の部分だけですが)、仏教に関しても同シリーズ第1巻に収録されている『バラモン教典 原始仏典』を読もうかと思ったのですが、中身を見るとかなりハードそうでしたので、とりあえずこちらにしました。

訳者は中村元先生。

巻末解説によると現存する仏典のうちでは最も古い時代にまとめられたと推定されているとのこと。

南伝仏教のパーリ語聖典の一部で、漢訳は一部を除いて存在しないそうです。

内容は実に平明で、理解しにくい難解な教義は一切無し。

「四諦」とか「八正道」とかの話すら出てこない。

文庫にしては分厚いが、訳注がほぼ半分を占めるので、通読に困難は感じない。

各章、各節が適切な長さなのも助かる。

これはいいと思います。

世界宗教の一つたる仏教の原典としてまずこれで第一歩を踏み出すのも良いでしょう。

ただ一番初心者向けの本として、阿刀田高氏に『旧約聖書』『新約聖書』『コーラン』『ギリシア神話』の他に『仏典を知っていますか』を出してほしい。

以上四つの分野より仏典は数が多いし、まとまりが薄い感があるので、もし適切な入門書があればより効用が高いと思う。

 

集会を楽しむ人には、暫時の解脱に至るべきことわりもない。太陽の末裔(ブッダ)のことばをこころがけて、犀の角のようにただ独り歩め。

 

粗暴・残酷であって、陰口を言い、友を裏切り、無慈悲で、極めて傲慢であり、ものおしみする性で、なんぴとにも与えない人々、――これがなまぐさである。肉食することが〈なまぐさい〉のではない。

 

人が生まれたときには、実に口の中には斧が生じている。愚者は悪口を言って、その斧によって自分を斬り割くのである。

 

毀(そし)るべき人を誉め、また誉むべき人を毀る者、――かれは口によって禍をかさね、その禍ゆえに福楽を受けることができない。

 

種々なる貪欲に耽る者は、ことばで他人をそしる。――かれ自身は、信仰心なく、ものおしみして、不親切で、けちで、やたらにかげ口を言うのだが。

 

けだし何者の業も滅びることはない。それは必ずもどってきて、(業をつくった)主がそれを受ける。愚者は罪を犯して、来世にあってはその身に苦しみを受ける。

2010年8月3日

イギリス東インド会社についてのメモ

Filed under: おしらせ・雑記, イギリス, インド — 万年初心者 @ 06:00

浜渦哲雄『イギリス東インド会社』(中央公論新社)の記事続き。

ベンガル・ビハール・オリッサ徴税権を手に入れたものの、統治費用の増大から東インド会社はかえって倒産の危機に陥る。

イギリス政府が支援に乗り出し、1773年ノースの規正法制定。

政府が会社の監督を強化、ベンガル総督を設置しボンベイ、マドラスの上位にあって全インドを総攬することとする。

1784年ピットのインド法でインド庁設置、会社権限をさらに縮小。

1813年東インド会社の(インドでの)貿易独占権廃止、33年中国での貿易独占も廃止、商業活動を停止(この二つは高校教科書にも載っているが、たいていインド植民史とイギリスの自由主義改革の部分に分かれて出てくる)。

軍隊について。

国王軍と会社軍の並立。

国王軍はイギリス人のみで構成、会社軍は白人兵のみの部隊もあるが、数の上では将校がイギリス人、兵士がインド人の部隊が圧倒的。

宗教・カースト・民族が違えばイギリス人の指揮下で同じインド人と戦うのもさしたる抵抗が無かったのだろうが、考えてみればイギリスが長州・薩摩人を率いて徳川幕府を倒し日本を植民地化するようなものですよね。

根本的な価値観の共有と同胞意識の涵養がいかに重要かを再認識します。

官僚制について。

ICS(インド高等文官)制度に関して、初期は会社役員の縁故採用が多かったが、のちにイギリス本国の官吏採用よりも早く公開試験制を導入したとか、そのようなことが書いてある。

末尾は簡略なインド総督列伝。

最初はまだ総督ではなくベンガル知事のクライヴ(1758~60、65~67年)から。

プラッシーの英雄、社員の綱紀粛正に取り組むが敵も多く、帰国後反ネイボップ(インド成金)感情もあって汚職と権力濫用を議会で糾弾され自殺。

ウォーレン・ヘイスティングス(1772~85年)=ベンガル知事から初代ベンガル総督に就任。マイソールのハイダル・アリ、ハイデラバードのニザーム(藩王)、マラータ諸侯の間を離間し、マイソールに攻撃集中。

チャールズ・コーンウォリス(1786~93、1805年)=第3次マイソール戦争でハイダル・アリの息子ティプ・スルタンを破る。インドに来る前は確かアメリカ独立戦争で英軍を率いて敗れているはず。

ジョン・ショア(1793~98年)=不介入政策、財政健全化。

リチャード・ウェルズリー(1798~1805年)=1799年第4次マイソール戦争に完全勝利、ティプ・スルタン敗死。ワーテルローの英雄ウェリントン公(アーサー・ウェルズリー)は弟。(ウェリントンの本名とこのベンガル総督の存在は知っていたが血縁関係自体は全然知らなかった。)

ミントー(1807~13年)=ナポレオン戦争中にジャワ占領、配下のラッフルズが1819年シンガポール建設、東南アジア英植民地の端緒を作る。

モイラ(1813~23年)=グルカ(ネパール)戦争、第3次マラータ戦争。

アマースト(1823~28年)=第1次ビルマ戦争。

ベンティンク(1828~35年)=サティ(寡婦殉死)禁止、会社の商業活動停止、ベンガル総督の名称がインド総督へ。

オークランド(1836~42年)=第1次アフガン戦争。

エレンボロー(1842~44年)=アフガン撤兵、インダス川下流シンド地方併合。

ヘンリー・ハーディング(1844~48年)=第1次シク戦争。

ダルフージ(1848~56年)=第2次シク戦争・パンジャーブ併合、第2次ビルマ戦争。

チャールズ・カニング(1856~62年)=インド大反乱、会社解散。

以上細かな年代はともかく、イギリス支配地が18世紀半ばベンガル→18世紀末南インド・マイソール、19世紀第一四半期中部インド・マラータ→19世紀半ば北西インド・シクと広がっていったことを戦争の順番と共に憶えるといいでしょう。

それほど悪いとも思わないが、かと言って特筆すべき内容があるわけでもない。

浅田實『東インド会社』(講談社現代新書)と比べると新しい知識や見解が盛り込まれてはいるんでしょうが、私のような初心者がそれを十分汲み取れるかというと心もとない。

それと、この薄さの単行本で定価2310円というのも随分高く感じる。

まあ普通ですね。

2010年8月1日

浜渦哲雄 『イギリス東インド会社  軍隊・官僚・総督』 (中央公論新社)

Filed under: イギリス, インド — 万年初心者 @ 06:00

本文200ページ足らずのごく短い本。

著者には『英国紳士の植民地統治』(中公新書)、『大英帝国インド総督列伝』(中央公論新社)などの著作有り。

後者を読もうとしてそのまま放ったらかしだった。

前書きで、これまでイギリスのインド統治は否定的に捉えられがちであったが、最近のインドの急速な経済発展とともにその遺産が再評価されているとの記述にややギョッとする人もいるかもしれないが、本文中にはそうした視点は強く浮き上がってはこない。

「インド史の最大のアイロニーに一つは、インドがイギリス政府でなく、民間人が所有する特許会社によって征服されたことである」(T・パーソン)

という記述を裏書して、その過程を辿っている。

イギリス東インド会社は1600年ちょうどという憶えやすい年代に設立。

ロンドンと東洋(アフリカ喜望峰と南米ホーン岬間)の貿易独占特許を持つ。

オランダ東インド会社が1602年、フランス東インド会社が1604年と二年刻みの設立だというのは高校世界史でも出てきます。

フランス会社が不振で即解散したのは周知ですが、航海ごとに出資・清算を繰り返していたイギリス会社もこの時期はオランダに圧倒されていた。

1623年アンボイナ事件が起こるが軍事力劣勢のためオランダへの報復を断念、東南アジアから撤退しインド進出を目指す。

インドでのイギリスの三大拠点は、名前はもちろん位置関係も高校レベルでも確実に記憶しなけりゃいけませんでしたね。

ガンジス川下流ベンガルにあるカルカッタ、東海岸コロマンデル海岸沿いのマドラス、西海岸北寄りのボンベイ。

恥を忍んで言うと、高校生の頃しばらくの間、ヴァスコ・ダ・ガマが到達した西海岸マラバール海岸沿いのカリカットと上記カルカッタを混同してました。

これに対しフランスの拠点二ヶ所も重要暗記事項。

カルカッタ近くのシャンデルナゴル、マドラス近くのポンディシェリ(「近く」といっても全インドが入る地図で見ればの話ですが)。

高校時代どっちがどっちだったかなと迷ったときには、五十音順で「シ~」が上(北)、「ポ~」が下(南)だと無理やりゴロ合わせしてました。

イギリスの最初の拠点はボンベイのさらに北にあるスーラトと、マドラスよりかなり北のマスリパタム。

それぞれ1613年、1611年に商館建設(前者には異説があるらしい)。

ムガル朝はアクバルが1605年死去、ジャハンギール帝時代(~27年)。

マスリパタムの商館建設に許可を出したのはゴールコンダ王国という地方のイスラム政権。

この王国は後にアウラングゼーブ帝に滅ぼされる。

スーラト進出後、先行していたポルトガルとの衝突が起こる。

ムガル帝国はその最盛期においても海軍は弱体で、この時期アラビア海の制海権はポルトガルに握られ、メッカ巡礼や紅海貿易にはポルトガルの許可証が必要だったと書かれてある。

数度の戦闘と交渉の後、イギリスが制海権把握。

1640年マドラスに要塞建設、1661年チャールズ2世がポルトガル王室キャサリンと結婚、その婚資としてボンベイ獲得。

1664・70年マラータのシヴァージーがスーラトを襲撃、大きな被害が出ると、英国の西海岸の拠点はボンベイへ移る。

進出が遅れていたベンガルにも1697年カルカッタに商館兼要塞を建設。

フランスは1664年コルベールが東インド会社を復興させた後、イギリス嫌いのアウラングゼーブ帝の支援を得てシャンデルナゴル、ポンディシェリに拠点獲得。

18世紀初頭アウラングゼーブ死後、ムガル帝国は分裂・崩壊、群雄割拠の状態となりここから東インド会社の領土的拡大が始まる。

高校時代から思ってましたが、このムガル朝分裂の急激さは一種異様とも感じます。

古代以来の最大版図からあまりに極端な転落は世界史上極めて例が少ないような・・・・・・。

何か理由があるんでしょうか?

英仏が南インドで衝突、オーストリア継承戦争、七年戦争と連動して1744~63年三次に亘るカーナティック戦争。

インド植民地化の過程で起こった戦争は第○次と付くものが非常に多く、それがややこしいんですが、とりあえずは細部はパスしますか。

ムガル朝から事実上独立していたベンガル太守がイギリスと対立、太守に妥協的姿勢をとったフランスと連携、1757年有名なプラッシーの戦いが起こる。

ロバート・クライヴ指揮の英軍が太守・仏連合軍を破り、インド植民地化の基点となった戦いだが、その規模は極めて小さく小競り合い程度。

兵力こそ英側3000、太守側5万を動員しているが、戦死者が英側7人、太守側16人と書かれているのを見ると、「ホントかよ???」と目を疑ってしまう。

上記アンボイナ事件と並んで、実際の規模と後世の影響とが著しく乖離した出来事と言えるのかもしれない。

1758年クライヴがベンガル知事に就任。

クライヴが一時帰国中、イギリスが立てたベンガル太守が反抗、ムガル朝および隣国アワド国王と同盟、1764年バクサルの戦いで三者連合が英軍に敗北。

ヨーロッパの軍事的優勢をまざまざと示したものとしては、プラッシーよりもこのバクサルの戦いの方が重要だと、中公世界史全集の『ムガル帝国から英領インドへ』では書いてあった。

インドに戻ったクライヴの交渉を経て、65年ベンガルとそれぞれ北西と南西に隣接するビハール、オリッサの徴税権を獲得、実質領土化。

ベンガル獲得がプラッシー戦の直後ではなくワンクッション置いていることは頭の片隅に入れておいた方が良い。

この短い本で複数記事を書くとは思ってませんでしたが、終わらないので続きます。

(追記:続きはこちら→イギリス東インド会社についてのメモ

2009年7月12日

長崎暢子 『ガンディー 反近代の実験 (現代アジアの肖像8)』 (岩波書店)

Filed under: インド — 万年初心者 @ 06:00

200ページ余りと手ごろな分量の伝記。

最初にガンディーの生い立ちと南アフリカでの活動を記した後、時代を遡ってインドの植民地化と独立運動の歴史を概観。

この背景説明の部分が簡略ながら結構役に立つ史実と解釈を提供してくれる。

そこから元に戻り、ガンディーの思想を検討し、そして非協力運動の展開と暗殺されるまでの活動を述べる。

これは良い。

短いながらも一貫した視点が感じられて面白い。

平凡な独立運動家よりもはるかに長い射程を持ったガンディーの思想に対する著者の好意的評価に素直に共感できる。

事実関係でも結構細かい人名・地名・事件を含めて、豊富なデータが得られる。

『自立へ向かうアジア』の後半部を読むより、コンパクトなこちらを読んだ方が頭に入りやすいのではないでしょうか。

高校レベルからでもすんなり入っていけるので、お勧めです。

2009年3月16日

山下博司 『ヒンドゥー教 インドという<謎>』 (講談社選書メチエ)

Filed under: インド — 万年初心者 @ 06:00

またまたインド宗教関係。

2部構成で、第1部がインドの風土、食生活、時間・宇宙概念、神々と祭祀、叙事詩などの背景説明で、第2部が通常のヒンドゥー教史。

まず「はじめに」と題する文章で全体の構成を明記し、各部の特徴と利用方法を説明しているのが、非常に親切であり、好感が持てる。

第1部は身近で取っ付きやすい記述で非常に読みやすい。

高校レベルの読者でもすんなり入っていける文章。

第2部も良好な出来。

ヒンドゥー教と古代のバラモン教との微妙な相違、ウパニシャッド哲学の成立と仏教・ジャイナ教などの自由思想家の登場など、大変わかりやすい叙述。

その後、インドの正統派思想であるヒンドゥー教の中の、六派哲学というものの説明が出てきて、急に難しくなるが、全然理解できず途方にくれるということはない。

しっかり頭に入れて記憶するのは至難の業だが、読んでる途中はまあ大体こんなものかと文脈を追うことはできた。

初心者は細かいことは憶えず、そのくらいでいいんじゃないですかね。

基本的に良書だと思われます。

インド史のサブテキストとしてどうぞ。

2009年3月11日

中村元 『釈尊の生涯』 (平凡社ライブラリー)

Filed under: インド — 万年初心者 @ 06:00

ただでさえインド史のカテゴリがスカスカなのに、仏教関係の入門書ばかり読んでるじゃねーかと思われるでしょうが、最近この手の本が何となく好きなのでこれを手に取った。

1963年に出たブッダの伝記を収録したもの。

最初は平易な記述で非常に良いが、途中で「無所有処」とか「非想非非想処」とかの教義の話がやや説明不足のままいきなり出てくるので戸惑う。

初心者にとって無益という訳でもないが、全く白紙の読者がこれだけ読んで十分に基礎を固められるという感じもしない。

こんな偉い先生の本にケチを付けて何ですが、読後感は微妙です。

まあこっちの責任なんでしょうが。

2009年2月3日

渡辺照宏 『お経の話』 (岩波新書)

Filed under: インド — 万年初心者 @ 06:00

一昨日の『仏教 第二版』と同じ著者。

タイトルだけ見ると、お経の中の例え話などを引用して日常的な道徳訓話を述べた本かとも思うが、中身は全然違う。

第1部では、仏教聖典の種類とそれぞれの成立過程および叙述形式と基本思想などを概観する。

ちょっとややこしい部分や読みにくい文があるが、内容が詳しく初心者にとって効用が大きい。

簡略な仏教史概説としても使える。

第2部では、大乗系(および密教)の仏典を取り上げて、『般若経』とか『華厳経』とか『法華経』とか、子供の頃から名前だけは知っている仏典の概略を解説していく。

これは、細かなところは覚える必要は無いので、まあ大体こんなもんかと、一応の雰囲気だけつかめばよいでしょう。

上記『仏教』と並んで良質な入門書と思われます。

宗教史に深入りせずに、通常の通史を読むための前提知識を程よく与えてくれる。

かなり古い本ですが、両方とも新刊書店で手に入るようですので、気が向いたらどうぞ。

2009年2月1日

渡辺照宏 『仏教 第二版』 (岩波新書)

Filed under: インド — 万年初心者 @ 06:00

手軽な仏教入門書。

最初の欧米における仏教研究史がややたるい。

しかし、仏陀時代のインド概説、仏陀の伝記、その弟子たちの事績などの章は非常に面白い。

晦渋な部分もなく、適度にエピソードを交えて興味を持たせる語り口はとてもわかりやすい。

しかし、終盤の仏典と教義・世界観の解説はやや難解。

六界説がどうとか、パーラミター(波羅蜜)がどうとか、プラジュニャー(般若)がどうとか・・・・・。

一応簡易な説明はなされていて、それで一先ず理解は出来るが、前半三分の二くらいまでのわかりやすさに比べて急に難しくなり、やや突飛な印象を受ける。

とは言え、かなり良質な啓蒙書であることは間違いないはず。

(第二版は)1974年刊でかなり古い本ですが、前に読んだ岩波ジュニア新書の『仏教入門』『ブッダ物語』より、こちらの方が内容が濃くて良い気がします。

2008年12月28日

狭間直樹 長崎暢子 『自立へ向かうアジア (世界の歴史27)』 (中央公論新社)

Filed under: インド, 全集, 中国 — 万年初心者 @ 06:00

20世紀以降の民族独立史。

タイトルに「アジア」とあるが、記述対象は第1部の中国と第2部のインドだけ。

目次見た途端にガックリきました。

この全集も残り3巻ですが、以後は国際関係の概説だけのようだし、中印以外のアジア・アフリカ諸国の詳しい独立史が記されているとも思えない。

地域ごとの巻でも、19・20世紀の歴史についてはそれほど細かな記述は無かった気がする。

この中公新版は巻数が多い分、世界史のほとんどの地域と時代をカバーしているという印象があったのですが、何やら必ずしもそうとは言えないのではないかという疑念が頭をもたげてきます。

変なところで昔ながらの世界史全集に見られた主要国中心主義のケがありますね。

気乗りしないまま第1部の中国現代史を読み始めたのですが、うーん・・・・・と首を傾げてしまう。

近現代史に関して右とか左とかいう鬱陶しい話は出来るだけしない方がいいんでしょうし、ちょっとでも左派的なことを書いてたら無条件でダメだなんて偏狭なことを言うつもりは毛頭無いんですが(恥ずかしながら以前そう考えていたことがあったのです)、本書の記述にはやはりある種の「硬直」や固定観念を感じる。

辛亥革命から日本の敗戦までの主要史実をコンパクトにまとめてあるところは長所と言えるのかもしれませんが、史実の評価や整理の仕方に関しては斬新で感心するような新たな視点はほとんど無いと言わざるを得ない。

10年前ならこれが平均的記述というところだったんでしょうし、今世間で溢れている単純で偏狭な反中国世論に基いて再解釈された歴史が正しいとも思いませんが、個人的にはやはりちょっとついて行けない部分が多かった。

第2部のインド独立史に入っても、どうももう一つ。

長崎氏は『インド大反乱1857年』の著者で高名なインド研究者なんでしょうが、あんまり面白いと思わない。

ただ、他の概説でも植民地化以後のインド史にはあまり興味が持てず、面白く読んだ覚えが無いので、単に私個人の問題かもしれませんが。

僭越ながら正直な感想を言わせて頂くと、残念ながらこの巻はハズレです。

あんまり得たものはありませんでした。

この全集を通して読む場合、避けてとばすほど悪いとは思いませんが、20世紀前半の中国史、インド史を知るためにわざわざこれを選ぶ必要も無いのではないかと言わざるを得ない。

まあ自分の無知を棚に上げて本の悪口言うのが大好きな私ですから、話半分に聞いて下さい。

当たり前過ぎますが、最終的には皆様が読んでご判断下さい。

2008年10月31日

佐藤正哲 中里成章 水島司 『ムガル帝国から英領インドへ (世界の歴史14)』 (中央公論社)

Filed under: インド, 全集 — 万年初心者 @ 06:00

まず分厚さに驚く。

本文が550ページを超え、たぶんこのシリーズで一番長い。

3部構成になっており、第1部はイスラム教徒のインド侵入とラージプート族との戦いからムガル朝衰退期まで。

五つあるデリー・スルタン朝の全てのスルタン家系図が載っており、非常に詳しい政治史が記されてる。

普段、一般的な政治史を排除しすぎたこのシリーズの叙述に文句をつけることが多いのに、こういうのも何ですが、この巻は逆に詳しすぎて読むのが疲れる。

我ながら勝手なものだと思いますが、ムガル朝とその覇権下にあるラージプート諸王国との細々した関係や、マンサブ(禄位・位階)制とジャーギール(給与地・知行地)制をめぐる支配構造の話は初心者には相当辛いので、かなり飛ばし読みしました。

ただ、地図が多めなのは良い。

歴史書を読んでいて、本文中に細かな地名が続出するのに、関連地図が無いというのは本当に腹が立ちますが、本書はそういう恐れはあまりない。

同じインド史の本で例を挙げると、以前記事にしたシャルマ『古代インドの歴史』は、古代国家の支配領域を現代インドの州名を使って説明しているが、きちんとその地図を載せている。

しかし、その続巻で、類書として名を挙げたサティーシュ・チャンドラ『中世インドの歴史』では省略されており、首を傾げた。

(そのこともあってチャンドラ著は途中で放棄したままです。)

バーブルからアウラングゼーブに至る初期のムガル皇帝の描写はなかなか面白い。

このうちアウラングゼーブは、ジズヤ復活によってアクバルのヒンドゥー融和策を捨て帝国衰退の原因を作ったと高校教科書のレベルでも断定されている評判の悪い皇帝ですが、必ずしもそう見ずに擁護する史観も一部にはあるようです。

スピィア『インド史』第3巻が確かそういう記述だったはず(すみません、記憶があやふやなので、もしかしたら違うかもしれません)。

本書はかなり伝統的史観に近く、アウラングゼーブへの評価は低い。

(個人としては敬虔なスンナ派イスラム教徒として清廉で質素な生活を送った人物とされているが。)

他に気になった記述として、シャー・ジャハーンの治世に南インドのヒンドゥー教国であるヴィジャヤナガル王国が1649年に滅亡してますが、これはムガル朝に滅ぼされたのではなく、北にあったビージャプル王国というイスラム王朝(これはシーア派に属していたらしい)によるもの。

アウラングゼーブが「異端」王朝であるこのビージャプル王国と、同じくシーア派国家のゴールコンダ王国を滅ぼすことによって、教科書にも載っている、古代アショーカ王以来久しぶりの亜大陸南端部を除いただけの大統一が実現した。

第2部はヨーロッパ勢力のインド到達から「大反乱」(セポイの乱)までの、前期植民地時代。

この部分は非常に良い。

省略すべきところは省略し、よく整理されたメリハリのある叙述ながら、重要ポイントは洩れなく押さえられているという感じ。

イギリス統治を正当化することなく、しかしインドの民族主義的主張を無批判に取り入れるでもない、バランスの取れた視点。

イギリスが西インドのスーラトに最初の商館設置権を獲得してから、カルカッタ・ボンベイ・マドラスの三大根拠地建設に至る過程は手際よく無難な説明。

アウラングゼーブ死後のムガル帝国分裂の記述もわかりやすい。

まず、ニザーム(デカン総督)領(首都ハイダラーバード)、ベンガル、北インドのアワドの三地域が分離し、ムガル皇帝の権威を認めながらも事実上の独立王朝となる。

イランでサファヴィー朝を倒したアフシャール朝のナーディル・シャーが1739年インドに侵攻、ムガル朝軍を惨敗させデリー占領。ムガル皇帝の権威は地に堕ちる。

マラータ王国では18世紀初頭以降、シヴァージー直系の王家の力が弱まり、実権が宰相に移る(だからマラータ“王国”ではなく、マラータ“同盟”ということが多いのか?)。

1752年マラータ同盟軍がデリーに入城しムガル皇帝の保護者となり、同盟がムガル帝国に取って代わるかとも思われたが、1761年侵攻してきたアフガンのドゥラニ朝アフマド・シャーに惨敗、威信を失墜させる。

他には南インドのマイソール王国、北西インドのシク王国などが存在し、イギリスも当初はこれら諸勢力の中の一つに過ぎず、それが様々な経緯を経て植民地形成に至る。

1757年史上有名なプラッシーの戦いでベンガルを実質支配下に入れ、イギリス統治が始まるが、本書ではその少し後、1764年に起こったバクサルの戦いが記されている。

これは傀儡のベンガル太守がイギリスに不満を募らせ、ムガル皇帝、アワド太守と同盟し、東インド会社軍と戦ったもので、三者連合軍が完敗した。

プラッシーの戦いがベンガル太守の継承争いを利用してごく小規模の戦闘で勝利した、実質宮廷クーデタのようなものだったのに対し、このバクサルの戦いはヨーロッパの軍事的優勢をまざまざと示したものとして重要であるとされている。

真ん中あたりで、都市と農村の生活や、植民地下に台頭した中間層や女性の地位に関する社会史の章がかなりのページを割いて書かれていますが、私でも抵抗無く読める形式・内容で、とくに苦にはなりません。

第3部は南インド史が独立しており、やや時代を遡って9世紀のチョーラ朝時代から植民地時代まで。

五人の人物を選び出し、その描写によって各時代の特色を示すという形式ですが、どうもイマイチ。

通常の通史は、各章の最後にある「幕間」という節でちゃんと説明されているのですが、本文の方の良さは私にはなかなか理解し辛い。

本書での南インド政治史の概略を書くと、7世紀から9世紀にかけて、(前期)チャールキヤ朝、パッラヴァ朝、(再興[中期])パーンディヤ朝の鼎立。

9世紀半ば、後期チョーラ朝が勃興して、パッラヴァ朝を滅ぼし、前期チャールキヤに取って代わったデカンのラーシュトラクータ朝、およびそれを滅ぼした後期チャールキヤ朝と対立。

チョーラ朝がラージャラージャ1世時代に再興パーンディヤを一時滅ぼす。

子のラージェンドラ1世はシュリーヴィジャヤにも遠征軍を派遣。

12世紀末、後期パーンディヤ朝が台頭、13世紀後半チョーラ朝を滅ぼす。

デリー・スルタン朝のハルジー朝、トゥグルク朝による南インド侵攻。

1336年ヴィジャヤナガル王国成立。

同じ頃成立した北隣のムスリム王朝バフマニー王国と対立。

16世紀後半からヴィジャヤナガルは分裂傾向を示し、バフマニー王国も16世紀初めに五王国に分裂(そのうち、二つが上で少し触れたビージャプルとゴールコンダ)。

これ以降の分裂期の記述は細かすぎて全然わからない。

大筋を読み取ることすら困難。

結論。第2部は極めて良好だが第1部と(特に)第3部は難解で読みにくい部分が多い。

読むのに非常に骨が折れます。

最近の当シリーズは、通勤電車の行き帰り+風呂上がりから寝るまでの適当な時間=約150ページ弱×3日間で一巻読了することが多かったのですが、これは5日ほどかかりました。

第3巻の古代インド史が最高の出来だったのに比べると、かなり落ちるなと感じてしまいました。

本書が第14巻で、15巻16巻はすでに読んでいるので、ようやく半分を超えたことになります。

やれやれですな。

自分が通読した中公旧版だけを基礎として、他の全集は目に付いた巻のみ読めばよいと構えていましたが、中公新版を半ばまで通読してやはり旧版をそれほど絶対視してはならんなと感じました。

しかし、同時に「これは何とかならんか・・・・・」と思うような記述も新版には頻出します。

まあ、当たり前すぎますが、一長一短があるということでしょう。

何とか最後まで頑張ります。

2008年9月10日

中村元 田辺和子 『ブッダ物語』 (岩波ジュニア新書)

Filed under: インド — 万年初心者 @ 06:00

類書が続きます。

先日の『仏教入門』の原始仏教の部分を補強しようとこれを手に取る。

中高生向けのジュニア新書だけあって、非常に読みやすいガウタマ・シッダールタの伝記。

というか、小学校高学年でも読めるんじゃないですかね、これ。

表現は極めて平易ながら、著者の一人の中村元氏は偉大な仏教学者で世界的に有名な方のようですから、内容はしっかりしたものでしょう。

もっと取っ付きやすい本として手塚治虫の漫画『ブッダ 全12巻』(潮出版社ビジュアル文庫)を読んで、本書の記述との違いを探してみるのも良いでしょう。

中村氏は講談社旧版の「世界の歴史」と文春「大世界史」のインド史の巻も執筆されているようです。

氏に関するエピソードとして、執筆した「仏教大事典」の膨大な枚数の原稿が紛失したのでもう一度最初から書き直したという「伝説」をある本で読んだ記憶がありますが、本当なんでしょうか。

さて、本書で入門の入門を終えた後、仏教関係で何を読むべきか。

岩波文庫に中村氏の訳で『ブッダのことば スッタニパータ』『ブッダの真理のことば・感興のことば』『ブッダ最後の旅』といった原始仏典が収録されているが未読。

中央公論「世界の名著」に原始仏典および大乗仏典の巻がそれぞれあるようだが、これを読むのは相当キツそう。

『歎異抄』(岩波文庫)や『立正安国論』(講談社学術文庫)をはじめとする日本仏教の古典もなかなか読めそうにない。

せめて最初に挙げた『ブッダのことば』くらいは気の向いた時読んでみますか。

しかし、振り返ってみれば『聖書』も『論語』も『コーラン』も恥ずかしながらほとんど読んだことがない。

これらもそれぞれ中央公論「世界の名著」に該当巻があるようだが、たぶん読めないでしょうねえ・・・・。

2008年9月7日

松尾剛次 『仏教入門』 (岩波ジュニア新書)

Filed under: インド — 万年初心者 @ 06:00

宗教史について全く白紙の状態の読者が本当の初歩の初歩を知るために読む本として、世界の三大宗教のうちキリスト教とイスラム教に関しては、阿刀田高氏の『旧約聖書を知っていますか』『新約聖書を知っていますか』『コーランを知っていますか』があるが、『仏典を知っていますか』は出ていないのでこれを読む。

ジュニア新書だけあって、極めて読みやすい。

全体の半分以上が日本仏教の記述で占められており、原始仏教とその後のインド仏教については三分の一ほどのページが割かれているに過ぎない。

この点、世界史読書の面からするとアンバランスかもしれないが、日本仏教の部分も一般常識として知っておくべきことばかりなので読んでも無駄にはならないでしょう。

仏教について、高校の世界史や倫理の時間で習ったことしか知らない読者(つまり私)が読んで十分有益な内容。

その気になれば一日で読了できるし、図書館で一度借りてみても宜しいんじゃないでしょうか。

類書を挙げると本当にキリがないのですが、岩波刊のものとして、岩波新書の新赤版に同じタイトルの『仏教入門』が、青版に『仏教』『お経の話』が収録されているようです。

私も機会があれば読んでみたいと思います。

2008年9月3日

山崎元一 『古代インドの文明と社会 (世界の歴史3)』 (中央公論社)

Filed under: インド, 全集 — 万年初心者 @ 06:00

先史時代からデリー・スルタン朝成立までのインド史。

これは良い。非常に良い。

ごくオーソドックスな形式の通史で非常に読みやすい。

政治・経済・社会・文化、それぞれの歴史が絶妙のバランスで配分され、読者の視野を大きく広げてくれる。

全般的に極めて練られた叙述でとてもわかりやすい。

高校世界史からステップアップできる適当なレベルまでは詳しく、その範囲内ではいかなる曖昧さも残さない説明がなされている。

この時代の大きなテーマであるバラモン教・ジャイナ教・仏教・ヒンドゥー教など諸宗教の盛衰についても明解で取っ付きやすい記述。

例えば仏教に関しては、僧・伽藍・祗園・旦那・菩薩・観音などの言葉の由来と原義を述べているのが興味深い。

これはむしろよくある定番の記述なのかもしれないが、私にとっては十分面白い。

また仏教など新興勢力の挑戦を受けたヒンドゥー教が、ヴァルナ制度を部分的に変容させ、形勢を挽回した経緯もわかりやすい。

古代においてはバラモン・クシャトリヤ・ヴァイシャの三者が「再生族」でシュードラが「一生族」とされていたのが、中世以降シュードラをも排除せず祭典・儀式に組み込み、一方不可蝕民への排除は強まった。

その過程で教義は大衆化され村落での日常生活に深く結び付けられたヒンドゥー教は、行為や知識よりも熱情的帰依を強調するバクティ信仰の助けも得て仏教を吸収し、後のイスラム教侵入にも耐える力を蓄えた。

なお本書では、インド独立後のアンベードカルによるカースト制批判のための仏教改宗運動も記しているが、最後にヒンドゥー教に対して非常にバランスの取れた穏当な見方を示しているのに注目される。

政治史的部分もよく整理された説明で有益。

グプタ朝滅亡後のわかりにくい情勢も明解に記述されている。

ヴァルダナ朝と前期チャールキヤ朝、パッラヴァ朝の鼎立から、プラティーハーラ朝・パーラ朝・ラーシュトラクータ朝の三つ巴の争いに移る。

プラティーハーラ朝は北インド西部と中部を基盤としたラージプート族の国で都はカナウジ。

ラージプート族とはかつてエフタルと共にインドに入った中央アジア系民族がバラモンの支持を得て古来からのクシャトリヤの身分を主張したもの。

イスラム教徒の侵入に対する防壁となっていたが、11世紀初頭ガズナ朝の征服王マフムードに都が占領されて以後衰退。

パーラ朝はベンガルにあった国家で、インド仏教文化最後の華を咲かせた。

ラーシュトラクータ朝は前期チャールキヤ朝を8世紀半ば滅ぼしデカンを支配し、パッラヴァ朝を圧迫したが、10世紀後半に後期チャールキヤ朝に滅ぼされた。

なおパッラヴァ朝は9世紀末チョーラ朝に滅ぼされる。

この辺は王朝の数が多すぎてややこしいことこの上ないが、(単行本では)285ページに700~1200年までに興亡した王朝を記した地図が載せられているので十分に参照して、そのうち本文に記載のあるものだけ憶えればいいでしょう。

これは本当に素晴らしい。

読んでいて難渋さを感じることは全くと言っていいほど無い。

入門書としてはかなりの充実ぶり。

世界史全集の中の一巻として「これこれ、こういうのを求めてたんですよ」と思わず膝を打ちたくなる。

他の巻も本書と同じような叙述だったらいいのになあと思いました。

強く推奨させて頂きます。

2008年6月3日

R・S・シャルマ 『古代インドの歴史』 (山川出版社)

Filed under: インド — 万年初心者 @ 06:00

太古から8世紀ごろまでのインド史。

一章ごとのページ数が少なめなので読みやすい。

ターパル、スピィア『インド史』(みすず書房)に比べて、特に悪くもなく、載っている地図は本書の方が詳しくて良いが、本文の叙述はやや重厚さに欠けるか。

北インドにおける諸王朝の興亡は教科書の標準的記述と同じく素直に読んで理解できますが、南インド史は少々ややこしいので、以下私的にメモします。

そもそも南インド史がなぜわかりにくいかというと、まず高校世界史であまり習わない。

私の記憶に残っていた南インドの王朝はサータヴァーハナ(アーンドラ)朝とヴィジャヤナガル王国、あと付け加えればチョーラ朝のみ。

『世界史B用語集』を見ると、その他の王朝もそこそこ載っているが、高校時代には全然馴染みが無かった。

それと地理がうまくつかめない。

一口に南インドといっても広大な領域なので、デカン高原・東海岸・西海岸・南端部のどこに勢力をもった国家なのかをいちいち把握しなければならない。

近藤治『インドの歴史』(講談社現代新書)の131ページに南インドの王朝交代図という便利な表があるが、そこではターパル『インド史』を引用し、南インド政治史において西部デカン地方とタミル地方という二つの領域を設定し、さらに後者のタミル地方を南端部地方と南東部地方の二つに分けて説明している。

さらに王朝の存続期間の問題がある。

パーンディヤ朝(前3~後14世紀)やチョーラ朝(前3~後13世紀)のようにやたら寿命の長い王朝があり、他にもチャールキヤ朝、チェーラ朝もかなり長期間存続しているが、盛期によって前・後期の二つ(場合によっては三つ)に分かれたりするのが、最高にややこしい。

本書の範囲内の南インド政治史の概略を記すと以下の通り。

デカンでサータヴァーハナ朝が栄えていた頃、南東部地方で前期チョーラ朝、南端部地方で前期パーンディヤ朝、南端部西海岸地方で前期チェーラ朝が繁栄するが、これらはすべて後2世紀ごろに衰退。

サータヴァーハナ朝滅亡後、デカンでヴァカタカ朝が興起。グプタ朝のチャンドラグプタ2世はこの王朝と婚姻関係を結び一時影響下に置く。

6世紀半ば、ヴァカタカ朝の後を前期チャールキヤ朝が継ぎ、200年間支配を継続した後、8世紀半ばにラーシュトラクータ朝に滅ぼされる。

南東部地方では3世紀後半から9世紀末にかけてパッラヴァ朝が繁栄。

南端部ではパーンディヤ朝が復興。

チャールキヤ朝とパッラヴァ朝は激しく抗争、チャールキヤ朝のプラケシン2世は、ハルシャ王率いるヴァルダナ朝の南征軍を撃退したが、パッラヴァ朝との戦いで敗死。

北インド史の全般的傾向としては、マウリヤ朝・クシャーナ朝時代は中央集権的帝国組織が機能し、商業と外国貿易で都市が繁栄した時代と捉えられているのに対し、グプタ朝以後は土地施与政策による分権化・封建化が進んでおり、貿易・商業と都市の衰退によって特徴付けられる時代とされている模様。

総合的に見て悪い本ではないと思います。

姉妹編としてサティーシュ・チャンドラ『中世インドの歴史』(山川出版社)というのがあるようです。

みすず書房の『インド史』とどちらを基本テキストにするか迷いますが、私としてはやはりみすず書房の方がやや上かなと思います。

2007年12月8日

蝋山芳郎 『インド・パキスタン現代史』 (岩波新書)

Filed under: インド — 万年初心者 @ 06:00

初版が1967年と非常に古い。

第三次印パ戦争(71年)前なので、当然バングラデシュは存在せず、本書の中では「東パキスタン」のままです。

しかし第二次大戦後の南アジア現代史として稀少価値があるだろうと思って手に取ったら、イギリスによる植民地化から叙述が始まっていた。

目次でそれを見た瞬間「こりゃハズしたかな」と思ったが、気を取り直して通読。

前半部はどうと言うことの無い文章が続くだけで全然面白くない。

後半になってやっと印パ分離独立後の歴史に入るがこれも詰まらない。

パキスタンの内政に関する話にやや新味があるが、それも少なすぎる。

半日で読める本であまり損した気はしないが、得たものは殆ど無い。

特に読むべき本とも思えませんでした。

2007年10月26日

陳舜臣 『インド三国志』 (講談社文庫)

Filed under: インド — 万年初心者 @ 06:00

この著者の相当な数に上る中国史関係の啓蒙書はほとんど読んでいないのに、こういう本だけは読んでしまう。

タイトルだけ見ると、一種のキワモノ(失礼)かとも思うが、中身は真っ当な歴史小説。

舞台は17世紀後半のインドで、「三国」とはアウラングゼーブ帝治下のムガル帝国、シヴァージー率いるマラータ王国、イギリス東インド会社をはじめとする西欧勢力。

文章は非常に読みやすいし、やや細かな史実やその展開をわかりやすく頭に入れることができ、著名な人物の個性や事績を読者に強く印象付けることにも成功しており、歴史小説としては良く出来ている方ではある。

しかし実質未完に終わっており、全体として非常に中途半端な作品。

フランス東インド会社によるポンディシェリ建設やアフガン人とラージプート族の反乱を扱った後、「えっ、これで終わり?」というところで巻末。

比較的面白いのに、こういう終わり方なのが惜しまれる。

インド史のカテゴリが貧弱なのであえて読みましたが、皆様は気が向かなければ特に読む必要は無いかもしれません。

2007年9月14日

長崎暢子 『インド大反乱一八五七年』 (中公新書)

Filed under: インド — 万年初心者 @ 06:00

最近「セポイの反乱」ってすっかり言わなくなりましたね。

私は中学以来馴染みのこの言い方が好きですが。

本書はこの反乱についての標準的入門書。

巻置く能わずという面白さは無いが、無味乾燥というわけでもない。

ごく普通の内容。

通読すれば、史実の大体の流れが理解できます。

機会があれば、一読しておくのも悪くないでしょう。

2007年5月15日

ロミラ・ターパル パーシヴァル・スピィア 『インド史 全3巻』 (みすず書房)

Filed under: インド — 万年初心者 @ 06:00

ブックガイドを名乗りながら、どこもかしこも穴だらけの当ブログですが、伝統的な西洋史・東洋史の範囲外の第三世界の歴史が特に酷い。

少しは反省して、手始めにまず本書に取り組むことにしました。

以前から存在は知っていたのだが、ちょっと長いし私にはレベルが高すぎる気がしたので敬遠していた。

しかし一度手にとってみると意外なほど容易に読み通せた。

1、2巻がインド人史家ターパル女史執筆でインダス文明からデリー・スルタン朝まで、3巻がイギリス人史家スピィア氏執筆でムガル朝からイギリス統治時代と印パ分離独立まで。

ページ配分が適切で、この手の概説にありがちな近現代史の肥大化に陥っておらず大変宜しい。

内容的には1、2巻では特に社会史と文化史の記述が多い。

しかしやや細かすぎる固有名詞を無理に憶えようとせず、その時代の社会の様相を大まかに理解すればよいと割り切れば、私のような人間でも実に興味深く読める記述である。

また私にとって南インド史は鬼門だったのだが、本書くらい詳しく説明されるとごく大雑把ながら少しは頭に残る。

サータヴァーハナ朝、ヴァカタカ朝、パッラヴァ朝とチャールキヤ朝、ラーシュトラクータ朝、チョーラ朝と復興チャールキヤ朝、パーンディヤ朝、バフマニー朝とヴィジャヤナガル王国とうろ覚えながら主要な王朝名くらいは頭に浮かぶようになった。

史実の解釈についても全巻通じて穏当であり、バランスが取れていると感じた。

例えば3巻の植民地時代においてはイギリスの統治を美化・正当化することもなく、インド側の欠陥・弱点から目を逸らすこともしない。

この辺の均衡の取れた叙述は最近の本では望み難い気がする。

総合的にみて非常に優れた概説書。

高校教科書レベルの知識しかなくても何とか通読できる。

かなり古い本ですが、個人的にはインド史の基本テキストはこれで十分という気がします。

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