万年初心者のための世界史ブックガイド

2017年12月8日

エリック・ホブズボーム 『20世紀の歴史  極端な時代 上・下』 (三省堂)

Filed under: 近現代概説 — 万年初心者 @ 02:10

原著は1994年刊、この翻訳は1996年刊。

1914年第一次世界大戦から1991年ソ連崩壊までの、「短い20世紀」を叙述した概説的史書。

著者のホブズボームについて、マルクス主義の影響を強く受けながらも非教条的で優れた史家として名前は以前から知っていたが、著作を読むのはこれが初めて。

1917年生まれ、ベルリンとウィーンで育ち、のちイギリスに渡り、英米圏で活動。

本書全体は三部構成。

第一部は、二度の世界大戦に挟まれ、大恐慌と全体主義が生まれた「破局の時代」、第二部は戦後西側諸国で経済成長と社会的平等化が顕著だった「黄金時代」、第三部は1973年以降石油危機による高度成長の頓挫と社会主義の終焉を含む「地すべり」。

全体的概観を述べれば、19世紀の進歩の発展上にある自由民主主義・資本主義が、戦争・恐慌・ファシズムという三重の挑戦を受け、崩壊に瀕したが、共産主義との奇怪な同盟によって、ファシズムを軍事的に打倒することが出来ただけでなく、のち共産主義への対抗を強いられたため、平時において資本主義の自己改革を促す契機を提供することになった、というのが本書のモチーフ。

しかし、「破局の時代」がもたらした傷跡と歴史の退行はあまりにも深刻だった。

今世紀は、人間はきわめて残酷な状態、本来ならば耐えられないような状態にあっても生きていくことができるということを、われわれに教えたし、今も教えている。そのために、一九世紀の人々ならば野蛮の基準と呼んだであろう状態にどの程度もどったのか、不幸にしてますますもどりつつあるのかを理解しにくくなっている。われわれが忘れていることであるが、老齢の革命家フリードリッヒ・エンゲルスはアイルランド共和派がイギリスの国会議事堂ウェストミンスター・ホールに仕掛けた爆弾が爆発したのを非常に遺憾なことと思ったのである。彼は元軍人として、戦争は戦闘員とするべきものであって、非戦闘員にしかけるべきものではないと信じていたからである。これもまたわれわれの忘れていることであるが、帝政ロシアのポグロム〔ユダヤ人の迫害〕は(当然のことであったが)、世界の世論を憤激させ、一八八一年から一九一四年にかけて何百万人ものロシア系ユダヤ大を大西洋を越えてアメリカに渡らせたのだったが、その殺戮は現代の虐殺と比べれば小規模なもので、ほとんど無視できるほどのものであった。死者は数十人の単位で数えられ、数百人、ましてや数百万人といった規模のものではなかった。

・・・・・二〇世紀が進むにつれて、戦争はますます相手国の経済とインフラストラクチャー、そして相手国の非戦闘員人口にたいして行なわれるようになった。第一次大戦以降、非戦闘員の死傷者数は、アメリカを除くすべての交戦国で戦闘員をはるかに大きく上回るようになった。一九一四年には当然と考えられていた次のようなことを、今日のわれわれの中で何人が記憶しているだろうか。

教科書によれば、文明の戦争は、できるかぎり敵の武力を無力化することに限定されている。さもなければ、戦争は一方の当事国が絶滅させられるまで続くことになるであろう。「このような戦争がヨーロッパ諸国の間で一つの慣行となったのには・・・・・・じゅうぶんな理由がある」

科学技術の発達が戦争の破壊力を19世紀とは桁違いに高め、一方政治的社会的民主化は世論の煽動とイデオロギー化を必然とし、国家指導層間の冷静な妥協的解決を不可能にし、「無条件降伏」を常態化したため、20世紀の総力戦は人類にとって文字通り破滅的なものとなった。

民主主義の反動として現れたファシズムも、世俗的イデオロギーによって大衆を下から動員して権力を奪取するという意味では、決して伝統的諸勢力が生み出したものではなく、大衆民主主義時代の申し子とすべき存在である。

また、生き延びた自由―資本主義社会も、自己利益以外の関心をもたない原子的個人を生み出すことによって、貧富の差を拡大し、社会の分裂と軋轢を蔓延させ、それ自身の基盤を掘り崩していき、地球環境の危機という重大な問題も発生させることになった。

 

 

本書の存在自体は、訳書刊行時に書店や図書館で見かけており、以前から知っていた。

なのに、これまで手に取ることが無かった理由としては、「社会主義が結果として、ファシズムの打倒と自由主義・資本主義の延命に役立ったと言っても、それ自体がもたらした被害が尋常じゃないでしょう、この左翼史家には根本的な自己反省が欠如している」という気持ちがあったことは事実です。

(正確に言えば、確か山内昌之氏が本書の書評でこれと近い意味のことを述べていて、それに大いに共感したということです。)

だが、それから20年以上経って、体制としての社会主義が崩壊した途端に、新自由主義と市場原理主義を盲信し暴走を始め、その弊害が収まる兆候すら表れない現在の資本主義の姿を見るとき、このマルクス主義的史家が述べる、自由市場イデオロギーへの批判が至極真っ当に思えてくる。

なお、本書では自然科学を含む文化史および社会史にも目配りされているが、特に前者の章は、私の知的レベルを超える話が多く、ほとんど理解できませんでした。

あと、訳文があまりこなれていない印象。

それもあってか、上巻の最後辺りから下巻にかけては、読むスピードがかなり落ちました。

読んで無駄だったとは決して思わないが、もう一つしっくりこないところがある。

多分、現在白紙状態の人が普通の概説史書のつもりで読んでも、得るところは少ないと思う。

一定程度のことがわかった人が、ざっと読んで著者の史観に触れて、何かを感じるための本か。

やや晦渋な叙述もあり、私にとってはいまいちでした。

ホブズボームには、『市民革命と産業革命 二重革命の時代』[1789~1848年](岩波書店)、『資本の時代 全2巻』[1848~1875年](みすず書房)、『帝国の時代 全2巻』[1875~1914年](みすず書房)という、「長い19世紀」を扱った三部作もあり、こっちの方が私には向いてるのかなあ、とも思ったが、この先読むかどうかは未定です。

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