万年初心者のための世界史ブックガイド

2017年8月12日

トロツキー 『わが生涯  上・下』 (岩波文庫)

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何でこんなもの読もうと思ったんだろ?

1930年刊。

レーニン死後、スターリンとの権力闘争に敗れ、ソ連国外に追放されていた時期に執筆されたもの。

本名レフ・ダヴィドヴィチ・ブロンシュテイン。

ユダヤ人で比較的富裕な中農出身。

マルクス主義革命家として、ボリシェヴィキとメンシェヴィキとの間で独自の立場を取っていたが、十一月革命ではレーニンに従いこれを主導、ブレスト・リトフスク条約を交渉・締結、陸海軍人民委員として赤軍を建設、内戦に勝利。

しかし、1928年スターリンによって国内流刑となり、29年には国外追放。

スターリンの政敵ナンバー1だが、権力闘争初期に国外追放されたおかげで、30年代における狂気の大粛清に巻き込まれず、しばらく生き延びることができた。

だが、1940年には亡命先のメキシコで刺客により暗殺される。

 

トロツキーは本書で自身が革命家となった経緯を記すが、そこで描かれる帝政ロシアの矛盾と抑圧を見て、私自身何も感じないわけではない。

蔓延する汚職と腐敗、農民の厳しい生活、少数民族への差別など。

例えば、印象的な以下の記述。

リュビーモフという歴史の教師が、ポーランド人の生徒に対し、白ロシアとリトアニアでのポーランド人カトリックによるロシア正教徒の迫害について、やけにしつこく質問した。ミツケヴィチという、浅黒い痩せた少年は、すっかり青ざめ、歯を食いしばって立っていたが、一言も言葉を発しなかった。

「うん、どうなんだ」、リュビーモフは、明らかに快感をにじませながら答を促した――「どうして黙っているのかね?」

生徒の一人が我慢できずに言った――「ミツケヴィチはポーランド人でカトリックなんです」。

「ああ・・・・そう・・・・」、リュビーモフはわざとらしく驚いたふりをし、間のびした調子で言った――「だがここでは分けへだてしないことにしている」・・・・。

ここに象徴されるツァーリズムの抑圧性から、その全面的打倒を企てるのだが、しかしそれは旧体制が持つ悪というより、人間性一般の限界からくる悪ではないのか。

自分たち革命家もそれを無縁でいられるのかという自己懐疑が全く無い。

そんな懐疑心などは下らぬ気取りに過ぎない、と切り捨てる傲慢さが全編にみなぎっている。

マルクス主義と唯物論という「絶対的真理」の立場に立っているという感覚がそれをもたらすんでしょうね。

本書に限らず(ドストエフスキーやトルストイなどの文学書も含めて)、末期の帝政ロシアから感じるのは、「近世から一切変わらぬツァーリズムの残酷さ、強固さ」ではなく、資本主義の急激な流入がもたらす旧社会秩序の崩壊と個人の原子化である。

君主・貴族への忠誠は衰え、宗教的信仰は薄くなり、一方無制限の自由が西欧より概念として流入し、ありとあらゆる現状変革的急進的思想が社会にヒステリー的に広まる。

この事態に対しては、ツァーリズムの抑圧など(私に言わせれば残念ながら)無力である。

革命家たちの「不屈の闘志」など無くても、体制は自壊していた。

西欧から度々批判されたロシアの専制と弾圧など、実際には穴だらけである。

帝政時代、トロツキーが受けた流刑など、彼が後に作り上げたソ連における強制収容所とは比べものにならない穏和さだ。

正気とは思えぬ残酷さを持つソ連時代の収容所からは、トロツキーが実行したような脱獄など、全く不可能だ。

また亡命時代にレーニンとロンドンで出会った際のエピソードにも感じることがある。

ある日曜日のこと、私とレーニンとクルプスカヤ[レーニンの妻]はロンドンの教会に出かけた。そこでは社会民主主義者の集会が賛美歌の合唱のあいだにはさまれて行われていた。弁士はオーストリア帰りの植字工だった。彼が社会革命についてひとしきり話し終わると、一同は立ち上がって歌いだした。

「全能なる神よ、王者も貧者もなくしたまえ。」

私は自分の目と耳を疑った。レーニンは、教会から出てきたとき、この点について次のように説明した。

「イギリス・プロレタリアートの中には革命と社会主義の要素が数多く散在しているが、それらはすべて保守主義や宗教やさまざまな偏見と結びついている。そこを突破して一般的な認識に到達することがなかなかできないんだ。」

しかし、レーニンが軽蔑と優越感を持って語った、「偏見」だらけのイギリス労働者たちが真に実質的な社会改良を成し遂げたのに対し、レーニンとトロツキーはロシアにこの世の地獄、それもツァーリの下では決してあり得なかった地獄をもたらしたと言うしかない。

加えて、暴力革命と一切の妥協を排した急進的変革という自分たちのヴィジョンに同意しなかった社会主義者への憎悪もあからさまで、実に嫌な感じがします。

カウツキー、ヒルファーディング、ベルンシュタイン、ハーゼ(ドイツ独立社会民主党)、マクドナルド、カール・レンナーおよびヴィクトル・アドラー(レンナー、アドラーはともにオーストリア社会民主党)という面々を毒々しく切り捨てている。

ベーベル、ジャン・ジョレス、ユージン・デブス(デブスはアメリカ社会党)など、少々好意的に書かれている人々もいるし、急進派のローザ・ルクセンブルク、カール・リープクネヒトなどは称賛されているが、彼らも状況次第では、激しい批判と、それどころか肉体的抹殺の対象にすらされたのではないかと思われてならない。

結局、私がトロツキーに対して持っている印象は、概ね以下のパイプス『ロシア革命史』でのトロツキー評がすべてである。

歴史には、敗者が、彼を滅亡させた人々よりも道義的に優れていたとみられて、後世の共感を得るという例がたくさんある。トロツキーに対しては、そのような共感を呼び起こすのは難しい。確かに、彼は、スターリンとその侍従たちより教養があり、知的により興味深く、人格的により勇敢で、共産主義者の同僚との応対においても、立派であった。しかし、レーニンと同様に、彼のもつそのような美徳は、もっぱら党内で示された。外部のもの、およびより大きな民主主義を求める党内の人々に関しては、彼はレーニンおよびスターリンと考えは同じであった。つまり、彼らに対しては、正規の倫理的基準は通用しないと、信じていたのである。他のボリシェヴィキと同じく、彼は、政治の世界に、組織犯罪者の仲間に通用する集団的忠誠という規範をもち込み、ボリシェヴィズムとそれを真似た全体主義体制を特徴づける政治の犯罪化に貢献したのである。従って、彼は、自らを破滅させる武器の鍛造に手を貸したことになる。というのも、彼は、異論を唱える少数派のなかに自らがいるのに気付くと、直ちに、外部のもの、従って、公正な扱いを求める資格のない敵となったからである。彼は、レーニンの独裁へ反対した人々に与えられた運命――彼は心の底からそれに同意したのであるが――、それと同じ道をたどることになった。カデット、社会革命党員、メンシェヴィキ、赤軍のために戦うことを拒否した旧ツァーリ体制下の将校たち、労働者反対派、クロンシュタットの水兵、タムボフの農民、聖職者たちの運命をである。全体主義が彼を直接脅かしたときに、漸く彼はその危険に気付いたにすぎない。彼が党内民主主義へ突如として改心したのは、自己防衛の一つの手段であり、原則を擁護してのことではなかった。

トロツキーは、ジャッカルの一群に引き倒された誇り高いライオンとして自らを描くのを好んだ。そして、スターリンが怪物のごとき本性をみせればみせるほど、ロシアの内外で、理想化されたレーニン主義を救い出したいと思っている人々にとって、そのトロツキーのイメージは、説得力があるものと思われた。しかし、記録によれば、彼の活動の全盛期には、彼もまた、ジャッカルの群れの一員だったのである。彼の敗北に、それを崇高たらしめるものは何もない。彼は、政治権力を求める汚い闘いにおいて、知謀に負けた故に敗北したのである。

トロツキーが、スターリンとエピゴーネン(亜流)によって打倒されたのも自業自得と思える。

だが、この文章には自由民主主義そのものに対する懐疑が無い(そんなものをアメリカ人に求めるのがそもそも間違いだろうが)。

トロツキーは本書で以下のように言う。

のちにヴィッテは回想録の中で、1905年には「ロシア人の大多数の人々が正気を失ったかのようだった」と書いている。だが、革命が保守主義者にとって集団的精神錯乱に見えるのは、ただ革命が社会的諸矛盾の「通常」の狂気を最高度に緊迫させるからにすぎない。それはいわば、大胆な風刺画に描かれた自分の姿を人が認めたがらないのと同じである。だが、現代の発展過程は全体として、諸矛盾を凝縮させ、緊張させ、先鋭化させ、その諸矛盾を耐えがたい状態に持っていって、ついには、大多数の人々が「正気を失う」ような状態を準備する。しかしこの場合、この「狂気の」多数派が「利口な」少数派に拘束服を着せるのである。そして、こうすることで歴史は前進していくのだ。

この文章は括弧を全て取り去り、末尾の「前進」を「破滅」にでも変えた方が良い。

1789年以後の歴史がそれを証明している。

結局、トロツキーも「人民の多数派による変革」を絶対的に信じている。

米国・西欧の民主主義への敵意も、それら「ブルジョワ民主主義」が真の民意ではなく、支配階級の意思を反映していると考えたがゆえに過ぎない。

個人的には実際それに根拠が無いわけではないと思う。ただし私はそもそも「民意」の正しさを根本的に疑っている。

そして、人間を物質的利害に基づく行動主体としてのみ捉えることにおいて、共産主義も自由民主主義も違いは無い。

前者をトータルに否定するためには、後者も否定しなければならない。

 

 

もちろん無理して読む必要があるような本ではない。

気が向いたら、図書館で借りて飛ばし読みしてもよい。

共産主義者の手に成る、無味乾燥で不毛・退屈な文章の集積の中では、まだしも読むに耐える部分はあると思われますので。

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