万年初心者のための世界史ブックガイド

2017年3月28日

栗田和明 根本利通 編著 『タンザニアを知るための60章』 (明石書店)

Filed under: アフリカ — 万年初心者 @ 02:06

東アフリカにある国。

北はケニアとウガンダ、西はルワンダ、ブルンジ、コンゴ民主共和国、南はザンビア、マラウィ、モザンビークに接する。

自然環境では、アフリカ最高峰キリマンジャロ山が存在、北にヴィクトリア湖、西にタンガニーカ湖、南でニャサ湖に面する。

首都は中部のドドマだが、中心都市は東海岸近くのダルエスサラーム。

スワヒリ語が公用語、宗教的にはキリスト教徒とイスラム教徒が半々ほど。

歴史としては、イスラムの影響が浸透してくるまではよく分からない。

バントゥー語とアラビア語が合わさって、スワヒリ語が形成。

16世紀ポルトガルがモザンビークを占拠。

それに対抗して、オマーンのイスラム勢力が沖合いのザンジバル島を中心に海上帝国を築くが、1890年イギリスによって保護領化。

1884~85年アフリカ分割に関するベルリン会議で、現在のタンザニア本土はドイツの勢力圏下に。

1905~07年「マジマジの反乱」が起こるが、ドイツ軍に徹底的に弾圧される。

第一次大戦後、イギリスの委任統治領タンガニーカとなる。

1961年独立、翌年ニエレレが大統領就任。

63年ザンジバルが英保護領時代も継続して在位していたスルタンを元首とした立憲君主国として独立したが、翌64年アラブ系とアフリカ系の対立から革命勃発、同年タンガニーカと合邦し、タンザニア連合共和国となる。

ニエレレ政権は徐々に西側諸国と距離を置き、内政ではアフリカ社会主義を標榜、農村での「ウジャマー社会主義」建設を唱えたが、農業集団化と基幹産業国有化という政策は当然行き詰ります。

ニエレレは経済不振の責任を取って1985年辞任。

しかし、私財蓄積もせず、自身への個人崇拝を嫌い、アフリカ諸国では通例となっている内戦やクーデタ、軍政を経ずに国家の統一と平和を維持し、宗教・民族をめぐる対立を深刻化させなかったという点で、依然「国父」としての尊敬を集めている、本書では記されている。

私はもう少し厳しい意見が記されているのかなと予想していたので、やや意外の念を持ちましたが、もちろんこういう見方もあるんでしょう。

その後の政局は特にフォローしないでいいでしょう。

国の位置と、イスラムの影響、独→英という宗主国の変遷、ザンジバルとの合邦、ニエレレという人名、この国についてとりあえず憶えるべきことはこれだけ。

何か国際ニュースになった時、その都度記事を参照すればいい。

それで困ることは無いでしょう。

広告

WordPress.com で無料サイトやブログを作成.