万年初心者のための世界史ブックガイド

2016年6月23日

近藤和彦 『イギリス史10講』 (岩波新書)

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イギリス史の起源としての初期中世、5~8世紀の時期を「暗黒時代」とする解釈に替わって、「ローマ後」「亜(サブ)ローマ」期あるいは「古代末期」「ポスト=ローマ」という区分が提出される。

8世紀末から9世紀にかけて、第二次民族大移動でヴァイキング侵入。

そのヴァイキングを「触媒」にして、アルフレッド大王と曾孫エドガーによる統一が達成される。

同時期のスコットランド、ウェールズ、アイルランドでは群雄割拠の状態のままであり、イングランドのみ統一達成、これが後世まで甚大な影響を残す。

962年オットー1世、987年ユーグ・カペー、973年エドガー、と英仏独三王国成立時点は、かなり近似している。

そしてノルマン征服による変化が加えられ、スカンディナヴィアとの繋がりからフランスとのそれへ変更し、中世ヨーロッパ中心部と直結、中央集権化とフランス文化が移入。

アンジュー(プランタジネット)朝で、大陸の領土との複合君主制が成立、百年戦争まで継続。

以後もブリテン各地方で複合君主、同君連合が組織される。

バラ戦争終結とヘンリ7世の治世を近世史の始まりと見ずに、中世との継続性を重視。

1530年代の宗教改革・統治革命によって近世史が始まったとの見方が提示されている。

ローマ教会からの自立、修道院とカトリック文化の解体によって、貴族とジェントリが地域の実権を持つ名望家社会、信教国家、主権国家が成立。

名望家の支持の上に立っていたのが「絶対主義君主」であり、その名称とは裏腹に官僚制と常備軍を持たず、議会と名望家との実質的には共同統治。

イングランドの宗教改革は世俗的で不純とされるが、ドイツでも宗教改革は神聖ローマ帝国内の主権問題と不可分だった。

メアリ1世の短期の迫害がかえってプロテスタンティズムを根付かせる。

対照的に見られがちなエリザベス1世とジェームズ1世の治世の継続性を指摘。

17世紀の国制革命について、ホイッグ史観とマルクス主義の二つの進歩史観の問題点を指摘。

二つの進歩史観による十七世紀史は、いずれもステュアート朝の四代の国王が連続して専制と破滅の一本道を歩み、ピューリタンと議会が自由と民主と生産力を代表していたかのように述べる。どちらの場合も、イングランド以外の経過は添えものか不純物のような扱いだった。

本書では、ブリテン諸島の信仰とアイデンティティという観点から、イギリス革命を「三王国戦争」として捉える見解を示す。

アイルランドのカトリック住民対プロテスタント移住者、スコットランドのプレスビテリアン、イングランドのピューリタンと国教徒、という複合君主制の運営にチャールズ1世は失敗。

だがその収拾は、幸運にも「古きよき伝統への復帰」という形でなされることになった。

この[名誉]革命に社会契約と抵抗権の思想をこめた者もいたが、ロックのように少数である。権利の宣言にも権利の章典にもそれを明示する表現はない。名誉革命を導いたのは、長老派でもピューリタンでも共和主義者でも社会契約論者でもなく、「古来の国制」を信じるホウィグとトーリだった。「血まみれメアリ」と三王国戦争と共和制の記憶が古来の国制を選択させたのである。

17世紀末から18世紀初めにかけて、オランダ・ハノーヴァーとのプロテスタント同君連合によるルイ14世への対抗が組織され、中央銀行・直接税・消費税・関税が整備、議会による国民のコンセンサスが形成され、「財政軍事国家」が成立。

これにより英仏第二次百年戦争を勝ち抜き、覇権国として台頭。

産業革命について、国内生産成長率は、1780年代は1.3%、1801年からは1.97%。

20世紀の高度成長から見れば非常に緩やかであるが、しかし

世界史の分岐、そして人類史の画期となった産業革命は、たとえ国際生産の成長率が年一%あまりであろうと、それが数十年続いたのだから、「革命」という名がふさわしい。

アジアとヨーロッパの力関係を永続的に変化させたのだから、なおさらだ。

近現代史に入ると、この種の通史概説書の例に漏れず、あまり取り上げるべき点は無い。

ただ一点、サッチャー政権について。

首相と異なる意見、とりわけディズレーリ以来の保守党のアジェンダであるone  nationの和合を閣議で主張したなら、彼はwet(軟弱派)とされ、やがて排除されてしまう。サッチャ時代(1979~90)が残したのは、イエスマンの保守党、歴史を捨て人材の痩せ細った保守党である。

マネーゲーム以外に未来のみえない、そして「敵」をつくって固まろうとする保守党でなく、自由と連帯、連邦主義の復権をうたう新労働党を有権者は選んだのである。

私もかつてのように、1980年代のレーガン、サッチャー、中曽根の新保守主義政権を礼賛する気は無くなっています。

むしろ伝統的保守主義の決定的変質・衰退の始まりではなかったか。

個人的なことですが、私は有権者になってから国政選挙・地方選挙問わず、自民党以外の政党に投票したことが無い時期が、相当長期間ありました。

しかし自民党が新自由主義者と排外的民族主義者に乗っ取られ、その伝統擁護姿勢がただのファッションとアリバイ作りに過ぎなくなってしまった今となっては、かつては毛嫌いしていたよりリベラルな政党に投票せざるを得なくなりました。

一度など、ある地方選挙で、自民党と新自由主義的な富裕層の傀儡政党だけが主要候補を出しており、あまりに選択肢が乏しく、もう少しで共産党に投票しそうになって慌てたことがあります。

ブレア労働党政権も最後にはイラク戦争を支持して散々な末路を辿ったとは言え、日本でもリベラルな勢力によって異常な格差を解消し国民統合を回復する方向に何とか行かないものかと思いますが、財力で事実上統制された新旧メディアによって、こうまで衆愚政治がシステム化・ビジネス化されてしまった現状においては、それは100%空しい期待に終わるでしょう。

 

 

まあまあの出来ではある。

しかし、新しい研究動向の紹介に興味深い点がないでもないが、いまひとつ食い足りない。

隔靴掻痒の感が強い。

このシリーズではやはり『ドイツ史10講』が圧倒的に素晴らしく、次いで『フランス史10講』、それに並ぶかやや劣るくらいで本書が来ます。

悪くはないが、特別勧める気にもなれない。

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