万年初心者のための世界史ブックガイド

2016年5月13日

松尾秀哉 『物語ベルギーの歴史  ヨーロッパの十字路』 (中公新書)

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オランダカテゴリへの追加も本当に久しぶりですね。

ベルギーという国は、オランダ語地域の北部フランデレン(仏語ではフランドル、英語ではフランダース)とフランス語地域の南部ワロンの対立が報道で伝えられるが、それが建国以来続いていたことがわかる本。

本書では国王の人物像にも焦点を当てる。

実際、通常の立憲君主国と比べて国王の政治関与の度合いが(現在でも)高い。

地理的には、北部にアントワープ、中部に東から西海岸に向けて、リエージュ、ルーヴェン、ブリュッセル、ヘント、ブリュージュと主要都市が連なる。

南部には十字軍指揮者として有名なゴドフロワの出身地ブイヨンもある。

オランダと共にネーデルラントを形成し、さらにルクセンブルクを加えてベネルクスという呼称もある。

古代においては『ガリア戦記』にベルガエ人の名前が出る。

中世にはフランドル伯領が繁栄、フランス支配下に入るが、百年戦争で英仏間の争奪の的となる。

のちブルゴーニュ公国支配となり、政略結婚でスペイン・ハプスブルク家領へ。

宗教改革を経て、オランダ独立戦争が勃発するが、カトリック中心の南部ベルギー地域が脱落したのは、高校世界史で既出。

画家ルーベンスが外交官として活躍、スペイン統治下での南部自立を守る。

スペイン継承戦争でオーストリア領となり、ヨーゼフ2世の啓蒙専制主義と中央集権化策、宗教寛容令などに反発強まる。

フランス革命で自由主義派とカトリック派が反乱、一時フランスに併合され、フランス語優位が確立。

ウィーン体制下ではオランダに併合(対ナポレオン戦争最後の決戦の地ワーテルローはベルギーにある)。

1830年仏七月革命の影響で独立革命勃発。

国王候補に一時オルレアン公の次男が挙がるが、結局ザクセン・コーブルク・ゴータ家のレオポルド1世に決定。

(その甥アルベルトが英ヴィクトリア女王と結婚することになる。)

1831年即位。

内閣組織時に首相候補者などと非公式協議を行い、政治関与する慣習が現在も続く。

列強の勢力均衡を保つための永世中立政策と、フランスの強大化を警戒してフランデレン保護策を採用。

1865年レオポルド2世即位。

教育問題で自由主義派とカトリックの対立激化。

産業革命進展。

1884年ベールナールト首相就任(カトリック党が以後1914年まで単独政権)、妥協的解決に努め、社会主義・労働運動へも同様の対応を取り、普通選挙採用。

労働党が進出、フランデレン地域運動活発に。

植民地獲得競争に参加、有名な冒険家スタンリーを雇用、1882年国際コンゴ協会設立、1885年コンゴ自由国という君主が個人所有する国が成立するが、その残虐な統治が国際的批判を受け、1908年正式な植民地ベルギー領コンゴに変更。

1909年前王の甥に当たるアルベール1世即位。

第一次世界大戦で中立を侵犯してドイツ軍侵入、リエージュ攻防戦展開。

ドイツ占領時、それを背景にしたフランデレン主義と、南北統一志向のベルギー愛国主義が対立。

(著名な歴史家ピレンヌはベルギーの統一性主張。)

労働党指導者ヴァンデルヴェルデの主唱による階級和解の試みがあった一方、地域対立の方は戦後も続き、1932年地域言語制を採用、首都ブリュッセルは両語圏と定められる。

1923年フランスと共にルール占領に参加。

34年アルベール1世が登山中遭難死、子のレオポルド3世即位。

フランスと距離を置く厳正中立政策に復帰。

大恐慌下でフランデレン人民同盟、ワロンのレックス党、共産党など左右の急進政党が台頭。

第二次世界大戦で再びドイツ軍による占領の憂き目に遭う。

レオポルド3世は、対独協力は拒否したものの、亡命政府と行動を共にせず国内に留まり、のちに批判を受け、戦後退位、1951年子のボードゥアン1世即位。

社会党出身の政治家ポール・アンリ・スパークによる外交指導で、EC本部がブリュッセルに置かれ、66年仏の軍事機構脱退によってNATO本部も移転してくる。

このスパークはフランスのモネ、シューマンと並んで「欧州統合の父」と呼ばれており、ベルギー近現代史の中では一番知名度が高い人物か。

カトリック政党のエイスケンス政権は教育問題で再度の妥協的解決を巧みに達成したが、1960年コンゴ動乱では賢明ならざる失策を犯し、混乱を拡大させてしまった。

第一次大戦後ドイツから得たルワンダでもフツ族・ツチ族間の対立を煽り、後の大虐殺の種を蒔いたと、本書での評価は厳しい。

戦後、経済的優位がワロンからフランデレンに逆転すると共に財政問題が国政の争点となり、分離運動が激しくなる。

60年代後半には、カトリック、社会党、自由党とも、地域ごとに分裂し、全国規模の政党が無くなる。

統一国家を守るために連邦制までは妥協して認めようとの主張が徐々に力を得て国王も同意。

だが完全な分離主義も台頭、フラームス・ブロックという極右政党が進出。

1993年連邦制成立、同年国王が死去し、弟のアルベール2世即位、当初はスキャンダルもあり批判も受けたが、地域対立で政権不在時期が一年を越す事態に苦言を呈し、連立交渉を促すことができた。

2013年国王退位、子のフィリップ1世が即位している。

建国以来から続く、地域対立の歴史を読んでいると、正直よく国がもっているなあとの感想を持つが、著者は、合意と妥協の政治文化、そして国政の微妙な要としての国王によって何とか統一を維持してきたベルギーを評価している。

 

以上のメモでは(特に戦後の)政局上の記述はかなり省略した。

コンパクトで読みやすい。

話の展開が早いので助かる。

中小国の通史としては、こういうのが良い。

特筆大書する点は無いが、堅実な良書です。

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