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2016年4月22日

中野剛志 『保守とは何だろうか』 (NHK出版新書)

Filed under: 史論・評論 — 万年初心者 @ 05:27

1980年代、日米英など先進各国で、レーガン・サッチャー・中曽根など「新保守主義」と称される政権が誕生し、民営化の推進・市場原理の尊重・個人主義の擁護をその政策の中心に置き、すでにその惨状が明らかであった共産主義体制のみならず、戦後資本主義体制において主流を占めた社会民主主義的・ケインズ主義的な経済への国家介入に対する「新自由主義」の巻き返しとして、注目された。

だが、通常「保守主義の復興」と見なされる、この新自由主義との結託によって、実は真の保守主義の死がもたらされたとの評価があることを本書では指摘。

伝統的共同体、持続的人間関係、安定した社会秩序、固有の生活様式、歴史的に継承されてきた文化があってこその個人の自由だが、自由放任市場はそれらの諸前提を破壊する。

過当競争による雇用不安定化、労働条件悪化、選択の自由拡大による人間関係の希薄化、移動拡大による地域共同体弱化、グローバル化による文化破壊など、

「要するに、無制限の市場制度が伝統的な生活様式に与える破壊的な効果によって、自由市場保守主義は本質的に不安定なものとなり、そして長期的には、自己破壊的な政治プロジェクトとなるのである」。

そして何より強調すべきなのは、新自由主義はその存在理由たる資本主義の繁栄にも実は失敗しているということ。

それどころか、資本主義を極度に不安定化し破壊してしまった。

定期的に繰り返されるバブルとその後の大不況、低成長と異常な格差拡大で、資本主義体制の維持すら危うくしている。

本書では、19世紀英国のサミュエル・テイラー・コールリッジの思想を取り上げる。

コールリッジはワーズワースと並ぶイギリス・ロマン派の詩人として知られているが、政治経済学的著作を著しており、著者によれば天才的な保守思想家でもあったという。

産業革命進行中の初期資本主義がもたらした恐るべき社会荒廃を直視し、リカード、マルサスなど古典派経済学者と新興ブルジョワ起業家が唱える自由放任主義を徹底的に批判し、オーウェンら「空想的」社会主義者と共通点を持つ解決策を模索したコールリッジの思想が各方面について検討されている。

 

 

素晴らしい出来。

品性下劣なネオリベ的経済学者とIT関連の起業家が「識者」面でのうのうと、ごく少数の富裕層にだけ有利で、圧倒的多数の国民には有害無益な市場原理主義的デマゴギーを撒き散らしている中、政治経済学関連の論者としては、私が知る限り、著者が最も信頼できる。

本書を読むと、もはや在りもしない「社会主義の脅威」を煽られ、市場原理主義的政策とセットになった「反左翼」勢力を支持することが、「保守」ないし「右翼」だと錯覚する愚を悟ることになる。

強く薦める。

 

一九八〇年代以降、保守の立場は、経済面においては、新自由主義とほぼ同一視されてきた。だが、歴史をたどってみると、保守は、市場原理主義的な考え方と常に親和的であったわけでは必ずしもない。むしろ、十九世紀においては、保守の最大の敵は、自由市場と個人主義的な価値観を唱道する古典的な自由主義者であった。この古典的な自由主義こそ、今日の新自由主義のルーツである。

保守は、急進的な変化や革命による破壊という敵から、伝統的な生活様式や価値観を守ることを使命としてきたが、保守にとっての敵は、時代とともに変化してきた。十八世紀末から十九世紀初頭にかけては、エドマンド・バークの『フランス革命の省察』に代表されるように、フランス革命とそれを支える革命イデオロギーが、保守にとっての最大の脅威であった。だが、十九世紀から第一次世界大戦頃までは、保守の主たる懸念は、自由主義の台頭にあったのである。

例えば、十九世紀のイギリスの保守は、社会的な権威や伝統的な秩序、人々の生活、そして自由そのものまでもが、自由主義の名の下に破壊され、しかも放置されるのを憂慮していた。当時の保守は、自由放任の資本主義が貧富の格差を拡大させ、労働者を疎外すると考え、政府による介入や規制の必要性を説いていたのであり、その意味では、自由主義者よりもむしろ社会主義者の立場に近かったのである。

 

二〇世紀に入ると、全体主義や共産主義が台頭し、保守にとっての新たな脅威となった。そこで、保守と自由主義者とは、全体主義者や共産主義という共通の敵を前にして、手を結ぶようになった。しかし、保守は、自由市場に対する警戒を怠ったわけではなかった。

第二次世界大戦後の保守は、ハイエクやフリードマンのような新自由主義者とは異なり、ケインズ主義的な経済運営や福祉国家までも全体主義への道であるとして否定することはなかった。一九七〇年代のスタグフレーションの中で、ケインズ主義に対する信頼が揺らぎ、七〇年代後半から、新自由主義が影響力を強めていったのは先述の通りだが、それでもなお、その当時においては、保守の中には、新自由主義の台頭を懸念する声があったのである。

例えば、アメリカの代表的な保守派論客であるアーヴィング・クリストルは、一九七七年の『パブリック・インタレスト』誌において、フリードマンを批判して、次のように論じていた。

フリードマンは、「個人の自由な選択によるコンセンサス以外に、国家目的などは存在しないと認識するのが、自由な人間である」と主張する。しかし、フリードマンの言うコンセンサスとは、利己的な目的の総計に過ぎない。利己的個人の目的を単に足し合わせたところで、そこから正統性をもった社会秩序が自動的に発生するようなことはない。公的な社会目的との関係を一切もたないような孤立した私的人生の目的など、無意味で虚しいものに過ぎない。個人の私的自由ばかりが尊重される資本主義は、道徳観を欠き、刹那的な衝動だけで動く虚無主義的な人間を大量に発生させるだけである。

イギリスでも、保守党の政治家であるイアン・ギルモアが、保守の立場から、ハイエクの主著『自由の条件』を批判していた。ハイエクの自由主義は、理性に対する懐疑や、歴史的に形成された制度や慣習の尊重という点において、たしかに保守的な側面を多々有しているのは事実である。しかし、その「自由主義は、金科玉条と化し、したがって歪められた保守主義」だとギルモアは言う。

例えば、経済的平等と累進課税についてのハイエクの見解は、保守には受け入れ難い。ハイエクは所得再分配の必要性を一切認めず、累進課税を不公正なものとみなす。しかし、保守は、調整を要するような耐えがたい所得格差がありうることを想定している。そして、その格差を是正するためには、ある程度の累進性をもった税制が必要であることも認めるのである。

・・・・・ハイエクは、経済的な自由と政治的な自由を同一視していた。しかし、ギルモアは、ハイエクとは異なり、国家が一切干渉しない経済的自由は、政治的な自由を保障するものではなく、むしろ脅かすものだと論じた。経済的な自由主義が理想とする競争社会は殺伐としたものであり、そこから社会の連帯感は生まれない。社会の一体感や連帯感がなければ、自由な社会というものもありえないというのが、保守の考えである。「この点は、おそらく、自由主義と保守主義の間の根本的な相違点である」。

 

十九世紀において、保守は、自由市場による格差の拡大が国民統合に与える悪影響を懸念して、自由主義と対立し、その点で社会主義と多くを共有していた。そして、二十一世紀、グローバルな自由市場が国民を二つに引き裂いていく中、保守は、再び新自由主義と対決し、そして社会主義に近づきつつあるようである。

 

 

すべてを市場価値で評価するような風潮が社会を覆うようになった。そして、経済的な実用性や快楽のみが、価値あるものとされた。「価値という言葉は、有用性という言葉のつまらない類語の一つに格下げとなり、感覚を満足させるもののみが、有用であるとされたのです」。すべての価値が市場の価格で評価され、市場における取引の対象にならないもの、カネにならないものは価値がないものとみなされるようになった。

伝統的な階級秩序が崩壊した平等な社会では、社会的な認知は、伝統的な階級や家柄ではなく、富の多寡によって獲得しなければならなくなる。人々は、社会的な認知を求めて、富の飽くなき追求に走るようになり、営利精神が過剰になっていく。そういう社会では、あらゆる高貴な価値が崩壊し、思想は堕落し、文化は俗悪化していく。

「あらゆる仕事が、目の前の利益や快楽のために利用され、にわかに富を得る欲望にとらわれ、感覚を刺激し、醜聞や中傷を求める劣情を満たすものとなり、循環するという陥穽に落ちています。しかし、言葉の厳密な意味における哲学も神学も、わたしたちの間に存在しているとは言えません。」

営利精神が過剰になることで、あらゆる活動が、即物的な刺激に対する欲求に基づくものとなり、快楽主義が蔓延し、下劣なゴシップやスキャンダルばかりが好まれるようになる。学問の世界においても、功利的な目的の役に立つ「手段」としての知識ばかりが重用され、真理の探究を目的とするような学問は軽蔑されるようになる。

この営利精神の過剰による社会の堕落や文化の俗悪化は、現代の資本主義社会を、今もなお蝕んでいるものであろう。それどころか、悪化しつつあるのではないか。

 

 

要するに、オーウェンは、『新社会観』の中で、需要不足による失業とデフレの問題に対して、政府の公共事業による需要創出というケインズ主義的な処方箋を提示しているのである。そして、オーウェンもまた、コールリッジと同様、経済学的な需要管理よりはむしろ、社会環境の改善とそれを通じた国民精神の健全化を重視していたのである。

オーウェンは社会主義の祖の一人とみなされている。これに対して、コールリッジは保守主義者に列せられてきた。だが「大転換」の只中におけるイギリスの危機に対して、オーウェンとコールリッジは、ほぼ同時期に、労働者の保護と教育による社会防衛と公共投資による需要創出という、ほぼ同じ処方箋を導き出した。市場メカニズムによる社会の破壊という問題に対し、保守主義と社会主義は、同じ結論に達したのである。

 

 

イギリスの政体は、歴史的に、貴族階級が君主の権力を制限する立憲君主制であり、それによって、最も純粋な民主政治よりもはるかに自由な国家を実現してきた。絶対的な権力を有する主体が存在せず、階級や団体など、さまざまな勢力が「潜在権力」として多元的に存在し、国家の「活動権力」と拮抗してきたことが、イギリスに自由をもたらしたのだ。その逆に、「民主的共和国と絶対君主制は、両方とも、国民から全権力を委ねられているという点で合意するのです」。

現代的な誤解を避けるために付言するならば、コールリッジは、民主政治それ自体を一切、否定しているわけではない。民主政治だけでは、健全な国家は成り立ちえないと述べているのである。ただし、民主政治は、健全な国家を維持する上で不可欠な要素の一つではある。コールリッジは、民主政治について、身体の生命を維持するために体内を循環する血液のようなものであると表現している。

しかし、完全に平等な社会における純粋な民主政治では、選出された国家指導者に権力が集中してしまう。それは、独裁政治と同じである。フランス革命は、貴族や教会といった階級や団体を排除し、完全に平等な民主政治を実現したが、結局、ジャコバン派の恐怖政治やナポレオンの独裁という結果に終わった。中間勢力のない無制限の民主政治は、必ず全体主義へと堕する。これは、エドマンド・バークやアレクシス・ド・トクヴィルなども強調した点であり、保守主義の政治思想を特徴づける重要な特徴の一つである。

独裁政治を生み出すのは、純粋な民主政治だけではない。フランスの経済学者たちは、自由放任を唱え、あらゆる規制や政府介入から自由な、完全な市場を実現すれば、均衡ある秩序が自動的に形成されると主張していた。だが、そのような自由市場は、野蛮と抑圧につながり、最終的には、必然的に軍事独裁を招来するであろうとコールリッジは警告している。

この警告も予言的である。

最小国家を唱え、自由を尊重し、個人主義を信奉する新自由主義者が、なぜ、よりにもよって独裁権力や恐怖政治と結託するのか。その理由は簡単である。新自由主義者は、抽象的な理論から導き出されたに過ぎない自由市場を実現しようとする。だが、現実の経済においては、数々の規制、制度あるいは既得権益が存在しており、完全に自由な個人が競争する市場などというものは存在しない。完全なる自由競争市場を実現するためには、その障害となっている規制、制度、既得権益を破壊しなければならない。その破壊のためには、強大な権力が必要となる。こうして新自由主義者は、独裁権力と結託するのである。

 

 

コールリッジは、社会科学の理論あるいは理性が、社会全体の秩序に関する一般原則を示すのみであるという点に関してはハイエクに同意するだろう。しかし、コールリッジは、次の二点において、ハイエクとはまったく立場を逆にする。

第一に、コールリッジは、自由な活動が自生的秩序を形成するというハイエクの理論を拒否する。・・・・・自由市場は、決して自動的には均衡に向かわず、放置すれば経済全体を不安定化させてしまうものであった。そして、ハイエクの自生的秩序の市場理論は、十九世紀の金融循環や世界恐慌といった歴史、そして現在の世界経済危機という事実によって、反証されている。

第二に、コールリッジは、社会科学は抽象的な一般原則しか示せないことを認めるが、だからこそ、個別具体的な状況を扱う政治の世界には直接適用すべきではないとするのである。この点で、保守主義は、ハイエク的な新自由主義とは決定的に袂を分かつ。マイケル・オークショットが強調したように、理性が示した抽象的な原則を政治に適用すべきであるという「政治における合理主義」を拒否し、実践的な政治を重視することこそ、保守主義の政治哲学の要諦である。

もっとも、ハイエクもまた、合理主義を批判してきたことで知られている。彼は、共産主義の計画経済の基礎にある合理主義の認識論的な誤謬を激しく攻撃してきたのであり、その点でオークショットなど保守主義者と共闘しうるのは事実である。また、そのことは、ハイエクの思想が保守主義とみなされてきた理由のひとつでもあろう。

だが、実際には、ハイエクもまた、理論が導き出した一般原則に忠実に従って統治を行うべきだと考えていたのである。ハイエクの自由主義とは、共産主義とは別種の「政治における合理主義」であったのだ。そのことに気づいていたオークショットは、ハイエクの主著『隷従の道』を、こう評している。「あらゆる計画に抵抗する計画というのは、その反対のものよりもましかもしれないが、結局、同じ政治のスタイルに属しているのである」。

 

 

今日の世界は、このコールリッジの保守主義の叡智を必要としているようだ。

一九九〇年代前半、ルワンダとブルンジは、人権擁護団体による国際的な圧力によって、民主化と自由化を急進的に推し進めた。これは、自由民主的な制度さえ設ければ、自由で民主的な社会ができるという原則に立った改革であった。しかし、その急進的な自由化と民主化は、原理主義的な言論や政治運動をも促進し、国内の民族対立を深刻化させた。そして、ルワンダでの五〇万人以上の虐殺をはじめとする陰惨な結果を招いたのである。

アメリカの政治学者ジャック・シュナイダーは、このルワンダとブルンジの事例などを挙げつつ、急進的な民主化や自由化を警戒してきた保守主義の叡智をあらためて評価している。イギリスの自由化や民主化の歴史が、暴力や混乱を引き起こすことが比較的少なかったのは、エドマンド・バークに代表される保守のエリート層が、急進的な自由化・民主化の運動に抵抗し、伝統的な制度や階級秩序を保守し、漸進的な改革を重んじたためだったのである。

ニ一世紀初頭には、アメリカのジョージ・W・ブッシュ政権が、民主主義という原則を掲げ、中東の民主化を企ててイラクを攻撃した。しかし、これもまた、民主化どころかイラク国内および中東情勢の混乱を招いただけに終わった。

アメリカという国には、各国の歴史や文化の多様性を一切顧みずに、自由や民主主義といった原理原則を世界に画一的に広めようとする一極主義(unilateralism)の傾向が色濃くある。ブッシュの企てたイラク戦争は、まさにアメリカ一極主義の典型であった。政治学者デイヴィッド・カレオは、このアメリカ一極主義を一貫して批判し続け、多様な国民国家から構成される多元的な世界を目指すべきだと主張してきた。そのカレオは、コールリッジの政治思想の研究においては、パイオニア的存在でもある。彼のアメリカ一極主義批判は、コールリッジの保守主義を継承しているのである。

理性が発見した抽象的な原理原則を掲げた急進的・抜本的改革に対しては、徹底的に抵抗する。これこそ、保守主義の最大の特徴である。政治哲学者マイケル・オークショットや、アンソニー・クイントン、あるいはノエル・オサリヴァンは、そのような保守主義の政治思想を「不完全性の政治学(The Politics of Imperfection)と呼ぶ。

政治における人間の理性は、完全なものではない。それゆえ、理性による政治秩序の構築を企てるのは危険である。したがって、伝統的な制度や慣習、あるいは権威など、理性では論証できないようなものであっても、それらが秩序の基礎になっているのであれば、それを便宜的に保守したほうが賢明である。かりに既存の制度の改革を行う場合であっても、理性の限界を肝に銘じて、慎重に、漸進的に進めるのが望ましい。そうした秩序に対する保守的な姿勢の方が、かえって自由を守ることができる。これが保守主義の「不完全性の政治学」である。

だから保守主義者は、フランス革命における急進的な民主化に反対した。それがルソーの「一般意志」という抽象的原理によって、合理主義的に世界を改造しようとするものだからである。共産主義革命に反対したのも、それがマルクス主義という理論による合理主義的改造だからである。そしてコールリッジは、同じ理由から、古典派経済学者の自由主義に反対した。ならば、保守主義の「不完全性の政治学」は、現代においては、新自由主義に基づく抜本的な構造改革やグローバル化を推し進める新自由主義、そして世界を画一化しようとするアメリカの一極主義に対して、叛旗を翻さなければならないはずである。

だが、現代日本の「保守」を称する政治家や知識人たちは、それとは逆のことをやり続けている。なぜか。

理由は簡単である。それは、彼らが、真の保守ではないからである。

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