万年初心者のための世界史ブックガイド

2016年2月27日

羽田正 『新しい世界史へ  地球市民のための構想』 (岩波新書)

Filed under: 教科書・年表・事典 — 万年初心者 @ 04:25

現行高校世界史は、各地域世界が主にユーラシアを中心に形成されることをまず記述、古代西アジアが地中海とイスラームに分離、地中海がヨーロッパとなり、他に南アジア、東南アジア、東アジアがユーラシアに存在し、アフリカ、古アメリカと並立、それらが19世紀以後西洋により一体化するという形式を取っている。

戦前の歴史教育では、西洋史で先進諸国に学び、国史で国民的自覚を育成、東洋史でアジアを指導する観点を得る、という目的意識があった。

戦後すぐの世界史教育では、近代西洋に学ぶ姿勢が強調され、それとアジアとの二項対立を想定、アジア内部で複数文化圏を想定せず一体視していた。

その後の学習指導要領で「文化圏」ごとの記述が推奨されたが、前近代、「世界の一体化」前の時期において、当初はヨーロッパ、東アジア、西アジアのみが項目立てされ、南アジア、東南アジアは明示されず。

上原専禄『日本国民の世界史』(これ自体は検定不合格教科書)が複数の文化圏(東アジア、インド、西アジア)を東洋に想定したのが先駆。

それから「地域世界」という概念が登場してくる。

これは東南アジアのように東アジア・南アジアの影響を受け、一つの文化圏とは言いにくいところの歴史を描くのに有効であった。

さらに、内陸アジア世界、大西洋世界なども用いられるようになる。

以上、戦後世界史教育の変遷をまとめると、西洋と東洋の対比(前者の優位性を前提にした)⇒複数「文化圏」の確立からヨーロッパ「文化圏」による一体化⇒複数の「地域世界」の成立と変容・再編を経て「ヨーロッパ世界」による一体化、ということになる。

ある地理的空間は有史以来一貫して存在するという考え方に対して、「地域世界」は変容・再編すると考えられるようになった。

 

 

 

続いて現行世界史の特徴と問題点を(他国と一部比較しながら)高校教科書から指摘。

1.日本人から見た世界史。

これはフランスでも同様で、フランス周辺の地域とギリシア・ビザンツ・キリスト教の記述中心で、時系列に沿った通史的記述ではなく、トピックを適宜取り上げて解説する形式。

ビザンツやイスラームはすでに存在する文明として突然現れる。

ヨーロッパ諸国ではアジアなど非ヨーロッパの歴史は自国の過去と関係しない限りほとんど教えられない(英のインド、蘭のインドネシアなどがその例外となる)。

一方、中国の教科書は時系列説明という意味では日本に近い。

「前工業文明」(前近代全般?)、「封建文明」(中世?)、工業文明という耳慣れぬ時代区分が行われている。

「イスラーム世界」単位の記述はなく「アラブ文明」との用語が用いられているが、国家の一体性維持への為か。

世界史では自国の中国史は一切扱われず、例えばインドの植民地化のところでもアヘン戦争の記述はなし。

2.国民国家を前提にし自他を区別し現状を追認する歴史。

これは特に書くことなし。

3.ヨーロッパ中心史観。

相対化されてはいるが、依然残る。

一部のメイン・ストーリーに合致する国がヨーロッパとされている。

ユーラシア西方と地中海周辺部のみ、ある時点で時間的に前後に分断される(古代オリエントと地中海世界⇒イスラームとヨーロッパ)。

イスラーム世界も地理的空間と言いにくい。

ヨーロッパとイスラームのみ他の地域世界と異質。

ヨーロッパ内部の多様性も無視されがちである。

それに対して、地球市民の立場からの世界史のために、著者の諸提案。

中心性の排除と関係性の発見。

ヨーロッパ中心主義だけでなく、イスラーム、中国、日本中心主義も退ける。

「進歩」と同義の「ヨーロッパ」という言葉より、西方(西部)ユーラシアが中立的で望ましい(ユーラシアもヨーロッパ+アジアが語源ではあるが)。

ヨーロッパという言葉を使用すべきではないというのではないし、ヨーロッパに帰属する人々が自らの歴史を描くのは自由であり権利だが、それが特権的概念の歴史にならないようにすべき。

イスラーム世界も中国世界も均質的一体ではない。

ウォーラーステインの世界システム論=17世紀ごろヨーロッパと南北アメリカの経済圏が形成され、「中核」と「周縁」地域が誕生、これがそれ以前の社会と違うのは、文化的政治的に統一されておらず、システムの統一性を保つ原理が資本主義という経済のあり方であること。

著者はこれも別種のヨーロッパ中心主義に近いとして否定、「周縁」が主体的に資本主義を自らに合う形で選択した面もあるとする。

海域世界など国民国家の枠外の史観も提唱。

法の支配、民主主義、平和追求、正当な勤労報酬と両立する自由市場などの価値を前提に、ある時期の人間集団を横に並べて比較、モデル化して相違点と共通点を指摘し、世界の見取り図を描く。

時系列にこだわらず、連続的通時的に理解して現代につなげようとはせず、相互影響を重視する横につなぐ歴史を意識する。

国単位の通史ではなく、ある時代の世界の横断的様相を、前近代では例えば100年単位で観察する方法。

 

 

 

私は国民国家は基本的に乗り越え不可能な制度だと考えているので、こうした考え方には懐疑的になってしまう。

粗野・低俗・野蛮な(現在の日本のような)ナショナリズムが暴走することを防ぐために、ナショナルなものを前提にしたインターナショナリズムは大いに推奨されるべきではある。

しかし、本書のようなコスモポリタニズムは採るべき道ではないと思う。

同じ岩波新書の類書『教科書の中の宗教』が圧倒的に面白かったのと比べれば大分落ちる。

戦後日本や他国の世界史教育の具体例は興味深いが、全体的にはもう一つでした。

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