万年初心者のための世界史ブックガイド

2016年2月27日

羽田正 『新しい世界史へ  地球市民のための構想』 (岩波新書)

Filed under: 教科書・年表・事典 — 万年初心者 @ 04:25

現行高校世界史は、各地域世界が主にユーラシアを中心に形成されることをまず記述、古代西アジアが地中海とイスラームに分離、地中海がヨーロッパとなり、他に南アジア、東南アジア、東アジアがユーラシアに存在し、アフリカ、古アメリカと並立、それらが19世紀以後西洋により一体化するという形式を取っている。

戦前の歴史教育では、西洋史で先進諸国に学び、国史で国民的自覚を育成、東洋史でアジアを指導する観点を得る、という目的意識があった。

戦後すぐの世界史教育では、近代西洋に学ぶ姿勢が強調され、それとアジアとの二項対立を想定、アジア内部で複数文化圏を想定せず一体視していた。

その後の学習指導要領で「文化圏」ごとの記述が推奨されたが、前近代、「世界の一体化」前の時期において、当初はヨーロッパ、東アジア、西アジアのみが項目立てされ、南アジア、東南アジアは明示されず。

上原専禄『日本国民の世界史』(これ自体は検定不合格教科書)が複数の文化圏(東アジア、インド、西アジア)を東洋に想定したのが先駆。

それから「地域世界」という概念が登場してくる。

これは東南アジアのように東アジア・南アジアの影響を受け、一つの文化圏とは言いにくいところの歴史を描くのに有効であった。

さらに、内陸アジア世界、大西洋世界なども用いられるようになる。

以上、戦後世界史教育の変遷をまとめると、西洋と東洋の対比(前者の優位性を前提にした)⇒複数「文化圏」の確立からヨーロッパ「文化圏」による一体化⇒複数の「地域世界」の成立と変容・再編を経て「ヨーロッパ世界」による一体化、ということになる。

ある地理的空間は有史以来一貫して存在するという考え方に対して、「地域世界」は変容・再編すると考えられるようになった。

 

 

 

続いて現行世界史の特徴と問題点を(他国と一部比較しながら)高校教科書から指摘。

1.日本人から見た世界史。

これはフランスでも同様で、フランス周辺の地域とギリシア・ビザンツ・キリスト教の記述中心で、時系列に沿った通史的記述ではなく、トピックを適宜取り上げて解説する形式。

ビザンツやイスラームはすでに存在する文明として突然現れる。

ヨーロッパ諸国ではアジアなど非ヨーロッパの歴史は自国の過去と関係しない限りほとんど教えられない(英のインド、蘭のインドネシアなどがその例外となる)。

一方、中国の教科書は時系列説明という意味では日本に近い。

「前工業文明」(前近代全般?)、「封建文明」(中世?)、工業文明という耳慣れぬ時代区分が行われている。

「イスラーム世界」単位の記述はなく「アラブ文明」との用語が用いられているが、国家の一体性維持への為か。

世界史では自国の中国史は一切扱われず、例えばインドの植民地化のところでもアヘン戦争の記述はなし。

2.国民国家を前提にし自他を区別し現状を追認する歴史。

これは特に書くことなし。

3.ヨーロッパ中心史観。

相対化されてはいるが、依然残る。

一部のメイン・ストーリーに合致する国がヨーロッパとされている。

ユーラシア西方と地中海周辺部のみ、ある時点で時間的に前後に分断される(古代オリエントと地中海世界⇒イスラームとヨーロッパ)。

イスラーム世界も地理的空間と言いにくい。

ヨーロッパとイスラームのみ他の地域世界と異質。

ヨーロッパ内部の多様性も無視されがちである。

それに対して、地球市民の立場からの世界史のために、著者の諸提案。

中心性の排除と関係性の発見。

ヨーロッパ中心主義だけでなく、イスラーム、中国、日本中心主義も退ける。

「進歩」と同義の「ヨーロッパ」という言葉より、西方(西部)ユーラシアが中立的で望ましい(ユーラシアもヨーロッパ+アジアが語源ではあるが)。

ヨーロッパという言葉を使用すべきではないというのではないし、ヨーロッパに帰属する人々が自らの歴史を描くのは自由であり権利だが、それが特権的概念の歴史にならないようにすべき。

イスラーム世界も中国世界も均質的一体ではない。

ウォーラーステインの世界システム論=17世紀ごろヨーロッパと南北アメリカの経済圏が形成され、「中核」と「周縁」地域が誕生、これがそれ以前の社会と違うのは、文化的政治的に統一されておらず、システムの統一性を保つ原理が資本主義という経済のあり方であること。

著者はこれも別種のヨーロッパ中心主義に近いとして否定、「周縁」が主体的に資本主義を自らに合う形で選択した面もあるとする。

海域世界など国民国家の枠外の史観も提唱。

法の支配、民主主義、平和追求、正当な勤労報酬と両立する自由市場などの価値を前提に、ある時期の人間集団を横に並べて比較、モデル化して相違点と共通点を指摘し、世界の見取り図を描く。

時系列にこだわらず、連続的通時的に理解して現代につなげようとはせず、相互影響を重視する横につなぐ歴史を意識する。

国単位の通史ではなく、ある時代の世界の横断的様相を、前近代では例えば100年単位で観察する方法。

 

 

 

私は国民国家は基本的に乗り越え不可能な制度だと考えているので、こうした考え方には懐疑的になってしまう。

粗野・低俗・野蛮な(現在の日本のような)ナショナリズムが暴走することを防ぐために、ナショナルなものを前提にしたインターナショナリズムは大いに推奨されるべきではある。

しかし、本書のようなコスモポリタニズムは採るべき道ではないと思う。

同じ岩波新書の類書『教科書の中の宗教』が圧倒的に面白かったのと比べれば大分落ちる。

戦後日本や他国の世界史教育の具体例は興味深いが、全体的にはもう一つでした。

2016年2月23日

門谷建蔵 『岩波文庫の赤帯を読む』 (青弓社)

Filed under: 読書論, 文学 — 万年初心者 @ 04:34

1997年刊。

岩波文庫海外文学の「赤帯」を、60歳近い市井の一読者である著者が、買いまくって読みまくった記録をそのまま本にしたという怪著。

16ヶ月で1100冊(800点)を約四十万円で買い、少なからず読んだという。

著者の独断と偏見による分野別ベストなども面白い。

(キリスト教的記述を無条件で切り捨てるのにはやや違和感があるが。)

本書を手元に置いて、時たま開き、読書意欲をかき立てるのも良い。

私の好きな小説は歴史小説である。それも主人公は歴史上の人物ではなく別にいて、あくまでも正確な歴史的事実と時代的描写を背景に、別の面白い物語が展開されるのがいい。英雄の横顔がちらっとみえるのが好ましい。例えばバルザックの『暗黒事件』でのナポレオンやフーシェである。A・K・トルストイ[レフ・トルストイとは別人――引用者註]の『白銀公爵』では、イワン雷帝はですぎるのでボリス・ゴドゥノフがいい。『三銃士』や『パルムの僧院』は、あまりに架空で歴史を離れているから面白くない。ツワイクの『マリー・アントワネット』『ジョゼフ・フーシェ』は、歴史そのものすぎてつまらない。『静かなドン』は面白かった。トルストイの『戦争と平和』にはおおいに期待しており、一番最後にとっておく。

『神々は渇く』もそういう私の好きな種類の歴史小説である。・・・・・

以上の引用には深く共感する。

私も「歴史そのまま」と「歴史離れ」の中間に位置する小説が一番好きです。

上記例の他では、プーシキン『大尉の娘』などがそれに当る。

加えて何といってもシェンキェヴィチ『クォ・ヴァディス』がそう。

『神々は渇く』と並んで、歴史小説の最高傑作です。

 

 

読書ノートを書くことについて。

本書の内容を書くために読むという誘因が働く、と書かれてある。

私もこのブログをやったおかげで、読書量が激増しました。

著者曰く、原稿用紙5枚を取り、題・岩波文庫の整理番号のあと、いつ、どこで、いくらで買ったか、映画化されたものを見たとか、昔の再読だとか、そういう記述で何とか1枚半を埋めたといい、1冊で1枚の感想を書くのも最初は無理だと思っていたそうだ。

面白いか下らないか、保存するかしないか、くらいで昔は済ませていたという。

私もそれだけならかなり楽だ。

本当に読むだけでいいから。

あとはタイトルを記録して読んだということを確実にわかるようにするだけ。

史書と違って文学書ならそれでもいいかと思うが、しかし何も身につかない感じがどうしても付きまとう。

ものすごく大雑把でいいから、登場人物名と粗筋と背景を記した上で、自分の作品への評価を残すという形が良いのかも。

このブログの文学カテゴリの記事も概ねそうしている。

面倒ですけどね・・・・・。

2016年2月19日

フランソワ・モーリアック 『テレーズ・デスケルウ』 (講談社文芸文庫)

Filed under: 文学 — 万年初心者 @ 06:26

モーリアックはフランスのカトリック作家で1885年生まれ、1952年ノーベル文学賞受賞、1970年没。

この版の訳者は同じカトリック作家の遠藤周作。

感性の鈍い私にも、なかなか味わい深い訳に感じられる。

因襲に支配された田舎町で、愛の無い結婚をして倦怠に満ちた生活を送っている主人公テレーズ。

自身の実家は急進派で反宗教的であり、テレーズも無神論者だが、夫の実家は保守的で旧套、しかしどちらの家の人々も真摯さがなく、頭の中は財産と体面のことしか考えていない。

義妹の恋愛というきっかけから、テレーズは発作的に夫の毒殺未遂と言われても仕方のない行動をとり、告訴されるが、世間体を取り繕うために法律上は無罪となった後、自宅に事実上軟禁される。

自己に満悦することしか知らない夫への嫌悪を持ちつつ、しかし自分が真に何を求めているのかわからない主人公。

夫との生活から逃れ得ても、真の幸福というものは実感できないように思える。

自分から離れて、大きな価値にあえて従わない限りは。

表面上は護教文学のようなものでは全くない。

しかし、「どんな崇高な仕事もない・・・・・どんな高い義務もない」と構えて、個人個人が自由に自身の幸福(と考えるもの)を追求したとして、結局幻滅と失望と不服が永遠に続くだけだということを示唆した作品だとは言えそうです。

 

200ページ弱で短いのがいい。

初心者が、この作家に最初に触れるための作品としては適切だと思われます。

2016年2月13日

五百旗頭真 編 『戦後日本外交史  第3版』 (有斐閣)

Filed under: 近代日本 — 万年初心者 @ 05:49

中国語・韓国語・英語版も翻訳出版されたという大学テキスト。

編者の名は「いおきべ まこと」氏と読むそうです。

序章と結章をのぞいて10年ごとの章分け。

以下内容紹介(括弧内は執筆者名)。

 

 

 

序章 概論(五百旗頭真)。

近代日本外交における、ヘロデ主義(外部文明の学習を通じた独立維持を目指す態度)とゼロット主義(排他主義的独善的態度)の対比。

前者に基く英米協調路線が霞ヶ関正統外交であり、個人名が冠される近代日本の三つの外交、陸奥外交・小村外交・幣原外交はいずれもこれに属する。

そして大日本帝国の政治構造について、以下の記述を引用。

明治憲法下の制度は、政府が軍部をコントロールすることを困難にしていた。首相は各大臣の中で「同輩者中の第一人者」であるにすぎなかった。首相は大臣たちの上に立って命令を下し、大臣を罷免する権限を持たなかった。かえって、軍部大臣(現役)武官制を武器に、軍部が内閣を倒すことができた。さらに参謀本部の独立によって、参謀総長は陸軍大臣と同格に位置づけられた。内閣の一員である陸相が、内閣の意を体して参謀総長に命令を下すこともできなかった。首相―陸相―参謀総長は、なだらかな傾斜を持つ水平的関係を基本とした。上下関係において命令はできず、個別的信頼関係に頼り説得を試みることによってしか、シビリアン・コントロールを達成できなかった。・・・・原首相のような強力な政治家が、非軍事的時代風潮の中でリーダーシップを発揮する時期は、長くは続かない。・・・・明治の権威主義体制は、意外にも首相権限の弱さゆえに無軌道な軍部の軍事的発展主義を抑制することができなかったのである。

これ以上無いほど重要な認識が示されている。

明治憲法の欠陥は、天皇主権でも国民の権利制限でもない、首相権限の弱さだ、というのはこのブログの近代日本カテゴリ記事で何度も繰り返してきた主張ですが、この場を借りて改めて強調したいです。

よく言われる「統帥権の独立」も結局はここに含まれると思う。

政治的意志統一を達成できる元老が健在の内に、首相の明示的権限を拡大するか、その地位を高めるような行政慣習を固めることが必要だったのだが、それができなかったことが日本の悲劇の大きな原因です。

すべてを民主的かそうでないかで判断する左派的偏向も、自国の歩みのすべてを賛美し正当化する右派的偏向も、共に百害あって一利なしです。

 

近代日本は「大陸国家」を志向し発展していった。

それに反対する石橋湛山の小日本主義や佐藤鉄太郎海軍中将の海洋国家論(満蒙放棄と間接的アプローチによる国際政局操作)は主流にはなり得ず。

 

 

 

第1章 1940年代後半 占領期(五百旗頭真)。

直接軍政の回避や天皇制の維持を目指し、急進的民主改革を押し付けてくる米国との交渉が主。

現行憲法の制定も、占領国との対外条約のような性質を持ち、占領下「外交」の中心を占めるもの。

現在から見れば、日米安保と米軍駐留が規定路線だったように思えるが、決してそうではない、冷戦の進行に伴い、講和独立後の安全保障を検討し、様々な交渉上の試行錯誤を経てそうなった。

 

 

 

第2章 50年代(坂元一哉)。

中国共産化と朝鮮戦争が日本の戦略的価値を向上させ、寛大な講和に繋がる。

だが約20年続いた米中対立の時期、日本は中国承認問題という難問に悩まされることになる。

「軽武装経済立国」を国是とする吉田ドクトリン。

これに対する鳩山一郎は自主的外交を志向し日ソ復交を達成、同様の傾向を持つ岸政権は東南アジア諸国との賠償交渉を妥結し外交地平を拡大。

だが民間レベルでの日中交流は行き詰まり、日韓交渉も停滞。

次いで取り組んだ安保改定だが、これは日本の中立主義化を懸念する米側のイニシアティブによるもので、日本防衛義務を明記、内乱条項を削除、基地使用と核持ち込みの事前協議を定めた。

結果、大きな反対運動に直面し、岸路線ではなく、吉田路線が戦後日本に定着することとなった。

 

 

 

第3章 60年代(田所昌幸)。

池田・佐藤長期政権下、高度経済成長を達成。

ヴェトナム戦争により対米関係維持に困難が生じる。

日韓基本条約は成立したが、文化大革命の急進路線下にある中国とは依然断絶。

東南アジア諸国との経済協力は拡大するが、それへの現地の反発も拡大。

対米関係では沖縄返還協定締結に成功。

吉田路線は基本的に成功し、左右の反対勢力はそれを覆せず。

しかし成功しすぎたがゆえに戦後日本が自主的行動能力を持つことはできなかった。

 

 

 

第四章 70年代(中西寛)。

内政では佐藤政権が続投する中、福田赳夫への後継が即実現せず、田中角栄が台頭。

田中政権後は、二年ごとの政権交代が続く。

米中接近のニクソン・ショックと石油危機という激動が日本を襲う。

日中国交正常化が達成されたが、日ソ関係は停滞。

福田ドクトリン(非軍事的大国として経済だけでない相互的信頼関係)で、ヴェトナム戦争後の東南アジアとの協調関係を目指す。

大平政権では環太平洋連帯構想を発表、対中円借款を開始。

自由主義圏全体の観点から見て、戦後日本の成長が米国の失敗ではなく成功だったように、現在の中国の成長と日中のライバル関係成立も、中国の硬直的共産主義体制からの脱却を助けた日本の成功と見なすべきとの記述は、ヒステリーじみた反中感情が蔓延する今では重い意味を持っている。

70年代末、ソ連の軍事的拡張に伴う新冷戦激化、日本は「覇権反対条項」入りの日中平和友好条約を締結、日米同盟と日中協力深化で対応。

二度の石油危機を乗り越えた日本経済はさらに成長、米国はじめ諸外国との経済摩擦が本格化。

この時期、日本は「総合安全保障」政策を提唱、経済援助で世界の安定に貢献するとの主張だが、国際問題をカネで解決するという退嬰的姿勢にも取られがちであった。

70年代を概観し、1980年で1970年より関係が悪化していた国はソ連だけであり、日本外交は成功していたとも思える。

しかし、「経済のみの大国」日本は、自立的国際協調に戦術的には成功したが、戦略的には失敗したとの評価が下されている。

 

 

 

第5章 80年代(村田晃嗣)。

新冷戦での鈴木政権の対応は迷走。

だが、続く中曽根政権はレーガン米政権との信頼関係構築、日米間の経済紛争処理と防衛協力推進に成功。

80年代前半には日中関係も近現代史上最良の時期を迎える。

この時期の日本は、日米同盟強化、アジア太平洋地域の発展牽引、ヨーロッパとの関係強化という三つの成果を挙げ、その国力は絶頂。

しかし、昭和の終焉と共に、冷戦体制という枠組みは消え、バブル経済も崩壊することになる。

 

 

 

第6章 90年~2000年代(五百旗頭真)。

湾岸戦争での対応失敗、朝鮮半島でも冷戦後の最も直接的な脅威となった北朝鮮を国際社会に引き出せず(これは日本だけの責任では無論ないが)。

経済と湾岸の「二重の敗北」から、「失われた二十年」へ。

成功例としては1989年APEC(アジア太平洋経済協力会議)設立、1993年カンボジア和平とPKOへの貢献。

1995年までクリントン政権と最後の日米経済摩擦、94年北朝鮮核危機、96年台湾海峡危機を経て、96年日米安保再定義共同宣言。

冷戦体制崩壊後、世界は「競争的協調外交」の時代へ。

橋本政権は上記対米外交では成功したが、経済失政を犯してしまう。

97年アジア通貨危機を契機として、日本は深刻なデフレ不況に落ち込み、現在まで本格的回復を達成していない。

本書では、不況で国は滅びないが、それがもたらす精神不安定に陥った国民が愚行に走り、(戦前日本のように)国を滅亡させることがある、橋本・小渕両内閣は苦しい状況の中、歴史の愚行に走らず、協調的イニシアティブを取ったと評価されている。

確かに個人的に振り返ってみても、小渕さんというのは不思議な人でしたねえ。

橋本氏については経済失政の印象が強すぎるのであまり好感は持っていないのですが、小渕さんは事前の印象とは全く異なり、多くの業績を残されたと思います。

平成に入ってからの首相としては最優秀なんじゃないでしょうか。

恐慌の一歩手前にあった日本経済を積極財政で何とか踏み止まらせました。

もっとも小渕政権については、(対等の日米関係強化ではなく)現在まで続く対米従属路線の第一歩を踏み出したとの評価もあるかもしれませんし、もしそうならば私の評価も変えざるを得ないのですが、今のところは小渕さんが亡くなって、「構造改革」路線に没入することになって日本は滅茶苦茶になったというイメージが強いです。

2001年9.11同時テロ、ブッシュ・小泉枢軸とアフガン掃討、2003年イラク戦争への支持・協力。

著者はこれに肯定的だが、私は断固反対だ。

五百旗頭氏は「日米同盟プラス日中協商」の主張者であり、硬直した「反中原理主義者」ではないだろうが、中国敵視を自己目的化し、米中対立を煽り立て、異常な対米従属をますます進めようとする(自称)「右派」はいずれ途方も無い蹉跌に我が国を追い込むでしょう。

米国が大戦争の危険を冒してまで中国と衝突するはずがない。

日本が外交と防衛の自主性を放棄し対米追従を深化させればさせるほど、米国にとって「裏切り」のリスクは減るのだから、いずれ日本を犠牲にして中国と妥協するに決まっている。

そのような予測を立てるのに、悪意ある反米主義者の眼で米国を見る必要も無い。

アメリカ人の立場になって、米国の国益を第一に考えれば、ごく当たり前のことです(服部龍二『日中国交正常化』)。

数を頼んで反対者を罵っていれば気分がいい、としか考えない、知性にも品位にも感性にも欠ける下劣な連中が作り出す「世論」と「民意」こそが、戦前・戦後・現在を通じて正常で賢明な外交を妨げ、国家を破滅に導く元凶です。

 

 

 

結章 総論(五百旗頭真)。

40年代後半から50年代、戦後日本外交の三つの進路として、

a.社会民主主義路線

b.経済中心主義路線

c.伝統的国家主義路線

が存在。

占領期、片山・芦田政権で、一時aが優位を占めるが、吉田政権でbに変わり、50年代鳩山・岸政権のcが台頭するが、60年安保でaとcが激突し、両者が傷ついてbが再浮上する。

以後、「日米関係の深化」と「外交地平の拡大」(日ソ・日中・東南アジア外交、日米欧三極論)という二つのテーマが戦後日本外交の中心となる。

60年代に高度成長と沖縄返還という成功をおさめた日本は、70年代の危機に際しても経済的には目覚しい回復と再浮上を遂げた。

日中国交正常化を達成したものの、田中の対米自主外交路線は挫折、福田・大平政権は対米関係を考慮しつつアジア地域の共同利益を求める外交へ転換、アジア諸国の経済成長に協力。

経済大国ではあるが防衛力は依然抑制、「基盤的防衛力」という概念で、抑止力は米国に頼り、日本自身は一定の「拒否力」のみを持つという路線を採用。

80年代にはその国力は絶頂を迎え、中曽根外交の成功を支えた。

しかし国力をいかに用いるかのビジョンはなく、バブルに沈み、90年代以降の長期停滞に至る。

 

 

 

 

全体的に見て、とても良質なテキスト。

参考文献が充実していて、簡略なコメントが付されているのが大変有益。

関連年表も内閣の任期が見やすい形に整理されていて、しかも詳しいので非常に役立つ。

ただ史実を羅列してあるのではなく、その意味付けと評価がしっかりしているので、メリハリがあり読んでいて面白い。

悪い意味での教科書らしさが無い。

やけに細かな事実が記されている場合でも、それが時代の特徴をつかむ上で必要なエピソードであることが多い。

こういう分野では、しばしばある、煽情的で偏った(はっきり言えば最近ではネット右翼的言説と親和的な)本は有害無益で、読めば読むほど頭が悪くなり、品性が劣化するので、一切読まない方がよい。

本書での史実評価に全て同意するわけではないが、左右の奇矯で過激な論調を排している点は評価できる。

学術的でしっかりした、信頼できる著作として推薦します。

2016年2月9日

引用文(田中美知太郎1)

Filed under: 引用文 — 万年初心者 @ 07:04

田中美知太郎『今日の政治的関心』(文芸春秋)より。

 

「恐怖からの解放」の恐ろしさ

ひとはそれぞれに「おそれる」ところのものをもっていなければならない。この「おそれ」を失ってしまっては人間も社会も駄目になってしまう。ということを、古代ギリシアの悲劇作家アイスキュロスが、その作品のなかでアテナの神に語らせている。もっとも「おそれ」にもいろいろあって、恐怖と畏怖とでは違うところがあるとも考えられる。「おそれを知らぬ」は勇者の形容にもなれば、無法者の形容にもなる。真の勇気は畏るべきものを畏れ、恐るべからざるものを恐れぬことにあると言われた。「おそれる」と言っても「おそれない」と言っても、そう簡単ではないのである。われわれはどこでその区別をしたらいいのか。何か拠りどころとなる確実なものをもっているだろうか。もしひとが神を畏れるとしたら、そういう確かな拠りどころをもつことになるだろう。「神ぞ知る」ということが言われるが、それはわたしたちに勇気をあたえると共に、また「つつしみ」を教える。これの正反対のところに「神を恐れざる」という言葉があり、残虐非道の所業に対して用いられたりする。もしわれわれが神を信ずることができるなら、原理的には恐るべきことと然らざるものとの区別が判然として来て、われわれも迷いがなくなるわけである。しかし、不幸にしてわれわれは神不在の時代にあるとも言われている。もっともこれはキリスト教化されていた西ヨーロッパあるいはアメリカの話であって、わが日本には神々はあったけれども、神は初めから不在であったのではないかという説もある。いわゆる東洋精神の根拠を無神論に求めたりすることがないでもない。西洋に旅行した日本のインテリが、彼の地で書かされる書類の「宗教」の欄に「無神論者」と書いて得意になっていたという話を聞いたことがある。神を恐れぬ極悪非道の人間を名のるのだから、相手はびっくりするわけである。なんとも滑稽な話と言わなければならない。

他方しかしながら、われわれの自由社会なるものは、あらゆる恐怖からの解放を標榜する社会なのである。そしてその解放のうちには宗教的拘束からの解放ということも含まれているとも見られるだろう。そして神不在の時代の到来ということも、宗教のこの自由化あるいは俗化と共に相関的に考えられねばならぬだろう。神不在の時代はまだ到来したばかりで完結はしていない。しかしやがて神を恐れぬ残虐非道の所業が日常となるような、完全ニヒリズムの時代になるかも知れない。しかしわれわれは恐怖から解放された自由の楽園を、そのような恐怖にみちた社会と考えたくない。無論またそのような転落を希望はしない。しかしその危険がないとは言えない以上、われわれはそれの防止に努力しなければならないだろう。しかし宗教が俗化によってかえって本当の力を失いつつあるとも見える現代において、われわれはほかにどんな防止手段をもつと言うのだろうか。われわれが最初に名を挙げた悲劇作家は、祖国の自由を守るためにペルシア戦争に参加したことを誇りとしていた人であるが、かの作品においてその自由な市民国家には「おそれ」が保存されていなければならないことを説いたのである。あらゆる「おそれ」からの解放は、かえって自由社会を崩壊させるものなのである。人間社会は正義の裁きとアイドース(おそれとつつしみ)がなくては成立しないということを、プラトンはプロタゴラス神話として語っている。われわれは人間社会のこの基本的な事実をせめてもの拠りどころにしなければならない。

古代ギリシアが生んだ世界最大の歴史家の一人は、人間の行動が利欲と名誉心と恐怖心によって支配されるものであるという極めて現実的な見方をしている。つまり恐怖はそういう現実的なファクターとして、歴史理解の鍵になるということである。利欲と名誉心については特別の説明は必要ないであろう。金銭を求め名声を求めるのは極めて普通の人間的事実である。そしてそれの反対の損害や不名誉を恐れるのも、これまた人間普通のことである。そしてこのような恐れが不法な行為への抑止力になっていることも、これまた疑うべからざる事実である。不法行為に対する刑罰が、それらの強い抑止力となることもよく知られているところである。しかしこの面のきびしさが、かのあらゆる恐怖からの解放を求める声が大きくなるにつれて、次第にゆるんで来ていることも見逃せない事実である。そして何も恐れぬ人たちが多くなる。そしてそのことが神をも恐れぬ極悪非道の人間を成長させ、これに権力を与えるようなことにもなる。これが今日の独裁制なのである。すなわち極悪人による支配(カキストクラシー)であり、あらゆる恐怖からの解放を原則とする自由社会がこれを生み出す危険を多分にもっているのである。このような逆転を防ぐには、われわれはあらためて「おそれ」の重要性に気づき、これを守るようにしなければならない。「恐怖の均衡」という言葉が、今日の国際平和の説明に用いられたりするが、神不在の今日においては、軍事力を抑止力として用いることも、さし当たり有効性が大であろうと考えられよう。これに対する一部の人たちの高尚めいた批判は、むしろ極悪非道を助けるだけのものである。しかし「おそれ」は恐怖から畏怖へ、そして畏怖から畏敬へと変えて行かねばならぬ。それは神を呼びもどし、真の自由と平和を実現する途となるだろう。    (1979.1)

 

 

田中氏がこの文章で批判しているのは、空想的平和主義者と容共的社会主義者ですが、現在の「“畏れ”の感情を持たない極悪非道の人間」は間違いなく排外的民族主義と好戦的言辞を撒き散らす自称「愛国者」と金銭勘定以外の一切の価値を嘲笑する下劣な新自由主義者でしょうね。

2016年2月5日

田中美知太郎 『ソクラテス』 (岩波新書)

Filed under: 思想・哲学 — 万年初心者 @ 04:01

またえらい古い本を持ち出してきました。

初版は1957年。

著者はギリシア哲学の泰斗。

ソクラテスの「四福音書」、『弁明』『クリトン』『パイドン』『饗宴』への前書き、補註のような著作であり、もし可能ならばプラトン翻訳の抜粋でもう一章付け加えたかったとある。

ソクラテスは前399年に刑死、およそ70歳。

裁判で281票対220票で有罪、刑の申し出において法廷を意図的に怒らせて361票で死刑、脱獄拒否。

前470~468年ごろ生まれ。

プラトンとの年齢差は40年以上。

父はソプロニスコス、母はパイナレテ、妻はクサンチッペ(とミュルト?)、子はランプロクレス、ソプロニスコス、メネクセノス。

父がアリステイデスとと親交あり。

ソクラテス父子が石工であったとの説はあやしい。

アテネ成人男子1人に18人の奴隷がいたという説を否定。

奴隷人口は自由人の半数もしくは全人口の三分の一か四分の一。

クサンチッペ悪妻説もあやしい。

ある一面が拡大解釈された観があり。

アリステイデスの娘ミュルトが後妻(あるいは先妻)ということはまずありえない。

年齢的におかしい。

アリストファネス『雲』では、ソクラテスをソフィスト扱いして非難。

保守的立場より有害な新教育代表者として、啓蒙思想、自然哲学、弱論強弁の詭弁家として。

ソクラテスが自然学を学んだ可能性は高い(晩年はそれに言及しなかったが)。

それで誤解を受けたか。

また空論家ではなく実践と知行合一で死を迎える。

加えて伝統的宗教の否定という罪状も被せられた。

「ダイモンの合図」を語っていたことは事実。

それは禁止的形式で与えられ、占者として受け取るが、それ以外の行動では自分が最善と思うことを行う自由は保持。

ダイモンは神で、ソクラテスは通俗的宗教家などではない。

ペロポネソス戦争でのアルキビアデス、戦後成立した三〇人僭主政権の首領クリチアスがソクラテス的教育の産物と疑われて裁判にかけられる。

裁判においてはダイモンは沈黙、自由は死であると悟ったソクラテスは死を決す。

一生涯自分を律し続けた。

有名なデルフォイ神託「ソクラテスより智慧のある者はない」から「無知の知」という認識に至る。

神のみが智者、人間の無智をあばいて神の智を明らかにする使命を自分に課し、それが原因で死に追いやられた。

そして金銭や身体より精神を良くすることが大事だというソクラテスの言葉に続いて以下の文章が記される。

今日のわれわれにとっては、これはむしろ平凡な教えであると考えられるであろう。こういう話は、もう聞き厭きたような気がしないでもない。われわれはやはり金銭や肉体や名誉や評判を気にせざるを得ない。精神をすぐれたものにするよりも、金銭をできるだけ多く集めることに、気をつかわずにはいられない。しかしそれだからこそ、やはりソクラテスの言行が、好悪いずれにしても、われわれの気がかりとなるのである。かれはわれわれと反対のことを信じ、われわれと反対のことを言い、われわれと反対のことを行って、そして殺されてしまったからである。

ゾピロスという人相見が、ソクラテスの顔を見て、知見も狭く、情欲に傾く性質であると言ったので、その場の人が笑い出したところ、ソクラテスがこれを制して、ゾピロスの言うことは、みな当っている、ただわたしにはそういう傾向があるけれども、ロゴスによって、これに打ち克っているのであると言ったという、半ば創作的な話も伝わっている。いずれにしても、われわれがここに見るのは、外面と内面の著しい矛盾である。そしてこれに対比されるのが、世人の同様な矛盾である。かれらは外面の美や力によって飾られているが、しかしそれらは空しいものであって、その内面は無なのである。このかれらがソクラテスと接触する時、内面が暴露されて、最初の優劣が逆転する。自分の富、自分の強さ、自分の美しさ、自分の才能を頼みにして、この世をわがもの顔に生きている人たちの目には、貧しく醜いソクラテスは、笑うべきもの、軽蔑すべき存在に過ぎなかった。しかしそのソクラテスの前に、やがてかれらは、その自負心を失い、底知れぬ不安を感じなければならぬ。・・・・・われわれはかれらの、そのような無力化に応じて、ソクラテスの内面が、一種の力を得て来るのを感じる。この転換は、しかしながら、ソクラテスの卑しげな顔、話すことの平凡さ、貧しげな様子などを、一つの仮面に変えてしまう。だから、この外見にあざむかれたと思う人たちは、自分の愚をせめるよりも、ソクラテスの外見そのものを、アイロニーとしてにくんだのである。かくて、ソクラテスの存在そのものが、ひとつのアイロニーとなって、ひとびとを不安と絶望に陥れたのである。それは少数の人たちには、哲学への途をひらくことになったかも知れないが、多数の人々は、かくの如き仕方で、自己の無を知ることを、死の如くに恐れたであろう。ソクラテスが呪われ、殺されなければならぬ所以のものが、そこにあるとも言われるであろう。『弁明』・・・・のソクラテスは、自分をあぶにたとえて、人々を目ざめさすために、このアテナイという、図体は大きいが、にぶいところのある馬に、神によって附着せしめられたものだと言っているが、アテナイ市民は、「眠りかけているところを起された人たちのように、腹を立てて」、うるさいかれを叩いて、殺してしまったのである。

ソクラテス告発の理由の一つは民主制批判。

公職抽選制について、船長、大工、笛吹きを抽選で決めないのに、国政をそれに委ねることを批判。

ペロポネソス戦争敗北後のアテネでは、戦勝国スパルタの威を借りる亡命帰国派クリチアス、中間派アニュトス、民主派が対立。

クリチアスを中心とする三〇人政権の恐怖政治が敷かれるが、民主派トラシュブロスの反撃で内戦となり、結局既往を咎めない条件で内戦終結、しかし膨大な数の死者が出た。

クリチアスとの関係を理由にアニュトスが中心となってソクラテスを告発。

しかし、ソクラテスは民主制を根本的に批判したが、かと言って盲目的スパルタ崇拝とは無縁。

ダイモンによって政治に関わることを禁じられている。

「諸君なり、あるいは他の大多数の者なりに、正直一途の反対をして、多くの不正や違法が、国家社会のうちに行われるのを、どこまでも妨害しようとするならば、人間だれも身を全うする者はないだろう。むしろ本当に正義のために戦おうとする者は、それで少しの間でも、身を全うしていようとするならば、私人としてあることが必要なのであって、公人として行動すべきではない」

2500年前のアテネでも現代の日本でも同じですね。

多数の愚者・劣者が作り出す悪を変更不可能な環境とせず、正面からぶつかったら、命が幾つあっても足りません。

だが政治の方が彼に掴み掛かってくる。

人々へ呼びかける哲学である以上、どうしても政治的になることは避けられない。

ソクラテスは、どのような権力者に対しても独立不羈を貫いた。

戦中、406年アルギヌウサイ海戦の処置で、狂信的な圧倒的多数の民衆世論に逆らい、ただ一人指揮官の処刑に反対、告発される危険を冒す。

逆に、戦後の非民主的で寡頭制的な三十人政権の命令も断固として無視。

もし三十人政権が倒されなかったら、かれの死は三九九年ではなくて、四〇三年であったろう。

と書かれているのを見て、やはりそうだったんだと深く納得した。

にも関わらず、復活した民主制の下で死刑を宣告され、堂々と従容として死を迎える。

 

 

随分古い本だが、ずっしりくる読後感があり、読んで良かった。

入門書としては決して凡庸なものではない。

碩学の尊い威光に触れることができます。

2016年2月1日

小谷野敦 『 『こころ』は本当に名作か  正直者の名作案内』 (新潮新書)

Filed under: 読書論, 文学 — 万年初心者 @ 04:32

日本人向けの、文学作品のキャノン(正典)案内。

詩は苦手だが、小説・戯曲を読み、十年くらいは意図的に未読のものを読みまくって大体読了したという。

叙事詩はともかく抒情詩は翻訳で読んでどれだけ意味があるか疑わしい、と書いている。

文学作品の良し悪しに普遍的基準は無し。

作品が「分かる」というのは、単に「面白いと思う」の意味だと考えればよい。

名作と言われるものでも、分からなければ正直にそう言うべき。

再読も忙しい現代人には難しい。

前近代の文人、学者が古典を何十回読んでいたとしても、それは他に読むものが少なかったから。

途中で挫折したら、間に十年挟まっていても、再挑戦の際はその続きから読めばよい。

著者も『ジャン・クリストフ』を学生時代に1巻読み、二十年後2巻を読了したという。

あらすじ本も活用してもいいし、それでもつまらなければ放り出すべき。

日本人にキリスト教的背景の作品(ドストエフスキーなど)は向かない。

等々の記述の後、具体的作品のランク付けに入る。

 

 

 

 

「日本人必読の名作」

 

『源氏物語』

シェイクスピア

ホメロス

ギリシア悲劇(喜劇アリストファネスは別、笑いは文化依存的)

以上最高峰の古典はほぼ前近代のもの。

 

 

 

 

「トップクラスの名作」

 

セルバンテス

スウィフト

ゲーテ『ウェルテル』『ファウスト』ではない、小品では『ヘルマンとドロテーア』を勧めている)

ルソー『孤独な散歩者の夢想』

オースティン『プライドと偏見』『エマ』

バルザック『従妹ベット』『ゴリオ』はまだいいが、他は到底これに及ばない)

ユーゴー『レ・ミゼラブル』

ディケンズ『荒涼館』(最高傑作はこれ、『二都物語』『デイヴィッド・コパフィールド』では全くない)

シャーロット・ブロンテ『ジェイン・エア』(エミリ・ブロンテ『嵐が丘』よりもこれを)

ポオの短編

メルヴィル『白鯨(モービィ・ディック)』

アレクサンドル・デュマ『モンテ・クリスト伯』

トルストイ『クロイツェル・ソナタ』『戦争と平和』は今では大して面白くない、『アンナ・カレーニナ』はまあまあ、『イワン・イリッチの死』は名作)

ゴンチャロフ『オブローモフ』

マーク・トウェイン『ハックルベリー・フィンの冒険』『王子と乞食』

ヘンリー・ジェイムズ『鳩の翼』

『水滸伝』その他中国白話小説(日本モノは省略)。

 

 

 

 

ここで、推理・SF小説についてのコラムがあり、著者はホームズを好まず、クリスティやクイーンももう一つとし、SFについてはヴェルヌやウェルズならいいが、それ以降はいけないと書いてある。

 

 

 

 

「二位級の名作」

 

ロンゴス『ダフニスとクロエ』

ラブレー『ガルガンチュアとパンタグリュエル』

ラクロ『危険な関係』

フロベール『感情教育』

ゾラ『ナナ』『居酒屋』

ラディゲ『ドルジェル伯の舞踏会』

プルースト『失われた時を求めて』

ロマン・ロラン『ジャン・クリストフ』

ヴァージニア・ウルフ『ダロウェイ夫人』

マーガレット・ミッチェル『風と共に去りぬ』

シェンキェヴィチ『クォ・ヴァディス』(優れた大衆小説と評されている)

ヘンリー・ミラー『北回帰線』

E・M・フォースター『ハワーズ・エンド』

 

 

 

 

 

「私には疑わしい名作」

 

漱石、鷗外

ドストエフスキー(後期はミルトン、ダンテ並みのキリスト教作家でシェイクスピア、ユーゴーのような普遍性無し)

スタンダール

トーマス・マン

ワイルド

フォークナー

ヘミングウェイ(『老人と海』はよい)

フィッツジェラルド

テネシー・ウィリアムズ

ダンテ

 

 

 

 

 

十五年くらい前からの古典主義者で、まず古典作品を読めと言ってきたと言う著者の断言ぶりが面白い。

一部首を傾げるところもあるし、ドストエフスキー評価のように全く意見を異にするところもあるが。

なお、本書よりはるかにレベルが低いですが、当ブログでも30冊で読む世界文学というブックガイドを書いています。

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