万年初心者のための世界史ブックガイド

2015年9月9日

野口雅弘 『官僚制批判の論理と心理  デモクラシーの友と敵』 (中公新書)

Filed under: 史論・評論 — 万年初心者 @ 06:04

行政学ではなく、政治思想史的アプローチの官僚制批判の研究。

近代官僚制は絶対王政以降に該当する概念。

しかし実際は、支配者の恣意性と選好に依存する、前近代の家産的官僚制との差は相対的なもの。

近代官僚制への批判者としては、カール・フライヘル・シュタイン、ノヴァーリス、そして何よりも「鉄の檻」という比喩で知られる、マックス・ウェーバーがいる。

しかし中にはロベルト・ミヘルスのような存在もいる。

「寡頭支配の鉄則」で有名なミヘルスは、社会民主党員として出発し、「鉄則」も党官僚の非民主性への批判的観察から生まれたものだったが、のちにはムッソリーニ支持者に行き着いてしまった。

なぜ、こんなことが起り得たのか。

ウェーバーは官僚制とデモクラシーを単純な対立関係とは捉えなかった。

トクヴィルによれば、近代において格差・特権への憎悪が中央権力による平等的画一的行政への支持へと向かい、それが官僚制の整備に繋がる。

しかしジョン・ステュアート・ミルの指摘では、官僚制下の平凡な日常業務の繰り返しが内外の不満を生み、それが粗雑で突飛な非合理的提案を行う強引なリーダーを出現させる危険を孕むことになる。

それを防ぐために、市場原理という形式合理性でなく、格差是正・国益実現など実質合理性が必要であり、その手段としての官僚制も必要不可欠である。

そうした実質合理性達成のためには、複雑な調整や議論が必要なのだが、新自由主義者はそれが醸成する不平不満につけ込み、市場原理という単純・明確な方針だけを掲げ、強い姿勢を演出し、官僚制を批判する。

実際には現在の官僚制はすでに「鉄の檻」というメタファーで理解できる強固なものではなくなっているのに、それを打ち破るカリスマ的リーダーの期待がネオリベ勢力によって煽り立てられており、そのような煽動世論は暴走しかねない。

ウェーバーのバランスの取れた官僚制論は、現在では新自由主義とグローバリズムへの防壁として読むことができる。

結語で内容を極めて簡略・的確に要約してくれているのが助かる。

コメント付きの文献案内も有益(私の場合、それを次々読むという感じにはならないが)。

150ページほどですぐ読めるのも長所。

ここ二十年ばかり繰り返されてきた感情的な官僚バッシングと品性下劣なネオリベ言説への解毒剤としてどうぞ。

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