万年初心者のための世界史ブックガイド

2015年9月7日

齋藤健 『増補 転落の歴史に何を見るか』 (ちくま文庫)

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2002年ちくま新書刊、2011年文庫化。

著者は経済産業省(旧通産省)官僚出身で、現自民党衆議院議員だという。

1905年奉天会戦から1939年ノモンハン事件までの34年間の転落を、統帥権の独立という(明治にもあった)制度の弊害とだけ説明するのではなく、他の要因を探るもの。

 

 

一章、ジェネラリスト的政治家の消滅。

専門的軍事教育のみで作られたスペシャリストが台頭。

陸軍大学校出身の軍令系統の軍人が陸軍省の軍政分野に進出し、それを牛耳る。

それを統御すべき政治家の中で格段に優秀だったのが原敬。

原が不幸にして暗殺されたのが1921年、その翌年には山県有朋が死去。

著者はここに大きな転換点を見る。

武士道精神が衰退し、ノーブレス・オブリージュ(高貴なる者の義務)という感覚が失われていった。

以後の社会では、見通しの甘い希望的観測の蔓延、硬直した主義への執着、大勢への抵抗力の弱さが目立つようになる。

危機において自然と有為な人材が出るというのは幻想であり、必要な準備が無ければずるずると破滅に向かうしかなくなる。

 

 

二章、組織論。

合理性より仲間意識の尊重、「間柄」重視の日本的集団主義。

しかも「個々人が摩擦回避の精神に浸っているうちに、やがて声が大きく精力的な『ボス』と呼ばれる人間が登場し、リンチなどの有形・無形の暴力的行為によって属人的な組織支配を確立する・・・・・その結果、合理性の追求とか本質的な議論の展開とか人権の尊重といったことが、二の次、三の次とされるようになる」。

異分子排除と独創性軽視、日常の自転、縦割り主義のセクショナリズム、お題目主義、甘い人事処分、適材適所の人材抜擢が行われず、中堅層の下剋上が跋扈、戦略研究の基礎となるはずの戦史の不正確さ。

 

 

三章、現在について。

政か官かの二元論を否定、それ以前にエリートの存在の重要性を強調。

まあ平凡だが、理解できる考えではある。

しかし一箇所、新自由主義的構造改革を支持するような文章があり、そこには心底ゲンナリした。

次いで情報マネジメントと原敬についての小論、福田和也との対談、秦郁彦と寺島実郎との鼎談があって終わり。

 

 

全く期待していなかったが、そこそこ面白い。

あっという間に読める。

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