万年初心者のための世界史ブックガイド

2015年9月1日

工藤美知尋 『海軍良識派の研究  日本海軍のリーダーたち』 (光人社NF文庫)

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このレーベルを記事にするのは初めてかな。

以前光人社NF文庫の戦記物を読むだけで数年かかると書きましたが、数十年とした方がいいかもしれませんね。

明治初期、1872年に兵部省が陸・海軍省に分離、78年参謀本部、93年海軍軍令部設立。

帝国海軍では、陸軍とは異なり軍令に対して軍政が統制を明確に及ぼし、軍令部に対する海軍省の優位が確立していた。

本書での海軍良識派とは、海軍省派、条約派、国際協調派である。

勝海舟、西郷従道を創設者として、以後帝国海軍を担った山本権兵衛、斎藤実、八代六郎、加藤友三郎、岡田啓介らの経歴を紹介。

昭和期に入ると、軍縮条約をめぐり艦隊派と条約派が対立、加藤寛治・末次信正ら艦隊派の横槍に対して、財部彪海相は指導力に欠け、33年大角(岑生海相)人事で山梨勝之進・堀悌吉・左近司政三ら条約派が予備役編入。

32年に艦隊派は伏見宮博恭王を担いで軍令部部長とし、翌33年軍令部の長を「総長」とし、権限を拡大、海相に対する独立性を強める。

この際、これに反対した井上成美軍務局第一課長に、南雲忠一が怒鳴り込んできたというエピソードが記されている。

「ミッドウェーの敗将」というマイナスイメージが染み込んでいるのは気の毒だが、南雲へのそうした同情もやや失せてしまう。

以後の海相にも、吉田善吾・及川古志郎・嶋田繁太郎ら識見を欠く人物が多く、石川信吾ら中堅層の「第一委員会」という親独強硬派の跳梁を許し、戦争への道を止められず。

この時期の良識派と言える米内光政・山本五十六・井上成美らは三国同盟に反対したが、一方で米内の第二次上海事変拡大とトラウトマン工作打ち切り支持、山本の過去の艦隊派的言動について本書で触れられていないのは不満である。

井上成美は日米開戦直前に新軍備計画論を打ち出し、海軍の航空化を提案、それも航空母艦ではなく陸上基地の航空隊整備に海軍も重点を置くべきとの大胆な主張で、さらに艦隊決戦よりも上陸・防御戦を重視、海上交通路確保と潜水艦戦に重点を置いた軍備を構想した。

終戦時には米内海相を支え、1975年没。

あと、終戦実現の為に開戦以来の嶋田繁太郎海相更迭に努力し、東条首相暗殺も計画した高木惣吉に触れている。

ちょっとごちゃごちゃしていて読みにくい。

一般の通史であまり触れられない海軍の役職名をチェックしながら読んでいけば、それなりには有益か。

サブテキストとして読む分にはいいのかも。

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