万年初心者のための世界史ブックガイド

2015年7月23日

山口洋一 『歴史物語ミャンマー 上・下』 (カナリア書房)

Filed under: 東南アジア — 万年初心者 @ 23:24

副題が「独立自尊の意気盛んな自由で平等の国」。

著者は元ミャンマー大使。

ミャンマーが民族総称、その一部がビルマ族という観点から、本書ではミャンマーという呼称を使用。

(これに否定的な見解もある。)

また本書では「ペグー」→「バゴー」、「アラカン」→「ラカイン」というように慣用の語句を変えているところがある。

本文では国王の治績が一人一人叙述されていて興味深いが、さすがにここで全部メモするのはきつい。

概略の述べると、ビルマ族・モン族・シャン族の三民族が主人公。

モン族が南部、シャン族が北部に居住。

シャン≒シャムということで、タイ系民族。

タイ近くにはカレン族、中国国境のカチン族が存在、インド側のラカインは独自性あり。

地理的には、国土中央にアヴァ、マンダレー、やや西寄りにパガン、その西南にピエ、少し南に現首都ネピドー、さらに南下してタウングー(トゥングー)、海岸沿いデルタ地帯にバゴーとヤンゴン(ラングーン)。

最初の国家ピューの後、アノーラタ王がパガン朝を開く。

第三代チャンシッタ王の盛期を経て、1299年元朝の攻撃によって滅亡とされるが、シャン人実力者の下で傀儡王が継続して立てられている。

続くアヴァ朝とペグー朝の並立時代でも、アヴァ朝はビルマ族色が強く、シャン族単独王朝とは言い難いとされている。

タウングー朝がミンチェエンヨーによって創始。

二代タビンシュエティはポルトガル傭兵を活用(もう16世紀だから)。

三代バインナウン王の盛期を迎えるが、前代チャンシッタ王と共に血統的には微妙で、チャンシッタ王は庶子と考えられ、バインナウン王は義兄弟。

アウン・ゼヤがアラウンパヤ王として王朝建国。

三代シンビューシン王が清朝と対決(1763~76年)。

だるい・・・・・。

こんな断片的なことを書くのも面倒くさい。

大野徹『謎の仏教王国パガン』で書いたようなことが限界だ。

三次にわたるイギリス・ビルマ戦争の契機は相当無茶だ。

イギリス当局は時に穏健な立場を採るが、その統制に従わない商人がタチが悪い。

第一次戦でラカイン・タニンダーリ(タイ沿いの細長い部分)・アッサム割譲、第二次で下ビルマ割譲、第三次で完全滅亡。

以後英領インドの一州に。

イギリスは分割支配を意図して、インド人や非ビルマ系の少数民族を軍人雇用などで優遇。

その植民地体制を外部から覆した日本占領時の苦難と否定的側面もしっかり記している。

大東亜共栄圏の理想自体は(現実政策とのずれを認めつつ)肯定しているのに対し、こう書くのは好感が持てる。

十数年前と全く逆に、旧軍の非行と過ちを書かない、あるいはヒステリックに全否定する方がポピュリスト的で嫌悪を覚える。

独立の父アウンサン暗殺はウ・ソー単独行動ではなく、英国の反動勢力の策動もあったと記されている(ただしアトリー首相や当時の総督は無関係)。

独立後軍事政権成立までは基本、政権担当者はウーヌー一人。

議会制民主主義が 党派争いで機能せず。

よって軍事クーデタで成立したネ・ウィン体制に好意的かと思いきや、かなり厳しい評価が下されていて、意外な感がした。

しかし一方では、1988年の「民主化」運動は明確な指導理念もない現状変革願望で、一部は暴徒化して治安悪化をもたらした、少数民族が分離闘争を展開する最中にアウンサン・スーチー女史の過激で性急な軍批判は不適切であったと評されている。

結局1990年選挙を経ても軍は政権移管をしなかったが、著者はこれに理解を示す。

不充分な経済情勢と教育環境での民主化は混乱と衆愚政治を生むだけだとする著者の意見に反感を持つ人も多いでしょうが、私はそういう見方もあるだろうと思う。

欧米メディアの偏見を強く批判する記述もあり、著者も元ミャンマー大使としていろいろ不愉快なことがあったんだろうなあと推察する。

2011年テインセイン大統領を選出してからは一応民政に復帰し、国際社会での孤立も解消しつつある。

1987年の韓国はひとまず盧泰愚政権を選択して賢明だったと言うべきか。

英語のタネ本が1、2冊あって、それを適当に取捨選択して貼り合わせた本という失礼な感想を持たないではないが、それでも無知な自分にとって有益ではある。

ただ誤植が多いのが気になる。

評価は普通。

悪くはないが、初心者向けビルマ通史の決定版という感じはしません。

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