万年初心者のための世界史ブックガイド

2015年7月6日

引用文(林健太郎5)

Filed under: 引用文 — 万年初心者 @ 16:17

引用文(林健太郎4)に続き

林健太郎『個性の尊重』(新潮社 1958年刊)収録

「映画と文学による歴史の勉強」より。

近代の始まりをなすイタリアのルネサンスに関しては、メレジュコフスキーの『神々の復活』という必読の小説がある。これはレオナルド・ダヴィンチの生涯を中心とし、彼をめぐってサヴォナローラ、ボッティチェリ、ミケランジェロ、ラファエロ、マキアヴェリなど当代一流の人物が縦横に活躍し、当時のイタリアの政治情勢もよく描き出され、誠に歴史小説の傑作である。但しモナ・リザの微笑の謎をレオナルドとジョコンダ夫人との間の微妙な愛情から説明しているような、レオナルドの多くの逸話は作者の創作であって事実ではない。

ルネサンスのイタリアは当時の芸術作品だけ見ていると誠に美しい世界のように見えるが、現実には甚だ混沌とした陰鬱な世界で、殊に群雄割拠の小君主達の間には権謀術数の政治外交が発達した。マキアヴェリが『君主論』を捧げたボルジア家のツェザレはその代表的なものであるが、映画『ボルジア家の毒薬』は彼と彼の妹ルクレチアを描いて彼等をめぐる時代相をよく表わしている。

この時代はまたいわゆる地理上の発見時代にも当たっているが、『ジャンヌ・ダーク』をつくったと同じ監督の映画『コロンブス』はコロンブスの生涯を忠実に描いていて有益なものであった。

ルネサンス時代の次には宗教改革及び宗教戦争の時代が来る。この宗教改革の創始者ルター自身を劇化したものにストリンドベリーの戯曲『ルター』がある。北欧においてはこの宗教改革はルネサンスの必然的発展であったが、しかもルネサンスの人文主義を深く呼吸したものにとってはこの荒々しい破壊事業はそのままには是認し得ぬものであった。この点に北欧ルネサンスの最大の代表者でルターの先導者であったエラスムスの悲劇がある。シュテファン・ツヴァイクの『エラスムスの勝利と悲劇』はこの偉大な自由思想家の悩みを描いたすぐれた伝記文学であり、革命と個人の自由、革新勢力と寛容の問題等、今日に通ずる問題を我々に提出している。

宗教改革に伴う騎士と農民の叛乱に関しては先ずゲーテの『ゲッツ・フォン・ベルリヒンゲン』とシラーの『群盗』がある。後者は創作であるが、前者はとにかく実在の人物を扱っている。クライストの『ミヒャエル・コールハースの運命』はこの時代のドイツに実際起った事件の記録を基にして書かれたすぐれた社会小説である。下って十七世紀の三十年戦争になると、シラーの史劇『ヴァレンシュタイン』がある。これはさすが彼の史劇の最大の傑作だけあって、その迫力はすばらしいものがあり、やはり必読の歴史文学に属する。しかしここに表われたヴァレンシュタインの解釈は勿論シラー自身のものである。

カトリックのスペインに対する新教徒のオランダの独立戦争に関してもゲーテの『エグモント』とシラーの『ドン・カルロス』とが並び立っている。どちらも実在の人物を扱っているが史実とは大分異っている。殊に後者に描かれた王子ドン・カルロスは甚だ理想化されており、父フィリップ二世の後妻との恋愛は事実でない。

スイスはツヴィングリ、カルヴィンの両宗教改革によってドイツと並ぶ宗教改革の中心地となったが、ケラーの『狂える花(ウルズラー)』はこの宗教騒乱を背景にした小説である。

宗教改革はフランスにおいても多年に亘る血なまぐさい内乱をひき起したが、この時代はいくつかのすぐれた小説の材料となっている。ラファイエット夫人の『クレーヴの奥方』はアンリ二世(一五四七~五九)の時代を舞台にしているが、これは優雅なルイ十四世時代の宮廷生活をこの時代に移し植えたもので、当時の殺伐な時代相を全然表わしていない。これに反してメリメの『シャルル九世年代記』は聖バルテルミー(バーソロミュー)祭日の大虐殺を含むこの王の治世(一五六〇~七四)をよく描き出している。同じくこの時代を扱ったデューマの『マルゴ』は訳されていないが、その代り『バルテルミーの大虐殺』という題で映画になった。

イギリスではヘンリー八世からエリザベス一世に至る時代が宗教改革、即ち、カトリックから独立したイギリス国教会の確立の時代である。映画『悲恋のエリザベス』はつまらない映画であったが、この時代の宮廷の様相が一寸出ていた。リットン・ストレイチー『エリザベスとエセックス』はこのイギリスの有名な伝記作家の一番の傑作である。エリザベスの対抗馬として旧教派にかつがれ処刑されたメアリ・ステュアートの生涯はよく芸術化される。古くはシラーの『マリア・ステュアルト』があり、新しくはシュテファン・ツヴァイクの『マリア・ステュアルト』がある。後者は正確な史実に基いている。

十七世紀のイギリスは清教徒革命、王政復古、名誉革命を経て立憲政治が確立するが、この時代に題材をとったデュ・モーリア『愛すればこそ』(原題『王の将軍』)はイギリスでベスト・セラーになり、日本にも訳された。名誉革命後亡命したステュアート家のいわゆる「僭称王」とそれを支持する「ジャコバイト」の陰謀は十八世紀まで続き、これがイギリスではよく小説の材料になる。スコットの代表作もここにあるが、これは訳されていない。訳されているものではスティーヴンソンの『バラントレイ卿』がこの事実を背景にしている。十七世紀のフランスはルイ十三世とリシュリューの時代がよく小説化される。ヴィニーの唯一の歴史小説『サン・マル』は訳されていないが、ゴーティエの『キャピテン・フラカス』は訳が出た。デューマの『三銃士』はあまりにも有名である。いずれもこの時代が舞台であるが、ゴーティエはあまりに浪漫的、デューマは通俗的で歴史の参考とはなり難い。これは『三銃士』の続編でルイ十四世時代を舞台とする『鉄仮面』も同様である。これに反して十八世紀の代表的な経済学者兼実業家ケネーを扱ったアンドレ・モーロアの伝記『ベルナール・ケネー』は極めて有益な歴史の参考書である。

ドイツとイタリアは分裂状態が続き、小国の宮廷は専制と陰謀の舞台であった。古く森鷗外が『折薔薇』という題で訳したレッシングの『エミリア・ガロッティ』はイタリアの小国が舞台にとられてはいるが、十八世紀のドイツの現状に対するプロテストであり、しかも非常な傑作である。この作の影響の大きいシラーの『たくみと恋』は名はあげてないがドイツ内の一国が舞台であり、そこに展開される貴族の策略とその犠牲となる平民の姿を描いている。この作品には特定のモデルはないがやはり十八世紀ドイツの小宮廷の実状を写しており、特に君主が自己の人民を、アメリカ独立革命鎮圧のための傭兵としてイギリスに売却する事件はヘッセン・カッセル国で実際に行われたことである。

南ドイツの諸宮廷がこのような頽廃の中に陥っている間に、北方プロイセンが強国として擡頭してやがて後のドイツ統一の中心勢力となる。フリードリヒ大王に指導されるプロイセンのミリタリズムは当時の文学者や後世の自由主義者の性に合わぬものであったが、当時のドイツの救済者はこのプロイセン以外には見出すことが出来なかった。レッシングの喜劇『ミンナ・フォン・バルンヘルム』はプロイセンの軍人と彼の生国ザクセンの婦人との結婚を扱っており、彼のプロイセンへの期待を示すものといわれているが、メーリング以下のマルクス主義者ははげしくこれに反対している。レッシングがフリードリヒ大王の崇拝者でなかったことはたしかであるが、彼がプロイセン軍人の誠実な義務観念の中に美徳を見ていたこともたしかである。半世紀後ナポレオンとの闘争時代に熱心なプロイセンの愛国者であったクライストは、戯曲『ホンブルクの公子』を書いてプロイセン国家の基を礎いた十七世紀のブランデンブルク選挙侯フリードリヒ・ウィルヘルム(大選挙侯)を賛美した。

イタリアに関してはシラーが『群盗』に次ぐ第二作『フィエスコの叛乱』で、十六世紀のジェノアに起った専制主義に対する共和主義者の叛乱を扱っている。フィエスコは実在の人物であるが、勿論事実とは大分異っている。スタンダールの『カストロの尼』も十六世紀のイタリアを舞台とし、その社会を我々の前に生々と現出させてくれる名作である。

イタリアには、スコット、ユーゴーと肩を並べるに足る浪漫主義の大作家マンゾーニがあるが、これまで日本に紹介されることが少かった。しかし最近その代表作『婚約者』が訳されたことは喜ばしいことである。これは十七世紀のロンバルディアを舞台にした雄大な歴史小説で、長篇であるが面白く読めるものである。

十八世紀にはピーター(ピョートル)大帝の力によってロシアが急速にヨーロッパの惑星として登場したが、このピーター大帝は大いに文学の題材にされている。先ずプーシュキンに短篇ながら名作『ピョートル大帝の黒奴』があり、革命後随一の歴史小説家ア・トルストイに未完の長篇『ピョートル一世』がある。メレジュコフスキーにはピョートルとその息子との相剋を扱った長篇『ピョートルとアレクセイ』があるが、これは訳されていないようである。この皇帝以前を扱ったものにア・カ・トルストイ(前掲ア・トルストイとは別人で十九世紀の作家)の『白銀公爵』と『皇帝フョードル』がある。前者は十六世紀の有名なイワン雷帝の治世を描き、後者は弱気なその子を扱った性格悲劇である。この戯曲は『イワン雷帝の死』及び『ボリス・ゴドノフ』とともに三部作をなしているが、他の二作の邦訳があるかどうかは知らない。ボリス・ゴドノフはフョードルの義兄で実権を握り、フョードル死後皇帝となった人であるが、これと帝位を争ってその死後帝位についた「偽ドミートリ」はメリメの興味をひき、歴史物語『偽ドミートリ』を生んだ。十七世紀のコサックを描いたゴーゴリの『タラス・ブーリバ』(『隊長ブーリバ』)もここにあげておく必要があろう。プーシュキンの歴史小説の代表作『大尉の娘』は、十八世紀後半の女帝カザリン二世治下の有名なプガチョフの叛乱を描いている。

(追記:引用文(林健太郎6)へ続く)

広告

WordPress.com で無料サイトやブログを作成.

%d人のブロガーが「いいね」をつけました。