万年初心者のための世界史ブックガイド

2015年7月4日

引用文(林健太郎4)

Filed under: 引用文 — 万年初心者 @ 16:00

引用文(林健太郎3)に続き

林健太郎『個性の尊重』(新潮社 1958年刊)収録

「映画と文学による歴史の勉強」より。

中世の西ヨーロッパは封建制度とキリスト教の時代である。その初期はいわゆる暗黒時代で文化的にも政治的にも余り今日の芸術の材料になりそうなものは少いが、現代のヨーロッパ諸国民の直接の起源がここにあるだけに、各民族にはそれぞれ民族伝説があってそれらの説話は深く人人の中に入り込んでいる。これらの説話の中で最も有名なのはアーサー王物語、ニーベルンゲン物語、カール大帝の武将ローランの物語などである。しかし特別の興味を持つものの外はそれらのものを直接読むのはいささか厄介であるから、やはりブルフィンチの『中世騎士物語』を読むか、あるいは映画『円卓の騎士』でアーサー王物語を知る程度で結構である。『ニーベルンゲン物語』も昔『ジークフリード』『クリームヒルデの復讐』などという映画があったし、今後もつくられることは疑いない。

西ヨーロッパがまだ暗黒時代の中にあった頃、東ヨーロッパでは東ローマにユスティニアヌス大帝が出て赫々たる治績をあげた。この皇帝の皇后で大帝の功業に与って力のあった異色の女性テオドラを主人公にした映画『テオドラ』は甚だ通俗的なものであったが、彼女が猛獣使いの子でいかがわしい踊子の出身であったことは事実であり、首府コンスタンティノープルにおける戦車競争や青党と緑党との争いなども当時の史実を伝えている。

東ローマとともに中世ヨーロッパに異色ある文化をつけ加えているイベリア半島のサラセン文化については、アーヴィングの『アランブラ物語』が一応の参考になる。このサラセン人と戦ったキリスト教側の英雄ル・シッドをテーマとしたのがコルネイユの代表作『ル・シッド』である。

八世紀から十世紀にかけて北欧の海上を荒しまわったノルマン人の海賊については、映画『ヴァイキング』が正確な風俗考証で大いに参考になる。

中世を代表する最も華やかな、そして最も中世らしい事件は十字軍であるが、その中でも最も大規模なのはイギリス、ドイツ、フランス三国の王の参加した第三回十字軍である。これは大分前に『十字軍』という映画になったことがあるが、近頃また『獅子王リチャード』によって映画化された。この映画の原作はスコットの『護符』(邦訳はないが子供向の読物になっている)である。「獅子の心を持つ」といわれたイギリス王リチャード一世はこの十字軍の立役者であり、イギリス騎士道の華と謳われて多くの逸話を残しているが、その中には事実でないことが多い。彼と対抗した回教徒のサラディンは実際にすぐれた人物でキリスト教徒を寛容に扱ったことで名高い。彼はレッシングが宗教的寛容を説いた『賢人ナータン』の主役でもある。(イタリア映画『大遠征軍』は第一回十字軍を扱っているが、これは問題にならぬ愚作である。)

リチャードの弟が「マグナ・カルタ」を発布させられたジョン王であるが、シェークスピアに史劇『ジョン王』がある。その他シェークスピアは『リチャード二世』『ヘンリー四世』以下いくつかの史劇を書いている。あまり面白くもなく史実に忠実でもないが、百年戦争や薔薇戦争当時のイギリスを知るのに役立つ。『ヘンリー六世』には当時の有名な農民一揆ジャック・ケードの乱が出て来て、よく社会史家に引用される。『ヘンリー五世』『リチャード三世』は映画化されて非常な好評を博した。

イギリスの歴史文学といえば何といってもスコットに止めをさす。スコットの歴史小説は極めて数が多く、イギリス人の間ではシェークスピアに続いて人気がある。しかし何分日本人にはなじみが少く、訳されているのは『アイヴァンホー』ぐらいのものである。この小説は彼の最大の傑作といってよく、ノルマン征服以後のノルマン貴族とサクソン人の対立を舞台として、騎士道を体現した人物アイヴァンホーが盛んに活躍する。主人公は架空であるが、中世騎士道の世界をよく描き出している。この小説の中にはリチャード一世やジョン王、またイギリス人の伝説的英雄ロビン・フッドも巧みにとり入れられている。映画にも度々なったが、戦後に来たものはエリザベス・テイラーが美しいユダヤ人の娘に扮した。

『宝島』で名高いスティーヴンソンには薔薇戦争時代に取材した『黒い矢(二つの薔薇)』がある。いささか通俗的な冒険談であるが、ここに出て来る多くの社会事実が当時の史料によっていることは歴史家トレヴェリアンが証言している。

ドイツでは十九世紀初頭の浪漫派の詩人たちが好んで中世を題材としたが、彼等はただ城や騎士の世界を幻想的に歌ったことが多く、あまり歴史の参考になるものはない。ただ同じ浪漫派で中世を描いても、ホフマンは貴族の城郭よりも都市の生活を好み『親方マルティンと徒弟たち』などは中世の職人生活を我々に知らせてくれる。

フランス史で一番人気があるのはジャンヌ・ダークで、芸術化されることも極めて多い。シラーの『オルレアンの少女』は余り浪漫的で歴史的ではなく、今日の我々の感覚にも合わないが、バーナード・ショーの『聖女ジョーン』は歴史学的に見ても誠に立派なものである。ジャンヌ・ダークを政治家にあやつられた傀儡と見、しかも彼女の強みを彼女を支持したフランス農民の間に芽生えつつあった愛国心の中に見ているのは正しい歴史的態度である。いくつかつくられた映画もいずれも良心的なもので、最近のバーグマンの扮したものもかなり史実に忠実であった。

イギリスのスコットと並ぶフランスの歴史小説の雄ユーゴーの『パリのノートルダム』は十五世紀ルイ十一世治下のパリの生活を彷彿とさせる傑作であり、しばしば映画化されたが戦後のフランス映画は最も原作に忠実なものであった。同じ十五世紀のパリで放蕩無頼の数奇な生活を送った詩人フランソア・ヴィヨンの生涯は『放浪の王者』『我もし王者なりせば』などの名でこれも度々映画化された。

(追記:引用文(林健太郎5)に続く)

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