万年初心者のための世界史ブックガイド

2015年4月29日

エドモン・ロスタン 『シラノ・ド・ベルジュラック』 (光文社古典新訳文庫)

Filed under: 文学 — 万年初心者 @ 07:16

17世紀フランス、剣豪で詩人だが、大鼻で醜い容姿の主人公シラノ・ド・ベルジュラックが絶世の美女で従妹のロクサーヌに秘かに恋をするが、成り行きから美男クリスチャンとの仲を取り持つことになってしまい・・・・・というお話。

本作は戯曲で、初演は1897年。

自然主義文学に飽き飽きしていた民衆に熱狂的に歓迎されたそうである。

確かに非常にわかりやすい。

ラストには本当に感動を禁じえない。

通俗的と言えば、確かにこれほど(表面上は)通俗的に思える作品もないかもしれないが、最も良質で普遍的・伝統的な通俗性でしょう。

訳者解説では、それとは全く異なる、複雑で興味深い読み直しと再解釈の可能性にも触れられているが、まあ、よくわからないので無視します。

高校世界史教科書に載るほどの知名度は無いが、初心者にも非常に読みやすく、面白い作品。

作中の言葉遊びや時代背景を十分理解できたわけではないが、読み通すことは問題ない。

なお主人公シラノは実在の人物で、17世紀の文人。

岩波文庫目録のフランス文学の欄に、本作の別の翻訳と一緒に、「シラノ・ド・ベルジュラック著『日月両世界旅行記』」と載っているのを見ると、何だか妙な気分になります。

2015年4月23日

ドストエフスキー 『白痴 全3巻』 (河出文庫)

Filed under: 文学 — 万年初心者 @ 05:24

作者が「真に美しい肯定的な人間」を描くことを目指して書いた作品。

純真でいかなる悪意も持たず、謙譲の気持ちを強く持ちつつ、バランスの取れた自尊心も失わないという理想的人物であるムイシュキン公爵と不幸な美女ナスターシャ、将軍令嬢アグラーヤとの三角関係を軸にした家庭恋愛小説の形式を持った長編。

ドストエフスキーの「毒」はやや薄めだが、それでも西欧由来の自由と市場という価値に浸食され、拝金主義と世論の支配によって伝統・慣習への確信を失い、無秩序化に向かいつつ、ついにはそれとは正反対の抑圧へ飛び込むという破滅に近づきつつある19世紀後半のロシアが作品の背景に浮かび上がってきます。

人間関係がつかみにくく、ややダレる部分もあり、やはり『罪と罰』『カラマーゾフの兄弟』はもちろん『悪霊』とも同列には扱えないと思ってしまい、事前の予想よりは面白くもなく、通読に手間取った。

とは言え、名作の一つであることには違いないでしょう。

これでドストエフスキーの五大長編のうち、四つを読破したことになる。

普段の自分の読書量からしたら考えられないですね。

さすがに残りの『未成年』は読まないかもしれないが、それでも自分としては特筆すべきことです。

加えて、『死の家の記録』や『賭博者』、『永遠の夫』などを読めば、主要作品はほぼ全て読んだことになりますね。

私にとってやはりドストエフスキーとシェイクスピアは別格なんだと思います。

両者とも、文学的感性の無い自分でも、その魅力が十二分にわかる作家です。

2015年4月17日

アンドレ・モロワ 『ドイツ史』 (論創社)

Filed under: ドイツ — 万年初心者 @ 09:03

2013年刊。

これを行きつけの大型書店の棚で見つけた時は、誇張でなく本当に衝撃を受けた。

モンタネッリ『物語ギリシャ人の歴史』の場合は、『ローマの歴史』および『ルネサンスの歴史』以外のイタリア史シリーズの翻訳が出ていないと思っていただけで、原著の存在は知っていたのですが、本書についてはこんなものが存在すること自体全く知らなかったので。

『英国史』『フランス史』『アメリカ史』のいわゆる自由主義諸国三部作の良さについてはこのブログで度々申し上げていますが、まさかモロワの手に成るドイツ史が存在していたとは・・・・・。

訳者によると、原著は1965年刊で、モロワは67年に没、文章量としては三部作の約半分くらいだそうだ。

以下、ざっと本文を眺めてみる。

 

まずゲルマン人時代。

アッティラをカタラウヌムの戦いで撃退した「最後のローマ人」アエティウスのおかけで西欧は救われた。

(やはり普通「最後のローマ人」というとスティリコではなくアエティウスを指すと思うのですが・・・・・[塩野七生『ローマ世界の終焉』]。)

フランク・ブルグンド・ゴート諸族のローマへの敬意が、ガロ・ローマ人との協力を生み出す。

クローヴィス死後のメロヴィング朝は、本書でも簡略に済まされている(この時代、まともに取り上げるには複雑過ぎです)。

カール大帝による統一、ゲルマン・ローマ・キリスト教の三要素の合体。

大帝は、ランゴバルド・ザクセン・バイエルン・アヴァールを征服、ハルン・アッラシードと使節交換。

ルートヴィヒ1世後、分割相続で東フランクがドイツとなる。

フランス語でドイツを「アルマーニュ」と言うが、これは「アラマン人の国」の意。

一方、ドイツ語で自国を指す「ドイッチュラント」は「人民の国」の意。

西フランク王シャルル2世と東フランク(ルートヴィヒ2世の子)カール3世肥満王による一時的統一回復があったものの、カールの甥アルヌルフを経て、その子ルートヴィヒ4世幼童王の死によってカロリング朝断絶。

フランケン公コンラート1世を挟んで、ザクセン朝ハインリヒ1世即位、その子がオットー大帝。

カール大帝によるザクセン征服と改宗から百年ほどであり、驚くべきことと著者は評している。

続いて「イタリア政策」の功罪に言及。

彼が力を入れたドイツとイタリアの間のこの緊密な関係は、これら二つの国民の利益に合致していたろうか?多くのドイツ人は、自分たちの国に秩序を回復し、東方蛮族の侵略から西欧を守り、教皇を支えている君主を誇りに思ったし、ローマ教会がこの君主を支える堅固な保障になってくれるのを期待した。しかし、なかには、王がイタリア問題に関わり、ローマから種々の影響がもたらされることによって自分たち本来のドイツ的性格が損なわれることを危惧する人々もいた。事実、フランスやイギリスでは、世襲制が王国の安定的堅固さを保障していったのに対し、ドイツでは、皇帝が選挙で決められることが不安定さをもたらしていった。

ザクセン朝が断絶すると、フランケンのコンラート2世選出、サリイ系フランクなのでザリエル朝と呼ばれる。

その孫ハインリヒ4世時に有名な叙任権闘争が最高潮を迎える。

だが著者は、この華々しい事件の陰で同時期に行われた東方植民こそ、中世ドイツの最も重要な事績だったとしている。

文化面では、トマス・アクィナスの師アルベルトゥス・マグヌス、神秘思想家エックハルトなどの名を挙げている。

次いでホーエンシュタウフェン朝コンラート3世即位。

第二回十字軍参加とギベリン党形成。

これに対抗するのが、バイエルンのヴェルフェン家で、「ヴェルフェン」から訛ってゲルフ党という名が生まれる。

注意すべきなのは、このギベリン、ゲルフというのは、ドイツ国内でのことではなく、イタリアでの党派を指す言葉だということ。

そして普通、ギベリンが皇帝派、ゲルフが教皇派ということになっているが、あくまで具体的な政治闘争での色分けなので、必ずしもそれぞれが理念的に皇帝・教皇を無条件に支持し続けるというわけでもない。

シュタウフェン朝フリードリヒ1世がバイエルンのハインリヒ獅子公と対立、第三回十字軍参加、レニャーノの戦いでロンバルディア都市同盟に敗北。

続くハインリヒ6世は、英国王リチャード1世が十字軍帰路捕らわれたのを利用、シチリア王国獲得。

その死後、獅子公の息子オットー4世が即位するが、教皇インノケンティウス3世と対立、英国王ジョンと同盟してブーヴィーヌの戦いで仏国王フィリップ2世に大敗、失意のうちに死去。

帝位はシュタウフェン朝に戻り、フリードリヒ2世即位。

近代的な官僚制統治の萌芽を見せるが、その死でシュタウフェン朝は終わり、ドイツの統一的傾向は衰退、ハンザ同盟の繁栄はあったものの、分裂期に入り、大空位時代を迎える。

その後、いよいよハプスブルク家のルドルフ1世が即位。

高校世界史だと、ハプスブルク=オーストリアのイメージだが、本拠はもともとスイス、アルザス、シュヴァルツヴァルトとかなり西の方。

それがボヘミア王オタカル2世を敗死させオーストリアを領有することになったが、アルブレヒト1世が身内に暗殺されてしまい、以後一時帝位から離れる。

ボヘミアを領有するルクセンブルク家ハインリヒ7世が即位。

その死後はハプスブルク家とヴィッテルスバッハ家バイエルンのルートヴィヒ4世が対立。

モルガルテンの戦いでスイス独立、ハプスブルク家は発祥の地を失う。

ルクセンブルク朝が復位し、カール4世は金印勅書発布。

そこで定められた選帝侯はケルン・マインツ・トリール・ボヘミア・ファルツ(ライン宮中伯)・ザクセン・ブランデンブルクの七つ(これは全く不変のものというわけではなく、後世バイエルンなどは追加でその地位を得ている。ただ以下引用文の通りオーストリア・ハプスブルク家自身は最後まで選帝侯ではない)。

『金印勅書』においては、オーストリアのハプスブルク家は選挙人ですらない。彼らは、これを修正させようとしたが、実現はできなかった。逆に、彼らは、新しいタイプの地方的君主制を世襲的君主制として整備することになるのだが、そのプロセスはゆっくりしており、オーストリア王家は、まだ長い間、兄弟間の分割の原則によっていくので、その力は弱体化し続ける。しかしながら、1291年から1437年まで皇帝の座から遠ざかったことが、逆に彼らに益した。この時間的ゆとりのおかげで広大な領土を形成し、帝冠が自分たちのもとに戻ってきたとき、これを一門のなかに永く維持できる力を養うことができたのであった。

ジギスムント帝がフス戦争によって自領を荒廃させて死去した後、ハプスブルク家のアルブレヒト2世即位、以後ハプスブルク家が安定的に帝位世襲。

続くフリードリヒ3世の時代、プロイセンがポーランドの宗主権下に入ったり、シュレスヴィヒ・ホルシュタインがデンマーク領になったり、スイス独立を事実上承認するなど、強力な君主とは言い難いが、その婚姻政策は大成功を収め、息子マクシミリアンとブルゴーニュ公女との結婚でヨーロッパ屈指の経済先進地域ネーデルラントを得て、さらに孫の結婚で新大陸を領有するスペイン王位まで手に入れる。

だが16世紀、宗教改革という驚天動地の出来事が発生。

一時はドイツ全体がプロテスタント国家になるかと思われたが、そうはならなかった。その理由の一部は、ジュネーヴに本拠を置く別の形のプロテスタント信仰である《カルヴィニズム》がルター主義と折り合わず、選帝侯ライン宮中伯が自分の都ハイデルベルクをドイツにおけるカルヴィニズムのセンターとしたこと、他方、カトリシズムが予想外の抵抗力と回復力を示したことである。

17世紀、宗教改革による国内分裂が極限に達し、三十年戦争が勃発、第一期はベーメン(ボヘミア)反乱とファルツ選帝侯の戦い敗北、第二期はデンマークが新教側に加わるが撃退、第三期スウェーデン王グスタフ・アドルフが参戦するが、ヴァレンシュタインと共倒れ、1635年フランス参戦で、1648年ヴェストファーレン条約。

本書では、この戦争によってドイツの途方も無い荒廃と近代化の遅れがもたらされたという伝統的見方を取っている。

この時期、徐々にプロイセンが台頭。

国名は「プロイセン」だが、そもそも、ベルリンなど中心的地域はブランデンブルク辺境伯領。

ホーエンツォレルン家も元はシュヴァーベンのニュルンベルク城伯に過ぎず、それが15世紀より辺境伯となり、さらにドイツ騎士団領が世俗化しプロイセン公国になった際の団長がたまたまホーエンツォレルン家出身者だったということもあって、後に両者が合体することになった(両地域を隔てる西プロイセンは1772年ポーランド分割で併合)。

イタリア統一の主力となったサルディニア王国の中心がサルディニア島では全くなく、トリノであり、王家発祥の地のサヴォイはフランスに譲渡されたのと、奇妙に似てますね。

18世紀はドイツ文化の黄金期とされ、確かにライプニッツ、カント、レッシング、ゲーテ、シラー、バッハ、モーツァルト、ベートーヴェンと並べられると、納得です。

19世紀、ナポレオン戦争がもたらす激動へ突入、その過程では各国のナポレオンとの個別講和が目立ち、それがナポレオンを利したイメージを強く持つ。

ナポレオン支配下で領邦が多数併合・簡略化され、結果としてそれがドイツ統一につながりやすくなった。

以後の近現代史の叙述は、この種の通史的概説書にありがちではあるが、あまり得るところがない。

多少とも印象に残った断片的記述だけをメモ。

ドイツを「確固たる国境も一つの安定した中心もない『中央の帝国』」と定義。

ビスマルクがいなければドイツは自由主義国になっていただろう、1862年のプロイセン自由主義者たちの敗北が西欧の没落とヨーロッパの兵営化を告げるものとなったとの著者の見解は、あまりに定型的で凡庸に思えて感心しない。

ニーチェについて、

この精神の貴族は、自分の哲学が後世にはゆがめられて、彼が間違いなく「我慢ならない凡俗性」と軽蔑したような人々、彼が責めた大衆運動を組織している連中に利用されるのを見たら衝撃を受けたであろう。

としていますが、ゴーロ・マンも全く同じことを書いてました。

著者は、ワーグナー、トライチュケの偏狭さにも触れつつ、それでもコッホ、ヘルムホルツ、レントゲン、ダイムラーなどの自然科学上の大成果を挙げ、諸国民の第一級であり得たドイツが汎ゲルマン主義によって災厄のどん底に引きずり込まれた、と書いている。

第一次世界大戦は集団的な狂気による自殺行為であり、低俗なナショナリズムだけが幅を利かせ、知性と和解と良識の声に耳を貸す人間が余りに少なかったと嘆いているが、多数者による決定ではそれが必然なのでは?とも思えてくる。

最後に全くの豆知識。

ワイマール共和国初期に起こったカップ一揆のカップは、父が1848年革命でアメリカに亡命し、息子が1900年帰国、その後反共和制反乱を起こしたそうです。

 

 

訳者あとがき。

モロワは歴史の専門学者ではない広汎な著述家、本書もドイツ史を専門的に学ぶ人にはあまり参考にならないかもしれないが、一般読者には役に立つ。

訳者も三部作を愛読し、本書を二十年ほど前に知り、邦訳を志したそうである。

その眼力と見識には脱帽します。

ただ本体価格5800円は高い。

内容的にも、分量がやはり少なめで三部作ほどの効用は期待できない。

地図がほとんど無いのも欠点。

30冊で読む世界史で挙げた坂井栄八郎『ドイツ史10講』(岩波新書)の代わりに定番として採用することはやはり難しいか。

とは言え、三部作と共通する良質さを持っている。

政治史を基本に物語性を保ちつつ、人物の個性描写も放棄せず、時代順に叙述を行い、なおかつ経済史・社会史・文化史の項目を適時挿入して内容の豊富さを確保し、複雑な歴史の総体を垣間見せてくれる。

三部作は、一国の通史としては私の知る限り、最も完成度が高い。

邦訳は1950年代新潮文庫で刊行、それが1993~94年に復刊され、私が買ったのもこれ。

何とか再復刊するか、出来れば中央公論新社あたりが新訳を出して頂けないでしょうか。

最近、新刊情報について記事で触れることはしていませんでしたが、いくつかの名著が復刊しています。

野田宣雄『ヒトラーの時代』西部邁『大衆への反逆』が文春学芸ライブラリーで、福田恆存『私の英国史』が中公文庫で復刊され、宮崎市定『中国史』も近々岩波文庫に入るようです。

アンドレ・モロワの著作も淡い期待を持って、見守っていきたいです。

 

2015年4月15日

ゲーテ 『ヘルマンとドロテーア』 (岩波文庫)

Filed under: 文学 — 万年初心者 @ 02:21

フランス革命の動乱から逃れてきた難民の娘と富裕な市民の息子との恋愛話。

短いので手ごろ。

ゲーテの革命観も少しだけ垣間見れる。

末尾は革命に幻惑されることなく、自らの文化と秩序を守り通そうという、同胞への呼びかけとも読める。

まあまあの面白さ。

美しい佳作。

2015年4月13日

ウィリアム・シェイクスピア 『ロミオとジュリエット』 (白水社uブックス)

Filed under: 文学 — 万年初心者 @ 04:37

粗筋は小学生でも知っている作品だが、四大悲劇の中には入っていない。

イタリアのヴェローナを舞台に、モンタギュー家のロミオとキャピュレット家のジュリエットが宿敵同士の家柄でありながら愛し合い、悲劇的結末を迎える話。

これは実際原作を読んだ人しか知らないでしょうが、物語冒頭ではロミオが別の女性に狂わんばかりに恋をしており、心変わりなどありえないと口を極めて断言しているのだが、ジュリエットを見た途端、新たな恋に突き進んでいき、ついには死に至るまでになる。

こういうわけで、少なくとも表面上は純愛や自由恋愛を礼讃しているようには見えない。

なお、シェイクスピアの他の多くの作品と同じく、原型となった物語はすでに存在していたそうである。

あまり大きな感動というものは無かった。

知名度の割りに代表作とは言い切れないのには、やはり理由があるのかなと思った。

2015年4月9日

ギュスターヴ・フローベール 『感情教育 上・下』 (河出文庫)

Filed under: 文学 — 万年初心者 @ 06:14

二月革命前夜のフランス、主人公の青年フレデリック・モローと、貞淑で美しい人妻アルヌー夫人、高級娼婦ロザネット、純朴な田舎娘ルイーズ、資産家の妻ダンブルーズ夫人という四人の女性との恋愛を中心に描かれた小説。

いつもの通り前半はややかったるい。

後半、二月革命勃発後の社会背景の描写はかなり面白い。

フレデリックの周囲にいる現状変革志向の人々に対する著者の目は相当冷ややかである。

身の程を弁えない空疎な理想主義とブルジョワ的俗物主義に社会が引き裂かれ、混乱を極める中、ついには自ら独裁を希求するようにすらなる民衆の姿がはっきりと読み取れる。

ユーゴー『レ・ミゼラブル』からは決して得られないリアリズムを感じた。

小説を読むのに予備知識を得ておくというのも変な話だが、実際トクヴィル『フランス二月革命の日々』マルクス『ルイ・ボナパルトのブリュメール18日』を読んでおけば、本書をより良く理解できると思います。

ちょっと量は多いが、中々良い。

『ボヴァリー夫人』よりこちらの方が個人的には好き。

恋愛小説としてだけでなく歴史小説としても読むことができるし、むしろその面が面白かった。

知名度は『ボヴァリー夫人』に劣るが、作品の価値は19世紀小説の代表作として同等ではないでしょうか。

2015年4月5日

戸髙一成 『海戦からみた太平洋戦争』 (角川oneテーマ21)

Filed under: 近代日本 — 万年初心者 @ 08:05

著者には『海戦からみた日清戦争』『海戦からみた日露戦争』もあり。

それぞれ黄海海戦・日本海海戦が中心。

太平洋戦争では膨大な戦いが積み重ねられたので、同様の叙述は不可能。

あえて言えば、決定的海戦は1942年のミッドウェー海戦ではなく、1944年マリアナ沖海戦およびレイテ沖海戦であり、それ以前は個々の戦闘経過記述よりも背景説明に重点を置いている。

1907年帝国国防方針によって米国を仮想敵国とし、侵攻してくる米艦隊に対し邀撃(ようげき)・漸減作戦を採るものとされていたが、山本五十六は開戦当初での徹底攻撃を主張。

山本は36年12月~39年8月まで海軍次官(以後は連合艦隊司令長官)。

37年2月~39年8月の米内光政海相、37年10月~39年10月井上成美(しげよし)海軍省軍務局長と共に日独伊三国同盟に反対を貫く。

40年以降は(1月~7月は米内内閣にもかかわらず)海軍も開戦に積極的となる。

真珠湾攻撃が不徹底だったとの指摘について。

山本以外の幕僚はやはり伝統的漸減作戦に固執しており、短期決戦に持ち込むため「敵士気を喪失させる」というところまで考えず。

山本の真意はあくまで避戦だったが、軍人としての功名心との葛藤。

空母を主要目標としないことは山本自身が決定。

敵士気喪失が狙いなので、あえて当時主戦力と考えられていた戦艦を目標とした。

しかし(大使館による通告遅れという想定外の事態があったものの)米世論を完全に読み違え、対日報復感情を激化させてしまった。

こうした山本ははたして「知米派」か?

「真珠湾で沈められた戦艦が浮揚修理されたので、攻撃は無意味」とするのは山本の真意からずれているが、山本の米国理解に問題あり。

開戦後、連合艦隊司令部に軍令部が振り回され、前者は夢想的な積極策を立案するが、しかしハワイ攻略や、ましてや米本土上陸など不可能。

その積極策が完全に挫折したミッドウェー海戦での第一航空艦隊の護衛戦力が戦艦2隻、重巡洋艦2、軽巡洋艦1、駆逐艦9。

いかにも少ない。

空母に随伴できる速力を持つ艦艇はすべて張り付けるくらいじゃないと・・・・・。

ミッドウェー敗北以後は(実際には43年制定の)「絶対国防圏」(いわゆる内南洋と西ニューギニア)で守勢戦略を採るべきで、ソロモン・ギルバート・マーシャル諸島は放棄すべきだった。

現実には42年後半から44年前半にかけて後者で激烈な消耗戦が行われ、日本海軍は戦力を劇的に低下させてしまう。

まず南ソロモンのガダルカナル島での攻防。

ここでの損害ももちろん大きかったが、43年2月撤退後もソロモン諸島とニューギニアで航空戦力を消耗。

ガダルカナル戦半年間で海軍機2076機喪失だが、その後1年間のソロモン諸島攻防戦で9697機喪失と記されている数字に驚く。

この後者の損害こそが致命的であり、44年前半から、戦力を大拡充し満を持して内南洋のカロリン・マリアナ・パラオ諸島に侵攻してきた米軍に対する大敗に繋がった。

結局、日米の今大戦は太平洋上に点在する洋上航空基地をめぐる攻防戦になったが、日本側は陸海軍の連携不備で、海軍は「敵艦隊撃滅」に固執しすぎ、陸軍の方がまだしも合理的と思われる面すらあった。

44年前半、せっかく整備した内南洋の基地航空隊も米機動部隊に各個撃破され、海上補給護衛の不備はただでさえ乏しい生産能力を一層低下させた。

射程が長く航跡が見えにくい酸素魚雷は、日本が開発した中でも技術的に隔絶して優れたものだったが、それがかえって突撃精神を奪った面もある。

なお、ある歴史雑誌で、「珊瑚海海戦」「ミッドウェー海戦」「第2次ソロモン海戦」「南太平洋海戦」「マリアナ沖海戦」という日米間の五つの空母決戦のうち、日本側が戦術的勝利を収めたとされる「珊瑚海海戦」と「南太平洋海戦」でも戦略目標達成には失敗しているのだから(前者は「ポートモレスビー攻略」、後者は「ガダルカナル島奪還」)、結局日本海軍は空母戦で米国に事実上全敗しているとの記事を読んで衝撃を受けたことがあったが、考えてみれば確かにそうとも言えるか。

惨敗した「ミッドウェー海戦」と「マリアナ沖海戦」では、それぞれ「ミッドウェー島攻略と米空母撃滅」および「サイパン島死守と日本本土の米長距離爆撃圏内化阻止」という戦略目標はもちろん失われているし、引き分けの「第2次ソロモン海戦」でも「ガダルカナル島奪還」に失敗している。

44年6月のマリアナ沖海戦で帝国海軍の空母部隊は事実上壊滅し、日本の敗北が決定的となる。

続くレイテ沖海戦では戦艦部隊も消滅、特攻作戦でわずか数機で護衛[小型]空母撃沈1隻撃沈の戦果を挙げるが、これは隙を突いた好条件に恵まれたからで以後は成り立たず。

最後、原爆を輸送した帰り、日本軍潜水艦に撃沈された米重巡洋艦インディアナポリスの例を引き、将兵の権利と義務、責任の所在についての話をしておしまい。

 

ざっと読んだが、悪くない。

そもそも一冊で太平洋海戦史を語るのは不可能。

これはまだいい方でしょう。

2015年4月1日

ウィリアム・ゴールディング 『蝿の王』 (集英社文庫)

Filed under: 文学 — 万年初心者 @ 05:46

もちろん高校教科書に載るほどの知名度は無く、1954年発表とは言え、著者は1983年ノーベル文学賞受賞、1993年没と、基本的に現代文学に含まれるものなので、取り扱わなくてもよいかと思ったが、これはどうしてもと思ったので読んでみた。

初版を出した出版社の責任者は、保守思想家としても著名な詩人T・S・エリオットだったそうである。

核戦争から疎開したイギリスの少年たちが乗った飛行機が無人島に不時着、当初は皆一致協力して生き抜いていく見込みが立ったものの、やがて相互不信と敵意と憎悪にのみ込まれ、おぞましい相互殺戮に至る悲劇を描く。

群衆心理の虜になり、規律と秩序の必要を説く少数派への集団的暴力に酔い、自分たちの気まぐれな感情を絶対視する少年たち・・・・・。

自由な人間が自分たちの理性だけを頼りにして個人間の自発的な契約によって社会を形作ることができるという考えに対する根本的懐疑を感じる。

人間に性善の可能性があるとしても、それは自己の内部にある性悪を真正面から直視し自制することからしか得られないということを思い知らせてくれる名著。

本書について、伝統も信仰も常識も位階的秩序も失い、革命と戦争での大量殺戮に耽る20世紀以降の民衆の姿を暗示していると考えるのは、余りにも凡庸な解釈でしょうか?

しかし私にはそうとしか思えない。

疑いようも無く確固として上位にある、外的な権威と権力によって悪夢から目覚め、(とりあえずは)救われるというラストを読むと特にそう感じる。

やはりすごい作品。

知名度だけから言えば、私のレベルでは読まなくてもいい本だが、これは読んで良かった。

本当に圧倒される。

文学の持つ力を実感させられる名作です。

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