万年初心者のための世界史ブックガイド

2015年3月14日

中野剛志 柴山桂太 『グローバル恐慌の真相』 (集英社新書)

Filed under: 史論・評論 — 万年初心者 @ 06:49

著者の一人、中野氏の『国力とは何か』(講談社現代新書)が素晴らしかったので、本書も手に取る。

 

第一章、グローバル化の問題点とその欠陥に嵌まった米国と世界について考察。

まず、新自由主義的構造改革とばらまき的福祉政策という両極端の、しかし共に最もレベルの低い経済思想に振り回される愚を説く。

リーマンショック後の経済危機の根本的原因の一つは世界的な経常収支不均衡、グローバル・インバランスである。

米国の住宅バブルによる過剰消費と輸入激増が危機直前までの表面的好景気を支えていた。

それが可能になったのは、1971年ニクソン・ショック以後の金融自由化によって、アメリカへの資本移動があれば経常収支の赤字を埋め合わせられる体制を米国主導で構築したから。

「1.国際的な資本移動の自由」、「2.為替の安定化」、「3.各国の金融政策の自律性」の三つ全てを同時に満たすことは出来ないという、国際金融システムのトリレンマ理論があるが、戦前の第一次グローバル化時代ともいうべき金本位制時代は1と2が満たされ、戦後ブレトンウッズ体制下では2と3が、そしてポスト・ブレトンウッズ期で第二次グローバル化時代の現在までは1と3が満たされている。

金本位制下においては貿易赤字の国は必然的に金融引き締めとデフレ政策を取らざるを得なくなり、国民生活は極めて不安定になる。

その反省から生まれたブレトンウッズ体制下では安定した経済成長が可能であったが、米国の国力低下からその体制は崩壊。

その代わりに米国主導で推進された金融と資本移動の自由化は、米国の貿易赤字をカバーしたが、必然的にバブルの発生と崩壊、その後遺症としてのデフレを生み出す。

本来なら米国は製造業復興による格差是正と輸入縮小、日独・新興国は内需拡大を目指すべきだが、富裕層に政治を牛耳された米国は格差是正の政策に取り組めず、他国は自由貿易とグローバル化による過当競争とデフレ圧力で賃金は伸びず内需は一向に拡大しない状態になっている。

結局全ての国がゼロ・サム的な外需獲得競争に走り、それが国際対立を激化させている。

 

第二章、デフレで苦しむ日本について。

根本的な不確実性の中で投資を行い、時間的にかけ離れた将来の収益に期待をかけるのが資本主義の本質。

ところがデフレ下においては、経済合理的に考えて誰も投資や消費を増やすことをしない。

資本主義の心肺停止とも言うべき異常事態である。

インフレ抑制のための金融引き締めは有効だが、「紐では押せない」という例えの通り、デフレ解消のためには金融政策は無力である。

民間以外の経済主体、すなわち政府が強力な財政出動を行わない限り、デフレからの脱出は絶対に不可能。

かつてジェームズ・ブキャナンら新自由主義的な経済学者は、民主主義体制でのケインズ政策は必ず放漫財政がはびこらせ、過度のインフレを引き起こす、と主張した。

ところが、現在日米欧の多くの先進国では有権者の多数によって、緊縮財政と「小さな政府」が支持され、一層のデフレ化と格差拡大が進んでいる。

なぜこんな事態が生じるのか。

圧倒的多数の国民を煽動しその利益に反する政策に同意させ、国際経済をバブルとデフレで不安定化して利益を得ているのは誰か。

それは実体経済と密接に関係する産業資本とは異なる、金融資本以外にあり得ない。

金融資本とその支配下にある情報産業が国家の統制に服さず、野放しになっているのが、現代世界の危機の根本的原因である。

内需縮小に苦しむ各国は海外進出と外需獲得競争に乗り出し、国際対立を激化させ、結果新自由主義的政策は先祖帰りして、世界を重商主義的競争に引きずり落としてしまった。

 

第三章、中国とヨーロッパの危機について。

中国の高度成長は低賃金と外資導入によって成し遂げられたもので、内需主導型で社会格差を縮小させつつ進んだ日本の高度成長とは異なる。

国民統合が未成熟な中国では、国内格差拡大を是正するための政策には漢民族と非漢民族だけでなく、漢民族同士の間にも同意が得られない。

現在EUで起こっているような国際対立が、中国では一国の地方間で起こっている。

表面的なGDP成長率の高さにも関わらず、中国は常に分裂と破綻の危機と隣り合わせにいる。

 

中野  ・・・・・結論から言えば、ケインズ主義的な不況対策というのは、国民統合された福祉国家でないと機能しないんですね。・・・・・マクロ経済管理ができない国はグローバル化してはいけなかった。中国やロシアなど、日本人が羨ましがっていた「成長する新興国」は、マクロ経済運営に必要な条件もないのに、グローバル経済に接続されてしまった。防波堤なしで荒波にさらされているという状況なのに、日本人はそのことを全然知らないんですよね。

 

柴山  明治以降の戦前の日本も、ほとんど準備もないままにグローバル経済に接続されて、大混乱に陥りましたからね。経済格差は広がるわ、戦争はしなきゃいけないわ、財政は常にピンチだわという状況のなかで、結局、国はもたなかったですからね。

経済発展が大事ってみんな言いますが、その前にまずしっかりとした国家が形成されるプロセスが必要なんです。政治学でも、最近ようやくネイション・ビルディングとかステイト・ビルディングという概念が注目を集めている。日本語で言えば「国づくり」ですね。

経済の発展以前に、きちっとした信頼できる政府が存在すること、市民社会で一定の法の秩序やルールが守られていること、また政府と市民社会の間に企業や地方自治体、あるいはメディアや業界団体などの中間集団があって、それらが複雑に連携して秩序を形成している。そういう条件が整ってこそ国家は安定するし、政府の経済政策も、社会政策も有効になるということなんですね。

 

中国の発展を必然視し、対中宥和を説く左派も(こんな連中もほとんどいなくなったが)、同じく中国の高度成長を既成事実として(秘かに嫉視しつつ)脅威とみなし、対中強硬論と日米同盟を絶対視する右派も(こちらは腐るほどいる)、どちらもどうかしてますよ。

私は、日本が近い将来危機に陥った中国に対して、かつての円借款のような経済援助を(「日中友好」などという空疎なお題目ではなく、隣国の大混乱の影響が及ぶのを防ぐという、日本自身の国益のために)行う必要が出てくるのではないかとさえ思っている。

(南北統一後、莫大な負債を背負い込み、現在のいびつな外需主導型経済発展が破綻することが確実な韓国に対しても同様。)

 

 

第四章、経済ナショナリズムの思想について。

歴史学派経済学のリストが唱えた保護主義は正統派経済学からは異端視されているが、それへの再評価を述べる。

この章で最も重要な主張は、保護主義と重商主義とは違うということ。

重商主義はある特化した分野に資源と保護を与えて外需を獲得することを目指すもの。

保護主義は鎖国主義でも自給自足主義でもなく、国民国家の長期的で安定した繁栄のためにバランスの取れた経済発展を主張するもの。

貿易自由化と国際競争力強化を金科玉条とする新自由主義は、むしろアダム・スミスが批判した重商主義に近い。

労働、農業、環境など本来馴染まないものにまで市場化が強行された結果、社会に甚大な弊害が及んでいる。

歴史的に見ても、アメリカが世界一の工業国になるまでは世界で最も保護主義的な国であったし、帝国主義の背景を成す大不況は第一次グローバル化時代とでもいうべき時期に起こった。

さらに保護主義が1930年代の大恐慌をより悪化させ、世界大戦の原因になったという定説は根拠が薄い。

財政出動と内需拡大によって、帝国主義的対外進出と市場獲得競争を避けようとするケインズ政策は、むしろ一定の保護主義とセットになっていなければ効力が弱まる。

グローバル化で貿易と資本の自由化が進みすぎて、ケインズ政策の効果が薄まり、そのうち財政難に陥る危機が、日本を含め世界を苦境に導いている。

 

 

 

素晴らしい。

時事的なテーマについての対談本というと、いい加減なものも多いが、本書は全く隔絶した内容を持っている。

2011年刊行だが、中身はいささかも古びていない。

この記事で触れなかった部分でも様々な叡智に満ちた知見を得られる。

是非お勧め致します。

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