万年初心者のための世界史ブックガイド

2015年3月7日

ドストエフスキー 『悪霊 全3巻』 (光文社古典新訳文庫)

Filed under: 文学 — 万年初心者 @ 07:38

1872年完結の作品。

1869年モスクワで起こった、バクーニンの影響を受けた革命組織内の同志殺人事件(ネチャーエフ事件)を知り、かつて自身も加わった急進的革命運動を徹底的に批判するために執筆されたという、ドストエフスキーの「反動性」が遺憾なく発揮された作品。

実は学生時代にも一度通読はしているのだが、その時は無理やり読み終えたという感じで心に残るものが無く、自分の感受性の鈍さに失望したことを覚えている。

(ジャンルが全く違うが、大いに期待していた名著を読んでも、予想を大幅に下回る満足感しか得られなかったという点ではトゥキュディデス『戦史』の初読時もそうだった)。

おそらくそれは、ドストエフスキーの政治的意図と主張を読み取ろうという意志が強すぎて、物語にうまく入り込めなかったせいだと思われる。

そして今回、この新訳で再挑戦するつもりになったのだが、やはりちょっとだるい。

危うく、全く同じ轍にはまるところだった。

主要登場人物は、ワルワーラ夫人とその子ニコライ・スタヴローギン、ステパン・ヴェルホヴェンスキーとその子ピョートル、キリーロフ、シャートフ、リプーチン、シャートフの妹でワルワーラ夫人の養女となったダーシャ、夫人の友人の娘リーザ、レビャートキンとその妹で狂気に駆られたマリヤなど。

まず第一部で細々とした家庭内の軋轢等の描写が続き、何やら面食らってしまう。

下手するとここで挫折しかねない。

あまり難しいことは考えず、奇妙な登場人物が織り成す人間模様を観察するくらいの気持ちでいた方がいいでしょう。

第1巻だけで10日ほどかかった。

何とか続ける。

2巻では、いよいよ本題に入った感がある。

伝統への確信を失い、矯激で傲慢な若い世代に迎合する旧世代の人々、旧来の価値観を全面的に否定する一方、自らを律するものを全て失い、異常行動に走り、互いに憎悪と破壊衝動を抑えられない革命家気取りの若者たち。

「自由」が社会を腐食させ、破滅への道を準備したとしか言いようが無い。

20世紀以降の、実際のロシアと世界は、本書で描かれた数千万倍の狂信と政治的暴力に飲み込まれて破滅した。

そして次の破滅的事態への猶予期間に過ぎない現在を「自由民主主義が勝利した時代」と礼賛する始末です。

自殺に至る本物のニヒリストであるキリーロフ、ロシア民族主義者のシャートフ、両者にその思想を吹き込みながら本心ではそれを信じていないスタヴローギン、破壊そのものを目的に卑劣な煽動を繰り返すピョートルなどの有様を詳細に描いている。

これら新世代の破壊的思想には寛容なくせに、一方では労働者の当然の権利を卑小な利己主義から踏みにじり、自ら墓穴を掘る既存体制の矛盾も鋭く抉られている。

3巻に入ると、物語は「革命ごっこ」に過ぎない事件から、殺人と自殺の連鎖で、一気に悲惨な終焉に向かう。

息子ピョートルら革命家という鬼子を生み出してしまった、愚かな進歩派のステパン・ヴェルホヴェンスキーが伝統的信仰へ「改心」する以外、何の救いも無い物語だ。

政治小説という感じではない。

読み始めてからギアが入ってスラスラ読み進めるようになるまで時間がかかるというのは私のいつもの癖だが、この作品には特にそれが当てはまる。

相当の長さだが、第二部の途中からは流れるように読めた。

しかし、そこにたどり着くまでがキツイ。

第一部をどう乗り切るかがカギになるでしょう。

読了後の充実感は間違いなくあったので、やはり再読して良かったとは思う。

だが、第一部を読んでいた時は、ひょっとして投げ出してしまうかとも思ったので、最初はとにかく慎重に、少しずつ読み進めて下さい。

(なお、この版での訳文は素晴らしいが、やはり訳者亀山郁夫氏の解説はしっくりこないと感じたことを付け加えておきます。)

重厚な意味を持った作品だとは思うが、個人的には『罪と罰』『カラマーゾフの兄弟』を読んだ際ほどの感激はありませんでした。

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