万年初心者のための世界史ブックガイド

2015年3月28日

アントニー・エヴァリット 『ハドリアヌス  ローマの栄光と衰退』 (白水社)

Filed under: ローマ — 万年初心者 @ 07:49

ローマ五賢帝の三人目、プブリウス・アエリウス・ハドリアヌス・アフェルの伝記。

西暦76年生まれ。

ヴェスパシアヌス帝治下。

ローマ生まれだが、一族はヒスパニア・バエティカ属州出身。

ただし祖先は移住したローマ人。

父方の祖父の妻の兄がトラヤヌスという名の人物で、その子がマルクス・ウルピウス・トラヤヌス帝。

10歳頃に父が死去し、後見人アッティアヌスとトラヤヌス帝、皇妃プロティナの保護を受け、トラヤヌスの親友ルキウス・リキニウス・スラの知遇も得る。

ギリシア贔屓で狩り好き、呪術へ傾倒する青年として育つ。

この辺の記述を読んで驚いたのが、48年に行われた帝国人口調査で、全人口6000万人のうち約10%がユダヤ人だったというところ。

ネロ帝末期にユダヤ人は反乱を起こし、ヴェスパシアヌス帝の長子ティトゥスによって鎮圧される。

ティトゥスの弟ドミティアヌスは即位後、徐々に恐怖政治を敷き、告発人(デラトル)が暗躍する。

この時代から次代にかけては、タキトゥス、小プリニウス、プルタルコス、諷刺詩人ユヴェナリス、現実政治上の抵抗勢力になったストア派哲学者エピクテトスら、錚々たる文人たちがいる。

ダキア王デケバルスが帝国に侵入、これに対する防衛策を講ずる中で軍人としてトラヤヌスが台頭。

ハドリアヌスもパンノニア軍団高級将校となりモエシアへ赴任。

96年ドミティアヌス暗殺。

後任のネルヴァは五賢帝時代を開いた名君だが、ドミティアヌスともかつてのネロにも忠実ではあった。

ここである執政官の「誰も何もできない社会を作る皇帝は悪いが、誰でも何でもできる社会を作る皇帝はもっと悪い」という言葉が紹介されているのが印象に残った。

即位翌年の97年近衛隊の反乱が勃発、ネルヴァ帝が一時拘束される。

五賢帝時代にはそぐわぬ史実ではある。

ネルヴァ帝は毅然とした態度を持したが、ドミティアヌス暗殺者が引き渡され殺されてしまった。

この苦境の中、ネルヴァはトラヤヌスを養子に指名。

これにはスラの巧みな工作もあったと思われる。

ネルヴァが死去し、トラヤヌスが即位すると、反乱を起こした元近衛隊長官と密告者を処刑、ハドリアヌスはスラやプロティナ、またトラヤヌスの姉の娘マティディアの後ろ盾を得て、厚遇される。

結局、マティディアの娘ウィビア・サビナと結婚することにもなる。

ただ自身の姉の夫セルウィアヌスとハドリアヌスは不仲。

妻のサビナとは冷たい関係で、むしろマティディア、プロティナと親密。

ハドリアヌスとプロティナとの肉体関係を匂わす見方もあるが、本書ではそれは否定されている。

理由は、プロティナの高潔さでは全ての史料が一致しており、さらに「彼[ハドリアヌス]は女性よりも男性に対して性的興味をもっていた」から。

101年第一次ダキア遠征、ムーア人指揮官ルシウス・クイエトゥスの活躍で翌年ローマ有利の講和。

105年第二次遠征、106年デケバルス死、属州ダキア設置。

スラが死去。

ハドリアヌスは明確な後継指名は受けなかったものの、辛抱強く忠誠を尽くす。

アリメンタ制(児童扶助)や中産階級保護など内政にも努めたトラヤヌスは「至高の皇帝(オプティムス・プリンケプス)」の称号を得る。

ポントゥス・ビテュニア属州総督小プリニウスに宛てた、キリスト教徒への匿名密告は決して取り上げないようとの有名な手紙が残されている。

ハドリアヌスはエピクテトスに師事、ギリシアを訪問、ギリシア風に髭を生やすようになる。

113年対パルティア戦、ハドリアヌスは軍のナンバー2に就任、有能なクイントゥス・マルキウス・トゥルボを配下に置く。

115年には冬都クテシフォンを占領するが(夏都はエクバタナ)、長期保持はできず。

117年キリキアのセリヌスでトラヤヌス死、ハドリアヌスが即位。

陰謀があったとの説も囁かれるが、この種の噂は必ず出るものだし、結局真相は永久に不明でしょう。

即位後、領土拡張策は放棄され、防衛策に転換。

アルメニア・メソポタミア・アッシリアの三属州を放棄、ダキアのみを保持、これで高校世界史でも教えられる「トラヤヌス帝時代=最大版図」との図式が成立。

市民には不評であったが、この政策転換にはこの頃完成したタキトゥス『年代記』の影響があると書かれているのは、非常に面白かった。

つまりアウグストゥスのゲルマニア征服放棄方針を記述した史書の記述が、同時代の政治に影響を与えたわけである。

118年近衛長官アッティアヌスの告発で四人の執政官経験者を処刑(このアッティアヌスは幼少時の後見人と同名だが、両者がどういう関係なのか読み取れず)。

その四人は、アウルス・コルネリウス・パルマ、ルキウス・プブリウス・ケルスス、ルシウス・クイエトゥス、ガイウス・アヴィディウス・ニグリヌス。

(ルシウス・クイエトゥスは上のダキア遠征でのムーア人指揮官と同一人物だろう。)

対外的消極策に転換すると同時に内政面でも治世の安定を重視。

121~125年属州視察。

軍規を回復し、民生に配慮、キリスト教への穏健な態度を貫き、悪意の中傷者への怒りを示す(二代後の哲人皇帝マルクス・アウレリウス・アントニヌス帝がキリスト教徒に厳しい政策を採ったのと対照的)。

この頃、諜報機関に務めていたスエトニウス(『皇帝伝』の著者)が解任されているが、真相は謎。

それによって『皇帝伝』のうち「ティベリウス伝」より後の章では公的な一次史料を使えなくなった。

ブリタニアで長城を建設、ヒスパニアで精神異常の男に切りつけられたが、その男を処罰せず、医者に引き渡したという、世界史上の著名人物の美談でもとりわけ印象的な話もこの時期。

(315ページの「一一二年の冬」という記述は「一二二年」の間違いでは?)

ビテュニアでは、当時15歳くらいの美少年アンティノウスと出会う。

ローマ法の発展の上で画期となった、ルキウス・サルウィウス・ユリアヌスによる『永久告示録』の制定。

法律・条令の他、法務官や属州総督の司法方針の告示を含む。

ハドリアヌスには男子がおらず、後継者問題が発生。

不仲の義兄セルウィアヌスの娘の子ペダニウス・フスクスが候補に浮上。

同時に元老院議員マルクス・アンニウス・ウェルスも重要人物に。

子と孫も同名で、子が死んで孫が祖父に育てられ、この孫が後にマルクス・アウレリウス・アントニヌス帝となる。

再度の属州訪問。

ユダヤ属州にギリシア化政策を適用。

130年アンティノウスがエジプトで溺死。

事故か自殺か不明。

殺害説はさすがに根拠が薄い。

ローマ・エジプトともに人身御供の風習は無い。

しかし呪術への傾きからすると完全には否定しきれず。

アンティノウスは死後神格化され、ローマに忠誠を誓いつつギリシア的独自性を保つシンボルとして用いられる。

このように、ともかくも文明的融和を成し遂げたギリシアとローマとは違い、131~133年最後のユダヤ反乱が勃発。

それが鎮圧された後、ユダヤ人は故郷から追放され、20世紀まで続く民族離散となる。

ハドリアヌスは重い病を得て、周囲との軋轢が激しくなる。

最側近のクイントゥス・マルキウス・トゥルボすら失寵。

後継者として養子指名したのはルキウス・ケイオニウス・コンモドゥス。

(後に起こったことを考えると、やはり末尾の名は不吉だなあ・・・・・。)

彼をルキウス・アエリウス・カエサルと改名させる。

実は、即位直後に処刑された四人の元老院議員のうちの一人、ニグリヌスの継子がルキウス。

かつての敵対勢力との和解によって帝国の安定を確保するのがハドリアヌスの意図だったと思われる。

しかしそれに不満を持つフスクスらが陰謀の罪状で処刑され、セルウィアヌスにも死を与えられる。

同じ頃、妻のサビナも死去(これに不審な点は無い)。

ところが、肝心のルキウス・アエリウス・カエサルも病死。

結局、ティトゥス・アウレリウス・フルウィウス・ボイオニウス・アッリウス・アントニヌスが後継者となり、ティトゥス・アエリウス・ハドリアヌス・アントニヌスと改名、彼がアントニヌス・ピウス帝。

後継者アントニヌスは、故ルキウス・アエリウス・カエサルの子ルキウス・ウェルスとマルクス・アンニウス・ウェルス(後のマルクス・アウレリウス・アントニヌス帝)を養子とする。

厭世的になったハドリアヌスは自殺を望むが、アントニヌスの説得によって思いとどまり、138年に死去。

故皇帝への反発が渦巻く元老院に対して、アントニヌス・ピウスが抗弁、説得に努め、ハドリアヌスの神格化を決議。

殺された元老院議員の従兄である史家ディオ・カッシウスも、ハドリアヌスの統治を公平に評価。

一方、マルクス・アントニヌス・アウレリウス帝は、ハドリアヌスへの冷淡な態度を取り、親近感を持たず。

 

 

古代の通俗的史書『ヒストリア・アウグスタ』からの引用が多数。

京都大学学術出版会の西洋古典叢書から『ローマ皇帝群像』というタイトルで邦訳が出ているようだが、これを読みたくなってくる。

著者は大学の専門的研究者ではなく、ジャーナリスト出身。

ややレベルが高いかと思ったが、そんなことはない。

『ローマ人の物語』の該当巻を事前に読むくらいなら十分。

同じ白水社からキケロ伝とアウグストゥス伝も出ている。

ローマ社会の背景説明が巧み。

各章がそれほど長くなく一定で、読みやすい。

一日2、3章ならペースを掴みやすくて、楽に読める。

1週間から10日で通読可能。

必読とまでは言いませんが、機会があれば、手に取ることをお勧めします。

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2015年3月24日

スタンダール 『パルムの僧院 上・下』 (新潮文庫) 

Filed under: 文学 — 万年初心者 @ 06:34

訳者は大岡昇平。

フランス軍侵攻からナポレオン没落後のウィーン体制下のイタリアを舞台にした恋愛・政治小説。

オーストリア支配下のロンバルディア・ヴェネツィア王国(ミラノが中心)の貴族ファブリス・ヴァルセラ・デル・ドンゴが主人公。

物語冒頭、フランス軍とナポレオンが文字通り解放者だったと言わんばかりの記述に鼻白む。

スタンダール(本名アンリ・ベール)自身が従軍していたのだからやむを得ないか。

ファブリスが熱に浮かれてワーテルローに向かい、戦場に紛れ込んだ描写は詳細で面白い。

そしてナポレオンの決定的没落後、当局の追及を避けてパルム(パルマ)公国に逃れ、美しい叔母ジーナ(後のサンセヴェリーナ公爵夫人)とその愛人の有力政治家モスカ伯爵の庇護を受け、聖職者として出世の道を歩む。

ファブリスと叔母は精神的近親相姦と思えるほど緊密な関係で、モスカ伯爵との奇妙な三角関係を窺わせるが、実はファブリスはあるフランス軍士官との間の子であるとの仄めかしが物語冒頭であります。

彼ら三人は内心自由主義的考えを持ちつつ専制君主である大公に仕える。

反対派の自由主義党としてファビオ・コンチ将軍、ラヴェルシ侯爵夫人が出てくるが、彼らはかなり低劣な人物として描かれている。

(専制君主の手先で陰険な検察長官ラシも。)

ファブリスはある殺人事件の当事者となり投獄され、そこで毒殺される危険に瀕し脱獄、政敵コンチ将軍の娘クレリアと恋仲になって、という具合に物語は展開していく。

ウィーン体制下の専制君主国における政治的陰謀と権力闘争の実情がよく描かれている政治小説。

『赤と黒』よりもそうした時代背景が詳細に記述され、ストーリーの展開もより起伏に富んでいるので読みやすくはある。

しかし主人公にあまり共感を持てず、感情移入もできないのは同じ。

また文章中から垣間見れる、作者の社会観・歴史観にもあまり賛同できない。

(ヨーロッパ自由主義のさらに先を行っているアメリカ共和国への皮肉で冷笑的視線など、一部を除いて。)

そこそこ面白くはあるが、読了後もさほどの充実感は得られない。

身の程知らずの感想を言えば、やっぱりスタンダールは私には合いません。

ドストエフスキーなどを読み終えた際の感覚とは全く異なる。

スタンダールでは、他に『カストロの尼』『ヴァニナ・ヴァニニ』『恋愛論』などがありますが、初心者は『赤と黒』と本書の代表作二編を読んでいれば十分過ぎるでしょう。

2015年3月20日

レマルク 『西部戦線異状なし』 (新潮文庫)

Filed under: 文学 — 万年初心者 @ 08:05

両大戦間に書かれた極めて有名な反戦小説。

タイトルは「異常」じゃなくて「異状」です。

大学時代にジョージ・ケナン『アメリカ外交50年』の第一次世界大戦の章で引用されているのを見て買ったのだが、それきり1ページも読まずに処分してしまった。

この度、手に取ってみたら実に読みやすく、翻訳にやや古さを感じたものの、集中して取り組んだら実質二日で読めた。

青年志願兵(といってもほとんど強制徴用)が殺戮と膨大な死の中で現実生活との接点を失い、戦友との絆を別として、虚無感に陥る様を鋭く描写している。

銃後で無責任に好戦論を語るくせに、自らはほとんど何の犠牲も払わない民衆(の一部)も。

機械化・産業化された現代戦の悲惨さ、残酷さを眼前に突きつけられる。

核兵器の出現以前から、第一次大戦ですでに戦争が社会の均衡を根底からくつがえし、政治の一手段として遂行されるようなものではなくなっていたことがよくわかる。

どんな地域の、どんな時代においても、戦争はすべて悲惨なものに決まっているが、それでも18世紀のヨーロッパでは、それが平和と均衡の回復という目的に多少とも適合していると思わせる程度に制限されていた(マイケル・ハワード『ヨーロッパ史における戦争』参照)。

それが民主化と産業化の進行した19世紀に破局の準備がなされ、それが20世紀に最大限に不幸な形で爆発し、人類は滅亡の淵に立たされたわけである。

面白いというには深刻すぎる話だが、読みやすいことは間違いない。

文学的関心だけでなく、20世紀という時代の理解のためにも読むといい。

そろそろ光文社古典新訳文庫あたりで新訳を出して欲しいところですが。

(ただ著者の没年が1970年だから版権の問題があるかもしれません。)

機会があれば是非お手に取って下さい。

 

2015年3月18日

サン=テグジュペリ 『夜間飛行』 (光文社古典新訳文庫)

Filed under: 文学 — 万年初心者 @ 06:15

『星の王子さま』(『ちいさな王子』)の作者として有名。

1944年連合国軍の偵察機に乗り組んでコルシカ沖で消息を絶つ。

本書は南米での航空郵便事業に携わる人々とアルゼンチン・パタゴニアを飛ぶ飛行機の遭難の一日を描いた作品。

個人的な幸福や情愛を超えた、共同事業への責任と義務の必要を示唆し、付録のアンドレ・ジイドの序文の表現では「人間の幸福が、自由のなかにあるのではなく、責務を引き受けるなかにあるという・・・・逆説的真実」を示した作品。

そうしたモチーフには深く共感するのだが、どうもしっくりこない。

多分それは、航空事業という当時の最新テクノロジーの上に立ったフロンティア産業での営利を目的とした私企業で、公的規制を拒否して、パイロットや経営者のヒロイズムが発揮される話だからでしょう。

現在の行き過ぎた産業主義・資本主義の社会の様相を思い起こして、非常に嫌な気分になる。

130ページ程とごく短く、緊迫感のある文体で一気に読ませるが、どうしても心から感情移入は出来かねる。

まあ楽に読めたというだけで良しとします。

2015年3月14日

中野剛志 柴山桂太 『グローバル恐慌の真相』 (集英社新書)

Filed under: 史論・評論 — 万年初心者 @ 06:49

著者の一人、中野氏の『国力とは何か』(講談社現代新書)が素晴らしかったので、本書も手に取る。

 

第一章、グローバル化の問題点とその欠陥に嵌まった米国と世界について考察。

まず、新自由主義的構造改革とばらまき的福祉政策という両極端の、しかし共に最もレベルの低い経済思想に振り回される愚を説く。

リーマンショック後の経済危機の根本的原因の一つは世界的な経常収支不均衡、グローバル・インバランスである。

米国の住宅バブルによる過剰消費と輸入激増が危機直前までの表面的好景気を支えていた。

それが可能になったのは、1971年ニクソン・ショック以後の金融自由化によって、アメリカへの資本移動があれば経常収支の赤字を埋め合わせられる体制を米国主導で構築したから。

「1.国際的な資本移動の自由」、「2.為替の安定化」、「3.各国の金融政策の自律性」の三つ全てを同時に満たすことは出来ないという、国際金融システムのトリレンマ理論があるが、戦前の第一次グローバル化時代ともいうべき金本位制時代は1と2が満たされ、戦後ブレトンウッズ体制下では2と3が、そしてポスト・ブレトンウッズ期で第二次グローバル化時代の現在までは1と3が満たされている。

金本位制下においては貿易赤字の国は必然的に金融引き締めとデフレ政策を取らざるを得なくなり、国民生活は極めて不安定になる。

その反省から生まれたブレトンウッズ体制下では安定した経済成長が可能であったが、米国の国力低下からその体制は崩壊。

その代わりに米国主導で推進された金融と資本移動の自由化は、米国の貿易赤字をカバーしたが、必然的にバブルの発生と崩壊、その後遺症としてのデフレを生み出す。

本来なら米国は製造業復興による格差是正と輸入縮小、日独・新興国は内需拡大を目指すべきだが、富裕層に政治を牛耳された米国は格差是正の政策に取り組めず、他国は自由貿易とグローバル化による過当競争とデフレ圧力で賃金は伸びず内需は一向に拡大しない状態になっている。

結局全ての国がゼロ・サム的な外需獲得競争に走り、それが国際対立を激化させている。

 

第二章、デフレで苦しむ日本について。

根本的な不確実性の中で投資を行い、時間的にかけ離れた将来の収益に期待をかけるのが資本主義の本質。

ところがデフレ下においては、経済合理的に考えて誰も投資や消費を増やすことをしない。

資本主義の心肺停止とも言うべき異常事態である。

インフレ抑制のための金融引き締めは有効だが、「紐では押せない」という例えの通り、デフレ解消のためには金融政策は無力である。

民間以外の経済主体、すなわち政府が強力な財政出動を行わない限り、デフレからの脱出は絶対に不可能。

かつてジェームズ・ブキャナンら新自由主義的な経済学者は、民主主義体制でのケインズ政策は必ず放漫財政がはびこらせ、過度のインフレを引き起こす、と主張した。

ところが、現在日米欧の多くの先進国では有権者の多数によって、緊縮財政と「小さな政府」が支持され、一層のデフレ化と格差拡大が進んでいる。

なぜこんな事態が生じるのか。

圧倒的多数の国民を煽動しその利益に反する政策に同意させ、国際経済をバブルとデフレで不安定化して利益を得ているのは誰か。

それは実体経済と密接に関係する産業資本とは異なる、金融資本以外にあり得ない。

金融資本とその支配下にある情報産業が国家の統制に服さず、野放しになっているのが、現代世界の危機の根本的原因である。

内需縮小に苦しむ各国は海外進出と外需獲得競争に乗り出し、国際対立を激化させ、結果新自由主義的政策は先祖帰りして、世界を重商主義的競争に引きずり落としてしまった。

 

第三章、中国とヨーロッパの危機について。

中国の高度成長は低賃金と外資導入によって成し遂げられたもので、内需主導型で社会格差を縮小させつつ進んだ日本の高度成長とは異なる。

国民統合が未成熟な中国では、国内格差拡大を是正するための政策には漢民族と非漢民族だけでなく、漢民族同士の間にも同意が得られない。

現在EUで起こっているような国際対立が、中国では一国の地方間で起こっている。

表面的なGDP成長率の高さにも関わらず、中国は常に分裂と破綻の危機と隣り合わせにいる。

 

中野  ・・・・・結論から言えば、ケインズ主義的な不況対策というのは、国民統合された福祉国家でないと機能しないんですね。・・・・・マクロ経済管理ができない国はグローバル化してはいけなかった。中国やロシアなど、日本人が羨ましがっていた「成長する新興国」は、マクロ経済運営に必要な条件もないのに、グローバル経済に接続されてしまった。防波堤なしで荒波にさらされているという状況なのに、日本人はそのことを全然知らないんですよね。

 

柴山  明治以降の戦前の日本も、ほとんど準備もないままにグローバル経済に接続されて、大混乱に陥りましたからね。経済格差は広がるわ、戦争はしなきゃいけないわ、財政は常にピンチだわという状況のなかで、結局、国はもたなかったですからね。

経済発展が大事ってみんな言いますが、その前にまずしっかりとした国家が形成されるプロセスが必要なんです。政治学でも、最近ようやくネイション・ビルディングとかステイト・ビルディングという概念が注目を集めている。日本語で言えば「国づくり」ですね。

経済の発展以前に、きちっとした信頼できる政府が存在すること、市民社会で一定の法の秩序やルールが守られていること、また政府と市民社会の間に企業や地方自治体、あるいはメディアや業界団体などの中間集団があって、それらが複雑に連携して秩序を形成している。そういう条件が整ってこそ国家は安定するし、政府の経済政策も、社会政策も有効になるということなんですね。

 

中国の発展を必然視し、対中宥和を説く左派も(こんな連中もほとんどいなくなったが)、同じく中国の高度成長を既成事実として(秘かに嫉視しつつ)脅威とみなし、対中強硬論と日米同盟を絶対視する右派も(こちらは腐るほどいる)、どちらもどうかしてますよ。

私は、日本が近い将来危機に陥った中国に対して、かつての円借款のような経済援助を(「日中友好」などという空疎なお題目ではなく、隣国の大混乱の影響が及ぶのを防ぐという、日本自身の国益のために)行う必要が出てくるのではないかとさえ思っている。

(南北統一後、莫大な負債を背負い込み、現在のいびつな外需主導型経済発展が破綻することが確実な韓国に対しても同様。)

 

 

第四章、経済ナショナリズムの思想について。

歴史学派経済学のリストが唱えた保護主義は正統派経済学からは異端視されているが、それへの再評価を述べる。

この章で最も重要な主張は、保護主義と重商主義とは違うということ。

重商主義はある特化した分野に資源と保護を与えて外需を獲得することを目指すもの。

保護主義は鎖国主義でも自給自足主義でもなく、国民国家の長期的で安定した繁栄のためにバランスの取れた経済発展を主張するもの。

貿易自由化と国際競争力強化を金科玉条とする新自由主義は、むしろアダム・スミスが批判した重商主義に近い。

労働、農業、環境など本来馴染まないものにまで市場化が強行された結果、社会に甚大な弊害が及んでいる。

歴史的に見ても、アメリカが世界一の工業国になるまでは世界で最も保護主義的な国であったし、帝国主義の背景を成す大不況は第一次グローバル化時代とでもいうべき時期に起こった。

さらに保護主義が1930年代の大恐慌をより悪化させ、世界大戦の原因になったという定説は根拠が薄い。

財政出動と内需拡大によって、帝国主義的対外進出と市場獲得競争を避けようとするケインズ政策は、むしろ一定の保護主義とセットになっていなければ効力が弱まる。

グローバル化で貿易と資本の自由化が進みすぎて、ケインズ政策の効果が薄まり、そのうち財政難に陥る危機が、日本を含め世界を苦境に導いている。

 

 

 

素晴らしい。

時事的なテーマについての対談本というと、いい加減なものも多いが、本書は全く隔絶した内容を持っている。

2011年刊行だが、中身はいささかも古びていない。

この記事で触れなかった部分でも様々な叡智に満ちた知見を得られる。

是非お勧め致します。

2015年3月12日

ブレヒト 『肝っ玉おっ母とその子どもたち』 (岩波文庫)

Filed under: 文学 — 万年初心者 @ 06:51

『三文オペラ』の方が有名で代表作だろうが、読みやすそうなので、こちらを選んだ。

三十年戦争中の従軍女商人とその3人の子供たちを描いた戯曲。

何とも言えない哀感を与えて、戦争の悲惨さをしみじみと感じさせる筋立て。

なお作者は左翼的な演劇人で、戦後東ドイツを拠点に活動したため、以前は「結局、共産政権の御用文化人じゃないか」との悪いイメージを持っていた。

しかし、本書の末尾にある略年譜によれば(没年は1956年)、ナチから逃れる際、親しかった女優が大粛清中に行方不明になっていたのでソ連への亡命は避けたとか、戦後も共産政権の文化政策との軋轢が絶えなかったとか、1953年スターリン死亡後起こった東ベルリン・東ドイツ暴動では政権党たる社会主義統一党への原則的支持だけでなく、それへの批判的提案も行っていたのに、党機関紙が後者を無視し前者のみ報道したので、西側諸国から囂々たる非難を被ってしまったなどの事実が書いてあって、参考になった。

内容的にはなかなか良い。

とりあえず20世紀の名の知れた劇作家作品に気軽に触れられるという点では有益でしょう。

2015年3月7日

ドストエフスキー 『悪霊 全3巻』 (光文社古典新訳文庫)

Filed under: 文学 — 万年初心者 @ 07:38

1872年完結の作品。

1869年モスクワで起こった、バクーニンの影響を受けた革命組織内の同志殺人事件(ネチャーエフ事件)を知り、かつて自身も加わった急進的革命運動を徹底的に批判するために執筆されたという、ドストエフスキーの「反動性」が遺憾なく発揮された作品。

実は学生時代にも一度通読はしているのだが、その時は無理やり読み終えたという感じで心に残るものが無く、自分の感受性の鈍さに失望したことを覚えている。

(ジャンルが全く違うが、大いに期待していた名著を読んでも、予想を大幅に下回る満足感しか得られなかったという点ではトゥキュディデス『戦史』の初読時もそうだった)。

おそらくそれは、ドストエフスキーの政治的意図と主張を読み取ろうという意志が強すぎて、物語にうまく入り込めなかったせいだと思われる。

そして今回、この新訳で再挑戦するつもりになったのだが、やはりちょっとだるい。

危うく、全く同じ轍にはまるところだった。

主要登場人物は、ワルワーラ夫人とその子ニコライ・スタヴローギン、ステパン・ヴェルホヴェンスキーとその子ピョートル、キリーロフ、シャートフ、リプーチン、シャートフの妹でワルワーラ夫人の養女となったダーシャ、夫人の友人の娘リーザ、レビャートキンとその妹で狂気に駆られたマリヤなど。

まず第一部で細々とした家庭内の軋轢等の描写が続き、何やら面食らってしまう。

下手するとここで挫折しかねない。

あまり難しいことは考えず、奇妙な登場人物が織り成す人間模様を観察するくらいの気持ちでいた方がいいでしょう。

第1巻だけで10日ほどかかった。

何とか続ける。

2巻では、いよいよ本題に入った感がある。

伝統への確信を失い、矯激で傲慢な若い世代に迎合する旧世代の人々、旧来の価値観を全面的に否定する一方、自らを律するものを全て失い、異常行動に走り、互いに憎悪と破壊衝動を抑えられない革命家気取りの若者たち。

「自由」が社会を腐食させ、破滅への道を準備したとしか言いようが無い。

20世紀以降の、実際のロシアと世界は、本書で描かれた数千万倍の狂信と政治的暴力に飲み込まれて破滅した。

そして次の破滅的事態への猶予期間に過ぎない現在を「自由民主主義が勝利した時代」と礼賛する始末です。

自殺に至る本物のニヒリストであるキリーロフ、ロシア民族主義者のシャートフ、両者にその思想を吹き込みながら本心ではそれを信じていないスタヴローギン、破壊そのものを目的に卑劣な煽動を繰り返すピョートルなどの有様を詳細に描いている。

これら新世代の破壊的思想には寛容なくせに、一方では労働者の当然の権利を卑小な利己主義から踏みにじり、自ら墓穴を掘る既存体制の矛盾も鋭く抉られている。

3巻に入ると、物語は「革命ごっこ」に過ぎない事件から、殺人と自殺の連鎖で、一気に悲惨な終焉に向かう。

息子ピョートルら革命家という鬼子を生み出してしまった、愚かな進歩派のステパン・ヴェルホヴェンスキーが伝統的信仰へ「改心」する以外、何の救いも無い物語だ。

政治小説という感じではない。

読み始めてからギアが入ってスラスラ読み進めるようになるまで時間がかかるというのは私のいつもの癖だが、この作品には特にそれが当てはまる。

相当の長さだが、第二部の途中からは流れるように読めた。

しかし、そこにたどり着くまでがキツイ。

第一部をどう乗り切るかがカギになるでしょう。

読了後の充実感は間違いなくあったので、やはり再読して良かったとは思う。

だが、第一部を読んでいた時は、ひょっとして投げ出してしまうかとも思ったので、最初はとにかく慎重に、少しずつ読み進めて下さい。

(なお、この版での訳文は素晴らしいが、やはり訳者亀山郁夫氏の解説はしっくりこないと感じたことを付け加えておきます。)

重厚な意味を持った作品だとは思うが、個人的には『罪と罰』『カラマーゾフの兄弟』を読んだ際ほどの感激はありませんでした。

2015年3月3日

プルースト 『失われた時を求めて 2   スワン家のほうへ Ⅱ』 (岩波文庫)

Filed under: 文学 — 万年初心者 @ 03:44

タイトルが第1巻じゃないのは間違いじゃありません。

完結時には全14巻予定と、正気とは思えない長さ。

全体構成は、第一篇が「スワン家のほうへ」、第二篇「花咲く乙女たちのかげに」、第三篇「ゲルマントのほうへ」、第四篇「ソドムとゴモラ」、第五篇「囚われの女」、第六篇「消え去ったアルベルチーヌ」、第七篇「見出された時」。

さすがに長すぎるので、各種文学全集では、第一篇の「スワン家のほうへ」か、あるいはその中の第二部「スワンの恋」だけが収録されていることがある。

フランス本国でも、独立した一篇として「スワンの恋」が単独で刊行されているという。

それを言い訳にして、私も本書によって「スワンの恋」だけを読むことにしました。

と言うのも、プルーストには他の小説作品は事実上無い模様で、ジョイスについて『ユリシーズ』を無視して『ダブリン市民』を読んだようにはいかないので。

一応読み通してはみましたが・・・・・・苦しい。

19世紀末のブルジョワと貴族のサロンが舞台。

その細かな情景描写がひたすらだるい。

かなり粗い読み方で、何とか読了しただけです。

恋愛心理の分析が他の19世紀以前の小説とどう違うのか分からないし、小説技法上の「新しさ」も感じ取れない。

本書について私が持った唯一の印象は、「異様に読みにくい恋愛小説だな」というものでした。

書名一覧での主観的評価は「1」にするしかない。

文学」カテゴリを創って、評価に「1」や「2」を付けると、他人が見たら好き放題言ってるように見えるでしょうが、本人にすれば意外と苦痛に感じる面もあるんですよ。

「私は古典的価値があるとの評価が定着した作品の良さを理解するための知性も感性も持たない大馬鹿者です」と堂々と宣言しているようなものですから。

気後れはしますが、事実そうなのだからしょうがない。

ある種の作品は、私のレベルでは価値が理解できないし、愉しく読むなんて到底不可能です。

ただし、「自分が理解できない」ということと、その作品の真価とは全く関係が無いとはもちろん片時も忘れず自覚しています。

本書も結局、とりあえず名の知れた作家の作品を読んだ(というか目を通した)という事実を作って多少の見栄を張るだけのこととなりました。

まあやむを得んでしょう。

まだ文学だからそれが可能なんであって、哲学・思想関連になるとそれすらできませんから。

 

 

本日で総記事数が1161、「はじめに」と「おしらせ・雑記」と「引用文」の記事数合計が161、差し引きで紹介冊数がちょうど1000冊になりました。

多少のズレはあるかもしれませんが、まあおおむね1000冊です。

読んでいないのに記事にした本が相当数ありますので、文字通り1000冊読んだわけではありません。

また書名一覧を見て頂ければお分かりのように、多くが初歩的な啓蒙書で、抽象的な哲学書や難解な思想書などほとんどありません。

ですが、自分の知力や読書量からすれば1000冊というのは本来ありえない数字ですので、ある意味達成感はあります。

とは言え、読むべきだなと思いつつ手付かずのままの本や、補強が必要だなと思う分野はまだまだ山ほどあります。

それらを少しでもこなしながら、これからも細々とこのブログは続けたいと思っています。

次の目途としては、2000冊到達などはまず不可能でしょうから、とりあえず来年5月まで、10年続けることですかね。

これも数ヶ月更新停止が何回かありましたからえばれることじゃないですが。

仮にそこまで続いたとしても(あるいはその前に)、(予告なしに)また更新が止まったり、滞り気味になったりするかと思います。

あと、本の内容を事細かにメモするような記事は書くのが苦しいので、特に重要だと思う本以外は書かなくなるかもしれません。

普通に仕事してると、そうしないと続けるのはちょっと苦しいですね。

このブログを自分から閉鎖するつもりはないんですが、数ヶ月じゃなくて数年更新が止まった場合はさすがに死んだんだなとお考え下さい。

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