万年初心者のための世界史ブックガイド

2014年12月29日

ヘルマン・ヘッセ 『車輪の下で』 (光文社古典新訳文庫)

Filed under: 文学 — 万年初心者 @ 07:53

父親と郷里の人々の期待を一身に背負った優等生のハンス・ギーベンラートが神学校に入学するも、ある型破りな同級生との友情をきっかけに挫折し、機械工として再出発するが、束の間の苦い恋や仕事の厳しさを体験したのち、不幸な最期を遂げるという話。

ヘッセも著作が多く、何が代表作か分かりにくいが、とりあえず最も名が知られているのはこれか。

楽に読めるし分かりやすいので、これをこなしておけばいいでしょう。

学生時代に理想の自分と現実との違いに落胆したり、実社会の厳しさに直面し苦しむ主人公に共感したり、身につまされる人も多いでしょう。

何か深遠な真理の一端を覗かせてくれるといった本ではないかもしれないが、しみじみとした感慨を与えてくれる作品ですし、それで十分だと思います。

広告

2014年12月26日

マーク・トウェイン 『ハックルベリー・フィンの冒険  上・下』 (光文社古典新訳文庫)

Filed under: 文学 — 万年初心者 @ 08:03

前作『トム・ソーヤーの冒険』は児童文学扱いだが、文学的評価はこちらの方がはるかに高いらしい。

しかし、読み比べてみて、そんなに違いがあるかなあというのが正直な感想。

どちらも実に面白く、読みやすい。

自由児ハックと黒人逃亡奴隷ジムの冒険。

ひょんなことから二人の詐欺師と同道したり、ハックが危険に直面すると変幻自在といった調子で口から出まかせを述べ、嘘をついて危地を脱する様は本当に面白い。

なお、ラスト近くで意外な人物が登場します。

私にとっては、正確な文学的価値はわかりません。

ただ初心者でも楽しく読める小説というだけの位置付けです。

2014年12月23日

モーム 『雨・赤毛  (モーム短編集Ⅰ)』 (新潮文庫)

Filed under: 文学 — 万年初心者 @ 07:39

太平洋を舞台にした、いわゆる「南海もの」3作。

他の1作は「ホノルル」。

意外性のあるストーリーとのことだが、何となく筋が見えるものもある。

「雨」より「赤毛」の方が面白かった。

サマセット・モームもそこそこ名の知れた大家だが、『人間の絆』は長いし、『月と六ペンス』はそれよりは短いがあまり読む気がしない。

小説の黄金時代である19世紀の作品はできるだけ読了していく方針でいくのはやむを得ないが、20世紀以降の作品は、代表作の長編が通読困難の場合、それはパスして、同じ作家の短編だけを読んでいくやり方でいいかとも思える。

2014年12月17日

笹川裕史 『中華人民共和国誕生の社会史』 (講談社選書メチエ)

Filed under: 中国 — 万年初心者 @ 16:28

最終的に中国共産党の勝利と中華人民共和国成立に到ってしまった、日中戦争当時の社会変動について、主に四川省を中心に定点観測した著作。

四川省は国民政府の臨時首都重慶の存在地(ただし省都は成都)。

日本軍の空襲は受けたが、直接的地上戦の戦火は免れた。

だが、日中戦争と国共内戦という二つの総力戦による社会的激動に晒される。

通常、近代的総力戦においては、国家統制の深化による「強制的均質化」が進み、社会階層が平準化する傾向があるが、国民国家が未成熟な中国では逆に、国家が社会を全く統制できず、私的な不法行為や暴力行為が蔓延し、貧富の格差がむしろ異常に拡大されていった。

戦争によって生まれた、当時の一部富裕層の利己的行動は、共産党が宣伝する「土豪劣紳」そのものと言わざるを得ない様相だったという。

こうした状況下では、当然富裕層への敵意の高まりが見られ、それがマスメディアによって(一部過剰に)増幅され、共産党にとって有利に働くことになる。

ただ最近の研究では、平時の地主制に一定の評価を与え、それとあくまで戦時下の過酷な状況での地主制を区別する見解があるそうです。

1949年人民共和国成立後行われた土地改革については、『共産主義黒書 コミンテルン・アジア篇』で以下のように記されている。

土地改革という広汎な運動の真の目的は、実際には、何よりもまず政治的次元のものであり、次に経済的次元のものであり、最後に初めて社会的次元のものであった。土地の40%は再分配されたが、農村の特権層の数が少ないのと、とりわけ、大部分の農村における人口密度が極度に高いために、貧農がさほどの裕福さを手に入れる結果にはならなかった。改革後も、彼らの平均経営面積はわずか0.8ヘクタールにすぎなかったのである。アジア地域の他の諸国(日本、台湾、韓国)は、同じ時期に、中国よりも不平等性の大きかった農村において、中国と同様に徹底的な農地改革を成功裡に実現した。われわれの知るかぎり、そこにはただ一人の死者も出なかったし、土地を没収された者には多少とも納得のいく補償が与えられた。

中国の土地改革に見られた恐るべき暴力は、したがって、改革そのものを目的としたのではなく、共産党機関による権力の全面的な奪取をめざしていたのである。言葉を換えれば、党員または幹部になるはずの少数の活動家の選別と、処刑にかかわった多数の村民との「血盟」が狙いであり、最後に、これ以上ないほど極端なテロルを操る共産党の能力を反抗分子や軟弱分子に見せつけることこそが目標だったのだ。

著者はこうした側面を認めつつ、しかし戦中の敵意と怨恨感情を昇華させるために、あえて生産性の低い小農・失業者・難民に土地を分配した戦後処理の面もあると指摘。

(日本では実際的経営能力を持った小作人に土地を与えて社会政策と生産性向上が両立できた。)

こうした共産党政権による農村支配に対して、屈従した「開明地主」がいる一方、自暴自棄の反抗に走った地主もおり、これが共産党に以後の極端で過激な政策を正当化する口実を与えた。

共産体制下では、戦時とは逆に国家が社会を押しつぶす状況となり、多くの悲劇が生まれる。

 

すぐ読めてなかなか有益。

エピローグで要領良く要旨をまとめてくれているのも親切。

一昔前の革命史観でも、最近の反中史観でもないのが良い。

私自身、本書で描かれたような中国を見下すような心境は、十数年前と違ってもはやありません。

中国(と韓国)に対して「不幸な国だな」と昔も今も思ってはいますが、ここ十二、三年ほどの日本を省みると、そんな優越感もどんどん薄れてきます。

ますます彼我が、伝統も慣習も信仰も捨て去り、拝金主義を軸に「大衆ヒステリーとその煽動者が支配する国」という意味で類似した存在になりつつあります。

こんな状況下で、隣国を口を極めて罵り、無邪気にナショナリズムを謳歌できる人間は幸せだなあと思う一方、心底からの嫌悪と軽蔑も覚えます。

昨今の日中関係について私が思うことについては服部龍二『日中国交正常化』(中公新書)の記事後半をご覧下さい。

2014年12月16日

チェーホフ 『イワーノフ』 (角川文庫)

Filed under: 文学 — 万年初心者 @ 07:14

知名度は四大戯曲に遠く及ばないが、個人的にはそれと同じくらい面白かった。

ラストは・・・・・やはりそうなりますか・・・・・。

是非にとは言いませんが、もし今までご存じなくて、興味を持ったなら、どうぞ。

2014年12月14日

呉智英 『つぎはぎ仏教入門』 (筑摩書房)

Filed under: インド — 万年初心者 @ 05:49

インド史のカテゴリで、全体数の少なさに対して、不釣合いに多い仏教入門書に、またこれを加える。

以下、ものすごく適当な(所々自分でも意味不明な)箇条書きメモ。

人間の有限性の自覚と死への対抗として宗教が誕生。

仏教が「覚りの宗教」であるのに対し、キリスト教は「救いへの宗教」。

釈迦、孔子、ソクラテス、ゾロアスターの時代近似性(ヤスパースが「軸の時代」と呼んだことでも有名)。

初期仏教(原始仏教)が前283年頃、第二回仏典結集時に「根本分裂」。

上座部と大衆(だいじゅ)部に。

それぞれが小乗、大乗の源流。

ブッダの中に双方の傾向があった。

著者は、富永仲基以来定説の「大乗非仏説論」を肯定し、小乗仏教(これを蔑称として避けることはしない)を評価。

「金口直説(こんくじきせつ)」≒阿含経典⇒小乗の経典、「釈迦一仏論」。

ウパニシャッド哲学の梵我一如(大我と小我の合一)に対する仏教の無我。

大乗系の中で密教は梵我一如への指向あり。

ブッダ本人の思想は以下4つのみ。

縁起論、輪廻からの離脱、諸行無常・諸法無我(法=存在、我=本質)、不苦不楽の中道。

浄土教とキリスト教との類似性(密教・浄土教ともに大乗の中での変容)。

以上、メモ終了。

奇を衒っているようで、基礎知識を巧みに配列しているのは良い。

ただ著者のシニカルな筆致を痛快に思えなくなって久しいです。

結局この人の論説は、硬直した左翼的・進歩的な建前論が健在だったときには面白くて有益なものだったが、ここ十数年ほどの低俗・下劣な「本音主義」のような風潮下だと、ややありきたりに感じられる部分がある。

本書自体はいい方だと思いますが、著者の本を次々読んで他人にも薦めるという気には余りなりません。

2014年12月11日

チェーホフ 『三人姉妹』 (岩波文庫)

Filed under: 文学 — 万年初心者 @ 07:35

田舎で、粗野・無神経な人々の間で、鬱屈とした日々を過ごすオリガ、マーシャ、イリーナの姉妹の話。

やや散漫な印象もあるが、まあ私の読みが浅いせいでしょう。

全般的な雰囲気は他の四大戯曲と同じ。

決して思い通りにならない人生で、倦怠と苦痛に苛まれながら、それでもほんのわずかの希望を持ち生き抜いていく人々の哀感を感じさせる。

これも読む価値有りです。

2014年12月9日

アンドレ・ジイド 『狭き門』 (岩波文庫)

Filed under: 文学 — 万年初心者 @ 12:00

この人も著名な文学者だが、多くの作品があり、何が決定的な代表作か挙げにくい。

とりあえず200ページほどのこれを読んでおく。

1909年発表。

主人公と従姉のアリサの悲恋、信仰のゆえに主人公の求愛を退けるアリサの悲劇を描く。

普通に読めるが、まあよくわからない。

訳者あとがきでは、同じ著者の『背徳者』は自我解放の行き過ぎ、当作品は逆に自我抑制の行き過ぎを戒めたものと解してはどうかと書いてあった。

わかりやすいので、そういうことにしておきましょう。

なお、この人についてはコミュニズムへの接近・共感と『ソヴィエト紀行』による離反という遍歴も興味深いものがある。

20世紀以降の文学者については、他の時代にも増して、短編一作くらいを読むだけで済ますことが多いと思います。

ジイドについても、これ読んだだけでOKということにします。

2014年12月8日

カフカ 『変身・断食芸人』 (岩波文庫)

Filed under: 文学 — 万年初心者 @ 06:58

『変身』は、主人公グレゴール・ザムザが朝目覚めると自分が毒虫に変わっていることに気付くという書き出しは誰もが知っている古典。

『異邦人』と同じく、短いのは助かる。

今まで家計を支えてきた主人公がわけのわからない異変に遭遇し、当初は家族に同情されるが、次第に父母妹に疎まれ死ぬという筋書きだが、家族の甚大な辛苦も間違いなくあり、一方的に責められるものでもなく、人生のどうしようもない哀感を誘う。

「実存主義文学の先駆」と言われる作品に対してこの感想・・・・・。

失笑されるでしょうが、私にはこういう表面的な読み方しかできない。

でもそういう方も結構多いんじゃないでしょうか。

『断食芸人』は、文字通り檻に入れられて水以外を摂らないことを見世物にする芸人が落ちぶれて死ぬ話。

最後、芸人の替わりに檻に入れられたものの描写からして、何かとんでもなく大きなことが寓意されているのかとも感じたが、まあよくわからないので「妙な話だなあ」という、20世紀以降の小説で実にしばしば得る感想を持つだけにしておきましょうか。

 

特に面白いということもないが、教科書に必ず載っている古典で(しかも現代文学に近いもので)簡単に読めるのだから、是非こなしておきたい作品です。

2014年12月5日

君塚直隆 『ジョージ五世  大衆民主政治時代の君主』 (日経プレミアシリーズ)

Filed under: イギリス — 万年初心者 @ 08:03

『ヴィクトリア女王』(中公新書)と同じ著者。

イギリスの君主名は、高校世界史では中国王朝の皇帝名と並んで、かなりの数が出てくるが、それでもジョージ1世のハノーヴァー朝成立以後は、(ジョージ3世と?)ヴィクトリア女王を例外にして消えてしまう。

立憲君主制(議院内閣制)が定着し、政治的実権が失われていくからでしょう。

本書の主人公ジョージ5世も高校世界史では全く触れられない人物。

ヴィクトリア女王の孫で、第一次世界大戦前夜から戦間期にかけて(1910~1936年)在位した英国王。

皇太子アルバート・エドワードの次男として1865年誕生。

兄の死で王位継承者第二位に。

ヴィクトリア女王の長女がドイツ皇帝フリードリヒ3世(ヴィルヘルム1世の子)と結婚、その両者との間に生まれたのが有名なヴィルヘルム2世。

すなわち、ジョージ5世とはいとこの関係。

別のいとこが露ニコライ2世と西アルフォンソ13世に嫁いでいる。

ジョージ5世自身の第一子はエドワード・アルバート・クリスチャン・ジョージ・アンドリュー・パトリック・デイヴィッドと名付けられ、愛称は末尾の「デイヴィッド」。

次男はアルバート・フレデリック・アーサー・ジョージで愛称「バーティ」。

青年時代にバジョット『イギリス国制(憲政)論』を学び、自由党党首グラッドストンに親しむが、双方ともヴィクトリア女王自身は気に入らないものだったという。

語学と外交には苦手意識を持つ。

1901年ヴィクトリア女王崩御、ジョージの父エドワード7世即位。

王朝名を女王の夫でエドワード7世の父であるアルバート公の実家ザクセン・コーブルク・ゴータの英語名サックス・コーバーク・ゴータに変更。

ウィンザー朝への改名は高校教科書にも出てくるが、この時点での変更は無視されている。

似た事例として、マリア・テレジア女帝以降のオーストリアも、単なるハプスブルク家から、夫の出身を加えた、ハプスブルク・ロートリンゲン家に変わったはず。

エドワード7世は、即位同年に自治領となったオーストラリアを訪問、同時にニュージーランド、カナダへも立ち寄る。

1905年インドも訪問し、人種偏見に囚われない立場から現地住民との融和を模索する。

(ヴィクトリア女王は自身の即位50周年記念式典で、ハワイのリリウオカラーニ王女をエスコートすることを拒もうとした従弟のベルギー王レオポルド2世[コンゴでの圧制で国際的非難を受けた]を叱責し、エドワード7世もヴィルヘルム2世の人種的発言に不快感を持っていたという。)

完全独立には反対だが、インドにも自治権を与えるべきとの考えを抱いたという。

1905年ノルウェーがスウェーデンより平和的に独立、初代国王ホーコン7世と末の妹が結婚。

1910年ポルトガル共和革命、マヌエル2世は英国に亡命。

第一次世界大戦前には、ヨーロッパにおいても共和国は、スイス・フランスとこのポルトガルの3ヶ国のみである。

(サンマリノのようなミニ国家を除く。オランダは独立時にはネーデルラント連邦共和国だがオラニエ家が総督として君臨、ウィーン会議後は正式に立憲王国になっている。)

二度の世界大戦を経て、君主制を維持している国家は激減しましたが、これを「進歩」と呼ぶべきなのか、個人的には全く疑問です。

現在も立憲君主国家である、英・北欧・ベネルクス諸国と共和制になった大陸国家の歩みを比較すれば、そう考えざるを得ない。

英国の政権は、1895~1902年第三次ソールズベリー保守党内閣の長期政権の後、1902~05年バルフォア(保守)、1905~08年キャンベル=バナマン(自由)、1905~16年アスキス(自由・15年以降は挙国一致)、1916~22年ロイド=ジョージと変遷。

1906年労働党が結成され、議会にも進出。

1908年アスキス自由党内閣、ロイド=ジョージが蔵相、チャーチルが内相。

(チャーチルは1900年保守党員として政界入り、1904年自由党に移り、1924年保守党復帰。)

1909年不動産の相続税を増税する、いわゆる「人民予算」を提出。

煽情的な臭いのある内容に、地主貴族だけでなく、中産階級にも反対少なからず。

国王エドワードとジョージも不快感を持つ。

1910年総選挙で、自由党275議席、保守党273。

「人民予算」自体は貴族院を通過。

同年、再度の総選挙で自由・保守両党とも272で同数、労働党42、アイルランド国民党84の支持で自由党政権存続。

さらに1911年議会法(議院法)が成立。

予算・課税法案は下院通過のみで成立、それ以外の法案でも下院で三会期通過すれば成立すると規定。

加えて下院の任期を7年から5年に短縮。

下院の貴族院に対する優位を定めた歴史的な法と言える。

1910年政界混乱のさなかエドワード7世死去、ジョージ5世即位。

死の前、エドワード7世は保守党党首バルフォア、貴族院の保守党指導者ランズダウンに慎重な対応を促しており、これが翌年の議会法成立に大きく影響した。

著者はこれを極めて賢明な妥協と政治的調停であるとし、それによって貴族制は完全な破壊を免れたと評価している。

私は、政治に民意を(特に直接的に)反映させることが無条件で善であるという考えを一切持たないので、この辺の歴史を読んで、「下院の優位」が確定して民主化が進展したので目出度し目出度し、などとは全く思わないのだが、まあとりあえずは著者の言う通りなんでしょう。

民主主義の進展は(私の考えでは、本当に残念ながら)歴史の必然でしょうから、それに真正面から反対してぶつかるより、妥協と譲歩で、救えるものは救った方がまだマシです。

英国は今でも世襲と勅選による上院を(おそらく世界で唯一)維持してるんだから、それだけでも大したもんです。

日本でも数年前まで衆参両院の多数政党が異なることから生じる、「ねじれ国会の弊害」がよく言及されていました。

その時私が密かに思っていたのは、「いやそんな問題より、そもそも二院制の起源は、君主の下に貴族の代表である上院と庶民の代表である下院が集って、正当な議論と妥協によって政治を運営することが最も賢明だと経験的に知ったことでしょう、そもそも両院とも民衆の選挙で選ぶんなら二院制の意味が無い、下院は人口比例で、上院は州や県ごとで選ぶというのも本質から外れてる、実現可能性はゼロでも本当なら華族身分を復活させて、その世襲議員と勲功によって勅選される議員から上院を形成し、それを国民が選ぶ下院と並立・均衡させるべきなんですよ」ということでした。

まあ自由や民主主義が疑いの無い絶対的正義とされて、それに関する議論が一切許されない世の中では、狂人扱いされるのがオチですから、このブログ以外では何も言いませんがね。

外交面では、エドワード7世は1903年フランスを訪問、これが翌1904年英仏協商の露払いの役を果たす。

アスキス内閣外相グレイは、ジョージ5世にも仏訪問を進言。

国王自身は「共和国ごとき」に気を遣う必要は無いとして反対。

しかし即位翌年1911年第二次モロッコ事件で英仏はさらに接近。

1914年4月、最初の公式訪問はやはりパリとなった。

3ヵ月後にはサラエボ事件が起こり、偶然とは言え、この訪問は英仏間の結束を固めるのに重要な意味を持つことになった。

大戦中には、海相チャーチルと衝突、国王が懸念を持った1915年ガリポリ作戦は失敗し、その不安は的中する。

アスキスは優れた内政家ではあるが、外交・軍事面では指導力が無く、自党のロイド=ジョージ派とも決裂。

1916年、国王は、アスキスとロイド=ジョージ、ボナ=ロウとバルフォア(保守党)、ヘンダーソン(労働党)間を調停、そしてロイド=ジョージ挙国一致内閣が成立する。

1917年ロシア革命、ニコライ2世の亡命について、世論の反応を懸念したジョージ5世は反対、昔はロイド=ジョージが反対したと考えられていたが、最近の研究では逆だという。

1918年第四回選挙法改正で男子普選実現(女性は30歳以上、28年第五回で男女同権)。

大戦後、米国が圧倒的力を現わしてくるが、ジョージ5世は「アメリカの世紀」への嫌悪感を持ち、ウィルソンについて「あの男には我慢ならん。なんて冷徹な教授様なんだ。鼻持ちならん!」と語り、「粗野なアメリカ人(ヤンキー)」が大嫌いだったという。

二度の大戦を乗り切る為にはやむを得ない部分が多々あったとは言え、米国との国柄の違いを無視し、自国を同じ「民主主義国」と定義し、両国間の「特別な関係」を誇るようになってから、英国の本格的衰退が始まったと思えるのは、たぶん私の気のせいではないはずです。

1922年ボナ=ロウ保守党内閣、総選挙では労働党が野党第一党となり、アスキス派・ロイド=ジョージ派に分裂した自由党の没落が始まる。

1923年ロウが健康問題から辞任すると、国王は保守党内の対立を表面化させず、カーズンではなくボールドウィンに大命降下。

1924年マクドナルド率いる労働党内閣成立にも冷静に対処、意外にも国王とマクドナルドとは厚い信頼関係に結ばれるようになった。

ただしソ連承認問題では対立し、いわゆるジノヴィエフ書簡事件によって第二次ボールドウィン内閣成立(1924~29年)。

このボールドウィンというのは何か「合間の人」という印象ですね。

マクドナルドやネヴィル・チェンバレンという著名政治家の間に組閣しており、イメージがすぐ思い浮かばない。

実際さしたる手腕を発揮した人ではないそうですが。

マクドナルドと違い、個人的関係ではジョージ5世とボールドウィンはしっくりいかなかったが、1925年外相オースティン・チェンバレンが締結したロカルノ条約には満足の意を表明。

28年大病を患い、死の淵から生還。

29年第二次マクドナルド労働党内閣、この年もちろん世界恐慌。

31年失業手当削減をめぐって内閣危機、国王はマクドナルドを励まし、挙国一致内閣成立をサポートする。

この国王の行動について、学者のラスキらは、国制違反との疑義を呈したが、著者によると、国王は独断で首相を決定したのではなく、主要三政党指導層との会談を経ているし、時機を見て総選挙を行うことも決めていたという。

その総選挙で挙国一致派与党が圧勝、この結果に国王は歓喜した。

同じ年、31年に日本は満州事変という危機に直面していた。

細かな点を見れば状況は全く違うし、単純比較はもちろんできないが、表面的に見れば日本では政友会・民政党の大連立政権構想が挫折し、軍部を抑制することが以後著しく困難となった。

この場合、日本とイギリスの運命を分けたのは、イギリスが日本より「民主的」だったからではなく、逆に、平時においては庶民が従順どころか上層指導層に徹底的に不満をぶつけ反抗しても、危機においては象徴的国王の下に国民全体が一致団結する傾向を何とか維持したことによるのではないかと思える。

31年ウェストミンスター憲章、英連邦(コモンウェルス)成立、32年オタワ会議、スターリング・ブロック形成、35年ボールドウィン挙国一致内閣。

36年1月ジョージ5世崩御。

長男デイヴィッドがエドワード8世として即位するが、離婚歴のあるアメリカ人女性シンプソン夫人と結婚しようとしたため、退位、次男ジョージ6世が即位(1936~52年)。

「デイヴィッド」なのに「エドワード8世」になったのは上で記した長い本名から。

かなり前の新聞のベタ記事で、チャールズ現皇太子が「チャールズ3世」という名では即位したくない(1世・2世のイメージが良くないので)と書かれていましたが、これも長い本名があるのかな。

エドワード8世は謹厳実直なジョージ5世とは正反対の性格で、しかももっと悪いことに親独派の傾向があったので、結果としてはこれで良かったんでしょう。

ジョージ6世が第二次世界大戦を乗り切り、娘のエリザベス2世現国王が在位60年以上になります。

ハロルド・ニコルソン(『外交』の著者)が書いた『ジョオジ五世伝』を小泉信三が今上陛下に献上し、立憲君主の手本として共に読まれたそうです。

本書の第一次大戦前の王室外交の叙述を見ると、古き良き時代への郷愁に囚われる。

私は一般論として、立憲君主制の方が共和制より優れた政治制度だと確信している。

なぜなら君主や貴族が存在し、非民主的な国家の方が、「真の共和国」には近いと考えるから(『レ・ミゼラブル』の記事参照)。

もちろん君主の中にはヴィルヘルム2世のような暗君もいる。

この従兄弟がジョージ5世に比して思慮分別に欠け、国を誤ったことは間違い無い。

しかしヴィルヘルム2世の何が悪かったのかと言えば、統一後ドイツに蔓延する低俗・軽薄で夜郎自大のナショナリズムを抑制するどころか、その尻馬に乗って攻撃的な外交を繰り広げ、自国を孤立させたからだ。

このナショナリズムの主動者は下層民衆を含めた社会全体であり、ごく一部の指導者がドイツの国政を歪め、破滅に導いたとは絶対に言えないはずだ(『ドイツ史を考える』『ナチズム』等参照)。

大所高所に立ち、しばしば世論に逆らっても必要な措置を取ることこそ必要だった。

それをしなかったヴィルヘルム2世は非民主的だったのではなく、民主的だったとしか言いようが無い。

父のフリードリヒ3世の治世が長く続いていればとも言われるが、君主の主体的行動の余地がますます狭まり、世論に逆らうことがほとんど不可能になった近代社会で、果たして何ができたか・・・・・。
日本も似たようなものだったじゃないですか(古川隆久『昭和天皇』)。

 

あるドイツ人記者が「ドイツは第一次世界大戦で君主制の時代を乗り越えたが、日本はまだその段階にある」と発言したのを読んだことがあります(別の人物が書いた文章で知ったことなので、正確ではないかもしれませんが)。

それを読んで、言うを憚る感情に囚われたのを覚えています。

1913年のドイツ帝国と1949年の連邦共和国を比べて、「少なくともカイザーはいなくなったんだから、間違いなくそれだけは進歩だ」というのは、私には異常な歴史観に思える。

二度の大戦もホロコーストも赤軍の暴虐も東半分の共産化も、そのための試行錯誤だとでも言うつもりか。

ナチズムを含め、近現代の世界を滅亡寸前まで追い込んだ邪悪と狂信は、前近代的な支配層の中からではなく、すべて大衆の真っ只中から生まれたものである。

私ならば、ナチズムの起源は1862年(ビスマルク)でも1871年(ドイツ帝国)でも、1517年(ルター)でもなく、1793年(ジャコバン独裁)と1871年(パリ・コミューン)だ、我々の祖先はそれを否認し鎮圧する誇り高い立場だったんだと言うでしょう。

 

 

『ヴィクトリア女王』に比べるとやや物足りない気もするが、標準的で手頃な伝記。

初心者が読むテキストとしては十分。

お勧めします。

2014年12月3日

チェーホフ 『ワーニャおじさん』 (岩波文庫)

Filed under: 文学 — 万年初心者 @ 08:06

イワン(ワーニャ)・ペトローヴィチ・ヴォイニーツキイと義弟、義弟と再婚した若い妻、先妻との子でワーニャの姪であるソーニャをめぐる家庭内の軋轢を描く。

何か声高な正義や人道の訴えでも社会悪の告発でもない、ごく普通の人間の限界と救いの無さ、人生の哀感をしみじみと描き、その中でほんのわずか残る希望を指し示す作風は、本書でも変りなし。

ラストでは予想されたような悲劇ではなく、深い共感を誘う終わり方だった。

このチェーホフの戯曲の雰囲気は、私はすごく好きです。

2014年12月1日

ノヴァーリス 『青い花』 (岩波文庫)

Filed under: 文学 — 万年初心者 @ 01:02

オースティン、ブロンテ姉妹とは逆に、「世界史教科書にはよく載っているが、世界文学全集の類にはあまり収録されていない作者」の代表格でしょうか。

教科書的にはドイツのロマン主義小説の代表作という感じですが、通読はできたものの、よくわからない。

青年ハインリヒが母の故郷アウグスブルクへ旅し、愛する女性と出会うというのが一応の筋だが、これがメイン・ストーリーとは到底思えず、何度か登場人物が語りだす幻想的な物語が挿話と表現するには無理なほどの長さで組み込まれている。

そもそも一貫した物語らしいものは見当たらず、詩を中心とした文芸論、人生論が延々と語られており、我々が通常考える小説というものではない。

これもネームバリューゆえに目を通す本で、ストーリーの面白さを愉しむために手に取る本ではないです。

文学史研究の上で重要でも、そりゃこれでは一般の文学全集には入りにくいですよね。

ロマン主義文学とはこんなもんかという雰囲気だけ感じ取れれば十分でしょう。

素人が細かな描写などをいちいち味わう必要も無い。

だいいち、本作は未完で第二部はひどく中途半端な終わり方。

もっともこれ以上長くても困りますが。

適度なとばし読みで軽く済ませましょう。

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