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2014年6月16日

重光葵 『外交回想録』 (中公文庫)

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重光については『昭和の動乱』は紹介済み。

本書は外交官生活の始まりから日米開戦直前までの回顧録。

1911年に外交官・領事官試験に合格。

芦田均と同期。

当時外相は小村寿太郎から内田康哉へ替わり、次官は石井菊次郎。

まずドイツ大使館に勤務。

第一次大戦勃発時には、独国内の親日的雰囲気から反日的なそれへの変化を体験。

英国在勤から米国およびポーランド領事を務め、パリ講和会議に参加。

さらに北京・ベルリンでの勤務を経て、1929年上海総領事となる。

芳沢謙吉駐華公使と共に済南事件収拾の任に当たる。

この時、枢密院に蟠踞する伊東巳代治、金子賢太郎、平沼騏一郎らが対中融和反対する。

私は基本的に、枢密院のような「非民主的」制度は、世論の暴走を押し止めるために必要かつ有益な制度だったと考えるが、昭和に入るとむしろ矯激・粗暴な民衆世論に迎合して、政府の責任ある政策の足を引っ張るような存在になってしまったことが、非常に残念である。

北伐以降、中国の革命外交は激化し、租借地回収の目標に、旅順・大連など関東州をも含めるとの態度を示すようになる。

中国ナショナリズムの台頭が必然だったとしても、これはあまりに性急にすぎ、日中関係に逃げ場がなくなってしまう。

重光は、蘇州・杭州などの副次的重要性しか持たない居留地を中国に返還することを提言し、日本の善意を見せ、列強に十分説明を尽くし、日華関係が「堅実に行き詰まる」ようにすることを、幣原喜重郎外相および谷正之アジア局長と確認する。

だが、不幸にして日中関係は破局的に行き詰まり、31年満州事変、32年1月第一次上海事変勃発。

上海事変停戦後、4月の天長節祝賀会で朝鮮人独立運動家尹奉吉による爆弾テロに遭い、重光は右脚を切断する重傷を負う。

なお、上海事変では、犬養首相、芳沢外相の個人代表として松岡洋右が、意外にも著者と協力して停戦協定締結に奔走する姿が見られる。

1933年白鳥騒動(『外務省革新派』参照)で、次官が有田八郎から重光に交代。

外相は内田から広田弘毅へ。

36年ソ連大使、38年英国大使。

この間、35年広田外相の下での次官時代、中国の幣制改革に自分は反対ではなかったというように書いているが、これは過度の自己弁護的修辞ではないかとかなりの疑いを持ってしまった。

英国主導の「1935年の対日宥和策」というチャンスを逃したことが、戦前日本にとって致命的だったとの見方があることを考慮すればなおさらである(戦前昭和期についてのメモ その4参照)。

38年7月張鼓峰事件では8月の停戦協定締結に尽力、英国ではネヴィル・チェンバレン、サイモン、ハリファックス、バトラー、サミュエル・ホアら宥和派と協力し、チャーチル、イーデン、ダフ・クーパーら親米・反宥和・対日強硬派を牽制。

40年米内内閣末期、フランス降伏という危機的状況を受け、首相チャーチルは対中援助用のビルマ・ルートを3ヵ月間閉鎖するという決断を下すが、この一時的対日宥和策の間に、日本は日中和平のチャンスを掴めず、9月には日独伊三国同盟が締結される。

本書の範囲外だが、以後の著者略歴を記すと、41年12月末中国大使(汪政権)、43年東郷茂徳の後任として東条内閣外相に就任、同年大西洋憲章に対抗した大東亜宣言を発表。

同宣言には「大東亜共栄圏」の語はあえて用いられず、アジア植民地独立が謳われている。

小磯内閣で外相留任、敗戦後、45年東久邇宮内閣で再び外相、首席全権として戦艦ミズーリ艦上で降伏文書調印、東京裁判で禁固7年の判決を受け、独立後は52年改進党総裁、54年日本民主党総裁、鳩山一郎内閣の外相となり、56年日ソ共同宣言と国連加盟という最後の仕事を成し遂げて、57年死去する。

以下の文章は、戦前日本を誤らせ、また今日の日本も誤らせつつある、世論というものの悪しき側面を示して余りある。

対外的に堂々と正論をもって強硬論を唱え、あるいは交渉するのは私の歓迎するところである。私は任を外に奉じて、未だかつて弱腰で交渉したことはない。しかし交渉はいつも大所高所から見た理路整然としたもので、国家の大局に益しなければならない。車夫馬丁の感情的喧嘩に類するものは、まことに軽薄であって、自信に欠けており、国の威信と品位を下落させ、国益を損すること計り知れないものがある。革新の時期には多少の行き過ぎはあえて問わないが、最近日本の軍部的傲慢非礼で陰険な手段は果たして革新を成功に導くゆえんであろうか。明治維新を思い、その功臣を気取る連中は、維新時代の中心人物の苦心と謙譲の精神を味わうべきではなかろうかなどと私は当時心配に堪えないものがあった。

楽に読めるのは良い。

内容的にはまあまあ。

ただ、副読本としてではなくメインテキストとして、特に本書だけを読む必要はさして感じない。

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