万年初心者のための世界史ブックガイド

2013年11月17日

森本公誠 『イブン=ハルドゥーン』 (講談社学術文庫)

Filed under: イスラム・中東 — 万年初心者 @ 06:28

「高校世界史のイスラム文化史で出てくる、イブンなんとか」の一人である歴史家についての著。

原本は1980年に「人類の知的遺産第22巻」として刊行。

このシリーズは、中央公論社「世界の名著」と違って、古典の翻訳部分は一部だけで、編者の解説の方が主という構成になっている。

1冊も読んだことがないくせに、今まで「何となくパッとしないシリーズだなあ」などと失礼な感想を抱いていた。

本書では、全450ページ中、翻訳は200ページ余りと半分ほどで、あとは森本氏の解説。

1部は思想分析の叙述、2部は伝記、3部が原典の抄訳、4部は後世への影響分析。

イブン・ハルドゥーンは『歴史序説(世界史)』の著者として有名。

田舎と都会の文明を対比し、アサビーヤ(連帯意識)による王権の成立とその消滅による堕落・崩壊を述べる。

1332年マグリブのチュニス生まれ。

鎌倉幕府滅亡と百年戦争の直前。

近隣の状況では、1250年成立のマムルーク朝は1382年にバフリー・マムルーク朝からブルジー・マムルーク朝に替わる。

マグリブではムワッヒド朝が1269年滅亡、モロッコのマリーン朝、西部アルジェリアのザイヤーン朝、東部アルジェリア・チュニジア・トリポリタニアのハフス朝の三国鼎立時代になる。

各王朝内部は不安定だが、とりあえずマリーン朝が優勢。

イブン・ハルドゥーンも政治に関与するが、細部はさすがに省略。

グラナダのナスル朝にも仕え、マムルーク朝にも出仕。

ダマスカス攻撃の際にはティムールとも会見している。

史上有名な1348年の黒死病で両親はじめ多くの親族を亡くす。

『歴史』の執筆を開始。

第一部は理論、第二部はアラブと東方イスラム世界、第三部がアラブとベルベル人の西方イスラム世界の具体的記述。

このうち第一部に「まえがき」と「序論」を加えたものが、通常『歴史序説』と呼ばれ刊行されている。

岩波文庫から森本氏の手に成る全4巻の分厚い翻訳が出ていますが、イスラム・中東カテゴリにある本のレベルを見れば、私ごときが読めるような本でないことはお解かり頂けるかと思います。

本書での抄訳を読んでも・・・・・・率直に言って素人が読んで感銘を受けるようなものではない。

ただ部分的には、以下の引用のように考えされられる文章もあります。

およそ人間の魂は、さまざまな社会習慣に染まって、もはやその精神状態は宗教面においても世俗面においても、善良なものとはいえなくなっている。いまやまったく抜きがたいほど奢侈的な風潮に染まってしまったために、信仰心がもてず、また奢侈的な生活をするにはあまりにも多くの物質を必要とするにもかかわらず、所得がこれに伴わないがために、まともな世俗的行為ができない。

・・・・・これはすべて奢侈的文化の極度の発達がもたらす結果である。このような発達は、生産ならびに商業活動、文明という点での都市全体の堕落を招くのであるが、一方住民の個々人も堕落してしまう。すなわち、奢侈的生活を営もうとするために労苦に疲れ、またそうした生活に要するものを得ようとする場合に染まりやすい悪に染まって、一つの悪徳を得てしまうと、他の悪徳も得ようとするというように魂は傷つく。それで生計を立てるに当たっての不道徳、悪事、不誠実、ごまかしといった行為がそのものずばりで、また形を変えて住民のあいだにはびこる。人はそのような生計の立て方に全力を傾けて熟慮し、目的のためにはどんな策略も用いるようになる。虚言、賭博、詐取、詐欺、窃盗、偽証、高利貸が横行し、さらに奢侈のもたらす多くの欲望や快楽のために、あらゆる種類の不道徳的行為、不道徳さとその動機の公言、ひどいときには家族や親戚や婦人とのあいだにさえ行われる猥談などに長じる。これは田舎や砂漠の生活では非難すべきこととされている。また狡猾老獪で、身にかかる圧力や不正行為に対する懲罰から身を守ることにたけ、ついにはこれが住民の大半の習慣となり性質となって、そうでない者は神の教えに救われた者だけとなる。

・・・・・よく理解し注目しなければならないのは、文明発展の頂点は文化と奢侈であり、頂点に達した文明は、生物の寿命と同じように、破滅へと向きを変えて老衰し始めるという点である。奢侈的文化にはぐくまれた人間の性質は、まさに堕落の目ということができる。人間はみずから有益なものは取り入れ、有害なものは退け、それが当然のこととして努力できてこそ一人前の人間である。それなのに、都会の人間は自分のことを自分ですることができない。安息に過ごしすぎたために軟弱であるか、贅沢三昧な環境に育ったために尊大であるか、であって、このいずれも非難すべきことである。

・・・・・またこのような堕落は道徳面でも同じで、奢侈的生活とその心酔から堕落し、魂はそうした生活に染まってしまう。都会の人でこれに巻き込まれない者は少ない。体力、さらには性格や宗教心について堕落してしまった人間は、もはやその人間性を堕落させてしまったわけで、事実畜生に変わってしまったのである。

14世紀のマグリブでも21世紀の日本でも全くこの文章の叙述通りのことが起こっている。

伝統や慣習、身分と信仰といった拘束が力を失い、自由を得た(精神的な)下層民衆が、邪悪な欲望を満たすため、数の力で専横を極め、思いのままに振る舞うとき、どんな国や文明も滅びるしかない。

民衆全体の腐敗と堕落にはもうどんな手も打ち様が無い。

最近では、そういう視点を持たない史論に対しては、たとえどんなに世評の高いものでも、個人的には本格的関心が持てなくなりました(例えば塩野七生『ローマ人の物語』)。

イブン・ハルドゥーンが指摘するように、有史以来人類は同じことを繰り返してきたんでしょうが、特に、彼が知らずに済んだ近代以降は、君主や貴族や宗教といった民衆への抑制手段を破壊することが進歩とされてしまったので、一層悲惨なことになっている。

この倒錯を是正することはもはや全く不可能ですから、やはり人類にはこの先いかなる希望も無いでしょう。

日本のアサビーヤも今世紀に入る辺りで完全に失われたようです。

まったく、どんな滅び方するのやら・・・・・・。

世界史教科書で必出の歴史家についての貴重な概説と作品抄訳だとは思うが、あまり得たものは無い。

ちょっと微妙な評価になってしまいました。

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