万年初心者のための世界史ブックガイド

2013年10月1日

田中芳樹 『天竺熱風録』 (祥伝社文庫)

Filed under: 中国 — 万年初心者 @ 15:58

田中氏の中国歴史小説は何点か紹介済み(『蘭陵王』『海嘯』『奔流』)。

本書は東西交渉史上の人物の一人、王玄策を描いたもの。

この王玄策は、私が高校生だった頃の『新世界史』では脚注で名前が載っていた記憶があるんですが、今の教科書で載っているのはゼロのようです(『世界史B用語集』)。

頭も使わず、集中力も要らず、ボーっとしながら読み通せます。

そう言っても、著者自身があとがきで以下のように書いていますので失礼には当たらないでしょう。

・・・・・[本書は]驚異的な史実にもとづいた、単なる娯楽小説である。ひたすら楽しく読んでいただくことが、作者にとって唯一の望みであり喜びである。

主人公の王玄策は、三度インドに入り、二度目の渡印でヴァルダナ朝ハルシャ・ヴァルダナ(在位606~647年)死後の、都カナウジを支配した王位簒奪者をネパールおよび吐蕃の軍を借りて倒したとされる人物。

ちなみに、ハルシャ・ヴァルダナ在位時に渡印したのが、玄奘三蔵法師。

中国の渡印僧って、結構細かいことまで高校世界史で暗記させられましたよね。

まず、東晋の法顕がグプタ朝チャンドラグプタ2世(超日王)時に行きは陸路、帰りは海路で(ということまで覚えさせられた)渡印、著書は『仏国記』。

唐僧玄奘はハルシャ・ヴァルダナ(戒日王)時代に行きも帰りも陸路で渡印、『大唐西域記』を著す。

同じく唐僧の義浄が渡印したのは北インドの分裂時代、行きも帰りも海路(シュリーヴィジャヤに寄る)、『南海寄帰内法伝』を記す。

インド史の大雑把な流れとしては、アレクサンドロス大王のインダス流域侵入からマウリヤ朝の統一、北のクシャーナ朝と南のサータヴァーハナ朝によるローマと漢を繋ぐシルク・ロードと海の道の交易繁栄、4世紀前半から6世紀半ばまでのグプタ朝の統一(東西の古代帝国たるローマと漢朝の繁栄期からずれて、すでに両者が衰亡していた時期にインド最後の古代帝国が存続したことを少し意識しておく)、そのグプタ朝はエフタル侵入によって衰退、エフタルは突厥とササン朝に挟撃され滅亡、といった具合のことは頭に入れておきましょう。

登場する同時代人は、まず唐の太宗李世民。

享年49才となっていて、さして長命とは言えないんだなとやや意外な印象。

(在位は626~649年だからハルシャ王死後まもなく崩じている。)

功臣の李勣と長孫無忌、次代の高宗に則天武后、帝室一族の文成公主、吐蕃のソンツェン・ガンポ(奇しくも太宗と同じ649年死去)。

なお、他地域の世界史で7世紀前半と言えば・・・・・。

何があったでしょうか?

この時期の世界で大々的に目立っていたのは何と言ってもアレでしょう。

以後の世界史の様相が一変しました。

表面的観察では、古代以来の地域文明圏ごとの歴史で、ヨーロッパによるラテン・アメリカ文明覆滅以上の不連続がこの時期起きた感があります。

ほら、アレですよ。

やたら引っぱりますけど。

すぐ出てきますでしょうか。

ユーラシア大陸の西側で。

そこから生まれて、他地域へも大膨張を遂げ、現在に至る永続的影響を与えました。

そう、イスラムの興隆ですね。

(622年ヒジュラ、632年ムハンマド没。)

一方、西欧ではメロヴィング朝フランクの分裂時代で、特筆すべき事件や人物は無し、あえて言えばグレゴリウス1世(在位590~604年)くらいか。

日本では、聖徳太子から蘇我氏専横、そして大化改新です。

他の田中氏の著作と同じく、本書も極めて読みやすく、気軽に手に取れる。

主人公はそれほどの有名人ではなく、筆致は平凡と言えば平凡だが、別に損をした気にはならない。

気が向いたらどうぞ。

こういう通俗的中国歴史小説は本当に山ほどあるので、何を読むかより何を読まないかが重要です。

著者の作品は、その中でもかなり良質な方だと思います。

しかし考えてみると、中国史は、その気になれば歴史小説だけで全時代の大雑把な概略的知識を得ることが可能なわけです。

そんなの、自国史である日本史以外では考えられないでしょう。

外国の歴史についての通俗的物語がこれだけ有り余るほど存在するというのも、少し考えると不思議な感じがします。

日本人にとっての中国史はやはり、ヨーロッパ人にとってのギリシア・ローマ史みたいな存在なんですねえ。

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