万年初心者のための世界史ブックガイド

2013年7月31日

引用文(西部邁10)

Filed under: 引用文 — 万年初心者 @ 15:46

西部邁『文明の敵・民主主義  危機の政治哲学』(時事通信社)より。

ハイエクは、1950年代にアメリカ(の自由主義の牙城であるシカゴ大学)に滞在したときに、リベラリズムは、西欧では警戒されアメリカでは称賛されているということに気づきました。コンサヴァティヴィズム(保守主義)が、西欧では伝統の擁護であり、アメリカでは(伝統を破壊するしかなくなる)個人主義的自由主義の弁護である、ということについても認識しました。ハイエクは、社会秩序をスポンテニアス・オーダー(自生的秩序)であるべきだとみなした点で、正統の保守思想家だと思われます。しかし、全体主義に抵抗するのをみずからの使命と考えていた彼は、市場における自由な変化の創造がかならず社会的な調和に至る、という進化論に傾きすぎていたと思われます。そのせいで、保守思想を「変化を嫌う」考え方として片づけてしまう嫌いがありました。変化の創造は危機の創出でもある以上、「政府の介入」による「自由への抑制」は不可避だ、ということをハイエクは過小評価してしまったのではないでしょうか。その点では、ジョン・メイナード・ケインズのほうが、「現代の危機」をより深く感じとっていたといえます。

西部邁『大衆への反逆』(文芸春秋)より。

・・・・・反ケインズの潮流が大衆にたいする全幅の信頼を偽装してケインズの選良主義や計画主義やを攻撃してみせるとき、私は、「ちょっと待ってくれ、ケインズ主義はほかならぬ大衆の要求したものなのだ、かれはそれに疑心をひた隠しながら律儀に応えつづけただけではないのか」と反論したくなる。

・・・・・コンヴェンション(慣例)という社会の地面が大衆の重みによって抜けていく感覚とそこで生じる墜落の感覚とに抗してなおも前進をつづけるためには、計画的理性の英知を動員して道路工事をおこなわなければならないし、また、その種の英知のとどかぬ遠未来において道路が那辺に通じるかなど瞑想している暇はない。ケインズの不安と不安ゆえの勇気とはこのようなものであった、と私は思う。「長期的にみると、われわれはみな死んでしまう」という片言隻語は、社会不信に陥った不安な心性がかえって社会的責任への勇気を培養するという心理的葛藤の表現なのであろう。「人間の本性は理性的である」という経済学の通念を信じられないかれが、かえって理性知の極致ともいうべき社会計画に傾くのも同じ種類の葛藤であろう。

・・・・・ケインズ自身の心臓発作が死に至る病であったのにも似て、大衆社会の痙攣が一過性のものであるはずがない。むしろ、ポスト・ケインズの時代にあっては痙攣こそが常態であるようにもみえる。そんないま、それじたい痙攣の一種にほかならぬ反ケインズの嵐がケインズですらもちえた不安や懐疑を吹き飛ばしていく。ケインズは大衆人のことをなにかしら奇怪で不穏なものと感得した。しかしそんな感性は、賞讃され慰撫されることをひたすら欲する大衆人の受入れるところではない。まして、ケインズにおける不安や懐疑の不徹底こそ痙攣を慢性化させる原因なのだ、などと大衆人は考えはしない。たとえそう考えても、それを認めてしまうと、目前の幸福や平等に水が差されてしまうからである。大衆に迎合する言論、それが大衆の歓迎する言論にほかならない。

西部邁『思想の英雄たち』(文芸春秋orハルキ文庫)より。

ハイエクが保守主義者になれなかったのは、自生的な(慣習的)秩序がいわば自生的に破壊されることもありうる、という疑念を持ち合わせなかったからである。自生的秩序は、全体主義者や合理主義者が社会を計画的に編成しようとして行使する「設計主義[コンストラクティヴィズム]」によらなくとも、崩壊しうる。つまり人々が自発的に、急激かつ広範に、新しいものに飛びつき、そのせいで「習慣、伝統、道徳」が壊されていくならば、産業制における市場機構であれ民主制における投票機構であれ、不安定に動揺し、その挙句、設計主義によって社会を安定させようとする“隷従への道”すらが敷かれることになるのだ。いいかえると、自生的秩序はいつも不安定均衡状態にあるのであって、その均衡にとどまりつづけるには、新しいものにたいする十分な警戒心が必要だということである。保守主義は、変化をまったく拒絶するというのではまったくないが、グラデュアリズムつまり漸進主義の態度をもって変化に対応しようとする。ハイエクにあっては、この態度が希薄なのである。

彼の全著作を読み通すと、とくに「習慣、伝統、道徳」へのこだわりにおいて、彼は変化におけるラディカリズムつまり急進主義に同調してはいなかったのであろうと推察される。その意味で彼はほとんど保守主義者である。しかし、社会主義や福祉主義に抗して市場機構を守り通すのが彼の言説の政治的な目的であった。それゆえ、市場の表層における過大なイノヴェーション(革新)が、その深層に横たわっている「習慣、伝統、道徳」をも傷つけるほどに、激しく回転するという事態――それが高度技術および高度情報の大衆社会である――には無頓着であった。いや、L・ヴィトゲンシュタインを従兄に持つというその出身からも推測できるように、彼が大衆化の荒波が高まりつづける今世紀[20世紀]の状況に心安らかであったはずがない。おそらくは、全体主義に逆らう動きをまずもって肯定するという政治的な構えにもとづいて、彼は大衆社会への嫌悪を心のうちに隠したのであろう。要するに、良かれ悪しかれ、ハイエクは隠れ保守主義者であったと私には思われるのである。

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・・・・・ハイエクの書物は競争主義者や市場主義者にとっての聖典となりつつある。しかし、はっきりさせておかなければならないのは、彼が位置している地点はアメリカ流儀の個人的自由主義とは大きく隔たっているということである。

ハイエクにあって個人は、心理の隅から行為の果てに至るまで、コスモスという自生的秩序のなかでまず当初から他者と関連づけられている。個人が原子として孤立していて、次におのれの利己的利益を求めて市場に出向く、というのではないのである。

「人間は賢明であったために新しいルールを採用したのではなかった。人間は新しい行動ルールに服従することによって、賢明になったのだ。きわめて多くの合理主義者が次のような最も重要な洞察にいぜんとして反対し、迷信という汚名を着せる傾向さえある。その洞察とは、人間は言語から道徳や法に至るまでの人間の最も有益な制度を単にけっして発明しなかっただけでなく、今日でも、それらの制度が人間の本能も満足させていないのに、なぜそれらを保持しなければならないかがまだわかっていないということ〔である〕。文明の基本用具――言語、道徳、法および貨幣――はすべて、設計の結果ではなく、自生的生長の結果である。また、法と貨幣については、組織された権力がそれらを支配し、徹底的に腐敗させてしまったのである。」

このように、ルールという全体的な仕組のなかに人間をおくという意味で、ハイエクはある意味で全体論者であるということすらできる。ただしその全体論は社会の設計にかんするものではない。つまりハイエキアンを自称するものは、アメリカ流の個人主義的な方向での合理主義とロシア流の全体主義的な方向での合理主義とにともども反対しなければならないのである。そして、いうまでもないことだが、極端に私的なものとしての恋愛や極度に公的なものとしての軍事といったような、市場化に馴染まないものについてまで強いて市場機構を設計しようとするアメリカ流のやり方もハイエキアンの採る途ではない。

ハイエクがアメリカ的な経済学の主流と懸け離れているのは、その全体論的(もしくは構造論的)な姿勢においてであることはいくら強調してもしすぎるということはない。たとえば、最近我国において「小さな政府」論や規制緩和論がかまびすしいが、それらの議論でかならず引き合に出されるのはハイエクの徹底した反政府・反統制の言説である。それはよいとしても、その市場主義がアメリカニズムとよぶのが適切なような個人主義の弁護論に流れていくのでは、ましてや“なすにまかせよ[レッセ・フェール]”の掛け声とともに社会の「習慣・伝統・道徳」の破壊に赴くようでは、それはハイエクのとは似ても似つかぬ市場論だといってよい。ハイエクのことをあえて「ある意味での全体論者」と形容したくなるゆえんである。

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そうだとするとハイエクは首尾一貫せる保守主義者だということになる。彼が保守せんとしたのは、もちろん、既存の秩序そのものではない。既存の設計された秩序の奥底にあって歴史をつらぬいて持続してきた自生的な秩序、彼が保守せんとしたのはそれである。逆にいうと、真正の保守主義者が権威や位階の体制を保とうとするのも、それら自体ではなく、それらに含まれている歴史の知恵とでもいうべきものを守らんがためなのだと思われる。

そう解釈してもなお私にはハイエクへの不満が残る。それは、近現代の市場経済は巨大な技術革新のうねりとなって発展しているのであり、それゆえ市場が大いなる不確実性の発生源になっている、ということについて、ハイエクが等閑視しているということだ。たぶん、そのことを承知の上で、彼は市場機構を礼賛しつづけたのではあろう。反ソ、反ナチの思想的闘士として彼はそうしなければならなかった。その点を省いてみてはじめて、彼は鮮烈な保守主義者としての風貌を表わしてくるのである。

引用文(クイントン2)および引用文(佐伯啓思2)引用文(佐伯啓思3)参照。

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