万年初心者のための世界史ブックガイド

2013年7月1日

手嶋兼輔 『ギリシア文明とはなにか』 (講談社選書メチエ)

Filed under: ギリシア — 万年初心者 @ 16:03

世界史で「古典古代」と一括して扱われるギリシア・ローマについて、東地中海文明=ギリシア、西地中海文明=ローマという区分を明確にするという立場からの文明論とのこと。

以下、内容を適当に抜き出した箇条書き。

文脈に沿って整理してないので、自分でも意味が不明確な部分があります。

まずヨーロッパ文明の輝かしい起源というイメージが強烈な古代ギリシアだが、当時においては、むしろペルシア文明が圧倒的に優勢であったことを強調。

デルタ地帯に首都を置いた、第26王朝サイス朝エジプトとギリシアの密接な関係。

ギリシア人は最初傭兵として、のちに商人としてエジプトに進出。

新王国とプトレマイオス朝に挟まれたこの時期のエジプトはあまり注目されないが、エジプト・ギリシア枢軸ともいうべきものが成立していた。

ヘロドトスの「ナイルの賜物」という言葉は、本来はエジプト全体ではなく、デルタ地帯のみに関して述べたもの。

エジプト、ペルシアなど普通は中央集権的統一王朝が繁栄の頂点と見なされるのに対し、ギリシアではポリス分立期が全盛。

マケドニアによって全ギリシアが統一されるが、これは逆に衰退期のイメージが持たれる。

アテネにこだわったソクラテスに対し、ギリシア外に目を向けたクセノフォン。

マケドニアを半夷狄(バルバロイ)と見なす考えに反対し積極的に評価する考えが生まれる。

アリストテレスのギリシア至上主義。

その親族のカリステネスも考えを同じくするが、遠征に同行したアレクサンドロス大王に謀反の疑いをかけられ処刑される。

その遠因となった、アレクサンドロスによる跪拝礼導入の主張は、東方的専制主義に感染したというよりも、圧倒的に優勢なペルシア文明との落差を直視し、一時的征服から安定的統治へ移行する必要から出たものであり、ギリシア的優越感克服と被征服者から学ぶ姿勢を示したものとして評価。

後継者(ディアドコイ)国家のうち、セレウコス朝はティグリス河畔のセレウキアの他にシリアにアンティオキアも建設、ギリシア化に多くの限界がありペルシア文明色が濃い。

「セレウコス朝シリア」という表記は不正確だが、ある程度は妥当。

プトレマイオス朝はギリシア・マケドニア至上主義を退け、エジプト文明と融合し大きく飛躍、最後の王朝だが衰亡のイメージは当たらないと、本書では高く評価されている。

西地中海のローマでは、反ギリシア的な大カトーと小スキピオの対立。

当時のギリシアはアンティゴノス朝が北方支配、南方ペロポネソス半島中心のアカイア同盟と協調と対立、そこにローマが絡む。

ポリュビオスのような親ローマ的知識人が持つ、かつてのギリシア優越主義。

「旧ギリシア」=ギリシア本土、早くにローマに屈し、古い偏見に捕われる。

「新ギリシア」=エジプト・シリア、商業発展、文明の融合により先進地域として再生、その表れがムセイオンとエウクレイデス、アルキメデス、エラトステネス、アリスタルコスなど。

「旧ギリシア」ではかつての古典文化への固定化・美化が進み、それをローマ人も賛美したため、現代に至るまで古典古代の精華とされているが、著者はあまり評価せず、むしろ「新ギリシア」における成果を強調している。

ローマ支配下でもギリシア的要素は存続、東ローマ帝国は最近ビザンツ帝国と呼ばれることが多いが、「東ローマ」=「東地中海文化圏」と解釈した場合、「東ローマ帝国」と呼ぶ方が適切とも。

上のメモは内容が曖昧で誤読もあるかもしれませんが、本書自体は読みやすい。

高校レベルの基礎知識があれば十分面白く読める文明論になっている。

ギリシア文明内部の相違だけでなく、ギリシアとローマ間のそれをもっと説明してくれれば、なお良かったが。

しかし悪くない本です。

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