万年初心者のための世界史ブックガイド

2013年2月19日

児玉幸多 編 『日本史年表・地図』 (吉川弘文館)

Filed under: 教科書・年表・事典 — 万年初心者 @ 13:25

これも、同じ出版社の世界史版は以前から持っていた。

こういう高校の副読本タイプの本は、どれでも自分が気に入ったものを1冊手元に置いておけばいいので、特にこの本が、ということは本来ありません。

本書は、世界史版と同じく、表記やフォントに古さを感じる。

地図では、詳細な近世大名分布図など興味深いものはあるが、それだけで本書を選ぶほどでもない。

しかし、年表編と地図編の間に史料集があり、そこに数ページの「系図」が掲げられている。

これが特筆大書すべき出来。

じっくり眺めてると、本当に面白い。

まず皇室系図。

壬申の乱で倒された弘文天皇(大友皇子)の曾孫が漢詩人の淡海三船。

薬子の乱で廃された平城太上天皇の孫が在原業平。

藤原仲麻呂の乱で、孝謙太上天皇に廃された淳仁天皇は、『日本書紀』編者の舎人親王の子。

現皇室は、新井白石が創設した閑院宮系統。

藤原氏系図はさすがに壮大。

系統がかなり怪しく、ただ言い伝えとして何々から出たというだけの家もあるんでしょうが、それを踏まえた上で見れば、非常に面白く読める。

藤原不比等の四子のうち、武智麿の南家系統からは、(鎌倉御家人?の)伊東氏が出る。

やはり後述の北家に比べるとパッとしない印象だが、平治の乱で自殺した信西(藤原通憲)が武智麿の子孫。

この人、保元・平治の乱での、(北家)摂関家内部での争いの系図では出てこないのに、いきなり名前が挙げられているので、どういうことなのかと思ってましたが、南家系統でしたか。

で、その孫が貞慶(解脱)と表記されてるんですが、これは鎌倉新仏教に対抗して、旧仏教の法相宗の再興に尽くした人として教科書に載ってる人と同一人物ですよね?

房前の北家はさすがにすごい。

一番栄えたのは房前の子真楯の系統。

まず、冬嗣・良房・基経という摂関家の源流である超大物がいる。

叔父良房の養子に入る前の基経からみて、藤原純友は、甥の息子という立場。

こんなに摂関家に近い立場なのに、乱を起こしたのかと意外に思った。

これも怪しいのかもしれませんが、純友から九州戦国大名の有馬氏・大村氏が出ている。

冬嗣の兄弟、真夏は日野家に繋がる。

足利義政の妻、日野富子が一番有名だが、義満・義持・義教・義視・義尚など、多くの室町将軍の妻も日野家出身。

で、もう一つ、極めて重要なのは浄土真宗開祖親鸞もこの日野家出身だということ。

以後、蓮如を経て顕如、大谷派・本願寺派の分立といった具合になる。

良房の兄弟良門の5代後が紫式部。

面白いのが、同じ系統から徳川譜代大名の井伊氏が出ている。

上杉氏も同じくそう。

房前の子魚名からは富樫氏、安達氏、伊達氏。

同じ魚名の4代後が秀郷、その秀郷から奥州藤原氏、大友氏、武藤氏、少弐氏、結城氏。

西行は同系統の佐藤氏出身。

房前の子で、道鏡追放に後述の藤原百川と共に貢献した永手、および遣唐使を務めた清河がそれぞれ載っていないのは、やや不備があるなと感じた。

式家の宇合の子が広嗣・百川、孫が種継、その子が薬子。

しかし、徳政論争で有名な藤原緒嗣が百川の子だと記していないのは不親切。

京家の麻呂は、特に無し。

物部氏では、守屋の6代後が石上宅嗣になっている。

小野妹子の5代後が篁、その孫が好古と道風。

橘諸兄と光明皇后は異父兄弟、奈良麿の孫が逸勢。

怪しすぎるが、楠木正成も橘氏から出たことになっている。

清少納言と奥州豪族清原氏も元は同じ一族。

大江氏から毛利氏・小早川氏・吉川氏が出る。

以後も、桓武平氏・清和源氏・宇多源氏・村上源氏などについて、いろいろ面白い系図があります。

他に気に入ったものがあれば、それを選んで頂ければいいんですが、この系図があることによって本書をお勧めする気になりました。

比較的入手しやすいと思いますので、一度どんなもんかご覧下さい。

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