万年初心者のための世界史ブックガイド

2013年1月15日

塩野七生 『十字軍物語 1』 (新潮社)

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2010年刊行開始のシリーズ。

全3巻。

本編刊行前に、『絵で見る十字軍物語』というものも出ているが、無視。

刊行されたことはもちろん知っていたが、今まで完全に放置していた。

昔だったら考えられないですね。

以前は、『ローマ人の物語』の発売日を指折り数えて待ち、発売当日に大型書店に行って、平積みから美本を選んで、喜び勇んで家に帰ったものでしたが。

最初に背景説明が叙述される。

第一回十字軍の提唱者ウルバヌス2世は、グレゴリウス7世と同じく、クリュニー修道会出身。

教科書では全く別々に出てくるから、あまり結び付けて考えないが、カノッサの屈辱が1077年で、クレルモン公会議が1095年だから、実は両者は年代的にかなり近い。

十字軍開始時の神聖ローマ皇帝は依然ハインリヒ4世である(1106年まで在位)。

そもそもウルバヌス2世が十字軍を提唱した動機の一つが、カノッサでの敗北から勢力を盛り返したハインリヒ4世によって、自身がローマにもほとんど入れないような、皇帝優位の状況を覆すことであった。

なお、中東への十字軍が行われていたこの時期、シチリアもノルマン人によってイスラム勢力から奪還されている(高山博『中世シチリア王国』)。

同じくノルマン人勢力の拡大ということでは、1066年イングランドのノルマン征服も同時期です。

話が形式的な方向にずれますが、1066年ノルマン・コンクェスト、1077年カノッサの屈辱、と並べて、「11世紀の下二桁ゾロ目」で重要年代が他にも確かあったんじゃないかという考えが頭に浮かぶ。

と思ったら、ありました。

まず、本書のテーマに直接関わるものでは、1099年にイェルサレム王国成立。

加えて、1055年。

これ、何の年かわかりますか?

高校世界史レベルでも、結構重要史実です。

十字軍とも全く関係が無いわけでもない。

ヒントは、イスラム世界での出来事。

思いつきません?

セルジューク朝のバグダード入城(ブワイフ朝滅亡)ですね。

あと、1044年には、ビルマ(ミャンマー)でパガン朝が成立してます。

他地域の11世紀は、インドではガズナ朝とゴール朝侵入による北部のイスラム化、中国では北宋・遼・西夏の鼎立と王安石新法、日本では摂関政治全盛から院政へ、というのが極めて大雑把な傾向です。

ちなみに、同じく1044年、北宋・西夏間に慶暦の和約が結ばれ、宋側が銀・絹・茶を歳賜として提供することになります。

話を本題に戻しましょう。

第一回十字軍は周知の通り、皇帝・国王の参加は無かった。

しかし、中世の真っ只中であり、近世以降の中央集権化以前のことなので、諸侯と皇帝・国王の実力差は大きくなく、軍勢の規模に格段の違いは生じなかったと本書では書かれている。

考えてみると当然かもしれないが、改めて指摘されると、盲点を突かれた気がして新鮮である。

十字軍を迎え撃つイスラム側は、セルジューク朝の宗主権下で、アレッポ・ダマスカス・モスール・アンティオキア等が事実上独立している、分立状態。

パレスチナはファーティマ朝支配下。

これらイスラム世界内部の相互対立が十字軍を利する結果となり、イェルサレムは奪還される。

南から順に、イェルサレム王国、トリポリ伯領、アンティオキア公国、エデッサ伯領という、4つの十字軍国家が建国される。

ここまでが、この第1巻の叙述範囲です。

細かな史実をメモするのは止めておきます。

ただ、内容メモ代わりに、以下に簡易人名リストを書いておきます。

なお、リストには挙げませんでしたが、ビザンツ皇帝アレクシオスや仏国王フィリップの後に「1世」と明記していないのは、不親切に感じました。

ヴェルマンドワ伯ユーグ=仏王弟。影の薄い存在。コンスタンティノープルへ交渉に赴き十字軍から離脱。2年後再びオリエントへ戻る。

ノルマンディー公ロベール=ウィリアム1世の長子。英国王は弟のウィリアム2世に引き継がれる。

ブロア伯エティエンヌ=アンティオキア戦より逃亡、その後再びオリエントに向かい戦死。ウィリアム1世の娘と結婚し、上記ノルマンディー公の義弟に当たる。

フランドル伯ロベール=小兵力ながら有能な将との評価。

以上4名は戦力的には寡兵。

トゥールーズ伯レーモン・ド・サン・ジル=本書では「サン・ジル」と呼ばれるが、普通は「レーモン」か。本書での評価は低い。アンティオキアで病死した教皇代理司教アデマールを同行する。自身はトリポリ攻撃中、戦傷死するが、トリポリ伯領の基礎を築き、子と孫がそれを引き継ぐ。

ロレーヌ公ゴドフロア・ド・ブイヨン=当時ロレーヌは神聖ローマ帝国の一部。高校世界史では唯一名前が出る人か。1099年イェルサレム王国の「聖墓守護者」(実質国王)に就任するが、翌1100年には死去している。

ボードワン1世=ゴドフロアの弟。エデッサ伯を経て、兄を継ぎイェルサレム国王に即位、1118年死。

ボードワン2世=上記二人のいとこ。ボードワン1世を継いでエデッサ統治、ジョスラン・ド・コートネーと協力、一時捕虜となるが、のちにイェルサレム王に即位。

プーリア公ボエモンド・ディ・アルタヴィッラ(オートヴィル)=ロベルト・グィスカルドの子。グィスカルドの弟ルッジェーロ1世はシチリア征服者。ボエモンドはアンティオキア公国を支配。南伊に戻りビザンツを攻撃するが失敗、失意のうちにイタリアで死去。

タンクレディ=ボエモンドの甥(ギボン『ローマ帝国衰亡史 9巻』では従兄弟)。ボエモンドを助け奮戦。1112年病死。

悪くはない。

イスラム史の記述がもうひとつ食い足りない印象だが、全体的には、事前に予想していたよりはかなり良かった。

ただし、続けて2巻に取り組むかは未定です。

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