万年初心者のための世界史ブックガイド

2012年6月10日

加藤陽子 『それでも、日本人は「戦争」を選んだ』 (朝日出版社)

Filed under: 近代日本 — 万年初心者 @ 06:00

数年前、かなり話題になった本を今頃になって通読した。

同じ著者の『戦争の日本近現代史』(講談社現代新書)は既読。

栄光学園という進学校での五日間の講義を基にした本。

1章が日清戦争、2章が日露戦争、3章が第一次大戦、4章が満州事変と日中戦争、5章が太平洋戦争という、これ以上無いオーソドックスな構成。

上記リンク本と同じく主な内容は、戦争を国民に説明し正当化する論理の解明と当時の国際情勢の解説。

以下、各章のポイントを抜書き(あくまで一部)。

序章では、現代史上の総力戦体制が膨大な犠牲者を生み出し、それが新たな社会契約と平等主義の欲求をかき立てるメカニズムを指摘。

加えて、歴史の教訓が現在に確実に影響を与えること、それも往々にして政策決定者による歴史の誤用という形で、悪い影響を与えるということを述べる。

ここで挙げられているアーネスト・メイ『歴史の教訓』(岩波現代文庫)は読まなきゃいけない本だなあと思いつつ、現在も未読。

1章、アヘン戦争以来、列強に押されっぱなしの清朝が、1880年代よりイリ条約、清仏戦争、壬午軍乱、甲申事変など華夷秩序維持のための積極策を採るようになり、それが日本との衝突に繋がる。

日本国内では、民権論者は同時に国権論者でもあり、外交・軍事では政府と一致していた。

三国干渉を受諾した政府への不満が普選運動に繋がるロジックを述べているのだが、この対外強硬論から民主化への要求という流れは極めて不吉で危険なものに、個人的には思える。

2章、日露戦争における日本の戦争目的は安全保障上、韓国がロシアの支配下に入るのを防ぐことだったが、国際的には英米の支持を得るため満州の門戸開放を主張。

ロシアは日本が韓国をこれほど重要視していることを見逃した可能性があり、それにより日露開戦に至る。

欧米向けの戦争正当化の論理と、日本の実際的な死活的利益とにズレがあり、後々これが禍根を残す。

次に国内的な話。

明治日本は財産資格による制限選挙であり、近代化の原資と戦費負担のために地租をはじめ重税が課されたということは中学どころか小学生でも教えられるでしょう。

ここから「近代日本の抑圧性」みたいなイメージが容易に生まれるが、考えてみれば、この二つの事実を組み合わせると、増税で有権者が増えたという盲点に気付く。

1900年第二次山県内閣において納税資格が15円から10円に引き下げられ、有権者数は76万人と、最初の選挙法の倍になり、地主以外の商工業実業家が議会に進出。

戦争が平等化を推進するという、近現代史の普遍的法則が日本でも当てはまることを指摘。

3章、第一次世界大戦、開戦時と講和時における日本と米英の思惑のズレについてあれこれ。

4章、当時の国民世論において、「暴支膺懲」という感覚が極めて広範囲に見られた。

「条約のグレーゾーン」という問題があり、日中間に厳しい対立をもたらした満鉄併行線禁止は、実は確固たる条文はなく、日中会議録の中の文言にしか無いもの。

しかしこれが世論の煽動に使われる。

次に、連盟脱退における、1933年2月熱河作戦の悪影響について。

連盟規約16条の、紛争解決交渉中に戦争に訴えた国を全加盟国の敵とする条項を懸念して、日本は脱退を選択。

(一般的イメージと異なり、全権代表松岡洋右は脱退に慎重だった。)

国内では政党政治の行き詰まりから、陸軍による国政改革に世論の支持が集まっていく。

中国では、胡適が「日本切腹・中国介錯論」を唱えたことに象徴されるように、日本との全面対決路線を選択。

数年間日本に敗北し続け、国土の中枢部を占領されて、どれほど甚大な被害を蒙ろうとも、米英ソを巻き込み、日本を打倒するという考え。

胡適は、松本重治『上海時代 中』では対日強硬論を戒める立場だったはずだが、こういう人にまで敵意の抑制を不可能にしたのは、やはり日本の失敗だなと思わざるを得ない。

これに対し、汪兆銘は国土の荒廃と国民の疲弊が共産化の危険をもたらすとして反対したが(実際その通りになった)、不幸にして売国奴の汚名を着ることになってしまった。

汪のような人々にも、日本が報いるところが余りに少なかったのではないかと残念に思う。

5章、日ソ独伊ユーラシア四国同盟の幻想と、アメリカの潜在的国力の大きさについて。

面白く、読みやすい。

さすが、話題になっただけのことはある。

半藤一利『昭和史』より、こちらの方が良い。

予備知識がほとんど要らないのも長所。

ただし、上記『昭和史』と同じく、やはりこれだけ読んで、ああやれやれと思うのでは駄目。

以後、多くの本を読む取っ掛かりとして使うべき。

私の昭和史や日本近現代史についての見方は、福田和也『昭和天皇 第四部』の記事でほぼ言い尽くしていますが、本書の史観はそれと親和的な部分もあれば、そうでないところもある。

とは言え、特に気になる部分は無かったので、どんな考えの方が読んでも、強い抵抗を感じることは無いと思います。

機会があれば、是非お読みになることをお勧め致します。

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