万年初心者のための世界史ブックガイド

2012年5月3日

引用文(西部邁7)

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西部邁『大衆への反逆』(文芸春秋)より。

マルクスの暗さ

私がマルクスの著作とふれあったのはごく短い期間であった。そのせいか、彼のことを想い起こそうとすると、まず念頭を横切るのは彼のあれこれの言説ではなく、それらの総体によってかもしだされている雰囲気である。マルクスをつつむ鬱陶たる気配が今なお私の心によどんでいる。「ここ二十年来、マルクス主義の影は歴史を暗くしてきた」とサルトルはいった。しかしそれは、スターリンに代表されるようなマルクス主義者たちの暗さのことであった。私には、マルクスその人が、明るさよりも暗さのなかに、快活よりも苦悩において、そして解放よりも幽閉のうちに生きていたように思える。彼がブルジョア社会にたいしにえたぎる敵意をもっていたからそうしたマルクス的の症状が生じたのだ、といいたいのではない。マルクスのもつ桁外れの真面目さ、それが彼の肖像を無彩色にみえさせるのである。

「今日まで、ある世紀が自己自身を、また存在のすべてを、物々しい真面目さで受けとったことがあったとすれば、それはこの十九世紀にほかならなかった」。このホイジンガのいう意味において、マルクスは前世紀の典型といえよう。彼の著述のところどころに諧謔や機知が顔をのぞかせてはいる。しかしそれすら、犬儒の臭いによって相殺されているのだ。ケインズは「他の新興宗教と同じように、レーニン主義も、日常生活からその色どりと娯楽と自由を奪い去り、そのかわりに、その帰依者たちにまったく無表情な顔をした単調な代替物を与えているように思われる」と記している。同じことがこの宗派の始祖マルクスにもいえるのではないか。“遊び”の要素がはなはだ少ないのである。私もケインズにならって、マルクスのもつ「雰囲気の緊張度は、人が普通に耐えられる範囲を超えており、ロンドンの軽薄な気軽さが恋しくなるほどである」といいたくなってしまう。

マルクスがみたと思ったのは、物質的安楽という日常平俗のことがらを「自由・平等・所有・ベンタム」の名の下に聖化するブルジョアの世紀であった。この新時代にたいする驚きと怒り、こうした自分の感情とマルクスは真面目にとりくんだのである。彼にとって、いわゆる価値形態をときあかすことは、商品物神に魅入られた資本主義の神話と、その神話のうえになりたつ市場交換の儀式とを解釈することであった。その神話の語り部であり、その儀式の司祭でもある経済学を批判することをつうじて彼は近代の幻想をあばこうとしたのである。この幻想は、印度のジャガンナート神の山車のように、幻覚におぼれるものたちを無残にひき殺してゆくとマルクスは想像した。その思いは彼にとって受苦であり、その極まるところ、「大切なのは世界を解釈することではなく、それを変革することだ」という真面目なテーゼが出てきたわけである。

世界は人間の「自己疎外」にあふれていると彼は考えた。つまり、自分の活動が自分にとって疎遠なものになってしまっているというのである。そして世界は「物象化」につらぬかれていると彼は考えた。つまり、人間の意識が物のごとくに制度化されて、その結果、人間の「類的本質」の発揚が妨げられているというのである。疎外からの解放そして物象化の克服、マルクスの世界変革とはこのことらしい。このおそろしく真面目な提案が私をほとんど窒息させる。疎外や物象化から自由になった自分を想像することなぞ、私にはできない。

ざっくりいえば、どんな文化も幻想の産物なのであり、幻想であるとわかったからとてどうなるものでもない。むしろ、「自己が失われたと感じる能力およびその不快感は、人間の悲劇的な宿命であり、輝かしい特権でもある」(オルテガ)と考えるべきではないだろうか。“遊び”とはこの宿命に身をゆだね、この特権を行使することなのだと思われる。少なくとも真剣な遊びには、たとえば真剣な言論戦におけるように、厳格な規則がつきものであり、そしてその規則が私たちを束縛する。その束縛にすすんで応じることによって、かえって非日常の遊びを創意ゆたかに演じることが可能になる。このおそらくは受苦と享楽が相半ばする遊びのなかで、私たちの奇態な能力に、つまり生物学的には過剰とも異常ともいうべき幻想の能力に、捌け口が与えられ、そして限界が画される。

しかし、“遊び”の概念をかるがるしく弄ぶのは危険である。前世紀が遊びを極小化したのにたいし、今世紀は遊びを小児病化しているというのがホイジンガの診断であった。「たやすく満足は得られても、けっしてそれで飽和してしまうことのない、つまらぬ気晴らしを求めたがる欲望」に今世紀はひたっている。要するに、人々は真剣な遊びに退屈するか、あるいはどう真剣に遊んだらよいかどうかわからなくなっているわけである。これがブルジョア的安楽の帰結なのだとしてもマルクスの真面目さ、そしてそれに何層倍かするマルクス主義者たちの真面目さが、遊びの能力を減退させるのに一役買ってきたのだと思わずにはおれない。

ただ、怠惰な遊びと真剣な遊びを区別するのはむずかしい。そうである以上、どうすれば遊びの小児病化をふせぐことができるかは厄介な仕事となろう。ひょっとして、物々しい真面目さで振る舞うのが遊びの小児病化に抗するための最後の真剣な遊びなのだろうか。もしマルクスの真面目さがすでにそうした覚悟もしくは諦観にもとづいていたのだとしたら、私ごときマルクス知らずが口をはさむ場合ではない。

マルクスの風貌には黒く底光りする迫力がある。それにあえて類型を与えてみれば、戦闘的無神論者の顔相とよぶのが適切なようである。いわゆる科学的社会主義の理論なるものもこの戦闘的無神論の信仰とはりあわされてはじめて、革命の舞台にのりだすことができたのだと思われる。

いうまでもなく革命家たちの思惑どおりに事態が進んでいるわけではない。東ヨーロッパで教会が庶民の集会所になっているというのは、単に、共産党の官僚支配からの避難所というような意味合いにおいてばかりではないだろう。そこでは、どれくらい明瞭に意識されてのことかは知らぬが、神の存在をめぐる信仰と懐疑が魂の奥底で今もうごめいているのではないか。「恐怖は神々をつくれり」(ルクレティウス)というのが無神論の出発点である。そして、恐怖が誰かの迷妄もしくは作為によって捏造され強制されたのだとみなし、したがって次に、迷妄からの覚醒と作為の除去を決断したとき、無神論は戦闘性をおびる。マルクスの迫力とは、良くも悪くも、そのことである。

彼にとって、国家もまた神々の祭壇にあって、いずれ破棄されるべきものであった。国家は、支配の恐怖とその恐怖を正当化するための支配階級のイデオロギーによってつくりだされた、というのである。なるほどそうかもしれない。しかし、支配が支配者の恣意に発しているとみなす点で、彼は軽率であった。

「幻想的普遍的利害」という虚構のうえに国家が成り立つというマルクスの見方は正しいであろう。だが、その幻想は支配者の恣意によってつくられたものだろうか。そして、それを虚構として投げ棄ててよいのだろうか。もしそうなら、国家は支配のための抑圧装置、つまり“機械としての国家”にすぎぬということになり、私もまた「国家の死滅」というマルクスのテーゼに賛同しなければならない。

社会主義諸国の実例がいやというほど示してくれているように、国家の死滅をめざした人々が機械としての国家をより完備させている。このような国家が、やがて、「社会の髄まで吸いつくした後は、痩せおとろえ、骨だけになり、命ある有機体の死よりもはるかに気味悪い、あの錆びはてた機械の死をとげる」(オルテガ)のかどうか、先のことは私にはわからない。

いずれにせよ、社会主義の現在は歴史の大きな皮肉である。これを世界状勢やスターリン主義やらのせいにする前に、マルクスの国家観そのものを疑ってみてよいだろう。戦闘的無神論が一種の過激な宗教であるのに似て、国家死滅論がその強化論を招いているのかもしれないからである。

このようにいうときに危険なのは、社会主義を批判することによって、リベラル・デモクラシーの現在を安直に弁護しようとする護教論が頭をもたげることである。さらには、民族や国民が、うるわしい人倫・習俗によって、国家が命ある有機体のごとき連帯の下にあるとする古びた幻想を蘇らせることである。私のみるところ、高度大衆社会におけるリベラル・デモクラシーは、勝手気儘の自由と多数決の民主とのために、少しずつ擬似独裁への傾きをつよめつつある。また、“生命としての国家”という考え方が個人の生命をおびただしく傷つけてきたことも、私は知っている。

マルクス的無政体、ロック的政体そしてヘーゲル的国体のあいだの比較はあってしかるべきだろう。そのうちいずれかを採れといわれたら、いやいやながら、私は自分をロックの徒に、つまりリベラル・デモクラットに分類したい。自由民主がひとつの幻想であるとは承知しているが、マルクスの階級国家の死滅とかヘーゲルの有機体国家とかといった過激な幻想に身をまかすほど、私の体質は強靭ではない。

しかし、こんな比較よりも、三者の根本における同一性の方が気がかりである。それらはみな、人間というものにたいする希望と信頼を前提している。もしくは偽装している。要するにヒューマニズムの信仰に立っている。それはたぶん、キリスト教の流れにおける原罪説の否定であり、人間学の流れにおける性善説の肯定ということなのだろう。

むろん、原罪説や性悪説をふりかざすのは馬鹿気ている。ただ、国家の体制そしてそれを支える法という禁止の体系は、人間にたいする五割の絶望、五割の不信のうえに成立つものではないだろうか。ホッブス流にいえば、人間が人間にたいして狼でありうること、シュミット流にいえば、政治が友と敵との闘いにみちていること、そしてオルテガ流にいえば社会が人間にとって地獄でありうること、国家の片足はこうした残忍な事実のうえにおかれている。この恐怖すべき事実はほかならぬ私たち自身の幻想のうちにあるのだから、国家の死滅や国家の繁栄どころの話ではないのだ。

国家幻想をふくめあらゆる幻想は、私たちの私たち自身にたいする希望と絶望そして信頼と不信が交わるところに発生する。この交差をつらねたのが私たちの幻想の物語(ストーリー)であり、それが同時に、人間の歴史(ヒストリー)なのだろう。この歴史に場所をもたないのが“何処にもない国”つまりユートピアである。

マルクス死後百年にまたしても確認しなければならないのは、ユートピアをつくろうとする戦闘精神が歴史によって復讐されるという、いくぶん悲しい真実である。

(毎日新聞 昭和五十八年二月二十一~二十二日夕刊)

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