万年初心者のための世界史ブックガイド

2012年4月15日

鈴木淳 『維新の構想と展開  (日本の歴史20)』 (講談社学術文庫)

Filed under: 近代日本 — 万年初心者 @ 06:00

この講談社版「日本の歴史」シリーズは、文庫化されつつあった頃、通読しようかどうか迷った末、結局読みませんでした。

情けない話ですが、前近代の日本史については、教科書の『詳説日本史』と参考書の『石川日本史B講義の実況中継 1』『同 2』『同 3』を気の向いた際に時々読み返すだけという状態。

相変わらず高校日本史レベルもおぼつかない状況です。

2011年のセンター試験では一問間違えただけで済みましたが、今ならポロポロ取りこぼすんじゃないですかね。

せめて近現代史の巻だけでもと思い、立ち読みしたところ、この巻と次巻のみ手に取る気になりました。

明治初年から1889(明治22)年憲法制定まで、二十余年の明治前半の歴史。

目次を眺めるとさほど網羅的には思えないが、通して読むと教科書に出てくるような重要事項は漏れなく叙述されているという作り。

社会史・経済史的記述が多く、一部は砂を噛むような文章もあるが、その辺は細部を気にせず、飛ばし読みでいいでしょう。

この明治前期は諸改革が集中している時期ですので、一年ごとに何があったのか、教科書でバラバラに出てくる事項を自分で手書きしてメモしてみるといいかも。

なお、近現代史では、私はあまり年号の語呂合わせは使いません。

西暦の下二桁をじっくり眺めて、その数字と歴史用語を印象付けることを、面倒がらずに何度でもやります。

それしかない。

以下、ほんの数行の内容紹介。

第一章「明治の『藩』」。

公議という概念の諸相についてあれこれ。

事実関係として明治初年の立法機関のみ整理。

1868年政体書で定められたのが議政官。

議定・参与で構成される上局と藩代表の貢士からなる下局に分かれる。

下局から替わった貢士対策所が翌69年公議所となり、それが同年集議院となるが、集議院は諮問機能のみとなり、73年左院に吸収、75年大阪会議後元老院が設立、それが90年帝国議会開設まで存続。

第二章「戸長たちの維新」。

民法上の「戸主」ではなく戸長。

廃藩置県後に敷かれた大区小区制について。

数町村をあわせた小区と数小区からなる大区を府県のもとに設置。

小区あるいは村の長が戸長と呼ばれた(大区の長は区長)。

その戸長が、郵便・学制・徴兵令・地租改正などの改革を担い、政府と住民の橋渡しをした様が記述される。

第三章「士族の役割」。

外交・内乱・秩禄処分の他、国立銀行設立における士族の役割について。

(この「国立銀行」は、明治史においては1872年国立銀行条例に基づいて設立された民間銀行の意。)

第四章「官と民の出会い」。

民権運動、軍人勅諭、明治十四年の政変。

大久保利通暗殺後、十四年政変までの政府内最有力者は大蔵卿の大隈重信だったとされている。

第五章「内治を整え民産を殖す」。

殖産興業、経済史、条約改正、内閣制度。

第六章「憲法発布」。

一般では人民の権利保護が憲法の中心と捉えられていた。

新憲法との比較や戦前昭和の記憶から、旧憲法は国民の権利に法律の制限が付されていたことが普通強調されるが、民選の衆議院を通過しなければ法律が成立しない以上、民意に依らない権利制限はなされないのが原則であった。

言われてみると盲点だが、本当にそう。

緊急勅令という手段があっても、議会の事後承諾が必要な限り、乱発できるはずもない。

議会の選出が制限選挙で有権者が限られていたといっても、選挙権が徐々に拡大するのを止めることは誰にもできず、一度与えた参政権を再び剥奪するなんてことはほとんど不可能なのだから、国民の権利保護について明治憲法と現憲法の間に根本的な差異があるとは認めがたいのではないかと個人的には思う。

憲法発布に際して、河野広中、大井憲太郎、片岡健吉、星亨など民権活動家への大赦が行われる。

五箇条の御誓文から憲法制定に至るまで、反政府活動家をも包含して、皇室による国民統合を図るという意志は一貫していた。

それが明治期には有効に機能していたが、反対者がほぼ絶無に等しい反面、同じ概念が矯激な在野勢力によって反政府運動の武器に使われる危険もあり、その弊害が昭和に入って噴出することになる。

一冊でわずか二十数年を叙述した本だが、それでも相当簡略に感じる。

一方、経済史関連ではややだるい部分も。

ごく普通の評価です。

教科書と併読して、年号をチェックしながら読めば効用は高いかも。

ざっと立ち読みして、そこそこいいと思った方だけどうぞ。

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