万年初心者のための世界史ブックガイド

2012年4月2日

引用文(豊﨑由美1)

Filed under: 読書論, 引用文 — 万年初心者 @ 06:00

豊﨑由美『ニッポンの書評』(光文社新書)より。

粗筋や登場人物の名前を平気で間違える。自分が理解できていないだけなのに、「難しい」とか「つまらない」と断じる。文章自体がめちゃくちゃ。論理性のかけらもない。取り上げた本に対する愛情もリスペクト精神もない。自分が内容を理解できないのは「理解させてくれない本のほうが悪い」と胸を張る。自分の頭と感性が鈍いだけなのに。そういう劣悪な書評ブロガーの文章が、ネット上には多々存在する。それが、わたしのざっと読んでみての感想です。

不思議でならないのですが、匿名のブログやAmazonのカスタマーレビュー欄で、なぜ他人様が一生懸命書いた作品をけなす必要があるのでしょうか。卑怯ですよ。他人を批判する時は自分の本当の顔、どころか腹の中の中まで見せるべきでありましょう。都合が悪くなれば証拠を消すことのできる、匿名ブログという守られた場所から、世間に名前を出して商売をしている公人に対して放たれる批判は、単なる誹謗中傷です。批判でも批評でもありません(精読と正しい理解の上で書かれた批判は、この限りではありません。というのも、そういう誠実な批判の書き手の文章は、たとえ匿名であっても“届く”ものになっているからです。届く文章は、前段で挙げた劣悪な批判がまとう単なる悪口垂れ流しムードから逃れ批評として成立しうるものです)。

批判は返り血を浴びる覚悟があって初めて成立するんです。的外れなけなし書評を書けば、プロなら「読めないヤツ」という致命的な大恥をかきます。でも、匿名のブロガーは?言っておきますが、作家はそんな卑怯な“感想文”を今後の執筆活動や姿勢の参考になんて絶対にしませんよ。そういう人がやっていることは、だから単なる営業妨害です。

「まともなリテラシーを備えたブログ読者は低レベルの悪口書評なんか真に受けない」「コメント欄を設けているんだから、被害を受けた作家やその作品を擁護したい読者はそこで反論すればよい」という意見は一見もっともなようですが、「まともなリテラシーを備えないブログ読者も多々存在する」「なんで作者自身が、そんな程度の低いブログのとこまでいって、わざわざ反論なんていう面倒臭いことをしなきゃならないのか。そもそも、その書き手は当該作品を誤読、もしくは全然読めてないのだから、議論は不毛に終わるに決まっている」と答えておけば十分でしょう。

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これまでやってきたように、ネット上からいろんなタイプの評を拾い、引用しながらブログ書評について考えてみたいと思っていたのですが、それは編集部からストップがかかりました。素人の原稿を勝手に引用するのは問題があるのだそうです。ほら、守られてるじゃん。ブログで書評を書いている皆さん、あなたがたは守られてるんです。安全地帯にいるんですよ。そして、安全地帯に身をおきながらでは批評の弾が飛び交う戦争に参加することはできないのですよ。

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「何を書いてもオレの自由じゃん」

そのとおりです。けれど、自由の怖さや自由が内包する不自由さを自覚しない人間は、ただの愚か者とわたしは思います。

この前の、『ローマ人の物語』最終巻の記事でちょっと言い過ぎたかなと思いまして、主に小説を念頭に置いたものですがこの文章を引用しました。

自分のことを振り返ると忸怩たるものがあります。

ここ2、3年では、「酷評」に近い内容の記事でも、「こちらの感覚の方がおかしいのかもしれない」ということを少しは滲ませた書き方をしているつもりなんですが・・・・・(例えばこの記事とか)。

いずれにせよ、十分自戒したいと思います。

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