万年初心者のための世界史ブックガイド

2011年6月24日

P・F・ドラッカー 『「経済人」の終わり』 (ダイヤモンド社)

Filed under: 思想・哲学 — 万年初心者 @ 06:00

1939年刊のピーター・ドラッカーの処女作。

これも以前から読もうと思ってはいたが、確か2、3回挫折しているはず。

この程度の長さと難易度の本を投げ出しているようではいけませんね。

今回はしっかり通読。

ファシズム全体主義分析の書。

文章はさして難しくないのだが、初心者はやや論旨がつかみにくい。

以下、誤読があるかもしれないが、とりあえず内容メモ。

キリスト教普及後のヨーロッパでは自由と平等がヨーロッパの二大基本概念となっていた。

まず初めはこの二つが精神的領域において追求された。

死後の彼岸ではあらゆる人間が平等であり、この世は死後の真の人生の準備期に過ぎないとする見方を全ての人間が受け入れていた。

この時期においては、人間は「宗教人」として理解されていたことになる。

それが、近世宗教改革以後、知性による聖書理解と個人による運命決定が押し進められ「知性人」に移行。

さらに自由と平等が社会的領域に求められるようになり、まず「政治人」が、そして「経済人」の概念が現れた。

「経済人」の概念とは人間にとって経済的地位、報酬、権利、利得を至上のものとする考え方。

それがブルジョア資本主義の背景を成していたが、20世紀に入り戦争と恐慌により、それへの確信が崩壊。

合理化・機械化・唯物化の進展が独自の力を持ち、人間には制御不能の存在になったことが示されたため。

さらに、ブルジョア資本主義と同様にマルクス社会主義も、ソ連の現状が知られるにつれ、もはや自由と平等を達成できないことが明白になった。

かつて「宗教人」の概念をもって人々を静かな諦観と従容と死後の救済を待つ態度に導いたキリスト教も、この情勢において大衆を導くことに失敗。

著者は通説とは異なり、19世紀を宗教的信仰復興の時代と捉えている。

実際、キリスト教的社会活動家によって労働条件を改善しブルジョア資本主義の弊害を是正する動きが多く見られた。

しかし20世紀においては、キリスト教は個人の貴重な避難所を提供することはできたが、社会全体を導くことはできず、反ってファシズムの本質を見誤り、それに親近感を持ち、ブルジョア資本主義・マルクス社会主義のみを否定しがちになる。

この「経済人」概念を中心とする旧秩序崩壊と新秩序不在の状況下、絶望した大衆が求めたのがファシズム全体主義。

本書ではファシズム特有の病的症状として、(1)積極的信条を持たず、他の信条への攻撃・排斥・否定を旨とする、(2)権力と組織の自己正当化・自己目的化、(3)仮の信条と公約の矛盾、不信にも関わらず、むしろそれゆえに絶望した大衆が支持を与えること、の三点を挙げている。

ファシズムは「英雄人」という人間規定を掲げるがその内容は空疎であり、もちろん真の社会の安定をもたらすことはできない。

著者はファシズムを支持する大衆を、夢幻と忘却を求める麻薬中毒患者に喩えている。

西側民主主義諸国は以上ファシズム台頭の真因を理解し、「経済人」を超えた理想を作り上げなければならない、といったことが書いてあるのか?

ざーっと読んで、あとはほとんど(特に後半部は)見返すことなく、おぼろげな記憶に頼って書いたので、変なことをメモしているかもしれません。

以上の記事はいつにも増して信用しないで下さい。

これも期待が大き過ぎて、読後感はあまり良くない。

同じドラッカー著なら、『傍観者の時代』の方がずっと面白かった。

特にはお勧めしません。

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