万年初心者のための世界史ブックガイド

2011年5月28日

ジャレド・ダイアモンド 『銃・病原菌・鉄  一万三〇〇〇年にわたる人類史の謎  上』 (草思社)

Filed under: アジア — 万年初心者 @ 06:00

翻訳は2000年刊。

昨年の朝日新聞書評欄で、「ゼロ年代(2000~2009)の50冊」という特集の中で第一位になっていた本。

存在には気付いていたが、半分人類学の本みたいな本書は、私の関心の守備範囲外なので敬遠していた。

しかし、上記朝日新聞を見て(随分間隔が空いたが)、試しに読んでみるかと手に取る。

本書のメインテーマは、現代世界における発展の巨大な不均衡はどのようにして生じたのかというもの。

あるいは少し問題を絞って、ヨーロッパの本格的進出が始まった西暦1500年時点で、アメリカ・アフリカ・オーストラリア各大陸に対するユーラシア大陸の優位がなぜ存在したのかということ。

(なお、ユーラシア大陸内部、産業革命以後の、アジアに対するヨーロッパの優位は基本的に取り扱われていない。)

今から1万3000年前(紀元前1万1000年)、全大陸に現生人類が移住し分布した時点では、各大陸の生活に大きな差は無かった。

それが、1万2500年後には途轍もない格差が生じていたことになる。

著者はまず直接的要因として、銃・鉄剣・馬などの軍事力、外洋船などの輸送技術、海外での征服活動を可能にした集権的政治機構、文字による知識・情報の処理と蓄積、特に新大陸の先住民にとって致命傷となったユーラシアにのみ存在する疫病などを挙げる。

タイトルの「銃・病原菌・鉄」はこうしたものを的確に表わしたもの。

これらの直接的要因から究極的要因にさかのぼって考察していく。

例えば、軍事・輸送などに関する技術の発達、集権的政治機構、文字の発明・普及には人口が稠密で定住化および階層化が進行した大規模社会が必要となる。

ではそうした大規模定住社会が成立するためには何が必要かというと、余剰食料と食料貯蔵。

余剰食料と食料貯蔵を可能にする農業・牧畜が始まるためには、多くの栽培植物と家畜が必要。

そのためには栽培化・家畜化が可能な野生種の植物と動物が生息している必要がある。

ここでいう家畜化可能な動物とは、主に「陸生で」「群居性の」「大型草食哺乳類」であるという、いくつもの限定が付く。

もちろん、鶏をはじめとしてアヒル・ガチョウ・七面鳥などの鳥類、他に犬、ウサギ、ミツバチなども飼育されているが、やはり牛・馬・豚・羊・山羊などが決定的重要性を持っている。

こうした家畜化された群居性哺乳類の体内で病原菌が変化して集団感染症の原因となる菌が生れることになり、それが人間に感染し大きな被害をもたらすと同時に人間の体内で免疫力も作り出すことになる。

以上の因果連鎖においてユーラシア大陸は決定的優位性を持っていた。

例えば、アメリカ大陸ではよく知られているように、植物ではトウモロコシ・ジャガイモ、動物ではラマ・アルパカなどしか利用できなかったわけである。

では、なぜ南北アメリカ、アフリカ、オーストラリアよりも、ユーラシア大陸で多くの動植物が栽培化・家畜化できたのだろうか。

単純に面積が広く、利用可能な動植物の種類が多かったということはもちろんある。

著者もその要因が大きいことを認めている。

それに加えて、もう一つの地形的要因が挙げられており、それは・・・・・・と喉元まで出かかってますが、最後のネタバレは止めておきましょう。

ごく平凡で常識的なことです。

一つだけヒントを挙げると、アステカ帝国などのメソ(中央)アメリカ文明とインカ帝国などのアンデス文明の相違を思い出して下さい。

このラテン・アメリカ文明内部での相違点は、高校世界史ではあまり触れられませんが、考えてみると決して小さなものではない。

トウモロコシが両者に共通して栽培されていたのに対し、ジャガイモはアンデス地域でしか知られていなかったということは、先日の『ジャガイモのきた道』の記事でも書きました。

またマヤ文明はマヤ文字を持ち、アステカ帝国も象形文字を使用していたにも関わらず、インカ帝国には文字は存在せず、キープ(結縄[けつじょう])を記録に利用。

(このキープは高校世界史でも出てきますが、ラテン・アメリカ全域ではなく、あくまでアンデスのインカ帝国での産物。)

インカ皇帝は、アステカ帝国がスペインに滅ぼされたことを知らず、全くの情報不足の状態のまま、ピサロと会見し捕えられ、数万のインカ軍は百分の一以下のスペイン軍によって大敗を喫している。

メキシコとペルー間は、ユーラシア大陸で文明が伝播した距離を考えると、極端に遠いとは言えないのに、ラテン・アメリカ文明の二大強国は全く没交渉だった。

このことに、ユーラシア大陸優位の謎を解く鍵があります。

・・・・と思わせぶりに随分引っぱりましたが、さして意外なことではなく、聞いたら「なあんだ」と思うようなことです。

詳しくは、本書をお読み下さい。

遅くなりましたが、本書の全体構成を述べると、プロローグで問題設定・提起、第1部で近代以降の勝者と敗者の劇的結果を対比、第2部でその原因探求として食料生産を考察、第3部では食料以外の疫病・文字・技術、第4部ではこれまでの考察を各地域の歴史に当てはめ検証、具体的にはオーストラリアとニューギニア、中国とアジア太平洋、ヨーロッパと新大陸先住民、サハラ以南のアフリカ、そして最後のエピローグで全体のまとめ。

この上巻は第3部の途中までです。

あとは・・・・・。

最初に人類の誕生からの概略を述べた章がある。

先史時代については、本書くらいしか復習の機会がないでしょうから、メモしますか。

地球の歴史が46億年、これをいくつかに分けた地質年代というものがある。

天文学の範囲外では一番長大な区切り方か。

始生代、原生代、古生代、中生代、新生代。

約6億年前の生物誕生後が古生代、中生代、新生代。

新生代は約6500万年前から現代までで、恐竜滅亡後、哺乳類の活動が活発になった時期。

新生代は第3紀と第4紀(約180万年前~)に分かれ、第4紀はさらに更新世(洪積世)(180万年~1万年前)と完新世(沖積世)(1万年前~)に分かれる。

上記、洪積世と沖積世があまり使われなくなり更新世と完新世と呼ばれるようになった理由は、『もういちど読む山川日本史』の最初に書いてあります。

第4紀中、4回の氷河期があり、第4氷河期が終わって完新世となる。

よって完新世のことを後氷期とも言う。

次に化石人類の話。

猿人・原人・旧人・新人。

新人は現生人類のことだが、化石になって出土したものは新人でも化石人類と呼ぶ模様。

400万年前、猿人が出現。

アウストラロピテクス、ホモ・ハビリスなど。

この時期はまだ第4紀ではなく、第3紀末期であることをチェック。

単純な打製石器である礫石器などを使用。

50万年前に原人。

ピテカントロプス・エレクトゥス(ジャワ原人)、シナントロプス・ペキネンシス(北京原人)など。

形を整えた打製石器使用、北京原人は火と言葉も。

20万年前に旧人。

ホモ・サピエンス・ネアンデルターレンシス(ネアンデルタール人)。

死者の埋葬、剥片石器。

ネアンデルタール人の学術名ですでに「ホモ・サピエンス」と付いていることに注意。

4万~1万年前、新人(ホモ・サピエンス・サピエンス)出現。

クロマニョン人、周口店上洞人、グリマルディ人。

洞穴美術(アルタミラ、ラスコー)、骨角器、屈葬。

完新世に入ると、旧石器時代から中石器時代に移行、前7000年ごろ新石器時代。

食料生産革命、狩猟・漁労・採集の獲得経済から農耕・牧畜の生産経済へ。

前3500年ごろ青銅器・金属器時代。

前3000年ごろ国家の誕生、文字の発明、歴史時代へ。

大雑把過ぎるが、4万年前に現生人類誕生、1万年前に農耕開始、前3000年に国家成立、歴史時代へということだけはせめて記憶。

以上の「○○万年前」という数字、ほとんど忘れてますね。

あんまり興味無いんで・・・・・。

下巻記事に続きます。

2011年5月21日

上杉忍 山根徹也 編 『歴史から今を知る  大学生のための世界史講義』 (山川出版社)

Filed under: 近現代概説 — 万年初心者 @ 06:00

図書館で偶然目に付いたのを全く何の気なしに手に取ったもの。

副題に心引かれたのかも。

中身は、横浜市立大学の先生が、学生向けに近現代500年間の世界史を概説したもの。

日本の青少年の歴史的なことがらへの徹底した無関心を憂いて設置された全学共通科目の世界史授業を基に、大学教科書の体裁をとる読み物として出版したと、まえがきに書いてある。

全体の構成として、現代をグローバリゼーションの時代と捉え、その特徴を資本主義的世界体制と主権国家体制の並立であるとし、その発展を五つの段階(前段階を入れると六つ)に区分している。

(0)グローバリゼーション以前(~16世紀)

(1)資本主義的世界体制の形成の時代(1492~1770年)

(2)パクス・ブリタニカの時代(1770~1873年)

(3)帝国主義の時代(1873~1945年)

(4)冷戦の時代(1945~1989年)

(5)現在のグローバリゼーション(1989年~)

章分けで言うと、全12章のうち、(0)が1章、(1)の世界関係の叙述が2章、日本関係が3章、(2)の世界が4章、日本が5章、(3)が6~9章、(4)が10、11章、(5)が12章。

まあ標準的なページ配分。

以下、個々の感想を脈絡無く数点だけ。

まず第1章で、アブー・ルゴドという人の「13世紀世界システム論」というものを採り上げている。

モンゴル征服以後の世界規模の貿易体制を指し、これは近世以降のヨーロッパ主導の近代世界システムよりも平等的・互恵的な側面があったとされている。

最初の掴みとしては面白い導入。

近世初頭の世界地図が載っているが、初心者は、16世紀西欧の進出で非西欧世界が瞬く間に支配されたとはイメージしない方がよい。

アメリカ大陸のアステカ・インカ両帝国は即座に覆滅されたが、ユーラシアのオスマン朝、ムガル朝、明朝の三大帝国に対してはヨーロッパはまだ手が出せない状態(むしろムガル朝は創成期、そしてオスマン朝のバルカンからの中東欧侵攻は16世紀に本格化したことを想起)。

建国間もないサファヴィー朝や日本も同じく。

17世紀帆船で来た西欧人に対しては鎖国できたが、19世紀蒸気船で来た欧米人は追い払えなかった。

近世の大航海時代と、近代の産業革命のヨーロッパの実力差を何となく頭の片隅に入れておく。

社会主義に関する記述で、マルクスの剰余価値説は賛否が分かれていると書くより、理論的には全く間違いだが、無制限・無規制の資本主義による弊害を描写する比喩としては多くの示唆に満ちていると書いてもらった方がすっきりします(引用文(佐伯啓思3))。

日本の開国について、幕府の外交を評価し、全く諸外国のなすがままに不平等条約を受け入れたとは言えないとするのは、中公新版世界史全集『25 アジアと欧米世界』と同じく。

第二次世界大戦時のドイツ占領地のやたら詳しい地図が載ってる。

もののついでに絶滅収容所の位置を確認。

ポーランド国内の1929年の国境で、アウシュヴィッツ・ビルケナウが西南端、マイダネウがワルシャワから見て南東、国土のちょうど中央にあるルブリンのすぐ側、トレブリンカがワルシャワから北東、中央北部。

160ページほどで近現代世界史500年間を叙述するのはそもそも至難の業なのはわかっているが、どうももう一つ。

楽に読めるが、あまり得たものは無い。

時々、随分平板なこと書くなあと思う部分もあった。

高校世界史があやふやな人が、ざっと通読して要点と大まかな流れを身に付けるにはよいのかもしれないが・・・・・。

ちょっと評価に苦しむ本でした。

2011年5月15日

小田中直樹 『歴史学ってなんだ?』 (PHP新書)

Filed under: 史論・評論 — 万年初心者 @ 06:00

お久しぶりです。

大震災という不慮の事態が生じたので、だいぶ間が空きましたが、とりあえず今日から再開します。

おそらく週一くらいの更新頻度になるかと思いますが、1000記事目まであと20弱ですので、そこまでは何とか続けたいと思います。

さて本書ですが、ちょっと前に出た本という感覚だったが、2004年刊だからもう7年前になるのか・・・・・・。

読もう読もうと思っていたが、今まで放ったらかし。

本書だけでなく、そんな調子で放置していた本で、このブログの記事にするために手に取った本が少なくない。

たとえ訪問者がゼロでも、それだけでブログを作った価値があるというもの。

また、感想文なり要約なりを書くつもりで読書に挑むと、集中して読めることに加え、重要な部分とそうでない部分を区別して主要な論旨を掴もうと意識するようになり、読解力と内容理解・内容記憶にも良い影響があるように思われます。

本筋から外れた枝葉の部分は飛ばし読みにするなど、メリハリを付けた読み方をするようにもなり、途中で通読を断念する確率も随分下がりました。

閑話休題。

本書は歴史学の根底的課題を考察する本。

(1)「史実」を本当に明らかにできるか、(2)歴史学は社会の役に立つのか、(3)歴史家は何をしているかという、三つの問題設定を行なって話を進めていく構成。

こう書くと大仰な感じがするが、中身は「です・ます」体で話し言葉に近い文体なので、非常に読みやすい。

(1)については、構造主義の言語論的転回からくる批判にも関わらず、史料批判を通じて根拠を問い続け、絶対的真実ではないが「コニュニケーショナルに正しい認識」に至り、そこから「より正しい解釈」に達することは可能であるとしている。

(2)従軍慰安婦問題というややキナ臭い例を用いて、歴史学は、集団的アイデンティティや記憶に介入する形で(直接的にで)はなく、あくまで真実性を経由して個人への知識の供給に努めることによって社会の役に立つことができるとする。

(3)は、世界史教科書の行間に見い出される歴史観の変遷、日本の戦後史学の簡略な概観、歴史家のメッセージの重要性など。

砂糖の世界史』、『茶の世界史』、『ローマ人の物語』、『ローマ五賢帝』、『フランス革命 歴史における劇薬』、『新書アフリカ史』、『繁栄と衰退と』など、平易かつポピュラーな啓蒙史書を引用しながらの叙述は親しみやすい。

しかし、200ページ弱の短さで読みやすいのはいいものの、出来れば倍ほどの分量でより詳しく説明して欲しかったところではある。

期待が大き過ぎた分、少々物足りなさが残った。

とは言え、比較的高度な内容をよく噛み砕いて説明してくれている本なので、初心者は読んで損は無いでしょう。

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