万年初心者のための世界史ブックガイド

2011年2月23日

湾岸産油国についてのメモ その2

Filed under: おしらせ・雑記, イスラム・中東 — 万年初心者 @ 06:00

その1に続き、松尾昌樹『湾岸産油国』(講談社選書メチエ)より。

7章「湾岸産油国の未来」。

著者はこれまでも、大学の講義や講演会において、本書の内容と同様の議論を紹介してきた。幸いなことに、受講者の多くはその内容を理解してくれるのだが、最後には決まって一部から同じ質問が出された。「お話はよく分かりました。ところで、湾岸産油国の君主制はいつまで維持されるのですか」と。

当然のようになされるこの質問は、実は大きな問題を含んでいる。すなわち、なぜこのような問いが当然のようになされてしまうのか、ということだ。まさか、アメリカの現代政治に関する講演を聴いた人が、「オバマ大統領の政策はよく分かりました。では、アメリカの大統領制はいつまで続くのですか」と質問することはないだろう。湾岸産油国のような統治体制、経済社会体制が、近いうちに崩壊すると頭から決め付けられているということが大きな問題なのだ。

誤解を招かないように最初に明言しておくと、著者は湾岸産油国の体制転換を前提とすることを否定することで、これらの諸国に対して過度に肯定的な評価を与えようとしているのではない。現地調査を行い、それぞれの「生の」地域の情報を用いて研究活動を行う地域研究者の一部には、自分が研究対象とする地域に対する批判(特に西洋の価値観に基く批判)を受け入れずに、その地域を肯定的に説明する傾向があるといわれる場合がある。中東地域研究者の池内[恵]は、このような傾向に「肯定的本質主義」という名称を与えて説明した。池内によれば、一部の中東地域研究者が、一方では中東地域の社会を批判的に捉える言説を「ヨーロッパ中心主義」や「オリエンタリズム」として退け、他方で中東地域を欧米とは異なる「オルタナティブ」として持ち上げるため、結果として建設的な批判が成立しなくなる状況が生じているとされる。「肯定的本質主義」は批判と賛同をあわせて多くの議論を巻き起こしたが、どちらの立場に立つにせよ、地域研究者は池内の主張を肝に銘じておかなければならないだろう。

非民主的な政治体制が存続することが奇妙な現象であり、そのような現象は近い将来に崩壊するはずだという見方・・・・・に対して著者が懐疑的なのは、それがヨーロッパ中心主義に基いているからではない。・・・・・「崩壊説」に根拠がないと考えられるからで、・・・・・民主化を歴史の必然のごとく捉える必要はないということだ。確かに地球上の多くの君主制は崩壊したが、今日でも非民主的な共和国は多く存在し、また一度は民主化したと評価された国が、その後権威主義化するという事態も確認されている。「民主化するはずだ」という前提は、「民主化して欲しい」「民主化しなければならない」という願望や理想と区別することができず、論理的な考察につながらない。

このように述べるのに加えて、著者は湾岸産油国の現体制の多くがそう簡単に崩壊しないと判断する具体的理由を列挙している。

そのうち、石油枯渇説については、確かに小規模輸出国には脅威であるが、生産量の減少に伴う価格上昇は大規模輸出国にとっては有利な条件であり、そのような状況下では大規模輸出国よりも日本を含む輸入国の方が先に危機を迎えるはずであり、「崩壊説」はより危機の可能性の高い国が低い国の将来を悲観視する奇妙な見方だとしている。

また湾岸諸国の急速な経済成長へのやっかみが「崩壊説」の流行に繋がっているのではないかとも書いている。

奇しくもちょうどこの記事を書いてる最中に、湾岸産油国を含む中東地域で大きな変動が起こっているわけですが、ここで個人的感想を書くと、我々から見て極めて奇異で望ましくない体制であっても、基本的に外部からとやかく言うのは控えるべきだと思われる。

もし圧力をかけて民主化した場合、著者も指摘するように過激なイスラム主義勢力が自由選挙で躍進したり、国内の利害対立が制御不能となり内戦が勃発したり、その後往々にして民主化前の政府よりも遥かに抑圧的な体制ができたりしても、民主化を唱導した外部の人間が責任など取りようもない。

どこかの国みたいに、その時はその時で、再び自由の使徒面で新たな非民主国家を非難するだけで、後は平然としているような厚顔無恥な真似はしない方がいいでしょう。

王制国家ではないものの、最近チュニジアとエジプトで大きな政治的変化がありましたが、世界史を真摯に省みれば「民主化されて全てが目出度し目出度し」なんて単純な物語は全く成り立ちようがないと思うんですが・・・・・。

ムバラク体制を崩壊させた民衆運動を無条件で称揚するような言説に接すると、「その体制の源流である1952年のエジプト革命も民衆の歓呼の声で支持されたんじゃないんでしょうか」と嫌味の一つも言いたくなる。

「中東における民主主義の勝利」が、暴走する民意を基盤にした、別種の新たな独裁政治を生み、五度目の中東戦争の契機になる可能性も十分ある(その場合、頑迷にも和平を拒否してきたイスラエルと、それを放置し中東民主化を安易に称揚した米国は自業自得の大損害を蒙るんでしょう)。

もちろん現体制で国際常識・慣習を超える抑圧があった場合、そこからの政治的難民や亡命者を受け入れるのは正しいことだと思いますが。

それに一支配家系の統治といっても、北朝鮮のような「失敗国家」、全体主義体制とは全く異なるでしょうし。

余談ですが、北朝鮮のことを、国名は「民主主義人民共和国」なのに実態は「金王朝」だと揶揄することがありますが、そういう言い方はあまり感心しません。

本当の前近代的王朝なら、あれほどの悪政を敷く前にとっくの昔に打倒されてますよ。

無制限の自由や平等を追求する運動があり、それが生み出した伝統破壊と無秩序の中から出現した独裁だからこそ、権威主義体制ではありえない、途方もない暴虐を為し得る。

近代においてうんざりするほど多いこの実例の一つであることを思えば、「朝鮮民主主義人民共和国」という国名はある意味適切です。

ついでに言えば、中国の現体制を民主主義に反するとして批判する言説にも実は違和感を感じる。

そもそも人間社会の一切の不平等を永遠に消滅させると称して民衆の相当数の支持を得た狂信的運動から生まれた体制を果たして民主主義という立場で根本から批判できるのかという疑念がまず一点。

特に保守とか右派とかを自称している人々が米国の尻馬に乗って自由や民主主義を絶対視するのを見ると、ちょっと言うを憚るような感情を持つ。

加えて、「あの国が民主化して、本当に大丈夫か」とも正直思う。

言論の自由と民主主義が生み出したカオス状態から、制御不能な内乱や今より遥かに過激なナショナリスト政権がもし生まれたら、真っ先に被害を受けるのは日本ですからね。

それにこの30年間、最低限度の程度の自由が認められたからこそ、中国の民主化運動が広く報道されるようになったとも言える。

つまり、様々な抑圧と制限があるにせよ、民衆が抗議の声を上げ、それが国外で報道されるということは、逆説的だがその国が自由の一切無い完全な全体主義国家でないことを証明している。

改革開放路線以前の中国なら、今存在しているレベルの民主運動家すら、即座に闇から闇へ葬られていたはず。

朴政権の権威主義体制下の韓国と、金日成独裁の全体主義体制下の北朝鮮で、西側のメディアで表面上非難の対象になる頻度は(実際の抑圧度とは全く逆に)、前者の場合が遥かに多かった。

ミャンマー(ビルマ)の軍事政権は、自由抑圧とアウンサン・スーチー氏への扱いに関して、常に国際社会から批判されている(さすがの私もあの体制が結構なものだと言うつもりはございません)。

しかし北朝鮮にはスーチー氏はいない。

いたとしても一日たりとも生存することはできない。

よって、国家の抑圧的性格について、ミャンマーと北朝鮮では極めて大きな差があるはずだが、言論の自由が保証されているはずの国のメディアでその違いが明確にされることは殆ど無い。

中東でも、チュニジア、エジプト、湾岸諸国と、それらより遥かに異常な独裁国家であるリビアとの対比についても上記のような事情がごく最近までは当てはまる。

(リビアでも反体制運動勃発が報道されているものの、映像がここ1、2日くらいまであまり伝わってこなかったことが、表面的イメージとは逆に抑圧の厳しさを窺わせる。カダフィ政権の異常性があまりに際立っているので、私はあの国の体制変換だけは[実現するならば]ほぼ手放しで肯定的に捉えることができると思うが、それも収拾不可能な混乱・内戦とアルカイダ系のテロ組織浸透という最悪の事態が生じないということを前提にしての話。)

私は中国共産党にいかなる意味でも一切好意を持たないが、あの国は事実として全体主義ではなく、すでに権威主義の段階にある。

放っといても長続きしませんよ、あの体制は。

国益を考えず民主化の慫慂を自己目的にするようなことは止めた方がいいと思いますね。

むしろ民主化以後に何が出てくるかを警戒して慎重に対処することを考えた方がいいでしょうし、そもそも自分たちの自由民主主義の現状がそんなに誇るに足るものなのか自省すべきではないでしょうか。

閑話休題。

中々よくまとまっていて面白い。

短いページ数にも関わらず、効用は高め。

知識の不十分な分野を補強するのに十分使える。

岡倉徹志『サウジアラビア現代史』(文春新書)と相互補完できるのも、ちょうど良い。

お勧めします。

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