万年初心者のための世界史ブックガイド

2011年2月19日

松尾昌樹 『湾岸産油国  レンティア国家のゆくえ』 (講談社選書メチエ)

Filed under: イスラム・中東 — 万年初心者 @ 06:00

イスラム・中東史の本は何と一年ぶりですか。

ただでさえ手薄なカテゴリなのに・・・・・。

しかし最初の頃はもっと酷かった。

本書はペルシア湾南岸、アラビア半島北東部にある湾岸産油国についての概説。

純粋な歴史書とは言えないが、少しでも苦手分野を補強するために通読。

取り扱われる国はクウェート(クウェイト)、バーレーン(バハレーン)、カタール(カタル)、アラブ首長国連邦(UAE)、オマーンの五ヵ国(サウジアラビアは含まれない)。

産油国であることの他に、君主制を敷いていることなどの共通点がある。

まず位置関係を頭に入れないとどうしようもない。

ペルシア湾の一番奥に位置し、イラクとサウジに挟まれるのがクウェート。

首都はクウェート市。

国名と首都名が同じなのは、シンガポールのような都市国家やヴァチカン市国のようなミニ国家を除くと、このクウェートのほか、メキシコ・メキシコ市くらいか(あとルクセンブルク?)。

私の世代だと、この国は1991年湾岸戦争のせいで絶対忘れない国になった。

そこから南東へ大分下がって、ペルシア湾の真ん中あたりでアラビア半島から突き出た小半島にある国がカタール(首都ドーハ)。

その西側に浮かぶ小さな島国がバーレーン(首都マナーマ)。

さらに外洋に向かって進み、アラビア半島から角が突き出て最も狭いホルムズ海峡を形作っているところにあるのがアラブ首長国連邦(UAE)、その東でインド洋に面する比較的広い国がオマーン(ただし上記角の最先端部分はオマーンの飛び地になっている。これは本書の地図を見るまで気付かなかった)。

UAEの首都はアブダビ、他の都市ではドバイが最近では有名か。

オマーンの首都はマスカト(マスカット)。

各国の概略を述べると、クウェートはサバーハ家が支配家系。

バーレーンはハリーファ家。

この国でシーア派人口が6、7割と多数派を占めることは、桜井啓子『シーア派』(中公新書)で読んだ。

それへの配慮からか、少し前の新聞の国際面で湾岸君主国の中では例外的に、最近イランに宥和姿勢を取っているみたいなことを読んだ記憶があるが、うろ覚えです(それともカタールだったかな?)。

カタールはサーニー家支配。

衛星TV局アルジャジーラが本拠を置いていることでも有名。

UAEは七つの首長国の連合だが、アブダビとドバイを覚えるだけでいいでしょう。

アブダビはナハヤーン家、ドバイはマクトゥーム家統治。

石油資源はアブダビに集中、ドバイは金融・不動産・観光・中継貿易などで開発が進んでいたが、先年バブル崩壊と「ドバイ・ショック」があったのは御記憶の通り。

オマーンはこの地域では最大の領土と人口を持つがその分開発は遅れている。

上記の国の支配層がスンナ派であるのに対し、この国はイバード派が6割を占める。

イバード派については菊地達也『イスラーム教 「異端」と「正統」の思想史』(講談社選書メチエ)でちょっとだけ出てきました。

イスラム最初の分派でアリーとムアーウィヤの双方を敵視したハワーリジュ派の生き残りということでした。

当たり前過ぎることを書きますが、セム語族のアラブ人と印欧語族のペルシア人とアルタイ語族のトルコ人の三者の絡み合いの中でイスラム以後の中東史は理解すること。

五ヵ国ともアラブ民族が主流派で当然アラビア語を話す。

シャイフ(首長)、スルタン、マリク(王)などの称号を持つ君主制国家。

石油輸出収入への依存が大きく、人口は少ない。

最大のオマーンでも178万、バーレーンに至っては40万。

これに対し、サウジは2200万、イラクは3000万、イランは7000万の人口を抱える。

また外国人労働者が極めて多く、人口の半ば以上を占める国もある。

経済的豊かさは特筆すべきものがあり、一人当たりGDPでは、クウェートは日本と同じ、カタールは2倍強に達する。

ここまでが第1章の概略的部分。

第2章で「国家形成への道のり」と題し、湾岸諸国の歴史を略述し、続く3、4、5、6章で「レンティア国家仮説」「王朝君主制」「国民統合」「エスノクラシー」という四つの分析点を叙述、最後の第7章「湾岸産油国の未来」で近未来の事態を検討という構成。

第2章において、まず中東に存在する君主国はイスラム誕生以後古くから起源を持つものではなく、存外「新しい国」で歴史の浅いことを指摘。

湾岸五ヵ国に加え、サウジ・ヨルダン・モロッコのうち、モロッコ・オマーンを除けば、成立はすべて19~20世紀。

そもそもイスラムの教義は君主制を積極的には認めない。

スンナ派にとっての指導者はムハンマドとその後継者であるカリフのみであり、それ以外の統治者について積極的に正統性を付与する教義解釈をイスラム法学者は生み出さず、事後承認的に認めただけ。

シーア派にとってはアリーの子孫のイマームのみが指導者であり、イバード派は信徒集団が選出したイマームがそう見なされる。

それに比べれば、既存の地上の権威を神が定めたものとしてそれへの服従を説き、神寵帝理念や王権神授説を生み出したキリスト教の方が君主制に余程親和的に思える。

だからイスラム教が退嬰的で、世俗の権力への屈従を強い、専制政治を容認するというのは当然偏見ということになる。

しかし地上の権威を認めず、信仰に直結した権力しか認めないというのは逆にイスラムの弱点であり、それが結果として秩序ある自由を妨げ専制を生み出してしまう一因なのではないかとふと思った。

もちろんこんなのはただの素人の思いつきに過ぎませんが。

あー、またですね。

ごく普通の厚さの本で複数記事を書きます。

1000記事目まで、多分こんな感じになると思います。

(追記:続きは以下

湾岸産油国についてのメモ その1

湾岸産油国についてのメモ その2

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