万年初心者のための世界史ブックガイド

2011年1月10日

宮城谷昌光 『楚漢名臣列伝』 (文芸春秋)

Filed under: 中国 — 万年初心者 @ 06:00

この方は司馬遼太郎亡き後、歴史小説の大家扱いで、月刊「文芸春秋」に『三国志』を、読売新聞に後漢・光武帝の小説を連載してますが、私はその膨大な著作のうち、『長城のかげ』しか読んでません。

他の本はどうも読む気がせず、上記『長城のかげ』と同じく、個人的に好きな秦末漢初の時代を扱った本書を手にとってみた。

これは小説というより評伝。

最初、「楚漢の時代」という簡単な時代説明があって、そのあとの10章で一人ずつ描かれる。

10人は、張良、范増、陳余、章邯、蕭何、田横、夏侯嬰、曹参、陳平、周勃。

范増が項羽配下の謀臣、章邯が秦将、陳余と田横が独立勢力である他は皆劉邦の臣。

以上、高校世界史では誰一人出てこない名だが、私にはすっかり馴染みになっている。

三国志の登場人物よりも、これらの名前の方により親しみを覚える。

内容自体はまあ普通。

知っている話が多いせいで、特に引き込まれることもないが、時々重要と思う指摘がある。

まず超基本事項のチェックとして、春秋時代が前770~403年、戦国時代が403~221年。

春秋時代が370年弱なのに対して戦国時代は180年余りと、こちらの方がかなり短い。

著者は、春秋時代は晋と楚の南北朝時代だと評している。

それに対し、戦国時代は秦と魏の戦いの時代と見なすことができ、秦に対して最も非妥協的で連衡策に乗らず激しく抵抗した魏の滅亡によって戦国時代の特色は失われたと書いてある。

戦国の七雄のうち、秦以外の六国の滅亡順を書くと、まず前230年に韓滅亡、次に225年魏滅亡、223年楚、222年趙・燕が相次いで倒れ、最後に残った斉が221年滅んで、秦王政の全国統一完成。

一部に趙の滅亡を前228にしている本もあるが、これはどういう史実を考慮しているのか不明(調べるのが面倒なのでパス)。

なお、劉邦が、自身の最初の根拠地とした、沛の位置から、魏人としての意識を持っていたということも書いてました。

以下の指摘も面白い。

魏は春秋時代の超大国であった晋を引き継いだという誇りが高く、この名門意識が為政者に濃厚にあったため、王族と貴族の力が強く、他国から魏に移った頭脳あるいは異能を活用しなかった。兵事だけではなく、司法と立法に巨大な才能をもっていた呉起を楚に亡命させ、秦で富国強兵をなしとげるまえの公孫鞅を無視し、比類なき天才兵法家の孫臏を斉へ逃がし、中山の名将であった楽毅を厚遇せず燕王へゆずった。呉起、公孫鞅、孫臏、楽毅など歴史上の偉才は、魏にいたのである。

全般的な筆致としては、項羽と劉邦の両者に対する冷めた視線が目立ち、兄の田栄と共に斉に依拠して奮闘した田横や、かつての「刎頚の交り」の友だが、劉邦足下となった張耳と対立し、趙で戦った陳余など、独立勢力の人物に好意的なのが印象に残る。

(項羽に降伏した後その配下となり、劉邦と戦って敗れた章邯も。)

そこそこ面白くはあります。

しかし、やはり司馬遼太郎『項羽と劉邦』の人物造型の巧みさ、素晴らしさは抜きん出ているなあと再認識したのも事実である。

日本人が書いた、中国歴史小説では最高傑作じゃないでしょうか。

宮城谷氏のこの本については、私のように漢楚争覇の時代が好きだという方にはお勧めしておきます。

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