万年初心者のための世界史ブックガイド

2010年12月19日

『高等学校 世界史B 改訂版 100テーマで視る世界の歴史』 (清水書院)

Filed under: 教科書・年表・事典 — 万年初心者 @ 06:00

忘れた頃にやってくる高校世界史教科書の記事。

教科書にしては珍しくサブタイトルが付いているが、それが記述形式をよく表わしている。

「秦・漢はどのように中国を統一したのか」「1848年の革命はヨーロッパをどう変えたか」というふうな文章形式の章名になっており、それが100ちょうど集まって本文を形成している。

そして1節がすべて見開き2ページにまとめられているのも大きな特徴。

普通の節の合間に「コラム 民衆の歴史」と題して社会史的記述を挿入している。

あと巻末に「テーマ学習」として「砂漠化と緑化」「世界の飢餓と貧困」「地域紛争中のパレスティナ問題」が三つあっておしまい。

奥付の執筆者名を見ると、大久保桂子さん(中公新版世界史全集『ヨーロッパ近世の開花』の著者)と芝健介さんが聞いたことがあるなあというくらい。

ざっと見たところ、あまり詳しい用語は載っていない。

初学者や苦手な人には向いているかもしれない。

第1章「世界史への招待」および第2章「君たちの時代」は文字通りイントロダクション的な章で、「年の表示はどのようにして決められたのか」「歴史はどんな態度で学べばよいか」など9節。

第3章「地域世界の形成と交流」はおおむね15世紀までの各地域の歴史(ただし中国は唐末10世紀まで)で21節。

第4章「地域世界の変容と世界の一体化」は16世紀からフランス革命まで、20節。

第5章「近代と国民国家」はフランス革命から第一次大戦まで、19節。

第6章「世界戦争の時代」は第一次大戦・戦間期・第二次大戦終結まで、11節。

第7章「現代の世界」は第二次大戦後から現代まで、20節。

以上合計でちょうど100節です。

近現代史で半分以上、7割を占めていることになる。

なお、各節ページの左下スミに世界地図で該当地域に印を付けている工夫が目を引く。

以下、例によって本文を見て適当な感想を書き連ねてみます。

実質最初の章である第3章が、オリエントではなく中国史から始まるのが新鮮。

中国古代文明で黄河流域以外の河姆渡遺跡、良渚遺跡、三星堆遺跡が太字で載せられている。

私が高校生の頃は、全く出てこなかったはずです。

劉備が建てた王朝が蜀ではなく蜀漢と表記されている。

これは今まで教科書では見たことがない。

唐の部分では羈縻政策(周辺異民族に自治を認める政策)が太字。

文化史では茶の作法をまとめた『茶経』も。

何かアンバランスだなあ・・・・・。

アッバース朝カリフの権威を認めない王朝の例として後ウマイヤ朝・ファーティマ朝の他にイドリース朝の名を出しているのも、簡略な教科書にしては唐突感がある。

何を重視するかは執筆者様の判断ですから、素人があれこれ口を挟むことじゃないかもしれませんが、どうも言わずにおれない。

一方、フランク王国カロリング朝で名の出る君主はカール大帝のみ。

カール・マルテルもピピン3世もバッサリ省略。

その前にゲルマン民族大移動のところで、本文中に出てくる部族名はフランクのみ。

神聖ローマ帝国成立も、うっかり見逃すくらい小さな扱い。

中国史は、第3章で扱われるのは唐滅亡までだと上で触れましたが、第4章の該当ページでは、宋の統一と並んで内陸アジアでのトルコ系民族発展を同じ節で述べている。

これはなかなか興味深い。

宋代、都市文化の繁栄を描く『清明上河図』が太字。

かと思えば、モンゴル帝国で出てくる君主はチンギス・ハンとフビライだけ。

言葉は悪いが、中学校の教科書みたいだ。

高麗の文化で、「象嵌青磁」が太字なのに「高麗版大蔵経」がそうじゃない。

わからん・・・・・。

いっその事、どっちも要らないくらいじゃ・・・・・。

続く王朝の名が李朝朝鮮となってる。

「李氏朝鮮」はもう死語なんですかね。

オスマン帝国の各宗教宗派別自治組織「ミッレト」は、この教科書にも載っているということは、もう高校世界史必須用語か?

ムラービト朝とムワッヒド朝が、イスラム史には出てこず、アフリカ史のページに載ってる。

要はエジプト以外はすべてアフリカ史で載せるということらしい。

ガーナ・マリ・ソンガイ・モノモタパという定番の王国名の他、チャド湖周辺に9世紀栄えたカネム王国の名が出ている。

近世ヨーロッパ史でも大胆過ぎる省略が目に付く。

大航海時代の後、ページをめくると近世政治史の節に入る。

ここで何か強い違和感を感じて首を傾げる。

「何だろうなあ」と思って読み進めていくと、ほとんどの教科書で大航海時代のすぐ近くにあるルネサンスの章が無いことに気付いた。

17・18世紀や19世紀のヨーロッパ文化と同じく、ルネサンス文化史も政治・経済史の後にまとめられている構成。

これには相当驚いた。

該当節もスカスカ。

ダンテ・ペトラルカ・ボッカチオ・ブルネレスキが出てこず、ボッティチェリとレオナルド・ダ・ヴィンチは欄外図の説明で名が載ってるだけ、ミケランジェロは別のページのコラムにのみ出てくる。

イスラム文化史でイブン・シーナ、イブン・ルシュド、イブン・バットゥータ、オマル・ハイヤームが出てくるのに、ルネサンス文化史がこれで大丈夫ですかと失礼な感想を抱いてしまう。

政治史も相当なもの。

巻末索引で見たらとにかく基本的王朝名が載っていない。

カペー朝はあるが、ヴァロワ朝・ブルボン朝は無し。

『世界史B用語集』(山川出版社)の記事でダンテとブルボン朝の載っていない教科書というのは本書だった模様。)

プランタジネット朝とテューダー朝があって(テューダーは確か索引には無かったが本文を確認したら有り)、ステュアート朝は無し。

人名ではクロムウェルが本文中には記述無し。

1789~95年間のフランス革命史を見開き2ページで片付けるのは酷いというか凄いというか。

近現代史、朝鮮史のページ、壬午軍乱(太字)、甲申事変(普通)が載っているのはいいが、片方だけ太字にするバランスがよくわからない。

まだ逆の方が理解できる気がする。

イスラム世界での民族運動の節。

19世紀ナショナリズム思想がバルカン地域に流入し、セルビア正教会がオスマン政府だけでなくギリシア正教会へも反発を強めて独自のキリスト教会を中心にした国民国家建設に向かったが、これは宗派別運動だったため、西欧的民族運動とは異なった面を持ったという説明は面白い。

18世紀オスマン帝国で徴税請負制度が広まり、地方有力者アーヤーンが勢力を拡大したとあるが、これもこの本のレベルからするとアンバランスな・・・・・。

北インドのイスラム回帰運動指導者で、シャー・ワリーウッラーが太字になってますが、それ一体誰なんですか???という感じ。

上記リンクの山川出版社用語集では頻度1、この教科書しか載せていない。

何だかなあ・・・・・。

朝鮮の実学大成者、丁若鏞も不可解。

ロシア革命指導党派が、ボリシェヴィキではなくボルシェヴィキ。

何か古さを感じる。

現代史で四次の中東戦争が1節でまとめられているのは、初心者には読みやすくて良い。

しかし他の部分では、例えばド・ゴールによる第五共和政成立と英サッチャー新保守主義政権が同じページに入るような次第なのは、簡略化も度が過ぎるというもの。

コラムは「アヘン」「ペスト」「女性参政権」など興味深い項目がいくつもある。

しかし本文は・・・・・・。

本書だけに頼るのは不安過ぎる。

他の教科書のように、漢字以外の固有名詞にアルファベットの綴りが小さく添えられていないのも欠点。

思い切って内容を絞り込んでいるのが最大の特徴ですが、私にとってはもう一つでした。

あんまり手元に置きたい本ではないです。

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