万年初心者のための世界史ブックガイド

2010年11月21日

引用文(ニスベット2)

Filed under: 引用文 — 万年初心者 @ 06:00

ロバート・ニスベット『保守主義』(昭和堂)より。

 

保守主義者が政治権力を扱う場合のもうひとつの視点を代表しているのは大衆である。すなわち、大衆と、西欧諸国における権力の集中化・濃密化との関係である。わたしはここで「大衆」ということばを、とりわけオルテガ・イ・ガセットやハンナ・アレントの著作のうちに見出される意味で、すなわち、数によってというよりは内的社会構造、統合的伝統、道徳的価値の共有の欠如によって識別される集合体という意味で、用いている。バークの考えでは、ニヒリズムというフランス革命に固有の形態の様々な効果のうちのひとつは、人間を脱社会化する効果、伝統的な社会的きずなを破壊することによって国民を原子化する効果であった。こうしてバークによれば、フランス革命は「下位集団のきずなを分断し、それを原初の断片からなる非社会的で非市民的でばらばらの混沌に[解体した]」のである。彼は別の箇所で、革命政府は「あらゆる種類の市民をできるかぎりひとつの同質的なかたまりに練りあげようとし、その上でこの混合物を多数のばらばらの共和国に分割した」と書いている。

 

大衆という観念は19世紀になって発展し、広まった。この観念はトクヴィルにおいて顕著であって、彼は民主政の大きな危険のひとつは、第一に大衆を生み出したこと――多数派の強調によって、また国民を均一化する傾向のある平等主義的価値によって――であり、第二に人民投票的独裁をもたらす大衆への依存を強めたことであると考えた。ブルクハルトニーチェキルケゴールはみな、大衆社会の到来とそれが個人にもたらす社会解体的な効果を危惧しつつ書いた。この効果は政府を保護者と専制君主の統合物とするであろう。

こうして1929年オルテガ・イ・ガセットが『大衆の反逆』を世に問うずっと以前から、西欧思想における「大衆」の用法にはかなりの伝統があった。近代生活における大衆の出現と全体主義国家の出現との間には緊密な共生関係がある、とオルテガは考えた。オルテガは問いかける。支配される国民がかつてはその社会組織を形づくっていたあらゆる形態の権威と機能を剥奪された場合、国家はその権力と責任において当然全体的になりうるのではなかろうか、と。しかしそれによってまた、「大衆は国家権力を自分たちの権力と感じることにもなる。国家を通じて、国家という手段によって、大衆という匿名の機械は自分たちのために活動する。」ややおくれて、主としてヒットラーのドイツを念頭におきながら、ピーター・ドラッカーは「大衆の絶望がファシズムを理解するかぎである」と書いている。「古い秩序の崩壊と新しい秩序の不在によって引き起こされた寒々とした絶望感」がなければ、「群衆の反乱」も「破廉恥なプロパガンダの勝利」もありえなかった。『経済人の終焉』でドラッカーは、これこそ全体主義国家の起源であり、かつまたその存在理由であると結論している。ハンナ・アレントはその記念碑的な『全体主義の起源』において、この連綿としてつづいてきた大衆に関する保守主義者の主張をあらためて敷衍しているにすぎない。

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