万年初心者のための世界史ブックガイド

2010年11月1日

J・M・ケインズ 『ケインズ説得論集』 (日本経済新聞出版社)

Filed under: 史論・評論 — 万年初心者 @ 06:00

今年4月に出たもの。

既訳があるが、ケインズ死後60年余りが過ぎて著作権切れとなったのを機に訳したと、巻末の山岡洋一氏による訳者あとがきに書いてある。

ケインズの著作のうち、専門的論文ではなく一般読者でも読めるものというと、ニュートンなどを描写した『人物評伝』でも手に取るべきかとも思ったが、たまたまこれが目に付いたので読んでみた。

インフレとデフレ、金本位制への復帰、自由放任の終わり、「孫の世代の経済的可能性」、繁栄への道、の四部構成。

この訳書では原著から一部を取捨選択して現在の読者の関心に応えるような構成にしているとのこと。

「自由放任の終わり」を全編収録してくれたのは有難いと思う。

内容はまあ、完全な経済学門外漢の私でも何とか読めるかなあといったレベル。

真ん中の金本位制についての文章は相当苦しい部分があったが、わからない所は飛ばせばいいと思います。

たまにはこういう本を読むのもいいんじゃないでしょうか。

さまざまな時期に自由放任の教義を基礎づけてきた形而上学の原理や一般的な原理を、ここで一掃しようではないか。個人が経済活動に関して、慣行として「自然な自由」を与えられているというのは、事実ではない。もてるもの、取得せるものに恒久的な権利を与える「社会契約」は、実際には存在しない。世の中が、私益と公益がつねに一致するように天上から統治されているというのは、事実ではない。現実に私益と公益が一致するように地上で管理されているというのも、事実ではない。洗練された自己利益がつねに公共の利益となるように作用するというのは、経済学の原則からの推論として、正しくはない。自己利益がつねに洗練されているというのは、事実ではない。個人が独立して自分の目標を追求するとき、あまりに無知かあまりに無力なために、自分の目標すら達成できない場合の方が多い。事実をみていけば、個人が社会的な組織の一員として行動しているときには、個々人がばらばらに行動しているときより先を見通せてはいないとはいえない。

したがって、バークがいう「立法にあたってとくに微妙な問題の一つ、つまり、国が公共の英知を使って指揮を引き受けるべき点は何で、干渉を最小限に抑えて、個人の努力に任せるべき点は何なのかを判断する問題」は、抽象的な理論によって解決することはできず、その是非を詳細にわたって検討していかなければならない。ベンサムがいう「なすべきこと」と「なさざるべきこと」を区別すべきであり(いまでは忘れ去られているが、有益な用語だ)、その際には、政府の干渉は「一般に不必要で」、しかも「一般に有害だ」とするベンサム流の予断をもたないようにするべきである。・・・・・

考えと感情が混乱しているため、語ることも混乱している。多くの人が、実際には生活様式としての資本主義そのものに反対しているのに、資本主義自体の目標を達成する点で効率が悪いことを根拠に反対しているかのように語っている。逆に資本主義の熱心な支持者は往々にして極端なまでに保守的になっており、実際には資本主義を強化し、維持するのに役立つ可能性があっても、資本主義から離れる第一歩になりかねないと恐れて、技術的な改革を拒否している。とはいえ、いずれ時期がくれば、資本主義を効率的かどうかという技術的な観点での議論と、資本主義そのものが望ましいか望ましくないかという観点での議論とを、現在よりはっきりと区別できるようになるだろう。わたし自身の見方をいうなら、資本主義は賢明に管理すれば、現時点で知られているかぎりのどの制度よりも、経済的な目標を達成する点で効率的になりうるが、それ自体としてみた場合、さまざまな点で極端に嫌悪すべき性格をもっていると思う。いまの時代に課題となるのは、効率性を最大限に確保しながら、満足できる生活様式に関する見方とぶつからない社会組織を作り上げることである。

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