万年初心者のための世界史ブックガイド

2010年10月3日

引用文(クイントン1)

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アンソニー・クイントン『不完全性の政治学』(東信堂)より。

教科書ふうの扱い方では、ホッブズはロックと対置されることが多く、しかもロックは自由主義の偉大な先駆者とされるところから、どうしてもホッブズは保守主義の側だと見られることになります。しかし、その対比は、分かりやすいものではありますが、やはり不正確です。ホッブズもロックも、ともに世俗的でしたし、合理主義的でした。ロックの攻撃目標は、名実ともにフィルマーであってホッブズではありませんでした。さらに重要なのは、ホッブズの理論ははじめステュアート王政擁護論として出されたのですが、その擁護の理論は王党派が受け入れうるようなものではなかったという事実です。『リヴァイアサン』出版の翌年、ホッブズは「帰国したい」気になり、クロムウェルと和解して、イギリスに戻りました。同時代の王党派の人々、なかでも真の保守主義者たちは、ホッブズが保守主義的君主制論者でないことに十分気づいていました。ホッブズにとって主権の正統性は、公共の秩序を現実に維持する権力を有するか否かにかかっているのであって、その権力の獲得がそもそも契約にもとづくか征服にもとづくかではありませんでした。クロムウェルの主権を承認することは、ホッブズの正統権力論とすこしも矛盾せず、むしろその当然の帰結でした。

ホッブズの立場が基本的に保守主義と正反対であるとみられる理由は三つあります。第一は、彼の、法は主権者の命令であるという主意主義的理論です。彼は政府を合理的な人為的装置とみなしましたから、彼を厳密な意味で絶対主義者とみることには無理があります。人間は社会の平和という最優先の目的に対する手段の選択を合理的に行うならば、実際その目的に対して役立たないことが判明したいろいろな手段にいつまでもしがみついていなければならないということはないのです。こうして、ホッブズは支配者が秩序維持能力を失うとき主権の解体が起こるのを当然としました。しかし、彼は主権者に対する法的制約を当然とは考えず、私有財産も主権者のおかげで維持されるものでこそあれ決して自然権や伝統的権利として主張されうるものではないとし、教会をも完全に主権者の意思に従属する国家の一部門として扱い、支配者による臣民の精神的支配を是認しました。彼は、法的主意主義の含意を極限まで追求したその徹底性において、実質的には全体主義者ということになります。

第二に、ルソーは別格としても、ホッブズはおよそ大政治理論家のうちでもっとも抽象的な合理主義者です。オーブリの記しているところによりますと、ホッブズはエウクレイデスを読んで数学との恋に陥り、その公理論的方法が彼の知的方法のパラダイムとなりました。彼はトゥキュディデスの翻訳もし、『ビヒモス』では内戦の原因の分析も行ったにもかかわらず、彼の精神は剛直に非歴史的精神だったのです。

最後に、『リヴァイアサン』の口絵には共同社会が人間の複合体として描かれていますが、彼の社会概念は厳密に機械論的です。社会は原子的個人の集合であり、個人の特性は一定不変のものであって、行動の場を構成する社会制度に影響されるものとは考えられていません。かりに人間の行動が社会秩序の影響を受けて変化するとしても、その軌跡が変わるだけで、影響が行動の発条にまで及ぶことはまったくないのです。

ホッブズはたしかに彼なりに人間の道徳的不完全性を信じていました。しかし、同時にまた彼はその不完全性への救済手段を発見したとも信じていました。さらに、救済手段が発見可能であると考えたこと自体、人間は知的には不完全ではないという彼の信条を証拠立てています。ガリレオが物体の運動に適用した方法は、ホッブズによれば、一切の現象について証明可能のゆえに確実な知識をもたらすものなのです。ホッブズはその方法を人間と社会に適用することに成功したと自負していました。

ホッブズは伝統主義者でなかったように、有機体主義者でも、政治的懐疑論者でもありませんでした。ホッブズは、後年の『対話』において、コークなどの法注釈学者たちがコモン・ローにおいて確認されるとした、客観的理性あるいは集団的知恵としての法という観念を攻撃しています。ある意味でホッブズは国制を変えることに反対でしたが、ただそれは彼自身の徹底的に革新的な理想の国制が確立されてしまった上で初めて言えることでした。

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