万年初心者のための世界史ブックガイド

2010年9月12日

田中芳樹 『海嘯』 (中公文庫)

Filed under: 中国 — 万年初心者 @ 06:00

『蘭陵王』に続けて読む、田中氏の中国歴史小説。

元の世祖フビライの攻撃による南宋の滅亡を描いたもの。

タイトルは「かいしょう」と読んで、津波の意。

モンゴル軍の怒涛のような侵攻の比喩。

なお「嘯」は難しい字ですが、「うそぶく」を漢字変換するとすぐ出てきます。

物語は前史を長々と語ることなく、いきなり南宋末の奸臣・賈似道の誅殺と首都臨安(杭州)攻防戦から始まる。

最低限の説明は後で出てくるし、この展開の速さは読みやすくて反って良い。

元軍に圧迫され、一部の帝室と忠臣が臨安から温州、福州、泉州と逃れ、最後に広州の南にある厓山で壊滅し、1279年南宋が完全に滅亡するまでをテンポの良い文体で記している。

南宋側の登場人物は、文天祥、陸秀夫、張世傑、李庭芝、陳宜中など。

文天祥は南宋滅亡直前に宰相となった人物で、後に元軍に捕らわれた時に作った「正気(せいき)の歌」で一番有名。

本書でも一応は主人公という扱いか。

しかしやや協調性を欠く性格で他の忠臣とのわだかまりもあり、海上に逃れて沿岸部を転々とした朝廷とは行動を共にせず、内陸部で転戦、元軍相手に奮戦するが、最後には捕らえられる。

陸秀夫と武人の張世傑は「海上朝廷」を大黒柱として支え続けたが、陸秀夫は厓山で死、張世傑は再起を目指して逃れるが、まもなく嵐で乗船が沈み死去。

最後の張世傑の猛烈な戦い振りは感動的ですらあり、本書の読み所かと思える。

李庭芝は長江北の揚州で元軍を防ぐが、敗死。

陳宜中は文官で国外に出て、チャンパー(占城)やラームカムヘン王時代のスコータイ朝に援助を求める。

この陳宜中は優柔不断で決断力に欠け、しばしば行動を誤る人物として描かれてはいるが、著者の筆致はある意味同情的でもある。

元側の登場人物はフビライの他、バヤン、アジュ、アラハン、サト、張弘範、呂文煥、范文虎、アリハイヤ、李恒など。

最初の四人はモンゴル人、次の三人は漢人、アリハイヤはウイグル人、李恒はタングート族で西夏の王族出身、と元軍らしく多民族構成。

臨安陥落まではバヤンが最高司令官で、以後南宋朝廷を追い詰め厓山で滅ぼしたのは張弘範。

張弘範はモンゴルで史天沢に次ぐ漢人将軍だった張柔の子。

呂文煥、范文虎は南宋降将で、呂文煥はかつて襄陽攻防戦で勇名を馳せ、范文虎は少し後1281年に二度目の日本遠征軍(弘安の役)の指揮官となる。

他に注目すべき人物として泉州(マルコ・ポーロの言うザイトン)を本拠に海上勢力を率いていた蒲寿庚(ほじゅこう)がいる。

アラブ人であったというのがこれまでの通説で、元に通じ、逃れてきた南宋朝廷を攻撃している。

これもかなり面白い。

最も有名な文天祥のみに注目するのではなく、多くの人物・事件に目配りし、ある特定の人物を極端に美化するのではなく、それぞれの登場人物の長所・短所をバランスよく描いていると思われる。

この時代の雰囲気や大まかな流れを誰でも理解しやすいように提示してくれている。

上記『蘭陵王』と同じく、話の展開が速く、退屈な部分はほとんどない。

登場人物が相当多いが、さりげなく補足説明を交えて前出事項を思い出させてくれるので、ボーっとしながら読んでも、途中どんな人物だったのか忘れるということはまずない。

これは中々の腕だなあと感心した。

相当のスピードで読めて、基礎的知識が身に付くので便利。

これも初心者向け歴史小説として良好な出来だと思われます。

(追記:以下関連項目のメモ

南宋・モンゴルについてのメモ その1

南宋・モンゴルについてのメモ その2

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