万年初心者のための世界史ブックガイド

2010年8月13日

カール・マルクス 『ルイ・ボナパルトのブリュメール18日 [初版]』 (平凡社ライブラリー)

Filed under: フランス — 万年初心者 @ 06:00

マルクス、エンゲルスの著作でこれまで読んだことのあるのは、『共産党宣言』、『空想より科学へ』、『賃労働と資本』、『賃金・価格および利潤』、『反デューリング論』くらい。

マルクスの本読むのも20年ぶりくらいですか。

その著作で歴史書に近いものというと本書のほかに、『ドイツ農民戦争』、『フランスの内乱』、『家族・私有財産・国家の起源』などがあると思いますが、本書が最も読みやすいでしょう(たぶん)。

2008年に手に取りやすい体裁で出た新訳なので、試しに読んでみることにした。

1848年フランス二月革命が1851年12月の軍事クーデタによってルイ・ナポレオンの独裁に帰着するまでの歴史を分析した本。

現在の歴史学からすると、本書の記述に対して数多くの異論が出ているんでしょうが、とりあえずマルクスが解釈した通りにその展開を追ってみることにする。

まず本文に入る前に、後ろの方に載っている「政治党派と階級的基盤」、「時期区分と階級闘争の構図」という二つの表をじっくりと眺める。

読む途中でも、常にこの表に立ち返って確認すると良い。

前者の表について以下にメモ。

正統王朝派=ブルボン王家支持、土地所有ブルジョワジー、代表的人物はファルー、ベリエ

オルレアン派=金融・大工業ブルジョワジー、ギゾー、ティエール、モレ、バロ、デュパンと多士済々、軍人ではシャンガルニエ

ブルジョワ共和派(純粋共和派)=中産階級、ラマルティーヌ、マラスト、ジラルダン、軍人ではカヴェニャック、ラモリシエール、ブドー

小市民的民主派(モンターニュ派)=ジャコバン派(山岳派)の流れを汲む、小商店主、手工業者、ルドリュ・ロラン

社会主義者=プロレタリアート、ルイ・ブラン、コシディエール

革命的共産主義者=プロレタリアート、ブランキ

ボナパルト派=ルンペンプロレタリアート、マニャン、モルニ公、モーパ

正統王朝派とオルレアン派は1848年5月以降「秩序党」を形成。

小市民的民主派と社会主義者は49年1月以降「社会民主派」を形成。

冒頭に私でも知っている有名な言葉有り。

ヘーゲルはどこかで、すべての偉大な世界史的事実と世界史的人物はいわば二度現れる、と述べている。彼はこう付け加えるのを忘れた。一度は偉大な悲劇として、もう一度はみじめな笑劇として、と。

人間は自分自身の歴史を創るが、しかし自発的に、自分で選んだ状況の下で歴史を創るのではなく、すぐ目の前にある、与えられた、過去から受け渡された状況の下でそうする。

「第1次フランス革命」においては、主導権がフイヤン派(自由主義貴族・上層市民)→ジロンド派(中産市民)→ジャコバン派(下層市民・サンキュロット)という風に、より社会階層が下部で、急進的党派に移っていくが、二月革命においては全く逆に、まず労働者階層が六月暴動で鎮圧され、ブルジョワ共和派の支配も徐々に王党派連合に地位を譲り、最後は王党派がボナパルティストに支配権を奪われた、との指摘は面白いし、事実その通りに思える。

1848年2月革命勃発。

臨時政府首班ラマルティーヌ。

社会主義者ルイ・ブランも入閣したことは、昔から教科書に載っている。

当初はブルジョワ共和派・オルレアン左派・小市民的民主派・社会主義者の幅広い連立政権。

4月男子普通選挙で憲法制定国民議会選出。

議席をブルジョワ共和派・モンターニュ派・秩序党の三党派が分け合う。

教科書にある「農民が土地を失うことを恐れて社会主義者が大敗した四月総選挙」はこの憲法制定国民議会選挙のこと。

6月これも有名な史実だが国立作業場閉鎖の方針を知って蜂起したパリのプロレタリアートを、全権委任された行政長官カヴェニャックがラモリシエール、ブドーらと共に鎮圧した六月暴動。

カヴェニャックはこのことで「反動」のイメージが強いが、上記の通り正統王朝派でもオルレアン派でもなく、ブルジョワ共和派の属する人物であることにご注意。

11月憲法公布。

12月大統領選挙。

ルイ・ナポレオンが対立候補カヴェニャック、ルドリュ・ロラン、ラマルティーヌ、シャンガルニエらに圧倒的大差をつけて当選。

今日はここまで。

例によって続きます。

(追記:続きはこちら→フランス二月革命についてのメモ

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