万年初心者のための世界史ブックガイド

2010年7月13日

引用文(ホイジンガ4)

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ヨハン・ホイジンガ『朝の影のなかに』(中公文庫)より。

科学の進歩と教育の普及が、つねに向上し完成へとむかう社会を保証し、約束するという、一世紀以前の心たのしい幻想は、現在、なんとナイーヴにみえることだろう。科学の勝利を、よりすばらしい技術の勝利に転ずることによって文化は救われるなどと、いまではいったいだれがまじめに考えようか。あるいは、また、文盲の根絶が非文明の終末を意味するなどと。とことんまで文明開化され、ほとんどくまなく機械化された現代社会は、進化思想の夢みたヴィジョンとは似ても似つかぬ相貌を呈している。

わたしたちはよく知っている。とるに足らぬほどの笑うべきおろかさ、あるいは邪悪なおろかさと、ありとあらゆるかたちをとって、おろかさが、きょうこのごろほどまでに、全世界に狂宴をくりひろげたときはかつてなかった。もはや、この痴愚女神のふるまいは、あの心気高く真摯のユマニスト、エラスムスの諧謔と笑いの文章のテーマとなるところのものではないであろう。わたしたちは、このわたしたちの時代の底なしのおろかさを、社会の病としてうけとめ、これを注意ぶかく観察し、その症状をつまびらかにし、冷静にリアルに、社会の実態をつきとめるべくつとめなければならない。しかるのち、治癒の手段について思案しなければならない。

現代の大衆娯楽のメカニズムは、集中ということを妨げるはたらきを極度にもっている。イメージや音響の機械的再生という事態にあっては、「熱中する」「夢中になる」ということも出てこないのだ。内省と献身が欠落しているのである。おのれじしんの内面への回帰、この瞬間への没入、これこそが、文化を求める人間にとって欠くべからざる心の構えなのである。

ところで、この、視覚的暗示にすぐ反応するということ、まさしくこれにのっかって、現代の宣伝は、人をひきつけ、衰弱した判断力という現代人の弱点をつくのである。このことは、商業広告、政治宣伝、そのどちらについてもいえる。・・・・・

人のおおいに誇りとする、ふたつの偉大な戦利品、一般国民教育と情報宣伝の組織、これがそのまま文化の水準を高める方向には機能せず、逆に、その機能するところ、頽廃と衰弱を示す現実を生みだしているというこの事実、わたしたちの時代は、この事実におびやかされているのである。その量といい質といい過去の経験を絶する、ありとあらゆる種類の知識が大衆にもたらされる。だが、大衆は、その知識を生活のなかにとりこむことができず、とまどう。消化しきれぬ知識は判断を阻害し、知恵のゆくてをはばむ。一般国民教育(オンデルワイス)、すなわち下等の賢さ(オンデルワイス)。これは忌むべきことばのあそびではある。だが、不幸にも、この意味するところは深い。

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