万年初心者のための世界史ブックガイド

2010年5月1日

ジョセフ・S・ナイ・ジュニア 『国際紛争 理論と歴史 [原書第7版]』 (有斐閣)

Filed under: 国際関係・外交 — 万年初心者 @ 06:00

著者のジョセフ・ナイは、「ソフト・パワー」という概念の提唱者として有名な国際政治学者。

実務にも携わり、カーターおよびクリントン両民主党政権でそれぞれ国務次官代理、国防次官補を務める。

クリントン政権時代には当時険悪化していた経済紛争で日米同盟の基礎を揺るがすべきではないとするナイ報告書を作成、これが日米同盟再定義に繋がる。

オバマ現政権誕生時にも、一時駐日大使候補として確か名が挙がっていたはず。

本書はハーヴァード大学での講義のために書き上げられた国際政治のテキスト。

奥付を見ると、翻訳では2002年に初版が出た後、2003年第4版以降は2年ごとに新しい版が出ているようだ。

偶然店頭で見かけて手に取ったのだが、これが大当たり。

冒頭、著者の友人ロバート・コヘインという人の緒言で、明確・簡潔で「どの章にも無駄な文を見出すことは困難だ」という学生による評が載せられており、訳者(田中明彦・村田晃嗣両氏)あとがきでは、こういう教科書で学べる学生は幸せだと書かれているが、全く同感。

国際政治・国際関係の教科書というと、ありきたりで毒にも薬にもならない、史実羅列型の近世以降のヨーロッパ外交史がズラズラ書き連ねてあるだけだったり、あるいは逆に初心者には馴染みの薄い抽象概念を次から次へと持ち出して悦に入るようなものだったりするが、本書はそれらとは大きく異なる。

サブタイトル通り、国際政治理論と外交史を中心とする歴史叙述を常に往還しながら、読者の理解を無理なく深めてくれる。

取り上げられる概念は必要最小限かつ最重要のものだけであり、それを著名な史的事例に交えながら、実にわかりやすく解説している。

そして理論説明のための「題材」として用いられる具体的歴史叙述は、古代ギリシア・近世初頭から18世紀にかけてのヨーロッパ勢力均衡・19世紀の欧州協調体制・第一次大戦・第二次大戦・冷戦・中東紛争・冷戦後民族紛争という並びであり、読み進めると自然に「定番」の史実が押さえられるようになっている。

章が終わるごとに、本文で触れられた歴史に関する年表と「学習上の論点」という問いかけが載っているのがいかにも教科書っぽいが悪い感じはしない。

第1章では古代のペロポネソス戦争とそれを描いたトゥキュディデス『戦史』を題材に、リアリズム(現実主義)とリベラリズム(国際協調主義)という国際関係の見方の二大潮流を記している。

本書ではその二つに加えて、コンストラクティヴィズム(構成主義)という考え方が紹介され、以後の章でも度々言及される。

これは「国益」というものの認識があくまで主観的なものであることを強調し、その認識の基盤となる文化・理念・アイデンティティに注目するアプローチのことらしい。

その他、「囚人のディレンマ」の概念、国際関係における倫理に対する三つの見方として懐疑主義・国家中心的道義主義・コスモポリタンの説明。

(「国家中心的道義主義」というのは訳語のせいでわかりにくいが、要は内政不干渉の原則を基本的には尊重するという立場。)

第2章、国際システムの分析手法について、リアリストが力の分布としての「構造」にのみ関心を集中させるのに対し、リベラルやコンストラクティヴィストは国際間の相互作用のパターンとタイプとしての「プロセス」にも注意を払う、としている。

似たパワーの構造に置かれていても、プロセスが違えば、国家は全く違った行動をとる場合がある。

次に、歴史を解釈し評価するための手法としての「反実仮想」。

これは実際の事実に反する仮定を置いて、歴史の因果関係を探る思考上の実験のこと。

反実仮想が意味のあるものとなるための条件を列挙しているが、これが明解で非常に面白い。

第3章、バランス・オブ・パワーの説明と第一次世界大戦の記述。

ヨーロッパ近世の指導国の表が載っているが、16世紀スペイン→17世紀オランダ→18世紀フランス→19世紀イギリス→20世紀アメリカ→21世紀アメリカとなっており、18世紀をイギリスではなくフランスに当てている。

個人的には18世紀もイギリスにして、17世紀を前後半に分け、前半がオランダ、後半がフランスにすれば、世紀半ばの英蘭戦争・ルイ14世親政開始に合わせてちょうどいいのかもと思っていたが、オランダの経済覇権が急激に失われたわけではないという記述を何かの本で読んだ記憶もあるし、本書の並びの方が適切なんでしょう。

続いて第一次世界大戦の原因を考察している。

前章での反実仮想という手法も用いて、国際システム・国内情勢・指導者の個性という三つのレベルで分析されているが、これが大変面白い。

平易ながら明解・鋭敏な解説に目の冴えるような思いがした。

本書を通読できなくても、この部分だけでも拾い読みする価値が十分あります。

第4章、戦間期の集団安全保障の挫折と第二次世界大戦勃発の経緯。

この章でも前章と同じく非常に読ませる。

宥和政策の評価などが興味深い。

第5章、冷戦。

冷戦の原因について、簡単に言うと、ソ連の責任を自明視する伝統主義者、米国の責任を強調する修正主義者、責任問題には深入りせず勢力均衡の構造的原因から冷戦は不可避であったとするポスト修正主義者の三つのアプローチ。

ポスト修正主義者のジョン・ルイス・ギャディスが、冷戦後公開されたソ連関係の文書分析を経て伝統主義的見解に回帰してきたと書かれているが、以前記事にした『冷戦 その歴史と問題点』(彩流社)では確かにそんな感じがした。

この章での冷戦史の叙述自体は無論簡略であり、大戦終結直後の対立、封じ込め政策の展開、米国のヴェトナム介入、核兵器による「恐怖の均衡」くらいを取り上げてまとめてあるだけだが、初心者には十分有益でしょう。

第6章、冷戦後の紛争と介入の正当性について。

民族自決は曖昧な道義原則にならざるをえない。ウッドロー・ウィルソンは1919年に、それが中央ヨーロッパでの問題を解決するだろうと考えたが、解決したのと同じくらいの数の問題を生み出してしまった。アドルフ・ヒトラーは1930年代に、この原則を[民族問題をかかえる]脆弱な諸国を弱体化させるのに用いた。世界中の国々で[人種が]同質的なものは10%以下であり、民族自決を二義的ではなく一義的な道義原則として扱えば、世界の多くの地域で悲惨な結果を生みかねないことは明らかである。・・・・・・自決権の絶対的な要求は、よほど慎重に扱われないかぎりは、往々にして暴力の源泉になりがちである。

後半は中東でのアラブ・イスラエル紛争の叙述。

これも簡易ながら役に立つ。

イラク戦争後、ごく最近の出来事まで書かれているのが良い。

第7章、「グローバリゼーションと相互依存」。

ゼロ・サム的状況と非ゼロ・サム的状況。

敏感性相互依存と脆弱性相互依存の区別。

国際通貨基金(IMF)、国際復興開発銀行(世界銀行)、世界貿易機関(WTO)、経済協力開発機構(OECD)など主要国際機関の概観。

1948年発足のGATT(関税および貿易に関する一般協定)が1995年WTOに改組。

私の世代だとニュースなどで頻繁に聞いていたので、まだ「ガット」の方がしっくりくる。

「WTO」がワルシャワ条約機構の略みたいに感じてしまう。

最後に1973年以降の石油危機の記述。

第8章、「情報革命と脱国家的主体。」

特に書くこと無し。

最後の第9章、「新しい世界秩序?」

同じく、別段書くこと無し。

大変良い。

前半、特に第3章を読んでいた時は、「最高だ、本当に素晴らしい、これは久しぶりに“評価5”の本だな」と思っていたが、後半部に入るとややテンションが下がった。

とは言え、極めて有益かつ面白い本であることは間違いない。

基礎的な事実と概念を洩れなく取り上げながら、これだけ興味を持って読ませる教科書は本当に珍しい。

高校の世界史および政治・経済をそこそこ理解しているなら、十分読みこなせるレベル。

末尾に訳者が日本人読者向けに作った参考文献も役に立つ。

これを眺めて、次に取り組む本を決めても良い。

国際政治学・国際関係論の入門テキストとしては最良レベルに近い本。

是非お勧めします。

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